六時頃に起床すれば、今日は最後の休日。サザエさん症候群が訪れる憂鬱な日。俺は別に苦痛じゃないな。そもそもが嫌だけなんだ。そんな事は言ってられないけどね。
今日は楯無さんと鈴とのデート。デート? 奇妙なデートだなぁ。
昨日は俺のベッドに、楯無さんは潜り込まなかった。これは色々と、やっといてよかったのかも?
二度寝しようともう一度目を閉じる。うひゃー、二度寝ー。
直ぐに目が覚めてしまった。おかしいな。まだ眠れそうだったんだが。意外と俺も楽しみにしているんだろうか? だとしたら、遠足が楽しみな小学生並だな。
とりあえず、脱衣所で顔を洗って微妙な眠気を覚ますが、ダメだ……まだ少し残っている。
これはもう一度寝よう。そうしよう。少しだけでも瞼を閉じておけば休めそうだから、俺は布団に潜って、後少しだけの時間潰し。ちょっと眠れますように。
『……く……う……』
何だろう? 気持ちが安らぐ優しい音だ。頭が回らず、視界もはっきりしない。このまま綺麗な音色に包まれたい。
『ゆう…………くん』
体を軽く揺すられながら、名を呼ばれている。もう起こさないでほしいな。その声は、俺を眠りに導く子守歌にしかならない。
「夕君。起きて」
あー、起きちゃった。
「おはようございます……」
仰向けで目を開きながら挨拶すると、楯無さんの顔があってほぼ零距離。
「おはよう。夕君」
俺に笑顔を向ける。近い近い近い。体を起こしたら、キスしちゃうだろ。
「はい、おはようございます……邪魔なので退いて下さい」
「もう……いきなり酷い」
口を膨らませて文句があると、楯無さんは表情で語る。息がくすぐったい。
「これは事故でノーカンになりますが、唇を奪ってほしいならそのままでいて下さい」
そう言葉にした後に頭を少し上げたら、楯無さんは直ぐにベッドから退散した。普通に起こして下さいよ。
「よいしょぉ……」
上体を起こして、とりあえず周囲を確認。時計は七時。テーブルの近くに楯無さんは座り、パステルカラーのピンクのパジャマを着ている。かわいい。
「夕君おじさん臭いよ」
どうせみんなおっさんになるんだ。気にしなくていい。
「おっさんで構いません。未来は確定しているのです」
二十歳越えたら、小学生から見ればおっさんよ。だから、二十歳からおいちゃんとか自分で言っておけば、ダメージは安く済む筈。つまり予防線。
「もうちょっとだけ、若い青春を楽しまない?」
「青い春なんて、この学園で販売しているとでも?」
少なくとも男が一夏だけという時点で、それはもう叶わない。望めない。
「甘酸っぱい青春なら沢山仕入れてあるよ?」
「ほろ苦い方が好きです」
マッカンは超甘々だけど。
「もう、ぐだぐだ言う子はお姉さん嫌いよ?」
「あ、そうですか。そのままのあなたでいて下さい。俺は大好きです」
「じょ、冗談よ」
知ってる。
「はい」
ベッドから抜け出して、背伸びを開始。うひょー、気持ちいい。
「夕君は朝食どうしたい? 食堂? それともここ?」
話題を変更してテーブルで頬杖して、こちらを笑顔で見つめる楯無さん。なにわろとんねん。
「食堂ですかね。出来れば体力は温存しときたいですし」
「そしたら、一夏君に会うかもよ?」
「昼間はダメだけど、夜に遊ぼうと言えば問題ないです」
ここで一夏が勘付けば、多分デートに同行する。一夏がどうしようと、俺は別に構わない。運が無かったと諦めて、楯無さんと鈴ちゃん。
「んー……」
楯無さんは頬杖していた手を退けて、人差し指を唇に当てて悩み始めた。
「ここにしましょう。リスクは極力背負わない方向で」
楯無さんは唇から指を離して、片腕をテーブルの上に乗せた。
「なるほど。わかりました」
俺はとりあえず納得しておいた。ま、一夏がここに直接来る可能性もあるから、確率はあまり変わらない気がするが。
「さ、着替えましょう。脱がしてあげようか?」
また、そうやって無茶を言う。
「いや、自分で着替えますよ」
「恥ずかしいの?」
どうしてそこで攻めるんだ! 出来ない事を言ってこの人はどうするんだろう。主導権をにぎにぎしたいの?
「ここは押さずに引く事を覚えて下さい。突撃ばかりさせる無能な上官ですか、楯無さんは」
この人は自爆するのをわかってて、無理矢理詰めようとしてない?
「失礼ね。生徒会長なんだから、部下の指示ぐらい的確に出せるよ?」
ムッとした表情で眉を寄せて、俺を可愛く睨む楯無さん。
「違うんです。そうじゃないんです」
「じゃあ、何?」
「俺も楯無さんの着替え手伝いますと言ったら、あなた恥ずかしいですよね?」
「う……」
言葉に詰まり、押し黙った。どれだけ必死なんだ。
「はい、じゃあ、着替えて来て下さい」
「はい……」
肩を下げながら落胆した面持ちで制服を持って、脱衣所へと楯無さんは入っていった。
ベランダに近付き春の陽光を全身に浴びる。まだ起床したばかりで少し眠気があるが、一回目に起きた時よりは問題なく動く。例え眠くても、楯無さんに起こしてもらっといて、もう一回ベッドに戻る度胸は持ち合わせてはいない。
ぐいぐいと体の筋を伸ばして、楯無さんの着替えを待った。ついでに軽く化粧でもしているのかしら?
自分の着替えを用意して、ベッドに腰掛けてバンシィに挨拶してからツンツンする。この行為の最中に、一つ思い至った事があった。それは触られるのって嫌だったりするんじゃないか、という事だ。凄く今更ではあるが。うん。
「後で拭いてあげるから、もう少し待っててくれ」
バンシィを手に持って話し掛ける。今からじゃ時間は無さそうだ。買い物で何か買ってあげよう。外に出るようになったから、ワックスよりコーティング剤かな? 最近はワックスもコーティング剤もほぼ変わらんけど。
「お待たせ」
思考に耽っていたら楯無さんは着替えを完了していた。そしてスカートの裾を広げている。うーん、あざとい。これは自分の容姿を武器にしてますわ。
「はい。では、行ってきます」
着替えを持って楯無さんの横を通り、脱衣所に向かう。
「化粧してみたんだけどどう?」
背後から姿をどうだと尋ねられた。
俺は背中を向けたまま立ち止まって答える。
「俺はすっぴんの方が好きです。ナチュラルやフルはオススメ出来ません。まだ十代ですが、やりすぎると肌の老化を早めますからね。フェイスパウダーだけで十分です」
とりあえず指摘した。
「……え?」
思っていた反応と違うという声を上げる。
「あ、ミネラルファンデーションはやめた方がいいらしいですよ。体によくない成分が入ってるみたいですから。後、シャンプーもノンシリコンにして頭皮の健康に気を遣って下さい。シリコン入りも絶対悪ではないですが、汚れを落とすならノンシリコンが一番です。髪に潤いを与えたいと言うなら、シリコン入りでも問題ないですが」
俺は何を言っているのだろうか? ま、年齢に似合わぬおしゃれより、今のままで十分と言外に伝えた。いや、これで読み取るのは難しいか。
「…………」
「それでは、また」
無言になった楯無さんを置いて、俺は足を動かして再び脱衣所へ向かった。
素早く着替えを済ませて脱衣所から部屋に戻ると、台所で楯無さんはエプロンドレス姿で調理を始めていた。
「あ、そういえば先日エプロンドレスをお借りしました。すみません」
エプロンドレスを見て、何も言ってなかった事に気付いた。
「気にしないで。ここにある物は何でも使っていいよ」
「ありがとうございます。使える物は使わせてもらいます」
全裸さんもデブリ蹴りながら言ってた。
ベッドに座って教科書を読み始める。ちょっとした事でも読んでおく。覚えられる事は少ないけど、目を通すだけでもマシだから。零か一くらい?
そこそこ時間が経過したらしく、テーブルの上には完成した料理が並んでいた。
「朝食が出来たよ」
エプロンドレスのまま、楯無さんがテーブルの前に座って俺待ちっぽい。
「すみません。ありがとうございます」
教科書を一旦閉じて楯無さんの対面に座った。
二人で一緒に手を合わせる。
『いただきます』
そして俺達は食事に取り掛かった。
少ししてから、そういえば言い忘れていた事があると気付いた。料理を口に運んで咀嚼中の楯無さんに、俺は汝に告げるっ!
「可愛いですよ」
「ごふっ!?」
楯無さんは口の中の物を噴き出した。きちゃない。そして俺が悪い。
「……それって今言う事?」
眉をひくひくさせて、笑みを浮かべてる。切れ気味のご様子。ヒェッ。
「すみません。でも大事な事ですよね? あ、料理も美味しいです」
「あ、うん。だ、確かに大事だけど、今じゃなくていいんじゃない?」
「俺忘れっぽいんで。多分後で言わないと思いますんで」
「そ、そう。ありがと」
戸惑いながらも受け取ってくれた。
「はい。続けましょう」
そして俺達は食事を進めた。
食事を終えて、俺と楯無さんは自販機で飲み物を買っていた。鈴を待つのだ。
「そこ好きなの?」
俺が自販機の間に挟まりながら、マッカンを飲んでいると楯無さんに聞かれた。
「好きなんです、こういうの」
ベッドの下の隙間とか好き。いや、ある程度広さがないと、そもそも入れないので無理。シェルミー。
「自販機に迫られてリラックス出来るとかマゾなの?」
あなたは何て事を口にするんだ!
「失敬な。動物も人間も狭い場所は心理的に落ち着くんですよ。プライベートを確保出来る空間としながら、誰かが来たってすぐわかるんです。やってみます?」
「ちょっとだけ」
俺と楯無さんが場所を交代して、逆の立場になった。俺が正面からしゃがむ楯無さんを見ると、スカートの中が覗けてしまうので位置をズラす。
「あ、本当だ」
「でしょう?」
楯無さんは穏やかな表情をして、飲み物を口に含んでいる。
「おー待たせー!」
横から声を上げながら飛び付いてきた人がいた。
「おっと、あっぶな!」
マッカン零す所やった。
「ふぅ……待ってないぞ」
俺は抱きついてきた、制服姿の鈴にそう返した。
「……会長は何してるの?」
「本能を感じ取っているの」
鈴が楯無さんの居場所に気付いて問うと、簡単に答えた。
「そう。そんな事より行こう!」
「急かすんじゃあない。飲んでますやん。それとも鈴が代わりに飲むか?」
鈴に半ばまで減ったマッカンを差し出す。
「や、やめとく」
「だったら、ちょっとだけお待ちなさいな。今飲んじゃうから」
俺はマッカンを一息で喉の奥に流し込んだ。
「今なら俺の唇超甘いけど、舐めてみますか? 恋愛の甘さを手頃に感じ取れますよ?」
「い、いらない……」
「また今度ね……」
あ、そう。
鈴に抱きつかれながら、マッカンを空き缶用ゴミ箱にぽいする。
「お姉さんも飲み終わったし、行きましょうか」
楯無さんも自販機の間から出て、ゴミ箱に空き缶を捨てた。
「はーい」
俺は返事をして廊下を歩き始める。鈴と楯無さんに左右抱きつかれて。俺は両手にガントレットを装着中!
そして俺達は、寮内の廊下で出会ってしまった。
「あーあ、出会っちまったか」
俺のセリフ。
「逃げるなら……いや、もう遅いか」
これは一夏のセリフ。つまり、一夏と俺達がエンカウント。こうなったらどうしようもない。だからここは両腕に組み付く二人に任せて、俺は先に行くぞ! 実行はしない。
「俺もその中に入っていいか?」
一夏のメンタル強すぎだろ。俺だったら言わない。言えないじゃなく、言わない。普通はな。
「一夏はダメ」
「今日は夕君とデートだから、ごめんね」
「悪いな一太。これは三人までなんだ」
「冗談だ。わかってるって。またな」
一夏は笑いながら制服のポケットに手を入れて、背中に風を浴びながら颯爽と去っていった。屋内だし、窓とか無いんだけどどこから風が?
俺達三人は外出許可を貰って、学園の外へ踏み出した。いつまでもべったり抱きつかれていて、歩きにくいんですが。せめて手を握りましょうよ。ま、喜んでいる二人を見ると、どうやら言っても無駄そうだ。超楽しい。