IS 一夏がいない   作:稲穂焼き

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十五話

 鍵を閉めなかった俺が悪い。だが、中に誰かいませんかと、楯無さんはノックするべきだった。つまり、俺も悪いが楯無さんはもっと悪い。

 念のため鍵を閉めてから、スーツを脱いで服を素早く着た。

 所で、ISスーツって洗っていいんだよな? そのまま繰り返して使用とか汚いもんな?

 

 脱衣所から出ると、楯無さんは俯せでベッドの枕に顔を埋めていた。恥ずかしいんですね、わかります。そしてやっぱりジャージ着てる。動きやすいからいいよね。

 

「楯無さん楯無さん」

 俺は自分のベッドに腰かけて、楯無さんの名前を二度呼んだ。

 楯無さんはビクッと一回だけ震え、こちらをチラリと一瞥。なんだこの可愛い生き物。飼ってもいいかな? ちゃんと世話するから! ヤバい……このままじゃ、俺はころっと落ちそう。

 

「脱衣所、空きましたよ」

 

「…………」

 返事がない。これはあきませんわ。

 

「よかったら、運びましょうか?」

 一つの提案。これなら拒否しても自分で行くように誘導出来る。

 そして楯無さんは枕に顔を埋めたまま、一回頷いた。恥ずかしいのに、それでも嬉しくて求めちゃう乙女心? かわいい。

 

 俺はベッドから立ち上がり、隣のベッドで俯せになっている、楯無さんに近付いた。

 そしてベッドの端っこに、ゆっくりと両膝を乗せる。

 

「抱きますね」

 この一言で決めるっ!

 

『やっぱやめる……』

 枕に顔を埋めたままだから、声がくぐもっている。

 

「そうですか。残念です。後はキスマーク、一夏達にバレませんでしたね」

 首が赤いのは弾で確認済み。いや、鏡じゃ見にくいんだよ。鏡を二つ使ったりしないと、手間がかかってしまう。

 

『…………』

 

「ふむ……じゃ、ちょっと散歩してきますね」

 沈黙した楯無さんを、このままにしとおこうと立ち上がって、楯無さんに背を向けた。だが、片手で後ろの服を掴まれた。このままいてほしいと、無言の服の裾キャッチプリキュア。

 俺はもう一度座って、楯無さんの頭に手を伸ばす。この行為は普通ならアウトだが、俺は楯無さんの好意を知っている。だから実行するんだ。好きな人に触られて、嬉しくない事は少ない。女子に聞いた。知らなかったら……やらないな。

 後は、よく髪を少し切っただの、化粧を少し変えたとかで、気付いてほしいと結構耳にするが、それ実は罠だったりする。実は好意をあまり抱いてない人からの褒め言葉は、そこまで細かい所を見てるのかと思って引く。難しいね、女の子は。

 

 そして俺は楯無さんの頭に手を乗せた。

 

「っ!?」

 息を呑んだのか、体がびくりと反応。俺はお構いなしに、そのまま楯無さんの髪を撫でる。髪の毛の流れに沿ってゆっくり繰り返して、サラサラと流れる美しい髪を俺は堪能する。女性は美しくなるためなら、努力を惜しまない。男より大変だ。

 たまに髪の流れに逆らい、縦だった動きを横に動かしてみた。これ完全に犬扱いだー! そんなつもりはないんです。はい。

 楯無さんを撫でる手を止めて、今度は背中に手を移動。背中を優しくポンポンとしたり、優しく撫でたりする。これがタッピングタッチという名らしい。

 

 

 それから十分か十五分やったら、楯無さんは寝てしまった。俺が寝かせたんだけど。俺がやった。これは甘えん坊によく効果があるみたい。つまり、楯無さんは甘えん坊。あれかな? 甘えさせるから甘えたい、そんな欲求。

 そういえば、この人は確かロシア代表で、学園では生徒会長。つまり上にいる立場。ストレスを溜め込む事がよくあったりするのだろう。人に弱味を見せられない、そんな立ち位置。だから、彼女はこの部屋では全てを気にしなくていい。この学園の一生徒として、普通の時間を過ごせる唯一の居場所。こう考えると、この人には休息をあげたい。

 だが、流されてはダメだ。それだけは絶対に許されない。そうすれば、彼女はきっと心の奥で潰れてしまう。表面上は大胆不敵に、でも裏では悲しみに暮れる。だから気を付けないと、俺は彼女の心を殺してしまう。だから俺はラインを引く。踏み込まないよう、踏み込ませないよう。これは既にアウトかも知れんな……。

 

 俺は楯無さんが眠っている間に、少し辺りを散歩する事を決定した。ゆっくりと行動して起こさないように、廊下へ。

 さて、廊下に出たのはいいが、なにをしようかな。いや、散歩だから。どこへ行くのかルートを決めよう。あ、俺はこの広い学園をまだまだ知らなかったな。だから、適当に歩こう。さっきから空気なバンシィを連れてな。

 

 思い出したけど、やる事をやっていなかった。いや、必須って訳じゃない。ただやりたいだけ。心が落ち着くんだ。

 俺はその場所に向かった。

 

 

 

 

 自販機でマッカンを買ってベストポジョンヘ。うひゃー、ここ超大好き。二つの自販機の間に収まる。閉所恐怖症の人は、ここはアウトなのだろうか?

 

 マッカンをちょびちょびゆっくり味わっていると、ジャージ姿の鈴ちゃんが通り杉田さん。気付かないならそれでよし。気付いたらその時はその時。

 そういえば、鈴ちゃんと楯無さんを除いた、一夏組は何しているんだろうか? アリーナで練習中? これは益々差が付きますな。悔しいでしょうねぇ。いや、追いつけると思っていない。俺と一夏じゃ、比べものにならんレベル。天と地。才能がなぁ。ま、ここで焦ってバンシィを使いこなそうとすると、急激に腰を入れる事になるから俺がぶっ倒れる。そして更にロスするだけ。うーん、どうするか。

 

 俺は鈴ちゃんの様子を黙って見ていると、鈴ちゃんは通り過ぎていった。そうかそうか。つまりきみはそんなやつだったのか。冗談だ。

 だが、後ろ歩きでバックしてきた。鈴ちゃんが通ります。ご注意下さい。危ないよー。

 

「……あんた、そんな狭い場所でなにやってんの?」

 疑問に思うのも当然だ。ただ鈴ちゃんの言葉が、なんかイライラしてる気がする。雰囲気が私に近付くなと。

 

「マッカン飲んでいる俺は、世界に置き去りにされる感覚を楽しんでいる。ゆっくりしていってね!」

 

「私じゃ、ゆっくり出来そうにないわ……」

 鈴ちゃんは肩を竦めると同時に、表情が柔らかくなり、そして笑顔になった。あなたの笑顔は人に夢を与えます! かわいい。

 

「今から少しだけ付き合って」

 

「それは……あなたが好きですという、告白と受け取ってよろしいでしょうか? 少々したら別れる時間制限ありで」

 

「逆よ逆。いいから」

 あっそう。知ってた。しかし、鈴ちゃんの笑顔が眩しい。何の光!? なんかあったんかね?

 

「はい。ちなみにどこへ?」

 一夏の事で相談かな? 最近鈴ちゃんは箒に負けている。

 笑えますねぇ、あのクラス分けで鈴ちゃんは一夏の傍から離脱、一方箒ちゃんは今では一夏と同じクラスで同室、随分と差がつきましたぁ。悔しいでしょうねぇ。俺も悔しいです。

 ま、クラスなんて自分の望む場所に行けないからね。だから、今思った言葉は俺にブーメランとなった。いてぇ。鈴ちゃんごめんよ。

 

「ちょっと……ね」

 鈴ちゃんは俺に向けていた視線外し、少し言葉を溜めた。これは意味深ですねぇ。

 

「是非もなし。某が行くでござる」

 自販機の隙間から出て、残っているマッカンを一気飲み。風呂上がりにいいかもね。一日に何杯も飲むのは推奨されないが。

 

「はい、こっちよ」

 俺はマッカンを捨ててから、鈴ちゃんに手を掴まれた。やだ、惚れる。

 

 

 そしてある場所に到着したら、鈴ちゃんは俺を掴んでいた手を離した。やだ、寂しい。というか、屋外の人気のない場所ですね。

 

「聞きたいのは一夏の事」

 俺に後ろ姿を見せていた鈴ちゃんが、振り返って真剣な眼差しをしていた。凛々しくてかっこいい、覚悟を決めた瞳だ。

 

「おうおう、一夏のなにが聞きてぇんだぃ?」

 近くにあるベンチに座り、俺は話を聞く体勢になった。

 ぺしぺしとベンチを叩いて、鈴ちゃんがここに座るよう無言の指示。距離は少し開いてあまり近くない。

 

「そうね。長くなりそうだから座るわ」

 鈴ちゃんが俺の隣に座った。が、なんでこんなに密着してんの? 嫌いじゃないわ! 嫌いじゃないわ!

 おいィ……お前それでいいのか? 俺の太ももに手を乗っけてるんですが。まさか俺が金持ちだと知って……? いや、友達になった時から知ってたと思うけどね。

 俺と鈴ちゃんは、正面を向いて話し始めた。

 

「最近の一夏はどう? 箒と進展しちゃったりした?」

 答えない訳にはいかんなぁ。俺は皆の味方だし、必要ならば教えよう。悪いな、教えるぞ一夏氏。

 俺がやった。俺が悪い。さぁ、俺を罵るがいい。サンドバック屋になりまぁす。金額は時価的な感じでお願いしまーす。ぼったくるぜ。金あるけどな! そんな使わないけど。

 

「うーん……結構悪くないんじゃないかな? なんだか、一夏も結構気にしてるっぽいし。女性だらけの場所で、箒の隣は落ち着けるからねぇ。箒も女の子だけどさ。ただ、告白しなきゃ付き合わないだろうな。あまりわからんけど」

 多分だが、どちらかが想いを伝えれば、恋人同士になるんじゃないかな? 箒は言葉で直接言わないけど、態度や行いが真っ直ぐだし。いや、露骨か?

 一夏側も箒と一緒にいて気が楽そうだ。同じ部屋だから更に倍だろう。

 

「ねぇ……入り込めるかな……?」

 不安なんだろう。鈴の声のトーンが小さくなり、絞り出した言葉には長い間がある。それを演技などで、全く隠すつもりはないらしい。信用されている。だからちゃんと告げなくちゃならない。回避は不可能。

 

「鈴は俺と同じ二組で、一夏と箒は同じ一組。おまけに結構前からの同居人。昔を含めれば、一緒に過ごした時間も思い出の数も、鈴は確実に負けているよ。鈴との思い出がどんなに濃くて、どんなに楽しかろうとね」

 俺は鈴に嘘は吐かない。俺は誰にだってそうしている。多分。少なくとも俺はちゃんと接しているつもりだ。なんかあったら教えてほしいな。そういえば、千冬さんに頼れとか言われてたな。はい、気を付けます。

 

「そっか……私は……」

 自身の終わりを悟ったであろう、鈴の声が震える。

 そして鈴は、隣にいる俺の胸に飛び込んできた。若干驚いたけど俺はしっかりと、彼女の小さな体を両手で抱きしめる。彼女を見ないように、俺は空を見上げた。そろそろ夕方の時間か。

 

 

「……………………」

 きっと必死で、嗚咽が俺の耳に入らないように、抑えているのだろう。その分、肩の震えていた。

 だから俺は、彼女を優しく包む。友人として、俺の家族として。

 

 俺は皆を家族だと思っている。一方的かも知れんが、一夏に箒に鈴に弾。千冬さんに束さん。俺は皆が大好きだ。俺の近くに、親がいなかったからだろう。だから俺は皆をそう思っている。

 そして最近家族が一人増えた。バンシィだ。バンシィは学校帰りに、いつも俺の話を聞いてくれた。今日はなにがあったか、テストの結果はどうだったか。ちょっとした話を一方的に喋った。バンシィは喋れないから、聞かせるしかないんだけどさ。それでも、俺は嬉しかった。皆に相談するのは、迷惑だと思ってしまっていたから。

 だけど、今度からはしっかりと、皆に相談しようと思う。俺は自覚しているのに、踏み込む勇気がなかった。バカだから、選択肢を間違えた。知ってて、わかってて、逃げた。だから今度は間違わない。俺は皆を支えて、皆に俺を支えてもらうんだ。家族って、きっとそういうものだろう?

 

 鈴の姿を見て、俺はそう決意した。道を間違えないように。

 

 

 

 

 何時間ぐらい俺達は、同じ姿勢で過ごしていたんだろうか。時刻はわからないが、もうマジックアワー消えてしまった。近くにある電灯一つだけが、俺達二人を照らしてくれている。

 まだ、大きな動作がない鈴を待つ。これぐらい苦痛なんかなく、まだまだ待っていられるぞ。

 

 そして鈴が動き始めたが、もぞもぞしていた。なんぞ?

 

「ねぇ……夕……」

 俯きながら話すから、表情や顔は見えない。だが、鈴の声はもう涙声じゃなくて、しっかりと聞き取れる。もう大丈夫そうだ。少しはすっきりしたか、吹っ切ったんじゃないかなと思う。いや、さすがにこの短時間で吹っ切れたのはないか。ちょっと早すぎな気がする。

 

「なに?」

 俺は優しく聞き返す。

 

「小学校の頃にさ」

 鈴が過去を話し始めた。もしかしたら、それできっぱり諦めるつもりなのかも知れない。一夏の思い出を。

 

「私はまだクラスに馴染めなくて、友達もいなかった」

 確かに鈴は孤立していた。外国という遠い所から来たという事もあり、接し方がわからない皆は、鈴をなるべく避けていた。もちろん完全無視ではなかったが。辛いのは確かだが、いじめられなかっただけマシかも知れない。

 

「そこでさ。ある時、誰もいない場所で泣いちゃった。どうしても悲しくて、どうしても苦しくて、どうしても我慢出来なかった」

 涙を流したのは、彼女の心が耐えられなくて、限界だったんだろう。

 

「人がたくさんいるのに、私はいつも一人だったから」

 一つ一つの言葉を鈴はゆっくり話す。

 こんなに人がいっぱいいるのに、誰もが鈴の横を通り過ぎていく。見向きもされず、鈴が手を伸ばしても、その手を誰も掴んでくれない。その孤独はきっと辛い。

 

「そんな時にさ。一夏と夕の二人が、私に声をかけてくれたんだよね」

 彼女は一人で泣いていた。普通なら誰にも見つけられない場所で。でも、俺達は色々な場所に行っていた。だから隠れるようにいた鈴を、俺達は見つけられた。そこで鈴と出会ったのは全くの偶然だ。

 

「ずっと一人ぼっちだった私は嬉しかった」

 あの時期は特に一夏と俺は鈴とたくさん遊んでいた記憶がある。

 

「二人とは違うクラスで残念だったけど、その分私と遊ぶ時は、色んな所へ連れて行ってくれた」

 日本の文化をしっかり見た事はないだろうと、一夏と俺は一緒にたくさん頭を悩ませ、そして考えたんだ。ただ、俺達はまだガキだったから、難易度が高くて苦戦した。今ならそこそこ考えられるはずだ。

 

「そうしてね、思ったんだ。私が一歩踏み出せていたら、きっと一人にはならなかったと。それを一夏と夕が私に教えてくれた」

 嬉しそうに思い出を語る鈴を、なんだか綺麗に感じた。彼女を壊したくない。守りたい。

 

「あ、今では最初から二人に出会えてよかったと思えるよ!」

 そんな風に鈴は思っていたのか。

 

「それでね、中学の時もそう。私や一夏達が困っている時に、夕はすぐに助けてくれた。夕が困っている時は、皆が夕に力を貸した。夕の存在は、周囲に多大な影響をもたらしていたのよ。もし過去に夕がいなければ、私達は自分の力だけじゃきっと変えられなかったし、きっと変わらなかった」

 鈴はゆっくり話す。今度は少し前の過去を。

 

「きっと一夏は前だけをずっと向いて、余裕が無くて周囲に視線をやらなかった。それは悪い事じゃない。でもそんな一夏を見る目は痛々しかったとみんなは感じそう。今だってその気があるっぽいから、そこからの推測なんだけどね」

 鈴の腕に力が入り始めた。

 

「千冬さんは、誰彼構わず厳しく当たりそうな気がする。一人だけで全てを背負い、誰にも悟らせない殺伐とした寂しい心。今は穏やかで、人に柔らかく接してくれるかな。温かな厳しさを持って」

 鈴の腕は俺を離さないと行動で表す。

 

「そして私はね、出会うのがもう少し遅かったら嫌な人間になっていたかも知れない。まぁ、前は夕の髪をよく引っ張ったりしてたから、今もちょっとだけかもね」

 そうだな。犬のリードみたいにされていた。

 

「だから私達は夕が大好きで、感謝している。弾達もきっと」

 そうだと嬉しいな。

 

「だから、夕から貰ったもの以上に、私は沢山返すんだって、今までずっと想ってたの」

 そうか。嬉しいな。少しでも助ける事が出来たのならよかった。

 

 

「だからね…………」

 

 

「うん」

 

 

「だから……」

 

 

「うん」

 何かを告げようとする鈴に、俺は頷いてゆっくりと静かに待った。

 そして鈴が俺を見上げる。上目遣いというやつか。か、かわいい! 持って帰りたい! 飼ってもいいかな!?

 

 

 

 

 そしてこの時、俺は完全にノーガードだった。

 

 

 

 

「これが――――」

 彼女の両手が。

 

 

 

 

「今から――――」

 俺の頬に。

 

 

 

 

「あなたに渡す――――」

 優しく触れた。

 

 

 

 

「――――――私の想い」

 そして俺は。

 

 

 

 

 彼女に口付けをされた。

 

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