山を登り始め、間もなくのことであった。
頭上から何かエンジン音のようなものが聞こえるので見上げてみれば、
そこには遥か上空を飛ぶ、巨大な物体があった。
これだけ距離があると、はっきりとは視認出来ないが…随分と物々しく、
人工的に造られた物であるということは明確だろう。
『戦闘艦』…あるいは『
「あぁ、あれか…? あれは帝国の飛行要塞、カロテッソスだ」
「心配いらないよ。 別に、何かしてくるってわけでもないから」
「少なくとも、今のところは…な」
僕の疑問を察してか、同行中のメンバー達から次々と情報が提供される。
個人的には、最後の団長さんの呟きがどうにも心に引っ掛かるのだが。
……
僕らがまず目指す先は、ベントさんの小屋である。
この山に住む彼であれば、異変について何か思い当たる節があると
考えるのは、当然のことであろう。
それでなくても、異変が起きた時の様子を何かしらは把握している筈だ。
「しかし、思ったんですが…そのベントって奴は、本当に山賊団とは
無関係だったんですかね?」
今の時点ではまだ、周囲の景色にこれといった違和感は無い。
噂の怪物は、とにかくかなり大きな体をした生物だと聞き及んでいる。
…となれば、通り道にも何かしらの
「さぁな。 確かに、こんな山に1人で暮らしてるってのも妙な気はするが…。
仲間かどうかはともかく、顔見知りであった可能性は充分にありそうだ」
「……」
団長さんの言葉に、僕は記憶の中のある場面を思い返す。
山賊団について話す彼の口振りは、確かに…まるで身内のことを
話しているようだった気が、しなくもない。
だが――彼は決して、山賊などという
これは事実関係がどうとかいう問題ではなく、僕の勘であるが…。
自分の人を見る目を、信じたいものである。
「――わっ!」
ベントさんの小屋までもうすぐという地点で、その事態は起こった。
岩陰から飛び出した巨大なその生物を目にし、ジウさんが思わず尻餅を付く。
僕と団長さんは反射的に剣を抜き、一歩遅れてケヴィンさんも武器を手に取る。
「何だよ、こいつ…」
その黒光りする外皮に覆われた生物の姿には、見覚えがあった。
前脚の先にある2対のハサミ。 そして、長い尾の先に付いた針。
恐らくは、サソリと呼ばれる生き物と見て間違いはないだろう。
「だ、団長…!」
「いいから、さっさと武器を取れ」
しかし、その体長といったら…胴体部分だけを見ても、悠に2m近くはある。
常識的に考えれば、こんな生き物は自然に発生しない筈だ。
そんな未知の生物に戸惑いを隠せない様子のジウさんも、
団長さんに
……
僕らは剣を構えた体勢のまま微動だにせず、相手の動向に気を配る。
そして相手もまた、微動だにせずこちらの様子を窺っているようであった。
出来れば、
「――うおッ!?」
巨大サソリの体勢が微かに変化したかと思った次の瞬間、
それは猛烈なスピードでケヴィンさんに跳びかかってきた。
避ける暇もなく、ケヴィンさんがサソリの下敷きとなる。
「…フンッ!」
下敷きとなった獲物に、巨大サソリのその大きなハサミが迫る。
だがそれは標的を捉える前に、団長さんの剣撃によって脚から切り落とされた。
不測の事態に体を硬直させる巨大サソリの腹部を蹴り、
ケヴィンさんがどうにか相手を引き剥がす。
……
その刹那、サソリはその長い尾を、円を描くように一気に振り回した。
ある者はその場に屈み込み、ある者はバックステップをすることにより、
何とかその攻撃を回避することに成功する。
サソリと言えば、尾の先の針に毒が仕込まれていることで有名である。
ハサミも危険だが、あの針には充分に警戒する必要がありそうだ。
サソリは残ったもう1本のハサミを振り上げ、
「
足を踏み出しかけたケヴィンさんに、団長さんの激が飛ぶ。
確かに…相手は何と言っても、未知なる生物。
行動は、慎重過ぎるぐらいに取ってもいいだろう。
「……」
当面の課題としては、やはりあのハサミと毒針を何とかすることだ。
まぁ、あれだけの巨体だと、噛み付きや体当たりにも相応の威力が
ありそうだが…主戦力はやはり、その2つかと思われる。
食用とする際にも、その2つを切り離すのがセオリーとされているし。
「ジウ、スギヤマ…お前らは、あのハサミの方を狙え。
俺とケヴィンは、尻尾を切り離す」
団長さんもどうやら、僕と同じ考えに行き着いたようだ。
4人で一斉に、2箇所に攻撃を仕掛ける作戦か…。
なるほど、理に適っている。
「――行くぞ!」
団長さんの号令の下、僕らは一斉に動き出した。
真っ先に距離を詰めた僕に対し、サソリは巨大なハサミを開く。
だが、ガチリとそれが閉じられた時、勝負は既に決していた。
ジウさんが放った切り上げの斬撃が、ハサミの生えた前脚を的確に捉えた。
威力も充分だったようで、切り離されたハサミがその反動によって
宙に舞い上がる姿が視界に映る。
「仕留めろ! ケヴィン」
「了解!」
再び振り回しかけたその尾の先の方を、団長さんが両手でしっかりと掴む。
そしてケヴィンさんが尾の付け根を狙い、
その一撃により、針付きの尻尾は胴体から完全に切断される。
……
両方のハサミと尻尾を失った巨大サソリが、パニックを起こしたかのように
脚をばたつかせながら、ゴロゴロと転げ回る。
その異様な光景に、ジウさんとケヴィンさんが思わず後ずさりしている。
「――今、楽にしてやる」
仰向けになったサソリの腹部に、団長さんが勢いよく剣を突き刺した。
赤黒い体液がその部分からピュッと噴き出し、サソリの暴れ具合は
より一層、目に余るものとなる。
しかし団長さんは動じた様子もなく、突き刺した剣の柄をギュッと握ったまま、
ただ時が過ぎるのを待っているようであった。
程無くして、巨大サソリからぐったりと力が抜け、場に静寂が訪れる。
あれから間もなく、僕らはベントさんの小屋へと辿り着く。
しかし、小屋の内部や周囲をくまなく見回したものの、彼らしき人影の姿は
何処にも見当たらなかった。
「…どうやら、不在のようだな」
「使っていた弓や
ぼやく団長さんに、僕は1つの仮説を提示してみた。
どんな異変がこの山に起きた所で、食う物は食わないと生きていけないのが
僕らに課せられた宿命である。
「そういえば、ベントさんと言えば…。 これ、彼から頂いた物なんですが」
僕は
雪の結晶に似た装飾が施されたその鞘は、いつ見ても美しい。
僕はその鞘の中に収められた、純白の輝きを放つ刃も披露する。
「ほう…中々、洒落てるじゃないか」
「しかしそんな物、一体何処で手に入れたんだ?」
「ただの拾い物だって、ベントさんは言ってましたけど…」
ケヴィンさんの質問に僕が答えた、次の瞬間。
ほんの僅かだが、ケヴィンさんと団長さんの表情に
彼らの心情を、僕は何となく察知する。
もしかするとこのナイフは、盗品なのではないか。
そして、もしそうだとしたら…彼はやはり、山賊
手を染めていたのではないか――と。
「…ともかく、ここで話し込んでいても仕方がない。 次は、例の異変が起きた
現場に行ってみるとしよう」
「了解です」
団長さんが複雑そうな目で僕を見ながら、次の指示を出す。
今は余計な
僕は最後に一度、彼が住む小屋の方を振り返り、その場を後にした。
現場は、小屋から歩いてほんの数分の場所にあった。
こうして間近で見ると、その惨状の度合いは中々に凄まじいものがある。
ほとんどの木々は無残に倒され、他の植物たちもまるで原型を留めていない。
一体何があれば、このような惨状を引き起こせるというのだろうか。
……
他のメンバー達も、どうやらその光景にしばし言葉を失くしているようだ。
そこに確かに――確実に存在する異変。
自分たちの日常には存在し得ないであろう、何かを感じ取っているのだろう。
「暗黒獣、ドノブイ…か」
団長さんが独り言の様に呟いたその台詞に、
他のメンバー達が一斉にピクリと反応する。
いよいよその存在が、現実味を帯びてきた…という心境だろう。
「とにかく、この辺りを探索してみるぞ。 何か、手掛かりが見つかるかもしれん」
指令が下り、僕らは散開して現場の探索に当たる。
手掛かりといっても、何をどう調べていけばいいものやら…。
僕は色々と思考を巡らしつつ、任務を遂行していった。
探索を開始してから、しばらくのこと。
やがて、1つの発見があった。
円形に広がっていたその現場と連なり、直線状に伸びる1本の荒れ果てた道。
何か巨大な生物が移動したかのような、そんな痕跡を匂わせる。
「これを辿れば、何か分かるかもしれねぇな」
「山の向こうの方に続いてるみたいだね…」
ケヴィンさんとジウさんが、その痕跡を見つめながら言葉を交わす。
山の向こうの方というと…確か、近隣にウエルホとかリシャーナとか呼ばれる
町や村が点在する地域であったか。
フォーマス王都までも、そこからそう遠くないと聞いている。
「どうも、嫌な予感がするな…。 急ぐぞ」
「はい」
団長さんが先陣を切り、駆け足でその道を辿り出す。
僕らもそれに続き、彼の背中を追った。
ふと脳裏に、あの夜に見た巨大な獣の幻影が思い浮かぶ。
暗黒獣ドノブイ…。
それと相対する瞬間が、刻一刻と近付いているような気がする。
高まる緊張感を飼い慣らしながら、僕は荒れ果てた道を進んでいくのだった。
荒れ果てた道は、結局、山の
そこからはただ
山を
聞いた話によれば、ここから北方向にウエルホとリシャーナ。
東方向にフォーマス王都。
そして西方向には、大きな河を挟んだ先に隣国のルベニアが広がるらしい。
「まずは、ウエルホの村に向かう」
団長さんが短く告げ、平原に足を踏み出す。
気のせいか表情の少ないその顔に、焦りの色が浮かんでいる。
……
「そういえばウエルホって、団長の出身地だったよね」
「あぁ…。 そういや、そうだったか」
先頭を進む団長さんの背中を眺めながらの、ジウさんとケヴィンさんの会話。
なるほど…。 自分の故郷のこととなれば、気掛かりになるのは当然のことか。
それにしても、団長さんといえば――もう1つ気になることが。
「あの、前から気になっていたんですが」
「ん…なぁに?」
「団長さんの、あの頬の傷…。 あれって、どういう経緯で付けられたんですか?」
本人には聞こえぬよう、ひそひそ気味な声で僕は疑問を投げかける。
2人はしばらく難しそうな顔をしていたが、やがて口を開いた。
「う~ん…。 王都での任務に当たっていた頃に付けられた傷だってことは、
他のメンバーから聞いてるんだけどね」
「まぁ、本人が全くもって話したがらないことだからな…。 何か、訳ありなんだろ」
どうやら2人共、あまり詳しい事情は分かってないということらしい。
まぁ確かに、プライベートのことを進んで話すようなタイプじゃなさそうだし…
年を重ねてる分、きっと色々と厄介事も抱えてきたのであろう。
ここは下手に追及しないでおくことが、思いやりというものか。
遠方に見えていたその村の様子がおかしなことに気付いた僕たちは、
すぐさま現場へと急行し、村の中に突入した。
そこで目にしたものを前にし、一同はしばし言葉を失う。
「酷ぇな、こりゃ…」
「……」
第一声をようやく発したのは、ケヴィンさんであった。
ジウさんはまだ呆然とした感じで、団長さんは険しい顔つきで
何かを堪えるように歯噛みをしている。
そこかしこに並んでいたであろう、その家屋の集まりは
ほとんどが半壊状態であり、至る所から
事件や事故などではなく、『災害』という言葉が相応しい、その惨状。
「誰か…誰かぁ、こっちに来てくれぇ!」
村の奥の方からはっきりと耳に届く、誰かの叫び声。
僕たちは短くアイコンタクトを交わすと、一斉に村の奥の方へと向かう。
……
「あ、あんた達は…!?」
「レノン村の者だ。 一体ここで、何があったんだ?」
声のする方へと駆け付けてみれば、そこには30代ぐらいと思われる男性の姿。
そして、そのすぐ側にある
足先から腰の上部分までが完全に下敷きとなっており、
身動きが取れない状態のようだ。
「ともかく、この瓦礫をどかしましょう」
僕が率先して瓦礫の除去作業を始めると、やがて他のメンバーと
助けを求めていた男性もその作業に加わる。
力自慢の僕は、なるべく重そうなものを選んでは、それを次々とどかしていった。
「ありがとうございます。 本当に、何とお礼を申し上げたらいいか…」
「いえ…。 それより、お体の方は大丈夫でしょうか?」
「はい。 何とか、歩くことぐらいは…」
僕の問い掛けに微笑みを作って答える彼女であったが、右脚を手で抑え、
明らかに苦痛を隠し切れていない様相だ。
見かねた僕は、彼女の前で後ろ向きに屈み、手を差し出した。
「どうぞ、乗ってください。 体力には自信がありますから」
「…すみません。 お手数を掛けてしまって」
彼女は申し訳無さそうに深く一礼をした後、僕の背中へとおぶさる。
60kg前後…というところだろうか?
この程度なら、朝飯前だ。
「それで…? この村に、何が起こったというんだ」
事態も一段落着いたと思ったのか、団長さんが再びその疑問を口にする。
勿論それは、僕にとっても問い詰めずにはいられない問題である。
「…ドノブイです。 ドノブイが突如として、この村に現れたのです」
僕に背負われた女性が、改まった口調で答えを返す。
自警団の一同に一瞬だけ
みんな、気の引き締まった表情に戻る。
恐らく、予想は付いていたことだったのだろう。
「この村でしばらく暴れ回った後、今度はリシャーナの町の方へ
走り去っていくのを見ました…」
「――何だと!?」
男性の方から語られたその話の内容を聞き、団長さんが一際険しい顔をする。
どうやら、次の目的地は決定したようだ。