OLWADHIS ~異世界編~   作:杉山晴彦

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第7話 護衛任務

 

 

 

 

 

 ふむ…。

 つまりは、こういうことか。

 ティルチと名乗るあの薬師の老人の元に、ある1人の患者が訪れた。

 

 その患者は『ルード・カナス』という奇病に侵されており、

それを治すためには、ある特殊な薬が必要らしい。

 そして、その薬を調合するために必要な材料が、龍族である『バラカ』の骨。

 

 この辺りにも昔は『バラカ』が住んでおり、スサンボ山にある

精霊を(まつ)った(ほこら)に、今でもその骨が残っている可能性が高いというのだ。

 つまりは、どうにかしてその祠に行きたいというわけなのだが…。

 

「どうします? 団長」

「……」

 

 ガラナさんが問い掛けるが、団長さんは黙って腕を組んだままだ。

 悩むのも、当然のことかもしれない。

 言わずもがな、あの山にはモンリー山賊団と称する物騒な連中が、

今も我が物顔でうろついているわけだ。

 

「ティルチさんの話によれば、その患者さん…かなり危険な状態だといいます。

早くその薬を与えないと、命に関わる可能性も…」

「……」

 

 ミューレさんが深刻そうに告げるが、団長さんは微動だにしない。

 表情の変化に乏しい人ではあるものの、その顔には

明らかな苦悶(くもん)が浮かんでいるように思える。

 

「団長! グズグズしてたら、その人死んじゃうんだよ!?

迷ってる場合じゃないでしょ!」

「……」

 

 ジウさんが机をバンッと叩きながら抗議するが、それでも彼は

動揺する素振りなど見せる気配が無い。

 あと、喋ってないのは僕だけなんだけど…。

 

「…よし、分かった」

 

 何か言うべきか迷っているところで、団長さんが重たい口を開いた。

 自警団のメンバー達は、揃って彼に注目を集める。

 

「ジウ、スギヤマ…それにケヴィンの3人には、その男と共に

スサンボ山へ出向き、護衛(ごえい)及び探索の手伝いをしてもらう」

 

 告げられたその言葉を、忘れないように頭の中で復唱する。

 昔から記憶力に多少の難がある僕に、自然と身に付いた癖だ。

 勿論、大事な話に限ってのことだが。

 

「ただし、出発は明日以降だ。 今からじゃ、すぐに出発したとしても

山の中で夜を迎える可能性が高いからな…」

 

 …なるほど。

 やはり、夜の山中は危険ということか。

 遭難(そうなん)してしまっては、元も子も無いことだしね。

 

 

 

 僕は今、警備所内の資料室と呼ばれる場所にいる。

 ミューレさんとガラナさんは、さっき下された団長さんの決断を

村の宿に居るというティルチさんへ伝えに…。

 そしてジウさんとケヴィンさんは、隣のガライブ村という所に

今回の(むね)を伝えに行っているらしい。

 

「……」

 

 待機室には団長さんが控えることとなり、僕は彼から

『ここは俺1人で充分だ』と告げられてしまう。

 1人ぼっちとなってしまった僕は、この小さな図書館みたいな部屋で

まだまだ不足している知識を補おうとしているわけだ。

 

 今手にしている本のタイトルは、『世界各地の神々と精霊』。

 その名の通り、世界各地の神々や精霊について色々と書かれている本だ。

 世界といっても、それはやはり、ここオルワディスに限るもののようだが。

 

「……」

 

 どうやら現在、この世界には代表的な十の神々が存在するらしい。

 『十和星(じゅうわせい)』と呼ばれる彼らは、この星の創造主である『ホロス』の力を

受け継いでおり、オルワディスの守護と繁栄(はんえい)に務めているという。

 

 『天帝(てんてい)』の異名を持つ『ヴェンゼス』は天界の統治者であり、

聖なる力の根源とされる存在。

 このフォーマスの国を始め、世界各地でもっとも信仰の厚い神だという。

 

 『才樹(さいじゅ)』の異名を持つ『パーキネクト』は生命力を司る存在であり、

邂逅(かいこう)の森』と呼ばれる場所にひっそりと棲んでいるらしい。

 幾度もの転生を繰り返した末、巨大な樹にその魂を宿したというが…。

 

 『華龍(かりゅう)』の異名を持つ『レイクリファ』は時の流れを泳ぎ渡ることが出来、

過去や未来へ自在に行き来することも可能なんだとか。

 世界各地で信仰されているが、特に『救世清国(きゅうせいしんこく)』という国では

非常に信仰が厚く、国の象徴と呼べる程の存在になっているらしい。

 

 『聖母(せいぼ)』の異名を持つ『チアス』は、かつて戦乱の世で名を馳せた

高名な修道士が転生した存在であり、慈愛(じあい)に満ち溢れた神であるという。

 天帝ヴェンゼスの母親だという説もあるらしいが、真実は定かではない。

 

 『賢王(けんおう)』の異名を持つ『アスバーン』は、十和星のリーダー的な存在。

 その知識は、この世の(ことわり)を全て網羅(もうら)していると云われており、

この星の行く末さえも、既に存じていると(ささや)かれている。

 

 『闘神(とうしん)』の異名を持つ『オルダンテ』は、賢王アスバーンが『惑星最強の

単体武力』と称する程の力を持つ、戦いの神。

 自らを最強と自負しながらも、更なる強さを求めて止まない存在だという。

 

 『和光(わこう)』の異名を持つ『ヒメカ』は、九の尾を持つ狐の姿をした神だという。

 幻惑術(げんわくじゅつ)を極めており、その気になれば、一国に住む全ての者を

一瞬にして術中に収めることも可能なんだとか…。

 

 『烈影(れつえい)』の異名を持つ『ノラングール』は、生と死の狭間にある

絶世空間(ぜっせいくうかん)』を管理する存在だという。

 死後の魂の行方を見守り、時には自ら裁きを下すこともあるらしい。

 

 『詩人(しじん)』の異名を持つ『コンコルディア』は、十和星の中でも異質な存在。

 様々な姿で人前に頻繁(ひんぱん)に姿を現し、自らが描いた絵画や伝奇などを

店や図書館などに勝手に置いていくこともあるんだとか。

 

 そして最後、『雪鬼(せつき)』の異名を持つ『ディグラシエ』。

 この神については、まだ謎が多く、これといった情報は記されていない。

 遥か南の果てにある『氷魔(ひょうま)大陸(たいりく)』に棲んでいるという話だが…。

 

 

 

 

 

 そんなこんなしている間に、とっぷりと日は暮れてしまっていた。

 ミューレさん達の報告によると、どうやらティルチさんの方は

いつでも出発する準備が出来ているとのこと。

 

 一方、ガライブ村へと報告に行った2人だが…応援の要請を

してみたところ、あまり良い返事は聞けなかったという。

 何でも、あっちの村の方でも、2人の子供が昨日から行方不明に

なっているという事件が発生しているらしいのだ。

 

「…まぁ、そういうわけだ。 どうやらこっちの件は、俺らだけで

何とかするしかないようだな」

「そうだね。 応援を待ってちゃ、いつになるか分からないし…」

 

 ケヴィンさんとジウさんが、共に真剣な表情で語り合う。

 『俺ら』の中に含まれる僕にしても、無論のこと、無視出来ない場面だ。

 

「出発は明日の早朝、すぐってことでいいんだよな?」

「えぇ。 ティルチさんは準備万端のようだし…村長さんから

馬車を借りる手筈も整っているわ」

 

 ケヴィンさんに問い掛けられ、ミューレさんが答える。

 どうやら、村から山までの道のりは、馬車で突っ切ろうという魂胆らしい。

 確かに、大した距離ではないにせよ、その方が時間の短縮になるし…

当然、体力の浪費を抑えることにもなる。

 

「後は、僕らの活躍次第ってことか…」

 

 ジウさんが引き締まった表情で呟く。

 もう既に、覚悟を決めているといった様相に思えた。

 …それ故、ちょっと不安に感じる面も。

 

「おい、ジウ。 言っとくけどな、今回の任務は飽くまで護衛と

探索の手伝い…下手な真似はすんなよ?」

 

 恐らくは同じ不安を感じたであろうケヴィンさんから、そんな言葉が出る。

 僕と彼の視線は、揃ってジウさんに集まった。

 

「もう…2人とも、そんな恐い顔しないでよ! ちゃんと分かってるって!」

 

 ジウさんはやや引きつった笑みで、僕らに言葉を返す。

 ちなみに僕のこの顔は、生まれつきだ。

 

 

 

 

 

 警備所の側にあるアパートの様な構造の建物は、僕たち自警団員の

居住スペースとして使われているらしい。

 僕も自警団員だし、家に帰れる状況でもなかったため、

そのスペースで寝泊まりさせてもらえることとなった。

 

「……」

 

 ベッドと机とロッカー以外には何も見当たらない、殺風景(さっぷうけい)な部屋。

 僕は支給された荷物をチェックし終えると、ボスンとベッドの上に座った。

 

 窓の外からは、綺麗な星空が見渡せる。

 村の人々にとっては当たり前の光景かもしれないが、僕にとっては

思わず見惚れてしまいそうになるぐらいの美しさだ。

 

「……」

 

 例の患者さんには、この星空はどんな風に映っているのだろう?

 ふと、そんなことを考えてみた。

 もっとも、どんな病気なのかを詳しく知らない今の僕では、

想像するだけ無駄というものだろうが。

 

「……」

 

 病気…か。

 そのキーワードを聞くと、思い出せずにはいられない人物が1人いる。

 僕にとって、かけがえのない友人の1人である。

 

 彼は残念ながら、星空を見ることは出来ない。

 ずっと――ずっと前から、意識を失っているのだから。

 遷延性(せんえんせい)意識障害…。 俗に、植物状態といわれるやつだ。

 

「……」

 

 僕も何しろ、脳に腫瘍(しゅよう)を抱えている身だ。

 いつその様な状態に(おちい)っても、理不尽とは言えまい。

 まぁ、その時はその時…と思うしかないんだけど。

 

「…さてと」

 

 何はともあれ、明日を控えている身だ。

 ランプの明かりを消し、静かに体を横たえる。

 真っ暗闇の空間で、1つ大きく深呼吸をした。

 

 

 

 

 

 太陽が昇り始める頃、僕たちは行動を開始した。

 まずは近くにある宿屋に出向き、ティルチさんと合流。

 次に村長さんの家へと出向き、馬車へと乗り込んだ。

 馬車の運転役は、ラッセルという若い男性だ。

 

 こうして僕たちは村を出発し、目的地スサンボ山を目指す…。

 ここまでの過程は、(とどこお)りなく進んでいる様子だ。

 

「ところで、じいさんよ。 その精霊が祀られた祠っていうのが

山の何処ら辺にあるか、分かってんのか?」

 

 薄い布が張られただけの屋根がある座席で、ケヴィンさんが口を開く。

 しかし薄いとはいっても、魔力を用いた特殊な加工がしてあるらしく、

見た目より丈夫で、雨水もよく弾くんだとか。

 

「まぁ、大体の場所はな…。 この書物が正しければ、

山の頂上付近にあるということじゃが…」

 

 ティルチさんは古びた巻物を広げ、その文面を見ながら答える。

 そこには、日本語でも英語でもない、象形文字の様なものが

ずらりと並び、紙を埋め尽くしている。

 僕では、とても解読出来そうにない。

 

「頂上付近かぁ…じゃ、結構歩かないとね」

 

 ジウさんが、同じくティルチさんの巻物の文面を見ながら呟く。

 その表情から察するに、彼女もちんぷんかんぷんな様子だ。

 

「そういや、じいさん。 村に来た時は、テドラ山の方を通ってきたのか?」

「あぁ、そうじゃよ。 隣の山には、山賊が出るという話を聞いたからのう…」

「変な怪物に出くわしたりしなかった?」

 

 ケヴィンさんの質問に答えたティルチさんに、ジウさんが

立て続けに質問を投げかける。

 変な怪物というと、あの蛙の化け物のことだろうか? それとも…。

 

「別に、何も見かけとらんよ。 ただ…」

 

 ティルチさんは言葉を詰まらせ、何か考え込むような仕草を見せる。

 沈黙は十秒近く続いたが、やがて彼は再び口を開いた。

 

「あの山には、とても危険な匂いがする…。 なるべくなら、

もう近寄りたくはない場所じゃのう」

「……」

 

 淡々と喋っている様にも見えるが、その顔からは本気で

近寄りたくないんだという空気が、否応なく(にじ)み出ている。

 何を理由に『危険な匂い』を感じ取ったのかは知らないが、

彼の意見はしっかり胸に留めておくべきだと感じた。

 

「それって、やっぱり…ドノブイ?」

「かもしれねぇなぁ」

 

 ジウさんの小さな声に、ケヴィンさんが相槌を打つ。

 ドノブイ。

 テドラ山に棲むといわれる、恐るべき力を持った『暗黒獣』。

 

 しかし、これまでに聞いた話の限りでは、その獣によって被害を受けた

人の数はそれ程多くなく…ここ近年では、その姿を見た者さえいない。

 奴は既に、死んだか他の土地に移動したのではないかという意見が、

村民の間からもちらほら出ているらしい。

 

「……」

 

 しかしながら、それでもあの山に登ろうという者は、滅多にいない。

 仕方のないことだろう。

 古くからの(いまし)めというものは、こういった人の行き来が少ない場所では、

その効力が倍増されてしまう傾向にある。

 

 

 

 

 

 さしたる障害もなく、僕らはスサンボ山へと到着する。

 隣にそびえるのは、テドラ山。

 僕の『この世界』が始まった、忘れようにも忘れられない場所である。

 

「ふ~っ、着いた着いたぁ」

 

 ジウさんが意気揚々と馬車から降り立つ。

 それにしても、いくら隣り合ってるとはいえ、入る山を間違えてしまうとは…。

 かなりのうっかり者と言われても、仕方あるまいぞ。

 

「…今日も、暑くなりそうだな」

 

 続いて馬車から出たケヴィンさんが、顔を出した太陽の熱光線に

手をかざしながら、憂鬱(ゆううつ)そうに呟く。

 本日の気温は…どれくらいだろう?

 真夏日と表現してもおかしくないレベルの熱量かもしれない。

 

「あぁ。 1人で降りれますよ。 ご心配なく」

 

 ケヴィンさんの気遣いに対し、そう断って馬車を出るティルチさん。

 考えてみれば、遠い国から遠路はるばるこんな場所までやって来たのだ。

 見た目以上にタフな男なのかもしれない。

 

「なるべく早く戻って来るつもりだが、もし日が暮れても

誰も戻って来ないようなら…」

「…承知致しましただ」

 

 最後に降りた僕の耳に、ケヴィンさんと運転手のラッセルさんが

真剣な面持ちで話し合う声が聞こえてくる。

 あらゆる事態を想定しておく…リーダーには自ずと求められる心構えだ。

 

「緊張してる? スギヤマくん」

「…少し」

 

 ポンッと肩を叩くジウさんに、支給されたばかりの剣の柄を

その感触を確かめるように握り締めながら答える。

 僕の体格に合わせた、中々に大振りな剣だ。

 

「大丈夫! いざとなったら、この僕もいることだしね」

「…そうですね」

 

 ジウさんとケヴィンさんが持つ剣のサイズは、大体同じくらい。

 体格を踏まえれば、ケヴィンさんが適当であり、ジウさんからすると

やはり大きめなサイズに思えてならない。

 だが、昨日の訓練の様子を見れば、心配する必要も無いだろう。

 

「おし、出発するぞ。 準備はいいか?」

「オッケー!」

「…参りましょう」

 

 ケヴィンさんを先頭に、僕たち4人は山の中へと突入する。

 山賊団の縄張りであるという、このスサンボ山…。

 果たして、何が待ち受けていることやら。

 僕は自身の警戒レベルを上げるスイッチを密かに入れ、足を踏み出した。

 

 

 

 

 

 

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