ジオン・フィオガ…。
眼前にそびえるその建造物は、何処かで見た覚えのある姿形をしていた。
そう。 あの有名な古代の円形闘技場、コロッセウムにそっくりなのである。
とは言っても、それは飽くまでなんとなく…フィーリングの話。
全体像がそれらしいという感じがするだけで、詳細に比較してみれば
案外、全然似ていなかったりする可能性も否定は出来ない。
「どうしたの…? リベリオさん」
険しい顔で後ずさるような姿勢を取るリベリオさんに、ジウさんが声をかける。
他のメンバーも
「…嫌な気を感じます。 とても強く、邪悪な…」
彼は闘技場の方に目をやりながら、神妙な口調で語る。
やはり精霊術なんてものを扱えるだけあって、他の人には感じ取れない
何かを察知する力が、彼にはあるのだろうか。
もしかするとこれも、ベントさんが言っていた『資質』の1つなのかもしれない。
「それじゃ、この中にドノブイが!?」
「ま、
結論を急ぐジウさんに、団長さんが冷静な見解を示す。
確か…戦士とか罪人とかが沢山死んでいるため、悪霊や
うようよしている――とかいう話だっけ。
普通ならば疑念の余地が尽きない云われであるが、『こっちの世界』では
充分に有り得る事態かと思われる。
「これだけ大きな入り口だと、あの怪物でもすんなり入っちまうだろうな」
ケヴィンさんがそう語るように、設けられた半円形の出入り口の大きさは、
高さといい幅といい…相当なものに見える。
仮にあのドノブイが通過したところで、何の
「中…入ります? 団長」
「いや――とりあえず外壁に沿って、外側からグルッと一周してみよう。
何かしら、奴の形跡が見つかるかもしれん」
団長さんの指示は、的確に思えた。
敵の
待ち伏せを喰らうという危険性が付き
まずは周囲の状況を把握し、適切な情報処理を行っていくことが
外周をグルリと一周し終えた僕らは、スタート地点である
正面入り口の前まで戻ってきた。
結論から先に言えば、周囲の外壁には特に目立った異常無し…。
少なくとも、あの怪物の存在を匂わすような痕跡は、ゼロと言っていいだろう。
「入ったとすれば、この正面入り口からということになるが…」
団長さんが顎に手をやりながら、ポッカリ開いた入り口の奥に視線を巡らす。
先ほど外周を見て回った際、他にも出入り口らしきものは幾つか見つかったが…
あの巨獣が通るには、あまりに心許ないサイズのものばかりだ。
闘技場内に侵入したとなれば、ここを通ったとしか思えない。
「迷ってても、時間の無駄じゃない? ここまで来たら、突入してみるしかないよ」
ジウさんが僕の方を見やりながら、笑みを浮かべて言う。
僕は少々返答に迷ったが、確かに彼女の言う通りかもしれない。
グズグズしていると、また村や町に侵攻を開始する危険性もあるのだ。
「――行きましょう、団長さん」
「あぁ…そうだな」
……
僕らは意を決し、闘技場の中へと足を踏み入れた。
正面入り口を通過すると、前方には幅3メートル近くある上り階段。
左右には、なだらかな曲線状に左右に伸びた通路が確認出来る。
僕たちはとりあえず、前方にある階段を上ってみることにした。
薄暗い室内から屋外に出たことを示す、眩しい太陽の光。
広々としたそのスペースは、建物の構造なども加味すると、恐らくは貴族や王族…
その他、地位や名誉のある人間のためのものかと推測される。
柵の向こうに
「――伏せろ」
静かに口にした団長さんのその言葉に、僕らは一斉に従った。
もっとも、言われずともきっと、僕はその行動を取っていたことだろう。
……
姿勢を低くしたまま、柵越しに見える闘技場内部の様子を、慎重に確認する。
そこには、西のゲートの真ん前に立つ、あの巨獣の姿があった。
奴は、真っ直ぐ東のゲートの方向を見つめたまま、静かにたたずんでおり…まるで
向こう側からやって来るであろう対戦者を、待ち望んでいるかのようにも見えた。
「気付かれるト、ヤバそうダな…。 一旦、下がるぞ」
珍しくベントさんが出した指示に、他のメンバー達も素直に従う。
僕らは階段を十数段下り、奴からの視線が届かない場所で歩みを止めた。
「――どうします? これから」
「今は随分と落ち着いているようだが…。 まぁ、早い内に片を付けんとな」
ケヴィンさんの質問に答えた団長さんが、チラッとベントさんの方を見た。
今回の作戦には、彼の動向とその手に持つ武器が、非常に大きな役割を
だから、あんたの判断を
「これダけ見通しの良い場所なら、観客席の何処かから奴を狙うのは
が…あれデ警戒心の強い奴ダ。 3本の矢を素早く、確実に打ち込むタめには、
他のものに注意を惹き付けテおく必要がある」
「他のもの、って言うと…?」
ベントさんが紡いだその言葉に、ジウさんがキョトンとした顔で首を捻る。
そんなもの、今の状況では1つしか見当たらない気がするのだが。
「ま…そりゃ遠くに見える敵よりか、まずは手近な敵を倒そうとするのが普通だろうし」
「注意を惹き付ければいいだけですから、無闇な危険を
先の戦いを考えれば、幾分に余裕を持って望めます」
ケヴィンさんとリベリオさんが、それぞれの見解を述べる。
確かに…要は時間を
ずっと楽な任務と言えるだろう。
――とはいえ、何しろ相手は、あの巨獣だ。
心に余裕を持つことは大事だが、それが
油断という大敵は、いつも僕らのすぐ傍に潜み、その隙を窺っているものである。
静寂が包む
西ゲート前で待ち構える巨獣は、その鋭い眼光を真っ直ぐに戦士達へとぶつける。
互いの視線は
――準備は整った。
……
観客席に見えたその人影を確認し終えた次の瞬間、僕は真っ先に動き出した。
恐らく、運動量と反射神経においては、この中で僕が一番だろう。
先陣を切るに値する器だと、ここは自負させてもらうことにする。
真正面から駆け寄り、奴の眼光をその身に受ける。
だが、やがてその眼球はキョロキョロと左右に揺れ動くようになり、振り返らずとも
他のメンバーが散り散りに行動していることが窺えた。
「……」
ピクリと、右の前脚が震える気配。
10メートル程の距離に達したその時点で、僕は足を止めた。
――来るッ。
『ブオォオッ』と闘技場全体を震わすような
開戦の合図とみていいだろう。
その四肢が大地を踏み除けると、地響きと共に巨獣は突進を開始する。
……
僕は剣を構え、真っ向から突っ込んでいく。
巨獣はスピードを緩めることもなく、瞬く間に距離を詰める。
このまま互いがぶつかれば、向こうに分があることは明白である――が。
「やった…!」
ベントさんの弓から放たれた矢が、ドノブイの背中にしっかりと突き刺さるのを見て、
ジウさんが歓喜の声を上げる。
僕はピタリと動きを止めた巨獣の鼻目掛け、剣を振り下ろした。
……
後方を振り向こうとしていたその首が、再びこちらに向き直る。
肉体的なダメージのみで考えれば、僕が付けた傷の方に意識を
的確な判断と言えるだろう。
だが、実際は――
「……」
ドノブイの背中に突き刺さったその矢が、紫色のガスのようなものに
包まれている様子が確認出来る。
巨体を
僕は直感的に察する。
あれは、魔力が可視化したものであるということを。
それがどんどんと、ドノブイの体から矢の中に吸い込まれていってる感じだ。
……
奴の眼球をしかと見据えたまま、僕はゆっくりと後方に引き下がる。
魔界に住む者にとって、魔力は心身の活動に不可欠な、重要なエネルギー源。
それを奪い取れば、奴を戦闘不能に近い状態に追い込める――
と、ベントさんからは聞き及んでいる。
だが、あの小さな矢に、あれだけの巨体に
どれ程あるものなのか…。
まぁ最悪の場合も想定し、正攻法で奴を倒す手段も、僕なりに考えてはいるが。
「――
不意に首の向きを変えた巨獣の眼光に捉えられたリベリオさんが、
やや震えた声で呪文の詠唱を行った。
前回に引き続き、現れた4つの火球が、再びドノブイを襲う。
それと同時に、観客席に潜むベントさんから、2本目の矢が解き放たれる。
……
結果として巨獣は、4つの火球と1本の矢を全てその身に受ける。
だが、その直前に見せた挙動からは、明らかに自分の後方から襲い来るものを
何かしら感じ取り、避けるような姿勢が窺えた。
「……」
ドノブイはグルリと体の向きを変え、後方の様子を確認する。
物陰に隠れたベントさんの姿は、奴からは完全に死角となっているため、
発見される恐れは無い。
だが…無論この状況では、3本目の矢をそう簡単には撃ち込めない。
しばしの
その間にも撃ち込まれた2本の矢からは、ドノブイの魔力が
絶えず吸い取られている様子が窺える。
しかし今のところ、ドノブイが
作戦、失敗――か?
仮に魔力を吸い取ってしまう力は確かだとしても、やはり
あの巨体に対抗し得るには、
「……」
いや…失敗かどうかは、3本目の矢を撃ち込んだ後、もう少し様子を見てからだ。
その為にも、僕らがしっかりと
「どうする…? スギヤマくん」
いつの間にか僕の傍に来ていたジウさんが、剣を構え巨獣を見据えながら、
横目でチラリとこっちを見て話しかける。
僕はしばし、返答を
「下手に突っ込んでいっても、手痛いしっぺ返しを喰らうだけです。
とはいえ…逆に、こちらが優勢と思われることも、避けたいところです」
「――ふぇっ? どういうこと?」
「自分が
ジウさんにだって、多少は予測が付くでしょう?」
僕の返答を聞き終えたジウさんが、約4秒の間を挟み、ブルブルと肩を震わせた。
そう、奴には…あの大技がある。
背中と後頭部に未だ残る鈍痛が、そのことを鮮明に思い出させてくれる。
「あれっ? でも、『彼』って…。 ドノブイって、雄だったの?」
「いや…そんなの知りませんよ。 なんとなく、雰囲気でそう呼んだだけです」
この状況で、どうしてそんなことを気にしてられるかな…。
体が大きいのだから、イメージ的に雄という印象を抱き、それが僕の口から
『彼』という呼び名を出すことに
でも動物の世界では、雌の方が強かったり、大きかったりする場合も…。
――いやだから、そんなことは今考えるべき事柄じゃない。
「まずいッ…!」
ドノブイが取ったその行動は、恐れていたものの1つであった。
団長さんを始め、メンバー達の顔にサッと
その巨体を
それは明らかに、逃げの姿勢。
外に出るつもりか…。
「逃がすかよ!」
走るドノブイと西ゲートの間に、ケヴィンさんが立ち塞がる。
彼にしては珍しく、無鉄砲極まりない行為だ。
いや…この巨獣を前にしては、冷静さを欠くのも仕方のないことかもしれない。
「――
リベリオさんがバッと自分の
するとどうしたことか、ケヴィンさんの身体がまるで見えないロープに
引っ張られるかのように、リベリオさんの方へと高速で引き寄せられていく。
これも精霊術の一種なのだろうか。
いやはや、何とも…。 ――と、
巨獣は間もなくして、ゲートに入ろうかという所である。
……
観客席の物陰から姿を現したベントさんが、流れるような動作で矢を放つ。
ゲートへ向かう怪物のその背中に、3本目の矢が…。
突き刺さることはなかった。
グルッと身を
矢は無情にも地面に落下したのである。
ドノブイはそのままゲートを背にし、再び僕たちの方へと
「……」
まさか、この展開…予期していたとでも言うのか?
思っていたよりも遥かに、この暗黒獣は頭が良いのかもしれない。
今は