IS 一夏がいない   作:稲穂焼き

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二話

 一夏がいきなり土下座するなんて、簪さんに何かしたのか? 全く想像出来ないんだが。

 簪さんは土下座している一夏の声を無視した。名を呼ばれて見向きもしないなんて、相当怒っている? これは……一夏が凄くキツい。一度頭を下げてしまったら、顔を上げる事を躊躇うはず。タイミングを間違えたな。

 俺は腰を上げてから簪さんの横に移動して、肩を優しく叩く。

 

「少々、よろしいでしょうか?」

 作業の邪魔をしてしまうのが心苦しいけど、土下座する一夏を見ていると手伝いたいと思ってしまった。

 

「……な、何か用……でも……?」

 言葉に反応してくれた簪さんが、俺を見上げる。冷たい声音に辿々しい喋り方。そして暗い雰囲気。あれ……? 何だかまた既視感があるぞ。今日はいつもより多い。

 

「はい。実はですね。こちらの方を見て頂きたいので御座りまする」

 俺は簪さんの後ろで土下座している一夏に指を差しながら数歩下がる。

 簪さんは、体の向きを変えて俺の指先を辿ってくれた。

 

「織斑……一夏……」

 

「簪さん! 突然でごめん! 俺、気付かなかったんだ! 白式のせいで簪さんの打鉄弐式が未完成になってたなんて! だからごめんなさい!」

 言葉の内容から白式と簪さんの機体が関係している事はわかる。でも、白式が簪さんの機体にどう関わっているのかわからない。

 

「……気安く……私の名前を、呼ばないで」

 冷たい対応だ。

 

「私は、絶対に……許さない」

 

「……それでも俺は何度だって謝る」

 すごい漢だ。

 

「……帰って。あなたが、いると……邪魔になるから」

 

「知ってる。でも、簪に頼まれたから、ここで引く訳にはいかない」

 

「……だから私の――――」

 ほんの数秒前まで簪さんは無表情だったが、今は怒りの表情を露わにしている。

 

「――――俺は打鉄弐式の完成したデータを持っている。お詫びにそれを渡す。本人からちゃんと許可を貰っている」

 簪さんの言葉を遮り、一夏が割り込んだ。ちょっと何言ってるかわかんないです。

 

「打鉄弐式の……データ」

 一夏の言葉に簪さんの表情が変わった。

 

「君の目指す理想を具現化したデータだ」

 

「……データなら、既にある」

 

「え……?」

 土下座したままの一夏は、首だけを動かして簪さんを見上げた。

 

「何故か、私の頭に完成形が浮かんだ。だから……必要無い」

 

「……そっか」

 一夏が立ち上がりながら、笑顔になっている。この刹那に何があった? 簪さんは許してなくて、そして一夏はマゾじゃないのにこの不気味な笑顔。いや、外見は普通に爽やかで、気持ちのいい笑顔なんだけど、一連の行動を辿ると気味が悪い。ですので、アイドル……やってみませんか?

 

「また来るよ。俺は諦めないからな」

 そう言い残して一夏はこの場から去っていった。潔い。まぁ、今ここで許しを得ないなら何度だって謝罪すればいい。根気良くいこう。

 

「……あなたは、私に何の用?」

 

「俺か?」

 座ったままの簪さんが俺を見上げる。ここでこれだ! 特に何も無い。

 

「さっき君と廊下で会ったじゃん? その時に、お仲間はっけーんってな感じがしたから。僕にも覚えがある」

 

「余計な……お世話」

 一蹴されてしまった。だが、ISの調整に戻らず話に付き合ってくれているので、この機会を見逃す訳にはいかない。一夏さんサンキュー。後でジュースを九杯奢ってやろう。

 

「だろうね。けどさ、明らかに困ってそうな人がいるなら手を差し伸べたい。これ普通の事でしょ?」

 

「姉さんの差し金……?」

 簪さんの目つきが鋭くなって、俺の顔を強く睨む。ヒエッ。

 

「姉さん……? お姉さんがいるの?」

 

「とぼけないでっ」

 勢いよく椅子から立ち上がった簪さんは、瞳や表情に怒りを表して俺を更に睨み付ける。

 

「……君の名字を知らないのに、誰がお姉さんかわかる訳ないよ」

 

「……更識」

 

「更識って、あの更識? という事は、お姉さんは楯無さんか。楯無さんの妹さんが――」

 

「――っ!」

 パシン、と乾いた音がこの空間に広がる。何の音かと思って何故か働かない思考を回す前に、簪さんから視線が外れていて頬が痛み始めてから俺が平手打ちされた事を把握。

 衝撃で俺は横に倒れ、両腕をクッションにしながら俯せになった。

 

「……ユダ様並みに美しい俺の顔を、殴られなかった記録が今日……止まってしまった……」

 あ、涙出てきた。

 

「……いてぇよぉ……」

 助けてハート様。

 

「今日は泣いてばかりだなぁ……起きたら泣いて、打たれて泣いて……いつもより多く泣いております……もうやだぁ……死にたいぃ……」

 この悲しみを抱いて眠りたい。依頼とか夢の内容とか何もかもがどうでもいいや。

 

「……さらばだ、皆。葬式の香典は俺の財布に入っているお金使って……」

 

「あ、あの……ご、ごめん、なさい……は、反射、的に……」

 

「俺も作業の邪魔してごめんね、簪さん」

 

「ほ、本当……に、ごめん……なさい」

 

「惨めでも……哀れでも……帰るんだ、必ず……皆の所へっ!」

 俺はゆっくり立ち上がって、涙を袖で拭ってこの場を去ろうとしたら、手首を掴まれた。

 

「行かせてくれ! 百年の祈りが、呪いに変わってしまう前に!」

 

「わ、私は、まだっ」

 

「……これは誰かが悪い訳じゃない。ただ、タイミングが悪かっただけだ。一夏に矛先を向けたくなる理由はわかるよ」

 いつも以上に考えなくても、言葉がすらすらと勝手に飛び出してくる。

 

「でも、彼を…………一夏を許してあげてほしい。今君が抱く気持ちを、彼も持っているから。わかるだろう?」

 俺は手を掴まれたまま振り返ると、簪さんは今にも泣きそうな表情をしていた。何か、簪さんと俺のこの距離は初めてじゃない気がする。多分。

 簪さんの頭に自然と手が伸び、髪を優しく撫でた。

 

「簪さんはやれば出来る子なんだ」

 風吹くままに言葉を形にしていく。簪さんがやれば出来る子とか、どこ情報だよ? ソースプリーズ!

 

「……うん」

 簪さんは目を細めながら返事をして、俺は簪さんの頭をわしわしする。

 撫で始めたら、簪さんが今掴んでいる俺の手を離してくれた。

 

「んー、懐かしいというか……こうしていると気分が落ち着く。わかる?」

 

「わ、わかる……」

 

「ついでに聞くけど、最近誰かに頭を撫でられた事ある?」

 

「……ぼんやり、してる……けど、多分ある……」

 

「そうか」

 不思議な感覚を味わいながらも、簪さんの頭から手を退けた。

 

「あっ……」

 簪さんは名残惜しそうに俺の手を見つめる。つい撫でちゃったけどもうやらない。楯無さんの妹とはいえ初対面の対応ではないな。凄く馴れ馴れしかった。

 

「俺は簪さんを許すから、簪さんも一夏を許せるように考えてみて。それじゃあね」

 俺は簪さんに背中を向けて歩き出す。不意に平手を食らったけど、一夏のためになるなら逆によかったんじゃないかな、と思っている。凄い感動の嵐! 俺ってなんて献身的なんでしょう! パワーダウンもしてたし、ぴったりな言葉だろう。

 整備室の出口を目指しながら辺りを見回すと、俺と簪さんのやり取りを誰も見てなかったようだ。思わず泣いちゃったから恥ずかしい。

 整備室を出てから本来の目的を思い出す。そういえば夢を追っていたんだな。次はどこに行こうか。

 

 

 扉を開くと、最初に爽やかな風が頬を撫でていく。俺の現在地は誰もいない屋上。

 まだ日が沈まない空を仰ぎながら、ゆっくりと足を進めて柵に手を乗せる。この場所も反応無し。うーん……俺は本当に学園にいたのだろうか? ここまでティンとこないと、夢の内容が間違っているのかも知れない。他に行く場所といえば残りはアリーナだけ。食堂は今朝行った。

 今度はアリーナを目指すために屋上を後にする。これで何も無かったら手詰まりだ。

 

 

 すれ違う生徒達に挨拶しながらアリーナに到着。制服のままで来るのは……そんな昔の話は忘れちまったよ。

 誰もいないアリーナの観客席を、行ったり来たりと歩いた。しっかし、何も反応しませんなぁ。もう全滅じゃないか。

 少し休憩するため席に座ってから、もう一回考えを巡らす。諦めたいとは思わないが、諦めるしかないのが現状だ。ヒントが少なすぎる。思い出せない俺が一番悪い。

 

「何か知ってる?」

 バンシィをポケットから取り出して話し掛けた。流石に知る訳ないよな。

 すると、バンシィは浮き上がってアリーナの出口に向かう。多分、道を案内してくれるっぽい。

 俺は腰を上げて、バンシィの後をついていった。どこへ行こうというのかね?

 

 

 鈴との思い出が深く残っている、あの場所に来てしまった。

 

「ここがねぇ……」

 周囲に人はおらず、俺とバンシィだけだ。気になるんだが、どうしていつもここに人がいないんだろうか? 悪い噂とかでもあるの?

 バンシィはベンチの上をぐるぐる回りだした。犬みたいでかわいい。

 行動で示す、バンシィの指示に従ってベンチの端っこにどっしりと腰掛けた。

 

「ここまで連れてきてくれてありがとう」

 浮いてるバンシィにお礼を言うが、正直何も感じない。ごめんよ。

 空を見上げて気を緩める。空は青いのに俺の心は雨が降ったり曇ったままで、凄くブルー。今上手い事言った。

 

 

 足を組んだり腕を組んだり、この場の何かを見つめたりと落ち着きがないまま、少しの時間を過ごす。焦る理由はないが、ゆっくりしている余裕も無い。早く見つけろと頭の中を何かが騒ぐからだ。じゃあ、情報を開示してくれよ! と思う。都合のいい頭しやがって。

 空を見ながら変な事に思考を割いてると、この空間だけ世界から切り離されていた、静かなこの場に足音が聞こえた。

 音の発生源に視線を向けると、先ほど会話した簪さんがいる。

 

「こんにちは。先ほどぶりだね、簪さん」

 片手を上げて笑顔で挨拶。

 

「あ、あの、さっき……は、叩いて……本当に、ごめん……なさい……」

 簪さんは開口一番に謝罪をしながら、深々と頭を下げた。

 

「気にしないでくれ。俺も簪さんに対して不快になる事を言っちゃったから」

 どの部分かわからないが、簪さんの行動を顧みると、俺が地雷を踏んだとしか思えん。普通なら手を出すほどの怒りを初対面の人にぶつけないし、簪さんの性格ならきっと縁遠い行い。だからそれだけ仄暗い心の底を、俺は刺激してしまったという事なんだろう。楯無さんと一夏と機体辺りの単語を漏らさないよう、慎重に隠す。また地雷を踏み抜かなければいいが。

 

「あな、たは……悪く……ない。私が勝手に……反応、して……しまった、から」

 

「知らず知らずとはいえ、簪さんをそこまで誘導してしまった俺が悪い。これは確定的に明らか。事実は覆らん。私のログがそう言っている」

 

「………………」

 俺の攻めに、頭を下げたままの簪さんが黙り込んでしまったっぽい。

 

「ま、簪さんは謝ってくれたんだから、もう十分だ。過ぎた行いは逆効果になるぞ?」

 

「で、でも私は……取り返しの……つかない……事、を……」

 

「いや、もう済んだ事だ。謝罪とかいいから、適当に座ってちょうだい。簪さんがそのまま突っ立っていると、視界内に入ってきて俺が疲れてくる。お詫びだと思ってさ」

 俺が座っている端の位置とは逆の反対側に、簪さんに座れとベンチをべしべしと叩く。またまた既視感が発生。うん……ここまでデジャヴが頻発しまくると、俺は気付かない内に何かを知っているらしい。もしかしてこれが夢の内容? そう考えるのが自然だろうけど、事実だとしたら何故か受け入れがたい。もっと別の真実がよかったのか? よくわからない複雑な気分。

 簪さんは俺の言葉通りにベンチに腰を下ろした。向こう側の端ではなく、俺の隣に。近い近い近い。もしや、俺も一夏と同じでブラックホールを手に入れた!? 今は必要ないだろ! パッシブなら特にいらん。人が傍にいてくれるのは嬉しいけどね。

 接触を避けるために俺はもう少しだけ端に寄る。これ以上は限界だ。

 

「……ここ、初めてなのに……見覚えがある」

 簪さんは声量を小さくして呟く。俺も鈴ちゃんとの記憶があるから、しっかりと脳裏に焼き付いている。これは脳を濯がないといけませんな。

 

「……大事な何かを……忘れてる……そんな、気がする……」

 

「うん」

 独り言かも知れないが一応頷いておく。

 

「とても、楽しくて……悲しい……夢……」

 

「うん」

 

「私は、何かに……後悔してる……」

 俺もだ。ハッ!? 俺と簪さんは前世で繋がりがあったとか!? ジュリエッタゥ!

 

「うん」

 

「もっと……一緒に、過ごしたかった」

 

「うん」

 

「もっと……触れて……いたかった」

 

「うんうん」

 

「もっと……抱きしめて、ほしかった」

 あらやだ大胆。最近の若い子はすーぐこれだから。TPOを弁えろよォ!

 

「お別れ……したかったな……」

 簪さんが呟く言葉の中身が具体的だな。本当に忘れてるの? ん? あれ? もしかしてこれってあれか? 何度生まれ変わっても魂が全て覚えてるとか、何かの影響で記憶が無いけど体は覚えてる云々のやつ。そんなわけあらへんやろー。

 

「あなたは……何も感じない……?」

 

「は?」

 いきなり話を振られて思わず素っ頓狂な声を上げて、簪さんに視線を向ける。

 

「いや、何も」

 簪さんの言う内容と俺が感じた何かと一致する部分は、確かにあるけどまだ偶然だろう。もしこれが必然ならもっと判明するはずだ。多分。

 

「この場所で……あなたを見てると……心が温かくなる」

 目の保養的な何かって事か? OK! ちょっと美術部行ってモデルやってくる! バァーン!

 

「そう言われましても」

 

「心は……嘘を隠せない」

 確かにその意見に同意出来る。バンシィもこの場所に何かあると教えてくれたし、俺も簪さんに対して引っかかりを覚える。だけど、何かに繋がらない。それでは意味が無いのだ。

 

「知ってる」

 俺は一言で返す。今日の所はここまでにして、そろそろ帰るかな。

 

「……そろそろ俺は行くよ」

 ベンチから腰を上げて背筋を伸ばす。前にも似たような行動しなかったか?

 

「バイバイ、簪さん」

 簪さんに背中を向けて歩きながら手を振った。ヒューッ! ん?

 落ち着いてきた今思い出したが、昨日鈴ちゃんは箒とラウラの部屋に泊まるって言ってたよな? ホームシックになって帰ってきたのかな? かわいい。

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