IS 一夏がいない   作:稲穂焼き

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三話

「ま、待って……」

 歩きながら鈴ちゃんに報告する内容を考えていた時、後ろから声が掛けられるのと同時に手を掴まれた。

 

「何か言い忘れた事でも?」

 足を止めてから振り返って簪さんに視線を向けると、何かを決意した表情で俺を見上げる。これも見た事ある光景だ。またデジャヴか。

 

「あの……その……」

 簪さんは何かを喋ろうとするが、言葉が続かない。

 

「大丈夫。ちゃんと待つよ」

 俺は簪さんに落ち着いてもらうために、声を優しくして言う。この状況でいきなり手を振り払って逃げ出すとか外道の行い。悪代官レベルだ。悪代官がどれほど悪者か知らんけど。

 

 

 思っていたより長い時間を費やしてから、簪さんは覚悟を決めて話を切り出した。

 

「て、手伝って……ほしい……」

 

「わかった。いいよ」

 この状況で言い出す言葉は大体限られているので、俺は協力すると即答した。簪さんの傍にいると既視感の発生頻度が高いと思う。多分。

 

「い、いいの……?」

 長時間俺を見つめ続けていた簪さんが目を丸くする。

 

「嫌なら断ってるって」

 

「本当に……?」

 

「疑り深いねぇ。返事をYESからNOに変えても、俺は全く全然構わないんだが?」

 現実を受け入れてもらうには、これが一番早いと思います。

 

「わ、わかった……あ、ありがとうっ」

 簪さんは慌てながらお礼を言って、嬉しそうな表情を俺に見せる。何やこのかわいい生き物は。あー……楯無さんがかわいいと言っていた理由が判明した。俺この子飼いたい! 一番最初に楯無さんに許可を頂こう!

 思わず抱きしめたくなる衝動に駆られるが、腕や足に力を入れて我慢する。いくらなんでも失礼やろ! 一夏か箒かラウラの三人の内一人が、この場所に駆けつけてくれないかな? 我慢が出来んぞ!

 

「どういたしまして」

 にっこりとした笑顔を簪さんに見せるが、その実抱きしめたくて堪らない。この思考は狼じゃん! いやでも俺って犬科だから当たり前だわ。犬……?

 

「じゃあ、最初は何がしたいか……と尋ねたい所だけど、時間的に遅いから明日からでいいか?」

 

「う、うん……」

 

「了解。途中まで一緒に帰ろうか」

 簪さんが無言で頷いて手を離してくれたけど、もう少し掴んでてほしかったなと、ちょっと残念に思った。

 俺は簪さんに背を向けてから歩き出すと、簪さんの足音が背後で聞こえてくる。ベンチに座っていた時とは違い、そこそこ距離が離れてるっぽい。さっきの密着一歩手前のあれは一体何だったんだろう? 何かを試すため?

 

 

 

 

 簪さんと別れた後、俺は自室に戻って最初にシャワーを浴びてから、次に自分のベッドに腰掛けて教科書を読む。予習、復習、喜んで!

 流れで簪さんに協力する事になった。夢の内容が未だ判明せず、心はあまり晴れてないけど、誰かと一緒に謎を追う事を楽しむ自分がいる。こういった特殊な出来事は普通の人生を歩んでいたなら、そうそう落っこちている物ではない。いや、俺が女子高に通っている時点で普通とはかけ離れてたわ。

 教科書の内容に目を通さずに、別の事に目を向けていると楯無さんが帰ってきた。

 

「おかえりなさい。楯無さん」

 教科書を自分の脇に置いて、微笑みながら楯無さんを迎える。

 

「たっだいまー!」

 楯無さんが笑顔で飛び込んできたので、俺は腕を広げて受け入れた。

 

「…………夕君から女の気配がする」

 何かを感じ取った楯無さんが、俺の背中辺りですんすんと鼻を鳴らし始めた。相手が誰なのか特定しようとしてるらしい。無理でしょ。

 

「……こ、これは……簪ちゃんの香り……っ!?」

 制服からジャージに着替えて、しっかりと体洗ったのに何でわかっちゃうんだ。ルミノール反応的な? これは変態の領域に達してますわ。生徒会長の座だけで満足せず、変態の座までも登頂するとか、ハングリー精神に溢れてますな。その次は鼻から愛が溢れるんでしょ?

 

「どどどどどどこで簪ちゃんと会ったの!? その逞しくて優しい巧みな手付きで、簪ちゃんにいつ手を出したの!?」

 俺の膝に跨がる楯無さんに肩を掴まれて、体を強く揺さぶられる。顔が近いって! 事故が起こったらどうするんだ!

 

「……実はですね」

 頭の中で情報を取捨選択しながらまとめ、楯無さんに内容を話す。

 俺は今朝、長い夢を見て悲しくなった。ここまで感情を震わす夢は、今までに一度も無いから調査を開始。各教室を立ち寄り、四組の教室に通りかかった時、四組の生徒さんから簪さんの事を頼まれた。整備室にいると教えられ、言われた通りに整備室へ入ると簪さんを発見する。話し掛けてみるとビンタされた。すぐにビンタの件を謝罪されたので、俺は許してから別の場所へ移動。移動した場所で少々留まっていたら、簪さんが現れる。少しだけ会話をして俺が帰ろうとしたら、手を掴まれてとある事を手伝ってほしいと言われたので、俺はYESと返答。そして明日から捜すと約束して、その後一緒に帰った時に簪さんは俺の後ろを歩いていた。

 

「故に。簪さんの匂いがあるんじゃないかと」

 俺が説明している間、楯無さんは静かに耳を傾けてくれるが、俺との体勢は先ほどと変わらず維持されたままだった。今更だけど下りた方がよくない?

 

「簪ちゃんだけずーるーいー!」

 楯無さんは駄々っ子の真似をしながら、俺に抱きついてきた。反応する所が違うと思う。そこは妹を庇うべき。

 

「簪ちゃんだろうと、お姉ちゃんのご主人様は渡さない!」

 

「簪さんの事大好きですよね?」

 

「それとこれとは別」

 

「そうですか」

 相槌を打ちながら、俺は片手で楯無さんの背中に手を回し、もう片方の手で頭を撫でる。楯無さんは温かいな。

 

「今日はずーっと、こうしててもいいかなー?」

 

「無茶言わないで下さい」

 

「えー……」

 楯無さんかわいい。

 

「また今度にしましょう」

 

「ホント?」

 

「はい」

 以前から心の隅で思っていたんだが、この密着具合は恋人の距離感だなぁ、と。皆踏み込みすぎでしょ。俺は気にしないけどね。

 

「所で俺に抱きついてていいんですか? 女性はよく自分の汗臭さとかを気にするんですけど」

 

「も、もしかして……私って今汗臭い?」

 

「いえ、大丈夫です」

 

「それなら問題無いわ」

 楯無さん変態だからなー。自分の匂いを俺に嗅がせたり、自分の匂いを擦り付けているんだろう。思い切って簪さんにもやってあげればいいのに。

 

 

 

 

 食堂で晩ご飯を済ませて部屋に戻ってきた俺達三人は、俺の夢について話し始めた。

 

「学園内を歩き回ってわかった事は?」

 ベッドに寝っ転がる鈴ちゃんが、気になっていた結果を尋ねてきた。楯無さんもベッドにいるが、珍しく座っている。

 

「普段行かない整備室と……あ、あの……あの場所……」

 テーブルの前に座る俺は、鈴ちゃんと楯無さんから視線を外す。俺と鈴がキスした場所とか、大きな声で言える訳ないだろ! 誰だろうと余程の事が起きない限り教えない。恥ずかしいんじゃなくて言葉にするのが憚られるだけ。

 

「そして簪さん」

 

「簪?」

 

「私の妹」

 鈴ちゃんの疑問に楯無さんが答えた。

 

「へぇ、夕は会長の妹が関わってると?」

 

「うん。確実に」

 簪さんやあの場所のどちから一つなら反応しないが、簪さんとあの場所が揃えばどこか感じる物がある。曖昧だけど。

 

「そっか。気になるから、何かわかったら教えてちょうだい」

 

「おう」

 鈴に返事をして俺は視線を二人に戻した。

 

「お姉さん蚊帳の外……」

 会話の内容についていけない楯無さんが、呟きながら鈴に乗り掛かる。

 

「会長……重い。減量したらどう?」

 

「あら? 私のスタイルが羨ましいの?」

 突如女の戦いが幕を開いた。観戦してると、無性にポップコーンとか欲しくなってくる。

 

「うん」

 開戦したと思ったら数秒で終戦してしまった。最初から黙っておけばいいのに。

 

「楯無さん」

 

「なーに? 夕君もしかして……鈴ちゃんが羨ましい?」

 

「いえ、別に。そうではなくて、そろそろ簪さんとの問題を解決したらどうですか?」

 

「え゛」

 

「今日接してみて、少し柔らかくなったと思いますよ」

 根拠は無いが何故か大丈夫な様に見えた。後は簪さんに張り手された私怨も少し混じってる。

 

「ま、まだお姉さんが動く時期じゃないかなー……」

 鈴ちゃんを下敷きにしたまま、俺から顔を背けた。

 

「ですよね」

 

「会長ってば弱いんですね。生徒会長なのに……がっかりしました」

 俺の発言を鈴は拾い上げた。ここから俺はもう悪くない。

 

「生徒会長と言えども人間さんなのよ?」

 

「周囲はそう思ってくれないでしょうね。がっかりだわー……生徒会長が弱いなんてがっかりだわー」

 煽り方が雑すぎるが、態度と口調が地味に腹立つ。

 

「こ、こんな安っぽい挑発に乗るな……」

 楯無さんの体が小刻みに震え始めた。

 

「無理! ちょっと行ってくる!」

 

「無理して行かなくてもいいんですよ?」

 ベッドから下りて立ち上がった楯無さんを、俺は一応止める。

 

「いつやるの?」

 鈴ちゃんが一言。これは不味い。

 そして楯無さんは答えた。

 

「今でしょ! …………ハッ!?」

 

「俺が最初に言っちゃいましたけど、急ぐ必要はないです。また次の機会にしましょう。いずれ巡ってきます」

 

「生徒会長は即断即決、有言実行」

 

「私達……止めましたからね?」

 いや、鈴ちゃんは言わせた側じゃないか。俺に混じらないで。

 

「本当に行く気があるのなら俺はついていきますよ」

 

「ホント……?」

 

「はい。発端は俺ですからね」

 ここは付き合うべきだ。

 

「もし失敗してしまったら、今日は抱き枕になりますよ」

 

「本当?」

 

「嘘じゃないです」

 別に抱き枕になるぐらいなんて事はない。クローゼットで寝る理由は前から寝てみたかっただけで、ベッドで寝ない理由は三人だと狭すぎるし、何より季節的に熱くなってきているのがあるから。だから絶対寝にくい。夏はどこで寝ようかな。

 

「夕君がいれば私は永久に戦えるぅ!」

 楯無さんは急いで俺の手を掴んで、立たせてから廊下へと向かった。

 

「いってきますぞー」

 

「いってらっしゃーい」

 部屋の扉が閉まる前に忘れず鈴に声を掛けて、楯無さんに引っ張られる。

 

「わざと失敗しないで下さいよ? 後の関係修復に凄く苦労するのは楯無さんなんですから」

 手を繋いで廊下を進む途中、俺は念の為楯無さんに注意しておく。

 

「心配ご無用。ちゃんと理解してるわ」

 

「わかりました。楯無さんを信じます」

 

「ありがとう」

 楯無さんの横顔を見ると、覚悟を決めた表情をしている。

 

「いえいえ」

 今日も色々な事が起きますな。原因の大半は俺だが。

 

 

 肩を並べて廊下を歩いていると、楯無さんがある部屋の前で足を止めた。

 

「ここがあの女のハウスね」

 これから修羅場を迎えそうなセリフですね。

 

「では、俺は離れているんで頑張って下さい」

 楯無さんの手を離して方向転換しようとしたら、もう一度手を掴まれた。

 

「やっぱり待って」

 

「どうかしたんですか」

 

「ダメそう……」

 そう言って俺の胸に凭れ掛かってきたので、俺はホールドアップ。

 

「この場でヘタレたら危険がありますよ?」

 

「……なーに?」

 視線をどこかに向けたままの楯無さんが、何なのかと尋ねてくる。

 

「俺と楯無さんの今の状態を目撃されると、簪さんは今後の楯無さんと俺の言葉に耳を傾けなくなるでしょう。大好きな妹をずっと影から見てるだけで満足ですか?」

 

「そんな訳ないじゃない……」

 脱力しながらも楯無さんは否定した。

 

「なら俺から離れましょう。大好きな妹との仲を何とかするんです」

 

「……わかった」

 頷いた楯無さんは俺から離れてくれた。

 

「では、頑張って下さい」

 

「せ、せめてノックだけでもしてほしいなー」

 

「……わかりました」

 俺は簪さんの部屋の扉をノックしたら、その場からダッシュで離脱して物陰に隠れる。何故かいちゃいけない楯無さんもついてきた。

 

「……何やってるんですか?」

 

「だ、だって……怖くて……」

 怯える楯無さんかわいい。

 

「……わかりました。俺も傍にいますから」

 楯無さんの手を力強く握って、簪さんの部屋の前まで引っ張っていき、そして手を離した。

 

「ノックは俺がします。でも扉の陰に隠れるので、楯無さんからなら俺が見えます。これでさっきよりは大丈夫ですよね?」

 

「な、な、何とか……」

 楯無さんは頷いたので、俺は扉の隣に張り付きノック。

 そして扉は開かれた。

 

「……姉さん」

 簪さんは冷たい声色で楯無さんを呼ぶ。

 その隙に俺はバレないように扉の縁を両手で掴んでおく。

 

「ちょちょちょちょちょっと話が……あ、あ、あ、あ、あるけど、い、かなっ!?」

 楯無さんが故障している姿を目にするのは初めてだ。この現場を他の生徒が目撃したら、楯無さんにどんなイメージを持つのかちょっと興味がある。いや、案外またかと思われるかも。

 

「……私から、話す事は何も無い」

 

「ちょっとだけでいいから……ね?」

 これは良くない流れだから、俺はある手段を決行する。

 俺は扉の縁を掴んでいた両手を離し、簪さんから見えないように体勢を低くして、楯無さんの背中を思いっきり押す。

 

「ちょっ!?」

「なっ!?」

 楯無さんが簪さんを抱きしめたのを確認してから、俺は後退した。

 

「は、離してっ」

 簪さんは楯無さんからもがいて逃れようとするが、楯無さんはしっかり抱きしめて離さない。

 それではさらばと俺は自室へと戻る。楯無さんは気にしないかも知れないが、ここから先の話は俺が聞くべきではない。

 大丈夫だと思うが、一応発見されないように慎重に進んでこの場から去る。無理矢理やらせちゃったけど、どうか二人が仲直り出来ますように。

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