OLWADHIS ~異世界編~   作:杉山晴彦

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第23話 再会、そして…

 

 

 

 

 

「グォ…オッ!」

 

 大男の動きが、次第に(あわただ)しくなってきた。

 銀色の玉石が埋め込まれた篭手(こて)を装着した、その左腕。

 それを見境なく振り回し始めたのだ。

 

 ……

 

 目を凝らせば、薄暗がりに微かに感じ取れる空気の刃。

 それが奴の左腕から次々と発せられては、僕らを襲ってくる。

 

「くッ…!」

「――ッ」

 

 迫り来るその刃をどうにか避け続ける僕らであったが、

とても反撃に転じれるような状態ではない。

 このままでは、傷を負うのも時間の問題な気がしてならない。

 

 これもまた、精霊術とか呼ばれるものの(たぐい)なのだろうか…?

 ならば、無尽蔵(むじんぞう)に生み出されるものではない筈だ。

 魔力が尽きればそこで打ち止めとなるのが、この世界の道理。

 

 ……

 

「グウッ…!」

 

 回避に専念し、機を(うかが)い続ける僕たちであったが、

ついに恐れていたことが起こってしまった。

 風の刃は、シャルコさんの右脚――ふくらはぎの部分へと命中し、

その皮膚と肉を容赦なく切り裂いたのである。

 

 ……

 

 体勢を崩すシャルコさんを狙うように、大男が更に腕を振るう。

 僕は瞬時に彼の元に駆け寄ると、その身を抱いて迫る風の刃の軌道から外れる。

 

「……」

 

 しかしこれは、非常にまずい状況である。

 ターゲットが僕1人に絞られる上、移動速度にも多少の(にぶ)りが出る。

 次なる悲劇がもたらされるのも、そう遠くない未来の話だ。

 

 ……

 

 1発、2発、3発…。

 続けざまに繰り出された3枚の刃を、寸での所でかわす。

 だが、そのことに安堵(あんど)する暇もなく、次なる攻撃が――

 

「ガッ…!?」

 

 奴が腕を振り被った、その瞬間の出来事だった。

 ヒュンッと何かが僕を横切る気配がしたかと思うと、

大男の動きがピタリと止まったのである。

 その左肩には、1本の矢がしっかりと突き刺さっている。

 

「こんな所デ再会トは…全く、奇遇ダな」

 

 背後に立つその人物の姿と声には、はっきりと覚えがあった。

 僕がこの世界で初めて出会い、言葉を交わした――唯一無二の存在。

 

「ベントさん…」

「積もる話は、あいツを片付けテからダ」

 

 再会の感傷が心に芽生える中、彼の言葉を聞いて気を引き締め直す。

 近くにあった大きな岩の陰に、抱えていたシャルコさんの身を下ろすと、

改めてあの大男の方を見据える。

 

 

 ――ヒュンッ、と。

 ベントさんの持つ弓から放たれた矢が、再び奴へ向かって飛んでいった。

 奴はそれを分かっていながらも、その場から動く気配はない。

 

 ……

 

 (かか)げられた左腕の篭手から巻き起こる突風が、自らに襲い来るその矢を

いとも簡単に弾き飛ばした。

 ベントさんはその様子を無表情に見つめ、特に動じた様子も無い。

 

「あの篭手…恐らく、補霊具(ほれいぐ)の一種ダな。 粗暴(そぼう)な見タ目の割に、

洒落(しゃれ)タもん持ッテいやがる」

「補霊具…ですか?」

 

 彼の口から飛び出たそのワードには、聞き覚えがある。

 レノン村の警備所で読み(あさ)った資料の中に、確かそれらしい記述があった。

 

 補霊具とは簡単に言えば、精霊術を行使する際に

様々な補助的効果をもたらすものである。

 例えば、通常よりも少ない魔力で術が使えたり…

自らにはそぐわない系統の術が唱えられるようになったり、と。

 そんな性能を持つ物品を総称(そうしょう)して、補霊具と呼ぶらしい。

 

「――ガッ!」

 

 虚空を振り抜いた左腕から再び放たれる、風の刃。

 僕とベントさんは(すみ)やかな反応で、その攻撃から身をかわす。

 しかもベントさんは回避行動をしつつ、弓を引いて反撃の姿勢を見せていた。

 

 ……

 

 放たれた矢は、またしても巻き起こる突風に弾かれる。

 しかしその分だけ、僅かながら隙が生じた。

 その隙を逃さず、僕は出来るだけ奴との間合いを詰める。

 

 どうやら、自らを中心に突風を発生させるあの技と、カマイタチらしものを

発生させるあの技を同時に行使することは出来ないらしい。

 前者は接近戦、もしくは遠隔攻撃に対する防御対策にも有効。

 そして後者は、遠方にいる相手を狙うのに有効な攻撃手段である。

 

「グウゥッ…」

 

 つまり、近くにいる者と遠くにいる者を同時に(さば)くのは難しいということになる。

 無論それは、大抵の人間や動物にも言えることであろうが…。

 それを証明するように、奴の眼が接近する僕と、遠方で弓を構える

ベントさんの間で、分かりやすく揺れ動いていた。

 

 ……

 

 ヒュンッと、再び矢が放たれる音。

 それに瞬時に反応し、左腕を掲げる大男。

 僕はそれと同時に、また数歩、奴との距離を詰める。

 

「ガァアウッ!」

 

 篭手から突風が放たれ、矢を弾き飛ばした直後。

 射程距離に入ったと判断したのか、奴の右手に握られた斧が

僕に向かって振り払われた。

 見た目通りの怪力振りで、片手持ちながらその勢いは中々のものであったが、

僕は冷静に、最小限の動きでその攻撃をかわす。

 

 ……

 

 風切り音と共に、再び背後から矢の放たれる気配がした。

 だが今回に限っては、少し様子が違う。

 大男の顔面に向かって高速で迫り来るのは、朱色(しゅいろ)の光。

 

 矢先に油を染み込ませた紙などを巻き、そこに火を点けて放つ。

 火矢と呼ばれるその技法は、古くから存在するものである。

 主に建造物への引火などを狙って活用される技法であるが…。

 

「――ッ!」

 

 今回の場合は、違う狙いがあったと推測される。

 この薄暗い中、怪しく燃え盛るその炎は、否が応でも目を惹き付けるもの。

 ましてやそれが、自らの顔面に高速で迫って来たとなれば…尚更だ。

 

 そんなわけで、顔面スレスレを横切ったその矢の行方を追って、

奴の注意は完全に僕から()れていた。

 事態に気付き正面を向き直す彼の目に映るは、眼前まで迫った僕の姿。

 

「ゴッ…ガハァッ!」

 

 握られた拳が、奴の鳩尾(みぞおち)を打ち抜く。

 頑強そうな肉体を持つ彼であったが、僕の正拳突きを

これだけまともに喰らっては、無事でいられる筈がない。

 

「――ウッ…!」

 

 小刻みに体を震わしながら後ずさる大男へ、追い討ちとなるハイキック。

 顎へとクリーンヒットしたその一撃は、彼の脳に甚大な衝撃を与えたことだろう。

 

 ……

 

 右手に持つ斧を落とし、(ひざ)から崩れ落ちる彼の姿を、僕は見届けた。

 意識を失う寸前、僕へと向けられた何とも言えない表情とその瞳が、心に残る。

 

 

 

「相変わらずダな。 ――こうも呼吸を合わせテくれるトは」

 

 表情を緩めたベントさんが感心したように呟きながら、こちらへ歩み寄る。

 気を失った大男から彼の方に目を移すが、どう声をかけるべきかに少し迷った。

 

「しかしお前、こんな所デ何をしテる?」

「え~…っと。 いや、これといって明確な目的も無かったんですが」

 

 強いて言うならば、このような展開を予期して…というところだろうか?

 もっとも、こんな大男と対峙(たいじ)する羽目になるなんてのは、思いもしていないことだったが。

 

「ベントさんの方は、どうしてこちらに?」

「今、必要な物があッテな…。 そいツを仕入れに来タ」

「必要な物…? ですか」

 

 ずっとあの山小屋での暮らしを続けている彼が、こんな場所へ(おもむ)いてまで

取りに来ようと思わせるもの…。

 果たしてそれは、如何なる逸品(いっぴん)であろうか。

 

「お前も、もう知ッテるかもしれねぇが…あの山に眠ッテいタドえらい怪物が、

トうトう目を覚ましチまッタようデな」

「ドノブイ…のことですか?」

 

 僕の得た情報の中で彼の言葉に当てはまるものは、それ以外に思い付かない。

 ベントさんは小さく頷き、再び口を開く。

 

「そうダ。 奴は、そう簡単に倒せる相手じゃねぇ…。

()り合おうッテんなら、それなりの準備ッテものが必要になッテくる」

「……」

 

 その『準備』に必要な物が、この洞窟にあるということだろうか。

 で、それを仕入れに来たということは…。

 あの巨獣に立ち向かう心構えを、彼も有しているということになる。

 

 

 

「ウマガ…お前、やられちまったのかい?」

 

 不意に洞窟内に響き渡る、第三者の声。

 見れば、あの大男が立ち塞がっていた道の奥から、何者かが姿を現している。

 

 顔に刻まれたその(しわ)の数から察すると、それなりに高齢な人物であろう。

 だが足腰はしっかりとしているし、程よく筋肉が付いた、良い肉体をしている。

 頭には、大きな羽根をあしらった被り物…。 それも含めた全体的な風体(ふうてい)からは、

 インディアンを彷彿(ほうふつ)とさせる雰囲気がある。

 

「安心して下され。 もう、用事は済みました(ゆえ)…あなた方に

干渉(かんしょう)するような気はございません」

 

 猜疑心(さいぎしん)剥き出しの視線を送るベントさんに対し、彼は極めて

物腰柔らかそうな声色で、そう告げた。

 その落ち着きようは、この場の状況を踏まえれば、不気味にも感じる。

 

「この子がお騒がせしたようですな。 では…」

 

 地面に突っ伏した大男に向け、彼が右手をかざした。

 すると大男はスクッと起き上がり、地に足を付けたのだ。

 突然の事態に、僕とベントさんは瞬時に身構える。

 

 ……

 

 だが、何か様子がおかしい。

 半開きのその両の(まなこ)からは、まるで生気が感じられず…頭はうつむき、

腕はただ、ダランと垂れ下がっているだけのように見える。

 

「失礼致しました。 では、これにて」

 

 インディアン風の男が、出入り口の方へと向かって歩き出す。

 すると、それに連動するように大男もまた、同じ方向へと歩みを始めた。

 だが、その足取りはまるで操り人形のようにぎこちなく…不自然に見える。

 

「……」

「――ま、そう気にすんな。 向こうには、向こうの事情ッテもんがある」

 

 彼らの後ろ姿を見送る僕に、ベントさんがそう声をかけてくれる。

 確かにその通りだが…気にならないわけにもいかない。

 とはいえ、今の僕には他にも優先すべき課題があることもまた、事実であった。

 

 

 

 

 

 あの大男が塞いでいた道に入り、僕たちは歩みを進めていく。

 シャルコさんは、ベントさんの持っていた布切れと薬草によって応急処置を(ほどこ)し、

僕が肩を貸して歩いている状態である。

 

封魔(ふうま)の矢…でスか?」

「そうダ。 そいツが、俺の目的ダ」

 

 尚も幾つかの分かれ道をシャルコさんの案内の元に突き進みながら、

僕らは自己紹介を含め、色々と言葉を交わした。

 その中で出てきた、『封魔の矢』と呼ばれる物…。

 

「残念でスが、私には聞き覚えがありまセんね」

「…そうか」

 

 それがどうやらベントさんの探し物であり、あのドノブイに対する

秘策に成り得るものなのだという。

 彼は独自に仕入れた情報から、それがこの精霊の住む洞窟にあると判断し、

こうして足を運んだ――という経緯になる。

 

「あんタ…ドノブイのこトは、何も知らねぇのか?」

「小耳に挟んだことはありまスが…。 詳シい事情までは、存ジまセん」

 

 2人の会話に耳を傾けながら歩き続ける僕の視界に、やがて小さな変化が起きた。

 薄暗がりが広がるばかりの道の先を見れば、僅かだが明るさが増した区域。

 あそこが、精霊様のいる部屋…。 直感的に、そう思った。

 

「間もなく、精霊様のお住まいに入りまス。 あなた方も、失礼の無いように」

 

 その勘が当たっていことを示す、シャルコさんの言葉。

 それにしても、精霊様って…一体、どんな姿をしてるのだろう?

 水の精霊と聞くと、何となくだが女性の姿を思い浮かべてしまう僕がいる。

 逆に火の精霊と聞くと、男性のイメージが強い。

 

 ……

 

 そんなことを考えながら、とうとう僕らは、その部屋の中へと足を踏み入れた。

 部屋の中央には大きな池のようなものが存在し、その真上にある

岩の天井の隙間からは、キラリと一筋の太陽の光線が伸びている。

 

「……」

 

 何とも神秘的な雰囲気の漂う場所である。

 これと言って、人工物らしきものも見当たらないが…特に人の手を

借りることもなく、こんな場所が出来たのだろうか?

 だとすれば、正に自然の神秘…。 いや、精霊様の仕業(しわざ)と言うべきだろうか。

 

「それデ、その精霊様ッテのは…? 一体、ドこにいるんダ」

 

 ベントさんが周囲を見渡しながら呟いた、その直後。

 池の水が、中心から円形状に波紋(はもん)を発しながら、ゆっくりと広がっていく。

 それは、その中心にいる何かの存在を指し示すサインであろう。

 

 ……

 

 一同が注目する中――池の中心から、何かが飛び出した。

 それなりに大きな姿をしているにも関わらず、出現の際には

一滴の水飛沫(みずしぶき)すら上げていない。

 まるで池の水の一部が具現化し、そのまま宙に浮き上がったかのようである。

 

「よく来なさった…迷える旅人たちよ」

 

 さて、肝心のその外観であるが…。

 恐らくは、亀と言って差し支えない姿をしている。

 ペットとして飼われるようなものではなく、海で悠々(ゆうゆう)と暮らしている感じの…

いわゆる海亀と呼ばれる、そんなタイプに思える。

 

「我はこの地に宿る、水の精霊なり。 名は、オコロポスと申す」

 

 そして、全身は池と同じ青い水の色をしており…半透明なその体からは、

向こう側にある景色を透かして見ることが出来る。

 そんなヤツが、池の中心の上空にフワフワと浮かび漂いながら、

澄んだ声で僕らに話しかけてくる。 …そんな状況が、今である。

 

「――言わんとしていることは、存じておる。 この地に(よみがえ)りし、

暗黒の巨獣…それを(めっ)せんがため、ここへ参ったのであろう?」

 

 ベントさんが口を開きかけた瞬間、それを制するように精霊様…

オロコポスは言葉を発した。

 全てを見通したようなその発言に、ベントさんは黙って視線を返す。

 

「封魔の矢、か…。 再び、かのような力を必要とする時が訪れるとは…

魔の軍勢がはびこるその日も、近いのかもしれん」

 

 精霊様が紡いだその言葉が終わった途端、『ゴゴゴ…』と

地を(こす)るような音と共に、奥に見える岩戸が開いていく。

 そこには、岩壁をそのまま削って作られた台座の上に、

古びた木の箱が置かれているようであった。

 

「持ってゆくがよい。 魔を封じる、その力を」

 

 暗黒獣…。 封魔の矢…。 水の精霊…。

 ここ最近で気になる事柄(ことがら)を頭の中でグルグルと巡らしながら、

僕は『その力』の元へと歩み寄っていく。

 

 さて、これが勝利の扉を切り開く鍵と成り得るものかどうか…。

 その答えが出るのは、まだ先の話になりそうだ。

 

 

 

 

 

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