IS 一夏がいない   作:稲穂焼き

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裏四話

 楯無さんだけではなく、簪にもジークブリーカーを決められた。死ねぇ! されないだけマシ。俺からやったんだけどね。んー、この温かさをマッテイタンダ!

 

「そろそろ行きません?」

 俺は簪の背中に手を回したまま、ちょっと声を掛けた。最初から最後まで、たっぷり時間を使ったもん。トッポって素晴らしい!

 

「……まだ」

 拒否られてしまった。くくく、落ちたな。これって悪役のセリフじゃないか!

 

「でも、ご飯食べたり寝たりしないと、明日辛いよ?」

 

「……休む」

 おい、ヒーロー!

 

「ダメだよ。仮病使っちゃ」

 

「……一日ぐらい……大丈夫」

 だからヒーロー!

 

「今日は、徹夜で……」

 

「ご飯食べてお風呂入って寝なさい」

 

「嫌」

 凄く気に入られたみたいだ。ここまで甘えてくる人って……楯無さんと鈴ちゃんと束さん? 一夏もその仲間に入れてやるってんだよ!

 

「よし。じゃあ、僕を簪の部屋に連れてってよ!」

 

「……うん」

 こうなったら行くしかない。簪はきっと梃子でも動かんぞ。強制的にお姫様だっこ? ファーッ! 簪浮いとるがな!

 

「はい、まずは俺を解放して」

 

「嫌」

 どないせいっちゅうねん。

 

「なら、手を繋ごう!」

 これならいいだろうか。

 

「うん」

 簪が俺から離れて、手を繋ぐ。これは簪兎さんと呼べばいいのかな?

 

「よし。じゃあ、行こう」

 

「……うん」

 手を繋いで、俺は簪の部屋に向かった。俺は何て事を言ってしまったんだろうか。俺はああするしかなかったんだ!

 

 

 寮の廊下を一緒に歩く。

 

「いいかね? さっき言ったように、簪は一人で歩いている。周囲に生徒達がいる時は、出来る限り俺の声に反応しない。出来る限り俺の姿を見つめない」

 廊下を歩く最中、俺達はルールを決めている。

 

「着替えは全部脱衣所で頼むよ?」

 俺がいなければ問題ないけどね。いや、事故ると危ないから、やっぱり脱衣所で。

 

「部屋の中でも俺を他の人達に悟られないよう、気を配ってくれ。簪が危ない人認定されちゃからね」

 黄色い救急車がお迎えに来てしまう。

 

「油断してると、俺が簪と出会った時みたいになる」

 

「……うん」

 簪は小さめな声で頷く。廊下は真っ直ぐだから、今は大丈夫かな? 時間が遅くて、他の生徒はほぼ起きてないはず。気配的にも問題無い。

 

「んー……後はこの体って食事がいらない。朝から現在まで何も食べてないけど、全くお腹が減らないから。それに服も汚れないっぽい。幽霊だから、死んだ状態のまま……みたいな感じで固定されてるんだろうね」

 俺は死んでない。

 

「これから俺と一緒に過ごす事になるけど、一人暮らしと同じ生活を心掛けて」

 簪からは一人で住んでると聞いている。それはそれでいいなとちょっぴり羨ましく思うが、やっぱり俺は楯無さんと鈴ちゃんと一緒がいい。楽しいもん。

 

「ま、俺はあんまりいないと思って」

 常日頃からぴったりは、簪側がキツいんじゃないかな? 朝の寝起きの顔とか……は気にしなさそう。

 

「嫌」

 

「そう言うと思いました」

 この我が儘さがかわいい。もっと甘えてもいいのよ? 元の世界に帰ったら、鈴ちゃんと楯無さんをもっと甘えさせよう! 一夏と束さんと千冬さんもばっちこーい! あ、箒は一夏にな。

 

「じゃあ、簪の後ろにいるよ」

 

「うん」

 よく考えたら俺って、いつも皆が傍にいてくれてるよな。超恵まれてる。皆と過ごす時間を大事にしないと。

 

「続きは部屋に戻ってからで。案内してくれ」

 

「……わかった」

 簪に手を引っ張られて俺は歩いた。

 

 

 

 

 簪の部屋に無事到着。途中、簪が自販機で自分用と俺の分の飲み物を買った。誰もいないから、俺がお金を出そうと考えたが、簪に止められる。万が一人が来たら……ではなく、簪がそうしたいと言い始めたので甘えさせてもらった。

 

「部屋は、自由に使って」

 部屋のドアに背中を向けた状態で、簪にそう言われた。

 

「うん」

 

「出入りも」

 

「はい」

 

「……来て」

 簪はまた俺の手を引いて、部屋の中央に。

 

「……ここ座って」

 俺はベッドに座らされて、簪が手を離した。さっきから口数少なくなりすぎだと思ったが、簪が楽ならそれでいいかな。俺も理解出来る範囲だし。

 簪が隣に座ってから、俺の膝に頭を乗せてきた。膝枕か。デート……家……鈴ちゃん……キスされたな。

 

「お腹はどうだ?」

 俺は簪を見下ろして、瞳を見つめながら頭を撫でた。食い物を数時間口にしてないもんな。もしかして、俺と遭遇しなければ食堂に行ってた?

 

「……いらない」

 簪は俺を見上げている。この体勢……唇をガードした方がいいのかな?

 

「何も食わなくて平気なの?」

 長々と付き合わせたり、色々と無理強いしたから限界越えて食べたくなくなった? なら悪い事しちゃったな。

 

「胸が一杯……で」

 簪が懐かしむように目を閉じて、自分の胸に手を乗せた。おい、どこ触ってんのよ!

 

「食材あるなら俺が作るけど?」

 

「……明日の、楽しみに……する」

 眠いのか素の喋り方なのか判断が難しい。

 

「わかった。朝食ね」

 何だろう……おかんやってる気分? こんなに世話を焼きたい人は初めてだわ。

 

「食事は明日にして、今はお風呂に入りな」

 

「……わかった」

 簪は起き上がり、風呂に入るための準備を始めた。寝ぼけてここで脱ぎ始めないよな?

 

「簪。俺はちゃんとここにいる……俺は目的を終えるまで絶対に消えるつもりは無い。だから安心してくれ」

 まだ俺は存在していたい。この世界で大切な相棒が出来たからだ。だから突然簪の前からいなくなりたくない。予兆があればいいんだが。

 

「……うん」

 簪は服を持って脱衣所に向かった。

 

「いってらっしゃーい」

 俺はその場で手を振って、脱衣所に入っていく簪を見送った。これでようやく休める。簪がいるいないではなく、俺が落ち着ける場所って事だ。さて、俺は眠れるのか?

 簪が風呂から上がるまで睡眠に挑戦。どうせ眠れなさそうだし、別にいいかなって。

 

 

 

 

 目を開くと青い天井が目に入った。どうやら朝方らしい。いつの間にか意識が飛んでいた。いや、しっかり眠ったな。

 現状を把握するために上体を起こそうとしたが、体が重い。俺も重力に捕らわれてるって事か。

 何かあるのかと自分の体を手で探ると、簪が俯せで俺の上にいた。またか。向こうの楯無さんは横で眠るわ、ここの簪は上で眠るって。世界が違えど姉妹なんだな。

 

「ん……」

 簪がほんの小さな息を漏らす。この状態じゃ俺は何も動けんぞ。助けてヒーロー! 俺の体にライドしてる人物がヒーローさ!

 身動きとれず、暇になったので簪の頭を撫で始める。かわいい。こりゃ楯無さんが虜になるはずだわ。しかも楯無さんより大胆だ。そんな事より、一緒にヒーロー目指すって約束したじゃないっ!

 俺は簪をしっかり抱きしめてから、もう一度眠る事にした。この体でもちゃんと眠れるんだな。そういえば確か……静かに眠る者達は起こすなって、よく言われてたっけ? そんな理屈か?

 

 

 もう一度目を覚ますと簪の顔が、俺の視界を埋め尽くしていた。姉妹でやる事が似ている。

 

「おはよう」

 

「……おはよう」

 簪の息がくすぐったい。

 

「退かないとキスしちゃうぞ」

 楯無さんは退いてくれたが、簪はどうなんだろう。

 

「……私は、それでも構わない」

 

「ごめんなさい嘘です負けました降参です」

 簪がくっそ手強い。今度からはやめよう。

 

「……して、くれないの?」

  簪の表情が曇った。おい、マジでやる気なのか。

 

「冗談です。だから下りて」

 俺は手を使い唇をガードした。

 

「しなければ退かない」

 

「やる気満々だねっ! 昨日の夜に出会ったばかりなんだぞっ!」

 

「いつも過ごしていた日々より……何よりも濃かった」

 

「昨日は薄めないカルピスか」

 

「……オレンジ果汁100%」

 

「どっちでもいいよ」

 

「今日は――――」

 何?

 

「――――休む」

 

「どうせ許可しないと下りないんでしょ?」

 

「許されない……なら、唇を奪う」

 楯無さんなら赤くなるのに、簪は何ともない表情だ。やだー!

 

「……わかったわかった。休んでいいよ」

 キスとか言わなきゃよかった。キスは嫌だ! キスは嫌だ! 嬉しいけど嫌だ!

 

「……わかった。連絡してくる」

 簪がようやく体から下りて、俺は唇を防いでいた手を戻して溜め息を吐いた。俺は絶対、簪に勝てないな。簪は簡単に受け入れちゃうし、楯無さんなら拒否してくれたから。これから軽はずみな発言には気を付けよう。

 俺はベッドから起き上がり、部屋の一部分に太陽が差し込む様子を見て、俺は窓に立って伸びをしてから、即座に頭を下げた。

 

『この学園で地縛霊になる事をお許し下さい!』

 誰に謝罪すればいいのかわからないが、誰かに対して勢いよく頭を垂れる。

 

『簪の背後霊として過ごす事も許して下さい!』

 楯無さんに向けて謝った。今はまだ、簪に楯無さんの事を伝える気は無い。

 俺は頭を上げて振り返り、簪がいるかどうか確認。どこに行ったんだ?脱衣所かお手洗い?

 簪の事は一旦頭の片隅に追いやって、俺は台所に向かった。

 調理器具と冷蔵庫の中を確認。どちらもちゃんと揃ってるな。ただ、嫌いとか苦手な物とかは先に聞かないと。

 

 

 台所でごちゃごちゃやっていると、簪が脱衣所から戻ってきた。

 

「済んだから……今日はアニメ三昧」

 パジャマから部屋着に着替えていた簪が、俺に笑顔を見せてくれた。素敵な……笑顔です。かわいい。

 

「おう、紹介してくれ」

 こっちじゃどんなアニメがあるのかな? レンタルショップに行っとけばよかった。

 

「うん」

 

「さ、朝ご飯を作るから簪は座っててくれ。邪魔とかじゃなく、これからお世話になるからやりたいんだ」

 そのぐらいはやらんとな。

 

「て、手伝うっ」

 俺に目を向けながら、簪の体に力が入ってるのがわかった。頑張っている姿がかわいい。

 

「いや、俺にやらせて。簪のために、俺は作りたいんだよっ!」

 

「私も、一緒、に……手伝いたいっ」

 

「わかった。じゃあ、手伝ってくれ」

 これは俺が折れるしかない。簪ええ子や。だけど、仮病を使った簪は悪い子だ。堕天使と悪魔かな?

 

 

 

 

 二人で食事を作って、一緒にご飯を食べた。俺って飲み食い可能なんだな。ピンクの星の戦士と同様で、いくらでも食えちゃう。食事を味わえるって最高!

 そして空いた皿を流しに置いて、休憩に入った。

 

「アニメ見よう?」

 テーブルの前に俺と簪が対面で座る。

 

「早速か。いいぞ、付き合う」

 

「うん!」

 簪の表情は、まるで雲が去った後の太陽みたいに晴れ晴れしている。たいよおおおおおおお!

 クッションの上に座っていた簪が立ち上がって、俺の手を掴んで引っ張られた。いや、掴まなくても行くって。

 

「こっち!」

 手をぐいぐいと、ベッドの方へと一生懸命に引っ張る。その姿はまるで、捕獲した獲物を引きずる捕食者だ。あらやだ食べられちゃうかわいい。

 で、テレビでアニメを見るのかと思ったら、簪は何かの端末を取り出した。もしかしてそれで? ちっちゃすぎるだろ! あ、ファミレスで働く先輩の事じゃないです。

 

「いや、テレビで見よう。それは一人用だ」

 ベッドに座らされて、簪が隣に座って密着してきた。簪の行動で俺は気付いちゃったよ。一夏はブラックホールで、俺は粘着テープだという事に。超ショボいな。太陽とミジンコレベル。

 

「引っ付いてていいからさ」

 画面が小さいと見にくくて集中しにくい。一人ならいいんだけど。

 

「…………わかった」

 簪は少しだけ考えて、首を縦に振った。

 これじゃ身動きとれませんな。どこにも行かないつもりだが、簪は出来るだけ傍にいてほしいらしい。

 

「俺は常に簪の傍にいるから大丈夫だって。これから沢山思い出を作っていこう」

 簪の頭をぐりぐり撫でた。かわいい。

 

「……私も……一緒に、作りたい」

 

「わかった」

 俺は返事をした。

 

「準備をお願い。俺じゃわからん」

 

「うんっ」

 俺から離れながら返事をして、簪は準備を始めた。最初に見るアニメは何かな?

 

 

 最初に簪が見せてくれたのは、勧善懲悪なヒーローアニメだ。

 

「……どう、かな?」

 俺の膝に頭を乗せて画面に釘点けな簪に、感想を聞かれた。

 

「昔ながらのよくあるヒーローアニメだな。だが、ストーリーの展開がワンパターンじゃなくて飽きない。毎回一般人が敵に捕らわれて、主人公が助ける話だけじゃなく、事前に情報を掴んで未然に防ぐ事もある。真っ正面から堂々と挑んでくる敵もいて素晴らしい」

 なかなかお目に掛かれない、王道タイプのヒーローアニメだと思う。向こうにあるかな?

 

「気に入ってくれて、よかった」

 

「面白いアニメを見せてくれてありがとう」

 俺は空いていた手を簪の頭に乗せた。

 

「次の見せる」

 

 

 今度のアニメもある意味勧善懲悪だ。

 

「これは?」

 先ほどと同じ姿勢で、簪と俺は視聴中。

 

「うん。ストーリー自体は確かに王道だ。ただ、主人公達と敵の戦う理由がおかしい。敵は世界の建物をお菓子に変えると言って、主人公達は虫歯だからやめろと叫んで阻止する。これは新しいパティーン。歯医者行けよ」

 この話を大真面目にやっているから笑っちゃう。でも、引き込まれてしまう展開が多くて面白いから悔しい。

 

「次のを見せる」

 

 

 今度は善悪乱れるヒーローアニメ。善悪といっても、信念云々じゃない。

 

「うん。初めて見るタイプだわ。敵が自分の味方を裏切り、主人公が自分の味方を裏切る。戦闘シーンは人数が多く、敵味方がわちゃわちゃしてて、どこがどうなっているか初見じゃわかりにくい。繰り返し見させて把握させる。いい手法だ。そして全体的にシリアスがないから軽く見やすい」

 斬新すぎるアニメだ。味方の背中を斬ったり撃ったりと、やっちゃいけないタブーを犯す。そして一回だけなら許されるとか、流れ弾ならノーカンとか変なルールがある。凄く好き。

 

「次」

 

「いや、待て。もう夕方だぞ。ぶっ続けで見すぎだ」

 面白いから時間が許す限り見れちゃうが、そろそろ中断するべき。簪は昼食を食べてないほどだ。途中で休憩を挟むべきだった……すまん。

 

「また後でな」

 

「……うん」

 不満そうだ。

 

「……ん? ちょっと待って簪。静かにしててね」

 俺は簪に黙って待機するよう命じる。

 

「……わかった」

 簪が返事したのを確認して、俺は廊下に続く部屋のドアに近付き、ドアをすり抜けた。

 楯無さんがじゃがんで、簪の部屋の扉に耳を当てて、中の様子を探ろうとしていた。

 

「簪ちゃん……大丈夫かな? お見舞いに行きたいけど、部屋にお邪魔するの絶対に怒られる。嫌われちゃう」

 おいおいおいおい、シスコン過ぎるだろ。ストーカーの域じゃないか。星明子?

 

「何か部屋の前に置いとくべきかな? いや、でも、感付かれたらもっと嫌われちゃう」

 今度は部屋のドアの前で左右にうろうろし始めた。もしかして楯無さんって、両方共ストーカー属性持ち? だとしたら、向こうの楯無さんの言動が理解出来てくる。向こうの楯無さんは俺が対象で、目の前の楯無さんは簪が対象。

 

「うーん……」

 

『置くだけ置いといたらどうです? 楯無さん! ポイント稼ぎですよ! ポイント稼ぎ!』

 聞こえないだろうけど、念のためのアドバイス。

 

「……帰ろう。またね、簪ちゃん……」

 楯無さんが諦めて、肩を落としながら廊下を歩いていった。お達者で。

 俺は部屋に戻り、絨毯に寝っ転がる簪の隣に座った。

 

「……何だったの?」

 簪は俺の膝に再び頭を乗っけ、俺を見上げた。気に入りすぎでしょ。

 

「いや、この寮に住む生徒さんがドアの近くを歩いてただけ。もう授業が終わって帰ってくる時間だからね」

 真実は話せませんな。

 

「……そう」

 

「じゃ、ちょっとだけ早いけど、晩ご飯の準備をしようか」

 

「うん」

 

「いい返事だ」

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