あの後、俺はしばらく心が沈んだままだった。鈴は笑顔で俺を後ろから抱きしめてくれていた。俺は暗い気持ちを抱いたまま、鈴と一緒に夕方まで過ごした。二回目の腹パンはキツい。
学園の寮に戻り、自室のベッドにふらふらと倒れ込む。うおー……考えたくねぇ。こんなに苦しいのなら……悲しいのなら……愛などいらぬ! って言っちゃう聖帝の気持ちを少し理解した。いや、俺とケースが全く違うし、重みも全然だけどさ。
「どうしたの夕君?」
「私が思い出を貰った」
「?」
楯無さんには気付きにくい事だろうな。俺も言われたら、きっと悩む。
「おいしょ」
体を起こして座り、二人が座っているテーブルに体を向けた。
「ちょっと自販機で飲み物買ってきます」
二人の返事をもらい、俺は部屋を出た。思考を巡らす訳じゃなくて、とりあえず落ち着きたい。
いつものポジションでマッカンを飲む。やっぱりこの場所は心が安らぐ。糖分にはリラックス効果も含まれているし。今回はいつもより一本多く買った。マジで厳しいなぁ。
一本目はゆっくりだったが、二本目は素早く喉の奥へと流し込んで飲み干した。たまにはこんな飲み方も悪くないかな。さて、部屋に戻ろう。
部屋に戻ってきて、二人を横目に教科書を読む。しかし、いっつも人のベッドで横になってんな。そんなにベッドが好きかぁーっ!
「今日はどうだった?」
「楽しかったよ。凄く幸せ」
おい、ちょっと待って。
「映画は?」
「ジャンルはアクション。そして昔夕達と一緒に行ったのを思い出した」
何を話すんだ。隠せよ。
「へぇ、思い出か。鈴ちゃんはいいね」
「まぁね。会長もこれから作ってけばいいよ。まだまだ時間はあるし」
やめてくれ。俺死んじゃう。
「うん。頑張るね」
おい、ライバル同士争えよ。バトルを推奨したいんじゃなくて、一般的なら情報を教えないだろ。うん、これ状況自体普通じゃなかったわ。
今日は部屋で晩飯を食べる。ただ今日は、俺達三人だけじゃなくて二人追加された。セシリアさん……。
「今日デートだったんだろ?」
台所で食事をしながら、俺の隣に立つ一夏が尋ねてきた。え? 何で知ってるの?
「そうだが」
「どこ行ったんだ?」
「映画と俺の家」
素直に答える。
「映画と夕の家か。俺も最近行ってないなぁ」
「映画は弾がポップコーンむしゃむしゃして、うるさかったのを思い出したよ」
そういえばと思い、一夏にも話す事にした。
「あれか。普段なら気にならないんだけど、映画館だとどうしてもな」
あれ? お前平然としてたじゃん。
「でも、目くじら立てるほどじゃなかった」
「耐性凄い」
「何か聞こえるって感じで」
「その領域まで到達するのは、俺には無理そう」
「修行がなってないな」
「どこで鍛えるんだよ」
「精神を」
「いや、だからどこで」
「篠ノ之道場」
「それかなり昔じゃん」
「その時既に、俺は難聴を会得していた」
「どうせ都合のいい言葉だけしか聞かないんだろ?」
「え? なんだって?」
「今発動させなくていいよ」
「え? 聞こえない」
「お前腹立つ」
「悪いな、夕太。これアクティブスキルなんだ」
「やっぱり都合のいい耳じゃないか。まぁ、パッシブじゃないだけマシか」
パッシブならかなり鬱陶しい。常時発動だから。いや、アクティブでもやれるか。
「おまけに鈍感も修得した」
「お前ガードがっちがちやな」
「でも視覚が弱点」
「チョキとかの目潰しに弱いのか」
「物理じゃない」
俺と一夏は立ち食いしながら、軽い掛け合いをした。これでストレス発散出来たな。
食事を終えて片付けを済ましたら、皆がゲームを始めた。俺は参加せずに一人読者。
『たけのこ、たけのこ、ニョッキッキ!』
「1ニョキ!」
『………………』
随分懐かしいゲームじゃないか。
『2ニョキ!』
「はい、アウトー!」
「箒お前……」
「一夏こそもっと別のタイミングで!」
仲良いですね。
たけのこニョッキが終わり、他のゲームもやり終わった。
楯無さん達三人は大浴場に行ったから、俺と一夏は部屋で二人で残る事に。
「そういえば一夏よ」
「ん? 何だ?」
俺と背中合わせで座る一夏に、重要な事を聞く。
「千冬さんにお前のISの事伝えた?」
「…………ハッ!?」
あ、やっぱり。一応報せた方が問題無く、事が済むだろう。問題あるけど。
「お前、今からでもいいから絶対に言ってこい」
下手したら授業を中断する可能性がある。一夏だけお説教という意味で。
「すっかり忘れてた! 夕も一緒に来てくれ!」
背中合わせだった一夏が反転して、俺の肩を後ろから掴む。だから爪が痛いって!
「さて何故に?」
「怒られるかも知れない!」
「わかってるって。俺が原因だからちゃんと行くぞ」
「助かった! ありがとう夕!」
後ろから抱きしめられた。oh……温かいなりぃ。
「ほれ、離せ。立てんだろうが」
「お、おう! 悪い!」
一夏のホールドから解放されて、俺は腰を上げた。
「よしいくぞー!」
「がぁっ!」
え? 東京?
俺は一夏に連れられて、千冬さんの部屋の前に来た。
「き、緊張してきた……」
扉の前に立つ一夏が、ガクブルし始めた。
「俺がやろう」
一夏を横に退かして俺は扉をノックした。
「ちーいーちゃん! あーそーぼ!」
「おいバカやめろ!」
一夏に止められたがもう遅い。時は戻らないんだ。何もかも全てな。外で遊んでいる時に、皆でポテチを食おうと袋を開いたら、袋が予想以上に破けてしまい、チップスがバラバラと地面に降り注いだ。ポテトレイン!
「何だ?」
ガチャリと扉が開き、ジャージ姿の千冬さんが部屋から現れた。
「こんばんは! 千冬さん!」
俺は頭を深く下げた。ガルウィング!
「夕に一夏か。何かあったか?」
「はい! お部屋に上がっても?」
俺は頭を上げて千冬さんと、近距離で視線を交わす。やっぱかっこいいなぁ。
「わかった。入れ」
千冬さんが背中を見せて、部屋の奥に入ってく。
一夏を後ろにやって、俺は部屋に踏み込んだ。
「わお。散らかってますねぇ」
ゴミだらけじゃないか! ゴミ袋がそこらに固めて積んである。細かいゴミが落ちてないだけいい方だろう。
「どうしてもゴミ捨てを後回しにしてしまうんだ。面倒だろう?」
細かいゴミを袋に入れる方が、面倒な気がしないでもない。
「はい。分けたりするのも面倒ですよねー」
「千冬姉……汚い」
おい! 小声だろうと今発言すんな!
「誰が汚いって……?」
背中を見せていた千冬さんが、こちらに振り返る。これはいけない!
「千冬さんは汚れていると、あなたの弟さんが!」
だったら油を注ぐまでっ! 燃えるんだぁ! 熱血だぁーっ!
「俺はそこまで言ってないだろっ!」
「私にはそう聞こえたんだ。受け取った本人からすれば事実だろう……?」
ベッドに腰掛けて足を組み、冷めた瞳で一夏を睨む。一部の人が喜びそうな目ですね。
「一夏君の白式が変形……いや、変身しました! あれは……ガンダムだっ! おっ! あーああー!」
俺は切り込む。
「ん? 誰がそんな事を?」
「俺がやった……っ!」
「どうせ束だろ?」
「はい! 一夏と束さんのためにィ!」
「そうか。詳しく聞かせろ」
「おらっ! 早く話せってんだよォッ!」
一夏の背後に立って肩を掴み、千冬さんの目の前まで押してから、正座で座らせる。
「………………」
両手を膝に乗せ、俯き黙る一夏。仕方無いなぁ。
「そう……あれは……俺のバンシィが始まりでした。あの光超綺麗! キャーステキー! 俺も……ガンダムになりたいっ! だったらお前も……ガンダムだっ!」
わかるかな?
「ふむ…………つまり、夕のバンシィを気に入った一夏がユニコーンにしたいと言った。そしてあいつに頼んだ……か?」
千冬さんは腕を組んで目を閉じてから、俺の要約を確認しながら口に出す。
「はい」
俺も一夏の隣に座る。
「そうか。別に構わないだろう。一夏とお前は貴重な情報源だ。精神的に追い詰めて自殺でもされてみろ。そんな事態になるぐらいなら、限度はあるが多少の事は好きにさせるだろうな。後は、あいつの最新技術が使われたんだ。それも情報として提供すれば向こうも嫌がりはしない」
なるほどなるほど。反抗的じゃなければ、少しのわがままは許されるって事か。千冬さんが今の俺を贔屓するのって、きっとこういう事なんだろう。ケアとか言ってたよな?
「束さん側も何とかするって言ってました」
「そうか。元気にしてたか?」
千冬さんが目を開き、口元に笑みを湛える。
「はい。一人で喋り続けそうでした」
あの尋常じゃない会話の飢え方は、俺は嫌いじゃない。寧ろ大好き。
「生きているならそれでいい。また会えるだろう」
「居場所は聞かないんですか?」
まぁ、返答は決まっているだろうが、一応ね。
「会いたくないと言えば嘘になるが、あいつも色々面倒な事をしているだろうからな。落ち着いた頃に顔を出すだろ」
なるほど。やっぱり配慮しているんだろう。
「束さんの事大好きなんですね」
「少なくとも、昔の束よりはな」
らしいですよ! 束さん! やったね!
「喜びますよ」
しかし、一夏黙ったままだな。
「所で一夏。何か言えよ」
俺は一夏を肘で小突く。
「…………ゴミ片付けてきます」
「それでチャラだ」
一夏がゆっくり立ち上がり、ふらふらと廊下に続く扉に移動した。
「怒られるのが超怖がってますね」
「そこは苦手意識だろうな。誰だって怒られるのは嫌だろ?」
「そうですね」
俺も嫌。
「そういう事だ」
俺と千冬さんは、ゴミを捨てにいく一夏を見つめる。あいつ、外に出る時だけ体が軽やかだ。
「所でどうだ? 更識と鈴との生活は?」
「気になります?」
俺と千冬さんは再び向かい合う。
「お前も私の弟みたいなもんだ。話ぐらい聞かせろ」
ベッドから腰を上げた千冬さんが、俺の首に腕を回して立たせる。そして千冬さんにベッドまで引っ張られて座らされた。
「何ですかこれ?」
どういう事なの……?
「一夏相手だと出来ない事を実践しているだけだ」
千冬さんに肩を組まれたまま話掛けられる。
「お前は兄弟がいない一人っ子だろ?」
「はい」
「姉弟の私と一夏がべったりしてみろ? それは外側から見たら異常になるんだ。別に私も一夏も気にしないがな。でも、面倒事になるくらいなら弟分のお前って選択になる」
「いや、あの、教師と教え子なんですが」
「仕事中はそうだが、今は勤務外だ」
「いや、アウトでしょ」
「お前は変な所で真面目だな」
「普通だと思いますが」
「ま、今は重要な事じゃない。鈴達の話をしろ」
見事に話題を変えられた。話すか。
「超楽しくて超幸せですよ。毎日がお泊まり会。毎日が修学旅行。一夏に箒に千冬さんとすぐ会えますし」
寮って便利。もし大学行くなら寮がある大学がいいな。実在するかわからんが。
「そうか」
千冬さんが俺の頭に手を置く。皆が頭を撫でてくるな。摩擦で禿げさせる魂胆じゃ?
「それなら心配はいらないな。頑張れよ」
「はい」
一夏の作業が終わるまで、俺は千冬さんに頭を撫でられまくった。カッパになっちゃう!
一夏のゴミ捨てが終わり、俺達は千冬さんの部屋を出た。
「サンキュー。助かった」
一夏と一緒に廊下を歩いていたら、お礼を言われた。
「千冬姉は俺に対して厳しくてなぁ……」
「そりゃお前さんが悪い。黙ってたらよかったのに」
一夏が何も言わないなら、俺が説明していたが……いや、結局説明してたの俺じゃん。
「つい反射的に口にしちまって……」
お前反射と思考の融合出来ないの? 俺は無理。
「家族だから余計にだろ。俺が注意するのと一夏の注意するのとは違う」
一夏は千冬さんにドストレート投げちゃうのもある。それも相俟って、きっと怒りやすいんだろう。
「それにだ。もう少し言葉を選べ。あれじゃ、大体の人ならイラッとくるぞ」
「今度からもう少し考えて発言するよ」
「頑張れ」
「おう。ちなみに参考にしたいんだが、夕ならどう言った?」
「デメリットを言うんだ。ゴミを放置しておくと虫が発生。部屋が異臭に包まれる。先生の服生ゴミ臭いみたいな?」
「うへぇ……生ゴミ臭いはキツいな……」
隣を歩く一夏の表情を確認すると、青ざめている。どれだけ嫌なんだ。
「そう言ったら、千冬さんだって動くさ。出来ない人じゃない。やらない人だ」
ゴミ自体はまとめてたんだし。
「ただ、言い方には気を付けろよ? 言葉というのは、ボールみたいに跳ね返ってくる。だから高圧的な態度や荒々しい言葉にはイラッとする。やんわり注意されるのと、怒鳴られて注意されるのどっちがいい?」
「やんわりだな」
「そういう事だ」
「へぇ。勉強になるなぁ。夕って教師に向いてるんじゃ?」
「俺が? 無理無理。勉強の教え方。一人一人の生徒の性格を把握とか難易度高い」
言葉だけなら何とでもなるが、それ以外は無理だ。
「夕の言葉って、何か正しいと思える感じがするから」
「俺をわっしょいしても何も出んぞ?」
「言葉は出てくるだろ?」
「ポンプかよ」
一夏と色々な話をしながら俺の部屋に戻った。
一夏と一緒に俺の部屋に戻ると、三人が先に戻っていた。
「二人でどこに行ってたんだ?」
ジャージ姿でクッションの上に座る箒が、疑問に思ったようだ。
「まさか二人で……?」
俺のベッドで横になる楯無さんが、口元に手を当てながら変な事を口走りそうになっている。
「何が言いたいか理解したくありませんが、それを言ってしまえば魅力が無いって事になりますよ?」
「取り消すね」
お早いご判断で。
「千冬姉の所にちょっとな」
一夏が箒の問いに返した。
「そうか。ま、そんな事より私は今日ここに泊まるぞ」
箒は決意したらしい。今から帰るのも面倒そうだしな。
「じゃあ、俺も一緒にいいですか?」
楯無さんの方を向き、一夏はお願いした。
「私と鈴ちゃんは問題無いわ。後は一夏君の隣の夕君だね」
「そんなの最初から決まってますよ。ようこそ箒と一夏。ゆっくりしていってね」
「ありがとう」
こうして箒と一夏はこの部屋に泊まる事になった。やっほー! マジでお泊まり会だ!