OLWADHIS ~異世界編~   作:杉山晴彦

5 / 33
第5話 新生活

 

 

 

 

 

「…なるほど。 そりゃまた、随分な災難(さいなん)だったな」

 

 レノン村警備所にて、僕は再び事情を説明した。

 3度目ともなると、説明をするのにもだいぶ慣れてくる。

 話を聞き終えた2人の表情は、やはりと言うべきか、(いぶか)しげなものだった。

 

空間転移(くうかんてんい)の魔法でも使われたのかしら…?」

 

 呟くようにそう言ったのは、ローブを纏った金髪の女性。

 名前は、ミューレさんというそうだ。

 

「おいおい…。 そんなもの使える奴なんて、滅多にいねぇだろうし…。

第一、聞いたこともねぇ遠い国から、ここまで飛ばされてきたっていうのか?

んな話、初めて聞くぞ」

 

 彼女の言葉に異議を申し立てるのは、ガッチリした体格の男性。

 名前は、ケヴィンさんというらしい。

 2人とも、ジウさんと同じく自警団のメンバーだという。

 

「不可能とは言い切れませんよ。 そのぐらいの仮説を立てないと、

今の状況は説明出来ないでしょう?」

 

 話を聞かせてもらう限りでは、どうやら『空間転移の魔法』

というものが存在するらしい。

 空間を転移する魔法…。 言うなれば、テレポートみたいなものだろうか。

 

「しかし、仮にそんなことが可能だとしても、何処の誰が…何のために?」

「さぁ、そこまでは…」

 

 この世界においては、あっても充分に可笑しくはない話。

 しかし2人の様子から察すると、そう簡単に実現可能なことでもないらしい。

 う~ん…。 まだまだ、学ぶべきことは多そうだ。

 

 

「ま、何があったのかってのは、この際後回しだ。 問題は、こいつを

どうやって家まで帰してやるか…ってことだな」

 

 しばしの沈黙を挟んだ後、ケヴィンさんが再び口を開く。

 真っ当な意見であった。

 どうして風邪を引いたかなんて、そんなことは後回しでいい。

 今はともかく、この風邪を治したい…って心境なわけだ。

 

「そうね。 でも、これまでの話を聞く限りだと…」

「あぁ。 俺らだけじゃ、手に負えそうもないな」

 

 ミューレさんの言葉に、ケヴィンさんが付け足すように話す。

 もしかすると、ここでもう、お引き取り願おうという雰囲気…?

 などとネガティブな展開も心に浮かんだが、そうではなかった。

 

「ここはひとまず、団長に報告しよう!」

 

 手を上げて元気良くそう叫んだのは、ジウさんであった。

 しばらく会話には参加していなかった彼女であったが、

どうやら話を聞いていなかったわけでもないらしい。

 

 

 

 

 

「…ふ~む」

 

 椅子に座るその人物は、無表情に視線を宙に漂わせた。

 鋭い目、いかつい輪郭(りんかく)、頬の傷跡…。

 正直言って、怖そうな人である。

 

「厄介そうな事件だな」

 

 彼こそが、この警備所に勤める自警団の団長。

 名は、ウコルタス・コシャマインさんというそうだ。

 彼の鋭い目が、ピタリと僕に照準を合わせる。

 

「…お前、スギヤマといったな」

「はい」

 

 彼に問い掛けられ、僕は心臓が脈打つのを感じながら返事をした。

 この人は、どうにも慣れている気がする。

 戦場に…熾烈(しれつ)な世界に。

 

「どうだ、ここで働いてみる気はないか?」

「えっ…?」

「だ、団長!?」

 

 団長さんのその言葉に耳を疑ったのは、僕だけではなかった。

 自警団の皆さんも、一同揃って驚きの様相を見せてくれている。

 

「悪いが、すぐに問題解決とはいきそうもない。 何にせよ、

お前にはしばらく、新境地での生活が強いられるだろう」

 

 そんな様相を目の当たりにしながらも、団長さんは

至って平然とした口調で言葉を続ける。

 僕はひとまず、話を最後まで聞いてみることにした。

 

「この警備所も、先の召集令(しょうしゅうれい)の影響で人員不足でな。 見たところ、

ガタイは良さそうだし…望むんなら、すぐに採用してやるぞ?」

「……」

 

 冗談で言っている様子もない。

 さて、どうしたものか…。

 彼の言う通り、『ここ』での生活をしばらく強いられることは否めない。

 この誘いを断れば、恐らくはこの先、当てもない旅をする羽目となるだろう。

 

「よろしくお願いします」

「わっ、えっ!? いいの?」

「決断早ぇな…お前」

 

 僕の決断力の早さに、それぞれの反応を見せるメンバー達。

 ミューレさんも言葉こそ発していないが、幾分か驚いてくれている様子だ。

 

「…決まりだな」

 

 その返答に、満足そうな表情を浮かべる団長さん。

 何はともあれ、歓迎されているという気分は悪くない。

 

「おい、お前ら! 今日からこのスギヤマが、新しく自警団の

メンバーとして加わる。 まぁ、仲良くしてやってくれ」

 

 団長さんがその場の全員を見渡しながら言うと、僕は少し

かしこまったような気持ちで、メンバーそれぞれの顔を見る。

 彼らは、驚きから戸惑いの表情に変化し、そして…。

 

「…そんじゃあ、これからよろしく頼むぜ」

「あ、えっと…よろしくお願いします」

 

 腕組みをするケヴィンさんは笑みを浮かべてくれたが、

ミューレさんはまだ戸惑いの気持ちが隠せない様子。

 そして、最後のもう1人は…。

 

「なんか、予想外の展開だけど…へへっ、まぁいっか。

一緒に頑張ろう! スギヤマくん」

 

 ガッツポーズまで交えて、嬉しそうに僕を見るジウさん。

 その笑顔を拝見し、なんだかちょっとホッとした気持ちになる。

 ――こうして僕は、この世界での新たな生活をスタートさせたのだった。

 

 

 

 

 

 初仕事として言い渡されたのは、村民への挨拶回りであった。

 同行してくれるのは、ミューレ・ハルクルさん。

 小さな村なので、そんなに時間は掛かりませんよ…と彼女は言う。

 

「……」

 

 自警団員となった(あかつき)に、十字架と丸い輪っかが組み合わさっている

シンプルな模様が描かれた腕章が与えられた。

 これがこの村の自警団の証…であると同時に、フォーマス軍に仕える

兵士の1人であることの証明になるのだという。

 

「あの…そんなに珍しいですか?」

「えっ?」

「いえ、さっきからずっと、周囲を気にしているものですから」

 

 ミューレさんに言われ、僕はこの道中での自分の様相を振り返る。

 確かに、いくら初めて来た場所とはいえ、ちょっと

キョロキョロし過ぎていると思われたかもしれない。

 

 多分、これが日本の何処か別の町とかだったら、そこまで過敏に

周囲の様子を気にすることもなかっただろう。

 だが今は、状況が状況なのだ。

 その点をご理解頂けると嬉しい。

 

「ハルナさんが住んでいた国は、どんな所だったんですか?」

「……」

 

 彼女の質問を受け、僕は考える。

 果たして、日本とはどんな国であっただろうか?

 いざそう問われてみると、案外、パッとは答えられないものだ。

 

「良い所ですよ。 穏やかで…平和な国です」

 

 思いついた答えを、僕はそのまま口にする。

 地域によっては一概(いちがい)にそうとも言い切れないかもしれないが、

まぁ…素直にそう思ったのだから、それでいいんだろう。

 穏やかで平和な国…。 それって案外、凄いことなのかもしれないし。

 

「あら、ミューレちゃん。 おはよう」

「おはようございます」

 

 突如として、曲がり角から何者かが姿を現す。

 50代くらいと思われる、ラフな格好をしたおばさんだ。

 

「ところで、そちらのお兄さんは…?」

「あっ、はい。 実は、ちょっとした事情がありまして…」

 

 

 

 

 

 そんなこんなで、挨拶回りは無事に進行していった。

 残すは半分ぐらいという所で、僕とミューレさんは屋根の付いた

物置き小屋の日陰にて休息を取っていた。

 

「……」

 

 ミンミンと、蝉の声が響き渡っている。

 こういう風情(ふぜい)だけは、やたら日本のそれと変わりない。

 でも、蝉ってそもそも、他の国にも生息しているものだったっけ…?

 考えてみるが、知識が不足しているため、答えは出ない。

 

「……」

 

 チラリと横を見れば、小さめのポットの様な道具から

何やら緑色の液体をコップに注ぐミューレさんの姿があった。

 その仕草には、どこか気品あるものを感じてしまう。

 

「どうぞ。 冷たいお茶です」

「…どうも」

 

 手渡されたコップに入った液体を、一気に半分ほど飲み干す。

 苦味と渋味を感じる…。

 典型的な緑茶の味だった。

 

「まだまだ沢山ありますから。 飲みたくなったら、いつでも言って下さい」

 

 にっこりと微笑んで、ミューレさんはそう言う。

 この炎天下の中、彼女の涼しげな声は耳に心地好い。

 

 

 

「しかし、自警団と言いますと…一体、どんな仕事をするものなんですか?」

 

 少しの静寂に身を委ねた後、僕は穏やかに話しかける。

 彼女は口元に指を当て、ちょっと考えるような素振りの後、口を開いた。

 

「そうですね。 この村は、至って平和な所ですから…危険な仕事が

舞い込むようなことは、ほとんどありません」

 

 ミューレさんは僕を安心させるかのように優しい微笑みをして、言葉を返す。

 どうにもこの人には、(いや)し系の資質があるように思える。

 

「お祭りの準備ですとか、住民の意見の整理。 それに、他の地域から

送られてくる情報を配布したりもしていますね」

「…なるほど」

 

 意外と、地味な活動が多いらしい。

 まぁ現職の警察官などにしてみても、その辺のイメージとの

差異を感じる人は、少なくないのかもしれない。

 

「ただ、最近は…」

 

 そこまで言いかけて、彼女はハッとしたように口を(つぐ)んだ。

 複雑そうなその表情を見て、僕は話しかけた内容を察する。

 

「ひょっとして、山賊のことですか?」

 

 僕の言葉に、僅かにピクリと肩を震わせた後、彼女は小さく頷く。

 同じ自警団員であるジウさんが、あれだけ憤慨(ふんがい)していたことだ。

 彼女にとっても、やはり無視出来ない問題なのであろう。

 

「はい。 被害は、月日を追うごとに頻繁(ひんぱん)に報告されるようになっています。

何とかしなければとは、村の誰もが思っていることなんですが…」

 

 やはり、只事ではないらしい。

 僕もこの村の一員となった以上、直面すべき問題である。

 

「…ハルナさんは、召集令というものをご存知ですか?」

「いいえ」

 

 彼女の質問に、僕は首を横に振って答える。

 召集令。

 確か団長さんの口からも、そんな言葉が飛び出していたような気がする。

 

「来たるべき魔王の軍勢に対抗するため、各地から兵士を選抜し、

フォーマス王都に集結させる勅令(ちょくれい)です。 私たちの村からも、

何人かの団員がそれに従いまして…」

「……」

 

 なるほど。

 人員不足となるのも、自然の道理だ。

 

「だから山賊のことに関しても、簡単には手を出せないのです。

小規模な集団とはいえ、彼らは中々の手練(てだれ)という話ですし…」

「…なるほど」

 

 

 

 

 

 挨拶回りを終え、帰還した僕らを迎えてくれたのは、

美味しそうな料理の数々であった。

 警備所内には食事をする場所も設けられており、僕らはそこで

今から昼食を取ろうという魂胆なわけである。

 

「どうだった? 挨拶回りの方は」

「はい。 無事に済みましたよ」

 

 僕の隣に陣取ったジウさんが、親しげに話しかけてくる。

 彼女の声に耳を傾けつつも、意識は目の前に並ぶ料理に集中していた。

 

 トマトがふんだんに使われた、ミートスパゲッティの様な料理。

 何やら独特の香りがする、黄金色のスープ料理。

 白身魚の切り身を香ばしく焼き上げた料理。

 いずれも、見事な出来栄えであった。

 

「……」

 

 僕はまず、気になる香りを放つスープ料理に狙いを定めた。

 口に含むと、まずスープの深い旨味が感じられ、その後、

清涼感のある香りが鼻を抜ける。

 ミント系だとは思われるが、覚えの無い香りだ。

 

「……」

 

 続いて、ミートスパゲッティを食す。

 これはもう、見た目通りの味だった。

 トマトがあまり形を崩さないまま残っているが、それがまた良い。

 麺の茹で加減も、絶妙と呼べるレベルだ。

 

「あ~っ! 君が噂の新メンバーだね?」

 

 最後の一品に箸を伸ばしたその時、聞き慣れぬ声が耳に入る。

 声の方を向けば、セミロングの髪に栗色の瞳を持つ、小柄な女性の姿があった。

 

「初めまして。 あたし、ガラナ・フランクフルト。 何を隠そう、

自警団のメンバーの1人なのです♪」

 

 彼女はウィンクを交えつつ、楽しげに自己紹介をしてくれる。

 挨拶回りをしている途中、ミューレさんから他にも自警団の

メンバーがいることは知らされていたが…。

 

「どうも、初めまして。 ご存知かもしれませんが、杉山榛名と申します。

これから、よろしくお願いします」

 

 僕は箸を置いて席から立ち上がり、彼女に向けてお辞儀をする。

 いつの世も、第一印象とは大切なものだ。

 

「アッハハ…そんな、かしこまらなくたっていいよ。 遠慮せず、

どしどし気軽に接してくれればいいから。 ね?」

「…はい」

 

 彼女はそれだけ言うと、僕の元から軽やかに歩き去っていく。

 どうやら、料理を受け取りに向かうらしい。

 

「……」

 

 ジウさんに負けず劣らず、テンションの高い人だ。

 ムードメーカーと呼ばれるのは、恐らくあぁいうタイプの人なのであろう。

 僕には、極めて縁遠い話である。

 

 

 

「どうだい、料理の方は…。 お口に合ったかね?」

「はい。 とても美味しかったです」

 

 食事を済ませ、席から立ち上がろうとすると、そのタイミングを

見計らったかのように声をかけられる。

 声の主は、アモロフ・レブエさん。

 この食堂の調理担当であり、警備所の管理人をも勤める人物だ。

 

「それは良かった。 足りないなら、もう少しは用意出来るが…どうだい?」

「いえ、大丈夫です」

 

 この体格でいると勘違いされやすいが、僕は別に大食漢という程じゃない。

 まぁ、食おうと思えば、人並み外れた量を平らげることも可能だが…

そんなことをしなくても、充分に肉体は維持出来るのだ。

 

「ホントに大丈夫? この後は、初の実戦訓練があるんだから。

腹が減っては戦は出来ぬ、ってやつだよ」

 

 隣にいるジウさんが、会話に割り込んでくる。

 彼女の方も既に食事は終えているようで、食器の上には

肉や麺の一欠片すら残っていない。

 

「平気です。 あまり満腹過ぎても、集中力に欠けるもので」

「…ふ~ん。 そういうもんかなぁ?」

 

 生物が一定の集中力を持続させるためには、その生き物にとって

何かしら満たされない部分があることも、重要なことである。

 満たされないからこそ、やる気になる…ってなものなのだろう。

 

「ところで、実戦訓練と言いますと…誰が相手を務めるんです?」

「ふぇっ? そんなの、僕に決まってるじゃない!」

 

 ふと浮かんだ疑問に対し、当然のように答えるジウさん。

 どうしてそう決まったのかは定かでないが…まぁ確かに、ミューレさんや

ガラナさんは、あまり戦闘向きの体格をしているとは言い難い。

 

「ちなみに君、剣術の経験は?」

「…ありません」

 

 昔から、格闘技やその他武器を扱った戦いの(すべ)には

それなり興味を抱いている方であるが…。

 ある友人から、『あなたは、そのままで充分です』と告げられたこともあり、

本格的に何かを始めたという記憶は無い。

 

「そっかぁ…。 そんなら、始める前にちょっと訓練風景を見せてあげる。

相手は、ん~っと…あ、ちょっとちょっと!」

 

 ジウさんに呼ばれて、食器を片付けようとしていたミューレさんが

こちらを振り向いて立ち止まる。

 彼女に、その相手役を務めさせるというのだろうか。

 

「これから僕ら、訓練なんだけどさ。 ちょっと付き合ってよ」

「…しょうがないですね」

 

 ミューレさんは僅かに眉をしかめたが、僕の方へチラッと視線をやると、

仕方なしといった具合に了承の返事をした。

 あまり気乗りはないが、新人のために一肌脱いでやる…といったところか。

 良い先輩に恵まれたものだ。

 

 

 

 

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。