IS 一夏がいない   作:稲穂焼き

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十六話

 今までの人生を歩んできた中で、味わった事のない甘くて切ない感覚。そして初めての感触。

 今、俺はなにをされた? そう脳が理解を拒んだ。俺は混乱した。衝撃で思考が働かず、体はただ硬直。辛うじて、現実から目を逸らした。

 この光景は間違いと、変な夢だと、妄想だと、誰でもいいから否定してほしい。そうすれば、俺は楽になれる。何も悩まなくて済む。苦しむ事がなくて終わる。

 

「……んっ……」

 彼女が発する小さな音と、自分の耳が拾ってしまい、意識が現実へと引き戻された。

 彼女は俺の親友、彼を好きだと言って相談を持ち掛けられた。だから俺は彼女にアドバイスをした。彼はどう考えて、どう思って、どうするのか。それは客観的な視点であって、主観ではないから、正解は無理だが、近くの場所は狙える。共に長く接していて、たくさんの時間を過ごしていたから。

 

 でも、この行為でそれらの全てが、表から裏へとひっくり返った。

 俺は彼女に理由を聞きたい。どうしてなのか。どうして彼じゃなくて、俺なのか。どうして。

 

「……んっ」

 ただ、この刹那に俺は悟った。唇には、彼女の想いが込められていると。それを言葉ではなく、振る舞いで表そうと。

 

「…………っはぁ」

 行為を終えた彼女は、俺から少し離れる。

 傍にある一つの電灯が、俺達を照らし出す。彼女の頬は、ほんのり赤味を帯びていた。

 

「ずっと前から好きで、ずっと前からこうしたかった」

 彼女は俺を見上げながら、理由を語り始める。

 

「一夏が好きって事は嘘。だけど一夏本人にも、周囲の人達にも協力してもらった。長い長い時間を……」

 彼女は俺から目を背けず、正面から堂々と見つめる。それと同時に、申し訳なさそうな表情をしていた。

 

「一夏は確かにいい奴よ。でもね――――」

 俺は彼女の言葉を待った。

 

「――――私の一番は夕。あなた」

 自分の名を告げられた。そして彼女は、力強く俺を見やる。

 

「あなたは優しすぎる」

 それは誰かと同じで、似た言葉。

 

「誰かと一緒に悲しめる心。誰かを真っ直ぐ愛せる心。なにより一番は――――」

 一つ一つの言葉に、彼女は意味を込める。

 

「――――あなたの世界を、私は知りたい」

 俺の世界?

 

「人は中身まで見る事は難しい。だから誰もが一夏に目を向けていく。だから皆は気付かない。でも、見てる人はちゃんといる」

 一夏は目立つ。他の友人達よりも。誰よりも。そんな太陽のような存在。

 

「あなたがいなかったら、私はきっと一夏を好きになっていた」

 一夏に惚れる? それは別に変な事じゃない。普通の事だろ? 一夏はいい奴だからだ。誰かが困っていたら、必ず助けられる人。

 

「それでも、今ここにいる私は……あなたを選んだ。ただそれだけ」

 どんな言葉を使われても、俺には何が何だか理解出来ない。

 

「そんな泣きそうな顔をしないの。困らせたのは私だけど……ごめんね」

 鈴が泣きそうな顔をする。

 いや、俺は衝撃でただ驚いて、何も言えないだけだ。別に彼女達を怒ったりしてないし、彼らが俺を裏切ったと思わない。ただただ驚愕した。たったそれだけの事。

 

「ま、なーんかごちゃごちゃそれっぽいというか、意味深な事を言ったけど、本当の理由は些細だったりするんだよ。恋に落ちるのはさ」

 鈴が見せてくれたその笑顔は、この世で一番美しく感じた。今まで見てきた、どの笑顔よりも。

 

「私はあなたの、底なしの優しさが好き。それだけ」

 優しさ。俺は優しいのか?

 

「パニクる事はあってもね」

 転校初日か。

 

「さて。んー!」

 鈴が俺から離れ、ベンチから立ち上がって伸びをした。俺の視線を背中に受けながら。

 

「ごめんね。長々と付き合わせちゃって。どうしても好きだって伝えにくくてさ。抱きしめられている最中、頭の中嬉し恥ずかし、ぐるんぐるんよ。好きな人に強く抱かれるのは、やっぱり温かかった」

 鈴は両手を背中にやって、俺の方に振り向いた。

 

「あ……いや……別に……」

 ダメだ。まだ混乱している。これは楯無さんの時と破壊力が全然違う。身内だと思っていた人から、頬に手を当ててからのキスとか、ギャルゲーやドラマでしか見た事ないんだけど。いや、確かに憧れなくはないシチュだが。

 何だこれ。人ってここまで驚くと、何も出来なくなるんだな。初めての経験だ。キスも初めてだし。まさか、鈴からこう来るとは思わなかったなぁ。一夏が好きって言ってたから、普通に信じてたし。一夏だから納得出来ると思っていた。

 なるほど。これが固定観念か。これはすごい手だ。まさに神の一手だな。今考えると、不自然な事もあったけど、それは控えめなアピールだったと思う。それとも、いつ気付くか気付かないかの駆け引き? うっわ! 女ってすごいな! 演技力とかさぁっ! 興奮してきたっ!

 

「ほら、帰るよ。伝説って?」

 もたもたしていた俺を、鈴は俺の手を優しく取り引っ張る。

 

「ああ!」

 返事をして、俺は手を繋がれたまま、鈴と一緒に寮に戻った。

 そういえば、付き合ってほしいとは言ってなかったが、どうするんだろ? 返事する暇がなかったけど、今のままなら楯無さんと同様断る。

 

 寮の廊下を、俺は鈴に手を握られたまま、鈴に連れられ歩いてく。そして俺を引っ張っていく鈴は、片手で携帯を操作していた。なにやってるのかな?

 

 

 

 

「これからある事を発表するね」

 俺と楯無さんの部屋に、俺と一夏と鈴と楯無さんの四人がいる。楯無さんは自分のベッドに座り、一夏は俺のベッドに座っている。その二人の視線を中心に受けとれる場所。鈴はテーブル付近で堂々と立っている。俺は台所に避難して体育座り。

 

「まず、一夏!」

 腕組みしているであろう鈴から、名前を呼ばれた一夏は無言で言葉を待つ。鈴の格好は位置的に見えないから多分だが。

 

「私はついに言ったよ!」

 一言を一夏に告げた。あ、そういう事ですね。理解しました。俺、台所にいてよかった。いや、別にそっちにいても問題ないけど、いいポジションがないからさ。座る所ない。このタイミングで、鈴か一夏の隣に座れと?

 

「ついに言えたのか! やったな!」

 鈴の短い言葉だけで、一夏は思い至った。わかるのか。

 楯無さんはどういう事なのか、理解不能らしい。多分。

 

「ここにバッチリね」

 どの部分を触っているのか、わかってしまう。

 

「おおお! すごいぞ! そこまでやるとは!」

 一夏が興奮して叫ぶ。楯無さんはきっと、唖然としているはず。

 

「ふふーん! でしょ?」

 誇らしく胸を張っている鈴の姿が、簡単に想像出来る。わかりやすいな。いや、言葉だけのイメージだから、どれも間違ってるかもだが。

 

「そういう事ね。わかった」

 あ、楯無さんが口を挟んできた。これってもしかしてバレてる? 俺はここにいるし、鈴の様子から察せたのかも。楯無さんも……ねぇ?

 

「つまり、お姉さんと勝負がしたいの?」

 

「そうだよ。私は生徒会長、更識楯無に勝負を申し込む」

 うわ、なんか面白そう。俺は当事者だけどな。

 

「勝負の内容はもちろん」

 

「うん」

 凄いな。これが一つの戦い。

 

『どっちに振り向かせるか勝負!』

 いや、マジで凄いぞ。

 

 話に耳を傾けていて、ふとした瞬間首を横に向けると、一夏は俺と同じ体育座りで俺の隣にいた。退避してきたのかな。

 

(騙してごめん……)

 一夏は視線を下に向け、床を見つめてから一言謝った。すっげーへこんでる。

 

(気にするな。それも一つの選択肢だ)

 普通ならかなりの博打になるけど、賭けに勝ったなら結果オーライ。

 

(確かに褒められる事じゃないが、俺は本当に気にしない)

 これは本心だ。そして正攻法が全てじゃないし、奇策もありだ。

 

(ま、そう言っても一夏は気にしちゃうだろうから、一つお願いだ)

 俺は一夏の頭に手を置く。絶対気に病んでいるからな。逆に俺がやったら、現在の一夏みたいになりそうだ。

 

(今日の晩ご飯を奢ってくれ)

 

(え……? それだけか……?)

 落としていた視線を上げて、一夏は俺の方を向いた。かわいい。

 

(いいんだよ。人の金で食う飯は美味い)

 気分的に自分で金を払うのと、また違ったよさがある。人の不幸で飯が美味い的な?

 

(奢らないなら絶縁な。二度と俺に話しかけるんじゃあないよ)

 脅して逃げ道を塞ぐ。長年付き合ってきたんだ。これはかなり堪えるんじゃないかな? 俺は絶好したら死ぬ。

 

(わ、わかったっ! 好きなもの全部頼めよっ!)

 そんなに食える訳ないだろ! 俺の胃袋破裂させる気か! 増えるワカメを乾燥状態で食って水を飲んだり、メントス食ってからコーラとか危険なので、絶対にやっちゃいけない。確か死人出たんだっけ?

 

(そんな訳で指切りしましょ)

 一夏の頭に置いてあった手を使い、一夏の前に小指を差し出す。

 

(おう!)

 そして俺達は指切りして、約束をした。ちなみに指切りは昔、花魁とかであったらしい。自分の小指を切って相手に渡し、また来てもらうための約束。衛生面を考えて、ある時から作り物の小指を渡したとかなんとか。

 

 

 この後、俺を含めた四人は食堂に向かった。勝負は明日からだって。楯無さんフライングしてるんじゃない? いや、鈴もか?

 

 

 

 

 食堂の席で、俺は鈴と楯無さんの間に挟まれて、食事しながら思考を開始。一夏は別の席でセシリアさんと箒と一緒だ。お互い頑張ろうぜ!

 両親公認、同部屋、実力、家系というステータスは楯無さんで、俺の好感度は低め。

 一緒に過ごした思い出、クラスでの存在、俺の性格などを把握し、友人達が応援している鈴で、俺の好感度は高め。

 外堀埋まってるね。これはいずれ時が来ますな。二人まとめて愛す? この選択肢を選ぶなら、俺はどちらも選ばない。いや、もし社長になったりしたらありか? いやいや、俺がシャッチョサンとか無理。頭使うの苦手だもん。でも、なるしかなさそうなんだよなぁ。ま、現時点で除外だ。

 

 色々考えながら一夏に奢ってもらった高い肉料理を口に運ぶ。

 最高や! 噛めば噛むほど、口の中に溢れる肉汁! そして柔らかくて食べやすい! やっぱり高いお肉は凄いな! ま、俺はスーパーの三百円辺りの肉で十分だけどね。あれも美味しいから。大体の物を美味く感じる安い舌でよかった。

 

 ふと首を動かして両隣を見たら、二人は口を開けている。やらんぞ。自分で頼め。これは俺の肉やねん。絶対に渡さんぞぉ!

 

 

 食事を終えて部屋に戻る。今日は一夏が部屋に来なかった。が、今は代わりに鈴がいる。

 

「何故あなたがここにいるの?」

 

「私は友人の近くにいるだけよ」

 俺はベッドに座って教科書を読んでいると、テーブルの方で座りながら、鈴と楯無さんが睨み合っていた。いいぞぉ!

 

 そんな二人の事をお構いなしに、教科書のページを進めていると、急にテレビから音が鳴る。

 二人を一瞥すると、背中を俺に見せてゲームやってる……。なんだよ、仲良く出来るじゃねぇか。対戦しているが。

 

 いやぁ、しかし……全体的に勉強が難しいなぁ。頭がフットーしそうだよおっっ!

 ISも勉強も両立させる事が可能な進研ゼミとかないかな? あの漫画好き。

 

 

 時計を見ると二十時。二人はまだゲームをしていた。風呂入ってこいよ。大浴場閉まっちゃうんじゃないの? 知らんけど。

 

「お二人さん。お風呂はどうするんですか?」

 一応声を掛けておく。画面に食い付いて忘れていた、とかあるかも知れないからね。

 

『後で入る』

 二人揃ってお断り。面倒な勉強や風呂を後回しにする子供か。ま、ゲームはセーブしてからやめないとね。

 

「そうですか」

 一言頷く。

 さて、俺はどうしようか? 勉強は一旦中断しとく。これ以上は記憶が上書きされちゃう。若しくは押し出される、天突きかロケットペンシル?

 

「俺はシャワー浴びてきますね」

 俺は座って行く気がないまま、二人に声を掛けた。

 ガタッと楯無さんが立ち上がり、鈴は反応しなかった。ゲームやろう。

 

「嘘です!」

 まだ入るべきではないと、伝えておかないと。

 しかしやべぇな。楯無さんがちょっとだけ、危険な領域に踏み込んでいる。鈴ちゃんは普通。何という健全……ではないかな。チッスされてたわ。言葉でよかったじゃん。俺が悪いの?

 

「勝ったー!」

 鈴が腰を上げて、コントローラーと一緒に万歳しながら勝利宣言。かわいい。

 

「嘘でしょ……」

 楯無さんは愕然としながら呟いた。

 そりゃ、俺の言葉に気を取られたからだよ。しかも普通の発言。

 

「あー、そうだ。明日買い物しに行きましょう。冷蔵庫の食べ物を勝手に使っちゃったんで」

 そういえば、と思い出した。今朝に結構と使ったなと。

 

「デート!?」

 バッと勢いよく、楯無さんがコントローラーを握りながら、俺の方に振り向いた。変換凄いな。

 

「構いません。ついでに、服でも見に行きましょうか」

 

「うん! 行く行く!」

 ズサーと膝立ちでスライドしながら、楯無さんは俺の太ももに腕を乗せた。

 アクティブですね。というか、色々と危ないのでやめて下さい。

 

「私は!?」

 鈴が俺の肩に飛び付いてきた。地味に痛い。

 

「一緒に行こうか」

 置いてく選択肢は端から俺にはなかった。ここで弾くとか鬼畜の所行だ。俺の楯無さんへの振る舞いは、ただ返しただけ。

 

「じゃ、明日は皆で行きましょうか」

 ここで一夏を呼ぶ選択はしない。一夏が嫌とかでは、一応デートだからね。普通なら一人多いけど。

 

『うん!』

 二人共いい返事だ。

 

「一夏君は呼ばないでね」

「一夏を呼ぶのは無しで」

 はいはい、二人同時に言わなくてもわかってますよ。一夏君可哀想。

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