隣のテドラ山と違い、最近でもよく人が行き交うこのスサンボ山では、
ちゃんとした山道が整備されているようだ。
とはいえ、僕らはその道を使うわけにはいかない。
理由は2つ。
まず、目的地となる山の頂上付近にまでは道が続いていないこと。
そしてもう1つは、そこを通るとなれば…山賊たちの格好の餌食となる
ことが、容易に予測されるためだ。
「……」
ジウさんやケヴィンさんには慣れ親しんだ山であるようだが、
それでもやはり、道無き道を進むのは楽なことではない。
更に山賊たちが潜んでいるとなると、より慎重に歩みを進めねば…。
そんなに大きな山ではないにせよ、これでは予想以上に時間が掛かりそうだ。
昨日の内に出発していたら、確実に夜を迎えていたことだろう。
今更ながら、団長さんの判断が適切であったことを思い知る。
「ねぇ、ケヴィン。 途中まではさ、ちゃんとした道を通ってもよくない?」
前から2番目を歩くジウさんが、先頭のケヴィンさんに話しかける。
ちなみにティルチさんが3番手で、僕は最後尾。
背の高い者が後ろに並ぶことは、どんな世界でも理に適っているらしい。
「駄目だ。 山賊共に目ぇ付けられたら、どうすんだよ?」
「そん時はそん時だよ。 バーンッとやっつけちゃえばいいじゃない」
「お前なぁ…」
相も変わらず戦闘意欲を燃やすジウさんに、ケヴィンさんは呆れ顔。
彼女が『そん時』が来るのをむしろ待ち望んでいることは、僕にも想像が付く。
理屈では分かっているのだろうが、やはり抑え切れない部分がある様子だ。
「……」
手口は極めて乱暴で身勝手なもののようだが、幸いにも
まだその件で死者は出ていないらしい。
とはいえ、死んでもおかしくない程の傷を受けた者も少なくないらしいが…。
それは情けというより、下手に騒ぎを大きくして、自分たちに
何かしでかすであろう者が出ることを防ぐため…という見解が強い。
そういったずる賢さが余計に気に
「全く、あいつらってば…出会ったら、タダじゃおかないかんね」
さっきからジウさんが、ブツブツとそんな台詞を呟いている。
ケヴィンさんはそれが聞こえてないのか、あるいは聞こえているが
無視しているのか、黙々と歩みを進めている。
「……」
ちょっと気まずい空気が流れる中、それでも一行は
着々と山の頂上付近へと近付いている。
このまま、何事もなく辿り着ければいいが…。
山の中腹辺りまで来たと思われる所で、僕たちは休憩を取ることにした。
ケヴィンさんもジウさんも汗だくで息を切らしているようだが、ティルチさんは
案外、そう疲れてもいない様子である。
「ほう…そのような事情がありましたか」
木陰で水分補給をしながら、僕とティルチさんは言葉を交わす。
話の流れから、僕は自分の今の
さして驚いた様子もないが…その辺はやはり、年の功か。
「すみませんな。 まだ、仕事にも環境にも慣れていないじゃろうに…
こんな年寄りの我が侭なんぞに付き合わせてしまって」
申し訳無さそうに語るティルチさんの肩に、ヒラリと木の葉が1枚落ちる。
ふと視線を上げると、枝に止まった2匹の小鳥が、仲良く連れ添いながら
こちらを興味ありげに見つめていた。
「…いえ、構いませんよ。 こういう時は、何かやらなきゃって思うことが
ある方が、余計な不安を抱かずに済みます」
僕は小鳥たちからティルチさんへと視線を戻し、自分の考えを述べる。
その辺りは、持ちつ持たれつの関係…。
何事も、要は捉え方次第だ。
「……」
「……」
彼の糸の様に細い目が、僕をジッと睨んでいる。
何かを見定められているるような感覚に、僕は少しかしこまった。
「あんたからは、不思議なものを感じるのう…」
「えっ?」
しばしの沈黙の末、彼から飛び出した言葉に首を傾げる。
意味深なその言葉の続きが気になり、僕は自然と前のめりになった。
「単に、異国の者だからというわけではない。 もっと何か…
何かを宿しているような…そんな気がしてならん」
「……」
そこにどんな意味が隠されているかは分からないが、それが彼の
本音の部分から出た言葉であろうということは、なんとなく分かった。
だが、僕はその言葉に対して特に何も答えることは出来ず、
ただしばらくの間、ボーッと彼の顔を見続けているだけだった。
「そろそろ、頂上が見えて来たぜ。 おい、じいさん! 探してる
精霊の
「ふ~む…」
ケヴィンさんに尋ねられ、ティルチさんは今一度、例の巻物を広げる。
僕は彼の様子を見守りつつ、側にあった木の幹に背中を預けた。
「この
塞いであるそうじゃから、見かければすぐに分かるじゃろう」
ここまでの道中で、最近のものと思われる焚き火の跡が3つあった。
やはり、何者かが山に潜んでいるのだ。
山賊なんて存在はちょっと想像し難いものがあったが、段々とそれが
現実味を帯びてきた感じがする。
「…そうか。 よし、石の扉を探すぞ!」
「お~っ!」
ケヴィンさんの号令に、ジウさんが拳を上げて賛同の意を示す。
拳こそ上げないが、僕も勿論、その
「この辺りは、高い崖がずっと続いているようだな…。
穴掘って祠を造るにゃ、持ってこいの場所だ」
ほとんど垂直に切り立った山肌に手を当てながら、ケヴィンさんが呟く。
崖の高さは、ざっと見ても7~8メートルはあるだろう。
これなら確かに、巨大な空洞を掘ったとしても、問題は無さそうだ。
「しかしよぉ、何でまたその精霊の祠に、龍族の骨なんか置いてあるんだ?」
彼は振り返り、背後を歩くティルチさんに尋ねる。
いつの間にか、列の順番が入れ替わっているようだ。
ティルチさんが2番目、ジウさんが3番目を歩き…僕は最後尾のまま。
「バラカは龍族の中でも小柄で、ブレスなど、龍族特有の攻撃手段にも
乏しかったらしい…。 しかしその分、精霊術の扱いには長けていたようじゃ」
ケヴィンさんの質問に、彼は淡々とした口調で答える。
『バラカ』というのは確か、昔この地に住んでたっていう龍族の名前だ。
『精霊術』というものに関しても、少しは学習している。
簡単に言えば、精霊の力を借りて唱える術のことだ。
この世界における、いわゆる『魔法』と呼ばれるものの一種であり、
他にも『
「人間と接触したという記録は残っておらんがの。 その術の力にあやかり、
精霊を祀る祠にその骨を置いたとしても、不思議はないのぉ…」
「……」
人間、強大な力…そして自分が持ち得ないであろう力を
持つ者に対しては、畏敬の念を抱いてしまうものだ。
その辺りの感覚は、いつの世も変わらぬものらしい。
「わ~っ、でっかい扉」
「って、動くのか…? これ」
崖に沿って歩みを進めていくと、やがてそれらしき物が見つかった。
縦横それぞれが3メートル程はある、1枚の四角い石の扉。
厚さも結構なもので、見るからに重そうだ。
「みんなで一緒に押せば、なんとかなるよ!」
「…だといいんだがな」
ジウさんの意見を信じ、僕らは扉の側面へと集合する。
ティルチさんは来てくれないみたいだけど、まぁお年寄りに
力仕事を無理強いするわけにもいくまい。
「じゃ、いくよ。 せ~のっ!」
ジウさんの掛け声と共に、僕は力一杯扉を押してみた。
他の2人も、かなり懸命に力を入れてくれている様子。
が…まるでビクともしない。
おかしい。
いくら重たそうだとはいっても、ここまで微動だにしないのはちょっと不自然だ。
「……」
素材や扉の大きさを考慮すると、僕だけでもかろうじて動かせる
レベルのものだと思われるのだが…。
これは一体全体、どうしたことか。
尚も押しまくる僕たちではあったが、結果は同じ。
まるで、地面に接着剤でくっ付いてるかの如くな手応え。
このままでは、どうにも…。
「…んっ?」
ふと視線を下げ、自分の胸元を見る。
そこにあるあの『星』が、なんだかいつもより、輝きを増しているように見えた。
それと同時に、体に奇妙な感覚が現れ始める。
「ニムレザル…祠を守護する者よ」
僕の口から、僕のものではない言葉が放たれる。
その異様な気配を察してか、ジウさんとケヴィンさんがこちらに注目する。
僕はというと、意外に落ち着いた感情の中にいる。
「扉を開けよ…。 それは、来たるべき
その言葉を言い終えると同時に、僕はグッと力を込め、扉を押した。
すると巨大な石の扉は、まるでレールを滑るかのように、すんなりと動いた。
……
充分な位置まで扉を押した後、僕は手を放す。
みんな、どこか呆然とした顔で、そこにポッカリと現れた空洞を見つめている。
「…開きました」
一目
しかしながら、みんなノーリアクション。
何とも言えない空気が、この場を支配している。
「…では、お邪魔させてもらうとするか」
その空気を打ち破ってくれたのは、ティルチさんであった。
彼がゆったりとした足取りで祠の中に入っていくと、ジウさんと
ケヴィンさんは、ハッとしたようにその後を追った。
「…わっ!?」
シュボッという音がすると、暗がりに突然、明かりが
壁に取り付けられた
ジウさんは高速でまばたきをしながら、その炎を見据えていた。
「な、何で?」
「ほっほっ…どうやら、歓迎してくれるようじゃの」
無論のこと、僕らの内の誰かが火を灯したという様子は無かった。
だとすれば、何が要因となったのだろう。
「……」
それを突き止めるためにもと思い、僕は中の様子を観察してみた。
何より目を惹くのが、中央に置かれた台座の上にある、立派な像だ。
格好を取っている、銅製と
何処と無く、かの
「これが、地の精霊…?」
「あぁ。 多分、精霊王のイテブだろう」
僕が呟いた言葉に、ケヴィンさんが答えを添える。
精霊王…。 その名が示す通り、精霊を統べる王たる者。
昨日、資料室で読んだ本の中にも含まれていた情報だ。
「あの~。 もしかして、これ…」
背後からしたジウさんの声に振り返ってみれば、彼女は
入り口付近にある何かに目を留めていた。
それはどうやら、横に細長い棚のようなもので…。
そこにズラリ並べられた、何者かの頭骨と思われる物体。
人間の2倍程の大きさがあるそれは、爬虫類を連想させる形状だ。
「…ふむ。 保存状態も悪くないのぉ」
その1つに手を触れながら、ティルチさんが満足そうに呟く。
どうやらこれが、お目当てのバラカの骨ということらしい。
呆気ないと言えば、呆気ない発見であった。
「では1つ、失敬させてもらうとするかの…」
彼は背負っていた大きな
その中にバラカの骨を1つ、ひょいっと投入する。
「よし…っと。 これで、目的は果たせましたな。
皆さん、ご協力感謝致しますぞ」
骨を入れた籠を背負い直すと、彼は小さく頭を下げ、僕らに礼を言った。
これで任務達成…というわけか。
ちょっとした安堵感が心に芽生える。
「へへっ、どういたしまして」
「ま…意外にすんなりと見つかったな」
ジウさん、ケヴィンさんが微笑みを浮かべ、場に
――とはいえ、安心するのはまだ早い。
僕らはまだ、山賊たちの縄張りの中にいることに変わりはないのだ。
それは、祠を出てから間も無くのことであった。
傾斜のある岩場を挟んだ、その奥の方。
緑が生い茂る森林地帯から、モクモクと白い煙が立ち昇っている。
「…誰か、いるのか?」
ケヴィンさんの呟きに、そう考えるのが妥当でしょう、と心の中で呟き返す。
さて、問題はそれが何者かであるという点だが…。
時と場所を考えれば、嫌な想像もしておかねばならないだろう。
「どうします?」
「どうするっつったってなぁ…」
僕の問い掛けに、ケヴィンさんは頭に手をやり、難しそうな顔をする。
答えが山賊であると決まっているなら、彼は間違いなく
無視して山を下りる決断を下したであろう。
しかし、そうでない場合も当然考えられるわけで…。
「…僕、ちょっと様子見てくるよ!」
「えっ? お、おい、ジウ!?」
僕らの会話など気にせずといった感じに、ジウさんが突然駆け出した。
彼女はピョンピョンと飛び跳ねるように岩場を越えながら、
凄い勢いで斜面の下へと向かっていく。
「ちっ、あんにゃろ…!」
ケヴィンさんが慌てて後を追うような姿勢を取るが、一歩足を
踏み出したところで、僕らを振り返る。
彼の心情を察した僕は、口と体を同時に動かしていた。
「――僕が後を追います」
そう告げると同時に、手近にあった岩へと跳び移る。
そして、瞬時に次の足場となる岩を見極め、そこへと跳び移る。
この繰り返しを出来るだけ
しかし、僕が岩場を駆け下りきった時、既に彼女の姿は見当たらなかった。
迷わず、彼女が突入したであろう森林地帯へと足を踏み入れた。
極力音を立てぬように注意を払いながら、その姿を追い求める。
「…ジウさん」
「しっ! 静かにして」
彼女は身を屈め、茂みの中に隠れるようにして向こうを見ていた。
僕に気付くと、人差し指を唇に当て、黙るようにと命じる。
「……」
体勢を低くし、そそくさと彼女の傍らへと駆け寄る。
彼女の眼光の先を辿れば、静かにしろと言われた理由が判明した。
そこには、焚き火を囲むように座る3人の姿が見える。
その
耳と鼻が尖がり、口は裂け、黄土色の肌…。
「今度は、間違い無さそうだね」
身長は、いずれも150cm未満だろう。
ゴブリンという種族は人間よりもやや小柄な体格をしているという情報が、
昨日読んだ本の中に含まれていた気がする。
『彼ら』は確か、メンバー全員がゴブリンによって結成されているという話だ。
となると…そういうことにもなってくる。
いや、まだ確証は持てないが。
「ジウさん」
「…分かってる。 無茶はしないよ」
そう言いながらも、肩を小刻みにブルブルと震わし、彼女は
感情の
僕はいざという時に備え、いつでも彼女を止める心構えをしておく。
「……」
3人と焚き火を挟んだ向こう側には、赤茶色の布で出来た
テントの様なものが、全部で4つ並んでいる。
1人につき1つが割り当てられていると仮定しても、少なくとも
あと1人は、『住人』がいる計算となるわけだが。
「あの…山賊団というのは、全部で何人いるんですか?」
「分かんない。 でも、少なくともあと1人…」
ジウさんが僕と同じ答えを言ったところで、ハッとする。
そういえば、
あの中には、女性と思われる人物はいない。 多分。
「…んっ?」
その時、ブ~ンという何かの羽音のようなものが聞こえてきた。
こんな羽音を立てる生き物といえば、ハエかカナブン…もしくは。
「わわわっ! ハチ、ハチ、ハチだよ!?」
その生き物の正体を見破ったジウさんが、かなりパニクった様子で
行動爆発とは、生物が何かしらの危機に面した際、闇雲に体を動かして
どうにかしようという習性で…って。
「誰ダ! そこにいやがるのは!」
当然のことながら、彼らは僕たちの存在に気付いてしまったようだ。
それぞれ武器らしきものを手にすると、険しい顔つきをしながら
一斉にこちらへと歩み寄ってくる。
「あ~もう…こうなったら、仕方ないや!」
僕が対応に迷う中、ジウさんは意を決したように茂みから飛び出した。
3人がその姿を見て戸惑いを見せている間、彼女はもう
その内の1人に向かって足を踏み出していた。