「…懐かしい顔ダな」
山小屋の側。
木製の簡素な椅子に座り、道具の手入れをしていた
ベントの元に、1人の客人が現れる。
「ギッ…。 まダ、こんな所にいタのか…お前は」
目元に黒い塗料を塗ったそのゴブリンの名は、ゾリル。
隣のスサンボ山を騒がせていた、山賊団の一味である。
……
「山賊団は
「…そうか」
ぶっきらぼうに言い放ったゾリルの報告に、さして驚く様子もなく
ナイフの手入れを続けるベント。
2人の間に、しばしの沈黙が流れる。
……
「――なぁ、ベント」
「……」
「お前ドうしテ、俺達の仲間にならなかッタんダ?」
沈黙を破り、そう問い質すゾリル。
しかしベントは、まるでその言葉が聞こえていないかのように作業を続けた。
「人間が…憎くはないのか?」
ゾリルが発したその言葉が引き金となり、2人の脳裏にある記憶が
ゴブリン達が集う村で、素朴で平穏な日々を送っていた、かつての自分たち。
そこに突然現れ、村を焼き払い…同志を虐殺していった人間たち。
「知ッテの通り、俺は根ッからの捻くれ者デね。 心から信頼する奴も、
信頼しテくれる奴も…あそこにはいなかッタ」
「……」
「ダから、お前達の感情がいまいチ理解出来なかッタのさ。
――ましテや、幼い我が子を奪われる母親の気持チなんテな」
その村の長を務めていたのは、モンリーと呼ばれる女のゴブリンであった。
『小鬼』と称されるゴブリン族の中では抜きん出たその体格と、
お節介ながらも包容力のある彼女は、村の代表として何ら恥じない存在だった。
彼女は若くして1人の女の子を生んだが、不運な事故により
たった7歳でその生涯を終えることとなった。
それからしばらくの時が流れ、彼女は再び1人の子を
「ダから、俺達の仲間には入らなかッタ…」
「……」
「ダが、俺達の行動をまるッきり理解出来なくもなかッタ…そうダろ?」
問い掛けには答えず、口を閉ざすベントであったが、それが
イエスを
それ故に、彼は自分たちを責めることも認めることもせず、
1人で生きていく道を選んだのであろう――と。
「しかし、お前…何デわざわざ、化け物が出るッテ噂の、
こんな山に住み始めタんダ?」
またしばらくの沈黙を挟んだ後、ゾリルはそんな言葉を投げかけた。
今度は弓の手入れを始めていたベントの手が、一瞬ピタリと止まる。
「お前、まさか…」
「――そうダな。 かつテの俺は、そんな風に考えテいタのかもな」
何かを言いかけたゾリルの口を
不自然に明るい口調で話し始めた。
「生きテく気力も、死ぬ勇気もねぇから、得体の知れない化け物に
その命を預ける…。 何トもまぁ、甘ッチょろい考えダ」
その笑みをフッと消したベントは、不意に顔を上げ、虚空を見つめる。
「ダが、今は少し違う。 世の中ッテのは、そうつまらないもの
ばかりデもない…。 あいツに会ッテから、そんな風に思えテきテな」
「…あいツ?」
ベントは、あの無表情な面をした奇妙な少年との出会い――
そして、共に暮らした短い日々のことを思い返していた。
思いも寄らぬ未来など、来る筈もない。
そんな考えを抱いていた自分の前へ唐突に現れた、幼くも
大きな心と肉体を持つ、異界からの使者。
「ギッ…。 全く、何トもおかしな奴ダッタよ」
「……」
「善ダトか悪ダトか…そんな基準で計る気も失せチまう。
タダトにかく、呆れるくらいに純粋で――自然体」
ベントの話を聞くゾリルの心の内に、ある人物の姿が浮かんだ。
自らが決闘を挑み、そして敗れた相手。
『スギヤマハルナ』と名乗ったその少年との記憶は、深く心に刻まれている。
……
「何ダ? この地響きは…」
山肌を
この山で長く暮らすベントからすれば、幾度めとも知れない現象。
しかし、それが発生する頻度は、最近になって急激に増加している。
「奴が姿を現す日も、近そうダな…」
その事実が意味することを、ベントは漠然とだが把握していた。
そこに待ち受けるものは――
滅び行く小さな世界を想う彼の胸の内に、1つの決心が芽生えつつあった。