IS 一夏がいない   作:稲穂焼き

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十七話

 六時頃に起床すれば、今日は最後の休日。サザエさん症候群が訪れる憂鬱な日。俺は別に苦痛じゃないな。そもそもが嫌だけなんだ。そんな事は言ってられないけどね。

 

 今日は楯無さんと鈴とのデート。デート? 奇妙なデートだなぁ。

 昨日は俺のベッドに、楯無さんは潜り込まなかった。これは色々と、やっといてよかったのかも?

 二度寝しようともう一度目を閉じる。うひゃー、二度寝ー。

 

 直ぐに目が覚めてしまった。おかしいな。まだ眠れそうだったんだが。意外と俺も楽しみにしているんだろうか? だとしたら、遠足が楽しみな小学生並だな。

 

 とりあえず、脱衣所で顔を洗って微妙な眠気を覚ますが、ダメだ……まだ少し残っている。

 これはもう一度寝よう。そうしよう。少しだけでも瞼を閉じておけば休めそうだから、俺は布団に潜って、後少しだけの時間潰し。ちょっと眠れますように。

 

 

 

 

『……く……う……』

 何だろう? 気持ちが安らぐ優しい音だ。頭が回らず、視界もはっきりしない。このまま綺麗な音色に包まれたい。

 

『ゆう…………くん』

 体を軽く揺すられながら、名を呼ばれている。もう起こさないでほしいな。その声は、俺を眠りに導く子守歌にしかならない。

 

「夕君。起きて」

 あー、起きちゃった。

 

「おはようございます……」

 仰向けで目を開きながら挨拶すると、楯無さんの顔があってほぼ零距離。

 

「おはよう。夕君」

 俺に笑顔を向ける。近い近い近い。体を起こしたら、キスしちゃうだろ。

 

「はい、おはようございます……邪魔なので退いて下さい」

 

「もう……いきなり酷い」

 口を膨らませて文句があると、楯無さんは表情で語る。息がくすぐったい。

 

「これは事故でノーカンになりますが、唇を奪ってほしいならそのままでいて下さい」

 そう言葉にした後に頭を少し上げたら、楯無さんは直ぐにベッドから退散した。普通に起こして下さいよ。

 

「よいしょぉ……」

 上体を起こして、とりあえず周囲を確認。時計は七時。テーブルの近くに楯無さんは座り、パステルカラーのピンクのパジャマを着ている。かわいい。

 

「夕君おじさん臭いよ」

 どうせみんなおっさんになるんだ。気にしなくていい。

 

「おっさんで構いません。未来は確定しているのです」

 二十歳越えたら、小学生から見ればおっさんよ。だから、二十歳からおいちゃんとか自分で言っておけば、ダメージは安く済む筈。つまり予防線。

 

「もうちょっとだけ、若い青春を楽しまない?」

 

「青い春なんて、この学園で販売しているとでも?」

 少なくとも男が一夏だけという時点で、それはもう叶わない。望めない。

 

「甘酸っぱい青春なら沢山仕入れてあるよ?」

 

「ほろ苦い方が好きです」

 マッカンは超甘々だけど。

 

「もう、ぐだぐだ言う子はお姉さん嫌いよ?」

 

「あ、そうですか。そのままのあなたでいて下さい。俺は大好きです」

 

「じょ、冗談よ」

 知ってる。

 

「はい」

 ベッドから抜け出して、背伸びを開始。うひょー、気持ちいい。

 

「夕君は朝食どうしたい? 食堂? それともここ?」

 話題を変更してテーブルで頬杖して、こちらを笑顔で見つめる楯無さん。なにわろとんねん。

 

「食堂ですかね。出来れば体力は温存しときたいですし」

 

「そしたら、一夏君に会うかもよ?」

 

「昼間はダメだけど、夜に遊ぼうと言えば問題ないです」

 ここで一夏が勘付けば、多分デートに同行する。一夏がどうしようと、俺は別に構わない。運が無かったと諦めて、楯無さんと鈴ちゃん。

 

「んー……」

 楯無さんは頬杖していた手を退けて、人差し指を唇に当てて悩み始めた。

 

「ここにしましょう。リスクは極力背負わない方向で」

 楯無さんは唇から指を離して、片腕をテーブルの上に乗せた。

 

「なるほど。わかりました」

 俺はとりあえず納得しておいた。ま、一夏がここに直接来る可能性もあるから、確率はあまり変わらない気がするが。

 

「さ、着替えましょう。脱がしてあげようか?」

 また、そうやって無茶を言う。

 

「いや、自分で着替えますよ」

 

「恥ずかしいの?」

 どうしてそこで攻めるんだ! 出来ない事を言ってこの人はどうするんだろう。主導権をにぎにぎしたいの?

 

「ここは押さずに引く事を覚えて下さい。突撃ばかりさせる無能な上官ですか、楯無さんは」

 この人は自爆するのをわかってて、無理矢理詰めようとしてない?

 

「失礼ね。生徒会長なんだから、部下の指示ぐらい的確に出せるよ?」

 ムッとした表情で眉を寄せて、俺を可愛く睨む楯無さん。

 

「違うんです。そうじゃないんです」

 

「じゃあ、何?」

 

「俺も楯無さんの着替え手伝いますと言ったら、あなた恥ずかしいですよね?」

 

「う……」

 言葉に詰まり、押し黙った。どれだけ必死なんだ。

 

「はい、じゃあ、着替えて来て下さい」

 

「はい……」

 肩を下げながら落胆した面持ちで制服を持って、脱衣所へと楯無さんは入っていった。

 ベランダに近付き春の陽光を全身に浴びる。まだ起床したばかりで少し眠気があるが、一回目に起きた時よりは問題なく動く。例え眠くても、楯無さんに起こしてもらっといて、もう一回ベッドに戻る度胸は持ち合わせてはいない。

 ぐいぐいと体の筋を伸ばして、楯無さんの着替えを待った。ついでに軽く化粧でもしているのかしら?

 

 自分の着替えを用意して、ベッドに腰掛けてバンシィに挨拶してからツンツンする。この行為の最中に、一つ思い至った事があった。それは触られるのって嫌だったりするんじゃないか、という事だ。凄く今更ではあるが。うん。

 

「後で拭いてあげるから、もう少し待っててくれ」

 バンシィを手に持って話し掛ける。今からじゃ時間は無さそうだ。買い物で何か買ってあげよう。外に出るようになったから、ワックスよりコーティング剤かな? 最近はワックスもコーティング剤もほぼ変わらんけど。

 

「お待たせ」

 思考に耽っていたら楯無さんは着替えを完了していた。そしてスカートの裾を広げている。うーん、あざとい。これは自分の容姿を武器にしてますわ。

 

「はい。では、行ってきます」

 着替えを持って楯無さんの横を通り、脱衣所に向かう。

 

「化粧してみたんだけどどう?」

 背後から姿をどうだと尋ねられた。

 俺は背中を向けたまま立ち止まって答える。

 

「俺はすっぴんの方が好きです。ナチュラルやフルはオススメ出来ません。まだ十代ですが、やりすぎると肌の老化を早めますからね。フェイスパウダーだけで十分です」

 とりあえず指摘した。

 

「……え?」

 思っていた反応と違うという声を上げる。

 

「あ、ミネラルファンデーションはやめた方がいいらしいですよ。体によくない成分が入ってるみたいですから。後、シャンプーもノンシリコンにして頭皮の健康に気を遣って下さい。シリコン入りも絶対悪ではないですが、汚れを落とすならノンシリコンが一番です。髪に潤いを与えたいと言うなら、シリコン入りでも問題ないですが」

 俺は何を言っているのだろうか? ま、年齢に似合わぬおしゃれより、今のままで十分と言外に伝えた。いや、これで読み取るのは難しいか。

 

「…………」

 

「それでは、また」

 無言になった楯無さんを置いて、俺は足を動かして再び脱衣所へ向かった。

 

 

 素早く着替えを済ませて脱衣所から部屋に戻ると、台所で楯無さんはエプロンドレス姿で調理を始めていた。

 

「あ、そういえば先日エプロンドレスをお借りしました。すみません」

 エプロンドレスを見て、何も言ってなかった事に気付いた。

 

「気にしないで。ここにある物は何でも使っていいよ」

 

「ありがとうございます。使える物は使わせてもらいます」

 全裸さんもデブリ蹴りながら言ってた。

 

 ベッドに座って教科書を読み始める。ちょっとした事でも読んでおく。覚えられる事は少ないけど、目を通すだけでもマシだから。零か一くらい?

 

 

 そこそこ時間が経過したらしく、テーブルの上には完成した料理が並んでいた。

 

「朝食が出来たよ」

 エプロンドレスのまま、楯無さんがテーブルの前に座って俺待ちっぽい。

 

「すみません。ありがとうございます」

 教科書を一旦閉じて楯無さんの対面に座った。

 二人で一緒に手を合わせる。

 

『いただきます』

 そして俺達は食事に取り掛かった。

 

 

 少ししてから、そういえば言い忘れていた事があると気付いた。料理を口に運んで咀嚼中の楯無さんに、俺は汝に告げるっ!

 

「可愛いですよ」

 

「ごふっ!?」

 楯無さんは口の中の物を噴き出した。きちゃない。そして俺が悪い。

 

「……それって今言う事?」

 眉をひくひくさせて、笑みを浮かべてる。切れ気味のご様子。ヒェッ。

 

「すみません。でも大事な事ですよね? あ、料理も美味しいです」

 

「あ、うん。だ、確かに大事だけど、今じゃなくていいんじゃない?」

 

「俺忘れっぽいんで。多分後で言わないと思いますんで」

 

「そ、そう。ありがと」

 戸惑いながらも受け取ってくれた。

 

「はい。続けましょう」

 そして俺達は食事を進めた。

 

 

 

 

 食事を終えて、俺と楯無さんは自販機で飲み物を買っていた。鈴を待つのだ。

 

「そこ好きなの?」

 俺が自販機の間に挟まりながら、マッカンを飲んでいると楯無さんに聞かれた。

 

「好きなんです、こういうの」

 ベッドの下の隙間とか好き。いや、ある程度広さがないと、そもそも入れないので無理。シェルミー。

 

「自販機に迫られてリラックス出来るとかマゾなの?」

 あなたは何て事を口にするんだ!

 

「失敬な。動物も人間も狭い場所は心理的に落ち着くんですよ。プライベートを確保出来る空間としながら、誰かが来たってすぐわかるんです。やってみます?」

 

「ちょっとだけ」

 俺と楯無さんが場所を交代して、逆の立場になった。俺が正面からしゃがむ楯無さんを見ると、スカートの中が覗けてしまうので位置をズラす。

 

「あ、本当だ」

 

「でしょう?」

 楯無さんは穏やかな表情をして、飲み物を口に含んでいる。

 

「おー待たせー!」

 横から声を上げながら飛び付いてきた人がいた。

 

「おっと、あっぶな!」

 マッカン零す所やった。

 

「ふぅ……待ってないぞ」

 俺は抱きついてきた、制服姿の鈴にそう返した。

 

「……会長は何してるの?」

 

「本能を感じ取っているの」

 鈴が楯無さんの居場所に気付いて問うと、簡単に答えた。

 

「そう。そんな事より行こう!」

 

「急かすんじゃあない。飲んでますやん。それとも鈴が代わりに飲むか?」

 鈴に半ばまで減ったマッカンを差し出す。

 

「や、やめとく」

 

「だったら、ちょっとだけお待ちなさいな。今飲んじゃうから」

 俺はマッカンを一息で喉の奥に流し込んだ。

 

「今なら俺の唇超甘いけど、舐めてみますか? 恋愛の甘さを手頃に感じ取れますよ?」

 

「い、いらない……」

「また今度ね……」

 あ、そう。

 鈴に抱きつかれながら、マッカンを空き缶用ゴミ箱にぽいする。

 

「お姉さんも飲み終わったし、行きましょうか」

 楯無さんも自販機の間から出て、ゴミ箱に空き缶を捨てた。

 

「はーい」

 俺は返事をして廊下を歩き始める。鈴と楯無さんに左右抱きつかれて。俺は両手にガントレットを装着中!

 

 

 そして俺達は、寮内の廊下で出会ってしまった。

 

「あーあ、出会っちまったか」

 俺のセリフ。

 

「逃げるなら……いや、もう遅いか」

 これは一夏のセリフ。つまり、一夏と俺達がエンカウント。こうなったらどうしようもない。だからここは両腕に組み付く二人に任せて、俺は先に行くぞ! 実行はしない。

 

「俺もその中に入っていいか?」

 一夏のメンタル強すぎだろ。俺だったら言わない。言えないじゃなく、言わない。普通はな。

 

「一夏はダメ」

「今日は夕君とデートだから、ごめんね」

 

「悪いな一太。これは三人までなんだ」

 

「冗談だ。わかってるって。またな」

 一夏は笑いながら制服のポケットに手を入れて、背中に風を浴びながら颯爽と去っていった。屋内だし、窓とか無いんだけどどこから風が?

 

 

 俺達三人は外出許可を貰って、学園の外へ踏み出した。いつまでもべったり抱きつかれていて、歩きにくいんですが。せめて手を握りましょうよ。ま、喜んでいる二人を見ると、どうやら言っても無駄そうだ。超楽しい。

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