ケーキバイキングで糖分を多量摂取した後、蘭ちゃんの買い物にしばらく付き合ってから、蘭ちゃんを家まで送った。送る途中に弾の事について忘れずに言っておく。約束もしたし、これから少しでも弾の負担が減ったらいいな。
蘭ちゃんを家に送り届けてから、俺はすぐラウラと楯無さんに連絡して開口一番に謝る。二人は許してくれた。
その後、俺はラウラと楯無さんに合流してから寮に戻り、寮に到着したら二人と別れて、自販機に飲み物を買うために素早く歩いていると、曲がり角で簪さんとぶつかった。
尻餅ついた簪さんに謝りながら手を差し出すと、簪さんは手を掴んで立ち上がるが、俺と目が合った瞬間に顔を赤くして、尋常じゃない速度でこの場を去っていった。
どうやら俺は避けられているらしい。なるほど、だから簪さんを一回も見掛けなかったのか。何か事情がありそうだから、協力する件はノーカンかな。
自販機へ向かう道を反転して、俺は楯無さんがいるであろう自室に戻る。
部屋に戻ってくると、楯無さんは俺のベッドに寝っ転がっていた。
「すみません、楯無さん。ちょっと聞きたい事があるんですけど」
「なーに?」
楯無さんはむくりと起き上がる。
「簪さんの事なんですけど、簪さんって俺について何か言ってました? さっき廊下で会ったんですけど、俺を見たら逃げてしまったので」
「んー……何も言ってなかったと思うけど、それって恥ずかしかったんじゃない?」
「恥ずかしい?」
「ほら、私が簪ちゃんと向き合った日に、夕君と簪ちゃんは何かしてたでしょ? それ関係かなと、お姉さんは推理する。私の占いは当たる」
それは三割りの方なのか、それとも的中する方のどちらなんだろう?
「恥ずかしい……」
喋りながら楯無さんの隣に座って、思い当たる事考える。簪さんの平手打ち? それとも俺が軽率で、知らず知らずの内に踏み込みすぎた?
「何なら私が直接確かめてくるけど、どうする?」
「お願いします」
これから楯無さんに、簪さんの事をお願いしようと思っていたから、ありがたい。
「簪ちゃんから上手く聞き出せたら、お姉さんのお願い事を一つ叶えてくれる?」
「はい。約束します」
俺が小指を立てたら楯無さんも小指を立てたから、俺達は指切りをした。
「約束だからね? 絶対だよ?」
「念を押さなくても大丈夫ですよ」
何をそんなに心配しているのだろうか? 破るつもりは毛頭無いんだけど。
「わかった。じゃあ、行ってくるね!」
楯無さんは返事をしながら立ち上がり、俺の頭を軽く撫でてから部屋を出た。頭を撫でられたのって、結構久しぶりな気がする。最後はいつだっけ?
部屋で一人になった俺はシャワーを浴びようと着替えの準備を始める。そういえばまだ鈴ちゃんがいないんだけど、何をやっているんだろう? 友達と遊んでるのかな?
シャワーを浴びて髪を乾かしてから脱衣所を出るが、楯無さんと鈴ちゃんの二人はまだ帰ってきてない。
楯無さんを待つ間暇なので、ワックスを使用してバンシィを丁寧に磨くが、慣れているのですぐに完了してしまった。
次は教科書を引っ張り出して読み始める。だが、集中力が切れているらしく、いつもより内容が頭に入ってこない。
今度はテレビを見ると丁度ニュースがやっていたので、チャンネルを変えずに画面を見つめる。特別興味を引く内容は無かった。
時計を見てみるともうすぐ晩飯の時間だけど、楯無さんや鈴ちゃんがいないから、食事も後に回す。
自分のベッドに仰向けになって、天井をぼーっと見つめる。
「何となく懐かしく感じる天井だ。何だよ、懐かしい天井って。天井はどこも天井だろ。天井という単語に点を一つ追加すると天丼になる。今日は丼物にするか」
独り言を呟きながら、今日の晩飯のメニューが決まった所で、部屋の扉が開く音が聞こえた。
「ただいまー! 聞いてきたよー!」
楯無さんが帰ってきた。
「おかえりなさい。どうでした?」
上体を起こすと、楯無さんは隣に座って俺の膝に頭を乗せる。
「それがね。あの手この手を使ってみたんだけど、布団にくるまったまま教えてくれなかったのよ」
「そうですか」
「私にも秘密なんて、簪ちゃんも隠し事をする年頃になったのね」
言葉の内容とは裏腹に、楯無さんは嬉しそうに話す。
「で、夕君。心当たりは?」
「……無いとお……いや、ありました。ありましたけど、それが原因ならその時に逃げてると思います」
簪さんの平手打ちが原因という事は無いだろう。もし平手打ちなら、あの場所で会った時に逃げているはずだ。それ以外なら、頭を撫でた事か? いや、それも逃げるはず。
「何をしたのかな?」
楯無さんの笑顔が少し怖い。笑顔は本来攻撃的云々。
「自然と手が伸びてしまい、簪さんの頭を撫でてしまいました。それですかね?」
「もう、夕君ったら手が早いのね」
「やめてくださいよ。事故ですよ、事故」
「事故で人の頭を撫でちゃうの?」
「普段なら撫でませんが、あの時はレアケースです。だから致し方ないんです」
「そっかー」
これで突破口を見失ってしまった。直接会って原因を聞き出そうとしても逃げるだろうし、謝るとしても原因がわからないと謝れない。これは詰んだ。日を改めるしかなさそうだ。
「聞き出す事に失敗はしましたが、聞きに行ってくれたのでサービスです。お願いは何ですか?」
「頭を撫でて」
「え? 撫でるだけでいいんですか?」
「慎ましいアピール」
「わかりました」
楯無さんの頭を撫で始める。
「あ゛ー、癒されるー」
「おっさんみたいな声を出さないで下さい」
「もしも、夕君の膝におっさんが乗ってたらどうする?」
「何ですか。そのありえないシチュエーションは」
おっさんを膝枕するって、どうやったらそんな流れになるの? ちっとも想像出来ないんだが。
「じゃあ、一夏君なら出来る?」
「何故おっさんの次に一夏が出てくるのか理解しかねますが、出来ますよ。俺から溢れる父性で癒やします」
「そこは母性じゃないかな?」
「適当に言っただけなんで、掘り下げなくていいです」
俺と楯無さんが会話をしていると、扉の開閉音がした。鈴ちゃんが帰ってきたっぽい。
「ただいまー疲れたー」
若干ふらふらしながら部屋に入ってきた鈴ちゃんは、楯無さんの上に勢いよく倒れ込んだ。
「うっ」
鈴ちゃんが楯無さんの腹に乗っかった衝撃で、楯無さんが少し呻いた。
「ゆーうー」
「お疲れ。どうした?」
元気の無い声で、鈴ちゃんは俺の名を呼ぶ。
「一夏ってどうなったの?」
「一夏ねぇ。成功したんじゃない? 楯無さんは知ってますか?」
「私達は一夏君達が家に入った所で切り上げたから、結末はわからないわ」
「ですよね」
一夏には予め家の中で無線機は外せと言ってあるから、結果を知るのは一夏と箒だけになる。一夏はちゃんと告白したんだろうか? 後で報告を聞こう。
「かいちょー、一緒にお風呂入りにいこー」
「ここらで汗を流しましょうか」
鈴ちゃんの言葉に楯無さんが頷くと、二人はベッドから移動して着替えの準備を始めた。
「夕も来る?」
「ナチュラルに俺を誘うな。行く訳ないだろ。わかりきった事を聞くんじゃない」
俺に背中を向けて、ごそごそと荷物を準備をしている鈴に話し掛けられた。大浴場に入らなくても、外で二人を待つだけでも危険だ。何て事を言うのか。
「だよね」
「行ってくるわね」
楯無さんは着替えを持ったまま、俺に小さく手を振る。
「はい。いってらっしゃいませ」
鈴ちゃんも俺に手を振るから、俺も片手を上げた。
二人が部屋を出たら、この部屋で俺はまた一人になる。無音が寂しい。
部屋でやる事が無いので、俺は飲み物を買いに行くがてら、散歩をする事にした。外に出ちゃいけない縛りなんてしてないのに、どうして外に出る考えがなかったのか、結構不思議と首を傾げるが楯無さんを待っていたからと気付く。それか。
寮の廊下を歩いていると、時折薄着な女子生徒とすれ違う。やっぱりここは無菌室だな。
自販機の前に到着して何を飲むか考える。たまには炭酸を選ぼうかなと、気紛れで購入。
「あ、夕」
名を呼ばれたので、誰なのかを確認するために横を向くと、シャルロットだった。
「おー、シャルルか。シャルルも飲み物を買いに?」
「うん。ゲームに夢中で、しばらく何も飲んでなかったから喉が渇いちゃって」
「そうかそうか。熱心だな。じゃあ、ジュースを奢ってやろう」
「うん、ありがとう」
「お、おう」
普通に返されてしまったので、ちょっと寂しい。ラウラなら対応出来そう。
「何飲む?」
「夕と同じやつで」
「はーい」
自販機で俺と同じ飲み物を買い、それをシャルロットに渡す。
「密かに振ってないよね?」
普通に飲み物を渡したのに、何故か疑われてしまった。
「俺の行動を見てただろ。隠して振れないっての」
「高周波を出してるかも知れないよ?」
「そんな器用な真似が出来るか!」
手品師なら出来るかも知れん。
「ねぇ、ボクの練習に付き合ってよ」
「話の流れを無視しないで。いいけどさ」
「うん。なら、行こう?」
シャルロットは飲み物を持ってない手で、俺の手を掴んで引っ張る。
「俺がうんと言う前に引きずられてるんですけど」
「気にしない気にしない」
強引だけど、嫌いじゃないわ!
やってきたのは一夏とシャルロットの部屋。
「果たして、調査兵団の立体機動に勝てるかな?」
「こっちだってピョン格があるよ!」
二人でテレビの前に座って早速対戦を始める。
「お、昨日より上達してるじゃあないか」
「今日は朝から今までやり込んでたもん」
画面に映る二機の機体をそれぞれ操作しながら、俺とシャルロットを会話を始めた。
「少しは休めよ。廃人になるぞ」
「二人に追い付くには、まだまだ時間が足りないからボクは続けるよ」
「いや、時間ならまだあるから休めよ。一日二日で追い抜かれるの嫌だから」
「心が狭いんだね」
「精神的にダメージを与えてくるのはやめろォ」
凡人が何年もの時間を費やして積み上げてきた物を、天才は軽々と乗り越える。だから天才は嫌われるんだよ!
「あっ……拘束コンはやめるめう! 大事な覚醒なんだめう!」
「さっき覚えたんだ」
「一日で覚えるとは凄いな。なら、今度はゲーセンデビューしてみる?」
「もっと練習したらね」
「おう。行く時は俺と一夏のどちらかを、必ず誘うんだぞ?」
「わかった。その時に声を掛けるよ」
話が一旦終わると、俺とシャルロットは無言で機体を操作する。
数分で勝負が決まり、結果は俺の勝ち。ISでの勝負なら負けるかもだが、ゲームなら俺は勝てる。
「やっぱり夕は強いなぁ」
「何、シャルロットも昨日より成長してるぞ。追い付かれるのも時間の問題だ」
シャルロットはずっとやり込んでいたから、昨日とは動きが全然違う。これが天才か。
「うん、頑張る、けど……もう限界……」
シャルロットは立ち上がり、ふらふらと移動して自分のベッドに俯せで倒れ込む。ずっとゲームをやっていたから、今の対人戦で集中力が無くなったんだろう。
ゲーム機とテレビの電源を切って、シャルロットに近付く。
「シャルロットはお疲れの様子だから、俺は帰るぞ」
自室に戻る前に、シャルロットに一言掛けていく。
「ひとりにしないでー」
「ここにいろと?」
「相談したい事があるから」
シャルロットは起き上がり、ベッドの上で座る。
「何かね?」
「ボクはこれからどうすればいいのかな?」
疲れ切った表情のシャルロットが、俺を見つめる。
「行動の指針か?」
「うん」
「早い内にバラした方が傷は浅いし、今後の学園での行動に制限が無くなるぞ?」
俺は答えながら、シャルロットの方を向きつつベッドに座らせてもらう。
「でも、今一踏ん切りがつかないというか……最後まで隠し通すべきなんじゃないかって、悩むんだよ」
「そうか。シャルロットはどうしたい? 何をするべきかじゃなく、シャルロット個人が望む事だ」
「性別をバラした方が色々と楽になるんだけど、その踏み出す勇気が無くて」
「なるほど。でも、二組の俺に相談されても、バラす日に何も手助け出来んよ? 一夏なら直接手が出せるから、相談するなら一夏じゃない? 今更だけどな」
「頭が回らなくて、相談相手を間違えちゃった」
シャルロットはてへ、っと笑った。かわいい。
「この話は一夏が帰ってきたらまた話せ。必ず協力してくれるから、何の心配もいらん」
「うん。そうするよ。話を聞いてくれてありがとう」
「おう」
俺は返事をすると同時に腰を上げ、体を伸ばす。
「あ、そうだ。これからはボクの名前をシャルって呼んで」
「お?」
「この方が呼びやすいでしょ?」
「おー、確かに。短縮したら呼びやすいな。でも俺はシェロって呼ぶ」
「またボクの名前で遊ぶの?」
「冗談冗談。個人的にシャルじゃなくて、シャロって呼んでみたい気もする。何か、その人だけに呼ばれる名前って、いいと思わない?」
「うん。思う」
シャルロットが俺に同意して頷く。
「そうか。んじゃ、今度からはシャルって呼ぶわ。ロだと言いにくい事に気が付いたから」
「もう! 弄りがいがあるからって、人の名前で遊んじゃダメだよ!」
優しくだが、注意されてしまった。
「すんませんっした。けどさ、俺の名前って遊ぶ余地が全く無いから、別の呼び方に憧れてるんだよ」
「言われてみれば、確かに夕を別の呼び方をしようとすると、特に思い付かないね」
「もう一文字だけあれば、ゆっきーとかゆりになるのになぁ」
まあ、夕という名のお陰で、名前でいじめられる事が無かったのが幸いだ。名字は別だがな!
「じゃ、そろそろ帰るよ。またな、シャル」
「うん。また来てね」
「はいよー」
シャルに手を振られ、俺も歩きながら手を振り返して部屋を出た。
さて、シャルはシャルロットになるのか、それともシャルルのままなのか、明日になればわかるだろう。それまで少し楽しみだ。
後は一夏と箒も気になるな。これもまた楽しみの一つかな? 早く帰ってきてくれ。
俺は自分の部屋に戻る道を進んだ。