IS 一夏がいない   作:稲穂焼き

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十四話

 買い物に行って、一度寝起きすれば臨海学校当日となった今日。一組の俺達はバスに乗り、目的地の宿泊先に向かって揺られている最中だ。

 そして前から二番目の座席に座って、窓側に座るバナージと会話中の出来事。

 

「はーい、リディ少尉。あーん」

 

「……え、待って下さい。何故あなたがここにいるんです?」

 前の座席から身を乗り出し、俺に向かってお菓子を差し出すバスガイド姿の楯無さんがいた。出発してから誰も座ってなかったはずだけど、いつの間に。

 

「生徒会長の権限を利用して付いてきちゃいました」

 

「は? 嘘でしょう?」

 

「本当よ。ですよね、織斑先生?」

 体勢を変えないまま首を横に向けた楯無さんは、通路を挟んだ反対側の座席に座る織斑先生に向かって声を掛ける。

 

「事実だ。教師としては遠慮してほしい所なんだが……」

 顔を顰めた織斑先生が頷いた。どうやら本当なようだ。

 

「そうなんですか。まぁ、俺としては何でもいいです」

 

「冷めた対応でお姉さん悲しいわ……」

 楯無さんは俺に差し出したお菓子を頬張りながら泣き真似をする。泣くか菓子食うか、どっちかにしろよ。

 

「それで目的は何ですか?」

 

「目的?」

 

「楯無さんがいるって事は普通じゃないです。だから何かしらあると考えるのが普通でしょう?」

 

「うーん………………実はね、今回私がついてきた理由は、二度ある事は三度あるって言うでしょ?」

 少し間を空けて、楯無さんは真面目な表情で理由を話し始めた。

 

「言うでしょ、と言われましても……よくわかんないです」

 

「ほら、今年って内外問わず悉く大会が中止になってるじゃない? だから二度三度」

 

「あ、そういう事ですか。つまり今回も何かあるかも、と」

 

「確実ではないわ。でも、IS学園から離れた地での行動は今回が初って事で、念のために送られてきたのが私って訳」

 

「……あれ? さっき権限を利用したとか言ってましたけど、実は頼まれたから?」

 

「うん」

 

「じゃあ、何でわざわざ?」

 

「ちょっとした茶目っ気よ」

 

「……織斑先生が嫌な表情したのは?」

 

「お姉さんが去年も臨海学校に行ったから、教師の立場的に良くないので」

 

「回りくどいですね」

 

「その代わり、自由時間なんてものは無いわ。簪ちゃんと海で遊べないって、とんだ拷問ね……」

 眉を寄せて悲しみに暮れる楯無さん。そりゃ、遊びに来た訳じゃないから当然だと思う。

 

「はぁ……布面積が少ない水着でリディ少尉を悩殺したかったなぁ」

 

「そっすか」

 

「お姉さんの水着姿見たい……見たくない?」

 

「どちらでも構わないです」

 

「じゃ、お姉さんの中では見たいって事にしとくね」

 

「それなら見たくないです」

 

「ああ言えばこう言う。もっと健全になろ?」

 

「十分元気ですよ」

 

「お姉さん的には前屈みになる反応がほしいなー」

 

「おりむらせんせー、生徒会長のセクハラをどうにかして下さい」

 面倒なので織斑先生に助けを求める。この人は何故、毎回下の方に話を持っていくのか。

 

「更識、あまり構うな」

 

「はーい」

 織斑先生の注意により、こちらに身を乗り出していた楯無さんが引っ込む。しばらく大人しくなるだろう。これでやっとバナージと話せる。

 先ほどから静かにしていたバナージを見ると、窓に寄りかかって寝息を発てていた。昨日は早寝遅起きってレベルでがっつり寝てたのに、まだ足りないのか。

 実はバナージより俺の方が楽しみで、昨日はあまり眠れなかった。なので、暇な時間が出来たから旅館に着くまで寝るとしよう。子供か! あ、まだ子供だったわ。

 

 

 

 

 IS学園を発ったバスは宿泊先の旅館に無事到着。俺とバナージは楯無さんに起こされた。助かるッス。

 一旦背伸びをし、車外に出て荷物を取り出し移動。鞄を持ったまま学年一同で女将さんに挨拶を済ませ、自分達に割り振られた部屋に着いた。もちろん男女別なので、男三人で一部屋だ。やったね。

 

「この畳特有のい草の匂いが最っ高だ! そう思わないか!?」

 部屋に到着して、室内を漂う香りにテンションが上がった一夏は、荷物を置いてから畳に寝っ転がった。普段の生活と無縁なのはわかるが、いきなり頬ずりしている姿は異常だ。そこまで好きなら、畳をいくつか寮に持ち込めばいいんじゃないかな? 広さ的に無理だが、壁に立て掛けるぐらいは出来るだろう。

 

「わかるわかる。青々とした匂いが落ち着くよな」

 バナージは頷く。真っ先に畳の話題が出てくる現役高校生は、きっと一夏ぐらいだろう。日本男児の鑑。

 

「リディは!?」

 

「まぁ、普通かな」

 名指しで聞かれたので思った感想を素直に答える。部屋に充満する匂いは旅行先っぽくて好きだが、畳の匂い自体は普通だ。

 

「うんうん! フローリングと畳のどちらかを選べって言われたら、断然畳だよなー!」

 

「人の話聞いてないね」

 

「はぁ……畳の肌触りが心地いい……」

 一夏を放っておいて、俺とバナージは畳の上に置いた鞄から水着とタオル一式を取り出す。これから俺達は、早速海に向かうつもりだ。

 荷物を準備し終えた次は、制服を脱いで浴衣に着替える。前回の臨海学校で学んだ事だが、ここでは浴衣の方が動きやすい。それに旅館内では浴衣以外での行動はアウトみたいだ。今日初めて知った。

 

「俺とバナージは海に行くけど、一夏はどうするー?」

 

「……一緒に行く」

 畳の感触を名残惜しそうにしながら一夏は起き上がって、自分の鞄の中を漁り始めた。そんなに好きなら寝ててもええんやで。

 

「よし。今から3分間待ってやる。40秒で支度しな」

 

「あの、最初の2分20秒はどこへ……?」

 俺は時間制限を設けたが、いきなり猶予を削ったため一夏は困惑した。逆の立場なら俺でも困るが、何の理由も無く言っている訳じゃない。

 

「畳に寝そべった分だよ! これでも譲歩してるんだぞ!」

 

「すいませんでした!」

 水着一式を用意した一夏は、謝りながら素早く浴衣に着替えた。やればできるじゃねーか!

 

「待たせた」

 

「んじゃ、出発だ」

 俺達は部屋から廊下に移動して目的地の更衣室へと向かう。前回の臨海学校と同じ旅館なので道はわかっている。

 渡り廊下を歩いている途中で、立ち止まっている浴衣姿の箒に出会った。実に似合ってる。

 

「お、箒か。今からどこに行くんだ?」

 一夏は箒に声を掛け、残りの俺達は会釈する。そういえば、箒と会話した事ってあまり無いな。箒は単独行動が多くて、俺達はクラスの違う簪と共にいるから少ないのだろう。

 

「……別に、どこだっていいだろう。私の勝手だ」

 

「これから俺達は海に行くんだけど、一緒にどうだ?」

 どこかを見つめる仏頂面の箒に、あしらわれた一夏だが気に留めず誘う。メンタル強い。

 

「さっきから何見てるん……ん?」

 一夏は箒の視線を辿ると何かに気付いた。俺も同じように辿ると、何かが地面に突き刺さっているのを発見。どこかで見た気がする物だ。

 

「なぁ、あれ……」

 

「……知らんな」

 見るのをやめた箒は足早に去っていく。どうやら、この場に居続けたくないらしい。

 箒と同様に嫌な予感しかしないので、一夏が気を取られている隙に俺達もここから離脱。多分、少しでも顔を合わせたら面倒な事になる。今は遊びたいんだ。くわばらくわばら。

 一夏を置いて更衣室へと到着した俺とバナージは、早速水着に着替えた。バナージは上半身裸だが、俺はラッシュガードを羽織っている。ちゃんとチャックで前もガード済み。視線の対策はOKだ。

 夏目前の陽光をたっぷりと蓄えた砂の熱から足裏を守るため、ビーサンを履いて砂浜へと移動した。裸足で熱さを感じるのも海の醍醐味だけど、前回得た教訓を活かすのも二回目の特権である。

 

「マーセナス君とリンクス君だ!」

「ねー、後で一緒に遊ぼー!」

「チッ……」

「ほどよく鍛えた肉体が凄い……何て言うか、私達と違って凄い……」

「あ~妄想が捗っちゃう~」

 思った通り、男の登場で近くにいた女子は騒ぎ始めた。何故か舌打ちが聞こえたが、一体何に対してだろうか。

 適切であろう対応で女子の群を切り抜ける。後は、この場にいない一夏に任せよう。頑張れ。

 

「視線が俺に集まってる……この溢れ出る肉体美が必然を呼び寄せてしまったか。見よ、このシックスパック!」

 

「口では調子ぶっこいちゃってるけど、何で俺を盾にしてるんですかねぇ」

 バナージは女子の怪しい目つきから身を守るため、俺の背中に隠れている。言葉と行動が噛み合ってない。

 

「思ってたより気持ちいい注目じゃないから。俺も上着持ってくりゃ良かった……」

 

「後悔先に立たずだな。だから昨日勧めたのに」

 

「うるせぇ! 俺にも服くれよ!」

 

「やめたまえ! 服が伸びちゃうだろ!」

 俺の上着で綱引きが始まった。一部の方々には、ご褒美になってしまう争いだ。ふざけている時なら構わないが、今はノーセンキュー。

 

「二人共、何やってるの?」

 後ろから声が掛かったので、振り向くと水着姿の簪がいた。俺達はラッシュガードの引っ張り合いを中断して向き直る。

 

「泳ぐ前の準備運動だ」

 

「それで誤魔化せると思うなよ」

 さっきまで俺の上着を掴んでいたバナージは、ラッシュガードの裾を離してから答えた。

 

「そう。所で、どう?」

 

「似合ってるぞ。うん、俺好みじゃないけど」

 

「一途なのはわかるが、一言多い」

 とりあえず隣に立つバナージの鳩尾を、肘で小突いておく。興味無いアピールはいらん。

 

「げふっ……」

 

「ありがとう。夕は?」

 

「簪らしい落ち着いたデザインでグッド」

 

「良かった……」

 露出が控えめな黒のタンキニを着た簪は、嬉しそうに息を吐いた。昨日の買い物じゃ見せてくれなかったから、今が初披露だ。かわいい。

 

「日焼け止めは忘れずに塗ったか?」

 

「うん、ちゃんと塗った」

 

「ウォータープルーフか? ちょっとメーカーとか見せてみ。俺は詳しいんだ」

 

「……心配しすぎ」

 俺の細かい確認に簪の表情が面倒だと訴えている。せっかく綺麗な肌をしているのに、それが日に焼けるのは惜しいという俺の心の表れだ。焼きたいなら話は別だが。

 

「わかったよ。これ以上は何も言わん」

 

「さて、これから何しようか決めよう。簪とリディさんは何かあるか?」

 

「泳ぐ」

 

「俺も簪と一緒。泳がなければ海の意味がないでしょ」

 

「なら競争か? 俺が勝っちゃうけど、別にいいよな?」

 

「代表候補生の簪を差し置いて大口叩けるなんていい度胸だな。そこまで言っておいて負けたら赤っ恥やぞ」

 

「あ……あー、眠いわー。一時間しか寝てないから体ダルいわー。今日は勝てんかも知れんなー……」

 

「予防線の張り方が雑だな。あなた昨日、その十倍ぐらいぐーすか寝てましたよね?」

 

「いつもより早寝でいつも通りの起床時間だったなんて、簪に聞かせくていいから」

 俺が追求しなくても自分で詳細を言っとるがな。

 

「バナージの睡眠具合は置いといて、早く競争しようぜ。ビリは勝った奴に飲み物を奢るってのはどうよ?」

 

「乗った」

 

「俺も乗った」

 俺の提案に二人は首を盾に振る。正直、この二人に勝てる自信は無い。いや、こういう時ぐらいは勝ちにいこう。世界からのバックアップを信じるんだ。

 

「これで成立だな」

 三人で移動を開始して波打ち際へ到着。次に足がつらないよう準備運動を始め、体を動かしながら話し合ってルールを決めた。

 運動を終えたら、動きを阻害しそうなビーサンと上着を脱ぐ。そして畳む。

 

「諸君、準備はいいかな?」

 

「おう」

「うん」

 俺の両端にいる二人の顔を見合わせて確認。いつでもスタート可能だ。

 

「合図は……ちょっとそこのマドモアゼル。今から競争するんだけど、君にスターターを頼んでもいいかな?」

 

「いいよー!」

 近くで遊んでいた女子に合図を頼むと、すんなり了承してくれた。邪魔してすまんな。

 いつでも走り出せるように、前傾姿勢になる。スタートダッシュ大事。

 

「じゃー、位置についてー! よーい…………どん!」

 俺達は合図で走り出し、海へと飛び込んだ。

 

 

 

 

 泳いだり砂で遊んだり、またバレーをやったりすると時間はあっという間に過ぎて夜になり、食事を済ませる。後は消灯時間まで自由時間だ。何をしようか。

 

「ん?」

 俺は自室に戻ろうと廊下を歩いていると、織斑先生の部屋の前に箒と鈴とセシリアさんの三人がいた。扉の前で聞き耳を立てている。何やってんの。

 足を止めて異様な光景を眺めていると、扉が開いて三人の頭にぶつかるという間抜けな絵が見れた。何かのコントかな?

 

「おい、人の部屋の前で何をしている」

 部屋から出てきた人は浴衣姿の織斑先生だ。似合う。そういえば、楯無さんはどこにいるのだろうか。バスで会話をしたっきり見かけない。

 三人は打撃の痛みで頭を押さえてうずくまり、誰一人として織斑先生の問いに答えなかった。

 

「……マーセナスもいたのか」

 

「いえ、部屋に帰ろうと通りがかっただけです。すぐそこなので」

 織斑先生が近くにいた俺に気付いて声を掛けてきたので、この場に居合わせたのは偶然と理由を説明する。巻き添えは勘弁。

 

「あぁ、お前達の部屋に女子生徒が遊びに来ないように配置したんだったな」

 

「はい。それなので彼女達とは関係ありません。では、おやすみなさい」

 

「ああ、おやすみ」

 俺は再び足を動かして、自室に向かった。

 

 

 

 

 二日目がやってきた。今日は装備の試験運用をやる日なので、遊んでいる時間は無い。ただ黙々と、的に向かって実弾を撃つべし撃つべし。撃ちたくない……撃たせないで!

 これからの予定を漠然と考えていたら、待機形態のバンシィに通信が送られてきた。束さんからだ。

 

『新装備送っといたから』

 絶望的というか元々頭に無かったというか、特に期待していなかった新装備が今日届くみたいだ。

 

「マジですか!? 束さんパねぇッスわ! マジ感謝ッス!」

 

『あー、いいのいいの。暇すぎてやる事無かっただけだから。はぁ……帰って仕事したい……もう、二徹三徹当たり前な日々が恋しい……』

 

「もう立派な歯車ですね……」

 常人とは一線を画す生活リズムに、休日の過ごし方がわからなくなっているなんて……こんな束さんは知りとう無かった。

 

「二徹とか言ってますけど、せめて食事して風呂入ってます?」

 

『ご飯は食べてるよ。睡眠は我慢出来ても空腹だけは我慢出来ないからね。お風呂の方は、入っちゃうと……きっと溺死しちゃう』

 

「……その口振りからすると、シャワーすら浴びてない感じですね?」

 

『うん。夕君はシャワーだけで満足出来る?』

 

「俺は出来ますけど」

 

『あー、聞く人間違えちゃったなー』

 

「不衛生だから入りましょう。ね?」

 

『私だけじゃないからへーきへーき』

 

「それって束さんみたいな状態の人が他にいるって事ですか?」

 

『あ、やっべ……今のはオフレコでおねげーしやす!』

 俺の親の会社がブラックだった。昨今のラノベのタイトルに似てる。いや、そんな事言ってる場合じゃねぇ。

 

「帰ったら親に言っときます」

 

『あー! 待って待って! 冗談だから! 束さんなりのブラックジョーク! ブラックなだけに……なんつって!』

 

「報連相は大事ですよね」

 

『ほうれん草とベーコンって、実は食べ合わせが悪いの知ってた?』

 束さんは誤魔化そうと別の話題に変える。まぁ、いいでしょう。この場で問い質すより、親に直接尋ねた方が早い。

 

「そうなんですか? 初めて聞きました」

 

『逆に梅干しと鰻は相性いいんだよね。何故だかわかるかな?』

 相性いいってマジかよ。

 

「前提が覆された時点でわからないです」

 

『説が四つぐらいあるんだけど、長くなるから自分で確かみてみろ!』

 今教えてくれないんだ。

 

『でも胃腸が弱ってたら注意が必要だよ』

 

「体調不良の時に、脂っこいものを食う方が間違ってると思います」

 

『それを言われちゃおしめーよ』

 確かに、と頷いて部屋の時計に視線をやると、集合時間が迫ってきていた。

 

「あ、もうそろそろ行きますね。遅れると怒られるんで」

 

『あぁ……そういえば、そんな時間だったっけ。それじゃ、また会う日までー』

 

「はい、また」

 通信が切れて部屋が静かになった。一夏とバナージは先に行ったので、俺も早く行かないと。予めISスーツに着替えているので、後は向かうだけだ。

 俺は部屋を出て旅館内を走らない程度に急いで、集合場所へと歩いた。

 

 

 数分で専用の試験運用のビーチへと到着。生徒達は結構集まっているが、まだ全員じゃないらしく先生達もいない。これで怒られずに済むので一安心だ。

 

「リディさん、遅かったな。何かあったのか?」

 専用機持ちが集まっている場所に移動すると、集団の中にいたバナージが声を掛けてきた。

 

「ちょっとね。お楽しみはこれからだ」

 

「お、おう」

 一組の専用機持ちに二組の鈴と四組の簪で勢揃いだ。

 

「これより、一学年全体で試験を開始する。まずは一般生徒と専用機組に分かれて整列しろ」

 注目を集めるため手を叩きながら声を上げる、ジャージ姿の織斑先生。隣には同じ姿の山田先生と、髪を後ろで縛って眼鏡を着けてるジャージ姿の束さんもいた。あれぇ? 何故あなたがここに?

 織斑先生の声を聞いて前を向く生徒達が、いるはずのない人物を見て騒ぎ始めた。

 

「姉さん!?」

「束さん!?」

 箒と一夏は驚いて声を上げている。口に出すほどじゃないが、俺も疑問に思った。ラボにいたはずでは?

 

「はぁーい。気持ちはわかるけど、うるさいと織斑先生に怒られちゃうよー。だから静かに並んでねー」

 束さんの一声で、織斑先生に怒られたくない生徒達は整列を開始して十秒経たずに並び終えた。よく訓練されてますね。

 

「まずは、お前達の疑問を解消してやろう。おい、出番だぞ」

 

「…………え? ここで私に丸投げすんの?」

 

「自己紹介ぐらい出来るだろ?」

 

「いや、出来るけどさ……はぁ……」

 態度で不満を表す束さんだが、観念したのかため息を吐いた。

 

「……特別講師として呼ばれた者です。ISについて色々と助言出来ると思うので、今日一日限定だけどよろしくね」

 

「名乗れ」

 

「土壇場で思いつく訳ないじゃん。博士とか名前だと被るでしょう?」

 

「お得意の頭脳をフルに使え」

 つまり、もう30回転ケイデンスを上げろって事ですね。わかります。

 

「対人で私が役に立つと思ってんの? 根っからの技術屋なんだよ?」

 

「少しはマシだと期待したんだが……」

 ため息ではないが、織斑先生は肩を竦める。この動作で、雲行きが怪しくなってきた感じ。これ多分アカンやつや。

 

「あ? 頼まれたから来たのに、その言い草は無いんじゃないかな? いいの? 帰っちゃうよ? この場に私がいるという事で、大なり小なり期待してる人がいるのに教師自ら生徒の成長の機会を妨げちゃうんだ?」

 いい加減はよ授業始めろって。

 

「ねぇねぇ、山田先生。今の織斑先生の発言どう思います? 教師にあるまじき言動だと思いません?」

 積極的に周囲を巻き込むスタイル。やめてあげて。さっきから山田先生は仲裁に入ろうか悩んでおろおろしてただけなんだから。

 

「えーと…………あはは」

 困惑した表情で、返答を笑って誤魔化した山田先生。誰も責めはしない。

 

「ほら、山田先生困ってるじゃないか。どれだけ圧制してるのか今のでわかっちゃったよ」

 

「ほう……私が独裁者とでも言いたいのか?」

 

「え? 入学初日にあんな自己紹介しておきながら自覚してなかったの? 教師として最低最悪0点赤点なのに?」

 

「言ったな……吐いた唾は飲み込めんぞ」

 

「おお! 本性表したなスケバンめ!」

 

「誰が女番長だ!」

 

「吐いた唾とか今時の子は使わないよ!」

 

「……あの、お取り込み中失礼致します。開始時間、とっくに過ぎてますよ?」

 二人の言い争いの最中、笑みを堪えた楯無さんが柔らかい口調で間に割り込んだ。笑顔の楯無さんだが、額から頬へと汗が流れている。あの汗はジャージを着用した暑さからでは無く、冷や汗の類だろう。あの二人を止めるために、勇気を振り絞って口を挟む会長かっけーッス。舎弟にして下さいッス。

 

「プライベートの場でのやり取りならともかく、今は授業中なので控えて頂けると助かります。主に私の胃が」

 最後いらないでしょ。

 

「あーあ、織斑先生が職務放棄するから怒られちゃった」

 

「お前もだ」

 

「発端は織斑先生だよ?」

 楯無さんが仕切り直しのチャンスをくれたのに、まだ続けるのか。前々から薄々気付いていたけど、織斑先生って教師として……うん。これは心に秘めておこう。

 束さんと織斑先生が騒ぐ中、一人の生徒が一歩前へと出た。いつ喋りかけるのか密かに気になっていたが、このタイミングか。悪くないと思う。

 

「……姉さん」

 一歩前へと踏み出して、覚悟を決めて声をかけた箒。残念ながら、そこにいるのはあなたの姉さんじゃないんですよ。

 呼び声を聞いた二人が、ピタッと言い争いをやめた。流石に身内の言葉は無視出来ないらしい。その気遣いは楯無さんの時にこそ発揮してほしかった。

 

「……お久し、ぶりです」

 

「あー……うん」

 あっ、これ見てられない。意を決して挨拶を行った人が、実は別人だったとか悲しすぎる。察した束さんは頷くしかなかった。これって最初から居合わせずに、後から紹介した方がスムーズに流れたんじゃなかろうか。

 

「変わり……ましたね」

 

「……そう? どのくらい?」

 

「……とても」

 

「……そっか。大変だね……」

 

「篠ノ之。邪魔して悪いが、お前の姉は別にいるぞ。あそこだ」

 気まずい雰囲気が漂っていた所、織斑先生が指を差しながら掻き消した。示す方向には巨大な鉄の筒が地面に突き刺さっている。さっきまで何も無かったはず。どうやって音を発てずに設置したんだろう。地味に気になる所だ。というか、あれなんなん?

 よくわからないデカい物体を見つめていると、その後ろからデフォルト衣装を着る篠ノ之束がひょこっと顔を出した。こちらを強く睨んでいる。あれがもう一人の……ゴクッ……ゴクッ。

 篠ノ之束は物体の影から飛び出し、無言で束さんに接近して目の前に立つ。さっきまで私語の無かった生徒達が静かになった。この光景を目の当たりにして驚きを禁じ得ない者はいないはずだ。

 

「……何ですか?」

 

「……この目で確かめてみるまで半信半疑だったけど、本当だったんだ。ふーん」

 博士は探るような目で、束さんの周回をぐるぐる回っている。この場所は関係者以外の立ち入りは禁止となっております。束さんは呼ばれたらしいので、ノーカン。これは差別にあらず。

 

「それより妬ましい! どうして箒ちゃんの第一声がお前に向けられるんだ!」

 

「苦情は織斑先生にお願いします。私は頼まれたから馳せ参じた身なので」

 淡々と対応する束さん。もう一人の自分を前にして、何を考えているのか気になる。

 

「この機会を利用して会わせてみたいと思うだろ? なぁ、リンクスにマーセナス?」

 この状況を作り出した元凶が笑いかけながら、俺達に話を振ってきた。

 

「え、何? 二人共そう呼ばれてるの?」

 束さんがニヤニヤと笑いながら俺達を見る。やだ、身内になりきりごっこを見られるって凄く恥ずかしい。中学時代の厨二の言動をほじくり返されるみたいに恥ずかしい。厨二の方は俺ではなく友人の話だが。

 

「自分で選んだ事ですが、被るので」

 バナージが理由を話す。束さんも現在進行形で頭を悩ませている問題の対処法だ。

 

「なるほど。でも、夕君は必要無いよね」

 

「おっと、本名はNGッス。現実に立ち返されると、俺は必要無いのに何恥ずかしい事やってんだろうって思っちゃうので。シンデレラも十二時までは色々と忘れて楽しんでいたでしょう?」

 

「つまり私が十二時。夢から覚める時が来たのだ……」

 

「やめろォ……やめろォ……」

 

「おうふ……名乗る必要のある拙者までダメージが来たでござる……」

 

「私も過去の自分自身と向き合うからさ」

 普段なら自分の過去を乗り越える的なかっこいいセリフになるが、今は同一人物が二人いるという状況なので笑えてしまう。

 

「へぇ? 私が過去だって? どういう意味なんだい?」

 あ、博士が反応してしまった。えらいこっちゃ。

 

「冗談に決まってるでしょ? 流れ読めないの?」

 

「見えないから聞いてるんだよ」

 

「察しろよ天災」

 そこで煽ってどうする。

 

「は?」

 

「おい、生徒達の前だ。思いの丈をぶつけるのは後にしろ」

 長引きそうなやり取りが発生する前に織斑先生が止めに入る。あの……さっきまであなたも同じ事してましたよね?

 

「おまいう」

 束さんも俺と同じで、お前が言うなと思ったらしい。でも、この状況だと火に油で更に長引いてしまうので抑えてほしかった。

 

「今何か言ったか?」

 

「いーえ、何でもありません! ノー、マム!」

 

「後で覚えとけよ……」

 ヒエッ……聞こえてるじゃないですかー。

 

「さて、これより試験を始める」

 何事も無かったかのように織斑先生は振る舞い、試験の開始を告げた。もっと早く始められなかったんですかねぇ?

 

 

 ようやく授業を開始した所で、俺達は新装備と対面。大きいアタッシュケースが俺の目の前に二つ積み上げられている。でっけー。

 

「バンシィに他の武装あったっけ?」

 アタッシュケースを開ける前に、腕を組みながら自分の知識を探ってみる。だが、特に思い当たるものは無い。もしかして、バンシィに対してまだまだ愛が足りない感じ? いやいや、俺は元々ユニコーン派だから。バナージ派だから。

 

「リディさんは開けてみたか?」

 俺と同じく、バナージはアタッシュケースの山を前にして立っている。

 

「いんや、まだだよ。何かあったかなぁ……と考えてる所。そっちは?」

 

「俺も同じ」

 二人で頭を捻りながら唸った。

 

「……時間もったいないから開けちゃおうか? 本人から聞きたかったけど、向こう行っちゃったし」

 

「そうだな。このまま考えても埒が明かないもんな」

 このまま見てても仕方無いと結論を出し、積まれているアタッシュケースを開く。中を覗くと、どこか見覚えのある物が折り畳まれて入っていた。

 

「……もしかして、ジャベリン?」

 二つ目のアタッシュケースも開けると、二つ目のジャベリンが折り畳まれて入っているのを確認。

 

「それってどういう武器なんだ?」

 ケースの中に入っていた説明書を見ていると、手持ち無沙汰らしい一夏が尋ねてきた。

 

「これは近接武器だよ。普段はシールドの内側に仕舞ってあって、使う時はハルバードみたいにしたり二形態ある便利な武器。まぁ、便利と言っても使った事は無いし、実物を見るのは初めてなんだけどね」

 

「へぇ、良かったらどういう形なのか、実際に使って見せてくれないか?」

 

「別にいいけど、暇なの?」

 

「皆は色々と送られてきたみたいなんだけど、俺だけ何も無くってさ。退屈なんだよ」

 なら、量産機用の装備でも手伝ってこいよ。サボタージュは織斑先生に怒られますぞ。しかもイライラしてそうな状態だ。一発目はさぞかし痛かろう。

 

「ふーん」

 

「それにしても、リディ達が羨ましいよ。まず箒は次世代機のISだろ? セシリア達は新装備。仲間だと思ってたリディとバナージにも、装備があるなんて……」

 一夏と会話をする傍ら、説明書に素早く目を通す。やり方を間違えたら、ポッキリ折れそうなのが少し不安。

 説明書を読み終えたらISを起動させ、折り畳まれたジャベリンの柄を掴む。図解の通りに組み立てるとハルバードに似た形を成した。

 

「おー、かっこいいな」

 後ろに下がっていた一夏が感想を漏らす。俺も思う。

 振っても誤って周囲の人や物に触れないような場所へ進み、早速振り回す。

 

「動きがぎこちないぞ」

 

「わかってるよ。慣れてないだけだ」

 袈裟、逆袈裟、突き、切り下ろし、切り上げ。緩やかな動作で試していく。初めて扱う武器だからか、なかなか難しい。

 一通りの型を試したら、次は形状を変えるために穂先のパーツを柄の反対側に装着。これでもう一つの形だが、癖があって使いにくそうだ。出番は少ないだろう。

 

「おーい、二人共。こっち見てくれ」

 

「ん?」

 使用したジャベリンをシールドに格納していると、後ろから呼ばれたので振り向く。ユニコーンのサイコフレームが青い光を放っていた。同時に装備も増えている。アームド・アーマーのXCに、VN、BS、DE二基と豪華。バンシィのなけなしの専用装備が段々と奪われていって悲しい。フェネクスみたいな格好しやがって……お前さえいなければ、ユニコーンは俺の物だったんだ! その武器も、その光も!

 

「これがフルアーマーユニコーン・プランBだって」

 

「……プランB? 聞いた事無いな」

 

「俺もプランBは初耳だ。どこの設定なんだかさっぱり」

 ユニコーンの姿で肩を竦めるバナージ。ユニコーンに人間の仕草をさせないでくれませんか。何か夢というか、かっこよさが消し飛ぶ。

 

「本当ならハイパー・ビーム・ジャベリンも付属するんだけど、リディさんの方に二つあるから俺は無いんだとさ」

 

「そうなのか。ラッキー」

 二つ作ったのなら、三つ目も作れば良かったのにと思う。時間がなかったのだろうか? 俺としては、これ以上バナージに持っていかれたくないのでOK。

 

「さて、俺はテスト飛行してくる! じゃあな!」

 

「おう、いってらっしゃい」

 バナージはデストロイモードのまま、俺の前から消えるように飛び立った。アームド・アーマーDE二つにXCを装備した事により、今後は短期戦だけじゃなく長期戦も視野に入るだろう。持久戦という俺の戦法が消え去ってしまった。死ね。

 飛行するユニコーンを見るため空を見上げるが、サイコフレームが青い光を発しているせいか、どこを移動しているのかが全くわからない。普段なら見える光の軌跡さえも見えなくなっている。辛うじて飛行音だけが聞こえるくらいだ。これが夕方や夜なら綺麗に見えると思う。

 見上げっぱなしは首が痛くなるしサボっている状態なので、俺も自分の作業に戻るとしよう。やる事は大して無いが怒られないように。

 

「へー、君がイレギュラーの一人か」

 作業に戻ろうとしたら、今まで紅椿の調整に付きっ切りだった博士が近くに立っていた。イヤァー! 誰かァー!

 このままだと何を言われるかわからないから、俺は失礼の無いようISを解除してから向かい合う。初対面だし。

 

「イレギュラーは大歓迎だ。だって、この私ですら予測不可能なんだよ? これほど面白い出来事とは早々に出会えない!」

 博士は両手を広げて喜んでいる。あれ……意外と悪くない反応だ。不穏分子は即排除、とかしそうな印象があったけど、どうやらイメージしていた人物とは違うらしい。思ったより尖ってなくて助かった。

 

「で、君は何なのかな?」

 知らんがな。

 

「……それはどういう問いですか?」

 

「簡単な質問を質問で返すなんて、やっぱり君も石ころだね」

 範囲が広すぎて答えようが無いから聞き返しただけなのに、いきなり石ころ認定とか……わけがわからないよ。どうやら、さっきまで抱いていたイメージの方が正しかったようだ。

 

「つまり、俺はアクシズみたいな大きな男って訳か。うむ、悪くない。でもガンダムと相撲したら負け確だな。決まり手は押し出しかな?」

 

「何訳わかんない事言ってんの? わかるように説明しなよ」

 おまいう。

 

「一夏君助けて。二十代なのに痛い格好してる兎が絡んでくるの」

 面倒なので近くの一夏に助けを求めて、その背中に隠れる。

 

「……ごめん、今の聞こえなかった。もう一回言ってくれるかな? うん?」

 

「今のが聞こえないって、その四つの耳は飾りかよォ! まだお若いのに、若年性難聴とか大変ですねェ!」

 

「俺を盾にしながら煽るな!」

 一夏に怒られちった。だが、やめるつもりはない。ここを去るまで抵抗し続けてやる。

 

「束さんも落ち着いて下さい。聞いてた俺も、束さんが何を言いたいのかわかりませんでしたよ」

 

「えー……天才なりに、わかりやすく聞いたつもりだったんだけどなぁ」

 

「あれがわかりやすいとか……天才のくせに人が相手になった途端、対人経験の無さから馬鹿になるんですね! バーカ! コミュ障!」

 

「だから煽るなって! どうしたんだよ、リディ?」

 

「俺だって人間なんだ。イラッとする時もあるさ。話の通じない相手だと特になッ」

 

「それはこっちのセリフだよ! これだから凡人は嫌いなんだ!」

 

「うるせぇ! 俺を構う暇があるなら、とっとと愛しの妹との溝を埋めてこい!」

 正直、このやり取りが非常に楽しい。相手が相手なだけに、心が少ししか痛まないから。

 

「ぐっ……わ、わかってるよ! 私だって何とかしようと努力してるんだよ!?」

 

「努力してるとか、石ころに経過報告いらねぇから! お得意の頭脳のケイデンス上げて自力で頑張れよ! 天才なんだろォ!?」

 

「天才が何でも出来る万能な訳ないだろ、バーカ!」

 

「争いは同じレベルでしか起きない……今のあなたは程度が低いって事の証左ですね! 石ころと争うってどんな気分? お?」

 思うままに相手を煽れるって最っ高だ。もし今先生が現れたらサボる気は無いのに邪魔してくると言えば助かるだろう。例え一緒に怒られたとしても、実際に作業を妨害してきたのはあちらだから気分は幾分かマシだ。光は我らと共にある。

 

「全員、一旦作業を中止しろ!」

 突如として、叫び声が辺りに響き渡った。よくわからないが助かったー!

 声の主を見ると織斑先生が真面目な表情をして立っていた。何が始まるんです?

 

「専用機持ちは私についてこい。他の生徒は速やかにISを撤収した後、旅館内の自室で待機。外出は厳禁だ。許可無く旅館外を出歩いていた場合は、即刻身柄を拘束させてもらう」

 

「千冬姉! 何があったんだ!?」

 突然の事態に生徒達は騒ぎ始め、一夏は皆の代表として疑問を呈した。

 

「織斑先生だ、と訂正したい所だが今は時間が惜しい。とにかく来い。説明はその後だ」

 

「わ、わかりました」

 織斑先生が背を向けて旅館のある方向へど歩き始めた。訳もわからぬまま、俺達専用機組は織斑先生の後を追う。

 ふと、静かにしていた博士の方を覗き見ると、髪に隠れて表情はわからないが、口角が釣り上がっているのを見た。まさか……いや、そんなまさかな。

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