朝になり起き上がる。昨日は簪と一緒にベッドに入ってからお互いの顔を見つめ、手を握りながら眠りについた。そういえばクローゼットで寝るようになってから、こうして誰かと一緒に寝る事は久々な気がする。だって楯無さんと鈴ちゃんが俺のベッドに寝るんだもの。当番制でいいじゃない!
簪は眠っているが俺は起きたので、ベッドから出ようとしたが簪の手が俺の手を力強く握って離さない。簪を起こさないように、この場から離れる事は不可能だ。俺ももう一眠りするか。
瞼を開くと簪の瞳が俺を見つめていた。
「……おはよう」
「はい。おはようございます。今日も一日頑張ろう」
「今日は、授業が無い。つまり……お休み」
ゑ? マジか。てっきり登校日だと思っていた。また勘違い……。
「だから、今日はアニメ三昧」
「あんたも好きねぇ」
俺もアニメが好きだから平気だが、休日ならちょっと頼みたい事がある。
「そうだ。今日は外行かない?」
「外?」
簪の表情がぽかんとしている。
「そう。外出。ちょっと頼みたい事があってね」
初日に行っておけばよかったが、すっかり忘れていた。
「レンタルショップに行きたいんだ」
「何か、借りたいの?」
「借りたい……というのもあるけど、確認したいんだ。向こうとこっちでは放送したアニメは同じなのか違うのかと」
俺にとっては重要な事だ。何せ、ロボ物を愛してるからな。摂取しないと死んでしまう。肉体的には既に死んでるが。
「わかった。夕の頼みなら」
「ありがとうごぜぇやす」
横になったまま頭を下げる。これは下げるというより、横に振った感じになるのか。
「よし、一緒に起きてくれ」
「うん」
簪と一緒に上体を起こす。
「これは礼だ」
姿勢は辛いけど俺は簪の背中に手を回して抱きしめた。そういえば昨日やってなかったな。昨日の分も含めて簪に返そう。
「……温かい」
簪も俺の背中に手を回して、その手に力を込めてくれた。
「人間ホッカイロよ」
この体も最初は楽しめたけど、気付けば誰にも見えない孤独を思い知った。簪が俺を見つけてくれなければ、食事と睡眠を必要としなくなった俺は、人としての形を無くしていただろう。だからこれはもう、感謝のキスをするしかないでしょ。やっぱりキスはやめよう。
「……うん」
かわいい。
しばらくしてから一緒に朝食を作って、一緒に食べてから外出。べたべたしすぎだろうけど、俺も簪もお互い必要としているから仕方が無いの。もしかしてこれって……依存してる……? かまへんかまへん。簪いなかったらマジで生きてけないもん。
「行こうか」
「うん」
俺は簪の肩を掴んで街に向かう。これはデートにカウントされるんだろか?
簪は制服姿で一通りが多い街中を俯いて歩く。
(辛いだろうけど前を向くんだ。人じゃなく物を見ればいい。女尊男卑の世界で簪は制服を着てるから、場合によっては襲われる)
俺の物騒な発言に簪は一瞬ビクッと震えた。向こうではそういう事件をあまり耳にした事は無いが、こっちじゃどうかわからない。やけに簪に視線を向ける人が多い。制服だけでも目立つからな。
(大丈夫だ。簪は俺が必ず守る。俺が外出を頼んだから、マッチポンプになっているけどな。ごめんね)
簪は小さく首肯してから、前を見てくれた。
(よく出来ました。ありがとう。帰ったら沢山抱きしめるぞ)
ここで一つの可能性が閃く。もしかして通行人などに、俺が見えてるんじゃないかと。だから簪の肩に手を乗せて歩いている俺を、怪訝な目で注目してるのかも知れない。かまへんかまへん。寧ろ俺にヘイトが集まるならラッキーだ。
(じゃ、目的地に目指そう)
「……うん」
ちょうど周りに人がいない状況で、簪は小さな声で返事をしてくれた。
目的地のレンタルショップに入り、簪はアニメコーナーへと直行。俺も歩きながら棚に置かれてる、ドラマや映画を流し見ていく。またISの話……。
簪がアニメコーナーで足を止めた。俺はその場でゆっくりと上下に首を動かす。
(アニメもISばかりだな)
そんなにISが好きかぁぁぁぁぁっ!
(隣の棚に移動してちょうだい)
簪が隣の棚へと移ってくれた。
(他のアニメコーナー行こうか。簪の見たいヒーローアニメすら無いから)
「……ん」
簪は小さな返事をして、他の場所へと向かう。ISのアニメ自体は嫌いじゃないが、一色なのは個人的に疑問だ。まぁ、人気があるんだろうな。結構借りられているからわかった。
簪と一緒に店内の奥に進むと、見慣れた作品達が並んでいる棚に辿り着いた。
(思っていたより少ないな)
この辺りの空気が何だか埃っぽく感じる。店で秘境を思い浮かべるとは思わなかった。
(何か見たい物はあるか?)
この場所に置かれてるアニメは、俺と一夏達で全部見た。ネット通販なら見たいアニメがあるかな? ここはガンダムが置いてないんだ。駆逐されちゃったのかな?
「…………」
簪は無言で首を小さく横に振った。ヒーローアニメもそんなに置いてないな。多分だが、簪ならここに置いてある作品を、全部見ていてもおかしくない。
(特撮は見たか?)
簪は首を横に振って否定した。どうやら手を伸ばした事は無いみたいだ。
(勧善懲悪もあるから、見てみるか?)
簪に尋ねるとアニメコーナーからすぐ近くの棚にある、特撮コーナーに移動した。
(おー、さっきのアニメコーナーに比べると置いてるな)
ニチアサ系が充実していた。悔しい。
(簪が見たいものを自由に選べばいいよ。急いでる訳じゃないから時間はある)
俺がそう言うと、簪は色々な物を見始めた。
簪は一番下から作品を一覧している。だから簪はしゃがむ。俺は立ったまま肩に手を置くので、腰に負担が掛かった。なので一緒にしゃがむ。ここまで離れないのは怒られるからだ。かわいい。
簪は首を動かしていたが、中腰である作品を見つめ始めた。戦隊物じゃない……だと……?
(それ勧善懲悪じゃないぞ。逆にどろどろしているし、主人公の戦い方がヒール気味。シリアスばかり)
でも私は嫌いじゃないわ!
「……構わない」
あ、簪は借りる気だ。
(簪のヒーロー像が確実に崩れる。それでもいいなら見よう)
一応止めるが、簪が見たいならしょうがない。
俺の言葉で手を伸ばしかけていた簪は、手を引っ込めた。よし。
(また今度にしよう。心の準備が必要だ)
「……わかった」
(口に出てるぞ。お口チャック)
「…………」
今度は口に出さずに黙って頷いてくれた。ここら辺は人が全くいないし、俺も警戒はしていたから問題は無い。が、気を付けるべきでもある。
(用事は済んだし、そろそろ行こうか)
しゃがんでいた簪と俺は立ち上がり、店の出口へと向かった。
(付き合ってくれてありがとう。そして無駄足踏ませてごめんな)
店外へと出て俺は話し掛ける。
すると簪は立ち止まり、きょろきょろと辺りを見回す。
「一緒に歩けて、楽しかった」
なるほど。周りに人がいないか確認したのか。
(ありがとう。俺もだよ)
簪の感想に俺は同意した。
少し早めの昼食を簪は済ませてから、俺達はゲーセンに来ていた。せっかく外出したんだから、真っ直ぐ帰らずにどこか寄ろうと話し合った結果がゲーセンだ。ちなみにゲーセンに来る途中、簪は携帯を使って誰かと話す真似をして、周囲に怪しまれずに俺と会話するという方法を閃いた。俺はその手があったかと簪を褒め称える。しかし今まで何故気付かなかったし。楽しかったからかな?
(さて、何がやりたい? UFOキャッチャーもありますよ)
携帯を耳に当てたままの簪に話し掛ける。
「あれを……」
簪がやりたいゲームを視線で示す。またIS……。
(ぬいぐるみも悪くないけど、やっぱりISだよね!)
今日は休日だから、人が沢山並んで待っている。女の人もプレイしてるので、簪でも入りやすい方だろう。簪でも、は失礼か。変な意図は無いんだよ、ごめんね。
(プレイする前にルールなどを説明するぞ)
コイン投入してからもたつくより、事前に知っておいた方が簪も楽だろう。
「お願い」
(ではまず対戦人数からだ。四体四のチーム戦だ。人数に応じて、一対一も可能だ)
皆で同時に遊べるから、かなり人気なんだよね。
(ルールは簡単。敵全員のライフをゼロにすれば勝ちで、自分含めた味方全員のライフがゼロにされたら負ける。他のルールもあるけど一番人気なのは、やっぱこれだね)
トッポ!
(機体数がかなり多くて、ステータスもそれぞれ細かく設定されていて、機体の形も違う。似てるのもあるけど)
対戦ゲームだと、どうしても強機体や弱機体と差がついてしまう。だが、このゲームはまだバランスがいい方だ。
(さて、次はネットで機体を調べよう。機体毎に解説があるから、自分が使いたい機体を先に選んでおくんだ。実際に操作しないとわからない部分があるけど、大体正しいから問題は無い。後は操作方法にテクニックもついでに調べておきな)
早速簪が携帯で調べ始めた。簪はどんな機体を選ぶんだろうか。
機体を選んだ簪が、俺に見やすいよう携帯の画面を少しだけ傾けてくれた。
(なるほど。敵機四体同時にちょっかい出せるオールレンジ万能型だな。各武装にちょっと癖があるけど、戦況を把握して立ち回れば、味方が動きやすくなる機体だぞ)
俺は大雑把に説明する。簪が選んだ機体は、なかなか扱える者がいないから使用者は少ない。
「……嫌われてる機体?」
簪は再び携帯を耳に当ててから、俺と会話を始める。
(そんな事は全く無い。その機体より嫌われている機体が沢山あるからな。対戦ゲームじゃよくある事だ)
格ゲーとか特に。
「本当に……大丈夫……?」
(おう、大丈夫だ。下から数えた方が早い)
「夕は、どんな機体……?」
(高機動、重装甲、超極小火力、全ての武器が相手の行動を妨害出来るオールレンジ特殊型。横っ腹から状態異常ふっかけるの楽しいです)
他力本願機体の一つだ。
(さて、まずは列に並ぼう。心の準備は出来たか?)
「う……うん……」
簪が凄く緊張しているのが、見ているだけの俺にもよく伝わってきた。子供一人でお使いさせる親の気持ちがよくわかる。
(俺がずっと傍にいるから、安心して)
俺は落ち着かせようと、簪の頭をゆっくり撫でる。周りにバレない程度に静かに。
「……わかった。やってみるっ」
気合いを入れて簪は歩き出し、俺は簪の肩を掴みながら筐体の近くまで進んだ。
ある程度の広さがあるので、簪と俺が入れる隙間が結構ある。俺は壁と同様に人の体もすり抜けられるから、簪一人分だろうと一緒にいる事が可能だ。
現在行われている試合を、複数のライブモニターの前で観戦する人達は、ほぼプレイしない人。筐体の椅子に座ってプレイする人の後ろに並んで、見物している人達は次の試合を待つ人。わかりやすい。
(お、ちょうどいいタイミングでいい場所に弾がいるな。簪。一番端の筐体に座るために、その列に並ぼう)
簪に指示を出して端側の列に並ばせる。
(後ろからプレイ中の画面を覗いて、どんな様子か掴むんだ)
「…………」
簪は前を向いたまま首を小さく縦に振った。
俺は周囲を見回すと、簪の事を見てる人が多数いるのを確認した。IS学園の制服は白くて目立つから仕方が無い。見るだけなら構わんよ。
簪の隣にいる俺の親友のそっくりさんも、簪の姿を見て驚いている。親友はIS学園に通ってて、隣にいるのはIS学園の生徒。無理もない。だがな、今だけはお前のコミュ力発揮すんなよ。こっちのお前を知らんけどな。後、かわいいからって絶対に簪に惚れんなよ。向こうの弾ならともかく、俺の知らない弾に簪は絶対に渡さんぞ。
十数分経って簪の番がやってきた。
(よし、ファイトだ。今簪の隣にいるやつは絶対に話し掛けてくる。覚悟しとき)
俺は事前に知らせた。
負けた人が筐体の前から退いて、簪が進んで筐体の椅子に座った。俺は肩を掴んだままだ。
「このゲームやるの初めてか?」
簪の隣に座った奴が首を横に向けて、早速声を掛けてきましたよ。
「……は、はい……」
多少でも心構えが出来ていたから、簪は俯きがちで声も小さめだが返事をちゃんと返せた。後で沢山褒めながら撫でよう。
「普段見かけない顔だからそうだと思った。操作のやり方は?」
「す、少し……だけ……なら」
「そうか。だったら俺達に任せてくれ」
弾が自分の胸を叩く。やだ、頼もしい。
「よっしゃーっ! 聞け野郎共っ!」
弾が立ち上がり、簪と反対側にいる二人の男に向けて叫ぶ。
「彼女を守るためにっ! 俺達は全力で敵を殲滅するぞっ!」
『おぉぉぉぉーっ!!』
ちなみにだが、今ここにいる人達の顔を大体知っている。向こうでもいたからな。
「自分が足を引っ張ったとか気にしなくていい。最初は誰でも初心者だ。俺達がカバーする」
弾が簪の方を向きながら、椅子に座った。やだ、かっこいい。
「お、お願い……しま、す」
簪は何とか会釈した。
(さぁ、コインを入れてスタートボタンだ)
俺の指示通りに簪は動く。
(まずはプレイ人数を選択)
画面に表示されたカーソルを操作して決定。
(次はステージを選択。その次は機体を選ぶ。時間はたっぷりあるからゆっくりな)
簪が焦ってミスらないように、声を掛けて落ち着かせる。
「お? その機体を選ぶとは、なかなかお目が高いな。将来性があって今後の成長が楽しみだ」
お前は誰目線で話してんだ。
「あ、は、はい……」
本人じゃなくても結構緊張してきた。だが、今の簪は俺以上にドキドキしているはず。
(ステージ選択は市街地か。これで同時にマッチングも終了。画面が変わるぞ)
俺は一つ一つ説明していくと、画面には簪が選んだ機体の後ろ姿が見えた。
(ここからは俺は口出ししない。でも大丈夫だ。簪には頼もしい味方が三人いる。最初の内は彼らに任せて、簪は慣れる事から始めよう)
俺が簪に首を向けて長々と喋っている間に、ゲームが始まっていた。これは恥ずかしい。