IS 一夏がいない   作:稲穂焼き

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一夏二度、白雪一度
一話


 ふと気付けば、俺は何故か硬いコンクリートの床に横になっていた。

 すぐさま首を動かして周囲を確認。辺りを見回す。そして即座に理解した。この場所は向こうだと。

 上体を起こし、次に立ち上がった。頭は冴えており、体に痛みなどの異常は感じられない。服もIS学園の白い制服で、いつも通りの格好だ。

 

 一旦記憶を遡ってみる。二日目から凄く忙しかった臨海学校が終わって、一年生はほぼ全員がグロッキー状態。バスから一斉に降りてふらふらと寮に入っていく様は、まるでゾンビの集団だった。だからその日の寮内は、いつもより少しだけ静かだった。眠る前の事はそう記憶している。

 記憶は多分問題無し。所持品を確認すると、バンシィと携帯と財布がポケットに入っていた。携帯と財布は最低限で基本だよな。

 持ち物を確認した俺は、次に隣で寝ている制服姿の一夏を起こす。

 

「一夏。起きろ。おい、一夏。朝ダヨー」

 肩を揺すりながら声を掛ける。今回は何の意識をしなくても、しっかり触れた。これで普通に過ごせるな。いや、ここに来た時点で普通の過ごし方は不可能だわ。

 何度も体を揺すったり、頬をぺちぺち叩くと、一夏は寝返って横向きになった。起きろよ。まぁ、起きないなら仕方が無い。先に状況を把握しよう。

 オレンジ色のライトに照らされた室内を歩き、モニターの前まで移動する。電源を入れるとブルーの画面が点灯した。

 

 携帯で日付を確認すると、予想通り六月になっている。知ってた。これはつまり、二期が始まったという事だ。誰だよ円盤買った奴! 望まない二期もあるんやで! 本音を言うなら、正直もう一度来たかったけど。

 今度こそ面と向かって簪に別れを告げるために、もう一度だけ別世界に来たかった。一見矛盾しているように見えるが、実は何も矛盾していない。もう一度会って今度こそちゃんとした別れを言うって事だ。与えるダメージは二倍だけど。我が儘でごめんよ。

 モニターの画面が切り替わって日付と時間が表示された。携帯の日付と時間に誤差無し。

 

 もう一度寝っ転がってる一夏を起こす事に決めた。ただ、普通の起こし方じゃ起きなさそうだ。ちょっとカードを切ってみるか。

 咳払いをしてから喉の調子を確かめる。うん、大丈夫だ。

 

「一夏。愛してるぞー。アイラブユー」

 俺はしゃがんで、寝ている一夏の耳元で愛を囁く。

 

「んー……」

 

「くそったれ!」

 一夏は反対方向に寝返った。愛が届かないのなら、憎しみに変わるがよろしいか? 最終的には愛を捨てちまうぞ! 俺の愛って安いな。諭吉で買えそう。

 次の手を考える。今度は俺の愛から別の方向に攻めよう。

 

「おい、一夏ァ! 千冬さんと箒が水着姿だぞ!」

 

「えっ!?」

 俺の言葉に一夏はガバッと勢いよく起き上がった。

 

「千冬姉と箒はどこだ!?」

 

「そうか。やはり友情より愛か。結局男も女も変わらんな。俗物め」

 

「千冬姉と箒がいない!」

 

「お前の知らない千冬さんと箒はいるよ、バナージ君」

 

「えっ!? あっ! 夕か。どうした?」

 

「先に周りを見ろ」

 立っている一夏が俺を見下ろす。そうやって高い所からいつも見下して、楽しいのかよ!

 

「ここは……」

 バンホーテン。

 

「再びだよ。やったね、バナージ! 転入出来るぞ」

 

「マジか……」

 状況を素早く理解した一夏は、額に手を当てた。熱でもあるのかな?

 額から手を離し、一夏は部屋の中を歩く。向かった先にはモニターがある。

 一夏はモニターの前に立ち、日付と時間を確認した。

 

「……戻ってきたのか」

 

「それ逆だから」

 

「あ、逆だったな」

 俺のツッコミに一夏は頷く。

 

「……束さんはいないのか?」

 

「束さん? 俺が目覚めた時はいなかったぞ。別の場所か来てないのかわからん」

 

「ちょっと確認してみる」

 一夏は制服のポケットから携帯を取り出して電話を掛けた。

 

「ダメだ。使われてないって」

 

「じゃあ、いないって事か」

 日付からして今日は休日だ。だから一緒に買い物とかしたかったなぁ。

 肩を落としながら、俺は近くの椅子にどっしりと座る。

 

「でも、大丈夫だ。束さんが残してくれてた物がたくさんあるぞ」

 

「それって?」

 

「ああ!」

 一夏はモニターの前から離れて、別方向にある何の変哲も無い壁に近付いてから、ぺたぺたと触り始めた。何か仕込んであるのだろうか?

 壁を触る一夏の手がある部分に触れた時、幾何学模様が壁に浮き出る。壁が自動ドアみたいに真ん中から割れて開き、隠し部屋が登場した。

 俺は腰を上げて出現した部屋に足を入れる。中には巨大な金庫しかなかった。ただその金庫がデカい。よく映画で見掛ける銀行の金庫っぽいやつだ。いつの間に作ったんだろう。

 

「その中に何が入ってんの?」

 

「この世界よりちょっと進んだデータと武器」

 

「へぇ。それをどうするんだ?」

 

「取引の材料にする」

 

「取引?」

 

「そう、取引。束さんが念のために用意してくれたんだ。もし、また来た時に使えって」

 一夏は金庫の前に移動して、ロックを解除していく。指紋、網膜、番号、パターンなど、それぞれの認証を済ませた。これだけでもセキュリティは十分だろう。

 次に一夏がISを起動すると、全身に装甲を纏ったユニコーンが現れた。

 金庫の端に穴が空いており、雪片弐型を穴に突き刺して捻る。

 雪片弐型を捻った瞬間、金庫から電子音が鳴った後に開いた。中には黒くて大きなアタッシュケースがいくつも積まれている。

 

「えっと…………確か、これとこれと……」

 一夏は悩みながらアタッシュケースを一つ一つを指差し、パズルのように重なったアタッシュケースを、ジェンガみたいにいくつか引き抜いていく。ちょっと楽しそう。

 アタッシュケースを床に置くと、必要な物が揃ったらしい一夏は、金庫を閉じてから雪片弐型を掴んで抜く。

 

「よし。これを持っていこう」

 

「どこに? まさか、IS学園にか?」

 

「正解。前にここだけじゃ不便だから、束さんと別の拠点を作るために、戸籍を偽造するか否かって相談したんだけど、リスクを極力抑えたかったからやめといた。別拠点があれば今より窮屈な思いもしないし、比較的自由に動き回れる。変装するからバレる可能性も格段に低い。けど、リスク自体は確実に跳ね上がる。で、俺達の存在が絶対にバレない場所はここだけだからって結論が出た」

 

「うん」

 

「別拠点がダメなら、次の選択肢はIS学園。あそこなら現状の生活よりは、かなり過ごしやすくなる。学園内なら人と話せるし隠れる必要も無い」

 

「いやいやいや、ここはともかくIS学園は絶対バレるって。色々と外に筒抜けらしいじゃん、あそこ」

 

「そこでこれだ!」

 一夏は積んであったアタッシュケースを、一つ持ってから掲げた。

 

「これ。これを使う」

 

「……よくわからんが、それで大丈夫なの?」

 

「大丈夫だ。何てったって束さんだぞ? あの人に出来ない事はまず無い! 死者蘇生は無理だけど」

 

「……わかった。俺は全然関わってなかったし、全て把握してる一夏に任せるよ」

 

「おう、任せとけ」

 任せると言ったものの、何か落ち着いていられない。楽しい事だけを考えていたいのに、不安が頭を過ぎる。大人になるのって悲しい事なの。人々が若さを求める理由はこれか!?

 一夏はアタッシュケースを下ろし、ISを解除。携帯を取り出して電話を掛けた。この流れだと織斑先生かな?

 

「もしもし、バナージです。はい。また来たので手筈通りに行おうと思いますが、どうしましょう? はい。わかりました。地下じゃなくて地上ですか? いいんですか? 市街地のISはダメですよね? いやいや、ダメでしょう。マズいですって。えー……わかりました。向かいます。はい。準備するので、後で到着時間をメールします。はい、ではまた」

 電話を切った一夏が、近くの椅子に腰掛けてから一息吐いた。今の会話的に電話の相手は楯無さんだろうか? 織斑先生なら絶対に言わない言葉があるから。

 

「少ししたら荷物を纏めるぞ」

 

「あの……でっかい問題発言があったんだけど、本当に大丈夫?」

 

「全て楯無さんに任せれば大丈夫だ。あの人楽しい事大好きだから」

 

「俺に任せろって一夏が言ったのに、他人に任せちゃうのか」

 

「電話は俺に任せとけ!」

 

「そんなニュアンスは含まれてなかった!」

 

「わかったわかった。俺が悪うござんした」

 

「誠意が足りない!」

 

「はいはい。それより準備だ」

 

「はいよ」

 微妙に釈然としないが返事する。

 

「まずは寮生活に必要な服とかを買ってきてもらいたいんだが、頼んでもいいか? 俺は出歩けないから、ここで他の荷物を準備しておく」

 

「事情は知ってる。任せろ」

 

「悪い、助かる。最近さ、千冬姉や夕みたいに髪を伸ばし始めたけど、この長さじゃ面が隠せない」

 申し訳なさそうにしながら、一夏は入学時より伸びた頭頂部辺りの髪を弄る。本当に千冬さん大好き人間だな。俺も大好き。

 

「見りゃわかるって」

 

「そっか。じゃ、そういう事で」

 

「あいよ。行ってくる」

 俺は椅子から腰を上げて気合いを入れた。

 

 

 

 

 無難な服とお金を貰ってから街へと出掛けて、ショッピングモールに到着。最初に旅行用のスポーツバッグを買い、次に洋服と下着を買っていく。やっぱり荷物を揃える買い物は楽しいな。旅行って感じがして、自然と気分が高まる。

 種類が違う自分と一夏の日用品を買っていくと、二つの旅行用バッグがパンパンになった。これで大体揃っただろう。

 買い物を終わらせた俺は、ショッピングモールから無事脱出。何の問題も無く一夏の待つ拠点に帰ってきた。

 

「ただいまー」

 

「おかえり。意外と早かったな」

 

「買う物わかってるからねぇ」

 荷物を下ろして椅子に座って休憩。

 

「そういえば、昼が近いけど腹は空いてるか? 手一杯だったから、何も買ってこれんかったけど」

 

「まぁ、少しだけ」

 

「俺も腹減ったし、近くのコンビニで何か買ってくるわ」

 

「待て。俺も行く」

 

「いや、無理だろ」

 

「変装すればバレないって。何より今日は休日で、そして夕がいるから問題無く外を歩けるぞ。平日に出掛けるのが無理なだけだ。その時に、もし職質でもされたら身分証が無くてアウト。ヤバい事態になる」

 

「あ、なるほど。だから外に行けないのか」

 

「そう。さっきはISとかの荷物を準備してただけで」

 

「わかった。じゃあ、準備してくれ」

 

「ちょっと待ってろ」

 服を持った一夏は、別の部屋に着替えに行った。べつにウィッグは必要無いよね?

 数分待つと、別室からボーイッシュな感じの織斑千冬が出てきた。何故被ったし。

 

「女装する必要あるの?」

 

「ウィッグだけで服はメンズだ。女装じゃない」

 目立ちたいのか目立ちたくないのか、そこの部分が全くわからん。女の子が普段と違うファッションに気合いを入れて、目立ちたいけど目立ちたくないって感じか? 知らんけど。まぁ、今日は休日で人が多いから、目立ちはするだろうが一回限りだから多分大丈夫かな。何かあれば俺がフォローすればいい。

 

「この世界は俺にとって、普段なら出来ない事をやれる世界だ。何かあれば織斑一夏と織斑先生に行く。俺は無傷」

 

「うん……本人達に対して大迷惑だけど、やりたい気持ちは何となく理解出来るよ」

 一夏が隣の椅子に腰を下ろした。間近で今の一夏の顔を見ると、学生時代の千冬さんにくりそつだ。

 イケメンが女装すると大体美人寄りになるけど、一夏の場合は元が千冬さんに似てるから、ウィッグだけで十分雰囲気が変わる。容姿に恵まれてるな。羨ましい。でも、同時にヤバい人も寄ってくるから、それは不幸だろう。南無。

 

「行くか」

 

「行こう」

 俺と一夏は同時に立ち上がって、拠点を後にした。

 

 

 コンビニではなく、ファミレスに向かうために街中を歩くと、人々の視線が俺の隣の人物に集まってくる。無論、そいつはウィッグを被る一夏だ。

 隣を歩く一夏は、微笑んで人の視線を心地よさそうに受け止めている。演技とかも得意だから、知名度を利用して役者になれそう。やったね、バナージ。進路が決まったよ。

 時折、一夏に対して男女関係なくナンパしてくるけど、女性はともかく男連中よ。こいつ男だから。服装でわかるだろ。それともそういう筋の人? だとすれば、ヤバい人気があるな。もちろん俺はスルーされているから、見ていて超楽しい。いいぞ、もっと声を掛けてやれ。俺が許可する。

 何度も足止めをくらいながら、何とかファミレスに辿り着く。早めに来たつもりだけど、時間帯が大幅にズレて大分待つ事になってしまった。待つのは覚悟していたが、まさかここまで遅れるとは。

 

 二人で会話しながらしばらく待つと、ようやく席に通してもらった。メニューを選んで注文する。その時、店員に話し掛けられたりもした。気になるのはわかるけど、仕事しよう。

 十数分で注文した物が運ばれてきた。別々のメニューだったが、同時に来たので二人で食べ始める。

 食べ終わったら即会計を済ませて、店を出た。少々腹は苦しいが、待ってる人が大勢いるので仕方無い。

 

 二人で拠点に帰ってくると、早速椅子に座って休憩する。

 

「いつIS学園に向かうんだ?」

 

「夜」

 

「夜か。それまでかなり暇だな」

 

「後でゲーセンでも行くか?」

 

「なら、さっきがよかったな。何度も拠点と街を往復するのキツいんだよね。一人じゃないだけ気が楽だけど」

 

「確かに。ちょっとした登山だからな」

 

「街中じゃ気が抜けないからしょうがないか」

 

「そう。しょうがないんだよ」

 俺は頭を机に乗っけて、溜め息を吐いた。

 

「……今更だけど、今回は普通に夕が見えるんだな」

 

「それ凄く今更な指摘よ」

 この会話の後に、俺達はまた街に飛び出してゲーセンに向かった。

 

 

 

 

 色々な買い物して一度、ファミレスで食事をして二度、ゲーセンで暇を潰して三度、拠点に戻ってきた。

 体を休めて時間を過ごすと、そろそろ夕飯の時間になる。ゲーセンの帰りに近くのコンビニで弁当を買ってきたので、これからまた出掛けるという事は無い。今回で最後なはず。

 食事を済ませた俺は休憩し、一夏は楯無さんと連絡して最終確認を行った。その後、電話の内容を俺に伝える。向かう先はIS学園の第一アリーナだ。楯無さんと織斑先生が待ってるらしい。

 月の光に照らされた外に、必要な荷物を全部運べば準備完了。忘れ物やISの不具合の有無を最終チェックする。

 

「忘れ物は大丈夫か?」

 

「大丈夫だ。問題ない」

 

「わかった。行くぞ」

 

「了解」

 二人でISを同時に起動。装甲が全身を覆う。ハイパーセンサーには異常無しと表示された。視界も肉眼よりはっきりと見えている。武装も全てロック済み。オールクリア。

 

「しっかりと俺についてくるんだぞ」

 

「言われんでもわかってるよ」

 

「もしもはぐれ場合、集合場所はわかるよな?」

 

「第一アリーナ」

 

「よろしい。それじゃ、夜の街に遊覧飛行といこうか」

 

「おう!」

 俺と一夏は荷物が落下しないよう、大事に紐で結んで背負ったり抱えたりして街へと飛んだ。速度は車より少し速いぐらいに決めておいた。

 光源が月明かりだけだった暗い森から、光り輝く街へと移った。流れていく景色が鮮やかだ。キャノンボールファストでもないのに、IS姿で街を飛ぶだなんて、イベントじゃない限り絶対に経験出来ない。凄く貴重な体験だろう。今現在の俺達の存在を抜くとだが。

 

 ビルとビルの間が大きく開いた場所を低速で進み、ビルと地面との中間辺りの高度を維持する。これが通常の形態ならごめんだが、全身装甲の今なら顔バレ性別バレが無くて一安心だ。

 たまにスラスターの音に気付いて見上げたり、何気なく見上げる人達もいるがそれだけだ。これなら昼間より確実に目立たない。それでも十分目立ってるけど。

 街中をどんどん進むと、途中でモノレールと併走する事になった。心中で謝りながら、俺はモノレールの反対方向に向かうと、窓からこちらを覗く人が多数。

 なるほど。これがあの見られると非常に興奮しちゃうやつなのか。露出狂の気持ちを垣間見た瞬間だ。露出というより厚着なんだけど。

 

『NT-D使っちゃダメ?』

 俺は通信を使って一夏に尋ねてみた。

 

『ダメ』

 

『ファンサービスでも?』

 

『ダメ』

 

『なんで俺に気持ちよくNT-Dを使わせねぇんだ! 俺は皆の驚く姿を見ていたいんだよ!』

 

『俺だってやりたいけどダメだ。NT-Dを使用するって事は、装甲が開いて背中に紐で括り付けた荷物が落ちる』

 

『あ、それはいかんね』

 そういえばNT-D時の装甲を計算に入れてなかった。NT-D使うと身長が少し伸びるからね。まぁ、計算されていようと実際にやるつもりは無かったけど。つまり言ってみただけだ。でも、実の所ちょっと期待した。面倒な心理。

 しばらくモノレールと並んで飛行すると、IS学園が見えてきた。夜の時間帯にからIS学園を一望すると、不気味なほど暗かった。どこの学校も夜になると印象が凄く変わるのは、共通らしい。夜の病院もその筆頭だと思う。

 速度を少し抑えて一夏の後ろに戻ってから、学園の敷地内に侵入して第一アリーナに向かう。

 

 第一アリーナ周辺は夜の闇に包まれていた。月の光が僅かな照明の代わりになって、少しだけ闇を薄くしている。ハイパーセンサーがあれば、闇夜でも普通に見えるんですけどね。

 進んでいくとアリーナ内部のフィールドが見えた。同時に人影も発見。楯無さんと織斑先生。それと二人の後ろに、ISを纏って武装している教員の方々。ヒェッ。

 

「こんばんは。今日はいい月夜ね」

 俺達二人がフィールドに降り立つと、笑顔の楯無さんが扇子を広げながら挨拶をしてきた。

 

「こんばんは、楯無さん。お久しぶりです」

 

「こ、こんばんは……」

 一夏に続いて俺も挨拶を返すが、何だろう。凄く変な感じ。これは違和感か? 何に対してだ?

 

「あ、バナージ君一人じゃなかったんだ。もしかして、噂のリディ少尉?」

 

「はい。初めまして……」

 何か、リディ少尉って呼ばれ方が恥ずかしくなってきた。だって俺リディさんじゃないもん。機体だけだもん。

 

「更識、挨拶は後にしてくれ。早速で悪いが二人共ISを解除してもらえるか? その姿だと少々不気味でな。特に黒い方」

 

『はい』

 織斑先生に言われた通りに、全ての荷物を地面に下ろしてから俺と一夏はISを解除。

 解除すると制服姿に戻った。その時、楯無さんは扇子を口元に持っていき目を鋭くする。品定めかな?

 ISで武装した教師達は、俺より一夏の姿を見てざわめく。どや? くりそつやろ?

 

「悪いが、今日の寝床は医務室でいいか? 部屋の調整がなかなか難しくてな。明日には用意しておこう」

 

「わかりました」

 あれ? ここから大事な何かを話すんじゃないの? すっ飛ばしちゃうの?

 

「……ま……マーセナスもそれでいいか?」

 今何で言い淀んだの? 恥ずかしいとか? 俺も少し恥ずかしい。

 

「はい。大丈夫です。ありがとうございます」

 

「……一応、本名を教えてくれ」

 なん……だと……!? 泣く子が更に泣くほど厳しい、あの織斑先生が俺の名前を尋ねてきた……?

 

「白雪夕です」

 

「……そうか。白雪か」

 俺の名前を知った織斑先生が、安堵の表情を浮かべた。なんなのなの?

 

「更識。後は頼んだ」

 

「お任せあれ」

 織斑先生に名を呼ばれた楯無さんが、軽く会釈する。楯無さんの振る舞いがかっこいい。お仕事モード的な感じ?

 

「バナージ君にリディ少尉。行きましょう」

 

『はい』

 一夏と俺の返事が重なった。俺達息ピッタリだぜ。

 自分達の衣類などが入ったスポーツバッグを持って、歩き始めた楯無さんの後ろを追った。

 

 

 道中、静かに身を潜めながら移動して、何事も無く医務室に到着した。ちょっと蛇になった気分。

 楯無さんが扉を開けて、先に俺達を通してから扉を閉めた。医務室の明かりは点いておらず、その代わりに月光が部屋を少しだけ照らしている。

 俺と一夏はスポーツバッグを床に置いてから、別々のベッドに腰掛けた。楯無さんも座る。俺の隣に。近い近い。

 

「これでお喋り解禁。だからリディ少尉には色々と聞かせてもらうわ。今夜は寝かさないわよ?」

 今の楯無さんから、獲物の姿を捉えた猛禽類の雰囲気を感じる。やだ、怖い。

 

「今は白雪で構いませんよ」

 

「じゃあ、夕君」

 

「はい」

 さり気なく名字を推したら、名前で呼ばれた。やっぱり名前の方が呼びやすいのかな。

 

「あっ……と、明日からはリディ呼びでお願いします。名前だけとはいえ、バナージを孤立させる訳にはいきませんからね」

 

「集……!」

 感動するのは構わんが、お前は関係と呼び名を統一しろよ。そして誰だよ、集って。しが邪魔でゆを小さくするんじゃない。

 

「夕君ったら優しいのね。もうこれだけで、お姉さんのポイントがかなり高いぞ」

 

「いきなり採点するのやめて下さい。普通に話しましょうよ。普通に」

 

「普通……普通って何だろう?」

 

「この場合は、ボールを真っ直ぐに投げ返す事だと思います」

 

「簪ちゃんと私、どっちが好き?」

 

「真っ直ぐと言いましたが、そっちの直球じゃないです。そして分身魔球やめて下さい」

 

「あら? 迷っちゃうの?」

 

「三人共好きですよ」

 

「あらあら、姉妹丼を二杯頂いちゃうの?」

 

「何こそっと自分も混ざってるんですか。というか、下ネタやめて下さい。簪に言いつけますよ?」

 

「簪ちゃんとの件。本当に感謝してるわ。ありがとう、夕君」

 

「あ、はい」

 緩急自在すぎて、話に付き合うのがちょっとだけ面倒だ。まるで人の腕からするりと逃れる猫に似ている。鰻でも可。

 

「でも、一緒のベッドで寝たのは頂けないかな?」

 

「ごめんなさい」

 力強く弁解したい所だが、ここは素直に頭を下げて謝罪する。理由はどうあれ、事実だからだ。

 

「まぁ、この件は簪ちゃんとの仲直りのきっかけとして、チャラにしておくわ」

 

「ありがとうございます」

 俺はもう一度頭を下げた。

 

「一応確認しておくけど、過ちは無いのよね? 夕君と向こうの私がお盛んらしいし、やっぱりそこは不安なの」

 

「無いです。後、それってあちらで笑ってる一夏の嘘ですよ?」

 向かい側のベッドに座って、静かに笑う一夏を指差す。

 

「……え?」

 

「別部屋の俺が、夕と楯無さんの生活を知る訳ないじゃないですか。常識的に考えて下さいよ」

 

「年頃の若い男女の同部屋が、常識的に考えて普通じゃないという事は理解してる?」

 

「そこを突かれると何も言い返せないです」

 

「試した事は無いんですけど、多分楯無さんが逃げます」

 

「そうなの? 私ったら意気地無し」

 

「楯無さんに好きな人が出来れば、きっと気持ちが理解出来ると思いますよ」

 

「好きな人か……仕事上で異性には関わるけど、同年代で異性の人に全く縁が無いから、想像し辛いかな。その内見合いでもさせられそうだから、交際を経て後々という自由恋愛は難しそうね」

 楯無さんの家ってやっぱり大きいのか。そういえば、楯無さんから家の話を聞いた事が無いような?

 

「そういう意味では、違う私は物凄く幸運よ。家の反対も軽々はねのける人がいて」

 そう言ってから、楯無さんは微笑みながら俺を撫でた。その瞳から、純粋に羨む色が見えた気がする。家の問題って大変そうだ。

 

「私も夕君みたいな子を好きになりたかったな……」

 

「……まだまだ先の事はわかりませんよ。楯無さんは若いんですから、これからです」

 楯無さんの零した言葉が、俺の涙腺を刺激した。表情が優しくて髪を撫でる手付きも優しくて、そして凄く悲しい台詞だったからだ。

 

「ありがとう。私も自分に負けないほどの、いい旦那様を捕まえないとね」

 このお礼の言葉を言われた後、俺達は眠るまで静かな時間を過ごした。

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