「まるで意味がわからんぞ!」
どうすればこのような惨状になるのか筋道が意味不明なので、とりあえず叫んでみた。ゲンキデース! あの、四人共倒れてるんですけど。
「ありがとう、簪! おい、一夏ァ! しっかりするんだ! 何があった!?」
状況を察して腕を離してくれた簪にお礼を言って、一夏の名を呼びながら駆け寄って抱き起こす。箒、鈴、セシリアさんの三人に触れる事は性別と親密度的に憚られるので、一夏が対象に選ばれた。
「……ああ、空が青いな。早急に対処せねば……蒼穹だけに……」
「ちょっと何言ってるかわかんないです」
「……あれが全てを変えた、悲劇の原因だ……」
一夏は自分と三人の近くに落ちている物や、バケットなどを一つ一つ指を差して教えてくれる。
俺はその場から動かずに手を伸ばして、一夏の傍にある物を手に取った。
「これはサンドイッチ……いや、BLTサンドか。つまりFドラ覚醒したサンドが元凶……?」
「……ちょっと何言ってるかわかんない。ともかくBLTが……」
一旦一夏を硬い地面に寝かせて、バケットが置いてある場所まで移動する。しゃがんでバケットの中を覗き込むと、色とりどりな具材をパンで挟んだ物が、弁当箱の中に綺麗に敷き詰められている。均等に並べてあるため四つ分が無い事に気付く。恐らく四人が口にした分が無いのだろう。
心の中で謝りながら、BLTサンドの一つを取り出して躊躇無く口に運ぶ。すると、爆発に似た衝撃が口の中から体の末端まで響く。酸味、塩味、辛味、甘味、苦味がミックスされていて、お口の中で戦争している。水を飲んだりしないと、休戦協定が結ばれなさそう。
でも、たった一つのサンドでいくつも味を変化させるなんて、まるで七色の虹を直接味わっているみたいで、逆に凄い。虹みたいに綺麗じゃなくて、大乱闘してるけど。
「……一応食えなくなくなくないけど、これはアカンわ」
『はぁっ!?』
地面に俯せで倒れていた四人が驚愕して、飛び跳ねるように起き上がりながら声を揃えて叫んだ。俺は君らと違って、上質な舌を持ち合わせてないんだ。
「わたくし自身が実食しても、理解出来るレベルな劇物ですのよ!?」
「へー、セシリアさん作なのか。これは早急に見直した方がいいですよ。将来のために」
俺はセシリアさんに近付き肩に手を置く。レディに気安く触るのはデリバリーに欠けるが、そんな事はどうでもいい。重要じゃない。
「将来セシリアさんが結婚した時――――」
「そ、そんな! 恥ずかしい想像をさせないで下さい!」
セシリアさんが頬に手を当て、体をくねくねと揺らしながら照れている。どうやら、頭の中に未来図を描いているらしい。
「――――違う違う、そうじゃない。殺人事件になりますよ」
「……へっ!?」
不意を突かれたセシリアさんが、石像のように固まった。
「いいですか、よく聞いて下さい。世の中にはメシマズという単語があります。それは時に、離婚の条件を満たす可能性が出てきます。旦那様が指摘して改善するという可能性を信じた結果、その可能性に殺される」
よし、キーワードを言えた。余は満足じゃ。
「それでも……それでも俺は、その可能性を信じてみたい!」
単語に反応してきたバナージが参加してきた。盛り上がって参りました!
セシリアさんから手を離し、俺はバナージのいる方向へと向いて視線を合わせる。
「可能性に殺されるぞ! そんなもの、捨てちまえぇっ!」
「そうだよ、セシリア! 今すぐそのレッツチャレンジ大惨事をやめるんだっ! こんなことを続けていたら、大切な人の心が壊れて人間ではなくなってしまうっ!」
バナージが俺の言葉にテノヒラクルーして、セシリアさんに視線を向けながら訴える。真に迫った演技だ。これは一種の脅しになるだろう。
「黙れっ! お前に何がわかるんだっ! これは彼女の問題だっ! ビスト家だろうと、他人が立ち入っていい問題じゃないっ!」
俺もバナージに合わせてテノヒラクルー。攻守、立ち位置共に入れ替える。
「マーセナス家のあなただってっ!」
「しゃぁべるなあああああっ!」
俺達二人の喧嘩紛いの会話に、簪以外の五人がおろおろし始めた。セリフに合わせてバンシィのバルカン撒き散らしたい。
「そんな訳で、セシリアはまずレシピ通りに料理を作ろう。見てくれは確かに大事だけど、まずは味付けから。ふつくしい見た目を優先して、味を犠牲にしてはダメなんだ。何事も基礎を疎かにしてはいけない」
「!?」
切り替えの唐突さに、セシリアさんは戸惑った。同時に他の四人も戸惑っている。いいぞ。
「大丈夫だよ。俺とリディさんが協力する。善は急げという事で、早速だけど今夜暇か? それとも日にちを改めた方がいい?」
「……特に用事はありませんから、今日の夜でも構いませんけれど……」
「なら、決定だな」
「セシリアだけずるいぞ! 私だって、バナージから料理を教わりたい!」
「そうよ! あたしも教えてほしい!」
二人もバナージを通して、一夏の好みな味付けを知りたいらしい。貪欲だなぁ。いや、欲望にまみれているのは別に悪い事じゃない。男の胃袋をキャッチするのは常套手段だし。
または自分好みの味に味覚を変化させるのも一つの手段がある。だが、長期間粘らないといけないので、かなり難易度が高い。それなら、相手に合わせた方が楽だ。味付けが確立している一夏は特に。
「俺も参加した方がいいか? 人手は多い方がいいだろ?」
「一夏はダメだ!」
「一夏さんはダメです!」
「一夏はダメよ!」
三人は力強く大声を上げて、一夏の参加希望を断った。一夏に食べさせるんだから、確かに同じ場所にいられたら困るが、それとは別として一夏から直接教えてもらってもいいだろうに。つまり一緒にいられるって事なんだから。
やっぱり、サプライズ的に驚かせたいのだろうか? 隠れてないぞ。
「何も力一杯否定しなくても……」
「まぁ、そう気を落とすなって。美味しい料理が食べられるんだぞ?」
俺は一夏の傍に寄り、肩に手を乗せながら耳元に口を近付ける。
(毎日、無料で)
「お、おぉ……! リディに言われてみれば、その通りだな! 全然気付かなかった!」
「おっと、近い。ま、そういう事だよ。我慢出来るかね?」
「ああ! それならいつまでも! 三人共、楽しみにしてるからな!」
満面な笑みを浮かべた一夏が、はしゃぎながら三人に告げた。意外とちょろいぜ。まぁ、それほどまでに無料という言葉が好きなんだろう。バイトも出来ない特別な学生だし、そこは当然かも知れない。
箒、セシリアさん、鈴は一夏の笑顔にやられて、直視出来ずに顔を逸らしてから頷く。あら、しおらしい反応。
「そろそろ昼休みも終わるし、教室に戻ろうぜ!」
一夏の言葉に全会一致で頷き、弁当を片付けてから皆で屋上を後にした。
初日の授業が終了して、織斑先生から寮の鍵を受け取る。何と、バナージと同部屋だ。やったー! 一夏はシャルルと同じ部屋だった。うん、知ってる。
荷物は部屋に運んであるという事で、織斑先生にお礼を言って早速部屋へと向かう。
向かう途中、一夏に男同士でお茶しようと女子力が詰まった誘われ方をしたので、俺とバナージは頷いた。シャルルは一夏と同室なので、自然と輪の中に含まれている。
一夏の部屋に行く前に、俺とバナージは自室に寄って遊び道具を取ってくる事にした。なので、先に部屋に行っててと二人に伝えて、寮の廊下で一旦別れる。その後、寮内を歩く女子生徒に質問攻めに合いながら、部屋を目指す。
ちょっと時間が掛かったが、自分の部屋に到着。鍵を使ってから扉を開ける。
「おか――」
扉を強く閉める。俺が転入した初日の時にもあった出来事だ。
後ろに数歩下がってバナージと並び、互いに顔を合わせて苦笑していると、勝手に扉が開いて部屋から人が出てきた。生徒会の仕事はどうしたの。
「お姉さんはそのリアクションを読んでいたわ!」
「あ、織斑先生に言ってきますね。バナージ、ここは任せた」
「任せて下さい」
「その返しは読めてなかった! 織斑先生だけは堪忍して!」
フリフリしているピンクのエプロンを着た楯無さんが、移動しようとした俺の手首を掴む。必死さと掴む力が痛い。
「勝手に侵入した楯無さんが悪いんですよ」
「だって、お約束みたいな物でしょ?」
「まぁ、確かにお約束と言えばお約束ですが」
「だから……ね?」
楯無さんが俺の体にすり寄り、柔らかな体と上目遣いを凶器として使ってきた。そればっかりやん。
「じゃあ、言いませんから退いて下さい。これから用があるんです」
「ほ、本当に言わない……?」
「はい、黙ってます」
「ありがとう!」
お礼を言いながら、楯無さんはガバッと俺を抱きしめる。
「だから退いてと言ってるでしょ! 逆に近付いてどうするんですか!」
「え? 体でお礼をするのが礼儀じゃないの?」
「あー、はいはい。とりあえず離れて下さい」
俺は話を聞き流して、楯無さんの肩を押して剥がす。楯無さんと会話するとこんなやり取りばっかりだな。
もしかして、楽しく遊べる相手がいて、はしゃいでいるのだろうか? 嬉しいけど、一応急いでいるので今は遠慮してほしい。
「で、用って何?」
「一夏から一緒に遊ぼうぜって誘われてるんですよ。だから一旦、こうして部屋に帰ってきた訳です」
「へぇ、そうなんだ。あ、いい事思い付いた! 二人がお姉さんの頼みを聞いてくれたら、そのまま大人しく帰るわ。どう?」
「楯無さんはこう言ってるけど、どうするよ? 俺は帰ってくれるなら、大抵の事は構わない」
バナージに尋ねてみる。
「そうだな……聞いてみなきゃわからないけど、俺もとっとと終わらせたい。それで頼みとは?」
「最近気になっていたんだけど、二人に壁ドンしてほしいなー、って。きゃっ、言っちゃった」
『は?』
楯無さんの頼み事の内容に、俺達は口を揃えて声を上げた。何だって?
「壁ドン」
「二回も言わなくていいです。理由を聞かせて下さい。何故俺とリディさんに壁ドンをしてもらいたいんですか?」
「純粋なる乙女の疑問ってやつね。二人は気にならない?」
「ならないです」
同じく。
「まぁまぁ、物は試しよ。お姉さんにやってみてちょうだい。思いっきりね」
「…………はい。なら、そこの壁に背をくっつけて下さい」
何かを少し悩んだバナージは、自室の扉の横を指差して楯無さんを移動させる。
俺とバナージは視線を交わして頷き、楯無さんの退路を断つように、掌を勢いよく壁に押し付けた。俺達に挟まれた楯無さんはご満悦の様子。
「意外と悪くないわ。これで結構よ」
「もういいんですか? やけにあっさりですね」
「んだんだ」
至近距離で楯無さんと会話をしていると、隣の部屋のドアが開いて部屋着の女子生徒が二人出てきた。どうやら結構音が響いたらしい。壁ドンだからね。仕方無いね。
「あっ! 会長だけズルい! 私も二人にやってほしい!」
「私もー!」
女子生徒二人が詰め寄ってきたので、俺達は後退する。会長の服装について何かないの?
「まさかっ!?」
「そう! これが狙いよ!」
俺が声を上げて楯無さんの顔を見ると、ニヤリとした意地の悪そうな表情が浮かんでいる。これはつまり、罠に嵌められたという事だ。
「ちょっと待って!」
「そうだ! 待ってくれ!」
目の前の女子生徒を落ち着かせるために対処しようとするが、騒ぎを耳にした生徒達が徐々に集まってきた。そして話が段々と広がり、廊下が騒がしくなってきている。
「二人が壁ドンしてくれるんだって!」
「それ本当!?」
「股ドンやってー!」
「私は顎クイおねがーい!」
「床ドン頂戴!」
「肩ズンを頼む!」
「袖クルして! あ、半袖だった……」
「耳つぶを下さい!」
「アバドン!」
股ドンと顎クイと床ドンはまだわかるが、肩ズンと袖クルと耳つぶって何? そんな単語初耳なんだけど。いつの間にか増えてて驚愕だわ、アバドンは奈落でサタンを閉じ込めておいて下さい。
「じゃーねー、お二人さん。頑張って」
女子生徒に囲まれながらも、俺は楯無さんが投げキッスをして廊下の奥に消えていく所を見た。ひでぇ。
この騒ぎをどうやって静めようか、俺達は大いに悩んだ。
学年関係無くせがまれて、俺とバナージは流れ作業のように一人一人壁ドンをしていく。その作業をこなしている途中、一夏とシャルルが俺達を迎えに来てくれた。が、そのせいで二人も巻き込まれて壁ドンの作業をする事に。ごめん、でも助かった。
時間をかなり奪われたが、何とか事態の収拾に成功した後、俺とバナージはジャージに着替えて、一夏とシャルルの部屋にお邪魔していた。
「もう、やだぁ……」
「俺にはオードリーがいるのに……」
「迎えに行かなきゃよかった……」
「そう? 僕は楽しかったよ?」
一夏と俺、シャルルとバナージという組み分けで二つのベッドにそれぞれ座って、シャルル以外疲れて落ち込んでいる最中だ。
「マジかよ。まだ初日なのにシャルルはタフだねぇ……」
「新鮮な事ばかりだったから」
シャルルは柔らかな笑みを見せながら答える。その穏やかな笑顔に癒されるぅ。
「そうかぁ。はぁ……」
俺は早速、隣に座る一夏に対して肩ズンを行う。肩ズンというのは、隣にいる相手の肩に頭を乗っける行為の事だ。
「おい、リディ。肩ズンはやめろ」
「あぁ、耳つぶがいいの? 耳元で何と呟いてほしいんだい?」
「それも却下だ」
「じゃあ、袖クルしてあげようか?」
「やらなくていい」
「へいへい。それより、はよ茶を持って来んかい。ワイら客なんやで? 客は神様や。俺はライズってファルコンを所望する」
俺は頭を退けて座り直し、一夏に催促する。お客様は神様です! つまり、二柱の神を呼んだ一夏は、俺達をもてなす義務があるという事!
「あぁ、すっかり忘れてた。悪い、今から用意するから少し待っててくれ」
「真面目かっ」
茶化した言い方で注文したら、一夏は素直に頷いて立ち上がったので、俺は肩を掴んで再度座らせる。普段のノリで接した俺が悪かった。すまんな。そもそも天々座リゼって置いてあるのか?
「え? どこか変な所でもあったか?」
「いや、俺が変だったわ。お構いなくー」
「でも、俺から誘ったんだから何か出すのは当然だろ」
「四の五の言わずに、今は休め。授業やさっきのあれで疲れたっしょ?」
「そんな事は無いぞ?」
「さっきの言葉は嘘だったのね!? 酷い、酷いわ!」
「バナージ、リディの対処の仕方を教えてくれ」
「ん? もう一回言ってくれ」
一夏が困ってバナージに助けを求めたが、救いを求めた相手はシャルルと会話中だったらしく、会話を一旦やめて聞き返してきた。タイミングが悪い。
「何でも無い、自己解決した」
「君の姿は僕に似てる。だから、困った事があれば相談に乗るぞ。特に白式」
バナージは一夏に向かってそう言った。何か頼れる兄貴っぽい発言に聞こえる。頼りになる兄さんは好きだ。
「あ、それなら今聞かせてくれ。時間はあるだろ?」
どうやら一夏は、俺と会話するのが面倒らしい。楯無さんが言っている意味を改めて理解した。やっぱり俺は、一夏よりバナージやな!
「約束の時間まで余裕はあるから大丈夫だ。何が知りたい?」
「そうだなー……まずは、千冬姉の事が知りたい。あ、そっちのな」
「ミヒロ少尉の話か。俺が白式を使った時に、立ち回りというより戦闘時の心理を教えられたな。特に煽り方」
「煽り方?」
「まぁ、これは圧倒的な実力を持つ、ミヒロ少尉が使うからこそ有効な手でもあるんだが……」
「何だ?」
「相手を切る寸前に、零落白夜を解除する」
「ん? どういう事だ?」
「簡単に言うなら、最大のダメージを最小のダメージにするんだ。零落白夜を当てればシールドエネルギーをごっそり持っていくが、そこで敢えて通常の雪片を当てる。チャンスを見逃すって事だ。短いけどこの話を聞いて、一夏とシャルルはどう感じた?」
説明をするバナージは、二人に感想を尋ねる。俺的にはただの舐めプと思った。何度もチャンスを狙える世界一位だから可能な芸当だろう。よしんば、実力が世界二位だとしても、煽りは世界一位だ。
「……エネルギーの節約?」
「……僕はちょっと穏やかでいられそうにないかな。だって、零落白夜って対IS用の武器でしょ? 当てれば深手を負わせるのに、わざとやらなかったって事だから、それは挑発としか受け取れないよ」
「シャルルの言う通り、それがミヒロ少尉の狙いなんだ。一太刀で平伏す強さを持ちながら、ただ少し削るだけ。大会中となれば特に効く」
「なるほど。大会だと順位は重要だもんな」
一夏は納得したのか頷く。話自体はあまり褒められた内容ではないが、一応聞くだけ聞いとくべきだろう。強くなるには、色々と欠かせないのだ。邪道というより完全に外道な戦い方で、参考にしがたいけど。結局どっちなんだよ。
「でも、チャンスを何度も作って何度も見送れるほど、俺に実力は無い。だからミヒロ少尉だけが有効なんだ」
「俺も無理そうだ」
両手を上げた一夏は、降参のポーズ。
「なぁ、もっと色々聞いてもいいか?」
「おう、どんとこい」
俺は二人の会話を静かに黙って耳にした。