OLWADHIS ~異世界編~   作:杉山晴彦

23 / 33
第3章
第19話 不穏の前兆


 

 

 

 

 

 ――あれから、数日が過ぎ去った。

 あれからというのは、都築さんと共にこのレノン村に戻り、彼もまた

自警団員の1人として、この村での生活をスタートさせ…。

 そして僕にとっては、気を許せる仲間が1人加わったという、

そんな記念の日からのことである。

 

「ナオヤさん。 この間は、息子と遊んで頂いてありがとうございました。

あの子ったら、あれからナオヤさんのことばっかり話してまして…」

「いえいえ…こっちの方こそ、楽しませてもらいましたから。

『また遊ぼうね!』って、息子さんに伝えといてください」

 

 道行く年配の女性とそんな会話をし、立ち去る女性を笑顔で見送る都築さん。

 僅か数日の間で、彼は完全にこの村に馴染んでしまった。

 (ほが)らかで親しみやすいその気質は、生まれ持っての才能だろうか。

 

「……」

 

 求心力というか…とにかく人を惹き付ける、何かを持った人である。

 それは(ふところ)の広さというか、貫禄すら感じさせる類稀(たぐいまれ)な資質。

 なるほど、彼なら確かに――そんな言葉を(かん)せられても、不思議ではない。

 

“間もなくあなたは、1人目の勇者と出会うことでしょう”

 

 あの奇妙な猫人間から貰った、唐突な予言。

 彼と出会ったあの瞬間、それが当たっていたことをはっきりと思い知らされた。

 1人目の勇者…。

 すると彼が、いずれ『魔王』を討ち果たすべき存在となるわけか。

 

「どうしたの? 杉山くん」

「あっ、いえ…何でもありません」

 

 視線を感じていたせいか、都築さんが不思議そうな顔でこちらを見る。

 しかし、そんなことを彼に伝えてもいいものかどうか…。

 いくらこの世界が現実離れしているとはいえ、勇者だとか魔王だとか…

そんなことを突飛(とっぴ)に言われても、そう簡単に頷けはしない気がする。

 

「にしても、これ――本当に夢じゃないんだよね。 本当に俺たち、

ここで暮らしちゃってるもんね」

「…はい」

 

 都築さんは現在、34歳。

 定職にも()いてるし、一人暮らしも長く…完全な社会人。

 そんな彼にとってのこの現状は、恐らく僕以上に衝撃的で、

受け入れ難いものがあることだろう。

 

「凄いよね。 こんなことが、本当にあるんだから」

「…はい。 凄過ぎです」

 

 こんな会話を交わすのも、もう何度目になるだろうか。

 しかし、何度話してみたところで、やっぱり異常なことは異常だ。

 それを確認し合える人間がいるということは、やはり心強いという他無い。

 

「まぁでも、せっかくの機会だし。 楽しめるだけ楽しもうよ」

「…そうですね」

「これはこれで、面白いじゃん」

 

 そんな異常な状況の中、都築さんは屈託(くったく)の無い笑みを浮かべる。

 この人は頭の回転が早いし、かなり冷静に物事を見極めてるタイプに思う。

 だが…それでも尚、このポジティブっぷり。

 やはり、(あなど)れない男である。

 

 

 

 

 

 昼食の時間。

 巡回中、ちょっと話の長いおばさんに絡まれてしまった僕は、

他のメンバーよりも少し遅れて食事の席に着いた。

 

 食事担当であるアモロフさんと、それを手伝っていた都築さん。

 他のメンバーがいなくなった食堂で、その2人と共に食事を取る。

 

「これ…都築さんが作ったんですか?」

「うん。 結構、上手く出来てると思うんだけど」

 

 並べられた料理の中のある一品を指差し、僕は好奇の目を向ける。

 それは黄色くてプルプルしてる、見覚えのある料理。

 話によると、これは都築さんが手掛けたものであるとのこと。

 

 ……

 

「美味しいです。 凄く、ちゃんとしていますね」

「だろ? 色々考えて作ってみたんだけど、案外上手くいったみたいでさ」

 

 それは正に、茶碗蒸しと呼んでいい一品であった。

 味付けはちょっと洋風みたいだけど、その(なめ)らかな食感と舌触りは申し分ない。

 器具も材料もろくに揃わないこの環境で、よくこれだけの物を作り上げたものだ。

 

「うん…こんなの、初めて食べたけど。 よく出来てると思うよ、本当に」

「ありがとうございます」

 

 アモロフさんのお墨付きも貰い、ご満悦な様子の都築さん。

 さすがに、長く一人暮らしをしているだけのことはある。

 料理を作れる男の人って、なんかカッコイイな。

 

 ……

 

「君は、料理とかしないの?」

 

 パン、サラダ、チキンのソテーに茶碗蒸しという和洋折衷(わようせっちゅう)な料理たちを

順調に平らげていく中、都築さんからの質問が飛び出す。

 僕は少々悩んだ後、口を開く。

 

「興味はあるんですけどね。 そんなに経験は無いです」

「そっか…。 やってみると、面白いもんだよ。 すげぇ奥が深いし」

 

 都築さんは本当に楽しそうな様子で、料理についての魅力を語り出す。

 なんかちょっと…本気で始めたくもなってきた。

 家に帰ったら、まりやさんにでも教えてもらおうか。

 

 

 

 

 

「ふ~ッ、降参降参。 …さて、そろそろ一息入れようぜ」

「そうしましょう」

 

 炎天下の中、今日も今日とて剣術の訓練。

 僕は相手役を務めてくれたケヴィンさんと共に木陰にあるベンチに座り、

持参していた水筒から給水を行うことにする。

 

 ……

 

「あの人も、中々呑み込み早いな。 もう剣を振る姿がサマになってる」

「…はい」

「まぁ、お前程じゃねぇけどな」

 

 向こう側で訓練を繰り広げているのは、ジウさんと都築さん。

 やはり自警団の一員となった以上、彼にも勿論、こういった実戦訓練に

参加してもらわねばならないこととなった。

 

 体格は良い方だと思うのだが、意外にも運動はあまり好きではなく、

インドア派だと主張する都築さん。

 しかし、一度始めてみると呑み込みは早く、集中力も凄いものがある。

 

「剣の腕だけじゃねぇと思うんだけど。 お前と戦っていると、

なんか時々、どうあっても勝てねぇんじゃないかって思うことがある」

「……」

「正直、マジで天才かなって気がするよ。 俺は」

 

 ケヴィンさんからの賛辞に、僕はちょっと照れ臭くなって頬を掻く。

 でも…(おご)るわけではないが、本当にそうなのかもしれない。

 戦いの場に身を置いている時、ふと感じることがある。

 『なんか凄い、合ってるな』――という感覚。

 

 ……

 

 その感覚は、とても不思議なものである。

 まるで、ずっとずっと前の記憶から何かが躍動(やくどう)奮起(ふんき)しているような…。

 自分の中に染み付いた『何か』を揺り動かされる感覚。

 

 しかし僕には、これといって喧嘩(けんか)の経験も無ければ、

格闘技などを本格的に習ったこともない。

 だからまぁ、それは多分、生まれ持っての才能に近いものであり…そういった

過去の記憶が揺さぶられるような感覚も、きっと錯覚(さっかく)に過ぎないのだろう。

 

「あれ…?」

 

 ケヴィンさんがふと、何かに気付いたように視線を移した。

 僕もその行方を辿ってみると、そこには警備所方面から

こちらの方へと駆け寄ってくる、ミューレさんらしき人の姿。

 

「すいません、皆さん! 緊急招集です! 訓練は切り上げて、

すぐに警備所の方に集合してください!」

 

 彼女は珍しく随分と焦った様子で、そんな言葉を一同に発する。

 緊急招集…。 つまりは、何かしらの緊急事態が発生したということらしい。

 

「どうしたんだよ。 そんなに血相変えてさ…」

「詳しい話は、隊長の方から発表があるみたいだから。 とにかく、急いで戻って!」

「あ、あぁ…分かった」

 

 何事かは知らないが、とにかく緊急な事態であることは確からしい。

 僕らはすぐさま持参していた木刀や水筒などを腕に抱えると、

タオルで汗を拭きながら、足早に警備所方面へと駆けていった。

 

 

 

 

 

「どうだ…見えるか?」

 

 警備所に戻ったのも束の間、僕らはすぐに団長さんに(うなが)され、外へと飛び出した。

 そして、向こうに見える山――テドラ山の方を見るようにとの指示を受ける。

 

「…わっ、本当だ」

「一体、何があったんだ?」

 

 山に視線をやるジウさんとケヴィンさんから、戸惑いの声が上がる。

 その異変は、遠目から見ても確かに一目瞭然(いちもくりょうぜん)であった。

 山の中腹の辺り。 木々に(おお)われて緑色に染まるその山の一部に、

ポッカリと様子が変わっている部分がある。

 

 目を凝らしてよく見てみれば、どうやらその部分だけ

木々が折れたり、倒れたりしているようだ。

 山の大きさから推測すると…恐らくは、半径数百メートル程の地帯に

そんな変化が見られるようである。

 

「村の人たちは、みんな口々に噂してるよ。 あの怪物が(よみがえ)ったんじゃないか…って」

 

 その台詞を口にしたガラナさんに、メンバー達は一斉に目を向ける。

 『あの怪物』。

 彼女がそう言い表したものが何であるかは、村での生活を始めて日が浅い

僕であっても、すぐに思い当たる節があった。

 

「ドノブイ、か…?」

「でも、蘇ったって…。 ドノブイはやっぱり、死んでたの?」

 

 ケヴィンさんは険しい顔つきで再び視線を山の方へと戻し、

ジウさんはガラナさんへ疑問の声をぶつける。

 一方の都築さんだが…どうにも今の事態にピンと来てないって顔をしている。

 もしかすると、ドノブイについての話をまだ聞いたことがなかったのかも。

 

「分かりません。 しばらく山から離れて暮らしていたけど、

また戻ってきたという可能性もあります」

「そんな…」

 

 ジウさんの問い掛けには、ガラナさんに代わってミューレさんが答えた。

 僕は再び、山の方へと視線を移す。

 あの荒れ様…人為的な仕業でないとすれば、その中心部で

何かしらの強烈な衝撃が引き起こされたに違いない。

 

 衝撃――その言葉に、あの日の出来事がフラッシュバックする。

 この異界の地に放り出され、間もない頃。

 角の生えた猪との遭遇。 そして…襲い来る未知の力。

 僕がこのオルワディスを『異世界』と認識したのは、思えば

あの瞬間からだったのかもしれない。

 

「いずれにせよ、異変の原因を探りに行く必要があるだろう。

各自、すぐにでも出発の準備を整えるんだ」

「「はい!」」

「ガライブ村の連中にも知らせてやらんとな…。

全く、面倒なことになっちまったもんだ」

 

 団長さんの指示を受け、僕らは準備のために一斉に警備所へと引き返す。

 果たして、異変の正体とは何なのか…。

 どうにも悪い予感がしてならない。

 

 

 

 

 

 馬車に乗り、一行はテドラ山を目指す。

 乗り込んだメンバーは僕にジウさん、ケヴィンさん。 そして団長さんの4人。

 ミューレさんとガラナさんは、警備所で留守番。

 そして都築さんはというと、別の馬車を借りて、ガライブ村への伝達に急ぐ。

 

「……」

 

 山の近くを通り掛かった人から、不気味な獣の鳴き声が聞こえた

という証言もあることだし…団長さんは、かなり事態を重く見ている。

 そのため、都築さんとガライブ村の自警団のメンバー達には、

フォーマス王都へと今回の件の報告に行ってもらうつもりらしい。

 

「ドノブイかぁ…。 実際に目にしたことはないけど、そんなにヤバい奴なの?」

「まぁな。 ホルクの奴ですら、まるで勝てる気がしねぇって言ってたぐらいだ」

 

 熱した空気にそよぐ風を感じつつ、ジウさんとケヴィンさんの話に耳を傾ける。

 ホルクと呼ばれるその人物は、例の召集令によって村を去った、自警団員の1人。

 メンバー達の話によれば、中々に剛胆(ごうたん)な戦士であったらしい。

 

 ……

 

 尚も彼らの話に耳を傾ける中、ふと不可解な現象に襲われた。

 正体がまるで掴めない、胸の中がモヤッとするような感覚。

 何か…。 自分が何か、とんでもない失態をしてしまったかのような…

そんな奇妙な感覚である。

 

「……」

 

 しかし、一体何をしてしまったのかが分からない。

 ここ最近で、僕が何か間違ったことをしていただろうか…?

 考えを巡らせてみても、全く答えを見い出せずにいた。

 

「何を辛気臭い顔してやがる。 今はともかく、目の前の任務に集中しろ」

「…はい」

 

 団長さんに(とが)められ、僕はとりあえずその疑問を振り払った。

 既に目的の山は、すぐそこまで迫って来ている。

 僕の…言うなれば『この世界』が始まった、()まわしくも記念すべき山。

 

 ……

 

 そういえば、ベントさんはどうしているのだろう?

 彼のことだから、そう簡単に危機に(おちい)るようなこともないだろうが…

それでも、万が一ということがある。

 

 それにしても――と思うのだが。

 ベントさんは、ドノブイと呼ばれるその怪物の存在を知りながら、

何故あそこでずっと暮らしているのだろう?

 僕にその話をしてくれた時の彼の様相は、真剣極まりないもので…

その怪物に対し、明らかな警戒心を抱いているように思えた。

 

「……」

 

 その答えを知るためにも、とにかくあの山を探索する必要がある。

 僕は迫り来るテドラ山をしっかりと見据え、確固たる決意を胸に刻むのであった。

 

 

 

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。