OLWADHIS ~異世界編~   作:杉山晴彦

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第22話 海辺の洞窟

 

 

 

 

 

「……」

 

 覚醒(かくせい)した意識にまず飛び込んできたのは、緩やかな川のせせらぎであった。

 全身はずぶ濡れ。

 石を枕に、砂利をベッドに眠っていた自身の姿から察すると、どうやら僕は

何処かの川にでも落ち、そこから流されてきたものと推測される。

 

 見上げると、木々の間から陽光が洩れている。

 ここは、森の中なのだろうか…?

 いずれにせよ、あの戦場から遠く離れた場所であるということは、否めないだろう。

 

 ……

 

 ジャリ…ッと誰かが砂利を踏む音がした。

 静寂の中に響き渡ったその音に、僕はすぐさま首の向きを変える。

 

「……」

 

 そこには、2本足で立つ何者かの姿があった。

 しかし見たところ、人間とは程遠い存在であろう。

 顔つきがあまりにも魚っぽいし、体の表面の大部分がビッシリと(うろこ)で覆われている。

 

 僕は瞬時にガバッと起き上がり、体勢を整える。

 剥き出しの敵意は感じられないものの、何を考えているのかは見当も付かない。

 手には、三つ又の(ほこ)らしき物も持っているようだし。

 

「…どうサれた? お若いの」

 

 彼は言葉を喋った。

 しかも、日本語である。

 しかし僕には前例があったため、そのことに対しては、さして驚くつもりはない。

 

「実は、ついさっきまで意識を失くしていたんですが…。 状況を踏まえると、

何処かから川に落ちてしまい――ここまで流されてきたようなんです」

「なんと…! ソれは困りまシたな」

 

 言うなれば『魚人』とでもしか呼びようがないその人物に、

僕は今の自分が置かれている状況を簡潔に説明する。

 表情は全く読み取れないが、彼は多少なりかビックリしたような反応を見せてくれた。

 

「ここは一体…何処なんです?」

「イムルク川の岸辺でス」

 

 僕の問い掛けに即答してくれる彼であったが――生憎(あいにく)、覚えのない地名だ。

 違った角度からの質問をしてみよう。

 

「この辺りに、人間が住む村や町はありますか?」

「この辺りでスと…リシャーナやウエルホなどがありまスね」

 

 リシャーナに、ウエルホ。

 それらの地域の名前を耳にし、僕は安堵(あんど)する。

 どうやら、帰路に着くことに関しては、そう難しくはなさそうだ。

 

「そこまで行く道筋などは、分かりますか?」

「えぇ。 まぁ、大体なら…」

「そうですか。 それなら――

 

 言いかけた途端、立ち(くら)みがして、僕はどうにか足を踏ん張らせた。

 背中と…そして後頭部に、ズキズキとした痛みが感じられる。

 

 ……

 

「顔色が優れまセんよ。 私らの村が、スぐソこにありまス。

少シ休んでいかれてはどうでシょう?」

「……」

 

 彼の気遣わしげな言葉に、僕はちょっと迷う。

 本来ならすぐにでも、『あの後』のみんなや町の様子を確かめたい所であるが…。

 その過程で再びあの巨獣と対峙(たいじ)することになった場合を想定すると、

多少なりか体調を整えておく必要があるかもしれない。

 

 

 

 

 

 魚人さんに先導され、川沿いを歩いていくこと、しばらく。

 木々の群生地から抜け出した僕の視界は、太陽の光で一瞬真っ白に染まる。

 

「……」

 

 そこに広がっていたのは、白い砂浜と青い海。

 青い空と燦々(さんさん)と輝く太陽も合わさり、夏を感じさせる景色がそこにある。

 うん…何だかちょっと、ホッとした。

 

「あちらに見えるのが、私達の村となりまス」

 

 魚人さんが指し示す方向を見れば、切り立った崖に幾つも点在する洞穴。

 村とは…あれのことを言っているのだろうか?

 まぁ、人が住んでさえいれば、そこはもう村と呼べるのかもしれないが。

 

「あ、申シ送れまシたが…私、シャルコといいまス。 以後、お見知り置きを」

「…僕は、杉山榛名といいます」

 

 振り向いた彼から礼儀正しく自己紹介をされ、僕も自己紹介を返す。

 シャルコさん…か。

 とりあえず、悪い人じゃなさそうだな。

 

 

 

 洞穴の1つ、シャルコさんの家だというそこに案内された僕は、

(わら)が敷かれただけの簡素な寝床で休むよう勧められた。

 とりあえず体を横たえてはみるが、さすがに熟睡が出来そうな状態ではない。

 

「……」

 

 聞いたところによると、彼らはどうやら『サハギン』と呼ばれる種族らしい。

 その見た目通り、半人半魚…要するに、人の特性と魚の特性を併せ持つ亜人種。

 地上でも暮らしていけるし、海や川でも生活が可能。

 彼らのように、こうして海辺を住処とする者も多いらしい。

 

 ……

 

「――ハルナ。 村のみんなに、粗方(あらかた)の事情は話シておきまシた。

気が向いたら、好きに村の中を出歩くのもいいでシょう」

「…ありがとうございます」

 

 出回っていたシャルコさんが、報告と共に洞穴へと戻ってきた。

 水掻きの付いたその足でペタペタと奥へ進み、テーブルの側の椅子に座る。

 

 洞穴の中に見受けられるのは、椅子とテーブル、棚に寝床…焚き火の跡。

 狭い空間には、必要最低限の物だけが置かれている印象である。

 

「ソれと、1つ気になる話を耳にシまシたよ」

「えっ…?」

「今朝、1人のゴブリンが、この村を訪ねて来たというのでス」

 

 ゴブリン…。

 彼の口から出たその単語に、様々な記憶が思い起こされる。

 中でもやはり、真っ先に思い浮かぶのは――

 

「村の近くにある精霊様の洞窟のことについて、色々と訊き回っていたようでス。

真摯(しんし)な態度であったため、話に応ジる者も多かったようでスね」

「……」

 

 精霊様の洞窟…か。

 スサンボ山にも確か、かつて地の精霊を(まつ)っていたとかいう(ほこら)があった。

 こちらは雰囲気からすると、水の精霊…だろうか?

 

 ……

 

 なんだか、やけに気になる話だ。

 今は無駄な寄り道をしている暇などないことは、重々承知しているのだが…。

 この話をここでスルーしてしまうことに、何かとてつもない抵抗がある。

 

 ――そう。 はっきり言って、今の僕が体調を万全にして戻ったところで、

あの暗黒獣を制することは困難に思える。

 現状を打開するには、何かもっと…新しい発見が必要なのかもしれない。

 

「シャルコさん」

「はい…何でシょう?」

 

 その新しい発見を見付けるためには、今が絶好の機会なのかもしれない。

 そんな風に思った僕は、思ったままに行動することにした。

 

 

 

 

 

 海沿いの砂浜と岩場を数十分程歩いた先。

 縦横2メートルぐらいと思われる大きさの入り口をした洞穴が、僕らの前に現れる。

 どうやらここが、精霊様が住むと云われる洞窟らしい。

 

「入り口はあまり大きくありまセんが、中はとても広く、入り組んでいまス。

予備知識が無いと、思い通りに動くのは難しいでシょう」

「……」

 

 シャルコさんの言葉を耳に入れつつ、そっと中を覗いてみる。

 薄暗く、そこかしこで岩が()き出しとなった、いかにも探索し辛そうな場所だ。

 話を聞かなければ、こんな所に偉い精霊様が住むなど、ちょっと想像が付かない。

 

「では、私の後について来てくだサい。 くれぐれも、足下には気を付けて…」

「はい」

 

 シャルコさんの後に続き、僕は洞窟の中へと足を踏み入れる。

 ここに関する情報を集めていたというゴブリンもまた、この中に入ったのだろうか?

 そして、そのゴブリンとは誰なのか…? 物凄く、気になるところだ。

 

 ……

 

「失礼でスが、ソのゴブリンの方とは、どんな関係なのでスか?」

「えっと…そうですね」

 

 薄暗い空間に徐々に目を慣らしながら進む中、彼からの質問が飛ぶ。

 この洞窟について訊き回っていたというゴブリンが、ひょっとすると

自分の知り合いかもしれない…という所までは、既に彼に話してあった。

 

「恩人でもありますし、色んなことを教わったりもしまして…。 まぁ何しろ、

僕がこの世界で、初めて出会った人なので」

「初めて…?」

 

 言葉を終えた後に、『しまったな』と言う感じがした。

 こんな発言をすれば、そりゃどんな事情を抱えているのか

気になってしまうのが、人の心理というものである。

 

「話せば長くなるんですが…聞いてみます?」

「――是非とも」

 

 彼のその魚っぽい瞳が、ほんの少しキラッと輝いたような気がした。

 見た目がどうであれ、知性ある生き物は、やはり好奇心旺盛(おうせい)なものなのだろうか。

 僕は頭の中で話を組み立て、説明の準備に取り掛かる。

 この感覚も、もう何度目のことになるだろうか…。

 

 

 

「……」

「――シャルコさん?」

 

 話しながら洞窟を進んで行く中、突如として彼はピタリと足を止めた。

 虚空を一心に見つめ、何かに神経を集中させているようだ。

 僕も咄嗟(とっさ)に五感を働かせ、周囲の状況を見極めてみる。

 

 誰かの気配…。 そして、呼吸音。

 はっきりと、それが感じ取れた。

 ここからでは視認出来ないが、そう遠くない距離に『それ』はある。

 

 ……

 

 シャルコさんが慎重な足取りで歩みを進め、湾曲(わんきょく)した道を曲がる。

 僕も後を追ってその先に進むと、洞窟内でも一際広い空間へと出た。

 

「ハルナ…あソこでス」

「……」

 

 彼の視線の先には、その気配の正体が存在した。

 両手で柄の長い斧を持ち、背後に見える通路を塞ぐように仁王立ちしているのは…

赤茶色の長髪をした、(たくま)しい体付きの男。

 

 身長は、約2メートル前後…。 僕とほぼ同格だろう。

 口元を色褪せた布ですっぽりと覆っており、どこか(うつ)ろな目付きをしている。

 とりあえず、ゴブリンではなさそうだが…普通の人間とも思えない。

 

「――あなたは、何者でスか? 何故、こんな場所にいるのでス?」

「ガ…ガァッ。 グゥッ…」

 

 シャルコさんの問い掛けに、その男は唸り声で返事をする。

 言葉が喋れないのか…正気を失っているのか。

 理由は定かでないが、彼とコミュニケーションを図ることは困難なようだ。

 

「ここは、神聖なる精霊様の住処でス。 よって、得体の知れないものが

ソこに侵入シたとあれば…排除スる必要がありまス」

 

 シャルコさんがやや遠回しに、警告らしきものを発した。

 目の前にいる男が『得体の知れないもの』であることは、

僕やシャルコさんからすれば一目瞭然(りょうぜん)であるが…。

 

「ココから先…通さない」

 

 腹の底から絞り出すような声が、彼の口から洩れた。

 それと同時に、手に持った斧をゆっくりと振り被る。

 

「――仕方ありまセんね」

 

 宣戦布告を受けたシャルコさんが、一歩足を引いて三つ又の矛を構える。

 一触即発の空気の中、僕は少し迷っていた。

 

 彼の正体が何者であるか、まだ全くと言っていい程、判明していない。

 シャルコさんは信頼に値する人物だと認識しているが、だからといって

今の段階で、この大男を敵と判断してもいいものかどうか…。

 

 ……

 

 仕掛けたのは、シャルコさんの方であった。

 軽やかにステップを踏み、俊敏な動作であっという間に標的との距離を詰める。

 すると茶髪の大男は、何を思ったのか、左腕をスッと上に(かか)げた。

 見るとその腕には、銀色に輝く玉石が埋め込まれた篭手(こて)が装着されている。

 

「ムウッ…!?」

 

 その玉石がキラリと光り輝いた刹那、突如として肌に強い風の流れを感じた。

 風はまるで、篭手を装着したあの左腕から発せられたように思える。

 突風に吹き飛ばされたシャルコさんは体のバランスを崩し、その場に倒れ込む。

 

 そこへ向かい、大男は見た目以上に機敏な動作で接近。

 自分を見上げる魚人に対し、両刃の戦斧をスウッと振り上げた。

 

「――グォッ」

 

 さすがに黙って見ている訳にもいかず、僕は地を蹴り駆け出すと、

大男の胸板に向けて、強烈なエルボーを喰らわせた。

 小さく(うめ)き声を洩らし、彼は後方へと仰け反る。

 シャルコさんを抱きかかえた僕は、バックステップで素早く距離を取る。

 

 ……

 

「助かりまシたよ、ハルナ」

「いえ…」

 

 大男はすぐに体勢を立て直し、再び武器を構える。

 だが…すぐに攻め込んでくる気配は無い。

 それどころか、こちらを見据えたまま、ジリジリと後方に下がっている。

 

「あの男が塞いでる道…その先には、何かあるんですか?」

「あの先は――他ならぬ、精霊様の御部屋でス」

 

 僕の問い掛けに、シャルコさんは粛々(しゅくしゅく)とした様子で答えた。

 精霊様の御部屋…。

 彼は何故、そこへ続く道の前などに立ち塞がっているのだろう。

 

「あの男、ひょっとして…精霊様の(まも)り手、なんてことは?」

「――有り得まセん。 少なくとも、我々が知る精霊様であれば…

あのような得体の知れない者を護衛に置くなど、考えられぬことでス」

 

 僕が口にした仮説を、シャルコさんは断固とした口調で否定する。

 彼の言葉が的を得ているとするならば、あの大男の正体は…。

 新たに思考を練り始めたその次の瞬間、シャルコさんが再び

大男に向かって駆け出した。

 

 ……

 

 迫り来る敵に対し、大男が左腕を後ろに振り被る。

 そして、篭手に埋め込まれた玉石がキラリと光ると同時に、

その腕で何も無い空間を振り払うような動作を取った。

 

 只ならぬ気配を感じ取った僕とシャルコさんは、同時に

体を横へとずらして、『それ』の軌道から外れる。

 その直後、後方からビキリと何か鈍い音が発せられた。

 

「……」

 

 見ると、そこにあった岩に、電動カッターでも使用したかのような

真新しい切れ込みの跡が確認出来る。

 どうやらさっきの音は、これが出来た際に生じたものらしい。

 

 カマイタチ…あるいは、真空波?

 そんな単語を頭に思い浮かべつつ、僕は大男を見据える。

 先程のシャルコさんを吹き飛ばした突風といい…彼にはどうやら

風を操る(すべ)が、何かしら備わっていると考えてよさそうだ。

 

 

 

 

 

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