IS 一夏がいない   作:稲穂焼き

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五話

 一夏はバナージから話を聞き、俺とシャルルは口を出さずに耳を傾けている。二人の会話を聞き流しながら、俺は携帯で時計を確認すると、いつの間にか約束の時間が近付いていた。

 俺はバナージを呼ぶと、二人は話を中断。今まで面白そうに聞いていた一夏は、不満そうな顔をする。子供か。

 準備をしないといけないので、一夏とシャルルに別れを告げて、俺とバナージは部屋を後にした。

 

 自室に戻り、荷物からエプロンを取り出す。材料は教え子達が持ってくる予定になっている。俺達はまだ初日で、食材を何一つ持っていないからだ。調味料ならあるんだが。

 エプロンを持って、日頃から全く使わない調理室へと向かう。普段は自室の調理器具で事足りるので、調理室に足を運ぶ事は滅多に無い。多分、バナージもだ。

 

「さて、先生。今日の献立は?」

 エプロンと調味料を持って寮の廊下を二人で歩き、調理室を目指す。

 

「セシリアはベーコンエッグ。鈴は酢豚で箒は唐揚げ」

 すぶたそ~。

 

「ベーコンエッグか。その理由は?」

 

「セシリアに教えるべき事は、まず味ありきだ。変な直感を優先するが故に、龍剣伝」

 

「お前は闇の太陽神だろ」

 

「故に、味は二の次三の次。ベーコンエッグなら手順がシンプルで失敗はほぼ無い」

 

「なるほど! 流石です、お兄様!」

 確かにベーコンエッグなら普通に焼くだけだ。失敗するなら黄身が潰れるか、焦がすぐらいだろう。だが、メシマズを舐めてはいけない。変なタイミングで調味料や別の材料をぶち込むから、油断は禁物。

 

「それほどでもない」

 

「他の二人は?」

 

「本人達からのリクエスト。二人の料理は食べた事無いけど、きっと十二分に美味しいと思うんだ。それ以上の上達を望むら、多分味の好みだろうな」

 

「やはりか。ま、頑張れよ先生」

 

「おう、頑張る」

 俺達は喋りながら廊下を進んだ。

 

 

 調理室へ到着すると、室内は広々とした空間で、調理器具などが新品と見紛うほどきらきらと輝いていた。部屋も結構な広さで設備も加味すると、かなり金が掛かってそうだ。

 既に生徒達が何人かいて、お菓子を作っている。その人達の邪魔にならないよう、離れた一角を借りる事にした。チューボーデビューだ、イェイ!

 まずはエプロンを二人で装着。バナージは白で、俺が黒。まさか俺の分まであるとは思わなかった。だって、セシリアさんを見てるだけだろうし。でも、とってもサンキュ!

 手を洗った俺達は、セシリアさん達が来る前にボウルや皿を分担して準備をする。どこに何があるのかを覚えながら、調理器具を一つ一つ取り出していく。

 

 用意し終わったタイミングで、セシリアさん達が来た。

 

「ちょうど準備が完了した所だ。早速始めよう」

 

「はい!」

 バナージの言葉にセシリアさんは元気よく返事をする。

 

「私達はどうすればいいんだ?」

 疑問を持った箒はバナージに尋ねる。

 

「俺は二人の味付けが知りたいから、最初は自分の作り方で調理してくれ。その後、俺が色々と手を加える。そんな感じだ」

 

「わかった」

「わかったわ」

 箒と鈴が頷き、エプロンを着けてから自分達の作業に入った。

 

「じゃ、俺達もやるか」

 

「はい。メニューは何でしょうか?」

 

「初心者でも簡単なベーコンエッグだ」

 

「ベーコンエッグ……」

 セシリアさんは不服そうに呟く。テクニカルな料理を作りたいらしいが、基本を疎かにする者にはまだ時期尚早だ。

 

「ベーコンエッグを舐めちゃいけない。作り方は千差万別なんだぞ」

 ただ焼くだけなのに、人によって異なる作り方があるのだろうか? 油とかターンオーバー?

 

「はぁ」

 

「じゃ、指示するから言った通りに作ってくれ。まずフライパンを温める。あ、ちなみに今は自分用な。成功したら、もう一回作って一夏に食べてもらえ。喜ぶよ」

 

「本当ですか! わかりましたわ!」

 先ほどの不服そうな表情から一転、気合いを入れたセシリアさんは、バナージの指示通りにコンロに火を点けた。テンション上がって調味料やレシピに無い材料を、入れたりしないように俺も見張ってよう。

 

「ここで俺ならフライパンを温める時間を利用して、ベーコンを手早く切ったりするな。けど、そこは好みだな。セシリアはどうする?」

 

「えと、では切らずにこのままで」

 

「なら、そのままベーコンを投入」

 

「はい!」

 言葉通りに、熱したフライパンの中にベーコンを二切れ並べた。

 

「少し待つ」

 ベーコンを焼いていると、白い蒸気が立ち上る。同時に香ばしい匂いが漂ってきた。

 

「ちょっとしたらベーコンを返す」

 

「はい」

 返事をしたセシリアさんは並んでいる二枚のベーコンを、フライ返しで一つ一つ返していく。裏返したベーコンには、ほんのりと焼き色が付いている。この時点で美味しそうだ。もう、ベーコンだけでいいんじゃないかな?

 

「ここで卵を割って、ベーコンの上に――――」

 何か知らんが溜めだした。

 

「――――落とすっ!」

 

「喧しいわ! 普通に言えよ!」

 バナージの変な気迫に、セシリアさんがビクッと肩を震わす。

 

「出来るか?」

 

「……ええ、それぐらい出来ますわ! わたくしを舐めないで下さい!」

 

「そりゃ悪かった」

 バナージは卵を綺麗に割れるか心配するが、セシリアさんは大丈夫と自信を持って答える。どうやら基礎的な事は出来るらしい。じゃあ、何でメシマズなんですか?

 セシリアさんは卵を掴み、フライパンの縁に軽くぶつける。罅が入った事を確認してから、卵を両手で割ってベーコンの上に落とした。片手で割りそうな勢いだったが、両手という無難な選択に切り替えたようだ。ちなみに俺は片手だと七割ぐらい失敗する。卵の殻を握り潰すの楽しいです。

 

「後は、水を少々入れて蓋をする」

 

「はい」

 少しの水をフライパンに入れると、油と混ざって弾けながら蒸気が勢いよく発生。その後すぐに蓋をした。

 

「ちょっと待てばベーコンエッグの完成だ」

 バナージは用意してある皿を電子レンジに入れて、温め始めた。

 

「それは何を?」

 

「これか? いや、皿って冷たかったりするだろ? だからこうして温めておけば、皿に乗せる時に料理が冷めにくくなるんだ」

 

「へぇ」

 そうなのか。初めて知った。

 

「って、このぐらいならわたくし一人でも出来ますわっ!」

 

「え、今更?」

 本当に今更だ。ツッコミが入るまで随分長かった。

 

「でもな? 料理はレシピ通りに作れば美味しい物が出来る。それをまずセシリアに知ってほしかったんだ」

 二人の会話を聞きながら、俺は何気なく周囲の様子を見てみた。箒と鈴は黙々と調理中。他の生徒達はわいわいと騒ぎながらお菓子を作っている。温度差が全然違うな。

 視線を戻すと、出来立てほやほやのベーコンエッグが、先ほど温めた皿の上に乗っていた。味付けはまだみたいだ。

 ここまで俺は一切何もしてない。すっかり置物みたいになっている。やーい、役立たずー。

 

「なぁ、バナージ」

 

「何だ?」

 

「俺、帰ってもいいかな? 出来る事が何一つ無いんスけど」

 

「…………そうだな。帰っていいぞ」

 

「お疲れーッス!」

 許可が下りたので、俺は真っ直ぐ調理室から出た。

 

「ふぅ……悲しいなぁ。そうでもないけど」

 

「どうしたの?」

 

「へぇぁっ!?」

 入り口付近でエプロンを外しながら独り言を呟くと、不意に声を掛けられた驚きで変な声が出てしまった。あらやだ、別に恥ずかしくない。

 

「おぉぅ、びっくりした。簪か。どったの?」

 声の主は簪だった。何かが入った袋を抱えており、エプロンも着用済みだ。調理室に用があったんだろう。

 

「ここにいるって言ってたから、夕と一緒にお菓子を作ろうと思って」

 

「そうなのか。ああ、いいぜ。ちょうど暇してたんだっZE! へーい、彼女ゥー! 俺と一緒にお菓子を作ってクレヤボヤンス!」

 

「うん。じゃあ、行こ?」

 

「OK、承知仕った。さぁ、奏でよう! 僕達が紡ぐラプソディを!」

 

「うるさい」

 

「すいません」

 また怒られちった。特に気にせず、二人で調理室に踏み入った。簪は一回、俺は二回目となる。行ったり来たりと短時間で行われて他人からは忙しそうに映りそうだ。察しの良い人なら、行動の理由がわかるだろう。自身の作業に夢中で誰も見てないけど。

 

「帰ったよー」

 

「忘れ物でもしたのか?」

 バナージ達の近くを使わせてもらおうと、簪を連れて挨拶。

 

「いや、これから簪と一緒にお菓子を作るの。俺は置物から動く置物に進化したぞ!」

 

「完成したやつ、後で貰ってもいいか?」

 

「うん」

 

「楽しみにしてるよ」

 俺と簪はバナージ達から離れて早速作業を開始する。まずは袋から材料の小麦粉、マーガリン、粉末茶を取り出す。そして天板にクッキングシートを敷いた。

 

「何を作るんです? 抹茶クッキーです?」

 

「うん、抹茶クッキー」

 簪が質問に答えながら秤に乗せた新品の袋一つに、小麦粉、マーガリン、粉末の抹茶を順番に入れて重さを量っている。一見雑に見えるが、分量自体は頭の中で計算しているのだろう。

 

「手慣れてるな。結構作ってたりするのん?」

 

「そこそこ」

 

「ほー」

 頷いていると、材料を量り終えた簪は袋をこね始めた。こねて一塊になったら、麺棒で生地を薄く伸ばす。伸ばし切ったら袋から出して、クッキングシートを敷いた天板に置き、型抜きで抜いていく。余った部分をもう一度使って塊を作り、伸ばして再度型を抜いた。抜き終わった生地は、クッキングシートに等間隔で並べる。オーブンの温度を設定した後、天板を中に入れて出来上がるのを待つ。

 

「あれ? 俺、何もやってない」

 

「……あっ」

 どうやら簪は気付かなかったらしい。俺を一瞬だけ見た後、目を逸らした。おいィ。

 

「何、気にする事は無い。何も言わなかった俺が悪いんだ。置物は置物らしく、黙って見守るのみよ」

 

「ご、ごめんね」

 視線を俺に向けた簪は、上目遣いで謝ってきた。かわいい。

 

「大丈夫大丈夫。別に気にしてねぇから。サポートすら出来なかった、その手際の良さを褒めたいよ。ハラショーやで」

 

「……嫌味?」

 

「そう聞こえるかね?」

 

「うん」

 

「いやいや、マジで気にしてないから。素人は出張る場面じゃなかった。それだけよ」

 本当に気にしてる訳じゃないが、言葉を重ねていくと段々強がりに聞こえてくる。拗ねている感じにもとれそうだ。

 簪と話していると、何かが飛んできて俺の後頭部に命中。床に落ちた物を見るとお玉だった。使用済みだったら嫌だなぁ。

 

「誰だァ!? お玉投げてきた奴ァ!?」

 

「あたしよ!」

 少し離れた場所にいる鈴でした。

 

「おいィ!? 料理人の命投げてんじゃねぇぞ! トキも言ってただろうが!」

 

「命は投げ捨てるもの」

 バナージが口を挟む。

 

「神聖な場所で見せ付けるように、いちゃついてんじゃないわよ! イライラすんのよ!」

 

「鈴ちゃんさん、ユニコーンの日かよォ!」

 何故かバナージが吹き出した。咄嗟に言葉が出てきたが、この場面でのユニコーンの日って何を意味するんだろう?

 

「……ユニコーンの日って何?」

 

「知らん。適当に言った。でも、笑ってるバナージが知ってそう」

 バナージを除いた全員が首を傾げた。うずくまって笑っているバナージなら、きっと意味がわかるだろう。

 

「俺は言わんぞ」

 

「えー、ヒントくれよー」

 復帰したバナージに尋ねるが、断られた。

 

「絶対に言わん」

 

「あ、そう」

 俺は聞き出すのを諦めた。よくわからんが、きっと口にしてはいけない事なんだろう。

 お玉を拾い上げて、鈴に近寄る。咳払いをして声を出す準備を行ってから、ドスを利かせた声を上げた。

 

「自分で自分を決められる、たった一つの部分だ。無くすなよ」

 

「はぁ?」

 俺はお玉を渡して、片手を上げながら簪の元に向かう。

 

「私の希望、託したぞ」

 

「ダグザさん……」

 バナージは名を呼ぶ。

 

「ダグザって誰よ?」

 命を投げ捨てる人には教えれんなぁ。対極だもん。

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