「これよりブリーフィングを行う」
旅館の大広間一室を借りて、俺、バナージ、一夏、箒、セシリアさん、シャル、ラウラ、鈴、簪、楯無さんの専用機持ちが十人。織斑先生と山田先生に、後は博士と束さん。合計十四名が集まった。
位置は俺達と束さんが後ろで、織斑先生と山田先生と博士が前と分かれて立っている。何で博士がそっちに立ってんの? 俺達と同じ後ろじゃね?
室内は照明を消しているため暗いが、空中投影型モニターのお陰で明るさが保たれている。長時間いたら目が悪くなりそう。
「今から約二時間前に、ハワイ沖で試験稼働中だった軍用IS
「それとこの状況に何の関係が?」
織斑先生が説明を始めると束さんが口を挟んだ。とりあえず今は黙って聞きましょうよ。
「話を最後まで聞け。質問は後だ」
「へいへい」
「
「それで領空侵犯させないために、専用機が必要になったのか」
「……そうだ。そうしろと学園からの通達があった」
まだ実戦形式の訓練も積んでない生徒にやらせちゃうのか。先月や先々月のは、ミスした時のバックアップがあったのでノーカン。
「ふぅん……まぁ、いいさ。で、非常時での軍人さんは何してるの?」
「平時じゃないんだ、もちろん全力を賭して追跡したに決まってるだろ? 結果は……察せ」
「情けないなー」
「私も同感だが、土壇場で
「で、内々で処理出来なくて要請がきたと。対策とか用意しておくべきじゃないの?」
「前例の無い事態に対処法なんてあるか、戯け」
「そりゃ確かに」
二人の会話は弾んでいるようで、緊急事態とは思えない雰囲気だ。織斑先生と束さんの二人とは正反対に、俺とバナージ以外は厳しい面持ちをしている。皆の顔が怖し。
「でも、私は反対だ。大人がどうにかするべきだと思う。織斑先生と山田先生はどうなの?」
「この作戦に生徒を出すのは反対だが、やれと学園上層部からの命令だ。筋の通った理屈を並べられて拒否は難しい」
「私も自分の生徒達を送り込むのは反対ですけど、
「ふむふむ、なるほど。二人はやむを得ずって所か」
「何かいい案でもあるのか?」
「うーん……別に無い事も無いけど、私は部外者だから作戦の立案は織斑先生に任せるよ。前の事もあるし、言える立場じゃないからさ」
「遠慮しなくていい。私らだけじゃ見落としがあるかも知れん」
「じゃあ、どんな作戦なの?」
「織斑と篠ノ之、リンクスとマーセナスを行かせようと考えている。織斑、リンクスの両名が
「零落白夜を当てたいという殺意が溢れてるね」
「一撃必殺で仕留めるのが一番早く終わるだろう? まぁ、そこに突っ立っているバカは、織斑と篠ノ之二人だけに行ってほしいみたいだが」
織斑先生が親指で博士の方を差す。
「だって紅椿の実戦稼働データが欲しいんだよ! ちーちゃんだって欲しいと思うでしょ?」
「いらんな。この場合、最も重要なのは
「で、でも! より正確に計測するならノイズは必要最低限に収めたいんだ! 滅多に無い機会だから、お願い! 一生のお願い!」
博士は駄々っ子みたいにごねた。言いたい事はわからなくもないが、無いわ。
「お前自分で気付いていないのか? その言葉は妹に死んでこいと命令しているのと同義だと。規模がどんなに小さかろうとも、これは一つの戦場で死と隣り合わせだ。それでも死地に向かわせたいか?」
「大丈夫! 私の作った紅椿が負ける訳ないじゃん!」
「では、織斑はどうなる? 短期決戦用の白式が長時間の戦闘に耐えられると思っているのか?」
「当然、それも織り込み済み! 紅椿には、シールドエネルギーを回復させる
「敵がその隙を見逃すと思ってるのか? それに、お前は機体の心配ばかりしているが、もちろん搭乗者のバイタルも加味しての発言だろうな?」
「ゔっ……か、考えてませんでした……」
「だから私は四機でと考えている。単純に二機より四機の方が搭乗者の負担も少なく、作戦の幅も広がるからな」
博士の抵抗は空しくも、織斑先生の考えによって論破された。
「失敗は許されない。可能な限り作戦の成功率を上げるのも、出撃不可能な私達の役目だ。だからリスクが高い束の案は却下する。いいな?」
「はーい……」
「今話していた通りだ。お前はどう考える?」
話を戻し、束さんに問う。
「いいと思うよ」
「こいつのお墨付きだ。織斑、篠ノ之、リンクス、マーセナスの四名に作戦を遂行してもらう。だが、無理強いはしたくない。出たくなければ、また別の案を考えよう。どうだ?」
織斑先生は俺達の顔を一人一人順番に見ていく。言葉の端々から、俺達を心配しているのがわかる。
「自信は無いけど、俺は千冬姉の言葉に従うよ。だって、少しは戦力の一つとして見込んでくれたって事だろ?」
「調子に乗るな。私が当てにしているのは主にリンクスだ。お前じゃ精々、近付く事で精一杯だろう」
「ば、バカにするなよっ! 俺だって、前より白式を上手く扱えるんだ! 今までの俺じゃないって事を千冬姉に見せてやるからな!」
「ほう、一丁前に吠えるか。だったら啖呵に見合う戦果を上げられるんだろうな? 出来なかった場合は……そうだな、お前には夏休みが無いと思え」
「え……い、いいぜ! 望む所だ!」
何だこのやり取り。大丈夫なんですかねぇ?
「篠ノ之はどうだ?」
「やれます。姉さんの紅椿となら」
「いよ! かっこいいよ、箒ちゃん!」
自信満々な箒の姿を見た博士が盛り上がる。大丈夫なんですかねぇ?
「リンクス、お前は?」
「大丈夫ですが、その前に進言よろしいですか?」
名指しで尋ねられたバナージは、手を挙げながら意見の許可を申し出る。
「許可する。言ってみろ」
「では……僭越ながら。ユニコーンの装備にベースジャバーというのがありまして、今回それが使えると思うんです」
ユニコーンにベースジャバーなんかあったっけ? 知らないんですけど。また俺の愛が足りないのか……!
「どういう装備なんだ?」
「一言で説明するなら、追加ブースターですかね? つまり、何の装備も必要無く、この場の誰かを連れていけるという事です」
「なるほど……何人まで連れていけそうだ?」
「誰かを乗せた事が無いのでわかりませんけど、ベースジャバーはギリギリ二人だと思います。新たな装備も加わり機動力が上がっているので、最大四人までなら運べるかと」
「了解した。参考にさせてもらおう。マーセナスも言いたい事はあるか?」
「素人考えですが、チームを二つに分けるってのはどうですか? 失敗が許されないとはいえ、突破された時の保険として後方で待機、ってな感じで」
「……元々その案もあったが現実的ではないと断念した。だが、先ほどのバナージの話が事実である今ならば、戦力を分けてバックアップを設けようと考えている。そっちの白い方、お前の見解を聞かせてくれ」
博士ではなく、束さんの方を向いた織斑先生。他人事だが、もう少しいい呼び名はありませんか?
「新装備を足したユニコーンなら四機ぐらい楽勝さ」
「わかった。信じよう」
データを見せずとも、言葉だけで信用したらしい。実際にデータがあるのか知らんけど。
「さて、では前方のA班と後方のB班に分けて作戦を行ってもらう。A班はマーセナスを除いた一組二組の専用機持ちだ。出来るか?」
あれ……? 何故か俺だけがハブられてる……なんでや!
『はい!』
A班の面々が頷く。
「こちらから現場へのリアルタイムのモニタリングは不可能になっている。通信は可能だが、戦況の把握が困難なため、現場での指示は経験のあるボーデヴィッヒに一任する」
「了解しました、教官!」
指揮官を任命されたラウラが嬉しそうに敬礼をした。もしラウラに尻尾が付いてたら、残像が出来そうなくらい振り回してそうだ。
「今回は特別だ。訂正せずにおいてやろう」
「はっ! ありがとうございます!」
「B班は更識姉、妹とマーセナスの三人。指揮は更識だ」
「仰せのままに」
楯無さんは笑み浮かべて一礼した。威風堂々といった感じの振る舞いで、凄く様になっている。ひゅー、かっくいー。
「A班はこのポイントへ。B班はその後ろに待機」
今まで全く使われていなかった投影モニターの表示が変わり、周囲の地形を映してから座標を示した。暗い部屋を照らす光源としか思えなかったモニターさんに、ようやく日の目が……!
「前述した作戦をベースとして、後は自分達で決めろ。これだけの人数がいて逆に失敗する方が難しいだろうからな」
「うっ……」
愉快そうに笑う織斑先生のプレッシャーに誰かが声を漏らす。細かい部分は生徒自身で話し合えという事だろう。丸投げッスか。
「
今まで話し手だった織斑先生が黙り、一歩前に出た山田先生が話し始めた。
「出撃は今から二十分後となります。それまでに、機体の調整などの準備を万全にしておいて下さい。私からは以上です」
「時間は厳守だ。では、解散!」
『はい!』
こうして俺達は、一時解散となった。
束さん直々に機体の調整を見てもらったり、楯無さんから作戦を聞いていると時間が迫ってきた。そろそろだ。
俺達は浜辺へと出て、一斉にISを起動。ハイパーセンサーが機体の状態を映し出す。機体や装備に異常無し。全部問題無く使えそうだ。今回の装備はいつものノルン仕様。
ユニコーンを見ると、背部だけでシールドが三つあって更にプロペラントタンク付き。後ろだけでごつごつしすぎィ! あれなら四人ぐらい軽く運べそうだ。
「バナージ君、くれぐれもプロペラントタンクをパージしちゃダメだよ?」
束さんがバナージに釘を刺している。確かに、今回の場所は海だ。爆発しなくても回収は困難で、爆発させたら海を汚してしまう。地上での戦闘より慎重に扱わなければならない。
「了解、パージする!」
「バナージァ!」
「わかってますよ。切り離さずに仕舞います」
「よろしい」
楽しそうですね。
『全員、聞こえるか? 各機、油断はするなよ。それと、必ず帰ってこい』
織斑先生からの通信が入り、俺は静かに耳を傾けて合図を待つ。これから初の実戦だというのに、あまり緊張していない。多分、後方だからだろう。
『では、作戦開始!』
「んじゃ、またなバナージ」
「リディさんも、お達者で」
俺とバナージは拳を軽く合わせて、同時にNT-Dを発動。この瞬間が堪らない。
一夏を連れた箒が先に飛び立つと、セシリアさん、鈴、シャルロット、ラウラの四人がユニコーンのアームド・アーマーDE二基と、プロペラントタンク部分の取っ手に掴まる。そしてユニコーンは青い光を放ちながら、青空へと飛翔した。
(リディ少尉)
(はい、何ですか?)
ユニコーンを見送った束さんが俺に近付き、声を潜めて話し掛けてきた。
(もしもの時のために、これ渡しとくね)
六角形の平たい金属と針の無い注射器を束さんから渡される。
(えと……この二つは何です?)
(内緒)
(えぇ……)
話してくれないと使い時が全くわからないんですけど。特に注射器の方。いつ使うんだ? 金属の物体は多分だが対IS用な気がする。
(注射器の方は患者さんがいたら使ってね)
患者? 果たして、戦場に患者なんているのだろうか?
「説明書はバンシィに入れといたから。じゃ、いってらっしゃい」
「あ、はい。わかりました、いってきます。二人共、俺に掴まって下さい」
二つのアイテムを仕舞い、楯無さんと簪に呼び掛けると、二人が俺の肩に掴まった。
「わお、両肩に花だね。記念撮影しようか?」
「いらないです。では、また後ほど」
俺はスラスターと補助ブースターを稼働させ、指定されたポイントに向かって飛ぶ。ポイント周辺の地形は、遮蔽物がゼロの場所だ。
たった数秒で、先ほどまで立っていた浜辺が遠ざかっていく。ハイパーセンサーに表示されている地図を見ると、指定ポイントまでの距離はまだまだ遠い。バナージ達より後ろだから当たり前だが。
「ちょっ、ちょっとリディ少尉!?」
「どうしました?」
飛行中、楯無さんが俺の事を呼んだ。何かあったのだろうか?
「そっ、速度をもう少しだけ落としてもらえるとっ、お姉さん嬉しいかなーって!」
「え、これでも十分遅めなんですけど……」
「この速度で!?」
楯無さんが目を丸くして驚いている。珍しい表情を見たかも。
「これより落としてちょうだい! じゃないと、お姉さんと簪ちゃんが振り落とされちゃう! 慣性仕事して!」
「わかりました。下げますね」
俺は速度を緩めた。もし二人を置いていったら、その時点で作戦が成り立たなくなってしまう。この速さでストップが掛かるなら、バナージに掴まる四人はもっと酷い事になっていそうだ。南無。
「ふぅ……リディ少尉はこの速度が辛くないの?」
「平気ですよ。いつもの慣れ親しんだ機動力です。当然、最初の頃は大変でしたが」
「努力してるのねぇ。お姉さん的にポイント高いぞ」
「ポイントが貯まるとどうなるんですか?」
「私達の実家へ、ご案内ー! そして、今なら何と! 特典で、私達の両親にボーイフレンドとして紹介しちゃう!」
「行きませんよ」
「何で?」
「逆に何故行くと思ったんですか?」
「来ないの?」
簪……お前も俺を誘うのか。
「嫌だよ。品定めされるのじゃん」
「リディ少尉が私達の実家をどう想像しているのかわかったわ」
「一般家庭じゃないのはわかります」
「リディ少尉だって、大企業の息子なんでしょ? どこかしら共通点はあると思うのだけど」
「今は、ですよ。昔は貧乏だったんで一般を下回る生活でした。なので、英才教育とか金持ちっぽい事はしてません」
「へぇ、成り上がりなんだ。ぺっ」
俺の家の内情を知った楯無さんが唾を吐いた。実際は吐いてなく、振りというのが話の流れからわかる。本当に吐いていたら非常に困るが。
「家の格で態度を一変させるのやめて下さい」
「冗談冗談」
笑っておどける楯無さん。本気だったら傷付いてた所だった。
「……そろそろポイントですね」
表示されている地図に変化が起き、目印の×というマーカーが見えた。俺達は特に何も無いが、A班の皆は今頃戦闘になっているだろう。
「二人共、ここからは一切のおふざけは禁止よ。気を引き締めて」
「了解です」
楯無さんの目つきが鋭くなり、周囲を見渡して警戒を始めた。海と空の二つで構成されている地形のお陰で、遮蔽物はゼロ。何か不審な動きがあれば視認は容易い。
ポイントの真上に到着してブレーキをかけると、二人は俺の肩から離れてた。さて、切り替えよう。
「簪ちゃんとリディ少尉、事前に説明した作戦は頭に入ってるわね?」
「覚えてますよ。俺が相手の先回りをすればいいんですよね?」
「そうそう。で、私の射撃で封鎖して簪ちゃんの山嵐で追うという、単純な作戦ね。一夏君達が無傷で逃すって事は無いはずだから、リディ少尉が追えるならすぐに終わるわ」
出撃前に見た
「サクッと終わらせて帰りましょう」
「私……帰ったらリディ少尉と結婚するんだ……」
「立ってないフラグを無理矢理立たせる発言はやめて下さい。ふざけるのは無しって言ったのは楯無さんですよ?」
「だって、暇なんだもん」
それでいいのか生徒会長。
「警戒しましょう。これが終わってからなら付き合いますから」
「ん? 今、結婚を前提に付き合うって言ったよね?」
「お黙り」
「はーい」
間延びした返事をする楯無さん。まぁ、実際に戦闘になったらちゃんとやるだろう。というか、やってもらわないと素人の俺や簪が困るんですけど。
ハイパーセンサーに映る時計を確認。作戦開始から五分が経過している。まだ作戦は開始されたばかりだ。
二人の様子が気になり、楯無さんを見る。腕を組んで目を閉じていた。おい、寝てないか? 静かにしてる楯無さんとは対照的に、簪の方は投影型キーボードで何かを素早く入力している。忙しそう。
手持ち無沙汰の俺は辺りを索敵するが、怪しい物は特に映らない。いつも通り空は青く、海は波で揺らめく。一応戦場なのに平和だ。
空を仰ぐと、カモメかウミネコの区別はつかないが、鳥が群れを成して飛んでいた。俺達の真上を通っているから、通りすがりに糞でも落としたら消し炭にしてやるからな……と、無言で念を送って脅す。
落とすなよと、通り過ぎていく鳥を見続けていると、固まって一方向に移動していた群れがバラバラに散った。
「何だ?」
急にどうしたのかと首を傾げたら、上空から多数の熱源を探知。
「ファンネル!」
叫んでシールド三基を呼び出し、熱源の全てを防げる位置に配置すると、シールドがビームを弾いてくれた。
「大丈夫ですか!?」
「リディ少尉がすぐ防いでくれたお陰で無事よ」
「私も大丈夫。でも、何も引っかからなかった。どうやって潜り抜けてきたの……?」
二人共無傷で一安心だ。もし鳥の群れを見てなかったら、今より反応が遅れていて被弾したかも知れない。
用心しながら周囲に機影の有無を確認するが、影も形も見当たらない。
「リディ少尉、簪ちゃん。警戒して、これは普通じゃないわ」
「お姉ちゃん。いつの間にか、ここら一帯に特殊なジャミングが張られてる」
「ジャミングですって!?」
「うん。通信が通じないから、現状を先生達に知らせられない」
「……わかったわ。敵の数や狙いは不明だけど、二人共戦闘準備。エネルギーを節約しながら追い払うわよ」
「わかりました」
「わかった」
楯無さんの指示に頷き従い、俺は二人をカバー出来るぐらいの距離を開ける。こうすれば、回避行動などの動きが制限されない。
シールドファンネルを自機の周りに停滞させ、ビームが降ってきた方向にビームマグナムを構えた。敵機の影は見当たらない。何らかの方法で隠れていても、降ってきたビームの位置を計算すると、相手の居場所が自ずと見えてくる。
構えて待つが、第二射が一向にこない。だが、警戒態勢は解く事は無理だ。俺達に向かって撃たれたのだから、それは敵対を意味している。A班の流れ弾という線は消去。角度が斜めではなく真上だからだ。
気を抜かずに空を見つめていると、光源が複数発生。攻撃の予兆を発見した。あれは人じゃなく全てビットだ。
シールドファンネルを移動させた瞬間、衝撃に襲われ視界が一瞬白に染まる。
「何がっ!?」
数秒で視覚が戻ると、何者かが俺にタックルを行ったと理解した。目の前にISを纏ってバイザーで顔を隠す人物が、俺の懐に潜ったまま離れないからだ。
自身の現状を把握すると、先ほど待機していた位置から、どんどん遠ざかっていく。ハイパーセンサーに映る地図が示す。敵の狙いは不明だが、押し出されたままではダメだ。
今すぐにでも対処しなければならない。ただ対処しようにも敵はバンシィに触れており、間合いがゼロ。自分の攻撃は回避されやすい状態で、敵は回避しやすい体勢だ。状況は圧倒的に不利。何をされるかわからないが、臆して無抵抗でやられるのは避けるべきだ。
機体に張り付く敵を引き剥がすために腕を動かすと、眼前の敵が話掛けてきた。
「……時間が惜しい。だから危害は加えん。貴様に聞きたい事がある」
「話を? 俺に?」
「……そう、お前にだ」
密接したまま会話を交わす。どうやら、今すぐ攻撃してくる気は無さそうだ。現に推進力任せの体当たりをされた時以降、俺は何のダメージも受けていない。
理解が追いつかないし疑問も尽きないが、相手の気が変わらないように刺激を与えず、素直に穏やかな声音で答えよう。そうすれば無傷で戻れるはずだ。時間よりエネルギーの消耗を避けたい。
「あの織斑一夏は何だ?」
「あの……?」
「白式じゃなく、もう一つの白い機体に乗ってる奴の情報が知りたい」
どうやら、相手は一夏ではなくバナージの情報が聞きたい。
「わかった。答えるよ。何が知りたい?」
「あいつの全てだ」
全てときたか。君もバナージのファンになったのかかな? そんな訳ないな。
「本名は織斑一夏。今は区別するためにバナージ・リンクスと名乗ってる。誕生日は九月二十七日。血液型はA型。今の機体はユニコーンで、元の機体は一夏と同じ白式だ」
「……出生は?」
「詳しい事は聞いてないけど、小さい頃から姉と二人暮らし。両親の顔は覚えてない。俺が知ってるのはこのぐらいかな」
求められた情報を差し出すと、目の前の相手が歯軋りした。表情はバイザーに隠れて見えないが、身に纏う様子から怒気を感じる。
「ちっ……もう時間か!」
相手が唐突にブレーキを掛け、なすがままだった俺は慣性で後退した。
「まだ聞きたい事が山ほどあるが、ここまでだ。私は戻る。死にたくなければ追ってくるな」
「待ってくれ。俺はあなたの情報を何一つ知らない。少ないけど、教えた分だけでも返してくれないか?」
背を向けた所を呼び止める。近くてわからなかった相手の全体を初めて目にした。
目の前のISは翼が蝶に似た独特な形状をしていて、学園じゃ見た事無い機体だ。搭乗者は小柄で、ラウラの体格に近いだろう。まだ幼さが混じった声からして、年齢は俺と同じぐらいか年下に感じる。
「……手短に済ませろ。私を殺したくなければな」
「それはどういう……?」
「……私の体内には、監視用のナノマシンが流れている。命令違反をすれば、内部のナノマシンが命を奪う仕組みだ。今回は私が独断で抜け出してきただけで、違反は一切してない。だが、判断するのは私じゃなく忌々しいあいつだ」
ISに乗り、初めて死という単語を間近で耳にした。改めて、この世界は俺達の世界とは違うのだと理解する。優しい世界に帰りたい。
「……素直に答えて抵抗しなかったお前にサービスだ。私に聞きたい事があるなら好きに聞け。但し、今日ここで私に出会った事、またその内容は絶対に口外しないのが条件だ。置いてきた仲間には知らぬ存ぜぬで通せ。いいな?」
「わかった。誓うよ」
最初に敵として登場したとはいえ、戦闘した訳じゃないから相手との約束は守ろう。ここで何の情報を尋ねずに逃したら、もやもやとした気持ちが絶対残る。多少の素性を聞いておけば満足だ。
「まずは名前を教えてくれ。俺は白雪夕。訳あってリディ・マーセナスと名乗ってる」
「……名前か。コードネームはエムだ」
「エムか。教えてくれてありがとう」
「ふん……礼はいらない」
「じゃあ、エム。君の体内にはナノマシンがあるって話だけど……何故そんな事をされているんだ?」
「……私は現在ある組織に所属している。昔に拾われたが頼んでない私は組織の命令に従う気は無かった。そこで従順にさせる方法がナノマシンだ。命を握られれば、反抗や無視の選択肢は無い。今や私は立派な飼い犬さ。ナノマシンは首輪代わりって所だ」
殺伐とした話だ。
「ナノマシンねぇ……」
「同時に、私は余命が今日かも知れない患者とも言える。目的を果たすまで死ぬつもりは無いが」
「………………」
患者……? あ!
「急に黙ってどうした? 私が哀れで声も出ないか?」
「いや、そうじゃない」
ここで束さんに渡された注射器を思い出す。患者さんとか言っていたけど、もしかしてこの注射器はナノマシンをどうにかするやつ? え、まさか束さんはこれを読んでいた? マジで? さすたば!
「エム、君の目的は?」
「………………織斑一夏と織斑千冬を殺す事だ」
教えてくれるのか。
「一夏と織斑先生を? どうしてだ?」
「黙れ。これ以上踏み込めば、お前を殺す」
エムが振り向いて、殺意を込めた言葉を言い放った。お前を殺すキリッ。もしかしてヒイロかな? だとしたら俺は殺されない。
「……それは絶対に成し遂げなければいけないのか?」
「ああ、そうだ。殺さなければ、私が私である証明が出来ない」
「もう一人の一夏……バナージも殺すつもりか?」
「……私のターゲットじゃない」
「同じ一夏なのに?」
「あれがどんなに織斑一夏に似てようと、織斑千冬の弟でなければ別人という事だ。最初から双子なら私が知らないはずが無い。よって、双子じゃなければ除外される。だからターゲットにならないと否定した」
「それは良かったよ。もし見境無くバナージ狙うと言ったら、俺はエムが自滅するまで追い回す所だった」
「はっ、学生風情のお前じゃ無理だ」
「姉さんのガンダムは最強のISなんだ。だから負けない」
「なら、試してみるか?」
「やめようよ。争いは憎しみしか生まないんだ。僕達はわかりあえる!」
「突然、偽善者ぶるのはやめろ。反吐が出る」
「冗談だ。なぁ、本当に一夏と織斑先生を殺すのか? 他に方法は無いの? 他の事なら、俺も力になるよ?」
家族に似た知り合いが殺されるのはちょっと……。だから阻止したい。
「黙れ。少し会話したぐらいで調子に乗るな。殺すぞ」
「会ったばかりの人間に言われたくないよな。んじゃ、取引をしよう」
最初から頷くと思っていなかった。けど、放っておけば悲惨な未来しか見えてこないから、ここで何とかする。
「……取引だと?」
「実は偶然にもナノマシン用の薬がある」
武器を呼び出す要領で注射器を取り出し、手に持ってエムに見せる。
「まだ説明書を読んでないけど、十中八九君に使えるはずだ」
「……それで自由にしてやるから私に殺すな、と?」
「そうだ」
「断る。私の存在意義を奪うなら、お前も敵だ」
「理解しているのか? 一夏と織斑先生を殺したら、エムは世界の敵になるんだぞ?」
「構わない。成功した時点で私の目的は果たされた。後に死のうが生きようが興味無い」
「一夏と織斑先生に対する執着の仕方も、自分の死すら厭わないのは異常だ。エム、君は一体……?」
「踏み込むなと言ったはずだ。次は無い」
「そうかい。ま、別に何だろうと構いやしないさ。エム、俺は君に……取引じゃなく勝負を挑む。当然、逃げずに受けてくれるよね?」
「ふん、実戦も知らぬ学生が私に挑むか……わかった。乗ってやる。私が勝てば薬をもらう。それと今後一切、私に干渉するな。全て黙って見届けろ」
「わかった。次は俺が勝ったら――」
「——一夏達への手出しは一切禁止、だな?」
「そうだ」
「…………つまらん」
「うん?」
「つまらないと言ったんだ。もっと他に要求する物があるだろ?」
「ありませんが……? 十分です」
「リスクが無さすぎるんだ。児戯に等しい」
「いや、別に俺の望みはこれだけだ。これ以上欲しい物は無いよ。君が賭けたいなら好きにすればいい。俺は上乗せしないからな」
「……私の全てをくれてやる」
「…………え? なんだって?」
あれ、俺の耳がおかしくなったのかな? 難聴じゃないはずなんだけど。
「私の全てをくれてやるって言ったんだ」
「………………正気か?」
「至って本気だ。あぁ、これはフェアじゃなかった。もう一つ加える。お前をくれ」
「はぁ!?」
エムの追加オーダーに、思わず強い語調で聞き返してしまった。何言ってんだこいつ。
「何だ? 私は全てを賭けたんだ。この場合、お前も全てを賭けるのが道理じゃないのか?」
「おい、さっき言っただろ! 俺は賭けないって! 勝手に追加しといて同じにしろとか困るんだよ! 別に薬と干渉だけで十分なはずだ!」
全力で抗議する。勝負を申し込んだのは俺だが、 エムが欲しいとは言ってない。言っていない!
「挑んできたのはお前だろう? その気にさせといて、まさか反故にすると?」
「俺自身は賭けないっつってんだろ! 話を聞け!」
「いいや、飲めないな。お互いの報酬は既に決定した。今更無しとは言わせん」
ゴクッ……いいじゃないか、タダだし! いや、ダメだ!
「……もしかして、俺に貰ってほしい……とか?」
ここまで頑なだと、逆にエムが望んでいるように思えてしまう。それとも何かの罠か、思惑があるとしか考えられない。
「……バカも休み休み言え。これは自信の表れだ。必ず勝てる勝負に、全力でベットしない人間がいると思うか?」
「……確かに」
エムの言う事はもっともだ。人は負けるリスクがあるから勝負を挑まなかったりする。勝てる自信があるなら全部賭けてもおかしくない。一理ある。
「だからお前と私が釣り合う条件を求めた」
「……釈然としないけど、わかった。その代わり、こちらからも付け加える。健康に関わる酷い扱いだけはやめてくれ」
「わかっている。大切に扱うさ」
「それなら……いい」
本当は良くないけど、要は負けなければいいんだ。前向きに考えよう。美少女ゲットだぜ!
もしも負けたら、しばらく約束通りにしよう。多少耐えてれば、数日中に解放されるはずだ。ずるいがしょうがない。勝手に加えたのは俺じゃなく、あちらだ。
「始める前に薬が本物か確かめるから、待て」
「早くしろ。まだ余裕はあるが、見つからない内に戻りたいんだ」
「了解」
ハイパーセンサーで収納されている武装一覧を見ていくと、三つのNEWと表示された部分があった。閲覧すると、薬はナノマシン用の中和剤で合っている。六角形の平たい金属は、
最後は満を持して登場、バンシィの
大雑把に言えば、ラウラのAICが大きくなった版だ。これも普段使っちゃダメなやつですね。そりゃ封印しておくのも納得だわ。ただ、シールドエネルギーが凄く持っていかれる。なるほど……俺が盾アンド敵をキャッチ、バナージが零落白夜を叩き込み、ミネバが回復と役割分担がはっきりしている。あれ……これ最強の布陣じゃね?
「薬は本物だ」
「そうか」
「信じてくれるのか? 騙してるかも知れないんだぞ?」
「裏社会に生きてきた私は、今まで数多の人間を見ては殺してきた。欲望が滲み出てる人間。表は温和で裏は狡猾な人間。大物ぶっているが、実は臆病な人間。今まで色々な奴を見てきたが、お前は私を否定も肯定もしない初めて会った人間だ。だからこそ、信じられる」
「……エムの世界には悪人しかいないのか?」
「……さて、無駄話は終わりだ、とっとと始めよう。勝敗は既に決しているがな」
俺の言葉を無視してエムが構えた。どうやら戦意は高いらしい。
「少しは楽しませてくれよ?」
「負けるつもりは無いよ」
ビームマグナムを握り締め、エムと相対する。合図は不要だ。
そして俺とエムは同時に動き出す。お互いを賭けた勝負が始まった。