OLWADHIS ~異世界編~   作:杉山晴彦

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第3話 出会いと別れ

 

 

 

 

 

「…えいっ」

 

「とおっ」

 

「やあっ」

 

 パキリパキリと、断続的に響く軽快な音。

 それは、僕が振り下ろす(なた)が木材を叩っ切る音に他ならない。

 

「……」

 

 一日が終わり、夜を越え――そして、朝を迎えた。

 しかしながら、だからと言って状況が一変することもなく…

僕が目を覚ましたのは、この小屋の簡素なベッドの上であった。

 

 これから狩りに向かうと言うベントさんに、何かすることはないかと

尋ねたところ、この薪割りの仕事を(にな)わされた。

 ま、タダで寝泊りさせてもらった恩義もあるし…こういう時は

むしろ体を動かしている方が、調子を狂わせずに済むものだ。

 

「…ふぅ」

 

 与えられたノルマをこなし、僕は一息をつく。

 この程度、正に朝飯前ってやつだ。

 

「……」

 

 次に何をすべきか、すぐには思い付かなかったため、

ぼんやりと空を眺めてみることにする。

 澄み渡った青い空に、白い雲がプカプカ浮かんでいる。

 この景色だけ見れば、あの頃と何ら変わりは無い。

 

 ……

 

 さて、感傷に浸るのはここまでにして…。

 僕は視線を下ろし、そこに無数に並び立つ木々を見据える。

 ベントさんは、どうしているだろうか。

 

「……」

 

 気になるといえば気になることだが、素人が下手に

山中をうろつくものではないだろう。

 それで遭難でもしちゃったりしたら、彼にも余計な心配を掛けることになる。

 

「…帰ろう」

 

 僕はまだ一泊しかしていないその小屋に、まるで

我が家に戻るかのごとくな気分で入っていく。

 こういう慣れや気持ちの切り替えは、早い方だと自負している。

 

 

 

 

 

 戻ってきた彼の手には、2羽の鳥の姿があった。

 種類はよく分からないが、食べれそうな雰囲気はある。

 彼は早速、獲物の下処理へと取り掛かった。

 

 僕はまたもや水汲みをしたり、ベントさんの指導を受けつつ

火を起こしたりするような作業もやってみた。

 そんなこんなする内に、食事の準備が出来上がる。

 

「……」

 

 お昼というにはまだ早い時間帯に思えるが、出来たものは仕方がない。

 喰える時に喰うのが、野生の世界で生き延びる秘訣だ。

 

「おし、そろそろいいダろ」

 

 ベントさんから焚き火に(あぶ)られていた1本の串が渡される。

 串に刺さっているのは、美味しそうに焼けた鳥肉だ。

 ちなみに、昨日のあのドドマの肉を刺した串も用意されている。

 

「…んっ」

 

 ジューシーでありながら、さっぱりしている。

 やっぱり鳥肉は、塩味に限るね。

 肉だけでは栄養バランスが悪いので、器に盛られた

キャベツに似た野菜も頬張ってみる。

 

「……」

 

 この調味料は、どう見てもマヨネーズにしか思えないのだが…。

 こんな山の中で、どうやって手に入れたのだろうか。

 話によれば、彼はここ数年の間、この山を下りたことはないと言うのだが。

 

 

「おい、スギヤマ」

 

 涼しげな木陰の元で食事を続けていた時、不意にベントさんが立ち上がる。

 その目と様相からは、何か只ならぬ雰囲気を感じ取れた。

 

「あの…?」

「お前は、小屋の中に入ッテろ」

 

 顔は動かさぬまま、彼は目の動きだけで周囲の様子を探る仕草を見せる。

 事態を察した僕も立ち上がり、神経を研ぎ澄ませてみた。

 

「……」

 

 近くに、何かがいる。

 場所の見当も、ある程度は付いた。

 それはベントさんも同じらしく、2人して同じ方向に視線をやっている。

 

 何かが(やぶ)の中から飛び出してきたのは、それから数秒後のことだった。

 人…? 剣の様な武器を手にしている。

 そこまで情報を整理した時、僕の体が横に吹き飛んだ。

 どうやらベントさんが、『敵』から僕を遠ざけるために

突き飛ばしてくれたらしい。

 

 

 その容姿や体型からすると、恐らくは女性。

 小麦色の肌。 顔つきは、西洋風に見える。

 へそを出した軽装の格好をしており、頭には鉢巻らしきものが見える。

 

「覚悟ッ!」

 

 覇気(はき)のある声と共に、剣がベントさんに向けて振り下ろされた。

 僕は反射的に体を動かそうとしたが、どうやらその必要は無かった。

 彼女が放った斬撃は標的を捉えることもなく、切っ先が地面に付く。

 

「…ハッ!」

 

 一瞬戸惑いの表情を見せた彼女であったが、すぐさま続けて

左方向への払い斬りを放つ。

 そこには、先程の斬撃を華麗にかわしたベントさんの姿。

 

 今度はその場で垂直にジャンプをし、攻撃を回避する。

 何だか、まるで危なげが無い。

 スタッと地面に着地した彼は、バックステップをして距離を取る。

 

「…何の真似ダい? お嬢チゃん」

「自分の胸に訊いてみなよ!」

 

 穏やかな口調で話しかけるベントさんとは対照的に、

少女は明らかに苛立たしげな声で答えた。

 返事を終えるや否や、彼女は再び、ベントさんの元へと駆け寄っていく。

 

「…ッタく、困ッタもんダ」

 

 怒りに身を任せるかのように、剣を振り回す少女。

 その乱雑な太刀筋を看破(かんぱ)し、無駄のない動きで回避していくベントさん。

 実力の差は、明白なように思えた。

 

 

「…えっ?」

 

 突如としてベントさんは剣の嵐から抜け出し、一直線に

僕の方へと駆け寄って来た。

 腰に下げている袋から、何かを取り出す。 …ナイフ?

 

「あッ…!」

 

 驚きの声を上げたのは、少女だった。

 声には出さないが、僕もわりかし驚いている。

 何故なら、ベントさんが僕の後ろから組み付き、あろうことか

首元にナイフの刃を突き付けてきたからだ。

 

「武器を捨テな、嬢チゃん」

「くッ…!」

 

 淡々と告げるベントさんに対し、悔しげに唇を噛む少女。

 剣を構えたまま、真っ直ぐにベントさんを睨み付けている。

 

「このッ…卑怯者ッ!」

「戦場じゃ、意味のねぇ言葉ダ」

 

 場の状況を見て、彼の意図を把握する。

 どうやら僕を人質とし、彼女に武器を捨てさせようという魂胆らしい。

 それが彼女を落ち着かす手っ取り早い方法だと考えたのだろう。

 

 ……

 

 少女はしばし躊躇(ためら)った後、僕とベントさんのいる方へ向けて

持っていた剣を投げ捨てた。

 カランと乾いた金属音がし、剣が地面に転がる。

 

 ベントさんはそれを確認すると、僕に突き付けていたナイフを離し、

機敏な動作で落ちていた剣を拾い上げる。

 少女の足がピクリと動きかけたが、すぐに間に合わないと悟ったのか、

結局、その場で立ち尽くした状態のままであった。

 

「さテト…それじゃ、聞かせテもらえるかい? 俺を襲ッタ訳を」

 

 ベントさんの放った言葉に、更に苛立たしげな表情を見せる少女。

 ギュッと拳を握り締めているが、襲いかかる気まではなさそうだ。

 

「あんた達がどれだけ酷いことをしてるか、知らないとでも思うの!?

今朝だって、トマおじさんをあんな目に遭わせてッ…!」

 

 少女は涙目になりながら、感極まった様子で言葉を発する。

 僕にはその言葉の意味がよく分からないが、ベントさんは何やら

理解しているかのような面持ちだ。

 

「なるほど…。 ま、そんなトこダろうトは思ッタがな」

 

 相変わらずの淡々とした口調だが、その目には

哀れみのような感情が読み取れる。

 やがて少女は視線を落とし、怒りから悲しみに満ちた表情へと変化した。

 

「お前に1ツ質問しよう」

 

 ベントさんは少女から視線を外さぬまま、はっきりとした口調で言葉を紡ぐ。

 この場はとりあえず、彼に委ねて問題は無さそう…。

 そう判断した僕は、力を抜いて状況を見定めることにした。

 

「奴らがこんな所デ、呑気に人間ト飯なんか食ッテるト思うか?」

「…ふぇっ?」

 

 ベントさんの言葉を聞いた少女は、間の抜けた声と共に顔を上げた。

 涙を拭う仕草を見せた後、どうにも(いぶか)しげな顔でベントさんを見据える。

 

「で、でも…」

「ここは、テドラ山。 奴らが縄張りにしテいるスサンボ山なら、隣の山ダ」

 

 テドラ山に、スサンボ山。

 この名前は、以前にも聞いたことがある。

 すると、『奴ら』というのは…すなわち、例の山賊団と推測される。

 

「え、え~っと…」

「……」

 

 しどろもどろな様子の彼女を、黙って見つめるベントさん。

 緊迫した空気が(ほぐ)れるのも、時間の問題に思えた。

 

 

 

 

 

「アハハハハハ! まさか登る山を間違えるなんて、

僕としたことが…参ったね! アハハハ!」

「……」

 

 焼けた肉の匂いが漂う中、少女の笑い声が響き渡る。

 笑って誤魔化すとは、正にこの様な状態のことを言うのであろう。

 彼女を見るベントさんの目は、呆れたように冷ややかである。

 

「そういや、なんか雰囲気違うなぁって思ってはいたんだけどね。

いやぁ~…参った参った」

 

 頭を擦りながら、尚も言い訳じみた言葉を並べる少女。

 と、不意に僕と視線が合わさった。

 

「それにしても…君は一体、何なの?」

 

 クリンとした大きな瞳を開き、彼女が声をかけてくる。

 声といい顔といい、日本人とは異なるその独特の雰囲気に

僕はちょっとした鮮烈さを覚えた。

 でも、日本語はバリバリ話せるんだよね。

 

「…そうですね。 話すと、長くなるんですが」

 

 こちらとしても、彼女の素性は色々と伺い知りたい所ではあったが、

その性格を考慮すれば、僕の方から事情を話すのが先決だろう。

 話の内容を頭の中で手早く整理すると、僕は語り出した。

 

 

 

「…ふ~ん。 なんだか、訳の分かんない話だね」

 

 話を聞き終えた彼女の反応は、ベントさんの時と全く変わらぬものであった。

 ま…ある程度、予測は付いていたことだが。

 

「そんな聞いたこともないような遠い国から、いきなりこんな所まで

飛んで来ちゃったってわけ? う~ん…何があったんだろ」

 

 彼女は顎に手をやり、首を小さく捻りながら呟く。

 何やら考え込んでくれている様子だが、失礼ながら、彼女の口から

満足のいく答えが出てくる気配は、微塵(みじん)も感じられなかった。

 

「あの…よろしければ、あなたのことについても話してくれませんか?」

「ふぇっ? …あぁ、うん。 そうだね」

 

 謎の少女は思考を中断し、改まった様子で椅子に座り直す。

 ちょっと変わった人ではあるが、貴重な情報源であることに違いはない。

 僕はしっかりと心のメモを取る準備をした。

 

「僕は、ジウ・リーベンス。 レノンの村で自警団をしてるんだ」

 

 クイッと右手の親指を自分に向け、自信有りげに語る少女。

 自警団っていうのは、あまり聞き慣れない言葉だが…。

 確か、警察官みたいなものだっただろうか。

 

「近くに他の村は1つあるんだけど、それ以外はまるで何も無い所だからね。

山を越えて向こうに行ったり来たりすることは、日常茶飯事なんだ」

 

 その辺りの情報は、昨夜の内にベントさんから収集済みだ。

 この一帯は周囲のほとんどを海に囲まれているため、山越えは

欠かせないルートなんだとか。

 

「でも、いつからか山には山賊が出没するようになって…。

困ってんだよね、正直」

 

 ちなみにその山賊達は、『モンリー山賊団』などと名乗っているらしい。

 モンリーというのは、(かしら)であるゴブリンの名前だ。

 女性でありながら、かなり強いんだとか…。

 

「何とかしなきゃって前々から思ってたんだけど、団長からは

全然そういう指令も出ないし…」

 

 ジウさんは不満あり気に頬を膨らませ、机の表面を見る。

 恐らくそこに、彼女が『団長』と呼ぶ人の顔が映っているのだろう。

 

「今日の朝ね、僕もよくお世話になってるトマおじさんって人が、

血まみれで村に運ばれて来たんだ。 聞いてみたら、

山賊に襲われたみたいだ…って。」

 

 怒りと悲しみが入り混じった、悲痛な表情で話すジウさん。

 その目には、またもジワリと涙が滲んでいる。

 

「それデ頭に血が上ッテ、気が付いタらここまデ来テいタ…ト」

 

 ベントさんが代わってその続きを話すと、彼女は黙ってコクリと頷く。

 しかし、登る山を間違えてしまい、更にゴブリンであるベントさんを

目撃してしまったために、さっきのような事態を巻き起こしてしまった…と。

 つまりは、そういうことのようだ。

 

「ま、済んダ話はそれぐらいデいい。 トころで、こいツのこトなんダが…」

 

 ベントさんは、横目でチラリと僕の方を見る。

 それにつられるように、ジウさんの視線もこちらにやって来た。

 

「こんな所にいツまでも居させるッテわけにもいかねぇ。

悪いが、お前に世話焼いテもらえねぇか?」

「ふぇっ…?」

 

 ベントさんの提案に、目をパチクリとさせるジウさん。

 僕とベントさんを交互に見やりながら、ちょっと戸惑っている様子。

 

「あぁ、安心しろ。 俺が見タトころ、こいツはかなり出来タ奴ダ。

そうそうお荷物にゃならねぇ筈ダぜ」

「……」

 

 ベントさんにそう言われ、僕はちょっぴり誇らしい気分になる。

 確かに、勉強はちょっと苦手であるが…やるときゃやる男だ。

 

「うん…まぁ、そうだよね。 君にとっちゃ、その方が良いよね」

 

 しばし考える素振りをした後、彼女は微笑みを僕に向け、

納得したような様子を見せてくれた。

 どうやら、商談は成立したらしい。

 

「それじゃあ僕と一緒に、レノンの村に来てくれる?

誰か知ってる人がいるとは思えないけど…手掛かりの1つぐらいなら、

何か見つかるかもしれないし」

「…はい。 それでは、お言葉に甘えて」

 

 確かに、知人や友人がそんな場所にいるとは思えない。

 とはいえ、人が集まる所は情報が集まる所でもある。

 行ってみる価値は、充分にあるだろう。

 

「それじゃあ、これからよろしく! えっと、スギヤマくん…だっけ?」

「はい。 こちらこそ、よろしくお願いします」

 

 僕がペコリとお辞儀をすると、彼女はニカッと人懐っこい笑みを浮かべる。

 これからは、この人と行動を共にすることとなるわけか。

 別に、悪い気分はしないが…。

 

「……」

 

 ふと、ベントさんの方に目をやる。

 彼は何やら複雑そうな表情をすると、椅子からスッと立ち上がった。

 ちょっとぐらい、寂しがってくれてるのかな…。

 などと思いつつ、小屋の奥に歩き去っていく彼の背中を見つめていた。

 

 

 

 

 

「短い間でしたが、お世話になりました」

「おう、達者デな」

 

 本当に短い間ではあったものの、濃密な時間であった。

 彼にはそもそも、危ない所を助けてもらった恩義もあるわけだが…

感謝すべきは、それだけではないだろう。

 

「ほれ…餞別(せんべつ)ダ」

 

 彼の手から放り投げられた何かを、僕はパシッとキャッチする。

 見るとそれは、鞘に納まった小型のナイフ。

 全体に白っぽく、雪の結晶の様な装飾(そうしょく)(ほどこ)されている。

 彼がナイフを扱う姿は何度も目撃しているが、

こんな洒落た雰囲気の物は、初めて目の当たりにする。

 

「あの、これは…?」

「タダの拾い物ダ。 お前の好きに使ッテくれ」

 

 鞘から引き抜き、その収納された部分を見てみる。

 驚いたことに、そこには雪のように真っ白な刃があった。

 

「わっ、綺麗…」

 

 と思わずジウさんが言ってしまうのも頷ける。

 太陽の光を受けたその刃は、まばゆいぐらいに白く光り輝き、

見る者を神秘的な雰囲気へと(いざな)う程である。

 

「……」

 

 僕はゆっくりと刃を鞘に収め、改めてベントさんと向き合う。

 これ以上、余計な振る舞いも必要無いだろう。

 僕は最後に深くお辞儀をすると、彼に背を向け、歩き出した。

 

「行きましょう、ジウさん」

「…うん」

 

 1つの出会いを経て、1つの別れがやって来る。

 人生とは、そういうものなのだろうか。

 僕は胸の奥に湧く感情を紛らわすように、軽快な足取りでその場を離れた。

 

 

 

 

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