いつもと同じ寝床で、いつもの時間に目が覚めれば、いつもの日常と何ら変わらない。おはよう、気持ちのいい朝。
でも、一度視点を変更すれば、いつもと同じ時間で、いつもと違う寝床で目が覚めた。非日常に全身浸かってのおはよう、新しい朝。
頭が混乱して何を考えてるのかわからないが、夢の内容をあっさり思い出した。時間差とかわけがわからないよ。
とりあえず考え事は後回しにして、ジャージを脱いで制服を着用してから、クローゼットの扉を開いた。
クローゼットから出てベッドに視線を向けると、鈴ちゃんが仰向けになって一人でおやすみ中。楯無さんは簪……さんの部屋に泊まったっぽい。連絡が無かったので多分だが。
俺はベッドにゆっくり腰掛けて、眠っている鈴ちゃんの頭を優しく撫でる。女性らしくサラサラとした長い髪に沿って、一方向に掌を滑らせていく。指がとても心地良い。変態だぁーっ!
鈴ちゃんの頭を思う存分撫で回して満足したので、俺は自販機に向かった。
放課後タイム。朝の内に夢の内容が現実に反映されたと鈴ちゃんに伝えたら、俺自身より喜んでくれたので高い高いをしちゃった。鈴ちゃんは相変わらず軽いね。
楯無さんと簪……さんは今日は欠席だと耳にした。まだ話してるのか? まぁ、ここまで時間が掛かっているのなら、きっと仲直り出来たんだろう。休むのは褒められた行動ではないが、個人的にはもっと話し合うべきだと思ったので、いいんじゃないかな。
教室で鈴ちゃんが部活に行くのを見送ると、一夏が二組の教室に入ってきて、相談したい事があると俺に話し掛けてきた。なので、別の場所へと移る。
誰もいない屋上へ到着。今頃皆部活だから、人っ子一人見かけないのも納得出来る。そういえば、部活って必ず入る必要があるんだっけ? 特に入部したい部活は無いから、作ればいいかな? そう簡単に発足出来なさそうではあるが。
「俺に相談とは珍しいな。何かあった?」
俺と一夏は柵に脇を乗せ、柵の外側で両腕をぷらぷらさせている。
「……ああ」
珍しく何かを悩んでいる表情を見せる一夏。俺ほど脳天気ではないが、それでもなかなかお目に掛かれないレアな雰囲気だ。その憂いを帯びた様な表情を写真に撮って箒に送っちゃうぞ。
「……実はな?」
「うん」
「……やらなきゃいけない事を済ませて、昨日から今までずっと考えてた」
相槌を打ちながら一夏の次の言葉を待つ。
「……皆と離れてわかった事があるんだ」
離れて、と前置きがあるという事は、一夏にとっては現実で、俺にとっては現実であり夢の話。きっとそれ関連だろう。
「……前々から少しずつ自覚はしてたんだけど」
「うん」
「だから……俺は、決めた」
「何を?」
「……告白しようと」
「へぇ」
「……ちゃんと聞いてるか?」
俺の返事が淡白すぎて、一夏はムスッとした表情に変化した。いや、一夏が話してくれないと俺からは何のアクションも起こせない。
「俺がここで別の事を意識出来るほど、優秀だと思うか?」
「…………違うな」
言葉選びに一瞬戸惑ったみたいだが、結局は真っ直ぐな投球になった。
「だからはよ話せ。これ以上の長い返事は出来へんよ」
「……わかった」
納得してくれた様で何より。
「箒にさ……告白しようと思うんだ」
「へぇあっ!?」
衝撃的な言葉に、意識せず変な声が漏れてしまった。そして、一夏の発言に対して頬が緩んでしまう。エンダーーーーーマン。
「……箒に告白。おかしいか?」
「いや、全然」
そうかそうか……一夏が遂にか。うっわ、やっべ。口元が締まらなくて、自然とニヤニヤしてしまう。うへへ、良かったな、箒! 箒の春が来たぁぁぁぁぁぁぁっ!
「……その割りには腹立つ顔をしてるぞ」
一夏が俺に顔を向けたので、俺の表情がバレてしまった。こっち見んな。
「じゃあ、逆に聞くけどさ。俺が一夏に話があるって屋上に呼んで、改まった態度で相談された中身が、鈴や楯無さんのどちらかに告白するって話だったらどう思う? 鈴と楯無さんの好意は知らない事を前提にして」
「……思わず夕が遂にか、ってな感じでニヤケ……は多分しないな……」
「そうか。それで俺に何が聞きたいんだ?」
相談の内容は知ったから、これからは俺が主導権を握れる。いや、別に聞かれたら答えるだけなんだが。
「……箒が俺の事どう思ってるか」
俺の口から相思相愛と言えばいいのかね? 違うな! 間違っているぞ!
「振られるのがフフ怖?」
「当たり前だろ! 以前の仲が良かった関係に戻れなくなるんだぞ?」
まぁ、確かに箒と一夏の態度がぎこちなくなったら、見てるこちら側は正直面倒だ。だから、無理矢理にでもあの手この手でくっつけてやる。
「箒がどう思っているか、か…………流石にそこまで深い所は知らんぞ? 一夏はどう感じている?」
箒もお前が好きとか言える訳がないっ!
「普段の様子から……兄か弟って感じの扱いだと思う。とにかく身内って接し方」
この一夏と箒のケースは当てはまらんが、兄弟同然の幼なじみは難しい。共に育つと他人という意識がほぼなくて、家族として数えられてしまう。外側から見れば、大抵お前ら結婚しちゃえよ状態なんだが。
「鋭いな」
まぁ、箒も一歩踏み出せないだけなので、今の身内ポジションに居座るしかない。
「合ってるか?」
「おう。箒は特別一夏を意識してない……いつも通りの態度だ。箒は隠し事が下手だからすぐバレる」
元々一夏が好きなので、特別意識してなくていつも通り。もう少し一夏が聡ければ隠しても無駄だった。いや、人の好意を先に知ってしまったら凄く困るか。楯無さんの時の俺みたいに。
「で、いつどこで告白するんだ?」
「今週の日曜に買い物に誘って、思い出になりそうな場所を選ぶつもり」
「ふぅん。具体的には?」
「まだ何も。そこで夕の出番だ」
最初から俺に頼るのか。別にいいけどな。
「とりあえずでいいから、一夏が今思いつく場所を言ってくれ」
一夏と箒は学生なので、大人の恋愛の様に金を掛ける必要は無い。幼なじみであるならば、二人ならどこへ行っても楽しめるはずだ。
「……俺の家?」
「家か。うん。飾り気が無いのは逆にいいと思うぞ? 料理作って一緒に食べて、アルバムでも眺めて過去話でも楽しめばいい」
「……そこまで深く考えてなかったけど、なるほど……」
「で、自宅でゆっくりした後、夕暮れ時の篠ノ之神社で告白。懐かしき場所で新たな関係を築く。ロマンチックじゃろ?」
神社や道場に人がいなければの話だが。
「お、おぉ……! 流石は夕だ!」
俺の提案に興奮した一夏は俺に抱きついてきた。イヤッホー!
「待て待て。落ち着け恋する少年よ」
凄く嬉しいんだが話はまだ終わってないから、俺は姿勢を正して一夏の胸に手を当てて押す。
「張り切りすぎてミスなんて事もあるから普通にしてろよ? そして流れも重要」
「……流れ?」
「俺が思い付く範囲だけど、神社以外で告白するタイミングを二つ。今言うからな?」
「お、おう」
「一つ。一緒に調理してる時に。二つ。アルバムを広げなが昔話に花を咲かせている最中」
正直俺も経験無いからわからない部分は多々あるが、数多く相談を受けた者としての知識は頭に入っている。
「でも、料理中は怪我が危ないのでなるべく避ける方向で」
そういえば簪……さんに晩ご飯の準備中、背後から抱きつかれた事があったな。まぁ、あの時の俺は常時無敵で怪我も汚れもしなかったから、問題は無い。
「なので、残り一つ」
「……アルバムを一緒に見てる時か?」
「うむ。まぁ、今まで話した俺の言葉に頼りすぎず、タイミングは一夏に任せる」
俺は案を出していくだけで、最終的に決めるのは一夏だ。
「わかった。参考に留めとく」
「おう。で、何て誘うんだ?」
「……普通に出掛けないかって」
うん、普通だな。
「それでいいと思うぞ。学生なんだから見栄を張るより、ありのままでいい」
大きな計画を立てて準備をするには、一夏達は金銭的にも年齢的にも厳しい。
「結局はその部分も一夏が決める事だけどね。しつこいだろうけど、肩肘張らずにリラックスな? 空回りは一夏には似合わん」
何かに失敗して情けない所を見せるのもありだけど、どうせなら綺麗に決めてほしいと個人的に思う。
「ああ、わかってる」
「結果報告を楽しみにしてるよ」
そういえば俺も楯無さんとデートだな。場所は俺の家。俺って自宅に女の子連れ込みすぎだったり? いやいや、俺は街中をウォークするナウイちゃんねーをナンパするほどの女好きじゃないから。だからセーフ。
「俺の相談が終わった所で今度は夕の番だ」
夕の番って……頼んでませんけど。
「何か聞きたい事でも?」
「まだ二人を好きになれないのか?」
意味は通じるけど、二人を好きにって単語がおかしい。
「何故か知らないけど全くならんね。天秤はどちらも傾かず」
「夕って別の意味で鈍感だよな」
「鉄壁だと自覚してますぞ」
俺は何が原因で恋愛感情を抱けないんだろう? 普通だと二人の女性と一緒にいると、少なからず感情が揺れ動くはずなんだが。
「もしかしてだけど……幸せすぎるのがダメなんじゃ? 現状で凄く満足しているから、心がそっちにいかんとか。俺って単純」
「だったら、幸せを今以上に上げて、何かで一気に落とせばどうだ?」
「そんな事して、俺がヤンデレになったらどう責任とってくれるんだ?」
簪と最初に出会った当初は依存してたから、それは確実。段々薄れていったが。餌付けされて腹一杯になった犬かな?
それかファッションヤンデレ。アクセサリーは包丁で化粧は血。そんな格好で街を徘徊していたら一発ゴヨウだ。
「俺と一緒に渋谷に行こう」
「行く訳ないだろ」
俺は苦笑しながら一夏の誘いを断った。一夏には箒というパートナーがいるでしょうに。
「冗談だ」
冗談じゃなかったら大問題だよ。二人のIS操縦者が同性婚とか、世界を震撼させちゃう。俺達の愛が世界を動かす!
「俺にはまだ、恋愛は早かったのかも知れん」
前にもこんな話をした気がする。
「子供か」
「あれだ。少年の様な心を持った子供的なやつ?」
「そこは大人だろ」
「十五歳は、大人ではありません」
「違う。そっちじゃない」
やはり一夏との会話は楽しいな。最高の気分だ!
「所でさ、昨日一夏が覚えてる云々言ってたじゃん? あれって何だったの?」
話が一段落したので、釣りをして一夏の様子を窺う。
「ちょっとした確認だ」
「確認?」
「少しの間、遠い所に行ってたんだ」
一夏は喋りながら柵に手を置く。
「いつの間に……」
「俺もわからん」
確かにあれが何だったのか真相は不明だ。まぁ、ISがある時点で何でもありだから、全てISのせいにしておこう。でも束さんは悪くない。
「その遠い所で何をしたんだ?」
「女装したりISで試合に乱入したり」
事情を知らなければ、この一夏が何を言ってるのか理解不能になる。
「へぇ」
「鏡に映る自分に会ったりと、沢山あったぞ。楽しかったなぁ」
隣にいる一夏を見たら、別世界の出来事を懐かしみながら空を見上げていた。
「よくわかんないけど、もう一度そこへ行きたいと思うか?」
俺も簪に別れを告げたかった。あ、これが涙の原因か。確かに心残りが一杯だから、泣いちゃうのも仕方が無い。
「ああ。今度は密かに行動するんじゃなくて、堂々と転入してみたい」
欲望に忠実なのはいい事だが、果たしてあの世界でバナージは転入可能なんだろうか? 確かにバナージは貴重な男性操縦者になるけど、本来は存在しない人間なので立場がかなり面倒になるだろう。そこは織斑先生が頼りかな?
「転入ってどこに?」
「IS学園」
こいつ……さっきから俺が何も知らないと思って遊んでいやがる……! ならば、付き合おうではないか!
「それで?」
「ラブコメ具合を間近で観察したい」
見てないで助けてやれよ。バナージならやれるさ。同じ姿だから、とばっちりを食らうかも知れんが。
「ラブコメ?」
「そう。ラブコメ」
「誰の?」
「俺」
「一夏? お前ラブコメしてないじゃん。コメディ抜いたラブだけじゃん」
「いや、だから俺だって」
記憶が存在する今の俺なら、目の前の一夏じゃない事ぐらいわかる。
「ふぅん」
「あ、今面倒だって思っただろ?」
「俺で弄んでるから」
俺も知らない体で一夏と話しているので、俺の方が一枚上手。ドヤァ。
「バレたか」
「だって俺、既に思い出してるもん」
ここで伝家の宝刀。安っぽい刀だな。
「え……?」
一夏は間抜けな表情をして俺に視線を向けている。
「残念だったな。昨日のあれって何だったの? っという部分から今まで演技なのだよ」
「ウソダドンドコドーン!」
一夏は叫びながら数歩下がった。
「ここではリントの言葉で話せ」
「かあっさ」
「それアルベド語」
別世界じゃこういう掛け合いをあまり出来なかったんだよな。ISを起動した時ぐらいだった。
「……本当に覚えているのか?」
「女装して簪の部屋に尋ねて簪に謝り、クラスリーグマッチで無人機相手にヒャッハーしたでしょ?」
一夏に問われたので印象深い出来事を簡単に述べた。
「簪はどんな様子だった?」
泣いてたらどうしよう? 考えても仕方が無い事ではあるけど。
「覚悟してたから私は大丈夫って、言ってた」
「そうか」
俺は返事をしながら柵に手を乗せる。一応先に伝えておいたから少しのダメージは軽減出来たはず。それでもやっぱり、ちゃんとお別れしたかったな。
「不思議だよねぇ。俺だけがいない世界って」
「もしかしたら、夕はいるけど俺がいない世界だってあると思うぞ?」
「可能性的にあるだろうね。一夏だけが存在しない世界か……どんな世界なのか気になるわぁ」
事故死や病死、元々存在してなかったと色々な可能性が無数にある。どのパターンもバタフライ効果凄そう。
「俺だけがいないとなると……夕が俺のポジションに収まるんじゃないか? ほら、夕ってこの世界だと二人目の操縦者だから、俺がいないと夕は一人目になる」
「それか俺以外の男が現れるとか。シャルルがそうなるんじゃ?」
「あ、そういえばだけどシャルル・デュノア君を探った結果、シャルロット・デュノアちゃん……女の子と判明しました。シャルルは偽名」
話題が突然切り替わって、一夏がシャルルの性別と本身をポロッと漏らす。
「マジか」
「束さんと一緒に向こうで情報を集めて、俺が独自でこっちの情報と照合したら見事に俺の勘は的中。正体は男の娘じゃなくて男装した女子だった」
「へぇ」
貴公子じゃなくて実は貴婦人だったのか。ラウラの呼び方が変わっちゃうな。
「デュノア社は第三世代のISを開発しようとしてるんだが、なかなか進まなくて頭を悩ませている。そんな時、社長はある手段を選んだ」
「うん」
「この学園にシャルルを男として転入させて、俺達に近付きデータを盗ませる事だ」
「そうなのか」
マジかよ。赤馬社長最低だな。靴下履けよ。
「自分の娘の性別を偽ってまで送り込むなんて、相当焦ってる証拠だろうな」
「金髪の子かわいそう」
セシリアさんの事ではない。
「ちなみにラファールはデュノア社製」
「知ってる」
バカにしてんのか。俺だって勉強したんやで!
「ラファールねぇ。尖った性能が無い万能機。だから俺はラファールの事超大好き!」
特化してないという事は弱点でもあるが、同時に相手を選ばない強みがある。相手に合わせる必要は無い。武装を変えればいいんや。ラファールならそれが出来る。後は腕の見せ所。
「夕はバンシィ以外に乗れるならラファールを選ぶのか?」
「打鉄に飛びつくね」
「大好きと言っておいてラファールじゃないのか」
「実は俺って愛国者なんだ」
「らりるれろ……」
「冗談冗談。正直バンシィ以外考えられんな。でも、もし起動出来るならユニコーン」
「お前に俺のユニコーンはやらん!」
一夏は俺を睨んでから、サッと腕を動かし待機形態のユニコーンを隠す。娘を嫁に送り出したくないお父さんか。
「どうせ起動出来ないし、今後も試す事は無いから安心してくれ。バンシィが俺を選んでくれたから、当然俺が選ぶ機体もバンシィさ。相思相愛なんやで」
笑いながら片手を軽く振って一夏の言葉を否定する。
「そうか。ああ――――安心した」
青空を仰いだ一夏は柔らかな表情をしてから、横顔を俺に見せつけた。
「これから墓に埋まるセリフはやめていただきたい」
使い所が違う。
「自分の居場所が無いシャルルは不憫だなぁ……」
また話が戻り、一夏は柵に置いた腕に顔を乗せて、枕代わりにしながらシャルルの境遇を嘆く。
「俺達で何とかするしかないな。他人様の家庭の事情に首を突っ込むのは良くないが、その内々を国境すら飛び越えて俺達に運んできた社長が悪い。苦肉の策なのは理解出来るけど」
追い詰められた人間は手段を選ばないし、選ぶ余裕も無い。
「そうだ! この学園には如何なる権力もシャットアウトする権力が存在してたよな!?」
ダラッとしていた一夏が上半身を起こし、握り拳を作りながら俺に確認を求めてきた。権力権力うるさい。
「権力という単語は置いといて、特記事項に気安く私に触れるなって書いてあるよ」
「やっぱり! 問題の先送りにしかならないけど、これでこの学園にいる間シャルルの精神的負担が微量でも取り除かれるぞ! やったね!」
一夏は両手を勢いよく振り上げて、笑顔で万歳のポーズ。かわいい。
「よし! 俺と一緒にシャルルの所へ行こうぜ!」
ダッシュで近付いてきた一夏に手を取られて、抵抗する間も無く引っ張られる。
「了解」
俺は引きずられながらも頷いた。一人で行けよと思わなくもない。