今日が最後の休日。それはつまり、一夏が箒をデートに誘う日であり、俺と楯無さんがデートする日だ。
「助けてくれ夕!」
朝、俺は自室で一人孤独に朝食を食べていると、部屋の扉が勢いよく開いて一夏が登場した。孤独のグルメってる時に来るんじゃあない。
「どうした?」
部屋に慌てて入ってきた一夏に、俺は食事を進ませながら落ち着いて尋ねる。
「あれ? 夕一人だけなのか? 楯無さんと鈴は?」
一夏は先に二人がいない事に気付いた。
「鈴ちゃんは朝練、楯無さんは生徒会」
俺と楯無さんはお昼前に出掛ける予定だから、それまで余っている時間は生徒会の仕事を消化すると、楯無さんは言っていた。恋も仕事も頑張ります!
「んで、用件は?」
「箒を誘う事に成功したんだけど、何だか急に不安になってきたんだよ!」
「昨日の夜、お前の部屋に行った時に言ったじゃん。心の準備をしておけって」
「昨日は楽しかったなぁ。シャルロットもゲームにハマってくれてさ。ガンダム作品自体の興味は薄いけど。まだまだ、これから」
一夏に昨日というキーワードを出したら、いきなり現実逃避を始めた。いや、まぁ、確かに楽しかったけど感慨耽るのは、今じゃなくてもいいよね?
「別に今日じゃなく、来月でも俺は構わないんだが?」
「……来月? それって、もしかして箒の誕生日か?」
今度は来月というキーワードに、一夏は反応する。現在と過去の時間を、意識だけで行ったり来たりと大変だな。そのまま、あの別世界に行ってもいいんだぜ? 簪に会ってきておくれよ。
「うん。今日がダメなら、来月に延期してもいいんじゃない? 誕生日に告白とか、女子なら大体憧れるシチュやで? おまけに告白を断られる確率がグンと下がるよ。何故なら、自分の誕生日を迎える度に、告白の事が想起されるから。毎年振った相手を思い出すとか嫌だろ?」
「うっわ……げっすい……」
「俺に言うな。文句があるなら中学時代の女子に言え」
俺が編み出した手段じゃないから、俺に言われても困る。女の子って怖い。
「……出掛けるまで時間はあるから、それまで俺に付き合ってほしいんだけど、ダメか?」
さっきから立ったままだった一夏は、喋りながら元俺のベッドに腰掛けた。
「ゑ? 俺に付き合ってほしいって告白? 今の成績を維持するために、誰かの相手をする余裕が無いんだ。だから、ごめん」
「お決まりのセリフが返ってくると思ったよっ!」
お約束だよな。
「別に付き合うのはいいんだけど、具体的に何をするんだ?」
「段取りとかを、細部までしっかり決めとこうと」
「ギャルゲーを思い出せ。オーバー」
「俺と対話してくれ」
「対話を選ばなかったのはお前だ」
「そういうのいいから」
一夏がお話に付き合ってくれない。残念。
「段取りねぇ。家に誘うだけなら別に要らないっしょ」
「それはそうなんだけどさ……でも、何か用意してないと落ち着かなくて……」
頭を抱えて俯き始めた一夏を見ていて、正直俺は超楽しい。自分が逆の立場なら、そもそも相談しないし。
「ふむ、久しぶりに弾の所にでも行ったらどうだ? 全く会ってないでしょ?」
俺は楯無さんとデートがあるので、一夏のサポートを最初しか行えないが、中継点を五反田食堂に設定すれば、そこから弾がフォローしてくれる。二段ロケット的な感じ。
「確かにまだ会いに行ってないけど……久々なのもあるし、箒も一緒となると……凄くハードルが高い」
ハードルって……何のこっちゃ?
「夕は楯無さんを連れて五反田食堂に行けるか?」
「もちろん、行けますとも。楯無さんを俺の護衛と紹介するだけ」
たったの一言で、俺と楯無さんの関係は表せる。仕える云々の発言は黙っておく。勝手に口外しちゃ色々と不味いからだ。具体的には楯無さんの立場や家との関係など。
「一夏も箒の事を幼なじみって説明すれば、弾は簡単に理解してくれるぞ?」
「主な問題は弾じゃなくて蘭だ」
「蘭ちゃんがどうした?」
「まぁ……その……あれだ……」
一夏は言い淀む。
「……俺に……ほ、ホの字……だろ……」
今まで俺に視線を向けていた一夏が、声量を小さくして俺から視線を外した。
「気付いていたのか」
「そりゃ、家では普段ラフな格好で髪も上げてるのに、俺がいる時だけ外出用の服に着替えて髪も下ろしてる。何度も手伝いや遊びに行ってるから、その変化に気付くって」
「そうか」
好きな人に綺麗な自分を見せたい。思い人に素敵な人だと見られたい。そう取り繕うのは至って普通の事だ。ただ蘭ちゃんの場合は、自宅で一夏と顔を合わせる事が多かったから、服装や髪型などの違いがよく目立った。後は弾に対する態度と、一夏に対する態度の違いも顕著だ。俺との接し方は普通だろう。
「蘭ちゃんの事は気にしなくていいよ。元々時間も距離もあったんだから、これは絶対に成就しない恋。悲しいけどね」
約一カ月前に俺が弾の所に行ったから、その時の話は蘭ちゃんに伝わっているだろう。弾がちゃんと言っていればだが。
「だから早々に箒を見せつけて、蘭ちゃんの恋を諦めさせるべき。女の子は切り替えが早いからへーきへーき」
但し、人による。
「……弾の所に行くのは無しで」
「そうか。選ぶのは一夏だから、一夏の好きにするといい」
「そうやって最終的な判断を俺に委ねて、突き放されるのもちょっと……」
面倒臭いな、おい。
俺達があーだこーだと話し合っていると、俺が使っているクローゼットの扉が、勢いよく音を発てて開いた。
「話は全て聞かせてもらった。王の恋は私が援護しよう」
制服を着ているラウラが突如現れた。何故俺の寝床にいた? いつから隠れていた?
「ラウラ! なぜラウラがここに? 逃げたのか? 自力で脱出を? ラウラ!」
真っ先に一夏が反応したから、俺は冷静に黙っていられた。
「彼女はラウラではない」
話を膨らませるために、俺は一夏の言葉を否定しておく。
「じゃあ、誰なんだ」
「ラウラだよ」
一夏が変な事を言い出すから、変な事になってしまったじゃないか。
「まぁ、二人共。そんなに取り乱すな」
「いや、別に慌てちゃいないって。いつから俺と一夏の話を聞いていた?」
「最初からだ。姫がぼっちで食事をしていた時、既に私は姫の寝床にいた」
「もっと前からか。何でいたんだ?」
「我が親愛なる王が箒を誘った所を目撃してな。これはデートイベントが発生したと考え、姫と共にサポートしようと思った。が、そういえば今日は姫もデートだったと、寝床に身を潜めている最中に思い出して、出るタイミングを逃した。だからここぞとばかりに、このタイミングで登場しただけだ」
ご丁寧に一から十まで説明しなくてもいいのに。後は何故に、俺と楯無さんのデートする件を知っている?
「え? 夕もデートだったのか?」
「はい」
「もしかして俺、タイミング悪かった……?」
黙ってラウラの話を聞いていた一夏は、俺のデートの件を知って慌て始めた。
「いや、問題無いよ。あったら断ってるって」
「そっか……よかった」
落ち着きを取り戻そうと、一夏は深呼吸をする。
「王にこれを渡しておこう」
ラウラが懐から取り出した物は、小さな機器。なんだこれ。
「これは……?」
「我が軍が使用する特殊な無線機だ」
へぇ、それが無線機なのか。軍用の無線機とか、値段にすると凄く高そう。
「軍って……そんなに大層な物を、勝手に使ってもいいのか?」
「の、形を真似た市販用だから問題無い」
それって普通の無線機じゃん。
「猶予は余り無い。この場で使い方を教える」
「わかった。教えてくれ」
これで食事を再開出来る。が、一夏達と話をしていたから、すっかり飯が冷めちまったよ。温かい冷やし中華が、冷めた冷やし中華に。
時間になった俺と楯無さんは、学園の外へ出掛けた。外出はしたが目的はデートではない。まぁ、こうなるんじゃないかと、薄々というより絶対だと思っていた。
『なぁ、箒。どこか行きたい場所はあるか?』
『いや、これといった場所は無いな』
例の無線機を使用しているから、俺は二人の会話が聞こえる。
俺は物陰から一瞬だけ顔を出すと、二人が肩を並べて歩いている姿を発見。
そう、俺と楯無さんはデートではなく、一夏と箒を尾行している。メンバーは俺、楯無さん、そしてラウラの三人でだ。
二人がデートするという事で、とある疑問を常々持っていた俺は、学園を出る前セシリアさんに二人の事を尋ねると、二人の仲を応援したいという言葉と笑顔が返ってきた。一つだけじゃ判断出来ないから、ここで俺は踏み込んだ質問をいくつかすると、セシリアさんは驚きながらもそれに難なく答える。そこで俺は確信した。
箒……お前まさか、ただ態度が変わっただけで、人に惚れたと思っているのか? アホか! 普通に態度を改めただけだろ! 俺は結果的に、その箒の勘に騙されたという事だ。確かにあからさまな態度の変化は、勘ぐっても仕方無いけど、でも俺と違って間近で見てたじゃん。同じ性別なら少しはわかれよ。
『そうか。でも、ちょっと待ってくれ。俺の家だけじゃ、せっかくの外出だというのに味気ない。だから少し考える』
さて、早速一夏からヘルプが飛んできた。
「白雪、ゲーセンを提案」
運がよかったら弾に会えるからだ。
『更識、このまま家に直行』
『ボーデヴィッヒ、縁のある場所を巡る』
俺達三人の中じゃラウラが一番いい意見ではあるが、それはタイミング的に難しそうだ。
『……箒。可愛いぬいぐるみとか欲しくないか?』
『ぬいぐるみか。うん、悪くないな』
よし、俺の案が通った! 弾がいてくれますように!
移動する二人の様子を見守っていると、一夏と箒はゲーセンに到着した。
『着いたぞ。ここが俺のよく通うゲーセンだ。最近は忙しくて来れなかったけど』
俺もIS学園に来る前は結構通っていた。今じゃ気軽に行きにくい。
『……思っていたほど暗くないな。もっと全体的に暗い感じな場所だと、勝手に想像していた』
『昔ならともかく、今のゲーセンはそれなりに静かで明るいぞ。ゲーセン側のイメージ戦略だと聞いた事がある』
二人は話しながら店内へと入っていく。ここからは俺達三人が踏み込めない場所だ。というか、楯無さんとラウラってどこにいるの? 全く見掛けないんだが。流石軍人と最強の生徒会長。俺みたいなただの素人と動きが違うな。
『おぉ! 色々な物が置いてあるんだな!』
『欲しいやつがあったら言ってくれ。俺が取るから』
まぁ、よくある会話だな。
「あれ? もしかして、夕さん?」
二人の会話に黙って耳を傾けていると、背後から突然俺の名前が呼ばれたから、反射的に無線機の音声とマイクを切った。
聞き覚えのある声だと思いながら後ろに振り返ると、そこにいた人は今朝の話で名が上がった人物。
「あらやだ、蘭ちゃんじゃない。久しぶり。元気にしてたかな?」
俺に声を掛けてきたのは、五反田弾の妹である五反田蘭だった。
「はい、お久しぶりです。元気にやってましたよ。夕さんも元気そうで何よりです」
蘭ちゃんは一度頭を下げた。
「当然一夏さんも、ですよね?」
笑顔で、デリケートな部分に自ら触れていくスタイル。その度胸、恐れ入ります。
「もちろんですとも。俺とキャッキャウフフ……デットエンドシュート」
「そうですか」
冷めてるね。
「……一夏の話は聞いたよね?」
「悲壮感が漂う兄から聞きました。ショックでした」
言葉とは裏腹に、蘭ちゃんはしっかりと笑っている。時間もあったし、吹っ切れたのかな?
「うん。こうなってしまった訳だけど、それでもまだIS学園に進む?」
蘭ちゃんは元々、一夏が通う高校を受験する予定だったが、その一夏がIS学園に入学してしまったので、蘭ちゃんもIS学園を希望。好きな先輩の後を追って、その高校を受験する……うん、普通の事だな。
「はい。進路は変えるつもりはありません。そのまま目指します」
マジかよ。欲望も執念も足りてるな。
「元々叶わない恋だと、頭では理解してましたからね。それでも可能性があるならと、感情だけ先行していきました。理屈では消せんのです」
「うん」
蘭ちゃんの言葉に俺は同意する。
「後は家族だけでなく、友達にもIS学園に進学するって既に言っちゃいましたし。好きな相手が理由と、友達には言ってませんからそこはセーフです」
「それは色々と危なかったね」
周囲から蘭ちゃんへの評価。それと蘭ちゃんを振ったという理由から、その蘭ちゃんの友人が一夏を狙うかもだから。わー、怖い。まぁ、例え実行しても、一夏まで確実に届かない場所にいるので、無駄無駄無駄。
「はい。やらないと思いますが、親友だろうと深い所はわかりませんからね」
「ねー」
「その点、男は楽ですよね。夕暮れの河原で殴り合えば、簡単に分かり合える」
蘭ちゃんは腕全体をしならせ、スナップを効かせて拳を繰り出す。フリッカージャブとか、女子中学生が出す技じゃない。
「分かり合える可能性? 美しくしいよなぁ!」
ちょっと見逃せないキーワードがあったので、反応してみた。
「……美化というか、蘭ちゃんは男に幻想を抱きすぎだよ。男でもやる奴はいる。女性と比べれば、圧倒的に比率は低いだろうけどさ」
「うーん……男はそれですぐ仲直り出来る、みたいなイメージが浮かんできてしまいます。ドラマの見すぎですかね?」
「刑事ドラマのカツ丼もそうだね」
現実では実際にカツ丼を出さない。
「あれってフィクションなんですか?」
「虚構です」
「へぇ、そうなんですか」
話の切れ目だと感じて、ここで一旦ゲーセンの方を向く。
「所で、夕さんは今何をやってるんですか?」
「………………親友の恋を応援中」
ゲーセンから蘭ちゃんに視線を戻しながら、言うか言うまいかどうしようか悩んだが、この後の展開を考えて打ち明ける。正直に言っておけば、どのルートでも最小限のダメージで済むからだ。バレない保証があれば隠したかった。
「……あー、そういう事ですか。それは言い辛いですね」
「ごめんね」
「私の方こそ、面倒なタイミングでごめんなさい!」
深く頭を下げられてしまった。
「いやいや、気にしなくていい。誰かが悪い訳じゃない」
こういう事を間が悪いと呼ぶ。これはお詫びをしなければならないな。
俺はマイクと音声のスイッチを入れる。
「とある事情によりこれから作戦エリアを離脱します。許可を下さい」
『上から見ていた。行ってこい』
『同じく上から見ていたわ。いってらっしゃい』
二人が上というので、俺は周囲の建物をゆっくりと見上げるが、それらしき人影は無い。もしかしてだけど、上って空だったり? いやいやいや、ISを学園外で使用するには特別な許可が必要だ。で、この状況は特別でも何でもない。だから消去法で考えていくと、俺はある結論に到達した。やっぱ二人共プロだわ。
「はい。今度お礼しますね。では、行ってきます」
最後に一言掛けて、音声とマイクを再度切った。
「さっきから誰と話してるんですか?」
「その道のプロ」
一から説明して質問をもらうとなると、かなり長くなるのでこの場では簡単に済ませる。
「それよりお詫びに何か奢るよ」
「本当ですか!?」
奢りという単語を聞いて、蘭ちゃんの目が輝き始め、そして前のめりになった。
「では、最近話題のケーキバイキングをやってるお店があるんですよ! そこに行きましょう!」
蘭ちゃんは勢いよくまくし立ててから、俺の手を掴んで歩き出す。
我が親友にして家族の五反田弾へ。もしかしたら、私は近々五反田弾の弟になるかも知れません。その時は是非お兄様と呼ばせて下さい。さすおに!
「はいはい、俺をお店に連れてって」
許せ、一夏。お前より優先する出来事が起こってしまった。また後でな。
俺は心中で別れを告げた。