OLWADHIS ~異世界編~   作:杉山晴彦

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第16話 絶世空間

 

 

 

 

 

“もはや(なんじ)らは、我が術中にあり…。 (おの)が無力さ、噛み締めるがよい”

 

 その言葉を終えた次の瞬間だった。

 奴の体から奇妙な波動のようなものが、螺旋(らせん)を描くように放出される。

 その勢いは凄まじく、考える間もないスピードで僕らを包み込んだ。

 

「――ッ」

 

 微かに、頭にもやが掛かるような感覚。

 波動はまるで(まと)わり付くように僕の全身を包み込んでいる。

 後方にいる2人も、同じ状況へと(おちい)っているようだ。

 

 ……

 

 およそ7秒が経過した後、纏わり付く波動は空気に溶け込むように消滅した。

 これまでにない奇妙な感覚であったが、別段、体に異常が起こった様子はない。

 ――だがそれは、僕に限った結果に過ぎなかった。

 

「……」

 

 ヤトフさんとイシェンダさん。

 彼女らはぐったりと力が抜け、その場に倒れ込んでいた。

 呼吸はしているようなので、睡眠…あるいは気絶状態かと思われる。

 

“ほう…。 汝も我が術、意に介さぬか…”

 

 奴の、既に失われている筈の目がこちらを向く。

 眼球は存在していないようだが、目の(くぼ)みの奥に微かに紫色の光が見える。

 いや、光というよりは…何かが燃え盛っているような感じだ。

 

「……」

 

 何の前触れも無く、奴の体がフワリと宙に浮かび上がった。

 まぁそんなことは抜きにしても、色々と奇妙奇天烈(きみょうきてれつ)な存在だ。

 驚くのは後回しにして、その都度、迅速(じんそく)な対応を取るしかないだろう。

 

 ……

 

 ローブの裾を棚引(たなび)かせながら、奴は空中を滑るように移動して接近する。

 両手にしっかりと握られているのは、巨大な鎌の柄。

 どうやらその武器で、僕を斬り捨てようとでもいう魂胆(こんたん)のようだ。

 

「……」

 

 ――射程距離。

 奴が鎌を振り上げた。

 木々の間を縫う陽光が、その刃をギラリと(きら)めかせる。

 

 一撃でも喰らえば、致命傷となりかねない。

 僕は奴の挙動に神経を総動員し、次の行動を思索する。

 

 ……

 

 1メートルはあろうかという鎌の刃が、僕の胴体寸前を横に通り過ぎた。

 確かに当たれば、相当なダメージも期待出来るだろう。

 だが――大振りな武器というのは、得てして隙も大きく出てしまうものだ。

 

 鎌の刃が通り過ぎた刹那、僕は地面を蹴り、奴へと跳びかかった。

 肉薄する距離の中、何処を狙うかの決断に迷う。

 僕はとりあえず、脇腹の部分…ボディーブローを撃つことにした。

 

“…ククッ”

 

 拳を通じて伝わるのは、ローブの生地の感触。

 だがその奥からは、何かブヨブヨしたような、弾力のある感触が伝わってくる。

 少なくとも、ミイラと化した人間の皮膚や骨の感触ではあるまい。

 

 ならばと思い、露出している顔面へ向けてのハイキックを放つ。

 狙いは的確で、奴の体はその衝撃によってグラリと揺れた。

 しかし――またしても、あの感触。

 

“効かぬよ…汝らの攻撃など”

「……」

 

 どういうことだ…。

 まるで奴の体を、何か見えない(まく)のようなものが(おお)っているようだ。

 言うなれば――バリアー的なもの。

 

 そんな事態に困惑する僕に向け、奴が再び鎌を振り上げた。

 その所作は実に淡々としており、戦闘というよりは、まるで何かの儀式でも

()り行っているような雰囲気さえ覚える。

 

 ……

 

 またもや襲い来るその刃を、僕は危なげなく避けてみせる。

 そして再び、生じる隙。

 だが僕は迂闊(うかつ)に動けず、その場で様子を見ることしか出来なかった。

 

煩獄魔法(レダニクル)…”

 

 奴の乾き切った唇が動き、何かを呟き始めた。

 本能的に危険を察知した僕は、慌てて距離を取る。

 

“――蛇陰縛(デルベーゼ)!”

「…ッ」

 

 奇妙な言葉が発せられた途端、奴の全身から、黒い帯状の何かが

無数に発生し、僕の方へと向かってきた。

 ウネウネとくねりながら動くその姿は、蛇を連想させる。

 

 触れるのも、触れられるのもまずい。

 そう判断した僕は、軌道から逃れるように横方向へと移動する。

 だが黒い帯の群れは僕の動きをきっちりと捉え、その進路を

自由自在に変えては、着実にこちらへと迫ってくる。

 

 ……

 

 スピードの勝負であれば、僕に分があるだろう。

 しかし、眠ったままの2人をそのままにして退却という手段を

選択出来るほど、僕は人でなしじゃない。

 

「……」

 

 近くにあった大きな木の元へ駆け寄ると、その裏側に回り込んだ。

 地形や障害物を利用するのは、戦略の基本である。

 

 ……

 

 木の陰から僅かばかり顔を出し、黒い帯の群れの様子を窺う。

 まだ少し、距離がある。

 上手くやれば、この木の幹に奴らを絡ませることが出来るかもしれない…。

 そんな淡い期待を抱きつつ、時が過ぎるのを待った。

 

“…何処を見ている?”

「――ッ」

 

 不意に背後からの気配を感じ、振り返る。

 そこには、ローブを纏ったミイラが鎌を振り上げる姿。

 一体、いつの間に…?

 

 ……

 

 寸での所で振り下ろされた鎌を回避した僕であったが、地面に浮かび上がる

太い木の根っこに足を取られ、体勢が崩れる。

 そんな僕へ容赦なく襲い来るは、黒い帯の群れ。

 

 予想通りと言うべきか、黒い帯はまるで蛇の如く

僕の体へと次々に絡み付いてくる。

 1本1本はガムテープ程度の太さであるが、これまた妙に頑丈で、

振り(ほど)こうにも引き千切ろうにも、上手くいかない現状。

 

“終わりだ…”

「えっ…?」

 

 突然、目の前の虚空に切り目のようなものが入ったかと思うと、

それが徐々に広がり、まるで虫食い穴が出来たような状態となった。

 その『もう1つの空間』の先にあるものは…限りない程の闇。

 

 ……

 

 僕の体が徐々に、その空間へと吸い込まれていく。

 ほぼ身動きが取れないこの状態では、抵抗することもままならない。

 

“怯え、(なげ)き…苦しむがよい。 苦悶(くもん)(ゆが)んだ魂こそ、我が(あるじ)に相応しい…”

 

 奴が発するそんな言葉を聞きながら、やがて僕の体は

完全にに闇へと呑み込まれていった。

 微かに動く首でどうにか背後を見れば、空間を(つな)ぐ切れ目が

次第に塞がっていく様子が窺える。

 そして――光は失われた。

 

 

 

 

 

「……」

 

 奇妙な空間であった。

 周囲は完全なる漆黒(しっこく)が広がっているというのに、自分の体や衣服だけは

妙にはっきりと見えている。

 いや――見えているのは、自分に限ったことでもないが。

 

「何なんだよ、チクショオ…! この俺様を、こんな目に遭わせやがって!」

 

 苛立たしげに唇を奮わせるのは、黒い帽子に黒いマントという格好の男。

 トレジャーハンターを自称する、色々と怪しげな人物だ。

 

「あの、グレゴリーさん…」

「あん? 何だよ」

「ここが何処だか、心当たりは無いんですか?」

 

 聞けば、彼は森の中を探索している途中、霧が濃くなってきたかと思うと

急に激しい眠気に襲われ…そのまま、意識を失った。

 そして気が付いた時には、もう『ここ』にいたのだと言う。

 

「ある訳ねぇだろ、こんな薄気味悪い場所。 第一、俺様は――」

 

 グレゴリーさんが言葉を途切らせ、目をカッと見開いた。

 その視線の先にいたのは、みすぼらしい格好をした1人の男性。

 目は(うつ)ろで、手をだらんと垂らしたその姿からは、生気というものが感じ取れない。

 そして何より奇妙なのが、男の姿が半透明に見えることだ。

 

 男はピクリとも体を動かさぬ状態のまま、まるで見えないレーンの上を滑るように

高速で移動し、瞬く間に僕らの前から姿を消した。

 摩訶(まか)不思議な光景に、僕らはただ言葉を失くし、黙り込む。

 

 ……

 

「こいつぁ、もしかすると…絶世空間(ぜっせいくうかん)ってやつかもな」

 

 長い沈黙を挟んだ後、グレゴリーさんがボソリと呟くように言った。

 『絶世空間』。

 聞き覚えのある言葉だ。

 

「『烈影(れつえい)』ノラングールが管理する、生と死の狭間にある空間…」

「そう、それだ!」

 

 僕が記憶の引き出しから披露(ひろう)した知識に、彼が相槌を打つ。

 ノラングールというのは確か、『十和星』の1人でもあるんだよね。

 

「地上で死んだ奴の魂は、まずここにやって来て、そっから天国なり地獄なり、

その後の末路(まつろ)が各々に決められるのさ」

「……」

「言ってみりゃ、魂の裁判所ってわけだな」

 

 僕が披露した知識に、グレゴリーさんが更に新たな情報を付け加える。

 魂の裁判所…。

 肉体の死を迎えた者を待ち受ける、その人生の査定の場。

 古来より人間は、そういった場所が存在すると口伝してきたものだ。

 

 ――と、ちょっと待てよ。

 そうなると、まさか…。

 

「もしかして、僕ら…もう死んじゃってるんですか?」

「――ッ! マ、マジか…!? い、いや、ちょっと待て!

まだ諦めるには早いぜ、ベイビー!」

 

 僕が発表した仮説に、物凄い動揺を見せてくれるグレゴリーさん。

 しかし、自分で立てた仮説ではあるものの、その信憑性(しんぴょうせい)はいまいちであった。

 何故なら、彼の場合はともかく…僕は明らかに、肉体ごと引き込まれて

この空間にやって来ている。

 魂が集う場に来訪するには、お門違いと言える存在だろう。

 

「くそッ、何かないか…! 何か良いアイテムは…!」

 

 僕が色々と思考を巡らしている中、彼は肩に掛けて持っていた

茶色い皮の(かばん)を開け、その中をゴソゴソと(あさ)り出した。

 僕はそんな彼の様子を見守りつつ、尚も物思いに(ふけ)る。

 

 …そういえば、ヤトフさんとイシェンダさんはどうなったのだろう?

 状況を考えると、無事でいる可能性は低いかもしれない。

 もしかすると、彼女たちも――

 

「お~ッ、ハルナ! 元気そうやな!」

「…あんたも、ここに来てたのか」

 

 そんなことを考えていた矢先、議題の争点となっていた2人が

何処からともなく出現した。

 その姿を見て安堵(あんど)したのも束の間、すぐに複雑な心境に陥る。

 

「で…そっちの、(ひげ)のおっさんは誰や?」

「っつうかその前に…ここは一体、何処なんだよ?」

 

 彼女らの口から、それぞれに疑問の言葉が出る。

 僕はとりあえず、答えられるヤトフさんの疑問から解消することにした。

 

 

 

「んっ? こいつは、確か…」

「何ですか? それ」

 

 髭のおっさんことグレゴリーさんが鞄から取り出したある物に、僕は目を奪われる。

 形やサイズは、(にわとり)の卵に似ている。

 しかしその色合いは、鮮やかな青緑…エメラルドに似たものだった。

 

「これはタルティト・ストーンっつってな、ある種の封印魔法によって

生成されるもんだ。 封印されるものによって、形状は様々に変化するらしいがな」

「へぇ…」

 

 やはりこの世界には、まだまだ不思議な物があるらしい。

 封印魔法…。 要するに、何かをその石の中に封じ込めたということだろうか?

 ファンタジーな世界観の作品では、よく見かける事例であるが。

 

「――おっ? な、何だ!?」

 

 ジッと見つめていたその卵形の石が、突如として発光した。

 グレゴリーさんは驚きのあまり、その石から思わず手を離す。

 だが石は重力に逆らい、宙にフワリと浮かんだまま、尚も光を発し続ける。

 

「……」

 

 チラリと自分の胸元に目をやれば、ペンダントに付いたあの星の飾りが、

これまた強烈な黄色い光を発していた。

 2つの物体が放つ輝きは、まるで呼応し、何か会話でもしているかのようであった。

 

 ……

 

 卵型の石が、やがてカタカタと震え出した。

 形状が形状なだけに、何かが生まれようとしているように見える。

 そんな予感が正解であることを示すように、石がピシピシとひび割れていく。

 

「やべぇぞ! 封印が解かれる!」

「な…何が出てくるっちゅうんや!?」

「んなもん、知るか!」

 

 周囲には自然として、緊張が走る。

 どうやら、封印されていたという何者かが飛び出してくるらしい。

 何が出るかの予想がまるで出来ない現状では、未知なるものへの

不安と恐怖――そして期待を抱かずにはいられない。

 

 ……

 

 卵型の石は割れ、場を照らしていた光もスッと収まった。

 そして、割れた石の中から出てきたものは…。

 『スー!』という奇妙な鳴き声を発する、全身真っ白の生き物。

 

「……」

 

 トカゲに似た外見に、角と翼。

 それは『ドラゴン』という名称が実にしっくり来る生き物であった。

 体長はおよそ、30cmぐらいだろうか。

 白い肌と大きな赤紫色の瞳が、神秘的な雰囲気を(かも)し出している。

 

「――なんや、コイツ?」

「まぁ見た所、危険な奴じゃなさそうだが…」

 

 ヤトフさんとイシェンダさんは上半身を前のめりにし、

興味深そうにその白い龍を見つめている。

 一方のグレゴリーさんはちょっと後ずさりして、距離を取ろうとする。

 

「なんだ…? 何か(くわ)えてるみたいだな」

 

 イシェンダさんがそう呟きながら、龍の口元に手を伸ばす。

 しかし龍は、それを避けるようにプイッと顔を背けた。

 その視線の先には、僕がいる。

 

 『スー!』とどこか興奮したような声を出し、白い龍が僕の方へとやって来る。

 改めてその口元に目をやってみれば…どうやら、(ひも)が取り付けられた

鈴のような物を咥えているのが見てとれる。

 龍はまるでそれを差し出すかのように、突き出た口をこっちに向けていた。

 

「……」

 

 基本的に貰える物は貰う主義の僕は、その紐に手を伸ばし、掴み取った。

 龍がその行動に異議を申し立てるような気配は無い。

 

 僕はとりあえず、手の内にある物を観察してみることにした。

 紐の先に結ばれた2つの鈴の他、鳥の翼を模した飾りのようなものもある。

 中々、洒落たデザインだ。

 

 ……

 

 顔を上に向けた龍が、今度は『スー!スー!』と連続で鳴き出した。

 何か伝えたい様子なのは分かるが、あいにく僕に龍語を判読する力は無い。

 その挙動に注目し、何とか意思疎通(いしそつう)(はか)ろうと試みる。

 

「…上?」

 

 とにもかくにも、彼は上を真っ直ぐに見ている。

 僕も同じようにその視線を辿ってみるが、そこにはやはり、

ただ果てしない闇が広がるばかり。

 

「上に向かって、これを投げろって…?」

 

 手の平にある鈴に目をやりながら、半ば思いつきで口にした言葉に

龍がコクンと頷く仕草を見せた。

 それが正解を示すサインであるかどうかは分かりかねたが…

まぁ今の状況では、他にこれと言って有効な手段もあるまい。

 

「――やってみる」

 

 僕は軽く反動を付けると、上に向かって思い切りその鈴を放り投げた。

 僕の手を離れた鈴は急上昇を続けるが、やがてその勢いがピタリと止まる。

 重力という(くさり)に繋がれている以上、それは当然の運命であった。

 

 だが――次の瞬間、僕の目に映っていた光景は、

予期していたものとは少し違っていた。

 鈴と一緒に紐に取り付けられていたあの翼の飾りが、

まるで生きているかのように羽ばたき始めたのである。

 

 ……

 

 浮力を得た鈴が、緩やかなペースではあるが、着実に上へ上へと飛んでいく。

 2枚の翼を懸命に羽ばたかせるその姿は、ちょっといじらしくもあった。

 チリンチリンと心地好い音が、漆黒に包まれた空間に響き渡る。

 

「……」

 

 これが果たして、現状を打破する何かの切っ掛けと成り得るのか。

 断言は出来ないが、何か…そうなりそうな予感がしている。

 僕は尚も上昇を続けるその鈴の行方を、ただひたすら見守っていた。

 

 

 

 

 

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