IS 一夏がいない   作:稲穂焼き

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六話

 早朝、珍しい事にバナージが俺を起こした。フライングボディプレスで。痛みはあまり無いが、凄く重い。人は命より重い……!

 

「……いつも遅くまで寝ているバナージが、朝早くに俺を起こすなんて……マジかよ。しばらくの間、コロニーの雨が振りそう。おまけにアクシズも落としそう」

 衝撃と寝起き直後のせいで、つい失礼な言葉が口から飛び出す。許せバナージ。

 

「起きたんだから俺の腹から退けよ」

 

「行け、アクシズ! 忌まわしき記憶と共に!」

 力強く声を張ったバナージは、ベッドから滑るように床へと落ちていく。重力に引っ張られたか。

 

「朝からテンション高いな。一体どうした?」

 仰向けの状態から姿勢を横にして、枕元に置いている携帯で時間を見ると、まだ六時前だった。俺はいつもと同じ起床時間だが、普段のバナージならまだ夢の中だ。

 

「何か知らないけど、珍しく目が覚めたからリディさん達が昔にやってたみたいに起こそかと」

 

「それだけ?」

 

「それだけ」

 

「あぁ、そう。ま、ありがとう」

 先に目覚めたのが俺なら、時間までバナージを起こさなかった。起こしてもなかなか起きないし。

 床に寝っ転がったままのバナージを踏まないように注意して移動。脱衣所の洗面台で顔を洗って歯を磨く。

 

「一緒に外で走ろうぜ!」

 脱衣所に勢いよく入ってきたバナージ。もう少しで終わるからそれまでマッテローヨ、せっかちさんめ。

 

「後でね」

 

「おう!」

 バナージは元気よく返事して、脱衣所の扉を閉めた。あまり待たせるのもアレだし、とっとと済まそう。

 

 

 梅雨の時期となる六月だというのに、天気は快晴。空は青くて、日差しは暖かく、雨雲の姿は確認出来ない。これからどんどん暑くなってくる時間でもあるし、時期だろう。

 俺達は現在、ジャージを着て学園内を軽くランニングしていた。バナージと一緒に学園中を走っていると、時折朝練を行う女子生徒に手を振られる。バナージは普通に振り返し、俺は困惑して躊躇しながら小さく手を上げた。これはバナージに向けた行為だろうと考えているからだ。俺が振ったら振ったで自意識過剰、振らなかったら振らなかったで性格悪い認定されてしまうから、そこの匙加減がとても難しい。

 

「リディさんも遠慮せず、もっと大きく振り返してやれよ」

 

「あの人達はバナージに向かって手を振ったんだ。ボクジャナーイ」

 

「そうか? リディさんも結構な人気があるぞ?」

 珍しいだけだと思います。

 

「ほんまか工藤」

 

「嘘じゃないぞ服部」

 

「ソースプリーズ」

 

「すまん。まだ入荷してない」

 

「無いのかよ。じゃあ、何で知りもしないで人気があるって言ったんだ?」

 自分がどう噂されているか気になったのに、実は情報がありませんって酷い。いや、二日目だし仕方無い部分はあるけどさ。でも、好奇心を刺激しといてお預けはあんまりだよ。こんなのってないよ。

 

「イケメンの俺が言うんだ。間違いない。リディさんは絶対に人気が出る」

 

「イケメンの部分は余計だろ。俺が言うんだって、言ってくれればまだ友情を感じられたのに」

 

「二人の女性から好かれてるんだ。論より証拠があるだろ?」

 

「その話はやめろォー! 聞きたくなァーい!」

 俺は耳を塞いだ。その話題はやめてくんろ。もし誰かに言われたら、答えを出す時間を下さいというのが俺の言い分だ。だが、事情を知らない人から見れば俺の姿は不誠実に映るだろう。きっとキープしてると思われている。そんなつもりは一切ないけど、自分が何を思っていようが、他人からは、そう! 写ルンです!

 

「モテモテじゃないか」

 ニヤニヤと意地が悪い笑みを浮かべるバナージ。いつからそんな悪い子に育ったの!?

 

「やめれ。これ以上突っつくと、オードリーの本名バラすぞ」

 

「こっちだって、もう一人の相手をバラすぞ」

 

「ヅダかマシュマーか知らんが、自爆やめろ。こっちくんな」

 

「わかったわかった。この話はタブーって事だな。あ、俺の両親の話もタブーな」

 

「何で、わざわざ言ったの!? 今の今まで全く触れてなかったんだけど!?」

 火種を持ってくるなって、私言わなかったっけ?

 

「ちょっとした冗談だ」

 

「心臓に悪い話はやめろや」

 不意打ちにかなりびびった。まさか両親の話を持ち出してくるとは。身内以外には聞かせられん、すごーくデリケートな話をここでするなよ。

 念の為、足を動かしながらも周囲を確認した。誰かに聞かれた様子は無いみたいだ。油断は出来ないけど。

 

「全く……」

 

「よし、ここから寮まで競争しようぜ! 負けた方が朝食を奢るってのはどうだ?」

 先ほどまで危険だった空気を切り替えるためか、バナージは勝負を挑んできた。

 

「いいよ。但し、負けた方は食堂で一番高いメニューを奢るに変更しよう。別に痛い出費でもないじゃろ?」

 

「束さんの金だからな」

 

「おうよ」

 そう言いつつも、自腹で出す予定だ。俺って偉い子。

 ちょうど木陰の位置で一旦足を止めて、俺達はクラウチングスタートの姿勢になった。俺はミディアムという右足と左足を前後に開く、一般的な姿勢だ。バナージは腕立てみたいに両脚を揃えている。確かロケットだっけ? スタブロも無いのにやるつもりなのか。

 

「お前、それマジでやるの? 四次元殺法コンビが言ってたじゃん。誰もやらなかった事に挑戦する云々って。なのに、やる俺かっこいいとかっこつけた弾が、アァン、アシクビヲクジキマシターってなったんやで。それでもか?」

 

「……うん。やっぱやめる」

 あの悲惨な出来事を思い出したのか、バナージはロケットの姿勢からミディアムに変えた。先人の残した経験は大事なのだ。ありがとう、弾くん! 馬神の方は世界を救った。

 

「これでよし。んじゃ、合図するぞ?」

 

「おっけー」

 

「よーい――――」

 声と共に腰を上げて、正面を見つめる。意識しすぎて力まないように構えた。

 

「――――へーイ、ボーイズ達ぃ! 青春してるぅ? ついでに乳酸菌摂ってるぅ?」

 突然声が降ってきたせいで、俺達は足を滑らせて地面に突っ伏した。

 

「……何事?」

 俯せから仰向けになると、木に両脚を引っ掛けて逆さまでぶら下がっている不審者がいた。紐付きの麦わら帽子にグラサン、半袖でカラフルなアロハシャツに白のハーフデニム姿。この時期にその服装は、まだ早いんじゃないかな? 誰か知らんけど。

 

「やぁ、ガンダムマイスターの諸君! はいさい!」

 単語と声的に、目の前の人物が俺達側の束さんだという事を理解した。格好が不審者のそれだけど。織斑先生に無言の腹パンされそう。トンファーキック!

 

「まだ朝ッス。うきみそーち」

 

「あれ? 朝だっけ? いやぁ、時差ボケが酷くてね。実は今まで沖縄に行ってたんだよ」

 

「そこは日本です」

 

「大丈夫! 見よ! 沖縄は赤く染まっている!」

 割と何を言ってるかわからない。平常運転なのはわかるが。

 

「二人にお土産があるんだー! 有名所の泡盛だよー!」

 

「泡盛ってお酒じゃないですか! 俺もリディさんも飲めませんよ」

 

「そんな事言わずに、一緒に窃盗したバイクで走ろうぜ! 君達まだ十五でしょ?」

 

「確かに年齢はそうですが、それってバリバリの非行ですよね。銭形さんが来ちゃいますぞ」

 

「とっつぁんは油断して二日酔いでダウンしてるよ。ま、今から追い討ちとして泡盛持ってくんですけどね!」

 あれ? 何か話が噛み合ってない。具体的に俺が言う銭形さんの意味は警察なんだが、束さんが言うとっつぁんは個人らしい。誰だ? こっちで知り合いっていたかな?

 

「よっと!」

 くるりんぱ、と木から地面に降り立った束さん。ビーサンを履いていて、夏を先取りした本格的なスタイルだ。服の色合い的に明るいから、ただその場にいるだけでもかなり目立つ。ここにいるのはあかん。見られてないなら、まだ大丈夫だけど。

 

「はぁ……二人と会うのが嬉しくて、思わず束さんの悪い癖が出ちゃったよ。こりゃ、失敬。とりあえず、お手をどうぞー」

 硬い地面に仰向けのままの俺達に、束さんは屈んで手を差し出してきた。今まで沖縄にいたらしいが、日焼けした後は見当たらない。女性らしい綺麗な白い肌だ。

 伸ばされた手に優しく触れた瞬間、手を素通りして肘付近をがっちり掴まれた後、俺達二人は魚のように釣り上げられた。

 

『うおぉぉぉぉっ!?』

 俺とバナージはその勢いに悲鳴を上げる。足をバタバタと動かして地面を探すが、感触や抵抗が無い。どうやら、結構な高さを持ち上げられているみたいだ。この光景を客観的に見ると、俺達二人は吊されたマグロに似てるだろう。マグロ、ご期待下さい!

 腕を引っ張られた後、すぐに地面へと下ろしてくれた。まだ成人ではないが、それなりに高い身長と相応の体重を持つ人間一人を、片手だけで持ち上げる成人女性がいるらしい。しかも両手を合わせて二人もだ。それを可能とする人間は、失礼だがブリュンヒルデぐらいだと思っていた。

 

 腕を掴んでいた束さんは、俺達の足が接地した事を確認してから手を離した。これはちょっとした人間アトラクションだ。完全に人力なのが凄い。束さんやべーな。

 手を離してくれたと思った瞬間、今度は俺とバナージの首に手を回して、自身の方へと豪快に引き寄せた。ノルマ達成。

 

「ただいま」

 束さんは俺達を抱きしめながら囁く。前にも似たような事があったなと、俺は思い返す。ただ今回は、前回とは決定的に違う部分があった。

 

『酒くさっ!』

 

「もしかして、隠しても隠し切れないほど、お酒好きなオーラが滲み出てたかな?」

 

「オーラじゃなくてスメルですよ、これ!」

 バナージは鼻を押さえながら言った。そう、今の束さんはバナージの言う通り凄くお酒臭い。それも全身から強烈な臭さを放っている。飲んだんじゃなくて、直接浴びたんじゃないかと疑えるほど強烈だ。でも俺は、この匂いが嫌いじゃない。

 小学校と中学校時代に、俺はバナージの家によく泊まっていたが、ミヒロ少尉は仕事で大体留守にしていた。たまに帰ってくる事もあったが、酒気を帯びている事がほとんどだ。その時にバナージの手伝いで彼女に肩を貸すから、服に酒の臭いが付着する事もしばしば。そんな訳で嗅ぎ慣れていて、お酒の匂い=ミヒロ少尉となっているから、嫌いじゃないのだ。いや、臭い物は臭いんだが。

 

「それで、今まで何をやってたんですか? 俺が電話しても繋がらなかったから、てっきりいないのかと」

 

「こっちに来るまで吸血鬼も真っ青なほど、仕事場で缶詰めだったからね。これ幸いとして、今まで太陽に当たらなかった分を、取り戻す勢いで沖縄に行ってたんだ。一部の人だけど、日本語でおkって言える人がいて、外国みたいで楽しかったよ! 携帯の方はね、探したけどこっちには持ってきてないっぽいよ。自前のがあるから、別にいらないけど」

 

「そうだったんですか」

 

「うん」

 満足したのか、俺達を解放した束さんは満面の笑みだった。かわいい。

 

「後、これをこっちのちーちゃんに持ってってあげて。お詫びの品」

 束さんは木の根元に置いてあった鞄を二つ手に取り、それをバナージに渡す。

 

「重っ!? わ、わかりました」

 

「久々の旅行は本当に楽しかったんだよ! 旅行先で琉球空手をちょっと教わってね! これがその成果!」

 琉球空手というのを詳しく知らないが、束さんはふらふらとした千鳥足で体を揺らしている。空手の型みたいな感じの動きは見られない。こ、この動きは…………トキ!?

 

「おっと……」

 ふらっとバランスを崩した束さんを、手ぶらな俺と荷物を地面に置いたバナージは、肩を貸して支えた。

 

「悪いね、二人共。じゃ、満足したから束さんはそろそろ帰るよ! バーイ!」

 束さんはそう言い残し、急に走って普通の足取りでこの場を去っていった。何がやりたかったのか意味不明だ。

 

「行くか。鞄一つプリーズ」

 

「助かる」

 バナージから鞄を受け取ると、ずっしりとした重みを感じた。朝からキツい重量だ。しばらく疲労が残って、この後の授業に響きそう。

 俺達は重い荷物を抱えて、ぶつかったり転んだりしないよう慎重に、織斑先生の部屋に向かった。

 寮に入り、通りがかった女子に織斑先生の部屋を尋ねると、向こうの部屋番と変わらないみたいだ。

 数分歩いて目的地に到着した。俺は鞄を置いて扉を数回ノック。少しだけ待つと、扉が開き中から織斑先生が出てきた。

 

「……お前らか。何かあったか?」

 

「これを渡すように頼まれまして」

 置いた鞄を持って見せる。

 

「誰からだ?」

 

「俺達側の束さんです」

 周りに誰もいない事を確認して、名を告げた。

 

「……わかった。とりあえず、入れ」

 

「わかりました」

 織斑先生に従って、俺達は部屋に入る。部屋に通されると、意外な事に室内は綺麗に整頓されていた。あれ、ミヒロ少尉の部屋と違う。あ、ごめんなさい。悪気は無いんです。

 

「で、その大きな荷物は? 何の意図があって、私に寄越した?」

 

「荷物はお酒らしいです」

 

「酒?」

 

「はい。泡盛って言ってました。だよな?」

 織斑先生の疑問に答えて、バナージに確認する。

 

「俺も聞いたから間違いないです。お詫びらしいですよ」

 

「お詫び……? お前達の束がか?」

 

『はい』

 俺達は同時に返事をすると、織斑先生は眉間に皺を寄せて頭を片手で押さえた。何か不味かったのだろうか。

 

「実は今の私は、二日酔いなんだ。酒という単語は聞きたくない」

 

「そうですか。でも、俺達が持ってたら大問題なので、ここに置いときますね」

 鞄を下ろして中から酒を取り出すと、梱包された長方形の箱が何個も出てきた。バナージの方も同様だ。

 箱を出していると、織斑先生が置いてある箱を適当に手に取って開き、中身を見た。

 

「こ……」

 酒のラベルを見た織斑先生が、驚愕で声を詰まらせる。もしかして、高かったりするのだろうか? それとも逆で安酒? 泡盛なんて知らない素人には、どういうリアクションなのか判断に困る。これが泡盛じゃなくて、普通のお酒でもわからないが。

 

「貴重なやつじゃないか……!」

 

「……他のも見ます?」

 

「ああ!」

 俺はそっと一箱渡すと、織斑先生から酒瓶を受け取った。常につんつんした態度の織斑先生が、今はクリスマスプレゼントを開ける子供みたいになっている。かわいい。

 

「これもだ……! こっちとそっちの束を交換しないか!?」

 喜んでいるからか、かなり失礼な物言いだ。この世界の篠ノ之束さん、かわいそう。

 

「無理ですから」

 

「……そうか」

 あからさまに肩を落とす織斑先生。篠ノ之束が残した三爪痕(トライエッジ)は深い。

 

「所で、お前達から酒の匂いがするんだが。飲んだのか?」

 

『……え?』

 織斑先生は急に目を細めた。ヒエッ。

 

「いやいやいやいやいや、飲んでません! 飲んでませんよ! 束さんに肩を貸した時に、服に匂いが移ったんです! 問題を昨日今日で起こす訳ないじゃないですかァ!」

 

「そうですよ! 仮に飲んでいたとしても、匂いが残っているタイミングでち……じゃない、織斑先生の所に尋ねたりしないです! それに、この世界じゃ身分証も無くて外見も誤魔化せないのに、どうやって購入するんですか! 俺達の存在を庇ってくれる人がいるなら、学園じゃなくてそっちで過ごしてます! キツいですが、不可能ではないです!」

 俺達は声を大にして理屈を並べ、疑惑を否定する。織斑先生なら信じてくれるはず。

 

「……それもそうだな。疑って悪かった」

 

「いえ、わかってくれればいいんです」

 俺は胸を撫で下ろしていると、バナージが受け答えをしていた。

 

「しかし、見事に酒ばっかりだな。泡盛って事は、沖縄にでも行ってたのか?」

 

「みたいです。連絡しても出なかったんで、今回はてっきりいないと思ってました」

 

「私達側の束とは、無縁な行動だな。羨ましいよ」

 先ほどから本音がだだ漏れている。どんだけ嫌っているのか、丸分かりだ。かわいそう。でも未遂とはいえ、コロニー落としみたいな事をしたから仕方無いね。ジオン許さねぇ!

 

「ではでは、俺達はこれで失礼しますね」

 

「ああ、また後でな」

 鞄だけを回収して、織斑先生の部屋から退出。

 

「さて、部屋に帰るか。先にシャワーを浴びていいぞ。俺が先だと、脱衣所の前を陣取るからな」

 

「わかった。そうさせてもらう」

 俺達は一仕事を終わらせた気で、自室に戻った。

 

 

 

 

 シャワーや食事などを済ませると登校時間となり、俺達は一夏達も含めた大所帯で一組の教室に向かった。簪とはクラスが違うので、残念ながらお別れの時間だ。昼休みに会う約束をして、一組の教室へと入る。

 クラスメイトに挨拶をして、それぞれの席に座る。何でか知らないけど、席があちこちに散らばっているから、俺達は固まって座れていない。バナージは一夏より前の席で、シャルルは一夏より後ろの席だ。三人共比較的席が近いが、俺だけ離れている。なんでや! これが二組の呪いなのか? なるほど。世界が変わっても、二組の呪縛からは逃れられないんだな。

 先に授業の準備をしていると、まだ名前を知らない女子数人が、俺に向かって話し掛けてきた。話を聞いて時間を潰す。

 予鈴が鳴って少し経つと、山田先生と織斑先生が教室に入ってきて、SHRが開始された。そして昨日に続き、今日も転校生がいるみたいだ。ここじゃ今日なのか。

 織斑先生に名を呼ばれて、ドアを潜って現れた人物はやはりラウラだった。

 

「………………」

 ラウラは教壇の横に立ち、目を閉じて黙っている。

 

「ラウラ。挨拶だ」

 

「了解しました、教官」

 織斑先生に促され、ラウラは目を開いて声を出した。

 

「ここでは織斑先生だ」

 

「はい。織斑先生」

 何か、俺達側のラウラと違う感じがする。それとも、化けの皮が剥がれてないだけ?

 

「ラウラ・ボーデヴィッヒだ。以上」

 短い自己紹介を終えたラウラは、教壇から移動してバナージの前に立った。あれ、何かデジャヴだ。実際に見た訳じゃないが話には聞いていたので、この先の展開が読めた気がする。

 ラウラが転校してきたあの日、バナージと俺に手を出したラウラの行動の理由は、実はミヒロ少尉からの命令だった。日頃の訓練の成果を云々。かわせないならそれまでの事云々。一理ある。

 

「……私はっ!」

 急に感情を見せたラウラが、無駄に洗練された無駄のない無駄な動きで、バナージに平手打ちをお見舞いした。一発だけなら誤射かもしれない。

 

「私はお前を認めないっ! 教官の弟であるお前をっ!」

 

「何故こんな事をするんです!? おかしいですよ! こんなのまともじゃない! まともじゃないよ!」

 継ぎ接ぎのセリフを吐きながら、バナージは立ち上がって怒りを表した。マジで怒ってるのか、それとも演技なのか。個人的には演技だと思う。

 

「うるさいっ! 黙れっ!」

 

「少尉は直線的すぎる! もっと、周りをよく見るんだ!」

 この世界でいきなり張られるような縁は、バナージには存在しない。言葉の内容的に、今までの言動は一夏に対してのだろう。バナージはそれを察して、一夏を指差した。

 指先を辿ったラウラは、眼帯に覆われてない方の目を大きく開いた。想定外の事態だろう。何せ、同じ顔の人間が二人もいるのだから。髪の長さが見分けるポイントの一つ。

 

「織斑一夏が……二人……?」

 

「そこまでだ、ラウラ。空いている席に座れ」

 

「きょ、教官! これはどういう事なのですか!?」

 声を掛けられたラウラは、織斑先生に詰め寄った。雰囲気から相当テンパっているのがわかる。

 

「私は座れと言ったんだ。聞こえなかったか? 後、織斑先生だ」

 

「は、はい……」

 怒気を滲ませた口調の織斑先生が言うと、ラウラは素直に引き下がって自分の席に向かって歩いた。織斑先生を教官と呼ぶのだから、この場で詳細を聞き出そうとしないのは、ある意味軍人として正解だ。でも、軍人として民間人に力を振るうのは間違っているし、想定外の事態に冷静になれてない点は、不正解で失格になる。気取った方のラウラならそう考えそう。普段は結構な頻度でネジが飛んでるけど。

 

「リンクス」

 

「はい」

 

「口元がにけやているぞ」

 

「セリフを言えたのが楽しくて。あ、いえ、座ります。はい」

 俺の位置からだとバナージの顔が見えないが、どうやら笑っているらしい。Mかな?

 そんな一騒動があり、これ以降は滞りなくSHRは進んで終わった。

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