IS 一夏がいない   作:稲穂焼き

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十四話

 六月末に行われた学年別トーナメントを終えると、七月初旬に二泊三日の臨海学校という、校外実習がすぐ目の前だ。

 臨海学校。つまり海。

 海と言えば青い海。陽光が降り注いで熱くなった白い砂浜。そして多種多様の素敵な水着を着た、若さ溢れるギャル達があははうふふとはしゃぐ光景。

 

「ねぇねぇ、夕! これとこれ、どっちが私に似合う?」

 鈴がはしゃいで持ってきた水着が二着。ワンピースの白い水着と、タンキニの焦げ茶色をした水着の二つ。

 

「うーん……鈴はどちらが好き?」

 俺と鈴は臨海学校に持っていく荷物を揃えるため、休日を利用してショッピングモールに二人で来ていた。最初は水着を購入する予定だったから、俺は現在女性客がそれなりにいる水着売り場の一角に立っている。

 楯無さんは生徒会で、先日の学園別トーナメントの事後処理に追われているので、この場にはいない。

 

「私はこっちかな? どう?」

 タンキニで焦げ茶色の水着を俺に近付けた。いや、近付けなくてもしっかり見えてるから。

 

「俺もそれだな」

 

「……何だか投げ遣りに感じる」

 ちゃんと考えてから自身の意見を言ったのに、この態度が投げ遣りに見えるのか。

 

「鈴こそ、好みじゃない水着と好みの水着を持ってきて、自分が好きな水着を俺に選択させようとしてるじゃないか。もっと本気で悩め」

 

「……何でわかったの?」

 

「中学時代に皆で海に行く時、タンキニの水着を選んでたから」

 

「細かい事をよく覚えてるわね……」

 鈴は俺から目を逸らして舌打ちをした。舌打ちはやめよう。

 

「俺はここで、今年はこれが人気の水着だと海開きもしてないくせ出来上がってるコーナー見てるから、本命を選んできなさい」

 

「はーい」

 返事をした鈴は再び水着を選びにいった。正直、変な小細工は必要無い。

 好きな物を選んだけど色などを迷ったから、他人に尋ねて判断してもらうという行為は別に普通だ。

 だが、女性特有の本当は決まってるけど迷う振りして、背中を押してほしいみたいな感じの心理が働いたら面倒になってくる。今の鈴がちょっとそんな感じ。

 

「全く……近頃の女は面倒だな!」

 

「……ん?」

 温水プールなら年中遊びにいけるんだから、別にコーナーが出来ていてもおかしくないと思い、色とりどりな水着を見回してい時、背後から大きめな声が聞こえた。

 

「やぁ、姫! ご機嫌はいかがかな?」

 

「その声と妙にかっこつけた言い回しはラウラか」

 

「正解だ! 見事正解した姫には、この水着売り場の中にある水着を一着だけプレゼントしよう!」

 

「いらんわ」

 俺は断りながら、ラウラがいるであろう後ろへと振り返った。

 ラウラの顔を見ると、今日は珍しく眼帯を外していた。光っている瞳がかっこいい。そして、笑っている顔がかわいい。

 

「何、遠慮する事は無い」

 

「これが遠慮しているように見えるのか……」

 やっぱりこの人の頭は時折おかしい。でも嫌いじゃない。

 

「ああ、そうか。この店には姫に合うサイズが置いてないのか」

 

「サイズじゃなくて性別だよ」

 

「見ればわかる」

 

「見てわかるのならわかれよ」

 

「ちょっとした冗談だ。わかるだろう?」

 

「まぁ、わかる」

 もし本気で言っていたなら、千冬さんに連絡する必要があっただろうな。

 

「ラウラも水着を買いに来たのか?」

 

「いや、水着なら既に持っている。今日は臨海学校に持っていく荷物を買いに来た。そこで偶然見掛けたのが姫達だ」

 

「なるほど」

 買い物をしにきたら、知り合いがいたから声を掛けたと。

 

「夕! 今度はちゃんと選んだよ!」

 ラウラと会話をしていると、鈴が水着を持って戻ってきた。

 

「あ、ラウラじゃん。ラウラも水着を買いに?」

 

「いや、私の目的地はここじゃない。たまたまそこを通りがかった時に、見知った二人組がいたから寄っただけだ」

 鈴の問いにラウラは答えながら、水着売り場の外の通路を指差す。

 

「へぇ、一人で?」

 

「お一人様で、だ」

 ラウラは堂々と胸を張った。丁寧に言い直す必要は無いと思う。

 

「王と箒は穏やかな時間を寮で過ごし、シャルロットは部屋に引き籠もってゲームに熱中し、セシリアの居場所は知らん。だから私は、こうして一人寂しく買い物に来たんだ……」

 ほんの数秒前のラウラからは想像出来ないほど、語気が酷く落ち込んでいき、喋りきった最後に肩と視線の両方を下に落とした。

 

「ここで会ったんだし、私達と一緒にくる?」

 両手に複数の水着を持っている鈴は、言葉を使って俯くラウラに手を差し伸べる。

 

「……いや、遠慮しておこう。二人の邪魔をするべきではない」

 

「私は構わないよ? 夕もでしょ?」

 

「俺も問題無いぞ。というか、寧ろラウラにいてほしい。そして今なら鈴を着せ替えして遊べるぞ」

 

「……今は見せないわよ?」

 鈴は両手にある水着を盾にして、自分の体を素早く隠した。

 

「別に見せろと言ってない。俺も自分の水着を買いたいんだよ。という訳で、よろしくラウラ」

 未だ俯いたままのラウラの肩に、俺は手を置く。

 

「それじゃ頼んだぞ。また後で」

 

「いってらっしゃい」

 

「私に任せろ」

 

「おう、そっちもごゆっくり」

 俺は二人から離れ、男性用の水着売り場に向かった。

 

 

 無難な水着を探すのに手間取ったが、何とか探し出して水着を購入した俺は、もう一度女性用水着売り場に向かう。

 水着売り場に向かう間、臨海学校に必要な物を頭の中だけで選択していく。それと同時に、この広いショッピングモールのどこに行けば、その商品が買えるのかも考える。

 

「夕! こっちこっち!」

 自分の名を呼ばれた俺は、一旦立ち止まってから辺りを見回すと、いつの間にか女性用の水着売り場を通り過ぎていた。

 慌てて反転したら、水着が入った袋を持った鈴と両手に何も持ってないラウラが、店の前に待っているのが見える。

 俺は走らず、早歩きで急ぎ二人の元へ近付いた。

 

「思いっきりオーバーランしてたぞ」

 

「すいません」

 ラウラに行動を指摘された俺は素直に頭を下げる。

 

「そんな事より、次はどこに行く? お昼が近いから先に食事?」

 

「俺は食事。二人は?」

 今の時間帯でもお店は混んでるだろうし、これ以上後回しにすると今以上に混んできて、大分待たないといけなくなるからだ。

 もし途中でお腹が空いた場合は、違う店で何かを食べればいい。一、二時間ほどで腹が空くような事はきっと無いだろう。

 

「私も先に食べておきたいかな」

 

「ふぅ。姫と鈴の二人が食事を選択した時点で、他の意見は通りそうにないな」

 何かを諦めたラウラは肩を竦めながら、首を横に振った。

 

「元々食事派だから、困る事など私には皆無だが」

 

「じゃあ、まずは食事ね」

 鈴はラウラの一部分を無視して結論をまとめた。

 決定した俺達は、まずフードコートに向かい始める。

 並び方は二人が前で俺が後ろだ。道が広くて余裕があるとは言え、流石に三人で横一列はマナー的によろしくない。だから自然とこの形になった。

 

「ラウラは何が食べたい?」

 

「店やメニューを見ないと決められん」

 ラウラが言った言葉に、俺はそりゃそうだと心中で相槌を打つ。知らない店のメニューなんて

 

「せめてジャンルだけでもいいから」

 

「洋」

 

「夕は?」

 鈴は俺に振り返り食べたいジャンルを尋ねてきた。

 

「洋。だからファミレスでいいんじゃない? 鈴は何が食べたいの?」

 

「私も特に無いから、ファミレスで決定ね」

 そして次はファミレスへ行く事になった。

 

 

 

 

 休日で昼前のファミレスはやはり混んでいたが、早めに来たのが幸いしたのか、あまり待たずに座る事が出来た。

 ファミレスでの食事を済ませたら、今度は荷物を揃えるために別の店へと移動して、必要になりそうな物を次々に買っていく。

 三人で会話しながら移動をしていると、時間はあっという間に過ぎて夕方になってしまった。

 そして両手を塞ぐ買い物袋を持って学園へと戻り、ラウラと別れて自室に無事帰還。

 俺は自分の荷物を邪魔にならないであろう部屋の隅に置く。

 

「これはちょっと買いすぎたかも」

 鈴は俺のベッドの上に大量の荷物を下ろす。流石は女の子。持っていく必要が無さそうな荷物もいくつかありそうだ。

 

「私に比べて夕は少ないわね。それだけで大丈夫? ちょっと心配になってくるんだけど」

 

「必要ある物は買って、必要ありそうな物は買わなかったからな。そら少なくて当然よ」

 あれもこれもと買ったりしていると、お金はともかく持ち運びが難しくなってきてしまう。

 

「ちょっと飲み物買ってくるけど、鈴も何かいる?」

 

「ううん、私はいらない」

 

「そうか。んじゃ、行ってくる」

 

「うん」

 鈴の返事を聞いた俺は部屋から廊下へと出た。

 たまにすれ違う女子生徒に挨拶しながら移動すると、数分で自販機の前に辿り着く。

 そこには、その場で買った缶の飲み物を、壁に凭れながら飲んでいる簪さんがいた。

 

「けほっ」

 炭酸を一気に飲み込んだせいで咽せているらしい。そして俺がいる事に気付いてないようだ。

 驚かせるのは悪いから、どうしようか静かに悩んでいると、簪さんが何気なく一瞥したら俺と視線が合った。

 

「ぶはぁっ!?」

 缶を傾けている最中だった簪さんが、驚愕で飲み物を盛大に吹き出した。人が吹き出す姿って、なかなかお目に掛かれない。これはレアな光景だ。

 

「な、な、な、何で……」

 

「いや、何でって言われても。偶然としか」

 俺は自販機を指差してから答える。ワンアクション挟んだからか、顔は赤いままだが逃げずに喋り掛けてきた。今なら避ける理由を聞き出せるかも知れない。

 

「それより大丈夫?」

 

「……大丈夫」

 ハンカチを取り出して口元を拭う。

 

「そうか」

 俺は頷いて自販機で飲み物を購入。いつものマッカンだ。

 簪さんと同じように、俺も壁に凭れてマッカンを飲み始める。

 

「……私は……あなたを、知らない……」

 

「うん。俺も知らなかった」

 夢を思い出すまでは。

 

「……なのに、どうして……あなたは、私の夢に出て、くるの……?」

 

「夢? フレディか何か?」

 夢という事はあれか。簪さんも夢を見て知ったのか。なるほど。そりゃ恋人でも何でもないのに、あの距離感は近すぎるな。それで恥ずかしくて逃げたと。

 

「……違う。わかっている、はず……」

 

「いや、わからん」

 簪さんが避ける原因が判明したけど、ここと向こうの繋がりがよくわからない。まぁ、近くて遠い世界という事は何となくわかってる。

 一気にマッカンを流し込み、飲み干したマッカンゴミ箱に投げ捨てた。入ったぜ。

 

「じ、じ、自分自身……とはいえ、うらやまけしからん……!」

 簪さんは壁ドンをした。

 

「……は? え? なんだって?」

 

「……うらやまけしからん」

 ドンドンバンバンと、リズミカルに壁を叩いている。リズムの感じが太鼓の達人みたいだな……とか言ってる場合じゃない。

 

「いや、違う。そこじゃない。繰り返さなくていい」

 俺が言いたいのは、簪さんから出てきた言葉が意外すぎたって事だ。

 

「じゃあ、何……?」

 

「いや、今はいいや。また次があればその時で

。そろそろ戻って準備しないとだし。それじゃね」

 飲み終わった俺は自室に向かう。何となくだが、更識簪という人物に対して背中を向けると、手首を掴まれるという印象が深く残っている。別に掴んでほしい訳じゃないんだが。

 

「……向き合う覚悟、は……出来た。今回は、見逃す……」

 背後の簪さんが何か物騒な言葉を使い出した。

 

 

 部屋に戻った俺は、今回は何事も無くスムーズに離脱出来たと、感想を抱く。

 

「ふぅ」

 溜め息を一つ吐いてから、俺は臨海学校に持っていく荷物をカバンに詰め始めた。

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