IS 一夏がいない   作:稲穂焼き

26 / 87
二十五話

 束さんと会った次の日。俺はいつものように、クローゼットの中で目覚めた。多分いい朝。

 

 昨日一夏に頼まれて一緒にアリーナに行ったが、ダメだと見事に断られた。その理由は、俺達二人に見られているのが恥ずかしいからとさ。まぁ、俺達が絶対に見ないからと言ってその通りに実行しても、男二人という存在だけで気になってしまうんだろう。これは気持ちの問題だから、無理矢理押し通せる事じゃない。

 断られた一夏は肩を落とし、俺は一夏の肩を軽く叩く。俺は乗り気じゃなかったからといって、別に嬉しくは無かった。これはこれで残念だったし。慰めの意味を込めて、俺は一夏に昼食を奢った。高いのをな。金はあるんだ、あまり使わないから。

 

 いつものようにクローゼットで服を着替える。そしてクローゼットを慎重に開けた。問題無し。二人はまだお休み中だ。

 俺は室内を静かに歩いて、自販機に飲み物を買いに行く。バンシィは相変わらず浮いている。

 

 

 すっぽりハマってマッカンを飲んでいると、廊下を通り過ぎていく生徒に挨拶をされる。まぁ、今ではちょっとした名物だから、ビビられる事はほぼなくなった。しかし、パジャマやTシャツとショーパンの薄着だったりと、服装がかなり無防備だ。大学行ったら危ないんじゃない? わからんけど。

 

 

 マッカン飲み終えて部屋に戻ると、ベッドの上で二人は起きていた。楯無さんは水色のパジャマで、鈴がタンクトップとショーパンの部屋着。肌見せんな。最近鈴がだらしなくなってきた。夫婦かよォ!

 

「おはよう。夕君」

 

「おはようございます。楯無さん」

 

「おはよ」

 

「おう。おはよう」

 二人にそれぞれ挨拶して、俺はテーブルの前に座った。そしてテーブルの上に置いてある教科書を読む。日課なんだ。

 

「今日は私とデートね!」

 ガバーっと背中に乗っかられた。やっぱり鈴は軽い。かわいい。後、服を着ろ。髪の毛も痛い。

 

「っと、わかってますよ」

 

「やっぱり、お姉さんも行きたいなぁ」

 

「会長はダメ! また今度!」

 鈴が強く拒否する。ま、俺と鈴の約束だから。悪いね。

 おい、こら、俺の頭を抱くんじゃない。最近鈴が大胆になってきた。

 

「知ってた」

 ケロッとしてますよ、この方。けろけろけろっぴかよォ!

 

「ねーねー! 今日はどこ行く?」

 頭に乗っかる鈴が俺に問う。ふむ、どうするか。ショッピング? 映画館? 遊園地? 水族館? 動物園?

 

「遊園地ならフルで遊べる。ショッピングか動物園か水族館か映画館なら一定時間だけ。そうなると昼はカフェか喫茶店になるかな。何がしたい?」

 ちょっとした情報を鈴に渡す。一人だけで決めちゃいけないからな。

 

「うーん……」

 悩みながら鈴が前後に動くから、俺の頭も連動してぐらんぐらんしている。落ち着きたまへ。

 

「映画館?」

 鈴もはっきりしないようだ。ま、悩むよな。ここって寮であって家じゃないし。うん……? 家……?

 

「映画館か。悪くない。後浮かんだ物が一つある」

 

「どこ?」

 

「俺の家」

 

「ガタッ!?」

 楯無さんが家という単語に反応した。口じゃなく机か何かを揺らすべき。

 

「あー……いいかもね。全然行ってなかったし」

 

「じゃ、映画館の後にカフェなどで昼食か、家で昼食。どうする?」

 

「映画館の次に家!」

 

「わかった。それで行こう」

 

「うん!」

 デート場所を決定。ちらっと楯無さんを見ると、意外な事に笑顔だった。

 

「次は私が行くね」

 

「はい」

 楯無さんとの次回のデート場所も、ついでに決まったらしい。

 

 

 

 

 朝食は三人で食べて、俺と鈴は部屋を出て、寮の廊下を腕を組んで歩く。

 

「皆の視線を感じる!」

 鈴が嬉しそうに、俺を見上げながら話す。当たり前でしょ。IS学園に二人しかいない男子の内の一人が、こうして女の子と一緒に歩いているんだから。しかもかなり親しげ……というよりカップルな雰囲気。これで見ない方が難しい。

 あ、今更気付いたんだが、楯無さんと鈴の二人と一緒にいる俺って、結構ヤバくね? 俺の悪評が飛び交ってそう。ま、仕方無いね。

 

 

 鈴と一緒に外出申請をしてから、学園外へと踏み出す。

 

「制服なのが残念。おしゃれしたかったのに……」

 歩きながら、俺の腕に抱きつく鈴が不満を漏らす。

 

「制服デートも悪くないと思うぞ? 学生の内にしか出来ない事だし」

 大学生になったら、制服なんて着たくても着れないからな。大学生で制服って、コスプレになってしまう。自宅でたまに着るのはOK。

 

「わかってはいるんだけど……でもなぁ……」

 

「ま、制服以外の服をいつか着れるでしょ。いつかというか……夏休み?」

 そこまでガッチガチとは思えない。実際どうなのか知らんけどさ。

 

「夏休み! じゃあ、その時はたくさん服着るね!」

 鈴の頭がぐりぐりと腕に擦り付けられる。

 

「はいはい。動きにくっ……いからっ……やめまっ……しょうっ……ねぇーっ!」

 くそ! 鈴の頭を離そうと押すが、なかなか離れようとしない!

 

「ぐぐぐっ!」

 

「ぐぐぐじゃないっ!」

 何だこのパワー!? 俺と鈴が力比べしたら負けるんじゃ……? やだ、逞しい。

 

「……降参だ。お好きなように」

 嫌いじゃないけどね。

 

「勝ったー!」

 先ほどより強く擦り付けてくる。痛い痛い。しかし、ツインテの片方の結び目部分痛くね? もしかして計算して角度を決めてるから痛くない? うん、そうだろうな。

 

 

 

 

 映画館にやって来ました。休日だから、俺達めっさ注目されている。制服目立つし、俺自体も目立つし、鈴ちゃんも可愛いから目立つし、腕組んでいるから更に目立つ。これは凄くヘイト稼いでますな。二つの意味で。分散させるために、ポケットからバンシィぽい。

 

「夕は何見たい?」

 鈴が俺の方を見ながら笑顔で聞いてくる。超かわいい。この人俺の幼なじみなんです。

 俺は現在上映している映画のスケジュールやジャンルを眺め中。

 

「鈴は何が見たい?」

 鈴に問い返す。俺の独断じゃ決定は無理だし。

 

「アクションかな?」

 

「なるほど。この中じゃ俺もアクションだな」

 アクション、ミステリー、ホラー、恋愛、アニメ、ファンタジー、SFなどと単純にジャンル分けした。その結果、ここはアクションか。一番無難だろうし。それにストーリーが一本道で理解しやすい。ま、俺と鈴の趣味が合うのだろう。

 

「それとも、ここは敢えてホラーを選択してみる?」

 

「逆に聞くけど、夕はホラーを選んで大丈夫なの?」

 

「無理。超怖い。日本と外国のどちらがより恐怖するか、とか全く関係無い。うん。で、今上映中なのは邦画だ。日本のホラーは世界に通用するんだぞ? 俺が無印の最強射影機持ってても、霊にぶん投げて俺が退散だわ。塩の弾丸込めたショットガンでも無理。目の前に発生源があっても焼かずに逃走」

 それでも! 一夏と一緒なら戦える! いや、俺も一夏も絶対逃げるわ。足の引っ張り合いはしないと思う。

 

「わかった。アクションね」

 何だその優しい眼差し。お、俺を哀れむなぁっ! 実際哀れだからしょうがないね。

 

 

 俺達はチケットを買ってから、ポップコーン二つとドリンク二つを購入。俺はポップコーンで、鈴がドリンク。

 チケットに書かれた番号に従い、劇場内に入って決められた座席に着く。

 

「映画なんて結構久しぶりよ」

 鈴にポップコーンを一つ渡し、俺はドリンクを受け取る。互いにポップコーンを膝に置き、ドリンクホルダーにドリンクを置いた。

 

「俺も久しぶりだなぁ。前回いつ来たのか覚えてないや」

 映画を見た記憶はあるが、それがいつなのか曖昧だ。まぁ、気にするほどじゃない。

 

「中学の時じゃない?」

 首だけを横に向けて、鈴と俺は喋る。

 

「うっそ。そんな最近だった?」

 いや、そういえば弾がいたな。

 

「うん。私と夕と一夏と弾で。弾がポップコーンを常にむしゃむしゃしててうるさかった」

 

「あー、あー、思い出したわ。すげー鬱陶しかったな、あれ。一番端の俺にも聞こえてきたもん」

 前とか後ろのお客さんにも、絶対に聞こえてた。きっと席を替えたかっただろうに。でも無理なんです。ごめんなさい。

 

「一夏は気にして無かったみたいだけど」

 

「え? 一夏って弾の隣だったよね? 難聴恐るべし」

 

「どうせ集中し過ぎて気付かなかったんでしょ?」

 

「だろうな」

 流石に真横でむしゃる奴に気付かないとか、集中してないと絶対に無理だ。それとも周波数を意図的に変えた? やべーな。人間じゃない。

 

「……おお!? そういえば、俺と一夏の間に鈴は座ってたよな? あの時、もう既に?」

 

「正解! その通り!」

 鈴が笑いながら俺の頭を撫でる。

 なるほど。今考えてみると巧妙な手口だ。鈴が一夏の隣に座るけど、一夏と鈴は協力していた。もしかしたら弾も? これは凄いわ。

 

「女って凄いねぇ。女は誰でも女優って言われる訳だ」

 これだから女は怖いんだ。俺はそういうパターンを見てきたから知っている。でも、されたのは鈴が初めてだ。こう考えると、一夏に対する箒の行動は普通な気がするな。楯無さんはどうなんだろう? 箒と一緒かな?

 

「たった一つの秘めたる想いだけで、女は大根役者から千両役者になったりするのよ」

 千両役者って何?

 

「ひぇー」

 

「怖い?」

 撫でるのを中断して、にっこりとした笑顔を俺に見せつけてくる。笑うという行為は本来攻撃的な云々。

 

「幽霊より生きた人間の方が怖いとよく言われるが、俺は確実に幽霊の方が怖いから大丈夫だ」

 殺人鬼とかって食事と同じ行為で人を殺したり、日常となってるだけ。だから比較的単純。実際に目の前に立たれたら、普通に恐怖するけど。

 

「それならホラー映画でもよかったんじゃ?」

 

「やめてくれよ……それとこれとは話が別だ……」

 

「かーわいい!」

 また俺の頭を撫で始めた。ちょっと周囲の人達を見なさいよ。微笑ましそうにこっち見てるじゃん。かまへんかまへん。

 

「ポップコーン食いましょうねー。まだ温かいから美味しいよー」

 俺は自分のポップコーンを差し出して、鈴の口元に運んで食べさせる。ポップコーンを嬉しそうに頬張る鈴が、リスやハムスターみたいに見えた。超かわいい。

 

「さて、そろそろ始まるぞ」

 劇場内が暗くなり、ブザーが鳴ってから俺はスクリーンを見る。

 

「覚悟はいいか? 俺はできてる」

 

「丸太は持った?」

 丸太?

 

 

 

 

 俺と鈴はスクリーンに目を向けながら、ポップコーンを静かに食べる。弾の事を思い出して、咀嚼音が聞こえないようにと。全ては無理でも、少しでも抑えたい。

 現在のシーンは主人公とヒロインのキスシーンだ。おい、まだ物語は中盤で終わってないだろ。最後にしろよ、最後に。もしかして、これが最後のお別れのキスだったり? 死亡フラグか。

 

 

 

 

 そんな事は無かった。まぁ、こういうアクション物でバッドエンドはあまり見掛けない。

 エンディングロールが流れ、照明はまだ点かずにいる。ここで帰っちゃう人も結構多い。俺は映画館なら最後まで見るが、レンタルした映画ならエンディングを早送りにする派。

 何が書かれているかわからん文字が、一定の速度で下から上へ参ります。最後まで付き合うと結構長いんだよね。映画館だから余韻に浸れるけど。

 

 

 エンディングが流れ終わったら、劇場内が明るくなった。これで終了だ。

 

『んー』

 俺と鈴は座ったまま同時に、両手を上げて体を縦に伸ばす。

 

「どうだった?」

 鈴に感想を求めた。

 

「結構よかったと思う」

 

「ま、安定してるよな」

 面白いかと聞かれたらちょっと否定するが、でもつまらなくはなかった。戦いが見たいのです。

 

「そうね。キスシーンも悪くない」

 

「あ、そう」

 

「あの時の事、思い出した?」

 鈴が少し体を寄せてきた。肘掛け邪魔だろ。

 

「印象に残そうと必死ですね」

 あれは衝撃的だった。時間と印象共にクリア。

 

「女の子は記念日として残したいのよ」

 

「男の子はなかなか覚えちゃいられん」

 ここが男と女の違いだ。女は過去を見て、男は未来を見る。ま、記念日にしたい気持ちはわからんでもない。思い出は大事だから。

 

「男ってこういう時はさっぱりなのよね」

 

「女の子はいつまでも会話に出してくる」

 

「さ、行きましょう」

 

「うん」

 鈴の性格がここに表れる。最後まで自分の言葉を押し通さず、面倒と思われない内に引く。これ、なかなかできることじゃないよ。ありがとうございます!

 

 俺と鈴は立ち上がり、ゴミを持って移動。劇場を出るとゴミ箱があり、そこにゴミを捨てた。

 鈴に腕を組まれて通路を歩く。俺の服で汚れを拭くんじゃないぞ。

 

 

 映画館を出ると、サンシャインがシャインシャインしている。

 

「時間的にお昼じゃないけど、どうしよっか?」

 

「中途半端な時間だからなぁ」

 ポップコーンで少しお腹が膨れたから、今すぐ食事をしなくてもいい。だが、その内うろうろしていると、腹が空く。そして時間は昼頃に。お店は大分混む。

 

「うん。俺の家に行こうか」

 

「わかった」

 また頭を腕にぐりぐり。かわいい。これは惚れてまうかも知れへんな。好きかも……?

 

 

 

 

 わお。久々の我が家だ。いつ見ても普通の一軒家と変わらない。最初から大富豪じゃなかったからね。

 

「あの頃に戻ったみたいで懐かしい」

 鈴が体を俺に寄せて凭れる。ここでやると危ない。怪我したらどうするの?

 

「あの頃って……別にそんな昔じゃないから」

 

「うん。だけどさ、こうして夕のお家を見ていると、昔も楽しかったけど、今が一番幸せって感じるの」

 ゆっくりと過去を懐かしみながら、今この瞬間も一緒に見据えている。

 

「家の中でやりましょうねー」

 鈴をお姫様抱っこで、扉の前まで運ぶ。

 

「鍵ってここ?」

 鈴が手を使い、俺のズボンのポケットを探り始めた。ど、どこ触ってんのよっ! 太ももちゃう! 上着や!

 

「そこ違う。もっと上」

 

「あぁ、こっちね」

 俺の上着のポケットから鍵を取り出した。

 

「はい。お願いします」

 

「鍵開けるねー」

 俺の代わりに鈴が鍵を開ける。そしてドアノブを掴んで、ドアを開けてくれた。鍵を掴んだまま、鈴は俺の首に両腕を回す。

 

『ただいまー』

 

「待たれよ」

 やった! 本来の使い方が出来ましたよ! ザーツバルム伯爵!

 

「何?」

 鈴の顔がこちらを向いた。近い近い。

 

「ここはお邪魔します、だろう?」

 

「え? ここはただいま、でしょ?」

 

「俺はな。鈴ちゃんはお邪魔します」

 

「わかった。お邪魔します」

 

「はい。どうぞー 」

 玄関に入り、鈴を下ろす。

 

「えー……」

 不満そうですね。

 

「後で膝枕するから」

 餌を出すしかない。これで黙るから。

 

「うん!」

 鈴が靴を脱いでから上がってスリッパを履いた。

 俺は靴を脱いだらそのまま上がる。

 

「家の中は汚れてないね」

 鈴が廊下でしゃがみ、指で床を撫でた。

 

「お手伝いさんが掃除してくれているのよ」

 いなかったら埃が結構ありそうだ。電気代、ガス代、水道代は払ってくれているだろう。あまり帰る事が無いとは言え、一応家なんだから当然よ。いや、料金は親か?

 

「早速俺の部屋にでも行くかい?」

 

「行く!」

 鈴がダッシュで階段を上がって、俺の部屋へと向かった。スカート危ないスカート危ない。

 俺は一階のリビングから台所に向かい、冷蔵庫や棚の中を探る。冷蔵庫の中は飲み物食べ物が全く無い。戸棚には緑茶や紅茶があった。期限も切れていないし、保存状態もよさそう。

 やかんを一回水で濯いで、その後水を適量流し込む。そして火にかけた。

 

 

 お盆に緑茶を淹れたマグカップが二つあり、自分の部屋まで運ぶ。

 

「お茶入りまーす」

 片手で自室のドアを開けた。

 

「……何やってんの?」

 鈴が俺のベッドの上で、掛け布団にくるまって寝袋にしていた。まるで蓑虫みたいだ。蓑虫かわいい。

 

「懐かしい布団だなーって」

 

「はいはい。お茶よ」

 部屋の中央のテーブルに、マグカップを二つ置いてお盆はテーブルの下に。

 

「ん」

 布団から脱出して、鈴はテーブルの前にクッションを置いて座った。

 

「これも懐かしい味」

 マグカップを両手で持って息を吹きかけ、冷ましながらゆっくりお茶を飲んでいる。

 

「それは古臭いとでも?」

 昔からよく買ってきていたお茶なだけだ。

 

「確かに昔から飲んでるけど、そこまでは言ってない。少し高級感があるし。高いんだっけ?」

 

「値段は知らんけどきっといいやつ」

 昔は普通のお茶を飲んでいた。親の仕事が忙しくなってから、買い始めた物だ。

 

「今市販のお茶出されても、わからないかも知れない。気分的な意味で」

 それお茶ならどれでも構わない発言じゃん。

 

「これは酷い」

 

「夕と一緒にいるから、気分が高揚しているのよ。どう? いい言葉でしょ?」

 

「ごまかしてるだけでしょ? お茶飲みながらお茶を濁すんじゃない」

 

「うっわ。幾年の恋が一気に冷めた」

 

「俺もお茶が冷めたわ」

 俺達は笑い合った。やっぱり自宅はいいもんだ。

 

 

 

 

 今、俺と鈴は一緒に料理中。お茶を飲んだ後に、近くのスーパーで買い物をした。久々にご近所さんに会って挨拶したりと。

 

「こうしていると、まるで新婚さんみたいね」

 俺と鈴はエプロンをして、役割を分担している。

 

「ごめんよ、鈴。また面接落ちちゃった……」

 俺は作業の手を止めた。

 

「いいから仕事しなさい」

 

「だから面接してんだろっ!」

 

「違う、そうじゃなくて。手を動かせって事」

 

「んだよ……こんな幸福な時間はどうせ最初だけさ。料理を一緒にやるなんて……」

 

「一々現実感を持ち込まないで」

 

「じゃあ、今日も画面の向こう側にいる嫁達に会いに行けなかったよ……」

 

「誰が夢を見ろと言った。全く……設定が極端ね」

 

「楽しいだろ?」

 

「うん!」

 

 

 

 

 昼食を済ませ、リビングのソファーで寛ぐ。

 

「こんなに幸福感に包まれた時間を過ごすなんて初めて」

 鈴が俺の膝に頭を乗っけて俺を見上げ、俺は鈴を見下ろす。

 

「そうだなぁ。学園じゃ、どうしてもここまでゆっくり出来ないからね。慣れはしたんだけど」

 

「そうじゃない。私は夕と一緒にいられるのが嬉しいって事。告白をしてね」

 そういう事ですか。ですが、いきなり空気を換気するのはやめていただきたい。

 

「前も取り繕うのが大変だった訳じゃないけど、やっぱり今と比べたら段違いになるよ」

 笑顔の鈴が俺の頬に手を当てる。おい、ここから首を掴んで引き寄せるんじゃないぞ。絶対だぞ。

 

「今があるから過去があって、過去があるから未来がある。うん。今の私は夕の傍にいられて、凄く幸せよ」

 柔らかな笑みを浮かべながら、鈴は一つ一つの言葉を綴っていく。

 

「それで……今の私は会長に勝ってる?」

 

「……何て事を聞くんだ。胸に秘めときなさい」

 この状況だと非常に答えにくい。鈴が流れを掴んでいる。僕はお手玉ちゃう。

 

「……夕が私と会長のどちらか片方を選んでも、あなたの選択を私は受け入れる。その代わり、想い出をたくさん残してからね。そうすればきっと……悔いは無い」

 おい、穏やかな表情で不意打ちはやめろ。唐突だろうとそんな切ない事を言われてしまったら、涙腺が緩んじゃうだろ。

 

「また泣きそうになってる。あ、これは本心だからね。演技じゃないよ」

 だから胸が締め付けられるんだ。嘘偽り無い本心を、俺は理解してしまっているから。こんなに効くもんなんだな。俺、選択出来るか不安になってきた。自分も悲しいが、相手も悲しませるという事が辛い。今日明日という選択じゃないだけまだ救われる。だが、これは先延ばしとも言えるかも知れない。

 

「うん。これから二つ目の想い出を貰うね」

 頬に触れていた手を俺の項に手を回し、鈴が引き寄せてからキスをした。

 

 

 

 

 俺と鈴の二回目のキスは、苦しくて苦い想い出として、記憶と心に刻まれた。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。