OLWADHIS ~異世界編~   作:杉山晴彦

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第15話 誘われしは…

 

 

 

 

 

「……」

 

 沈んでいた太陽が、ようやく顔を出し始めた。

 朝の陽の光というものは、古くから希望を連想させるものと伝えられている。

 ましてや今日に限っては、それがより一層、それらしく感じられた。

 

「…ふむ」

 

 窓の外にある景色を眺める限り、霧の濃度はかなり薄め。

 昨日、あの森に突入しようと思った頃と、大体同じ具合だ。

 ――これなら、行けるな。

 

 はっきり言って、昨晩はほとんど眠れていない。

 しかし僕は、昔から3日や4日の不眠ぐらいではへこたれない体質を持っている。

 気合いがあれば、眠気なんて問題は無いのだ。

 

「さてと…」

 

 この後に取るべき行動について考える。

 とりあえずの目的は、既に決まっていた。

 あの森に再び潜入し、更なる調査を行うこと。

 考えるべきことは、そこに行き着くまでの過程である。

 

 昨夜に起こった、現実には起こるはずもない、あの出来事。

 いや、この場所では、僕の常識で言う『現実』など全く以って

通用しないことは、百も承知であるが…。

 とにもかくにも、骸骨(がいこつ)徘徊(はいかい)していたことは事実である。

 

「……」

 

 子供たちの失踪(しっそう)事件、例の異国から来たという人の行方…

そして、昨晩の骸骨徘徊事件。

 これらには、何かしらの接点があるような気がしてならない。

 そして、その接点が行き着く先は――。

 

 

 

 こっそりとヤトフさんの家を抜け出した僕は、昨日と同じ

森の出入り口のポイントへとやって来た。

 ただし今回の場合、付き添いは無しである。

 

「……」

 

 (たま)らなく、危険な匂いがする。

 昨日ここへやって来た時にはまだ漠然(ばくぜん)と感じていただけの『それ』が、

今日に限っては、やけにはっきりと形を成している。

 

 踏み込めば、只では済まない…。

 脳内の何処かしらの部分から、そんな危険信号が鳴り響く。

 それに従うべきかどうか、すぐには答えが出せずにいた。

 

“…踏み入れよ”

 

(なんじ)に、永劫(えいごう)の安らぎを与えよう…”

 

“さぁ、我の元へ…”

 

 葛藤(かっとう)する僕の頭の中に、奇妙な声が侵入してくる。

 この世のものとは思えない、禍々(まがまが)しくも落ち着いた声。

 心に直接響かせるようなその音色には、妙な愉悦感(ゆえつかん)を湧き立たせる力がある。

 

「……」

 

 これは明らかに、罠である。

 そう判断した僕の脳は、その音色によって引き起こされたであろう

心身に(ともな)う感覚を、片っ端からシャットアウトしていく。

 

 これは無論のこと、普通の人が容易に出来ることではない。

 脳味噌がちょっと特殊な僕ならではの、極めて特異な対処法である。

 まぁ僕自身、どうやってるのかと問われても、よく分からない部分が多いけど。

 

「踏み入れよ…か」

 

 君子、危うきに近寄らず。

 されども、虎穴に入らずんば、虎子を得ず。

 2つの(ことわざ)を思い浮かべながら、その上で僕が取るべき行動を思索する。

 

 うん…そうだね。

 こういう時は、昔からアクティブな方の選択をしてしまうのが、僕の性分。

 やらずに後悔より、やってから後悔しろよってものだ。

 

 

「ちょっと待ちぃ! そこなお兄さん!」

 

 決意を胸に、いざ森の中へ――と足を踏み出した、正にその時だった。

 聞き覚えのある関西弁が耳に届き、僕は思わず振り返った。

 

「ウチを放っぽってこないなとこまで来るとは、どういう了見や!」

 

 ズダダダダッと猛烈な勢いでこちらに駆け寄ってくるのは、

赤髪に鎖帷子(くさりかたびら)という風体(ふうてい)の少女。

 ヤトフ・ジュニエスさん。 その人に他ならない。

 

「…おはようございます」

「おはようさん! 今日はまた、えらい上天気で…って違うわ!」

 

 手始めに朝の挨拶をしただけだというのに、何故か

ノリツッコミ風に反応してくるヤトフさん。

 この人は喋り方だけでなく、精神面まで関西的なのだろうか。

 

「何でウチを置いて、1人で疑惑の森へレッツゴー!

しようとしてたんかって訊いとんのや!」

「それは、まぁ…。 何と言いましょうか」

 

 詰め寄る彼女にどう対応すべきか、素直に迷う。

 だが、相手の感情が(たか)ぶっている時こそ、こちらはより冷静に対処せねば。

 

「そうそう、水臭いぜ…。 あたしらの腕を信用してないのかい?」

 

 そんな状況の中、新たにこの場へ駆け付ける、第三者の姿。

 ボサッとした灰色の髪に、スレンダーな肢体。

 イシェンダ・ブアミさん。 その人に他ならない。

 

「イシェンダ! あんたまで、何でここに?」

「お前が朝っぱらから、狼に追われた野兎みたいに猛ダッシュしてるのが

目に入ったんでね。 何事かと尾行させてもらったんだよ」

 

 なるほど…。

 そんなこんなで、ここには昨日と同じメンバーが集結してまったというわけか。

 神様というのも、面白いことをしてくれる。

 

「……」

 

 やる気満々な様子の彼女達を説得するのは、簡単なことではない。

 ――というか多分、僕には無理だ。

 一刻も早く真相を突き止めたい僕からすれば、最良の選択は

もうそれ以外に無いだろうといった心境だった。

 

 

 

 

 

 目指す先は、昨日発見したあの墓地である。

 一応、昨日にもざっと見て廻ったものの、あの場所にはやはり何か…

見過ごしてはいけない何かが、あるような気がしてならないのだ。

 

「……」

 

 森に入ってしばらくの時間が経つと、霧はまた濃くなり始めた。

 ――昨日と一緒だ。

 さっきのあの、頭に(ひび)いた謎の思念も加味すると…それはまるで、

何者かが作為的に霧の濃度を調節しているようにも思えた。

 

 ……

 

「…イシェンダさん?」

 

 先頭を切って歩いていた彼女が、突然フラリと体を揺らしたかと思うと、

手で頭を押さえながら、近くにあった木に寄り掛かる。

 

「どうされました?」

「あ、あぁ…。 なんかちょっと、目眩(めまい)がしてね」

 

 尋ねる僕に、小さく首を振って答えるイシェンダさん。

 多少顔色が優れないような気もするが、それ程酷い状態ではなさそうだ。

 

「情けないなぁ。 朝からちょっと運動しただけで、へばってしもうて」

「うっせぇ! そんなんじゃないんだよ」

「…だったら、何なん?」

 

 悪戯(いたずら)っぽく喋りかけるヤトフさんに対し、イシェンダさんは眉をしかめる。

 確かに、昨日の様子を考えれば、この程度の運動で

彼女がへばってしまうというのには、違和感がある。

 とはいえ、体調なんて気まぐれに移り行くものだし…。

 

「何かさっきから、頭の中に変な声が聞こえてきてさ…。

それ聞いてる内に、妙な気分になっちまったんだよ」

 

 イシェンダさんのその言葉に、僕とヤトフさんは同時に

ギョッとしたような顔を見せる。

 いや、僕の場合、実際に顔には出ていないと思うけど。

 

「…あんたもなん? ウチもさっきから、妙ちくりんな声が

頭の中を駆け回っとるんや。 けったいなこっちゃで」

「……」

 

 2人の人間に、同時に発生した異変。

 いや…何の対策も行っていなかった場合、恐らくは僕も今頃、

同じ異変に悩まされ続けていたことだろう。

 

 どうやら、『あの者』がメッセージを送りたい相手は、僕だけではなかったらしい。

 僕ら3人が何かしらの条件に当てはまっているのか…それとも、

不特定多数の人間を無差別に狙っているのか。

 

「そのせいか、妙にウトウトしてきてな…。 ふわぁ~…ッ。

一体全体、何なんやろな? これ」

 

 大きな欠伸を途中に挟んで、ヤトフさんが言葉を続ける。

 目もちょっと半開きになっているし、明らかに眠気に襲われている表情。

 

「ちょっとまずい気がするな。 こんな状態だと――」

 

 イシェンダさんが何か言いかけた、その時だった。

 昨日も聞いた、あの忌まわしい声が再び鼓膜(こまく)を震わしてきたのだ。

 カラスのようでカラスでない、空飛ぶ魔鳥の声。

 

「一旦、引き返しましょう」

 

 まだ距離があると判断した僕は、2人にそう告げると

急いで元来た道を引き返そうとした。

 が――途端に前方から出現する、3体の謎の影。

 

「が、骸骨…!?」

「また出よったな!」

 

 それは昨夜にもガライブ村を徘徊していた、立って歩く骸骨の群れ。

 初見のイシェンダさんは当然と言うべきか、動揺の色を見せている。

 

「なんか、ウチら…誰かに()められとるような気がせぇへん?」

「…少しだけ」

 

 ヤトフさんの見解に同意しつつ、剣を抜いては身構える。

 夜に見ても不気味に感じるが、朝に見てもやっぱり不気味な存在である。

 

 

 

 死者の群れは動き出した。

 大きく口を開き、こちらへ猛然と駆け寄るその姿は、恐ろしいの一言に尽きる。

 何だか、昨日よりも狂暴性が増しているように感じるのは、気のせいだろうか。

 

 ヤトフさんとイシェンダさんも同じく武器を構え、眼前の敵を見据える。

 昨夜の時は丁度2対2であったが、今度は丁度3対3という状況。

 偶然かどうかは知らないが…まぁとにかく、1人1勝で事態は収束するわけだ。

 

「……」

 

 『ゴァア…』という(かす)れた奇妙な音が、彼らの口から発せられる。

 声帯を持たない彼らが声を発することは、無論のこと不可能である。

 しかしそれは、死者の怨念(おんねん)を連想させる響きに思えてならない。

 

 いずれにせよ、既に命を失くした者にくれてやる程、僕の命は安くない。

 向かって来る1体の骸骨に向け、牽制(けんせい)の薙ぎ払いを放つ。

 その一撃に相手が怯んだのを確認すると、僕は両の足で大地を蹴った。

 

 ……

 

 両方の足裏を揃え、標的の胸部に向けて、宙を跳びながらの攻撃。

 俗にドロップキックと呼ばれる技だ。

 プロレスではお馴染みだが、喧嘩などであまり見かけることはない技だろう。

 

 ダウンした相手に僕は素早く近付き、勝負を決めに行く。

 まずは、左腕――右腕。

 続いて右脚と左脚へ、それぞれ処置を(ほどこ)していく。

 

「……」

 

 手足を折られたその骸骨は、手足をもがれたバッタのようにバタバタと暴れる。

 こちらから接近しない限り、僕らに危害を加えることは、もう出来ないだろう。

 そう判断した僕は、他の2人の戦況に視線を移すことにした。

 

「――ハッ!」

 

 彼女の放ったその一撃に、『ビキッ』と音を立てて肘から先の部分が吹き飛ぶ。

 だが骸骨に怯んだ様子はなく、残ったもう片方の手で掴みかかろうとする。

 しかし彼女はそれを機敏(きびん)にかわし、カウンターの一撃を肋骨部分へ。

 

「しぶといやっちゃなぁ…ホンマ」

 

 肋骨の何本かをへし折られた骸骨であったが、まだ倒れる気配は無い。

 だが戦闘の優劣は明らかであり、ヤトフさんの顔には余裕の笑みが。

 そして骸骨の方は、若干勢いが(おとろ)えているように見えた。

 体だけでなく、心の骨が折れるのも、時間の問題かもしれない。

 

 ……

 

「くそッ…! やりづれぇ相手だな」

 

 一方のイシェンダさんは、ヤトフさんとは逆に険しい表情を浮かべていた。

 襲い来る相手の攻撃を(こうげき)き、隙を見てはこちらから攻撃を加えていく。

 その手際には、さりとて口を挟む所はない。

 

 しかし、どれだけ攻撃を加えても、相手の骸骨に

それ程深い傷を負わせるには至っていない。

 これは、武器との相性の問題だろう。

 

 『突き』を主軸とする槍では、肉体を持たず、細くて硬い

骨の集合体であるだけの彼らに対応するのは難しい。

 見かねた僕はイシェンダさんの元へと駆け寄り、骸骨との間に割って入った。

 

「…スギヤマ!?」

「ここは、僕に任せてください。 イシェンダさんは――」

 

 背後から鳴り響く、あの魔鳥の群れの鳴き声。

 それはもう、僕らのすぐ側まで迫ってきていた。

 

「あちらの方を、何とかしてください」

「…分かったよ。 じゃ、そっちはよろしくな!」

 

 彼女にも状況は理解出来ていたのか、僕の指示にすんなりと従ってくれた。

 世の中、誰しも得手不得手…そして、適材適所というものが存在する。

 スムーズに集団行動を進めていくには、その見極めが肝要(かんよう)なのだ。

 

 

 

 

 

「――とどめだ!」

 

 放たれた槍先は魔鳥の黒い翼をしっかりと捉え、それを貫通する。

 槍を引き抜くと、飛行手段を奪われた魔鳥は重力に従い、地面に衝突。

 これにて勝負ありだ。

 

「…ふぅ、これで全部か。 ようやく片付いたな」

 

 最後の1体を倒したイシェンダさんが、周囲を見渡しながら呟く。

 骸骨が計4体。 魔鳥が計16体。

 合わせて丁度20の敵が織り成す惨状が、そこに広がっていた。

 

「えらい大漁(たいりょう)やったな~。 まぁでも、みんな大した怪我もなく、何よりやで」

 

 ヤトフさんが息を弾ませながらも笑顔を見せる。

 確かに、これだけの数の敵を相手に、全員がほぼ無傷で済んだことは

朗報(ろうほう)と呼んでも差し支えないだろう。

 これも個々の実力と、チームワークの賜物(たまもの)である。

 

「……」

 

 そんな勝利の余韻(よいん)に浸っていたいのは山々だが、そうもいかなかった。

 先程から、近くに何者かの存在を感じ取れる。

 (よど)みや(にご)りといった言葉が似合う、とても奇妙な存在感。

 

“……”

 

 何者かが語りかけてくるが、僕はとりあえず、その感覚をシャットアウト。

 ――まずは、その正体を暴いてやる。

 そう決意し、澱んだ気配のする方へと歩みを進めていった。

 

 

「……」

 

 それは、予想の範疇(はんちゅう)のことであった。

 辿り着いた先は…昨日訪れた、あの墓地。

 その中心に立つは、黒ずんだ藍色のローブに身を包む、人影らしきもの。

 

 彼がゆっくりと、こちらを振り向いた。

 その顔は明らかに、生気の満ちた人間のものとは異なっている。

 茶色く変色し、乾き切った肌。

 恐らく、ミイラと呼んでいいレベルのものだろう。

 

“ようこそ…哀れな生贄(いけにえ)たち”

 

 そして無視出来ないのが、ミイラの右手にあるその物体である。

 巨大な鎌――それを持つ彼の外観には、『死神』という言葉が相応しい。

 

「また、凄いのが出てきよったな…」

「あぁ。 これまで以上に厄介そうな相手だ」

 

 遅れて駆け付けたヤトフさんとイシャンダさんも、その奇怪な風貌(ふうぼう)

只ならぬ雰囲気を感じ取っているようだ。

 まだ戦うべき相手と決まったわけではないが、僕の手は

鞘に納まった剣を自然と引き抜いていた。

 

“既に汝らの命、尽きたりしものなり。 我に抗うは、無意味なこと”

 

 シャットアウトを解除した頭の中に、はっきりと感じられる思念。

 よく分からないが、どうやら僕らの命は、もう終わっていると言いたいらしい。

 そう言われて『はい、そうですか』と思えるほど、僕は従順な人間ではない。

 

「……」

 

 標的を(にら)みながら武器を構え、こちらが臨戦態勢(りんせんたいせい)であることを告げる。

 背後にいるヤトフさんとイシェンダさんもそうしていることが、

振り返らずとも感じ取れた。

 

 

 

 

 

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