俺は今、女子更衣室にいて簪の隣に立っていた。簪が入らなきゃ許さないと発言したので、俺は天井を見上げて何とか過ごす。
時折だが、スーツの着替えの終わりを待ってる俺に、簪が頭を掴んできて自分の体に振り向かせようと努力していた。やべぇよ、この子。意味がわからんぞ。
「やめてよね。簪が本気を出しても、僕に敵うわけないじゃない」
この体の俺にパワー勝負を挑むとは。
「いいから着替えなさい」
「……うん」
簪は短く返事をしてから着替えを進める。楯無さんと同じような事をしてくるから、やっぱり姉妹だわ。妹の方が大胆だだけど。
「終わった」
言葉と共に使用して開いていたロッカーを、優しく閉めた。
「おし、行こう」
俺は視線を少し下げながら、簪の姿はまだ見ないようにしている。いや、何か今の簪に視線をやったら危ない気がして。
「見ないの?」
「見ないよ」
「残念」
簪は俺の手を掴んで歩き始めた。普通に手を引かれるだけで助かったぜ。しかし何がしたいのかわからないな。
学園内の廊下を歩く途中、今朝と同様に簪の肩に手を乗せていた。この時間帯はどこの組でも授業中だが、油断は出来ない。
保健室に着いてすぐ、簪は空いているベッドに潜り込み、俺はそのベッドに腰掛けた。
今は大きな動きが出来ないので、横向きに寝ている簪の頭を優しく撫でる。
「凄く、落ち着く」
頭を撫でられている簪が、目を細めながら感想を漏らす。
「ゆっくり休め。簪が眠っていようと俺は傍にいるから。約束したろ?」
「うん」
俺の手を簪の頭から離して、掛け布団の中にある手を握った。
「おやすみ」
「……おやすみ、なさい」
目を瞑った簪はすぐに寝息をたてた。今日は朝から頑張ったから、普段の生活と変わって疲れていたんだろう。休めるきっかけがISの射撃って所か?
簪の手を握る俺は移動が不可能になった訳だが、何をしようか? 簪が目を覚ました時に傍にいたいから、片手だけしか使えない。
俺はある事を思いついた。それは何かあった時のための手段、ポルターガイストだ。俺自身が誰にも見えないので直接物に触れるが、簪から離れずに何かをするには物を遠隔で操る必要がある。だから是非とも習得しときたい。
ポケットから携帯を取り出して自分の横に置き、掌を携帯に向けて念じてみるが、どういうやり方が効果的なんだろうか? 知り合いに超常現象を起こす人や霊とか当然いないので、手本になるものが全く無い。ここはドラマとかアニメを参考にしよう。
昼まで練習して持ち上げる事は不可能だが、引きずるくらいは可能になった。かなり楽しい。
「ん……」
簪の方に視線をやると、目をゆっくり開いた。どうやら目覚めたらしい。
「おはよう、簪」
俺は簪に微笑む。
「……おはよう、夕」
起きたばかりの簪だが、意識がはっきりしているらしくて、俺を見た瞬間に笑みを浮かべた。
「眠れたか?」
「……うん、ぐっすりと」
「昼休みだがどうする?」
携帯で時間を確認してから、携帯をポケットに仕舞った。
「食堂に行く」
簪は俺と繋いでいる手を離してから起き上がり、俺の隣に座って肩に身を任せてきた。残念。また後でな。
「じゃ、行こうか」
「うん」
俺と簪は一緒に立ち上がり、肩を並べて保健室を後にした。
「……夕は、私が眠っている間……暇だったりしなかった……?」
簪は俺に首を向けて心配してくる。
「いや、全然。その場でやる事があったから大丈夫」
今は昼休みの時間帯だが、普通に喋れる程度に人通りは無い。
「本当に……?」
「疑り深いなぁ。あったから気にするなって」
俺は簪の頭を優しく撫でる。こうでもしないときっと引きずる。ごまかす方法だ。
「ほれ、とにかく食堂に急ぐぞ」
簪を撫でていた手を肩に乗せ、俺達は食堂に歩を進めた。
食堂に着いた時間が遅めだったから、空いてる席がそこそこ目立つ。俺は簪の肩から手を離して、空席に先に座った。
俺が座ってから少しの時間が経ち、簪は自分の食事を運んできて隣に座る。
「……いただ、きます」
簪は両手を合わせてから、食事を始めた。
「召し上がれ」
俺は座ったまま窓から空を見上げて、時間を潰す。ソラガアオイナー。
簪は今日の授業の全てを終えて、向かった先は整備室。人が結構いて簪とは落ち着いて会話が出来そうにない。
「ま、俺は近くにいるから作業しちゃって」
俺に背中を見せて、簪は自分の専用機のISを整備を始めた。その後、簪は無言で作業する。
俺は簪の邪魔にならないよう少し離れて辺りを見回した。
「さっきの……武器は、荷電粒子砲?」
近くでISを整備していた生徒がいないので、簪が作業しながら話し掛けてきた。
「もしかしたらそう呼べるかも知れないけど、一般的にあれはビームと呼称されている」
ビームとは何か、と尋ねられても答えられない。設定に詳しくないからだ。俺は科学者じゃないし、まだまだ知識不足。
「気になる感じ?」
「……私が求める、理想の……武器」
「そっか。なら、実物を渡すから解析でもしてくれ。分解は無しで」
周囲を確認してから再びバンシィに頼んで、ビームマグナムを簪の近くに出現させた。
「……うん。ありがとう」
「どういたしまして」
別に悪用する訳じゃないし、解析ぐらいいいよね?
俺が渡したビームマグナムを、簪は調べながら自身のISにデータを入力している。
「これ作った人……誰? 携行性に優れていて、小型なのに火力もある、から」
「篠ノ之束」
「え……?」
簪が手を止めて振り返る。
「向こうのね」
「き、貴重な物なのに……いいの?」
大事な物を勝手に調べてもいいのか? といった感じの、不安そうな表情をしている。
「いいよ。簪の役に立つなら是非に」
束さん、ごめんなさい。
「ただ、このデータは誰だろうと絶対に渡さず、秘密にしてくれ。俺は簪だけに使ってもらいたい」
「私、だけに……?」
簪の頬が赤く染まった。かわいい。
「そう、簪だけだ。あれだよ、刀とか流派の技を、他の流派に知られたくない感じ?」
「……何となくわかる」
「だからこれは約束だ」
俺は簪に近付き、小指を差し出す。
「……わかった」
簪も小指を差し出してきて、指と指を絡ませる。
「これでOKだ」
「うんっ!」
簪は満面な笑みで頷き、俺達は指を離した。
「さぁ、作業に戻りな」
「あ、ありがとうっ」
簪は感謝の言葉を述べて、俺に背を向けてビームマグナムを再び調べ始めた。
「……他に何かあるか? 発想ぐらいなら俺でも協力出来るぞ」
沢山アニメを見てきたんだ。そこからヒントぐらいは出せるはず。
「……自分だけで、やってみせたい」
俺に背中を見せている簪は断った。
「そうか。何かあったら言ってくれ」
「うん……ありがとう」
断られちゃったー。
簪がしばらくISを弄っている間、俺は人がいないかを確認してからバンシィを自由に飛ばす。かわいい。
「それ夕の?」
終わったのか休憩するのかわからないが、簪が俺の方を見て尋ねてきた。
「うん。俺の大切なIS」
大切とか言ってる割には、窮屈なポケットに押し込めたままだ。いつもごめんよ。
「起動した所……見てみたい」
「うん、俺も起動させたいんだけど、そもそも起動出来るのか。可能だとしても誰の目にもつかない場所が無い。後は他の人に見えるかどうかと、疑問が山積みでね」
束さん達の拠点に行くのはアウト。簪から離れる訳にはいかないし、簪を拠点に連れて行く事も出来ない。計画は後々簪に話すつもりだ。
「だったら、アリーナは……? 時間帯によっては人がいない……怒られない」
「うーん……わかった。行ってみようか」
まぁ、お願いされちゃあね。やるしかないでしょ! 色々試さないと。計画に俺も加われるかも知れないしな。黙って指を咥えてるとか赤ん坊かよォ! おしゃぶり昆布下さいな。
「うん」
簪はISを待機形態に戻して、アリーナに向かう準備が完了。俺もバンシィにビームマグナムの回収を頼んで回収してもらう。これでアリーナを目指せる。
「準備完了しやした」
「わかった」
俺は簪の肩を掴んで、一緒に整備室を出た。
アリーナに到着したら、奇跡的に人がいなかった。夕日が眩しいけど、俺は太陽にほえない。
「先……行くね」
簪がISを出してからカタパルトで発進する。未完成と聞いていたが、基本動作ぐらいは大丈夫と言っていた。
『大丈夫。誰も、いないよ』
簪から通信が入る。
「了解。ありがとう」
俺は返事をして、バンシィを構える。
『来てくれ、バンシィ!』
俺はバンシィの名を呼んで起動させる。
起動時の独特の光が俺を包んで、装甲が体に装着されて準備完了。何だか凄く懐かしい気がする。
『ありがとう! さぁ、簪の後に続くぞ!』
俺はカタパルトで、懐かしく感じるあの空へと飛翔して、簪の傍に寄って話し掛ける。
『これが俺のISだ。起動に成功したぞー!』
俺は万歳した。
『わ、私の予想していた……ISじゃ、ない……』
簪が口元を手で覆って、目を大きく開く。いきなり否定された。
『そう言うと思いました。今は光ってないけど、金色に発光するんだぞ? かっこいいんだぞ?』
俺は簪に説明する。一夏なら常に赤く光ってんのにな。
『ダーク……』
『くっそ! 人が気にして……ないな。別にいいんだ。かっこよければ全てよし。可愛いは正義だよ』
『冗談だから……』
『大丈夫。わかってるって』
俺は簪と契約したんだ。だからクーリングオフは出来ません。
『俺はスペシャルじゃないから、あまり上手じゃないけど、俺と一緒に飛んでくれるか?』
俺は簪に手を差し出す。飛行だけなら、複雑な操作は必要無い。
『うん、わかった』
簪が俺に手を伸ばして掴んでくれた。
『じゃ、エスコート頼んだよ』
『任せて』
簪が笑ってくれたので、俺も笑顔になった。簪ちゃんかわいい。
簪と手を繋いだまま、同じスピードで空を飛ぶ。アリーナ内を何周もしていると、久々な気がする飛行にも慣れてきた。誰かが俺を見てないか、頻繁に確認する事を怠らない。楯無さんが見ていそうなんだもん。
『心配?』
一緒に飛んでくれている簪に、話し掛けられた。
『そりゃあ、ね。ちょっとした計画があるんだ』
俺は簪にちょっとだけ理由を話す。
『時がきたらある事をするんだよ。人を脅かして回るとか、小さな事じゃない。もっと大きな事だ』
『内容を、聞いても?』
『もう少し後になったら必ず話すよ。ごめんね』
『ううん。私こそ、ごめん』
『気にしないで。ただ一言だけなら伝えられる。それは人を守る事だ』
『……守る?』
『そう。皆を守るんだ。ついでに別の思惑もあるけど、目的は守る事だ』
『……皆を、守る』
簪は守るという単語に反応した。
『後で簪にちゃんと説明する』
『……わかった。日付が近くなったら教えて』
『了解。じゃあ、もうちょっと飛んだ後で、俺の武器をテストしたいから、付き合ってくれるか? 一度も触った事ないんだよ』
ついにシールドファンネルを使う事に決めた。今までずっと装備しているだけだったから楽しみ。
『うん。最後まで、夕に付き合う』
『ありがとう』
『どういたしまして』
俺達は夜になる前に簪の部屋に戻ってきた。
「ふぅ」
先ほどのアリーナでの出来事を、俺は一生忘れないだろう。実はシールドファンネルを使ったら、滅茶苦茶頭が痛くなった。それもたった一つ操作しただけでだ。偏頭痛に悩まされた事は無いけど、もしかしたら偏頭痛ってあんな痛みが毎日襲ってくるのか。偏頭痛怖すぎ。だから今度、コツとかをセシリアさんに教えてもらおう。
「……大丈夫?」
現在の俺は部屋着に着替えた簪に、ベッドの上で膝枕をされている。超幸せ。思わず抱きしめたくなるほどだ。今度皆にもやろう。
「大丈夫だ。問題無い。シールドファンネル超痛かっただから」
しかし何だ、あの痛さ。セシリアさんってあの痛みに耐えてるの? 流石代表候補生だ。スペシャルやね。
「ビット兵器は……誰でも扱える武器じゃない」
「はい。とても身に染みました」
俺は簪の膝を掌ですりすりと撫でる。服がスベスベしていて、肌触りがグッド。おほー。
「く、くすぐったい」
お返しにと簪が頭を撫でてきた。あ、これはもう成仏出来ますわ。計画とか忘れちゃうレベル。いや、ちゃんと覚えてますよ。
「このこのー」
今度は人差し指で膝を撫でる。
「ダメ」
簪は俺の頭を更に優しく撫でてきた。俺もう簪と結婚するわ。一夏と合体したい。あれって一万二千年でいいよね? オサレ感を演出するために一万と二千年前を分けてるの?
「俺は今、凄く幸せだ」
この幸福感に包まれて永眠したい。それ死んどるがな!
「……私も、幸せ」
心が通い合ってますね。だ、ダメよ! 私には鈴ちゃんと楯無さんがいるのよ! でも、快楽に屈しそう。
「今この瞬間を……私は大事にしたい……」
「うん」
俺は簪の膝を撫でるのをやめたが、簪は継続して俺の頭を撫で続けている。俺に死因があるなら、幸福死だったりして。凄い死に方だ。
「昔の私が……今の私を見たら……何て言うのかな?」
「くそったれとか思うんじゃない? 昔の簪を一切知らんけどな」
俺が簪と出会った時の様子から想像してみた。いや、思わなさそうだ。
「口汚い……」
「わからないから仕方が無い」
「……私も、わからない……かな」
「だろうな」
情報が少なすぎて絞り込めない。
「所で今日、クラスメイトと話してどうだった?」
話題を変えて、感想を聞く。
「……大変、だったけど……夕のお陰でちゃんと話せた」
俺は側頭部を簪の膝に乗せてるから、簪の表情は見えないけど、きっと笑顔だろうと予想する。
「そうか。次の目標は俺が何も言わなくても、自分で考えて自分の言葉で話せるように頑張ろう」
いつまでもここにいられる訳じゃない。
「だけど、今はまだ俺が手伝うから安心していいぞ」
「……うん。頑張って、みる」
「よし、いい子だ」
俺は再び簪の膝を撫でた。撫でてから気付いたんだが、この手つきってセクハラ親父みたいなもんやんけ。俺はおっさんになってしまったのか。
「ふふふ……くすぐったい」
膝をすりすりしている俺の手を、簪がまた退かした。
「ああん、いけずぅ」
「また、後で……」
よっしゃ。後でまたやろう。
「それより、晩ご飯の支度を」
「そうだな。そろそろ作るか」
簪の膝から俺は体を起こして、簪の隣に座った。残念だ。
「一緒に……作ろう?」
「おう」
俺は簪と家庭を築く事に決めたわ。俺ってちょろすぎ。それでいいんだよ!