OLWADHIS ~異世界編~   作:杉山晴彦

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第9話 モンリー山賊団

 

 

 

 

 

「ギィッ!?」

 

 ジウさんが繰り出した剣撃を、ゴブリンは持っていた棍棒で受け止める。

 鍔迫(つばぜ)り合いは、ジウさんの方がやや優勢な様子だが、ゴブリンの方も

まだ何とか持ち(こた)えている。

 

 仲間の危機を見て、残る2人のゴブリンが同時にジウさんへと襲い掛かる。

 彼女は鍔迫り合いを止め、2人に視線をやるが…若干の隙が生じた。

 あれでは、双方の攻撃どちらにも対処するのは難しいだろう。

 

「ガァッ!?」

「グッ…!」

 

 そんなわけで僕は、一方に回し蹴り、一方に掌底(しょうてい)を叩き込んでやる。

 ジウさんへと注意が向いていたため、攻撃を当てるのは比較的容易かった。

 小柄な体格の彼らは、呆気なく数メートル程吹き飛ぶ。

 

「何の騒ぎダ!」

 

 残る1人に視線を移したところで、叫び声と共に、新たに2人のゴブリンが

テントの中から飛び出してきた。

 吹き飛ばされた2人のゴブリンも、素早く体勢を立て直し、武器を構える。

 

 ……

 

 ジウさんの方は、先程のゴブリンとまた交戦状態に突入した模様。

 つまり、こちらとしては4対1の状況となる。

 いかに体格の差はあれど、どう戦うべきか、少し迷うところだ。

 

「――何処見てやがる! おらッ!」

「ギィッ!?」

 

 威勢の良い掛け声と共に、林の方からケヴィンさんが姿を現した。

 手にした剣を一気に振り下ろすが、ゴブリンは俊敏にその攻撃をかわす。

 

 ……

 

 2人は睨み合ったまま、その場から動かない。

 ケヴィンさんがチラリとこちらを見て、険しそうな表情を見せる。

 こちらも、そう簡単には片付かない気配だ。

 

「まずは、このデカブツから仕留めるぞ!」

 

 1人のその叫び声が上がると、3人のゴブリンが一斉に臨戦態勢に入る。

 それぞれ手にしているのは、棍棒、ナイフ、小振りな斧…。

 僕は迂闊(うかつ)に動かず、その場に立ち尽くした状態のままで状況を見極める。

 

「……」

 

 3人は正三角形を作るように僕の周りを囲み、ジリジリとその距離を詰めてくる。

 そして、頃合いと見た瞬間――動き出した。

 

 実に息の合った一斉攻撃だ。

 これでは、凶器が触れるのはほぼ同時…。

 どれか1つを(さば)いても、無事でいられる保障は全く無い。

 ならば、やれることは1つ。

 

「ギャッ!」

「ガッ!」

「グウッ!?」

 

 3人の体は吹き飛び、それぞれの方向へと転がり込む。

 1人は衝撃で武器を手放してしまった様で、小振りな斧が地面に転がった。

 

 ダブルラリアット。

 両腕を広げ、軸を中心に回転し、周囲の敵を一気に薙ぎ払うプロレス技だ。

 まさか、実戦で使う場面があるとは想像していなかったが…。

 

 

「ギッ…!?」

 

 転がり込んだ1人、ナイフを持ったゴブリンに猛然と近付き、

首の後ろに手刀を叩き込んだ。

 彼は白目を剥き、ガクリと頭が垂れ下げる。

 

「グハッ!」

 

 続いて、棍棒を持ったゴブリンに駆け寄り、鳩尾(みぞおち)に拳を突き入れた。

 こちらも見事に決まったようで、彼はグッタリと気を失ってしまう。

 

 こういった当て身技は、全て見様見真似のものだ。

 何しろ、知り合いにこういった技術の達人がいるものだから…

勉強の機会には事欠かない。

 

「危ねぇッ!」

 

 残るは1人と気をやった瞬間、ケヴィンさんの叫び声が聞こえてきた。

 僕が反射的に体を動かした刹那、そこに一筋の太刀が通り過ぎた。

 

 

「……」

 

 そこにいたのは、日本刀らしき武器を構えたゴブリン。

 目の周りには何か黒い塗料が塗られているようで、

彼のその眼光の鋭さを一層際立たせている。

 

 ――彼は、一味違う。

 直感的にそう感じるものがあった。

 僕はその鋭い眼光を真っ向から受け止めつつ、鞘から剣を引き抜く。

 

「頼むぜ、ゾリル! こいツら、結構やりやがる」

「…そのようダな」

 

 僕に一斉攻撃を仕掛けた3人組の1人が、慌てて彼の元に駆け寄る。

 短く言葉を交わした後、そのゴブリンは逃げるように

奥に見えるテントの方へと走り去っていった。

 

「――スギヤマ! そいつを逃がすな!」

 

 ケヴィンさんはそう叫ぶと、日本刀を持ったゴブリンに突っ込んでいく。

 直後、ギィンッと金属音がし、2人の剣がぶつかり合う様が見てとれた。

 

「こいつは、俺が引き受ける!」

「……」

 

 迷っている暇は無さそうだ。

 僕はケヴィンさんの身を案じながらも、言われた通り、

逃げ出したゴブリンの後を追う。

 

 後方からは、剣と剣がぶつかり合っているであろう音が

立て続けに聞こえてくる。

 早く、彼の加勢に駆け付けないと…。 気持ちに焦りが生じる。

 

「…ギッ!?」

 

 逃げ出したゴブリンがテントの中に入り込もうとした、正にその瞬間。

 こちらを振り返った彼の顎を右ストレートで打ち抜き、間髪入れずに

左の膝蹴りでトドメを加える。

 

 僅かにフワリと宙に浮いた彼の体が、崩れ落ちるように地面に落下する。

 手加減はしたが、確実に気は失っているだろう。

 一仕事を終えた僕は、当然の如くケヴィンさんの方へと目をやる。

 

「ぐわぁッ!」

 

 そこに映った光景に、僕の思考は一瞬凍り付く。

 ゾリルと呼ばれたあのゴブリンが放った斬撃が、

確実に彼の肉体を捉えていたのだ。

 

 血飛沫(ちしぶき)を上げるケヴィンさんに追い討ちをかけるように、

ゾリルは素早い連続攻撃を仕掛けていく。

 その攻撃をどうにか捌きながらも、彼は徐々に後方へと追いやられている。

 

「――ッ!」

 

 まずい。

 彼のすぐ後ろには、急勾配(きゅうこうばい)の斜面がある。

 彼はまだ、そのことに気付いていない様子だ。

 

 僕が全速力で駆け付ける中、それを嘲笑(あざわら)うかのように

ゾリルは、隙を見せた彼の腹部へと前蹴りを叩き込んだ。

 

「げほ…ッ!」

 

 (うめ)き声を漏らしたケヴィンさんの体が、急勾配の斜面へと(おど)り出る。

 やがて重力に従い、彼の体は僕の視界からフェードアウトしていった。

 

「うおォオッ…!?」

「ケヴィンッ!」

 

 彼が斜面を転げ落ちていく音がし、ジウさんが急いで現場へと駆け付ける。

 僕も何とか彼の落下地点を探ってみようとしたが、木々に覆われていて

斜面の下の方の様子はよく分からない。

 

「こいつッ…!」

 

 ジウさんが怒りに身を震わせ、ゾリルへと剣を向ける。

 彼は特に動揺も見せぬままに、静かに己の剣を構え直した。

 

 

「……」

「スギヤマくん…?」

 

 隙を狙い、彼の背後から振り下ろそうとした剣をピタリと止める。

 いくら仲間をやられたとはいえ、こうして背後から奇襲を掛けるということに

少しばかりの躊躇(ためら)いがあったのかもしれない。

 そして、多分――人を斬るという行為自体にも。

 

 ゾリルはクルッと身を(ひるがえ)し、僕の方を向いた。

 その目からは何か、殺気以外のものが感じ取れる。

 僕はしばしの間、彼と視線を交錯させた。

 

「ジウさん」

「な…なに?」

「この場は僕に任せて、ケヴィンさんの様子を見に行って下さい」

 

 睨み合いを続けたまま、彼の肩越しに見えるジウさんに懸案(けんあん)を出す。

 ゾリルは、背後にいる剣を持った少女を全く気にする様子もない。

 しかし、迂闊に仕掛ければ、彼女が返り討ちに遭うのは間違い無いだろう。

 

「で、でも…!」

「お願いします」

 

 うろたえる彼女に、僕は有無を言わさぬ口調で言い放った。

 それでも渋い顔つきをする彼女であったが、やがて小さくコクリと頷いた。

 

「分かった。 でも…絶対、無茶はしないでね」

「了解しました」

 

 意を決した彼女が、戦場から走り去る。

 それでもゾリルは、僕の方から一瞬足りと目を外すことはなかった。

 彼女のことなど、まるで眼中に無いと言うのか。 それとも…。

 

 

「これデ、邪魔者はいなくなッタな」

 

 彼女の足音が遠ざかっていくと、彼は静かにそう言い放った。

 初めて聞く彼の声色には、冷淡さと厳格な雰囲気を感じる。

 

「お前…名前は?」

「杉山榛名といいます」

 

 正直言って、『山賊』という言葉からイメージされるようなものが

彼からは全然感じ取れない。

 周囲に倒れている他のゴブリン達とは、どうも何かが違う。

 

「俺は、ゾリル。 …お相手願おうか」

 

 スウッと彼が僅かに足を開き、構えを整える。

 手加減する気など、微塵も無い。

 本気で()ろうという気概(きがい)が、全身から漂っている。

 

「……」

 

 それにしても、何故だろう?

 僕はまだ、剣術など昨日始めたばかりの身だというのに…。

 何が彼の琴線(きんせん)に触れたというのだろう。

 

 いずれにせよ、逃がしてはくれそうにもない。

 そして、逃げる気もない。

 ならば…彼の本気に、僕も応えてみるまでだ。

 

 

「……」

「……」

 

 お互い、臨戦態勢に入っていることは理解している筈。

 だが、彼は中々仕掛けては来ない。

 さっきのケヴィンさんとの戦闘では、あれだけ猛烈な

連続攻撃を仕掛けていたというのに…。

 

 

 そして、更にしばらくの沈黙が続いた後、彼はなんと、刀を鞘に納めてしまった。

 とはいえ、その殺気が途絶えたわけではない。

 もしや、抜刀術(ばっとうじゅつ)…というものだろうか?

 

 いわゆる『居合い抜き』と呼ばれる技は、何と言っても

その素早い剣速が最大の特徴である。

 鍔鳴(つばな)りがした瞬間、既に相手の命は無い…。

 達人級の腕の持ち主ならば、本気でそれぐらいに脅威な技だと聞く。

 

「……」

 

 しかし、武器を鞘に納めてしまっている以上、無防備なことに変わりはない。

 慎重に相手の挙動を見極めていけば、案外、あっさりと

深手を負わせることも可能かもしれない。

 

 

 僕は心を決めると、緩やかな足取りで彼との距離を詰める。

 大丈夫…。 リーチの長さでは、明らかにこちらに分がある筈だ。

 自分の間合いと判断した位置に歩を進めると、僕は剣を振り払った。

 

 初弾はあっさりと回避されるが、僕はすかさず追撃を放つ。

 ほとんど力を入れていないため、途切れることなく攻撃は続けられる。

 が…無論のこと、それではヒットしても大したダメージは期待出来ない。

 

 

 フェイントから、本気の攻撃にスイッチを切り替える瞬間。

 僕は慎重に、そのタイミングを窺った。

 一瞬でいい…。

 一瞬の隙があれば、充分だ。

 

 リーチの差を考えれば、僕の攻撃の方が先に届くのが道理…。

 悪くても、相討ちにはなるだろう。

 

「…ギッ」

 

 ――その時が訪れた。

 地面の出っ張りにでも引っ掛かったのか、彼の体勢が僅かに崩れ、

視線が下方へと外れる。

 僕は本気の斬撃を、彼の右上空から放った。

 

「…えっ」

 

 振り下ろされた剣から、手応えは伝わってこなかった。

 彼の姿が、前方からまるで僕の体を通り抜けるかのように移動したのが見える。

 ――直後、腹に鋭い痛みが走った。

 

 思ってた以上に…速い。

 傷口から血が溢れ出す光景を目にしながら、素直にそう思った。

 しかし、(うれ)いている場合ではない。

 

「ッ…!」

 

 僕はすぐさま体を捻転(ねんてん)し、そこにいるであろう標的に剣を振るった。

 狙いは正確であったが、彼は見事にその攻撃を受け止めてみせる。

 しかし、それを予期していた僕は、剣と剣が交差する間際、

己が持つ武器から手を放していた。

 

 今思えば、さっき見せたあの隙は、フェイクだったのかもしれない。

 ――だが、今度こそ本物の隙に間違いない。

 これを逃せば、挽回はかなり難しくなるだろう。

 

「ガッ…!?」

 

 今の状態からもっとも素早く繰り出せる攻撃。

 頭蓋骨に鈍い衝撃を覚えるが、相手が受ける衝撃は

その数倍以上と予測される。

 

 鋼の頭骨とも噂される僕の頭突きを受け、ゾリルはガクッと

膝が崩れ落ちそうな程の状態となっている。

 彼の脳の揺さぶりが治まらぬ内、次の手を打つ。

 

「ギハッ…!」

 

 脇腹への強烈なボディーブロー。

 攻撃の勢いを生かし、側面へと回り込む。

 そして、トドメとなる手刀を首の後ろに叩き込んだ。

 

 ……

 

 刀がカランと地面に落ち、その後を追って、彼の体が崩れ落ちる。

 これにて、勝負あり――。

 頭の中に自然とそんな言葉が浮かび、僕は張り詰めていた神経を緩めた。

 

 

 

「スギヤマくん!」

 

 周囲の様子にざっと目をやっていると、ジウさんが駆け付けて来た。

 あちこちに倒れるゴブリン達を気にしながら、彼女は僕の元に辿り着く。

 

「…ケヴィンさんは?」

「ティルチさんに看てもらってる。 そんなに酷い怪我じゃない

みたいだから、大丈夫だよ」

 

 ジウさんの言葉を聞き、ホッと胸を撫で下ろす。

 さて、となれば…次に僕らは何をすべきか。

 

「って、君の方こそ! それ…大丈夫なの!?」

 

 彼女の視線の先を辿れば、そこにはダラダラと血を流している僕の腹部。

 今更だが、ズキズキと痛みが生じてきた。

 

「大丈夫です。 そんなに深い傷ではありません」

 

 少なくとも、内臓まで達している感じはしていない。

 でも、出血の量はそれなりだから、早いとこ止血しないと…。

 僕は手荷物の中から、サッと包帯を取り出した。

 

「僕が巻いてあげるよ。 ジッとしてて」

「…すみません」

 

 やや不器用な手付きでありながらも、彼女の手によって

グルグルと順調に包帯は巻かれていく。

 そして巻き終わったかどうかという場面で、僕はある気配に気付いた。

 

「よし…っと。 こんなもんかな?」

 

 さっき山賊の1人が駆け込もうとしていた、奥に見えるテント。

 その中から、何者かがゆっくりと姿を現した。

 

「えっ…?」

「――おやおや。 随分、派手にやッテくれタもんダねぇ」

 

 その落ち着いた低い声に、ジウさんも慌ててそちらを振り向く。

 テントの外に出た『彼女』が、のそりとその場に立ち上がる。

 その身の丈は、(ゆう)に2メートル近くはあった。

 

 膨らんだ胸から察すると女性。

 そして、それ以外の特徴を見ると、恐らくは彼女もゴブリンの1人。

 更に状況を踏まえれば、山賊の一味と思われ…。

 

「モンリー!」

 

 要素を重ね合わせて導き出した結論は、ジウさんの口から飛び出した。

 彼女こそ、この山賊団を束ねる存在。

 そして、一連の騒動の元凶と思われる人物だ。

 

「あんタらみタいなのにやられチまう、こいツらもこいツらダが…。

まぁ、遊んデもらッタ礼はさせテもらわないトね」

 

 あちこちに倒れる仲間の姿を無表情に見回した後、彼女は言い放つ。

 その手に握られているのは、巨大な木槌(きづち)と思われる武器。

 餅つきに使う(きね)とよく似た形状をしている。

 あの、ペッタンペッタンとするやつだ。

 

 振り回すのにはかなりの腕力を要しそうだが、彼女のあの

太く引き締まった腕ならば、問題は無いだろう。

 全体的にも、筋肉隆々(りゅうりゅう)のかなり良い体格をしているようだ。

 

「……」

「……」

 

 2対1の状況ではあるが、とても油断は出来そうにない相手。

 僕とジウさんはアイコンタクトを交わし、ひとまずは相手の出方を窺うことにする。

 

「ん~、こんダけ派手にやらかしタってのに…怖気付いタのかい?」

 

 モンリーは値踏みするように僕らに視線を這わせた後、

のんびりと首を傾げながらそう言った。

 その態度や口調からは、明らかな挑発の意図が読み取れる。

 

「ジウさん」

「…大丈夫」

 

 そういった挑発には弱そうな彼女であったが、まだ何とか堪えている様子。

 とはいえ、それが長続きする保障はない。

 もしもの時に備え、何かしら行動を起こせる準備をしておかないと。

 

「そんなら、こッチから行くトしようかね」

 

 モンリーが悠然とこちらに向け、歩みを開始した。

 これといった構えも見せず、慎重さもまるで窺えない。

 己の腕に自信を持ち…そして、相手の腕を卑下(ひげ)している様相。

 

「……」

 

 ゾリルと呼ばれていたあのゴブリンとは、また違ったタイプの殺気。

 自分と相手との間に、絶対的な境界線を引いている。

 僕は高まる心拍数に体が震えるのを感じ、剣の柄を握り直した。

 

 

 

 

 

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