女子生徒以外に見られず、俺とバナージはささっと男性用更衣室へとやってきた。一夏とシャルルも一緒だ。
四人で今大会の意気込みなど話しながら、俺達は備え付けのモニターに表示される、トーナメントの組み合わせの発表を待つ。
しばらくすると、モニターにAブロックの一試合目の対戦者が発表され、それを見た俺はうなだれた。
「素直に祈ったのはフラグだったか……」
「初戦という事は、早速女装とはおさらばって訳だ。苦労が報われないな」
バナージが俺の肩を数回叩く。
「……凄く気合いを入れたって訳じゃないけど、手間掛かってんのにいきなりこれとか複雑だわ。それなら移動ルートを考えて、可能な限り更衣室に籠もってた方が楽だったかも……」
一回戦の一試合目に俺と簪のペアが出場とは想定外だ。しかも対戦相手が鈴とセシリアさんのペア。いきなり専用機持ち同士がぶつかるって……ちゃんとシャッフルしろよ。
「俺は初戦で出たかったから、リディが羨ましいよ」
ISスーツ姿でモニターを見ていた一夏に話し掛けられた。
「代われるなら一夏に譲りたい」
「無茶言うなって。諦めろ」
「だよね」
愚痴を吐いても状況は変わらないが、少しぐらい許してほしい。
「頑張ってね。応援してるよ」
一夏と同じく、ISスーツに着替え済みのシャルルからエールをもらった。
「ありがとう、シャルル。んじゃ、俺は向こうで着替えてくる。制服の下が人様に見せられないからね」
「ガツンとかましてやれ」
「努力する」
背中越しに一夏の言葉に返事をして、広い更衣室を移動する。
前々から決めていたロッカーの前で立ち止まり、一応左右の確認。
確認が終わり、制服を上に着たままブラとスパッツとショーツとニーソなどを素早く脱ぎ捨てて、ロッカーへと押し込む。
最後に制服を脱いだ。念のため、男子用の制服も持ってきておいたのは幸いだろう。着ないけど、何か眺めているだけで気持ちが安らぐ。
制服を畳んでロッカーに入れると、いつものISスーツ姿になった。後々の事を考えて化粧や髪型はそのままだ。
「声もこのままにしとこうか」
モニターには対戦の組み合わせと共に、番号を割り振ったピットの表示があったので、バスタオルで体をすっぽり隠しながら、指定されたピットへと移動する。
バスタオルで体を覆う理由は、試合開始前で生徒以外に出歩く人はまずいないが、どこに目があるかわからないから一応。ガムテで毛を抜いておいてよかった。超痛かったけど。
そして無事にピットに到着。先に待っていた簪と合流した。同時にボイチェンも切っておく。試合中の会話は誰も聞けないし、気にする必要は無い。
「夕、今日は頑張ろう」
「ああ、トップバッターらしく頑張ろうな」
勝敗に関わらず帰りにもバスタオルを使うため、綺麗に畳んで汚れないよう隅に置いた。ついでに髪型を元に戻す。
「行くぞ、バンシィ」
俺はバンシィを起動。装備はリボルビング・ランチャー付きビームマグナム、アームド・アーマーXCとDEだ。
この大会中、ビットとシールドファンネルの一枚は使わない。バナージに壊された時の事を考えて、装備に頼るのは無しにした。俺ってバナージの事大好きすぎだろ。
「来て、打鉄弐式」
簪は機体名を呼んでISを起動させ、その身に装甲を纏う。
ここで俺は忘れずに、シールドファンネル二枚の使用権限を持つ打鉄弐式に渡す。
「ありがとう。先行くね」
「気を付けてな」
カタパルトから飛び出していく簪を見送ると、一段と歓声が大きくなった。
「二度目の大会で、しかも今度はチーム戦ときた。また今日からよろしくな」
バンシィに話し掛けると、ハイパーセンサーが一瞬だけ金の光に包まれた。
カタパルト後方に立ち、アリーナへと続く奥の明かりを見据える。
「こういうのは気分だよね。リディ・マーセナス、バンシィ・ノルン。出る」
機体と装備の推進器を稼働させ、俺はカタパルトから発進して空を飛んだ。
歓声の中、俺は空中で停止する簪の横に並び立ち、空中に浮かぶ対戦相手の二人と相対する。
アリーナの観客席と来賓用の席は共に満席だ。生徒達はそうでもないが、お偉いさん達が驚いているのが目に映った。多分、あんなISは知らないとか、どこの国のISだとか、誰が操縦しているのかと騒いでいるんだろう。声は聞こえないが想像は容易だ。
『まさか初戦からあんた達が相手とはね』
『ご不満かな?』
鈴から通信が送られてきた。
『さっきは思ってたけど、今はそうでもないわ。あいつをぶん殴る前のウォーミングアップになるって考えたらね。それにあんたに邪魔された訳だし、その借りも返せて一石二鳥。手間が省けて楽ちんよ』
『わたくし達は、初手からいい練習相手に恵まれましたわ。そうでしょう、鈴さん?』
『ええ。前のあたし達とは違うって、見せて上げる』
『いつも反目しあっていた二人だ。ここへ来てどれぐらい連携出来るのか、楽しみにしてるよ』
ハイパーセンサーに試合開始のカウントが表示される。
「指示をよろしく」
「うん。任せて」
拳を軽く合わせた俺達は、カウントを静かに待った。
5、4、3 、2、1、0。第一試合の幕開けだ。
『上から目線で言ってくれちゃって! でも上等っ!』
セシリアさんと簪が後ろに下がると、鈴が双天牙月を連結させてから俺に向かってきた。
『そうかよっ!』
適当に答えながら、俺はアームド・アーマーDEを前面に出す事で、双天牙月を受け止める。
シールドの角度を利用して攻撃を受け流すと、鈴は下降しながら俺を見上げる。その瞬間、後方にいる銃を構えたセシリアさんと目が合う。
「っと!」
透かさず俺は鈴の姿を捉えたまま急上昇。一発のレーザーと二発のビームが通過した。
『私がブルーティアーズをやるから、夕は甲龍をお願い』
『了解!』
鈴との間に隙間が出来た状態で俺は簪からの通信に頷き、アームド・アーマーDEを構えてメガ・キャノンを撃つと、同時に鈴も二門の龍砲を放つ。
向かってくる不可視の弾丸を、体を捻りながら横に移動して一発を回避。もう一発は回避出来ないと判断し、アームド・アーマーDEで防ぐ。
高度を下げ続けている鈴の方も、メガ・キャノンのビームを難なく避けていた。
『まだまだ行くよ!』
続けざまに鈴は龍砲でこちらを狙って撃ってきた。
アームド・アーマーDEを背中に戻し、今度は回避行動だけで弾を躱しつつ前進。降下を継続する鈴へと突撃する。
『射撃戦だけじゃ物足りないだろ?』
俺はリボルビング・ランチャーの弾倉を回転させ、ビームジュッテを出力してから横に振りかぶり、鈴へと斬り掛かった。
『気が合うわね! あたしもそう感じてた所よっ!』
実体の刃とビームの刃がぶつかり合い、火花が散る。
火花を起こしながら何度か切り結ぶと、鈴が連結中の双天牙月と体全体を回転させ、独楽に似た動きで連続攻撃を繰り出してきた。
全身を駆使した動作で、双天牙月が上下左右と不規則な線を描く。
何度も迫り来る斬撃を、俺は後退しつつビームジュッテで何とか受け流す。
「ほらほら! 守ってばかりじゃ、あたしは倒せないって!」
「っ! 言われなくとも!」
一振りが縦の軌道を描くタイミングを見計らい、東進を横から蹴りつけて強引に逸らす。
「その隙もらった!」
蹴りの力を利用した鈴は、勢いを増したまま蹴られてない方の刀身で水平斬り。
「わかっている!」
負けずと俺も、蹴った勢いを使ってぐるりと一回転。ビームマグナムを片方の手に移し、無手になった前腕のサーベルの発振器をパージさせながら逆手に持つ。ビームの刀身を瞬時に形成して双天牙月を受け止めた。
「へぇ、案外やるじゃない」
「褒めてくれるなんて意外だな」
「あたしだって評価ぐらいするわよ。何だと思ってたの?」
「てっきり悪態でもつくのかと」
「ちょっと前のあたしならそうかも知れないけど、今は冷静さを重点的に意識してるのよ。弱点の一つをあんた達が教えてくれた」
「お役に立てたのなら重畳だ」
「また上から目線で……」
「救世主なんだよ、ボクは」
リボンズなりきりごっこ。言ってみたかったセリフの一つだ。話の流れに沿わないが。
「訳わかんない事言っちゃって!」
龍砲とポップミサイルを撃ち合いながら、互いに距離を離す。
間合いが開いた瞬間に簪とセシリアさんの様子を窺うと、ビット四機とシールドファンネル二機が激しい攻防を繰り広げていた。
『あっちはあっちで楽しそうね』
『わかる』
あれを見ていると、ビット使いの性が刺激されるが我慢だ。
『でも、今あんたが相手してるのはあたし。勝ってからにしなさい!』
もう一度双天牙月を構えた鈴は、龍砲を撃ちながら俺に向かってきた。
俺はバルカンとポップミサイルで迎撃しながら、密かにセシリアさんの方へと後退する。
『パートナーの事を気にしなくていいのか?』
『セシリアは簡単に負けないって、そう信じてる』
前にいがみ合っていたとは思えないほどの信頼関係だ。
『じゃなきゃ、一夏と戦えないしあいつにも勝てないからね!』
『なるほど、素晴らしくスポ根してるな』
射撃中に会話しながら、龍砲の射線とセシリアさんの位置を計算した。ビットを使う間は無防備だが、鈴を無視して攻撃を行うと俺は確実に隙を晒す。それならば、フレンドリーファイアをやってもらうだけだ。
『狙いはわかってるわ!』
鈴が俺への射撃を止め、ただ攻撃を避けるようになった。やはり単純な策では見抜かれてしまう。
『ビームマグナムを使う! 当たりたくなければ避けろ!』
ナノマシンをアリーナ全体に行き渡るよう散布してから、トリガーを引いた。
一瞬のラグがあり、ビームは巨大な音を発して鈴へと飛んでいく。
『わざわざ言われなくてもっ!』
直撃を狙ったビームは、鈴が反応して回避したから外れてしまった。元々当てるつもりは無い。
『嘘っ!? 掠っただけでこんなに持ってかれるの!?』
多少の被弾ぐらい大丈夫と思っていたらしいが、シールドエネルギーの残量を見た鈴は驚愕する。
『競技用のISが持っていい携行火器じゃないわよっ!』
『これでも火力は控え気味だ』
『それで!? 何て反則!』
『褒め言葉だ!』
今まで逃げていた俺は、姿勢と移動方向を変更して鈴に格闘戦を挑む。逆手で持っていたサーベルの向きを順手に持ち直して、袈裟懸けに斬りつけた。
鈴は双天牙月を使わずに回避を選択する。先ほどの対応とは打って変わった動作だ。
『夕っ!』
焦った声をした簪から通信が入ると、離れた位置にいるセシリアさんが、背中を向けている俺を狙ってレーザーを撃ってきた。
鈴への攻撃を中止し、反転しながらサーベルの出力を上げてレーザーを切り払う。
『そんな!? でも、まだ終わってませんわ!』
『ナイスよ、セシリア! その背中は武士の恥!』
背後から迫る鈴に、驚きながらもセシリアさんはレーザーで制圧射撃を行うため、俺は逃げ道を塞がれ、足止めを食らった。
「まずっ!?」
直感に従い、その場でアームド・アーマーDEをセシリアさんの方に構え、鈴の方向へと向き直ろうとするが間に合わない。
被弾を覚悟した瞬間、シールドファンネル二機が鈴に突撃して吹き飛ばした。
『助かった、簪!』
『……私のミス』
『気にすんな。結果的に無事なんだから、ちょっとの失敗ぐらい取り返せるさ』
鈴が離れた事によって、セシリアさんの狙いが正確になった。射程的にこちらから手を出しても、不利な状況は変わらないだろう。
アームド・アーマーDEでレーザーを防ぎつつ、簪との会話を継続する。
『ここからどうする?』
『今度は私が甲龍を足止めするから、夕はブルーティアーズに近接戦を仕掛けて。近接戦は不得意なはず』
『苦手な距離でって事だな。わかった』
一発のレーザーを避けると同時にスラスターの出力を上げて、セシリアさんに向かって高速移動。
「最大加速で!」
途中でアームド・アーマーDEを背中にマウントしてから、スラスターと一緒に補助ブースターも用いると、更に速度が上昇した。
トップスピードに乗ったバレルロールで、ビットや狙撃銃のレーザーを潜り抜け、セシリアさんに近付く。
慣性を残した勢いでサーベルで切り掛かろうとすると、セシリアさんは狙撃銃を上へ投げた。すぐ後にショートブレードを逆手に装備。
『正気ですか!?』
『ええ、至って平静ですわ!』
ビームサーベルで振り抜こうとしたが、構えていたショートブレードで止められた。
押し切ろうとするが、ショートブレードは両断されずに激しい火花を咲かせながらも、ビームに耐えている。
振り直そうとした瞬間、サーベルはショートブレードに受け流されてセシリアさんが懐に入った。
「わたくしの事を甘く見た証拠です!」
がら空きになった胴に、セシリアさんは手首を返してショートブレードを逆袈裟に一閃。シールドエネルギーを削ってきた。
ダメージを受けた時点で、何を言い繕おうとも油断は油断だ。せめてもの救いとして、ダメージ自体は低い。
「くそっ!」
下がって蹴り飛ばそうとするも、逆にセシリアさんが肘打ちで俺を吹き飛ばし、更にミサイル二発を撃ち込んできた。
打撃は食らったが、二発のミサイルは持っていたサーベル一つ投げて対処。もう一発はリボルビング・ランチャーをパージしてぶつけると、物に接触したミサイルは爆発した。
『っ! どこでそんな技を!?』
『鈴さんから手解きを少々。相手は必ず、わたくしに格闘戦を挑むと何度も強く言われましたので』
『手癖の悪いお嬢様だ!』
追い討ちにイラッとしていると、ハイパーセンサーが金色に点滅し始めた。どうやらバンシィも同じ事を思っているみたいだ。
距離が開き、俺がビームマグナムを構えて発射した時、セシリアさんは上空に投げていた狙撃銃をキャッチして、ビームを側転でかわしながら射撃を開始する。
互いに射撃と回避を並行すると、次は背後から四つのレーザーが一斉に襲い掛かってきた。
『簪、そっちはどうだ!?』
ビットから吐き出される数多のレーザーを無軌道で回避し、アームド・アーマーDEで防御しながら簪に戦況を問う。この状況だと、流石に他を見る余裕は無い。
『やっぱり私じゃ決定打を与えられないっ! 夕の方は!?』
『情けない事に返り討ちさ! NT-Dを使うぞ!』
『お願い!』
レーザーの雨が止む瞬間を狙って、俺はアリーナのど真ん中へと降り立つ。
遠距離のセシリアさんと、近距離の鈴で遠近バランスがいいペアだ。だから俺達は、連携をさせないよう一対一で戦った。
だけど、結果はご覧の有り様。俺も簪も相手の得意な距離じゃ勝てる訳がなかった。それならば、俺達は得意とする戦いを始めるだけだ。
武装をいくつか封印する今の俺が出来る事は、機動力を生かした攪乱。簪は打鉄弐式の武器、八連装ミサイルポッドの山嵐による四十八発の一斉射撃。
「この時を待ち望んでいた! お披露目だ、バンシィ! この劣勢を覆すぞ!」
俺の声に応えるようにハイパーセンサーにNT-Dの文字が浮かび上がる。それと同時にレーザーがタイミング良く降り懸かり、機体を避けてそれぞれの弾が地面に着弾した。
『弾が逸れた!?』
装甲の展開が一瞬で終わってセシリアさんを見上げる。
『ヒッ……い、一体その姿は何なんですの!?』
『所で、セシリアさん。そのビットかっこいいですね。少し借りますよ』
空にあるビットに向かって掌を広げると、金色の光が波紋となってアリーナのフィールドを一瞬で駆け巡った。
ハイパーセンサーを操作して武装覧を開くと、ブルーティアーズと書かれた兵器が使用可能になっている。これはワンオフではなく、ユニコーンとバンシィの標準装備だ。
『何であろうと惑わされませんわ! 行きなさい、ブルーティアーズ!』
セシリアさんは指示を送るが、四機のビットは停止したままだ。
『な、何で……?』
『こういう事ですよ。主人に牙を向け、ブルーティアーズ!』
俺が指示を出すと、それがビットに伝わりセシリアさんに向かってレーザーを射出した。
『ブルーティアーズ!? どうしてわたくしを!?』
戸惑いながらも咄嗟にレーザーを回避している姿は流石だ。代表候補生は伊達じゃない。
『この機体は相手の無線式の兵器を奪えるんですよ。その名もサイコミュジャック。サイコミュなんて物は存在しませんが、再現として備わっているんです。まぁ、バンシィよりユニコーンの方が馴染み深いシステムですがね』
『そんな説明はどうでもいいから、わたくしのブルーティアーズを今すぐ返しなさい!』
『しばらくワルツでも踊って楽しんでいくといい。躱してもボクは構わないんだよ?』
余裕が出来たので、先ほどの仕返しとしてリボンズのセリフで煽りを入れておく。
『待ちなさ……くっ!』
ビットにセシリアさんを任せ、俺はアームド・アーマーDEを背中にマウント、ビームマグナムを格納した後、アームド・アーマーVNとアームド・アーマーBSを両手に装備して、飛行を開始した。目指すは近接戦真っ只中の簪と鈴の所だ。
『簪、下がってくれ!』
『わかった!』
鈴の切り上げによる攻撃を、簪は後ろに下がる事で避けた。
『がら空きだ!』
『きゃっ!?』
俺は簪を注視する鈴の隙を突いて背後へと迫り、オーバーヘッドで蹴りを入れ地上目掛けて叩き付ける。
鈴がアリーナの地面に衝突し、地響きに似た音を立てながら土煙が発生。姿が見えなくなった。
「簪は再度ブルーティアーズを」
「任せて。夕は甲龍を」
無言で頷く俺を見た簪は、セシリアさんを狙って山嵐を起動させ、四十八のミサイルを全弾送り込んだ。
俺は未だに土煙が晴れない鈴へと向かう。接近する前にBSを使って土煙を晴らしながら、甲龍のシールドエネルギーも削る。
予備のリボルビング・ランチャーを装備したビームマグナムを呼び出し、瞬光式徹甲榴弾数発を二門の龍砲に撃ち込む。
狙い通りに命中して突き刺さった瞬光式徹甲榴弾は、眩い青の光と共に爆ぜて龍砲を破壊した。
そして起き上がろうとする鈴に、獣の顎状に広がったVNをアッパーで殴り付けた。
「すっ、少しは容赦しなさいよっ!」
打撃の威力で浮き上がった体をVNで挟み込み掴んで持ち上げると、鈴は逃れようともがく。だが、機体のパワーの違いで何も出来ず、振動を起こすVNは徐々にシールドエネルギーを削っていく。
「こっのぉ!」
鈴はVNを扱う腕に掴み掛かるが、俺はアリーナの壁へと投げて二度目となる叩き付けを行う。
背中のビームサーベルを二本抜き、出力した後に刀身を短くしてから、掌へと投擲。甲龍を壁に縫い付けた。
身動きがとれなくなった鈴に蹴りを入れ、そのまま足を退かさずに取り押さえる。ビームマグナムの銃口を眼前に突き付けた。
「え? ちょっと、何すんの? まさか、この状態で撃つの!?」
「大丈夫だ。シールドバリアーが消えても、絶対防御が守ってくれるさ」
「あ、あたしの心が無事じゃない! いくら何でもヤバいって!」
ビームマグナムのトリガーを引いて、俺はシールドエネルギーを削りきれるまで撃ち続ける。
「……ここまでなんて……」
残量が無くなり、甲龍から撃破判定がハイパーセンサーに映った。簪の方を見ると、まだセシリアさんが狙撃銃で数々のミサイルを迎撃しながら、空を逃げ回っている。
俺はミサイルに夢中になっているセシリアさんの背中から近付き、VNでがっちり捕縛。
「えっ!? こ、これはあんまりではないでしょうかっ!?」
「さよなら」
操っていたビットをセシリアさんに密着させ、ミサイルが次々と体に命中。ビットが誘爆してダメージは更に加速していく。
掴んでいるセシリアさんを地面に向かって投げ飛ばすと、もう一つのクレーターが完成した。
固い地面へ激突したブルーティアーズから、鈴の時と同じく撃破判定が出された。俺達が二回戦に進出した証明だ。
観客席から歓声は上がらず、静まり返っている。多分、俺の戦闘スタイルの様変わりに引いているんだと思う。夢中で操作してただけで、狙ってやった訳じゃない。
「おし、二人に勝った」
「やったね、夕」
離れていた簪が俺に近付いてきた。
「ああ、やったな」
俺は掌を向けると、察してくれた簪とハイタッチを交わす。
『これぐらいボロボロにされると、逆に清々しくて悔しさなんてどっかいっちゃったわ……』
セシリアさんに肩を貸している鈴から通信がきた。
『たった数十秒で返されましたものね。わたくしも、鈴さんと同じ気持ちですわ』
『目的があるあたしとセシリアに勝ったんだから、あんた達には勝ち進んでもらわないと困る。もし二人が途中で負けたら、罰ゲームとしてセシリアがレシピ本見ずに作った料理食わすからね』
『鈴さんはわたくしの料理を何だと思っていますの!?』
『うっさいわねっ! 目を離すとすぐ変な物入れるからでしょっ!?』
『豆板醤がどんな調味料か試しただけですわ!』
『味見せずに何でもかんでも入れるからじゃん! 毎回味見しろって言ってるのに!』
『鈴さんがいつもやるような真似をしただけですわ!』
『あたしは慣れてるけど、あんたは素人でしょ!』
仲がよろしくて何より。
「行こう」
俺達は喧嘩してる二人を邪魔しないよう、そーっとピットに戻ってきた。
ISを待機形態に戻して壁に凭れて座ると、簪が俺に向かってしなだれかかってくる。
「おっと。大丈夫か?」
優しく抱き止めると、簪は俺の胸元に頭を乗せる。密着しているといい香りが漂ってきた。これはシャンプーの匂いだろうか。
「大丈夫、だけど……疲れた」
「やっぱり作戦通りに事が運ぶほど、甘くないよな」
「うん、見通しが甘かった。二人は強い」
「そうだな。前後でバランスがいい、理想的な組み合わせだ。NT-Dが無かったら負けかな」
振り回されない程度にNT-Dを操れるが、俺の能力を上乗せ出来るほどの技術はまだ無い。だから勝ったのは性能のお陰だ。それを忘れて増長しちゃいけない。
「私もバンシィのNT-Dが無ければ、自分の強味を発揮出来なかった。これは由々しき事態」
「だな。だけど、今はゆっくり休もう。ちょっとぐらいなら許される」
「うん」
俺達は時間が許す限り、二人きりで静かに体を休めた。
二回戦の組み合わせが発表される頃合いを見計らい、髪型を女装用に戻しボイチェンのスイッチを入れてから、バスタオルで体を隠しながら男性用更衣室へと戻ってきた。
「おめでとう、リディさん!」
「ありがと」
ISスーツに着替え済みのバナージに出迎えられた。
「いやー、やっぱりNT-Dはかっこいいよな! しかも戦い方がバンシィっぽかったし! 何というか、理性無き獣に似た荒々しい感じがそれっぽい!」
「アームド・アーマーVNを使ったら自然とそんな風になっただけで、特別意識してた訳じゃないけどね。というか、勝った俺よりテンション高いな」
「ガンダムの動く姿がかっこいいのが悪い」
「わかるわ」
自分で動かしてもバンシィの全体は見えないので、外からどんな風に見えたのかわからない。後で映像のデータを貰えないか織斑先生に聞いてみよう。
「バナージのユニコーンも楽しみにしてるよ」
「いつ出場になるかわからないけどな」
一通りの会話を終えると、俺は一夏とシャルルがいるであろう場所へと向かう。
「一回戦突破おめでとう」
「おめでとう、リディ」
「ありがとう、二人共」
モニターの前にいる一夏とシャルルからお祝いの言葉を頂いた。
「バンシィのラスボスに似た威圧感がヤバいな。対峙するセシリアと鈴はよく耐えたよ。うんうん」
「そう思うなら、後で二人を褒めたらどうだ?」
腕を組みながらこくこくと頷く一夏に勧めてみる。
「……どうやって?」
「素直に思った事を言えばいいんだよ。ついでに今度一緒に訓練しようぜ、とかな」
「そうだな。後で言っておく」
「お、次の対戦が決定したぞ」
バナージが知らせてくれたので、俺達は会話を止めてモニターを見る。そこには第二試合の組み合わせが発表されていた。
「げっ!? 俺達とバナージか……」
「今度は俺が一人寂しく観戦か」
「必ず帰る。何があっても君の所に」
オードリーがいないからって、そのセリフを俺に言うのはどうなのだろうか。代わりに応えろって事か?
「約束して。必ず私の所へ帰ってくるって……いや、待て。これ逆だから。俺が言ってからその台詞を言うべき」
「こうでもしないと気付いてくれないから」
「乙女か。あのな? そういう時は予め台本を用意しておくんだ。用意しておいたなら、俺は今度からちゃんとそれに付き合うから」
「次は準備しておく」
「ああ。そんじゃ、いってらっしゃい」
「行ってくる」
拳を軽くぶつけ合い、バナージは走って更衣室を出ていった。
「じゃあ、俺達も行くから。またな、リディ」
「気を付けてなー」
一夏とシャルルに手を振り、その場で二人を見送ると俺は一人となった。だだっ広い更衣室で一人だと流石に静かすぎる。お隣の女子更衣室の賑やかさが少し羨ましく思う。
疲れて面倒なので俺は着替えるの後回しにして、近くの椅子に座ってモニターを見つめると、映像が切り替わり会場の様子を映し始めた。
バナージとラウラ対一夏とシャルルという対戦カードな訳だが、やはり零落白夜持ちでNT-Dがあるバナージとラウラのペアが有利だろう。速さはジャスティスなり。
気付くと、俺は試合を見る前に寝落ちしていた。
「あ、やべ」
どうやら自分が思っていたより、かなり疲れているみたいだ。いかんいかん。ちゃんと見ておかないとコメント出来ない。
寝惚け眼でモニターに視線を向けると、全身黒い機体が映っていた。どこか見覚えのある機体だ。
いや、それよりもバナージ達の試合は終わってしまったのか? それならば正直に寝てましたと言って謝ろう。帰ってきてないのは気になるが。
思考を巡らせていると、モニターのスイッチがオフになった。
「あれ、どうした? 故障?」
『非常事態発生! トーナメントは中止!』
スピーカーから焦りが混じった声で、いきなり大会を中止と宣言された。
「はぁ?」
一体何が起きているのかさっぱりわからない。また先月みたいに無人機でも来襲したのだろうか? なら、さっきの真っ黒な機体がそれに該当するのかも知れない。
放送は続いており、生徒と来賓は非難した後に鎮圧部隊を送ると言っているが、今の俺は寝起きなのもあって訳がわからない状況だ。なので、正直危機感も無い。
『夕! そっちは大丈夫!?』
待機形態のバンシィから投影ディスプレイが表示され、慌てている簪の姿が映った。
「大丈夫だけど、何が何やらでわからん。簪の方はわかるか?」
『シュヴァルツェアレーゲンが泥みたいなのものに全身が飲み込まれて、姿が変わったくらいとしかわからない』
「変わった? もしかして、モニターに映ってた黒いやつか?」
『……寝てた?』
簪はジト目で俺を睨む。
「ごめんなさい、寝てました。何故わかった?」
『口元に涎が』
簪は自分の顔を指差して、位置を教えてくれた。俺は指摘された付近を急いで拭う。そういえば化粧もしてたから、お肌にダメージがきちゃう。寝るのはちゃんと落としてからだ。
『マーセナス、聞こえるか?』
もう一つディスプレイが表示された。織斑先生からだ。
「はい、大丈夫です」
『すぐにアリーナへ突入してくれ』
「え? 鎮圧部隊を送るって放送にありましたが」
『部隊には、まず生徒と来賓の安全を確保してもらい、その後に避難誘導と時間が掛かってしまう。この場ですぐに動ける者はお前だけだ』
「いやー、でも他に二年と三年の専用機持ちがいますよね? 更識会長は候補生じゃなく、代表ですし。その人達に頼むのは?」
『既に各学年の専用機持ちも駆り出されていて、部隊共々到着が遅れると私は見立てている。それにあれは暮桜の模倣品だ。私の足元にも及ばないとは言え、普通の装備じゃ苦難を強いられるだろう』
「あれって暮桜ですか。あー、確かに機体は黒いですけど、かなり似てますね。でも、そうであるなら尚更俺じゃ力不足ですよ?」
『私が必要としているのは、バンシィのエヌティー……ティーか?』
「先生、それ電話会社です。TではなくD、ドライブのDですよ」
『……そう、そのNT-Dが必要なんだ』
間違った事に照れているのか、織斑先生の顔が赤い。
「バナージがいるじゃないですか。それに一夏も合わせれば零落白夜が二つあるので、すぐに収拾すると思いますけど」
『デュノアと織斑はシールドエネルギーの残量が僅かで戦闘継続は厳しい。リンクスはほぼ無傷だが、織斑に対して強い執着を持つあいつから二人を庇っているため防戦一方だ。だから同スペックのマーセナスに頼みたい』
「織斑先生がそこまで仰るならわかりました。やります」
『……助かる』
「気にしないで下さい。色々とぐだぐだ言いましたが、別に最初から嫌だった訳じゃないですし」
俺は椅子から立ち上がり、軽くストレッチを行う。
『要請をした私が言うのもおかしいが、怪我はしないでくれ』
「大丈夫ですって。俺一人ならともかく、三人も仲間がいますから。数は有利です」
『ああ。では、頼んだぞ』
その言葉を最後に織斑先生との通信は切れた。
「そんな訳でだ。お願いされたからあの黒い暮桜……黒桜を止めてくるよ」
未だに通信を続けている簪に伝える。
『私は生徒の誘導をしてるから。気を付けてね』
「わかってるよ。じゃあな」
俺は簪との通信を切った。言い付け通りに怪我しないよう慎重に行動をしよう。
更衣室から外へ出てバンシィを起動。NT-Dも最初から使い、一気にアリーナに向かう。
アリーナの上空へ到着すると、俺は天井のシールドをぶち破り突入。黒桜に目掛けてアームド・アーマーDEを構えて突撃する。
『リディか!? あの機体の動きを止めてくれ! あいつ俺がやる!』
『了解した』
零落白夜を発動した雪片弐型を構える一夏に言われ、俺は頷いた。
NT-Dを発動したユニコーンと切り結ぶ黒桜。その横から、俺はシールドバッシュで吹き飛ばす。
速度に反応しきれなかった黒桜は体勢を崩し、無防備な姿が晒された。
「一夏! これを使え!」
バナージが零落白夜を発動済みの雪片弐型を一夏に向かって投げ、無手で黒桜へ近付いた。
俺とバナージは左右から黒桜を取り押さえ、身動きを封じた。
「うおぉぉぉぉぉぉっ!!」
二刀流となった一夏はイグニッションブーストで黒桜に接近。二刀で切り掛かる瞬間に俺達は離脱した。
反撃に転じる事無く黒桜は、流水のような斬撃を何度も浴びていく。
一夏が十字、X字、袈裟、逆袈裟と体を切り裂いていくと、ボディの装甲は無くなり中に囚われていたラウラを見つけた。
「今行くからなっ!」
一夏は雪片弐型を無造作に放り投げ、両手を伸ばす。そして全てを塗り潰す闇からラウラ引っ張り出した。自分の腕で抱き締めた事を確認した一夏は、黒桜から後退。
『――――――!』
操縦者がいなくなった黒桜は声無き声を上げ、体を再生させてラウラに手を伸ばす。その鳴き声は、自身の一部を取り戻そうとする叫びに聞こえる。
俺とバナージは二振りの雪片弐型をそれぞれ掴み、零落白夜を発動中に黒桜へ間合いを詰めた。
後数秒もしない内に零落白夜は終了するが、一瞬でもあれば十分だ。
『大人しくしてろっ!』
赤と青白いそれぞれ雪片弐型は色が変化して緑に染まり、俺達は黒桜とすれ違うように左右から振り抜いた。
雪片弐型を使い切り抜けると、背後から機体の倒れる音が鳴って俺達は振り向く。すると、黒桜の体は霧散し始めた。
「ふぅ……」
「助かったよ」
「頼まれたからね。お礼なら織斑先生に」
待機形態に戻そうとすると、視界が一転して暗闇に染まった。
「え? 何これ?」
何が起こったのか周囲を見回すと、俺の隣にはISスーツを着たバナージがいた。遠くの方では、ISスーツ姿の一夏がラウラを抱きしめながら何かの会話をしている。声はここまで届いてない。
「もしかして、これはニュータイプ特有の空間では?」
「はっ!? 服脱がなくちゃ!」
バナージはISスーツを掴んだ。
「待て待て。わざわざ全裸にならんでいいから」
とりあえず、露出狂になりそうな親友を止めておく。ここは未知の空間だが、犯罪を犯していい理由にはならない。風呂場でやれ。
「あ、これって相互意識干渉(クロッシング・アクセス)では?」
数秒前とは違い顔付きが真面目になっているバナージは、この現象が何なのか突き止めたらしい。
「何だっけ、それ」
「確か……操縦者同士の波長が合わさると、極希に発生するとか」
「じゃあ、これがそうなのか」
「でも今までのケースだと二人が多かったんだ。四人は聞いた事が無い」
「へぇ、不思議だねぇ」
呑気に会話していると、もう一回視界が暗転。アリーナに戻ってきた。黒桜がまだ消えかかっているから、刹那の出来事だったみたい。
「……よくわかんないけど、帰ろうか」
「そうしよう」
「俺は直接帰るから。またな」
「おう、また」
雪片弐型をバナージに預け、俺は破壊したシールドからアリーナを出て、更衣室の前に戻った。
誰も見てない事を確認してから、ISを解除する。そして素早く入った。
「ふぅ……あー、疲れた。今すぐ寮に帰って昼寝したいな」
服が入っているロッカーの前に立ち、中を開いて服を着ていく。この後何かあるかも知れないし、一応女子用の制服だ。
「バンシィもありがとう。後で綺麗にしような」
くるくると回って飛ぶバンシィに話し掛けると、喜んでいるのか広い室内をビュンビュン飛び始める。
「ぶつかるなよー」
俺は一声掛けてから制服へと着替え、戦ってない生徒はどうするのかなーと、直にわかる事を一人で考えた。