IS 一夏がいない   作:稲穂焼き

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裏九話

 俺は一人で簪の部屋へと戻ってきて、普段は使わないベッドに俯せで倒れ込んでみた。何か懐かしい気がする。

 俯せから仰向けになって天井を見つめる。どこを見ようと寮の部屋だから、向こうの部屋と寸分違わない。簪がヒーロー物のステッカーを天井に貼っていたら、異なった天井になっていただろう。だから何だって話。

 

 やる事は一応あるが、同じ行動を繰り返すと飽きがきてしまう。いや、やるか。

 ポケットから携帯を取り出して宙に放って、携帯の落下地点に掌を向けると、空中で停止した。有効範囲は狭いが、擬似的に時間停止が行える。これはただ掴んでいるようなものです。

 使用してないもう片方の手で財布を空中に投げて、掌を向ければ携帯と同様に止まった。これぐらいはお茶の子さいさいだ。でも、ここからが少し難しい。

 

 財布をキャッチして携帯をその場で回転させる。これは地味に難しいが、それでもまだ簡単な方だ。手を使わずに操るのが問題。対象物をそのままにして手を引っ込めると、有効範囲外になり地に落ちる。まぁ、まだ時間はあるから落ち着いていこう。今更だが、俺は一体何をしているのだろうか。

 

 

 

 

 しばらく物体操作を使って遊んでいると、簪が帰ってきたらしくてドアの開閉音がした。

 

「おかえりー」

 首すら動かさずにベッドで仰向けに寝っ転がっていると、体に重いものが覆い被さってきた。

 

「……ただいま」

 簪の声がして俺は自然と抱きしめる。食虫植物かよ。誰だろうと上に乗るなら抱きしめてみせるぜ! 力士は遠慮しますー。

 

「どうだった?」

 

「……うん。しっかり話せた」

 声は疲れているが、同時に充足感も得られたらしい。喜ばしい事だ。

 

「夕の言葉で、ごちゃごちゃしていた気持ちが飛んでいった」

 

「おーっと、簪君の心が吹き飛ばされたー!」

 

「だから、ありがとう」

 

「どういたしまして」

 最近の俺は言葉のごり押しが目立つ。今の体じゃそれしか方法が無いから……という言い訳。

 

「所で食事は済ませたのか?」

 随分長く時間が掛かったと思うが、話し合いだけで終わったのか疑問に感じた。

 

「食堂で……一緒に食べてきた」

 

「いきなり食堂か。目立ったでしょ?」

 

「……うん。ちょっとだけ、居心地が悪かった。だけど、お姉ちゃんと一緒に食べるご飯は悪くない」

 

「誰かと一緒だと美味いだろ?」

 

「夕より、よかったかな」

 

「家族だからな」

 俺は簪の発言を気にしない。人一倍身に染みているからだ。一人は一人でいいもんである。

 

「次にお風呂は?」

 

「これから」

 

「楯無さんと?」

 

「うん。裸の付き合い」

 

「おう、いってらっしゃい」

 

「でも、まだ行かない。少しだけ夕とこうしていたい」

 

「何ていい子に育ったんだ……」

 

「夕を一人にすると、きっと泣く」

 

「いや、泣かないよ。二度と会えない訳じゃあるめぇ」

 多分だけど。

 

「これで我慢してね」

 簪が俺の上に乗っかったまま抱擁。はらしょー。

 

「我慢しようじゃないか」

 自然と上から目線になってしまった。すまぬ……すまぬ……。

 

 

 少しの間、俺と簪は部屋にサイレントを発動。ただ静かに抱き合っていた。簪の温かさが俺の気持ちを落ち着かせてくれる。別に荒んじゃいないけど。

 簪が俺の体から下りて、一呼吸した後に俺は上体を起こして簪を見送った。

 この部屋に再び静寂が訪れて、俺は座ったまま考える銅像みたいに何もしない。基本的に何かをしているので、俺にしては珍しいと心中で呟く。一人の時間もたまにはいいもんだ。適当な思考に耽る事が出来る。普段から物事をあまり考えてないから、全く意味は無い。

 

 

 久々に散歩をしようと部屋から廊下に移動して歩く。寮の生徒達と時折すれ違うが、やはり俺は見えておらず、生徒同士が互いに視線を交わしながら雑談しているだけ。今は他人からの目がどうだろうと、俺には簪がいてくれるから、何も心配する事が無い。と思ったが、俺はいつ元の世界に戻るのだろうか? そもそも帰る事は可能なのかと、たった今新たな謎が増殖してしまった。

 廊下の角をまっがーる。そういえば俺は、消える消えると連呼していたけど、結局どうなるんだろうか? 個人的に制限時間と考えているが、条件が揃わないと無理という可能性もあるな。何故思い浮かばなかった。

 悩みながら足を進めていると、いつの間にか自販機の前に着いていた。挟まるのは今度にしよう。

 

 

 寮内を彷徨う俺の姿は正に幽霊。うらめしやー。

 キョンシーのように両手を伸ばし、廊下をジグザグに進みながら踊る。ゾンビじゃないけど、一応ホラー系に分類されるのでOK。

 すぐに飽きてダンスをストップ。目的があれば踊り続けられるんだけどなぁ。

 

 

 途中、一人で廊下を歩いている一夏と出会ったので、すれ違い様に肩を叩いてエールを送った。

 

「ん?」

 俺の姿は見えないので疑問に思うだろう。

 

「最近やけに肩を叩かれるな……何か憑いてるのか?」

 残念。簪にな。一応地縛霊にもなるか。

 

『さらばだ、織斑一夏。また会ったら俺の幸せな気分を、君にもお裾分けしよう』

 元気づけるビンタよりマシだろう?

 

 

 俺は簪の部屋に戻ってきた。簪がいないと、やる事無さすぎ退屈暇でキツい。なので、悪霊になっちゃうぞ。私と遊んでよ……ってさ。おー、くわばらくわばら。アパーム! 塩持ってこいアパーム!

 ベッドに飛び込んで左右に転がる。あ、これマーキングになっちゃうな。やめよう。

 落ち着きが無い俺は再び廊下に出ると、ちょうど生徒達が通っていく。数人の生徒はタオルや服を持っている。で、髪がしっとり濡れている。大浴場に行っていたのか。

 

『風邪引かないようにねー』

 彼女達の後ろ姿に手を振りながら、声を掛ける。そこで俺は閃いた。誰かの落とし物を届ければいいんじゃないかと。通報した。

 壁に背中を預けて腕を組む。束さん達って、今頃何をしているんだろう? 計画の段取りでも決めてるのかな? まぁ、何だろうと簪の元を離れるつもりはないので、クラスリーグマッチ当日まで待つか。後で簪にも話しておこう。

 俺は部屋に入ってベッドに潜り込んだ。退屈で寂しいので寝るしかない。明日はもっといい日になるよね、ハムタロサァン。

 

 

 

 

 目を開けば、そこは暗闇が支配する世界が広がっていた。どういうことなの……?

 状況を確認するために、まずは首を動かそうとしたが、何かにがっちり固定されて頭が動かない。動け、首! なぜ動かん!? ジオングでも少しはブースト使えるぞ!

 そして気付いた。ちょっと待って! 俺の頭が、簪に抱かれてるやん! どうしよう……? うん、寝るか。簪の拘束から脱出可能だが、起こしたくない。そして簪が起床した時に一緒にいないときっと悲しむ。なら、現状維持するしかない。俺の頭に柔い胸が押しつけられていようとな。胸はともかく、俺はとても幸せです! かまへんかまへん。

 

 

 

 

 二度寝してから目を開くと、今度は視界がはっきりしていた。窓から温かそうな日差しが入り込み、部屋の一部を明るく照らす。見える! 俺にも光が見える!

 手を動かさずに体を動かすと、今度は俺の胸の中に簪がいた。俺は眠った姿勢を常に維持出来るから、これは簪がやった事になる。どんな寝相だよ。睡眠中の俺は彫刻だからって、色々なポジションで楽しんでない?

 俺に抱かれたままの簪が、もぞもぞと姿勢を変える。もう簪が可愛くて可愛くて、可愛い簪を抱いていられるなんて、俺もう幸せで死ねるっ! 死にそうにないけどなっ! ハハッ!

 

 そろそろ起こそうかと考えたが、可哀想な気がしてきた。穏やかに眠る簪を、俺には起こせない。簪が手強い助けて楯無さん。あ……楯無さんという援軍も、簪が相手なら投降しそう。俺も投了します。

 

「……おはよう、夕」

 簪から朝の挨拶をもらった。もう簪の全てが、かわいい。

 

「おはよう、簪」

 俺は簪を見たら顔が近かった。唇ガードしなきゃ。

 

「……昨日は、私がいなくて寂しかった?」

 

「おう。超寂しかったぞ。だからこの状態は嬉しい」

 

「知ってる。夕は、抱きしめるのも、抱かれるのも好き」

 

「よくわかったな」

 

「……飼い主に寄ってくる、犬みたいに露骨だから」

 わんわんお!

 

「俺は皆が大好きだからね。あーいしてるぜー」

 

「私も、夕が大好き」

 

「俺も簪がダイスキダヨー」

 これは結婚待ったなし。そして俺の血痕も止血出来なくて待ったなし。

 

 

 

 

 今日は登校日なので、俺と簪は肩を並べて教室へと向かう。その道中、楯無さんに出会った。簪と楯無さんは晴れ晴れとした表情で、互いに挨拶。

 楯無さんの表情は締まりがなく、デレッデレした顔で簪と腕を組んでいる。俺は微笑ましいなと、二人を見つめた。何か百合百合してんな。簪が可愛いから仕方無いね。二人ともかわいい。

 

 

 楯無さんと別れて、簪は自分の教室に到着。クラスメイトから挨拶をされて、簪も少し言葉を詰まらせながら挨拶を返す。ちなみに俺は何も言ってない。簪が全て自力でやり遂げた。物事が一つでも上手く進むと、歯車が噛み合うように世界は回り始める。進研ゼミの漫画で見た。

 簪は自分の席に座り、頬杖ついて窓から空を見上げた。急にどした?

 空を見つめた後、簪は自分の席に視線を戻してから投影型ディスプレイとキーボードを使って、ISの調整を開始。

 俺は間近で簪の手や目線の動きを追っても、速すぎてISのどこを触っているのか理解不能だ。FSS? SSF!

 

 

 

 

 昼休みになり、楯無さんが簪を迎えにきた。もう楯無さんは簪にべったりですね。俺にも沢山覚えがある。

 食堂に向かって廊下を進む楯無さんと簪に、周囲の生徒達が二人に視線を注ぐ。朝は人が少なめであまり注目されなかったが、今はお昼で二人は廊下のど真ん中を歩くから凄く目立つ。いいぞー! おい、俺も混ぜろよ。

 

 

 二人は席に座って食事を楽しんでいた。平和な時間だ。この二人の空間に割って入る輩がいるのなら、誰だろうと俺はその人を通さない。キマリも通さない。

 俺は簪の隣に腰掛けて周囲を警戒。生徒達が作り出す喧騒を、この耳でしっかり聞き入れる。特に変わった様子は無く、いつも通り。遠く離れた席に食事をとる一夏達四人も見える。また一夏以外の三人はギスギスしてんな。とっとと一夏に告白して、牽制しあう状況に終止符を打つんだ。気絶しない程度に殴りながらでも思いを告げちゃえよ。

 一夏達から視線を外して、再び警護を開始。ま、楯無さんと簪の世界に、入り込む者はまずいないだろうな。来るなよ? 絶対に来るなよ?

 

 

 

 

 何事も無く食事が終わり、そして午後の授業も終了。学園内にいる間は、俺と簪の会話は皆無。それは仕方が無い事だ。でも、言葉を交わさなくても、簪の隣にいられるだけで俺は心が落ち着く。それで十分だ。

 簪は自分の席に座ったまま、ISの調整をしている。俺は少し離れた後ろの位置から、その背中を見守った。色々とゆっくりやればいいさ。

 

 

 夕日が教室内を赤く染め、簪は未だに作業を進める。ディスプレイが見にくくないのかと疑問に思った時、教室で一人残る簪に迎えがきた。楯無さんだ。シスコンって素晴らしい。

 簪が楯無さんに気付いて、ISの調整を終了させて廊下に待つ楯無さんの元へ近付き、二人は肩を並べて歩き始めた。今までに開いていた距離を縮めようと、二人は会話をする。今日は何があったか、今日はどうだったか、晩ご飯は何にするか、ほんの小さな内容。これでもう、俺のサポートは必要無いな。簪の周りは問題無い。やれば出来る子なんだ。その証明が俺の目の前にいる簪だ。短い間だったけど、簪と一緒に過ごせて楽しかったなぁ。と、おセンチごっこ。楽しい。

 

 

 

 

 簪と楯無さんは食堂で晩ご飯を食べて、今日の所は二人が別れて部屋に帰ってきた。

 

「今日はどうだったよ?」

 

「いい、一日だった」

 部屋に戻った簪と俺は早速ベッドに腰掛けた。

 

「大好きなお姉ちゃんがいて、私に話し掛けてくれるクラスメイトがいて、そして大切な存在の夕がいた。幸せで夢のような日」

 簪は慈愛に満ちた柔らかな表情で俺を見つめる。

 

「そっかそっか。そりゃよかった」

 

「以前の私のままなら、自分の殻に閉じこもって、目を向けなかった変わらない日」

 

「うん」

 

「夕は凄いね」

 

「だろう? コツは抱きしめる事なんだ。ガバッと、ね」

 大抵の悪環境は、それだけで済む単純な話だ。俺がお前の氷を溶かしてやんよ。

 

「慣れてないと恥ずかしい行為だから、俺以外の人はまずやらない」

 

「それなら夕は、女の子が相手でも、躊躇無く……抱きしめられるの?」

 

「性別を意識してないからね。俺にとっては第二の挨拶みたいなもんさ。特別な事情が無い限り、挨拶ぐらい難しくないっしょ?」

 

「……夕を除いた、一般的な挨拶なら日常の範疇」

 

「流石に通りがかった人全員に、抱擁をかます事は無いけどな。犯罪だよ犯罪」

 

「私も、初対面なのに抱きつかれた」

 

「ぐふ……。それを言われちゃあ、俺は何も言い返せないね。弁解する気も無いけど」

 

「……でも、私は嬉しかった。人の温かさを、ずっと忘れていたから……」

 

「俺は忘れないよう日々を送る最中に、誰かしらに抱きついてるぞ」

 

「だったら、私も」

 簪は言葉通り、俺を抱きしめてくれた。

 

「おう。私の胸で眠りなさい。私の胸で眠りなさい」

 人を抱くという行為は溜まりませんなぁ。至福の時ですわ。

 

 

 現在の時刻は二十二時過ぎ。簪は風呂に入ってから、俺と一緒にアニメを鑑賞。今回は俺が膝枕をされている。幸せ。

 二人でアニメを楽しんでいると、この部屋の扉がノックされた。

 ノックを聞いた簪はアニメを一旦停止させ、俺は簪の隣を歩いて扉に近付く。

 そして扉を開けた。

 

 

「初めまして。あなたが更識簪さん?」

 来訪者は、女装した織斑一夏だった。

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