今日は三日目の朝だ。簪は俺の横で寝ているから、今回は自由に行動が出来る。今日も晴れてるな。
「よいしょっと」
ベッドから下りて、伸びをした。簪が仮病を使った昨日、あれから簪と一緒に少し早い晩ご飯を食べて、アニメの視聴を再開した。が、鑑賞中に簪のお見舞いに来た人がいた。確か……えっと……一組の……何かぽわぽわした子。向こうじゃ話をした覚えが無いし、名前も知らない。一夏がのほほんさんとか言ってたけど、それはきっとあだ名だろう。
「ほら、簪。朝だぞー、授業あるぞー」
俺は朝食の下拵えを済ませ、俯せで眠る簪の肩を揺すって起こす。
「ん……」
「起きろー、起きろー」
今度は両手を使って簪の髪を、優しくわしゃわしゃと撫で回した。
「早く起きないと髪の毛にいたずらしちゃうぞー」
お前の髪を三つ編みにしてやろうか! ヘアスプレーでがっちがちにしちゃうぞ! ヘアスプレーあるのか知らんけど。
「……起きる」
髪の毛を弄ろうとした瞬間、簪がタイミングよく起き上がった。
「おはよう、簪。今日は登校しなさい。行くよな?」
「……おはよう、夕。うん」
目を擦っている最中だが簪の頭を撫でる。さらさらで綺麗な髪だ。また髪の話してる……。
「うんうん。簪はいい子だ。褒美をやろう」
俺は簪を抱きしめる。やる気を引き出させるコツは、飴と鞭をバランスよく使いわける事だ。でも以前の行動を思い返すと、飴しかやってないかも知れないな。なるほど、これが親バカか。バカ親じゃなければいいなぁ。
「……うん。頑張れる……」
「よし。じゃあ、服を着替えてきなさい。俺は朝食の準備してるから」
俺は簪から離れて、台所に向かった。よーし、ママ頑張っちゃうわよー!
俺と簪は黙って学園の廊下を歩く。現在の俺は片手で簪の肩を掴んでいる。その理由は、手を繋ぐと簪の手の振り方や、手の形が不自然になるからだ。次にどこも触れずに隣を歩くと、簪は泣きそうになった。という訳で、簪の肩に手を置いている。かわいい。いや、これはヤバいでしょ。俺も簪の事言えないけどね。
「かーんちゃーん。おはよー」
一組の教室を通ったら、昨日お見舞いに来た子が簪に挨拶してきた。
「おはよう、本音」
なるほど。この子は本音さんというのか。記憶したぞ。
「かんちゃん、珍しく笑顔だけど何か嬉しい事でもあったのー?」
本音さんが簪の表情を指摘した。俺は背後霊やってるから、簪の顔が何にも見えない。ただ俯いておらず、その目を正面に向けている事はわかる。人は変わるんだよ!
「ちょっと」
何? 表情を変えるなと約束したのではないのか!?
「そっかー。元気になってよかったよー」
しっかし、本音さんはにっこにっこしてんな。これが心のオアシスか。
「心配してくれて、ありがとう」
「ううん、当然の事をしたまでだよー。またねー」
「また」
本音さんと簪が手を振り合って別れた。気になったんだが、本音さんの制服は袖で手を隠せるほど長い。それって暗器が隠せるって事じゃないか! 何だか強キャラ臭がしてきた。
(表情は変えちゃダメって言ったじゃないか。肩の手離しちゃうよ? だから今度から注意な)
俺は簪に伝えると、周りに注視されない限りわからない程度に、小さく頷いた。
(よし。頑張れ)
注意はしたけど、今度簪が泣きそうな顔をしたら、俺が耐えられるか心配だ。いやぁ、簪には甘いッスね。今なら楯無さんの気持ちが凄く理解出来ちゃう。楯無さん! 妹さんを僕に下さい! 鈴ちゃんェ……。
四組の教室に到着して、一緒にドアを潜る。
「おはよう簪さん」
クラスメイトの一人が、簪に気付いて挨拶。
「……おは、よう」
簪はクラスメイトの目をしっかり見て、ちゃんと挨拶を返した。
(よし! よくやった! 後で撫で撫でしちゃうぞ!)
「簪さん、おはよう。熱は下がったんだね」
「おはよ簪さん」
「体は大丈夫?」
一人の生徒の挨拶に答えた簪に、クラスメイトから続々と声が飛んできた。
(やめてあげて! 家の子まだそんなに慣れてないの!)
俺は簪の肩を掴んだまま、言葉のみで制止する。周囲には聞こえないけどな。
「……う、ん」
(ほらー! 簪俯いちゃったじゃん!)
「あ、ごめんね! 病み上がりなのに」
一人の生徒が簪の様子に気付き、謝罪した。
「……気に……してない」
(いいぞー! ここでお礼を言うんだ! はい! ありがとう!)
「……あ、あり……がとう」
俯いたままだが、簪はちゃんとお礼を言えた。感動した!
(よく言った! 後でジュースを奢ってやろう)
「おうふ……」
「グサッときた……」
「か、かわいい……」
クラスメイトが変な息を吐いたり、自分の胸を押さえたり、顔を赤らめながら簪を見つめ始めた。君達、俺とあんまり変わらんね。俺はあまり口にしないけど。
(顔は下を向いたままでいい! 次は手を振ってバイバイだ! はい! バイバイ!)
俺は指示を出す。
「……ば……」
『………………』
簪の様子を察して、クラスメイトは固唾を呑んで見守っている。数人だけ簪を気にかけてると思ったら、クラス中が簪に注目していた。
「……ば、バイ……バイ」
簪はクラスメイトに向けて、小さく手を振った。
「神……」
「悪魔……」
「マジンガー……」
今はキャッチフレーズ関係ないでしょ!
簪はクラスメイトの横を通って、窓際の奥にある自分の席に座った。
(よく頑張った。今は無理だから、それまで我慢してくれ)
「……ん」
俺は肩を優しく叩くと、簪は小さな声で答えてくれた。
(ありがとう。ちなみにだけど、俺も二組の教室じゃ簪と同じ場所だぞ)
「……っ!?」
簪が勢いよく俺に視線を向けた。
(前! 前!)
俺は簪の頭を掴んで、頭を教壇側に戻す事に成功。これって下手したら、アサシンみたいに首をゴキッとやっちゃ可能性もあった。ごめんなさい。
(ごめんね。不意打ちで言っちゃってさ)
周りにバレない程度に、簪の頭に手を置いた。
(これで許してくれ)
手を乗せるくらいなら、わかりにくいだろう。
「……ん」
(ありがとう)
今日は三組四組合同の授業がある。ISわっほーい! が、困った。どうやら簪は、俺に離れてほしくなくて、離れたくないらしい。それはつまり、女子更衣室に入れと言う事だ。やべぇよ、やべぇよ。
「大丈夫! ちゃんと待ってるから!」
俺は必死に説得する。何故女子更衣室へ入らねばならんのだ! 行った所で面白いものなんか何一つ無いぞ!
「……一緒に、いないとダメ」
皆が先に更衣室に入ったから、俺と簪は周囲を気にせず会話している。この状況で問題なのが、簪の声は小さいから気付かれにくいが、俺の手を引っ張っている姿だ。今の所、俺は簪以外に見えないから、傍から見たら簪がパントマイムをしている事に、なってしまう。
「後で抱きしめるから! 沢山一杯強く強く長く長く抱きしめるから!」
つまりだ。これは俺の体で払うって意味なる。やだ、安い体……。
「……約束」
「お、おう。絶対だ」
「……またね」
簪は俺の手を名残惜しそうに離し、手を伸ばしたまま更衣室へと向かった。どれだけ離れ離れが嫌なんだ。かわいい。
俺は女子更衣室の出口で、他の生徒達から目を背けて、簪が来るまで待機。
すぐにISスーツを着た生徒達がぞろぞろと、出始めた。簪は更衣室に入るのが最後だったから、着替えも最後だと思っていた。だが、背中に何かを擦り付けられたから振り返ると、簪がもうスーツを着ていた。
「…………」
俺の立ち位置から簪を見ると、横を向いた状態になっている。ISスーツはスク水と同じノースリーブスなので、肌が露出した肩か二の腕で擦ってきた事になる。全く躊躇が無いな。かわいい。
「…………」
俺は簪の隣をただ歩いた。
「…………」
簪は無言のまま肩を掴めと、自分の肩をぺちぺちと叩いて仰る。
俺は遠慮無く触った。
「……ふふ」
簪はくすぐったかったのか、小さく笑いを漏らして俺の手を払う。なんでさ。
だから俺は、もう一度簪の肩に手を乗せる。
「ふふふ……ダメっ……」
再度弾かれた。な゛ん゛でだよ゛ぉ゛!
再挑戦。
「……だ、ダメっ」
簪が自分の手で肩を覆ってガード。今の俺って無理矢理触ろうとする変態じゃないか。誰彼構わず体を密着させようとする、変態なのは既に知られているから今更だな。
(隣にいるから安心してくれ)
俺は簪の肩の代わりに、頭に手を乗せ一緒に歩いた。その綺麗な髪をもじゃもじゃにしてやるぜ。
アリーナに到着し、三組四組綺麗に分かれて整列。俺は簪の隣にいるから、他の生徒達より身長が高いため、頭が約一つ分飛び出ている。男だからとかじゃなく、統一感が無いから嫌な感じ。
先生が生徒達にそれぞれ指示を下し、ISが置かれた場所まで生徒を誘導。向こうとは何も変わらない授業風景だ。
(刀を正眼……中段……剣道の竹刀を持つように構えて)
「……か、刀を、剣道の竹刀を、持ってるみたいに、構えて……」
俺は簪のISの腰辺りのリアスカート部分に足を置き、前屈みで簪の頭に両腕を乗せている。ちなみに俺は、ビーム系の武器しか使った事が無い。つまりビームがオ ンリーワン! 一夏の白式ほどではないが、燃費はあまりよくない。無くなりかけたら、徒手空拳とシールドファンネルを突撃させるだけに鳴る。まぁ、アリーナの狭さとバンシィの速さで接近すれば、何とかなる。近付くまでが大変だが。
「こう……かな?」
打鉄に乗る生徒が、刀を正眼に構えた。
(そんな感じ)
「う、うん」
上段、中段、下段、八相、脇構えぐらいしか知らん。
次はラファールの射撃だ。
(ライフルで一丁の時は、必ず片腕を伸ばして構えちゃダメ。撃った時の銃口の跳ね上がりを最小限に押さえるため、両手で銃をしっかり持って銃床を脇に押しつけて固定)
「……ライフルは、両手でしっかりと、持って…………撃った時のリコイルを、押さえる……」
先生き質問した方が早い。
今度は簪が射撃をする番になり、簪は的の正面に立った。簪のISに乗っている俺は、左右のアンロックユニットを掴んでいる。俺の体勢がどこかで見たような気がして、少し頭を悩ませてから思い出した。トマトがオッドアイズに乗ってる時だ。
(俺の武器貸そうか?)
『ど、どんなの?』
俺は簪のISに乗ったまま、尋ねてみる。
(先生に怒られる威力)
『じゃ、じゃあ……ちょっとだけ』
よし、言ったな? 今の俺はヒーローではなく、まるで悪魔みたいだ。あ、悪魔たん……。
俺はバンシィに頼んで、専用武器のロックを解除してもらい、簪の手にビームマグナムを持たせた。
(必ず両手で構えて撃ってね。きっと反動凄いから。じゃ、俺は一旦下りるよ。傍にいるから安心して)
『う、うん』
俺は簪の返事を聞いてISから下り、少し離れたら、簪がビームマグナムを両手で構え、的に狙いを定めて引き金を引いた。
銃口にエネルギーが球状に形成され、アリーナに響き渡る轟音と同時に、ビームが放たれる。命中した的が消えて、的を貫通したビームはアリーナの壁に当たり、大きなクレーターが発生。
『っ!?』
簪はビームマグナムを撃ち切った後の反動で、バランスを崩して背中から勢いよく倒れた。ビームマグナムって普通の機体だったら、ここまでヤバかったのか……。
簪を見守っていた教師や生徒達が簪に駆け寄った。
「簪さん、大丈夫!?」
ISに乗ってない先生が、倒れている簪に声を掛けて無事かどうかを確かめる。先生……アリーナなへこましちゃってすいません。
簪が上体を起こした。
「だ、大丈夫……です……」
「凄い音だったよ!」
「かっこいい!」
「こいつは威力がありすぎる!」
クラスメイトが簪の射撃に感想を告げている。
「……は、はい……何とか……」
簪は立ち上がり、即座にISの異常が無いか確認した。マジでごめんなさい。
「念のため、簪さんは保健室で休みましょう。付き添いは? 一人で行けそう?」
「……一人で……大丈夫、です……すみません……」
謝りながら簪はISを待機形態に戻し、俺もバンシィに頼んでビームマグナムを回収してもらう。
集まる生徒達の中を簪は歩くが、少しだけ足取りが安定していない。
簪から離れていた俺は、走って簪に近付いてから、周りの視線に気取られない程度に体を支えた。今回は完全に俺が悪い。
(ごめんな、簪。もう少し教えておけばよかった)
可能性が俺の頭にあったが、伝え損ねてしまっていた。
「……気にしないで……もう限界、だったから」
なるほど、口実か。
(保健室行ったらお詫びするよ)
「いい、タイミング」
簪が俺の目を見て優しく笑った。楯無さんすみません。俺は簪をお嫁さんにします。結婚したら毎日世話するんだ。ハッ!? 俺は今、簪の世話をしている……つまり、もう結婚してるって事か!?
「そっか、ありがとう」
「うん」
さて、保健室までなんマイル?