俺は目的がないまま、寮の廊下でうろちょろしていたら、大事件が発生した。
向こうから歩いてくる人がおり、俺は気にせず横を通り過ぎて歩く。これは今日一日で何回も繰り返した事なので、絶対に見られないと変な自信があった。
すっかり慣れたある時に、向こう側から一人の女子生徒が俯いて歩いていた。制服姿で眼鏡をかけていて、何だか暗い雰囲気の女の子。
俺は気にせず足を進めてたが、約三メートルぐらいの距離で、その子の足が止まった。俺は何も疑問に思わずに、その子の脇を通ろうとしたが、ふとその女の子に視線を向けたら、俺と目が逢った。
その子が何かを見て、たまたま俺と視線があっただけだと思った。歩行速度を落として歩きながら後ろを振り返る。だが、俺以外に誰もいないし、そして何もない。
「こんばんは!」
俺も歩みをやめ、その女の子に体を向けてから、笑顔で元気良く挨拶をした。何か、俺の声の感じが変わった。マイクのスイッチがオフになっていたのが、今はマイクのスイッチがオンになっていると感じた。君に届け!
人には俺の姿が見えなくて、人には俺の声が聞こえない。どうせ誰もがそうだろうと俺は油断していた。だから少しだけ後悔した。ユーチャー……お前、後悔しているのか?
「こ、こん……ばん、は……」
また俯きがちになったが、挨拶を返してくれた。やはり聞こえてますわ。そして怖がられてもいそうですわ。
「月がきれ……い、いい夜ですね」
危険が危なかった。今夜の月が綺麗に感じたから、思わず有名なセリフを初対面の人に撃ち込む所だったぜ。いや、撃ったけど外した感じか?
「………………」
対面している女の子が黙った。変な事言ってすみません。
「ん? どこかで見たような……?」
俺は先ほどの言葉をごまかすために、体を少しだけ前に傾け、その子を近くで見ようとした。
「!」
目の前の子からブチンと何かが切れる音がした。きみィ、もしかしてアキレス腱が断裂したの?
「っ……!」
その子の表情が一瞬で変化して、俺をきつく睨み始めた。もしかして何か地雷を踏んだ? ブロックワード?
「……あなたはね――」
「――紛らわしい事言ってごめんね。やっぱり知らないや」
俺は彼女の言葉を遮った。このIS学園じゃあ、話せる友人は一人もいない。ある意味転入初日だもん。この子に似てる人とか、私が知ってる訳ないじゃないっ!
「本当にごめんね」
俺は頭を下げて、すぐに視線をその子に戻した。
「さようなら」
俺は笑顔で手を振る。
そしてまず目を閉じて片手で目を覆ってから、近くにある壁に飛び込んだ。耳も塞ぎたいがそうすると状況が掴めない。片手を使っているから、両方の耳に指を突っ込めないし。いや、片方だけは使おう。
で、どこだここ? 部屋?
『すいません、お邪魔します』
誰かの喋り声も物音一つ発たない。だけど、礼儀を弁えるべき。でも、空き巣がこんばんは! と、挨拶しても完全にアウトだよっ!
部屋の中に侵入して立ったままじっとする。体感時間でしばらくしてから気付いた。しゃがめばいいじゃない。そうすれば目を膝で押さえて耳も塞げると。
早速実行してみたが、これ楽でいいな。
そろそろあの子がどこかに行った頃と思い、後転倒立に挑戦。今の俺なら出来る!
目と耳を塞いだまま後方に転がって、タイミングよく両手を床に置いて、そして倒立。
「マジで出来た!」
あれ!? またマイクオンになっとる!?
俺は倒立した状態から腕の力を利用して前方に飛び、片膝つけて着地。
しゃがんだまま、自分の背後を確認した。
「五分……経ってない」
あ、そうなの。時間があまり経ったと言えないが、この人は最初から現在までいたって事なる。
「凄いアホみたいな去り方だったけどさ、俺はさよならしたよね? それで何故チミは動かないし」
この子ゴッドマーズか何か? リスペクト? 失礼だった。ごめんなさい。
「……気に……なった」
「だよね。おし、わかった。皆まで言うな。だったら場所を変えよう。俺はどんどん、かもんかもん」
この子は一言しか喋ってないけどね。
「よろしいか?」
ここでこの子と話続けていると、通っていく他の生徒におかしいと思われてしまう。それは避けないとな。明日からの学園生活に支障が出てしまう。
「……構わ、ない」
少しだけ俺に慣れてきたのか?
「じゃあ、ついてきてくれるかなっ?」
俺はある言葉を期待した。
「……うん」
イワナ飼った。飼うの?
俺は人気が無くて衝撃的な記憶が残る場所に、眼鏡の子を連れてきた。世界は違えど心が刺激され……うぐぅ……。いや、正直嬉しかったさ。
俺は思い出と変わらない、あのベンチの端っこに腰掛けた。
眼鏡の子も座るよう、俺の方とは逆のベンチの端を叩いて促す。どう考えても、事情を話すと長くなる。
眼鏡の子が俯きながら何故か立ち尽くす。ま、ゆっくりしなされ。
数分間待って、その子はようやくベンチの端に腰を下ろした。そしてまた俯いた。現在、この人と俺は人が二人分座れるほど、距離が離れている。この子がどんな位置に座ろううと俺は気にしない、というか俺がそっちに行けとベンチを叩いたからだ。
「それで、君は何が知りたい?」
あまり見てほしくなさそうなので、俺は体を後ろに反らして、背凭れの上部に両肘を乗っけてから、夜空を見上げた。やはり今宵の月は綺麗ですぞ。
「君……じゃない」
「あー、ごめんね。俺は白雪夕。夕って呼び捨てでいいよ。寧ろ呼び捨てでお願い! 君のお名前なんです?」
俺は誰かと会話が出来る事にテンションが上がっている。今なら色々な事が簡単にやれる。屋上から飛んでみせる事も可能だ。アイキャンセーグッバイ!
「…………更識……簪」
少しの間があったが、ちゃんと名乗ってくれた。あー、なるほどなるほど。この子が楯無さんの妹か。名前を知ったら、楯無さんに似てる気がしてきたぞ。楯無さん! 一夏より早く接触しちゃいました! 守ってあげたくなる可愛いです。守りたい、この子を。
「簪ね。よろしく」
「…………」
返事はされなかったが、これでお互いの自己紹介は済んだ。
「あ、ごめん。嬉しくてつい呼び捨てにしちゃったけど、大丈夫? 不快だったりしない?」
アカン! 嬉しくてあまり制御出来ないぞ! 馴れ馴れしかっただろう。
「……何とか」
「ありがとう! それじゃあ、最初に俺の何が知りたい?」
「……夕、は男?」
「白雪が男の名字で何が悪いっ」
質問が質問だったので、ちゃらけて言ってみた。
「……ごめん……なさい」
簪の声のボリュームが、後半になるにつれて段々と下がり、謝られてしまった。真面目に受け取っちゃったかー。
「俺もごめんよ。大丈夫、怒ってない怒ってない。俺を怒らせる人は対したもんですよ」
俺は優しい口調で、立腹してませんよアピール。
「簪の問い素直に答えると俺は男だよ。髪が長いから女に見えちゃった感じ?」
先ほどの疑問に返答する。
「……少し」
「なるほど。ここには男が一夏しかいないもんね」
「!」
簪とは離れているのに、ここまで歯軋りが届いた。また地雷か。一夏ェ…………簪さんに一体何をしたんだっ! 言えよっ! 地雷踏んじゃっただろうがぁっ! 俺は簪の事知らないから、何が禁句かわからないだろ!
「……すいません。えっと、簪が謎と思っていそうな部分を先に教えるよ?」
今までの口数的に、話すの得意じゃなさうだからね。
「俺はここではない一年二組の白雪夕。ここじゃない二人目の男のIS操縦者。現在幽霊みたいな存在やってます。 ここと違う一夏と親友だ」
ざっくりとだが、こんなもんか?
「更に……気になってきた」
「うん、だろうね。それではまず、ここという単語から説明しよう」
ま、どうせそんなに会う事は無いし、別に問題無い。ちょっとだけ話し相手になってほしいと思ってるだけだ。今の所。
「俺って別世界から来たんだ」
「え……?」
簪を気にせずどんどん進めよう。
「俺には自分の世界がちゃんとあって、昨日まで二組のクラスで授業してたんだけど、気付いたら何故かこの世界にいたんだよねぇ」
原因は何だろう?
「まさかそんな事を、この身で体験するとは思わなかった。幽霊みたいにもなってるし。それなりの楽しさもあるけど」
他人には見えないから、それ以上に寂しいし悲しくもあるけどね。でも簪に会ったから、陰が出来ていた気持ちに光が見えた。出会わなかったら、悪霊みたいになってたかも? くっそ迷惑ですな。がおー!
「……本当……に?」
「世界や幽霊がどうとかって、初対面の簪に嘘を吐いても仕方無いよ。個人的にメリットがゼロ。騙して悪いが……悪いと思うなら騙すなよ!」
簪は俺の姿を見つけて、声を聞いてくれたから、絶対に嘘は口にしない。
「流石にこういう時は、真面目に答えるようにしています」
そうでもないか。今は変なセリフ言ったし、さっき簪の目の前で壁の中に入ったし。いや、壁を通り抜けた行動自体は真面目だった。簪がずっといたのが想定外だったんだよ。
「……信じる」
「ありがとう」
楯無さんは、簪の趣味はアニメ鑑賞って言ってたっけ? 設定的に多少は理解しやすい方だから、すぐに信じてくれたんかね?
「ろ、廊下を、歩く……途中……誰も、夕を……見なかった、から……」
「そうなの。大抵の人には俺が見えないんだよね。簪の眼鏡が原因かな?」
本当の所は知らない。
「これは、眼鏡……じゃない」
「あ、そうなの。間違えてごめんね」
マジか。初見じゃ眼鏡にしか見えんぞ。
「……別に、いい」
どうやら怒ってないらしい。声でしか判断出来ないから難しいな。さっきから俺は、ずっと星空を見上げているから。キレイダナー。
「ありがとう」
「……礼は……いらない」
「だとしても、俺は言いたいんだ」
気に障ったなら謝る! それは普通よ、普通。謝ってないけど。
「それで、他に聞きたい事は?」
「幽霊になった、感想は?」
そこか。まぁ、いいさ。
「うん。思っていた以上に参るよ。俺の声は誰にも届かないし、誰もが俺に見向きしないからね」
いやぁ、しっかしこうして人と話せるのは、やっぱり嬉しいな。部屋に引きこもってソリティアしてる気分だった。不動のソリティアとかだったら、更に悲しい。ずっと俺のターン! ドロー! おい、誰か俺とデュエルしてくれよ……。俺とデュエルしろぉぉぉぉぉぉっ!
「だから、簪には感謝してるんだ」
ウィジャボードとかこっくりさんとか筆談とか、他にやりようはあるんだけどね。あ、その手があったわ。でも、結局簪以外に俺の姿は見えないんだぜ……。
「簪に会うまで暇だったから、賑やかな食堂に向かってメニュー見たり、それから自販機見たりで、廊下をうろうろして時間を潰してたから」
まさか発見されるとは思わなかった。
「その後に簪とばったりね」
一応可能性は考えておくべきだったけど、街中や学園で男がIS学園の白い制服を着て歩いていたら、絶対に大騒ぎになっていた。で、見えてないんだから、油断してても仕方がないやろ?
「……そう」
「うん」
他にも色々あるけど、こんなもんでいいよね?
「……うん、簪もやる事があったみたいだし、簡単な説明を終えた俺は行くよ。もう未練はない。成仏出来そう。お前……消えるのか?」
ベンチから立ち上がり、伸びをしながら簪の様子を見て確認。これから向かうのは、誰もいない静かな公園を目的地に設定する。あるかどうかはわからんが、屋根ありのベンチがいいかな? 人がいなければ、色々練習とか出来るし。
「……待、って」
俯いたままの簪が俺を引き止めた。
「何?」
何かあるの? まだ説明が足りないとか? 丁寧ではなかったからしょうがないな。
「こっ、この世界で……夕に、帰る場所……あるの……?」
簪の体は縮こまったままだが、顔を上げて俺の瞳をしっかり見つめてきた。
「いんや、この世界に俺の帰る場所は無いよ」
束さん達にも俺の姿が見えないから、近くにいてもなぁ。俺は近くにいてそのままの日々を過ごしていたら、それ以上を絶対に欲しがる。だったら他の場所で過ごすしかない。最初からやらなければ……愛を知らなければよかった理論。
「他は?」
「他……」
簪はまた俯いたが、俺は気にしない。
少しの時間待ったが、簪の言葉はまだ出てこない。
簪を待つ間、俺はある事を考えていた。言うだけ言おうと。
「簪。先にちょっといいかな?」
内容は口にせず、まずは俺の言葉を聞いてもらいたい。待てなかったというより、これから先に関わってくる事だから。
「…………わかった」
「ありがとう」
簪が頷いてくれたので礼を言った。
「簪」
「……何?」
簪が俺に目を合わせた。
「……いきなりで悪いが、俺を助けてくれないか?」
この言葉を口にした時点で、断られてもおかしくない。
刹那、簪の瞳や体が揺れた。
「……今までの俺は誰にも見えないし、誰にも声が聞こえない」
俺は理由を話し始める。うん、やっぱり心細いのよ。未練はどうした! 幽霊だから際限なく欲しがるに決まっているのよ! 飽くなき欲望なの! 素晴らしいっ!
「でも、簪には俺の声が届き、俺の目を見てちゃんと話してくれた」
心が悲鳴を上げてる。いや、それは大袈裟だけど。
「俺は一人が嫌いだ。誰かと一緒にいたい。だから俺は、簪にしか出来ない事を頼んでいる」
親友で大好きな一夏も家族で大好きな束さんも、確かに存在しているがあの二人でも、カメラを使用して見えないんだ。例えこの先二人から見てもらえるようになるかも知れない、ならないかも知れない。だが、今この瞬間に、確実な簪を必要としている。不安定な毎日を送りたくはない。悪霊とかになったらどうすんの? あちこちで人がフワァ……したらどうすんの?
「だから俺を助けてほしい。簪が必要なんだ」
俺は簪に手を差し出す。
「嫌なら断ってもいい。無理なら拒絶してもいい」
初対面の人に話す言葉じゃないから、普通なら不気味だったり恐怖を感じるだろう。
「突然で本当にごめん。だから簪の選択を聞かせてくれないか?」
俺と目が合ったまま、静かに黙って話を聞いてくれた簪が、再び俯いた。
「答えは急かさないよ。考え抜いた簪の選択を、俺はしっかり受け止める。俺が悲しむとか、俺の事は絶対に考えないで。自分が、どうしたいかだけを考えるんだ」
覚悟しよう。断られたら悲しいが、拒否する事が普通なんだ。確信があって言った訳じゃない。当たり前だろっ! 初めて会ったんだから!
「………………」
今、簪は考えているんだろう。どうすればいいか、どうしたいのかを。
かなりの時間が経過した。これは体感じゃなく、月の位置が大きく移動していたからだ。俺は手を伸ばしたままで、簪は地面を見続けてた。
「…………選んだ」
簪が言葉を発した。
「うん」
俺は簪の言葉を遮らないよう、短く頷く。
簪はゆっくりと顔を上げて、俺を見つめた。
「…………ごめん、なさい」
簪は申し訳なさそうに頭を下げた。
俺は、望む答えを得られなかった。
顔を上げた簪は悲しそうな表情をしている。
「うん。だろうな」
まぁ、簡単に想像出来る事だし、いきなりじゃなくても戸惑うのは当たり前だ。
「答えてくれてありがとう」
俺は今出せる精一杯の笑顔を見せてから、簪に背中を向けた。これ以上簪を見ていると、涙が出ちゃう。見なくても溢れそう。
「それじゃあ……俺は行くよ。本当にごめんね」
簪に背中を見せたまま俺は謝罪し、歩き始めた。誰もいない場所を探して静かに泣こう。で、気になったんだが、涙の場合って上を向いても表面張力働くの?
「……待って」
簪が俺を呼び止める。
「ごめん、待てない。今簪の方を向くと、涙が……ね」
俺の泣き顔見ないで。泣きそうになっても、鈴ちゃんの前では耐えられたけど、今は無理だから。
「止まって」
「俺の顔見ない? マスカラが落ちちゃうから」
化粧してるとか乙女かよっ! 何か適当に言わないと、ごまかしが効かなくなる。
「うん」
俺が止まったら、簪の足音が聞こえてきた。
そして俺の近くで音は止んだ。
「……私は、ヒーローに……なれない」
言葉が詰まり気味、声も小さめだ。あー、確か楯無さんが言ってたな。ヒーロー物が好きって。今思い出したわ。へぇ、憧れてるのかな?
「でも、傍に――」
「――無理しなくても……」
ええんやで……? やだ……涙声になってきた。タスケテイチカー。誰だ貴様は! スパイダーマッ!
「私も――――」
わたしだ。さっき簪が口にしたある単語を聞いて、俺はある事を思いついた。
袖を使って、浮かんでいる涙をごしごしと拭って決意。
「――――だったら俺と簪で、ダブルヒーローになろう!」
粉バナナのポーズ。
「え……?
俺の言葉に簪の目が大きく見開いた。
「そう! ヒーローは一人じゃなくてもいいんだ! ライダーは助け合いでしょ! という、名言もあるんだ!」
俺、水を得た鰹みたいな勢いになっている。いや、だって、嬉しいじゃん! 絶望が俺のゴールになっていた状態で、まさかまさかの展開だよ! 俺の絶望がフライングしていた! 失格です!
「俺、断られたけど言わせてもらうぞ!」
体を簪に向け直し、地面を踏み締める。
「簪が俺を助けて、俺は簪の何かしらを助ける! 困っている人、泣いている人、助けを必要としてる者に、ヒーローは必ず現れるんだ! ヒーローの条件は!」
テンション上がって楯無さんの言葉とかもうどうでもいいわ! 純粋に興奮してきちゃった! 簪が俺の心に放火したのが悪い!
「絶望という名の闇に包まれた誰かに! 希望という名の光を! 勇気を与える事なんだ!」
俺は簪に、持論じゃなく一般的な正義の味方像をぶちまけた。遊園地のヒーローショーとかそうじゃん?
「だから! 俺にとって簪は! 絶望に光という勇気を与えてくれたヒーローなんだよ!」
俺は更に続ける。適当な事言ってね?
「簪は! 俺の姿が見えて声が聞こえる……それ即ち! 世界中で簪一人だけにしか出来ないヒーローだ!」
簪が俺の言葉の勢いに驚倒しているが、俺は言うぞ!
「さぁさぁ、更識簪よ! 勇気を振り絞って選んでくれ! もう一度断っても、俺はもう大丈夫だ! 今なら一人でもやっていけるからな!」
箒が長い間やっていけたんだ。だったら俺もやってみせる。
「断りづらいとか、そんな事はどうでもいい! 時間はたっぷりあるんだ!」
簪ではなく俺がな。
「ちなみに、俺には隠し事が沢山あるぞ! 秘密を抱えているからかっこいい! ではなく、秘密を抱えてるから怖い、近付きたくないと思ってもいい! この秘密は、君を確実に傷付ける真実だ! 後、俺がこの世界にいられるタイムリミットもきっと存在する!」
一応先に言っておく。一緒に生活していて、秘密の内容がバレて拗れたりすると面倒だからね。そして恋愛関係が一番ヤバかった。男女混合の仲良しグループがばらばらになったりするから。簪には内容までは言わないが、本人が希望したら中身を伝えようと思う。まぁ、そもそも断られたら意味ないが。
「さぁ! 俺の手を取るか、それとも払うか! 言葉でも構わん! 何度も選択を強いてすまないが、最後にもう一度だけ選んでくれ!」
俺は手を差し出す。
「自分だけの事を考えてくれ。焦らずゆっくりとな。明日でもいい。俺は出来れば今日がいいけど。まぁ、任せるよ」
休める場所が欲しい。特に人が集まらない場所だ。今の俺なら幽霊とか怖くないぞ。きっと同じ存在だから殴れる。お前らのせいで一夏が怖がっちゃっただろうが!
簪はただ俯き、立ち尽くしている。もうそろそろ皆が寝る時間じゃない?
俺は簪の前に出してない手を使って、ポケットに突っ込む。財布と携帯とバンシィが、一つのポケットに入っていた。ごちゃごちゃじゃないか。
俺はバンシィ以外をポケットに仕舞って、バンシィを掌に乗せて親指で撫で始めた。
(構ってやれなくてごめんよ。落ち着いたらまたな)
袋の実験から得た知識だ。多分だが、バンシィをぷかぷか浮かせていたら、他の人には見えると思う。服の中に隠せば見えない。幽霊って全裸じゃなく、服着てるからそうなんじゃないかと。
「…………わかった」
黙考していた簪が、結論を出した。
「無理強いしてごめん。そして考えてくれてありがとう。簪」
「わ、私は……ヒーローに、なるっ」
簪は勇気を出して俺の手を握ってくれた。バンシィはポケットに。
「……だから……ひ、ヒーローに、なってっ」
簪と俺の目が逢った。す、好きになんてならないんだからっ!
「おう! 答えてくれてありがとう! 俺に光をくれてありがとう! そして嫌だったら殴って蹴ってくれても構わん! ごめんね!」
すまない、俺の体がモウガマンデキナイ! 状態なんだ。簪が赤いマントを持つ闘牛士なら、今の俺は赤色を見て興奮する牛。
「精一杯の気持ちを込めて、俺の必殺技を食らえっ!」
俺は簪の背中に手を回して、優しく抱いた。すみません、楯無さんと鈴ちゃん。俺……浮気しちゃったよ……。いや、浮気じゃないから。付き合ってないから。
「っ!?」
簪がビクッと大きく驚いた。
「嫌なら離れていいのよ。そして俺を殴ってくれ! 受け入れちゃうぞ!」
こっちの箒と鈴が、一夏にやったみたいに。
「…………温かい……」
一言だけだが、簪が小さく呟いた。
「俺って体温あるんか」
氷みたいな冷たい体で、簪を抱いたら拷問になっちゃう所だった。体温の確認……どうやって確認するんだ? 誰かに俺を触ってもらう? 出来るけど簪のお陰で済んでしまっていた。
「何かしらの嫌悪感があるなら離れてもいいぞ? 大丈夫だ。今の俺は心に追加装甲を身につけてるから、殴ったり蹴ったりしても構わないよ。俺は受け入れよう。当然の事だからね」
もしかしてだけどさ……まっくのうち! まっくのうち! を、食らったり出来るかな? うひょー! 楽しみー!
「ヘイヘイヘイヘイ! カモンカモン!」
「……うるさいっ」
怒られてしまった。
「あ、ごめんなさい」
これから静かにしよう。
「で、どうする?」
「もう少しだけ、このまま……がいい」
俺の背中に簪の手が回された。か、かわEEEEEEEEEEE!!
「了解。早速ヒーローの出番ですね」
簪の気が済むまでのしばらくの間、俺はヒーローの姿がプリントされた、抱き枕になっていた。そういうのって売ってたっけ?