IS 一夏がいない   作:稲穂焼き

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一夏帰還、白雪起床
一話


「ってぇ!?」

 背中に痛みが走り、目を開くと最初に天井が見えた。

 俺は背中を擦って、上体を起こしながら辺りに目を向けたら、ここはいつもの俺達の部屋。そしてベッドが膨らんでいる。誰かが眠っているらしい。

 立ち上がって誰なのかを確認すると、楯無さんと鈴ちゃんだった。どうやら俺はベッドの上でいつの間にか眠ってしまい、寝ている隙に二人が布団に入ってきていたようだ。で、鈴ちゃんに蹴られてベッドから落ちたと。寝相悪いかわいい。

 

「ふぅ」

 俺は台所に向かって冷蔵庫を開いて、冷えたマッカンを手に取って飲んだ。うひょー、この甘さが素晴らしい。だが、何故だか急に悲しくなって涙が出てきた。おい、涙腺と鼻のバルブ閉めとけよ。職務怠慢で給料出さないぞ?

 

「ぐすっ……」

 眠りから覚めたばかりだが、頭を働かせると原因が判明した。何か長い長い夢を見ていた事らしい。楽しい夢を見ていたりすると、起きた時に悲しくなる時があるけど、きっとその部分の深い喪失感だ。はっきり思い出せないのが悔しい。もっと見ていたくて……別れの言葉を告げてないから、ちゃんと言いたかった……そんな気がする。夢だけど。

 何となく服装を見てみると、ジャージのままだった。夢の中じゃ俺は制服を着てて、自分が幽霊みたいだった事を思い出す。夢って色々自由に見るから、ストーリーが超展開でも何故か納得してしまう。昔見た夢だと俺は魔術が使えてたな。我は放つ光の白刃! 一発しか撃てなかったけど。

 

 マッカンを一気に飲んでから袖で涙を拭い、着替えるためにクローゼットへ移動。

 俺は扉に頭をぶつけ、痛みでしゃがみ込んだ。

 

「ぉぉ……」

 頭を擦る。何やってるんだ! 余所見してただろ! これで楯無さん達が起きたら免停にすんぞ!

 俺は二人がどうなっているのか一瞥すると、起きる気配は無かった。危ない危ない。

 今度はしっかりと扉を開けて薄暗い空間へと足を入れ、ささっと制服に着替えた。

 携帯をポケットに仕舞い、バンシィを浮かせてクローゼットを後にする。夢にも負けず、涙にも鼻水にも負けない一日を過ごそう。でも心が痛い。

 

 

 

 

 今日は一夏の様子が変な気がする。覚えてないのか云々聞かれたから。その意味は後々尋ねるとして、一夏の事を除けばいつも通りの日常を過ごして放課後に。

 凄く悲しい。とっても悲しい。何故こんなにも胸が痛むのか。今日は朝から今までの時間、ずっとズキズキ心が疼いていた。この痛みが、きもてぃー……訳ない。

 本当に何なんだろう? ここまで引きずる夢は初めてだから、絶対大事な夢だ。でも、鮮明な映像が見えず、一欠片も自分以外の事は思い出せない。

 

「あんた今朝からどうしたの?」

 隣に座る鈴ちゃんに声を掛けられる。

 

「どこか様子がおかしいからか?」

 

「そう。今にも泣き出しそうな様に見える」

 

「そうか……」

 別に隠すつもりは毛頭無かったが、見抜かれているなら素直に話すのが一番だろう。一人で抱える事は辛くないけど。

 

「笑わんでくれよ?」

 

「わかった。ちゃんと真剣に聞く」

 これから話す事は、他人からすればきっと下らない物だ。でも、俺からすれば大事な事なはず。

 

「実はな? かなり長い夢を見たんだけど、それが思い出せなくて。何か凄く大事な事を忘れてる気がしてさ。すっきりしないから少しでも知りたいなと思って」

 

「夢? どんな感じの?」

 

「自分が幽霊みたいになって……なって……だ、誰にも見えなかった……?」

 

「幽霊ねぇ……そりゃあ、誰にも見えないでしょ」

 

「うん。霊感持ってるなら話は変わってくるけど、きっと見えない事が寂しかった……?」

 話している内に少しずつ判明してきた。

 

「夕は寂しがり屋だもんね。それに耐えられないと」

 

「うむ。死ねるな」

 なるほど。寂しくて死んだから幽霊になった。幽霊だから寂しい。これ矛盾してるな。

 

「うーん……場所とか覚えてないの?」

 

「場所……場所か」

 どこだっけ?

 

「……暗くてオレンジ?」

 

「暗いのにオレンジ?」

 

「電灯かな? 何かトンネルとか橋にある、あのオレンジみたいなやつ」

 

「あー、アレね。暗いならそれかもね。明かりすら無かったら、真っ暗になっちゃうし」

 

「後は……学園……か? 制服着てたから」

 

「舞台が学園なら私服より着慣れてるから納得ね」

 

「確かに。後は…………」

 後は何だ?

 

「…………ダメだ。ここから先は見えない」

 まるで記憶喪失みたいだ。夢という物は起きれば、いつもそんな状態を繰り返す。

 俺は頭を振って外部からちょっとした刺激を与える。この行為でわかってしまったら、今度から活用しよう。そして皆にも教えるんだ。ありえん。

 

「学園中歩くのはどう?」

 

「それがいいかも知れんな。鈴は今日って部活無いの? いや、ついてきてほしい訳じゃなくて、俺と一緒に話してていいのかって」

 

「あるわよ?」

 

「なら行かないと」

 

「走らなくても急げば余裕」

 早歩き?

 

「そうか。話に付き合ってくれてありがとう」

 俺と鈴は同時に立ち上がり、肩を並べて一緒に廊下へと向かって歩く。

 

「気にしないの。好きな人に相談されるのって、嬉しい事なんだから」

 俺から相談したのではなく、逆に聞き出されたんだけど。

 

「信頼の証的な?」

 

「そう、それそれ」

 教室から廊下に移動して、俺達は一旦立ち止まった。

 

「じゃ、また後でね」

 

「いってらっしゃい」

 俺と鈴は手を振り合いながら別れ、最初はどこに行こうかと考える。

 とりあえず足を進めて何かに反応しないか、探ってみようと思ったので早速実行。

 廊下で話をする生徒達を避けて、最初に一組の教室を覗いてみると、一夏達は既にどこかに行ったみたいだ。置いてかれた? かまへんかまへん。

 次に三組の教室を廊下を通りすぎるように見る。教室内は人が少し残っていた。どうやら何かを話しているみたい。何も反応しないな。次だ。

 今度は四組の教室の前に着いたので、進めていた足を止める。うーん……何も感じないな。そもそも夢の中の俺は教室に行っていたんだろうか? わからん。

 

「あ、白雪君!」

 ちょっと考えていると声を掛けられたので、意識を現実へと戻す。

 

「こんにちは」

 首を動かすと四組から出てきた一人の女子生徒だった。

 

「うん。こんにちは。何してるの?」

 

「今日は普段通り過ぎる場所を狙って散歩してるんだ。たまには学園内を歩いてもいいかなって」

 わざわざ夢の内容云々を話す必要は無い。

 

「そうなんだ」

 

「うん」

 

「あーあ……白雪君が四組だったら、学園生活が楽しくなったのになぁ。残念」

 

「権力には逆らえないんだよ。でも、そう言ってもらえるのは嬉しいな。ありがとう」

 

「うん。今からでも遅くない。白雪君の所属するクラスを変えてもらおう。絶対にハーレム作れるよ?」

 

「女性の嫉妬は怖いから、クラス内の雰囲気が確実に悪くなっちゃう。遠慮しとく」

 

「それも含めて」

 

「図太いね。下手すりゃ俺が何かでグサッと刺される。痛いのはごめんだ」

 

「勝てば白雪君を独占出来るって、そそのかせば大丈夫だよ」

 

「流血というか殺傷沙汰は大丈夫と言えないな。それに学園と俺の評判が確実悪くなる。デメリットしかない」

 今でさえヤバいかも知れないのに。

 

「デメリットを上回るメリットがあるのに?」

 

「どこにメリットが?」

 

「最後の一人になるまで、勝ち残った強い子が白雪君の傍にいられる事」

 龍騎?

 

「いやいやいや、危険人物じゃん」

 

「でも、好きな人のためなら、女の子の精神と肉体はどこまでも強くなれるから、今後の人生に必要不可欠だよ?」

 

「それって間違った強さじゃないか」

 俺が女子生徒と談笑していると、眼鏡をしている女子生徒が四組から出てくる。

 

「あ、簪さん。またね」

 

「………………」

 眼鏡をする生徒はこちらを一瞥すると、無表情だった表情が何かに反応して僅かに動くが、何も言わずにこの場を去っていく。

 

「うーん……なかなか難しいなぁ」

 

「今の人がどうかしたん?」

 

「名字で呼んじゃいけないから、簪さんって言うんだけどね」

 名字呼びがいけないって、本当にどういうことなの……? お辞儀をするのだ! ニンジャかな? 師匠に礼!

 

「クラスの皆に心を開いてくれなくて……」

 目の前の生徒は眉を下げて、しょんぼりと肩を落とす。

 

「あらまぁ……それはそれは大変ねぇ」

 

「あ、白雪君!」

 目の前の人が俺を笑顔で見つめ始めた。何その雨が止んで虹の光を見た瞳は。一夏のユニコーンなら光るぞ。

 

「何とかしてくれない?」

 うん。そんな気はしてた。

 

「初対面の人に話し掛けられて、心を開くなら誰も苦労してないんじゃ? 特に男なら難易度上がりそう」

 出来なくは無いが、俺のメンタルが保つかどうか。それにきっと変態扱いされる。

 

「ううん、そんな事ないよ! 女って男が出来たら変わるんだよ!? 友情より愛を選ぶんだよ!」

 それ中学時代に把握済みだ。恋が実ると男女問わずに付き合いが悪くなる。で、別れると友情に戻ってくる事が何度かあった。出戻り?

 

「図々しい頼みだけど、お願い! やるだけやってみて!」

 頭を深く下げてお願いされてしまった。

 周囲を横目に確認すると俺達を見る目が多数。

 

「わかった! ちょっとやってみるから、頭をお上げ!」

 依頼を引き受けましょうかね。別に嫌じゃないし、俺も気になるし。

 

「本当!?」

 深く下げていた頭を上げた。表情がかわいい。

 

「うん。でも、期待しないでおくれよ?」

 

「大丈夫! わかってるよ!」

 

「そっか。じゃあ、いってきます!」

 

「多分簪さんは整備室に向かったから! いってらっしゃい!」

 会話をしていた生徒に背を向けて、簪と呼ばれる人が向かった方向に歩き出す。

 

「あ、織斑君」

 ん? 一夏?

 

 

 俺は今、女子生徒に言われた通りに整備室へと来ていた。ここでは二年三年の先輩達が、一年生達にISの整備の仕方を教えている。皆真剣で俺に気付いていない。用事があるから、何も言われないのは都合がいいかな。

 そんな光景を見ながら、どこかに簪さんがいないか探し始める。さっき話していた生徒……名前を聞いとけばよかったな。

 奥に進んでいくと、簪さんだと思われる背中を発見した。ISが置いてある方向に向かって椅子に座り、投影ディスプレイを見ている。見つけたのはいいんだが、どうやって声を掛けようか? どう考えてもナンパにしかならない。そしてプチストーカーになってしまう。だから能動的に動かず、受動的に動く事に俺は決めた。そうすれば、ナンパになりにくい。ストーカーから逃れられぬが。

 

 俺は簪さんの真後ろの壁際に、胡座で座ってから壁に凭れた。この感覚…………何か既視感的な物がある。まぁ、稀によくあるので考えてもしょうがない。満足するまでとことん思考回路を働かせるのは好きだが、結局いつもと変わらずわからずじまいだ。

 簪さんの背と投影ディスプレイとISの三つを、俺は視界に入れながら黙って作業を見つめる。

 背筋を綺麗に伸ばし、体部分は安定していて微動だにしないが、腕だけが小さく揺れている。キーボードのタイピング速度が無茶苦茶速い。凄いな。俺にはあの領域まで到る事は不可能だ。出来たとしても、かなりの時間を要するだろう。時間さえあれば、俺だって不可能を可能にしてみせる!

 

 

 少しだけ時間が経過して、それでも俺は簪さんの後ろ姿を眺め続けていると、今までひっきりなしに動いていた簪さんの手が停まった。

 正面に向いていた簪さんの首が、僅かだが横に動く。どうしたんだろうか? 何かを悩んでる感じ?

 簪さんは数秒だけ別方向を見てから、再びディスプレイに視線を戻し、作業を再開した。簪さん本人じゃないから、全く意図がわからんへん。

 ここで俺は気付く。この場面を誰かに目撃されたらヤバい、と。いや、今更な気がする。うん、開き直ろう。ただ、理由をいくつか用意しとくべきかな。

 

 その理由の一つを作るために携帯を取り出して弄り始める。最近は携帯をネット以外に使う事が少なくなった。六月の着信履歴や発信履歴を確認すると、やはり誰からも掛かってきてなくて、誰にも掛けてない。と、友達ちゃんといるし……。

 今度は五月の発信履歴と着信履歴に変更するためスクロールしていくと、発信履歴に一夏の名を発見。弾なら覚えているが、一夏に連絡するような事は無かったはず。学園内の行動範囲は俺と似たり寄ったりで、どこかで簡単会えるから電話をまず使用しない。何故あるんだろうか? アホだから覚えてないのかも知れない。

 この事を考えても仕方無いと思い、俺は携帯を仕舞いながら簪さんに視線をやると、目の前が白い何かに阻まれた。何これ?

 

 まず俺は首を左右に動かしてみると、整備室の道が見える。

 

「整備室の床に座ってどうしたんだ?」

 何か目の前にある白い物が一夏の声で喋り始めた。ぬりかべとやまびこがドッキングでもしたのか?

 

「普段なら来ない場所を散策してるだけ。で、今は休憩中」

 俺は答えながら見上げると一夏が目の前に立っていた。近い近い。俺がリトさんなら、その股に顔を突っ込んでいた。

 

「へー」

 これはトリビアの泉にも種にもならんぞ。

 

「一夏は何故整備室に?」

 

「簪さんに用があって」

 

「へぇ、奇遇だね。俺も簪さんに用があるんだ。お先にどうぞ」

 

「わかった。俺が先に簪さんに声を掛けるから、ちょっと見ててくれ」

 

「おう。かまへんかまへん」

 俺が了解の返事をすると、一夏が簪さんの方向に体を向ける。

 

「簪さん!」

 一夏は簪さんの名を呼びながら走り出し、床を滑りながら土下座した。十点満点!

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