OLWADHIS ~異世界編~   作:杉山晴彦

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第13話 霧深き森

 

 

 

 

 

「で――その後のことは、よく覚えていないんだね?」

「うん…まぁ」

「目が覚めたら、2人とも森の外にいてさ」

 

 小さな丘の上で、2人の少年達から事情聴取を開始した。

 2人とも、小学校低学年ぐらいの歳だろう。

 仲が良く、普段から一緒に行動することも多いらしい。

 

「…なるほどね」

 

 彼らから聞けた話は、大体こんなものだ。

 2人はちょっとした冒険気分で、あの森の中に足を踏み入れた。

 だが、しばらくすると森に漂う霧が一段と濃くなっており…

村への帰り道も分からぬ状況。

 

 そんな状況で森の中を彷徨(さまよ)い歩く中、不意に強烈な眠気に襲われる。

 彼らは成す術もなく、その場に眠り込み…。

 そして気が付いた時には、森の外にいたというのだ。

 眠る寸前、誰かの後ろ姿が森の奥に見えたと言うのだが…。

 

「するとあんたら、丸一日以上も森ん中で眠っとったっちゅうわけか。

なんちゅうねぼすけな奴らや…」

「おめーほどじゃねぇよ」

「っていうか、あれ…絶対、普通じゃなかった気がする」

 

 ヤトフさんが口にした感想に一方は反論、一方は物憂(ものう)げな表情を見せる。

 反論した方の少年にヤトフさんは掴みかかるが、

ヒョイッと呆気なく避けられてしまう。

 

「おめーなんかにつかまるかよ!」

 

 少年は挑発的なトーンで言葉を発すると、丘を下ってその場を去る。

 ヤトフさんは目をギラつかせ、かなりご立腹の様子でその後を追う。

 そして、僕ともう1人の少年が取り残される。

 

「普通じゃなかった…っていうと?」

「よく分かんない。 よく分かんないけど、あの森…絶対、何かいると思うよ」

 

 少年は僕の問い掛けにそう返事をすると、

あの2人が走り去った方角へと駆けていった。

 僕は1人取り残され、そして考える。

 

「……」

 

 『何かある』――ではなく、『何かいる』。

 あの少年は、そう言っていた。

 子供の直感的な感覚は、時として精密機器(せいみつきき)のそれすらも

感知出来ないような事実を見抜いてしまったりするものだ。

 まぁ、何にせよ…とにかくあの森は、充分に調査する必要があるようだ。

 

「…んっ?」

 

 ふと、目に付くものがあった。

 村外れにある茂みの中。

 何者かが、コソコソと周囲を気にしているような挙動。

 

 

 

「あの、すみません」

「んっ…う、うおぁッ! 誰だ、お前!?」

 

 ウエスタンハット風の黒い帽子に、黒いマント。

 黒い長髪に黒い(ひげ)を生やしたその男は、見るからに怪しい風貌(ふうぼう)である。

 この村の雰囲気に溶け込んでいるとは、お世辞にも言い難い。

 

「僕は、杉山榛名といいます。 えっと…ちなみに、あなたは?」

「俺? 俺様はな…」

 

 男はかしこまった様子で帽子に手をやり、決めポーズらしきものを取る。

 こういう時は黙って待つのが、良い観客というものだ。

 

「天下無敵のトレジャーハンター、グレゴリー様よ!」

 

 『ババーンッ!』という効果音と共に、彼がその正体を明かす。

 いや、実際には恐らく、効果音など流れてはいなかっただろう。

 でもこういう時は、こういう効果音を鳴らすのが暗黙のルールというものだ。

 

「トレジャーハンター…ですか?」

「おうよ! ビビったか? ビビっただろ、この野郎!」

 

 トレジャーハンターというのは、確か財宝やら秘宝やらを探すことを職業…

あるいは趣味にしている人たちのことだ。

 財宝探しは、夢とロマンに満ちたものであると同時に、

当たり外れの差が極めてデカい世界だという印象が強い。

 

「そんな人が、どうしてこんな所に?」

「んっ? まぁ、それはだな…その、あれだ」

 

 知り合いにそれらしい人がいないわけでもない僕だが、

これだけ堂々とその名を語る人間は、そうはいないだろう。

 その怪しげな風貌もあってか、中々に興味を惹かれる人物である。

 

「もしや、この辺りに何かお宝が…?」

「なッ…!? へっ、てめぇなんぞに教える義理は無い! あばよ!」

 

 僕の切り込んだ質問に分かりやすいリアクションを見せた彼は、

大股でその場から歩き去っていく。

 嘘発見器など無くても、あの人への尋問は(とどこ)りなく進むに違いない。

 そんなことを思いながら、彼の後ろ姿を見送る僕であった。

 

 

 

 

 

「これはもう、数百年も前の話になるらしいが…」

 

 ガライブ村、ヤトフさんのお宅。

 そこに住む彼女のおじいさんが、何か僕に話しておきたいことがあると言うので、

僕は今、こうして彼の話に耳を傾けているところだ。

 

「ある時、村に住む1人の男が、森の中に入っていったきり

帰って来んくなってしもうてな」

 

 居間にいるのは僕とおじいさんの他に、ヤトフさんとイシェンダさん。

 森の中を調査したいと申し出たところ、彼女らが同行してくれることになった。

 そして、ヤトフさんがその(むね)を家にいるおじいさんに伝えに行ったところ、

ちょっと待てということになり…現在に至る。

 

「その男を捜して森の中に入っていった者たちがおったんじゃが…

その者たちもまた、二度と村に戻ってくることはなくての」

「……」

「更に日が過ぎ行くたび、1人、また1人と、何かに魅入られたかのように

あの森に入っていく者が増えていき…結局、村の半数近くの者が

行方知れずとなってしまったらしいで」

 

 彼は視線を斜め下の方にやりながら、静かに語り終える。

 僕は古びた窓から射し込む光をなんとなく見つめながら、今の話を振り返る。

 

「ふ~ん…。 でも、そんな話、初めて聞いたわ」

「親父から、話すなっちゅうふうに言われとったからな…。 何でもこの話、

親父以外の村の者は、まるで知らんっちゅうこっちゃで」

 

 何かに魅入られたかのように人が集まり、そして消えていく…。

 実に不気味な話である。

 被害者の数を考えれば、何か個人的な事情が問題である可能性は低そうだ。

 

「でも、妙だな。 そんだけでっかい事件だったってのに…

何でヤトフのじっちゃんの親父さんにだけ、そんな話が伝わってんだ?」

「そうやね~。 こんな辺境の村やと、そんな珍しい話、そうそう無いやろうし」

 

 イシェンダさんの意見に、ヤトフさんが同意する。

 確かに、その通りである。

 数百年という歳月を踏まえれば、人々の記憶から徐々に

薄れていったという可能性も否定は出来ないが…。

 

「――で、じいちゃん。 その話と今回の事件って、何か関係があるん?」

「…んなこと知るかい。 ただ…まぁ、そういう良からぬ話もあるというこっちゃ。

行くんなら、それ相応の覚悟しぃひんとな…」

 

 どうにも引っ掛かる。

 だとしたら何故、その話を他の村人に隠す必要があるのだろう。

 むしろ共有し、互いに危機意識を高めるのが筋というものだろう。

 

「ってなわけだが…どうする?」

 

 イシェンダさんが真剣な顔で僕に尋ねてくる。

 今の話を聞いて、森の探索を断念するかどうかということらしい。

 僕は僅かに悩んだのち、答えを出した。

 

「僕は、行くつもりです。 ――たとえ1人でも」

 

 これだけ異質な状況を抜け出すためには、多少の危険ぐらい構っていられない。

 今ある、唯一にして有力な手掛かり。

 ここで足踏みするわけにはいかなかった。

 

「…肝据(きもすわ)わっとるな、兄ちゃん。 気に入ったわ」

「そういうことなら、気の済むまで付き合ってやろうじゃないの。 なぁ、ヤトフ?」

「う…うん。 せやな」

 

 僕の言葉を聞き、三者三様の反応を見せるメンバー。

 別に僕は、それ程肝が据わっているという自覚はない。

 肉体的な自信が基盤(きばん)にあるからこそ、攻めの姿勢でいられるだけのことだ。

 そうでない者であれば、逃げや守りの姿勢に入ることも、当然アリだと思う。

 

「何だよ、お前。 ビビってんのか?」

「…そ、そんなことあらへんで。 これでもフォーマス軍の一員や!

いっちょ、やったろやないか!」

 

 イシェンダさんに冷たい目を向けられたヤトフさんが、

作り笑いとしか思えない笑顔を見せて答える。

 少々不安な気もしたが、先程のあのバランチムとやらとの戦いでは

良い戦いっぷりを見せてくれたことだし…。

 とりあえずは、戦力になることを期待するとしよう。

 

 

 

 

 

 『この森、入ることを禁ずる』。

 そんなメッセージが書かれた出来立ての看板の前に僕らはやって来た。

 ここがどうやら、行方不明になっていたあの少年たちが発見された場所らしい。

 

「なんか、随分と…霧が晴れてきたな」

「ほんまやな。 森ん中で迷子にならんかっちゅうのが

一番の心配やったけど…こんなら大丈夫そうや」

 

 同行してくれた2人が発した言葉通り、確かに霧の濃度は格段に薄くなっている。

 ついさっきまでと比べても、明確な差がある程だ。

 これは、運が味方に付いたとみるべきか。 それとも――。

 

「さてと、何が出てくることやら…」

 

 手に持った槍を器用に片手で回転させながら、イシェンダさんが

森の中に先陣を切って足を踏み入れる。

 僕がそれに続き、最後にヤトフさんがついて来るという形になった。

 

 この森は全体にぬかるんだ黒っぽい土の地面が広がっており、

これといって食料になる動植物も存在しない。

 更に作物なども育てにくい環境とあって、村人が出入りすることは

ほとんど無いのだという。

 

「足元には気ぃ付けてや。 時々、底無し沼があるっちゅうで」

「…分かりました」

 

 背後にいるヤトフさんからの忠告を聞き、僕は一層、足元に気を配る。

 底無し沼というものは、まだ実際にこの目で拝見したことがない。

 未知なるものへの恐怖というのは、かくも警戒すべきものだ。

 

 

 

 一行は、森の奥へ奥へと歩みを進める。

 勿論のこと、ただ奥へ進めばいいというものでもない。

 周囲の様子にしっかりと気を配りつつのことだ。

 

「なんかまた、霧が出始めとるな」

「あぁ…。 まぁ、このぐらいなら大した事はないんだけどな」

 

 薄暗い森にぼんやりと漂い始める白いもや。

 単なる自然現象と割り切れば、別にどうということもないものだ。

 しかし、どうにも胸騒ぎがする。

 

 ……

 

 その時、遠くの空から何かが聞こえた。

 何か動物の鳴き声のように思えるが…その種別までは断定出来ない。

 

「何やろ、この声? カラスかな?」

「…いや、それにしちゃ、妙な気がする」

 

 上空から聞こえてくるということを踏まえれば、鳥類の可能性は確かに高い。

 しかし、カラスの声と言うには…イシェンダさん同様、僕も違和感を抱く。

 何か、今までに聞き覚えない響きなのだ。

 

 ……

 

 声がどんどんと、近付いてくる。

 それも、1匹や2匹という話ではない。

 何処からともなく次々と新鋭が加わり、群れを成して向かってくるようだ。

 

「ひょっとして、ウチら…狙われとる?」

 

 ヤトフさんが苦笑しながらそんな言葉を紡ぐと、イシェンダさんは

険しい顔つきをして両手で槍を構える。

 僕とヤトフさんもそれに習うように武器を構え、斜め上へと視線をやる。

 

 

「――来るぞ!」

 

 イシェンダさんのその叫びを合図とするように、霧の(まく)に覆われつつある空から

大量の黒い物体がこちらへと滑空してきた。

 翼を持ち、黒い羽毛に全身を包む鳥型の生物。

 カラスのように見えるが、それにしては体のサイズが一回り大きい感じだ。

 

「…はぁッ!」

 

 気合いの入った連続の振りがヤトフさんから放たれ、2羽のカラスが

呆気なくトンファーの餌食となる。

 僕の視線が自然と移り変わり、イシェンダさんをその目に映す。

 

「っと…! 何なんだ、こいつら?」

 

 彼女は1羽を薙ぎ払いによって仕留めた後、槍を回転させて

周囲を飛び回るカラスの群れを威嚇(いかく)する。

 多少の動揺は見られるが、何とか大丈夫そうな雰囲気だ。

 

 僕は剣を鞘に納めると、眼前にいる敵を見据えた。

 こういった身のこなしが素早い相手には、素手の方がやりやすい。

 

「……」

 

 あの大きく鋭いクチバシは、中々に強力そうな武器だ。

 一撃で致命傷となることは無さそうだが、目とかを狙われる可能性もある。

 まぁ、とりあえずは――先手必勝。

 

 手始めに、真正面にいる敵に対し、平手打ちをお見舞いする。

 手応えは充分…。 カラスはしばしの間フラフラと飛び回り、やがて墜落(ついらく)する。

 

「ハルナ! 後ろにもおるで!」

 

 ヤトフさんから、忠告の叫び声。

 しかし、心配には及ばない。

 僕は背後にいる敵に向け、得意の後ろ回し蹴りを放つ。

 

 ――残るは1匹。

 仲間の惨状を見てか、上空でバタバタと羽ばたきながら

こちらの様子を窺っている感じだ。

 だが、あの距離なら…届く。

 

 

 

「何なんだ、コイツら?」

 

 結局、襲って来たカラスらしき敵の数は、13羽にものぼった。

 それらの敗残した姿を見て、イシェンダさんが怪訝(けげん)そうに顔をしかめる。

 

「これもやっぱ、魔の瘴気(しょうき)の影響ってヤツやろか…? 困ったもんやで」

「……」

 

 ヤトフさんの呟きに、僕は改めてその存在を思い返す。

 魔の瘴気…。 触れたものに異様な変化をもたらすとされる、魔界の空気。

 かくも恐ろしきものである。

 

「それにしても、霧が結構濃くなってきてるな…。 どうする?」

 

 イシェンダさんが僕の方を見て尋ねてくる。

 まだ探索を続けるべきか、それとも引き返すべきか。

 僕に判断が委ねられている。

 さて、どうしたものか…。

 

「……」

「まだ、引き返したくはないって顔だな」

 

 口元に手をやって考える僕に対し、彼女が微かに笑みを浮かべて言う。

 ポーカーフェイスで知られる僕の表情の変化を見極めるとは…

只者じゃないな、この人。

 

「ま、気の済むまで付き合うって言っちまったしな。

っし…いっちょ気合入れ直すか!」

 

 男気溢れる台詞を発し、イシェンダさんは再び先陣を切って歩き始めた。

 なんとも姉御肌(あねごはだ)な人である。

 

「相変わらず、無駄に熱いやっちゃなぁ…。 ほな行くで、ハルナ」

「はい」

 

 僕とヤトフさんも、彼女の後を追って再び歩き始めた。

 なんだかいつの間にか、3人の間に連帯感のようなものが芽生えている気がする。

 こういうのって、うん…なんか、悪くない。

 

 

 

 

 

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