IS 一夏がいない   作:稲穂焼き

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十七話

 自室で大人しく過ごして晩御飯と風呂を済ませると、就寝時間となり全員布団に入って電気を消す。一夏とバナージは戦闘の疲れからか、すぐに寝息を立てていた。お疲れー。

 俺は二人が起きてない事を慎重に確認してから、音を鳴らさないように浴衣を脱いで制服に着替える。もう一度二人が睡眠中か確認。特に反応が無いので起きてない。今目覚められると凄く困るので、さっさと済まそう。

 これから連絡通り外に向かうが、靴を取りに行くと誰かに見つかる可能性自体が発生するので、鞄から仕舞っていたビーサンを取り出す。女将さんにダメ元で頼んで特別に作ってもらった夜食用のおにぎりを持って窓辺に近付く。

 網戸にしてある窓を開けサッシに座って足を投げ出し、ビーサンを履いてから飛び降りる。物音が鳴らないよう着地に成功。手に持っているおにぎりが衝撃で潰れたりしてないかチェックするが問題無し。形が崩れないようポケットに入れた。

 

 身を低くして遮蔽物を利用しながらこそこそと、ある地点へ進む。時間帯的に一部の教師や一部の女子生徒が起きてても、旅館を抜け出すほどの用事は皆無だろう。だが、見つからないからといって隠密行動は欠かせない。楽しいし。

 移動に多少の時間を費やし辿り着いたのは、旅館近くの道路を渡った先に存在する森の中だ。木々が乱立していて外からだと中にいる人影を見つけ出すのは難しい。束さんが選んだ集合地点なだけある。

 月明かりの木漏れ日を頼りに奥へ奥へと進むと、少しだけ開けた場所に出た。そこに二人の人物が立っているのを発見。

 月の光が降り注ぐ二人の下へ駆け寄る。

 

「お待たせしました。もしかして遅刻ですかね?」

 

「ううん、私達も今来たとこ」

 

「十分前に来たと私は記憶しているが?」

 束さんは後ろ髪を毛先の辺りで結っている。出で立ちは半袖のジャケットとTシャツにジーンズとブーツを履き、何故かグローブを装着していた。マドカはマントみたいな何かを羽織り体を覆っている。どちらの格好もかっこいい。

 

「んもう、定番ネタが通じないなー」

 

「ふん」

 マドカは鼻を鳴らして束さんとの会話を打ち切った。二人の仲は険悪ではないが、特別親しげな訳でもない。マドカ側が一線引いてるように見受けられる。当たり前か。

 

「マドカ」

 

「何だ?」

 俺が名を呼ぶと普通の反応を見せてくれた。

 

「受け取れ」

 両方のポケットからラップに包まれたおにぎり二つを出して、マドカに向かって放り投げる。行儀は良くないが、投げたりしないと受け取りそうにない。

 

「……これは?」

 おにぎりを危うげなくキャッチしたマドカが、不思議そうな表情でおにぎりと俺を交互に見つめる。

 

「おにぎりだよ。しばらく外国育ちとはいえ、流石にわかるんじゃないか? それとも昔すぎて忘れた?」

 

「バカにしないでほしいな。名称を忘れた訳じゃない。お前が私に寄越す理由を聞いている」

 

「腹減ってるでしょ?」

 そう推理すると、絶好なタイミングでマドカの腹から音が鳴った。

 

「くっ……!」

 羞恥で頬を赤くしたマドカは咄嗟の反射で腹を押さえつける。やけにくっ殺に似た姿が似合う。何故だろうか。

 

「やっぱり空いてたか」

 

「……その通りだよ」

 

「そうじゃないかと睨んでたんだ。だから渡した。ほら、俺そういう顔してるだろ?」

 

「どういう顔だ……?」

 

「とりあえず、おにぎり食って少しの間凌いでくれ。海沿いだとお店は無いだろうし、あっても時間的に閉まってると思うからね。街でも保護者代わりの束さんがいても堂々と店に入るのは難しいしさ。それこそ警官に見つかったらマドカの小柄さは確実に未成年だと見抜かれる。捕まったら問題になるの間違い無い」

 

「……ありがたくもらおう」

 

「それで良し」

 

「ねぇねぇ、マドカさん。束さんとリディ少尉に対する態度が露骨に違わない?」

 

「お前と私は会ったばかりだ。当然の対応だと思わないのか?」

 

「えー、もっとフレンドリーに接してよー」

 

「……機会があったらな」

 果たして、その機会はいつ訪れるのか。

 

「んじゃ、そろそろ行こうか。マドカさんもいいよね?」

 

「さん付けはやめろ。気色悪い」

 

「私との距離を改めてくれたら考えてもいいよー」

 束さんは俺の横を通り過ぎて、森の中へと入っていった。残されたのは俺とマドカの二人だけ。もしかして、気を利かせてくれた?

 

「そろそろ俺も戻るわ。誰かに目撃されちゃ怒られるからな」

 おにぎりを渡す用事は済んだ。やり残した事は無い。

 

「ほら」

 少々気になり試しに手を差し出してみる。さて、どうくるか。拒否しそう。

 懐におにぎりを仕舞ったマドカは、俺に近付き一瞬躊躇ってから手を取った。

 

「あら、意外。払われたり無視されるかと予想してた」

 

「……お前には感謝しているから」

 

「偶然だけどね。どういたしまして」

 もし俺が班を分けなかった場合、果たしてマドカは現れたんだろうか? 疑問が残る。

 

「夕、と言ったな?」

 

「うん」

 

「……嫌、じゃないのか?」

 俺の手を握るマドカの手が微かに震えている。潮風で少し肌寒いもんな。しゃーないしゃーない。

 

「何が?」

 

「……こうして私の手に触れられている事に」

 

「気になりませんが?」

 

「……私の手は一生分の血に染まっている。汚らわしいと感じないのか?」

 

「全然」

 

「はぁ……つくづく変わった奴だ。勝手に恐れていた私がバカだったか……」

 気を張っていたマドカが馬鹿馬鹿しいと腕の力を弛緩する。何を緊張していたのか逆に不思議だ。

 

「もしや、拒絶されるのが怖かった……とか?」

 

「……何も言うな。黙れ」

 恥ずかしかったのか、マドカは頬を赤く染め首を逸らす。

 

「よくわかんないけど、俺はマドカが人を殺した所を見てない。そもそも自分の常識が通用しない別次元の話と捉えてるから、人殺しの犯罪者だろうと怖くないさ。俺に負けたしな! な!」

 信じてない訳じゃないが、生死が呆気ない世界と無縁な学生だ。現実感が薄い。

 

「次があれば私が勝つ!」

 

「はっ! 次があっだだだだだ!?」

 鼻で笑ったら、触れていた手が力強く握り締められて潰されそうになった。

 

「離せ、バカ! 痛いじゃろがい!」

 掴まれていた手を振りほどく。痛みを和らげるため腕を大きく上下させる。

 

「これで一勝一敗だ」

 

「ここで不意打ちとは、あもりにもひきょう過ぎるでしょう?」

 

「……ふん。私を笑うからだ」

 

「すいませんねぇ」

 発言そのものをバカにした訳じゃないんだけど、誤解を与えたらしい。次という言葉に反応しただけだ。その次はいつなのか、と。

 

「……そういえば、つい話し込んじゃったけど束さんを待たせてたな。そろそろ行こっか」

 

「ああ」

 俺はマドカと共に暗い森の中を歩き出す。少し進んで森を抜けて道路に出ると、束さんがバイクに凭れて待っていた。

 

「お、今日はバイクで来たんですね」

 

「徒歩だと思った?」

 

「徒歩で来るには遠すぎますし、車も束さんのイメージじゃないなーって漠然と考えてたぐらいです。買ったんですか?」

 

「うん。新車を一括払い」

 

「おぉ、金持ちはスケールが違いますな。ちなみに免許はお持ちで?」

 

「オフコース!」

 親指を立てながら本人は言っているが、真偽は不明だ。ほぼ持ってなさそう。俺は所持してない方に花京院の魂を賭けよう。

 束さんはヘルメットを被った後、バイクに跨がりエンジンを始動する。

 

「思ってたよりエンジン音が静かなバイクですね」

 

「移動用のツールであって走り屋じゃないからねー」

 

「……なるほど」

 良くわからないまま首を縦に振っていると、束さんはマドカに向けてヘルメットを放り投げた。

 

「っと、投げるなら先に言え」

 マドカは両手でキャッチしてから被り、束さんの後ろへ移動して乗った。

 

「今更だけど乗り方はわかるよね?」

 

「問題無い」

 

「OK、なら行こうか。それじゃ、リディ少尉。まったねー」

 

「はい。マドカもまたな」

 

「ああ」

 手を振って走り去っていく束さん達を見送る。あっという間に背中が小さくなっていった。バイクに乗る束さんかっこええな。

 さて、誰かに見つかると厄介だ。二人が起きて俺を捜されても面倒だし、とっとと部屋に戻ろう。

 辺りを警戒しながら抜き足差し足忍び足で旅館に接近すると、背後から足音がした。

 

「……マーセナスか?」

 

「うぉ、織斑先生……!」

 振り返るとスーツ姿の織斑先生だった。あかん。

 

「珍しいな。マーセナスが規則を破って外出とは……一体何をしていたんだ?」

 

「何だか眠れなくて散歩してました」

 人と会っていたと答えるのは得策ではないから、嘘を言うしかないだろう。出来れば会わずに帰りたかった。

 

「織斑先生こそ、夜間の見回りを放棄してどうしたんですか?」

 

「私も散歩だ。巡回も兼ねているがな」

 

「ジャージじゃなく、わざわざスーツに着替えて?」

 

「……まあ、いい。今回は特別に見なかった事にしてやる。早々に帰るんだ」

 スーツ姿を指摘したら無視された。どうやら触れられてほしくなかったみたいだ。答えにくい質問だっただろうか。

 

「ありがとうございます。失礼しますね」

 織斑先生からは説教されなかったが、他の教員に見つかると確実に叱られるので、次こそ細心の注意を払いながら部屋に向かって歩みを進めた。

 

 

 

 

 IS学園に帰ると二泊三日の臨海学校は終了する。だが、まだ出発する前だ。俺とバナージに一部のクラスメイトはバスに乗り込んでいるが、大半のクラスメイトは外で談笑している。まだ出発の時刻じゃないので怒られる事は無い。存分に話していきたまえ。

 窓側に座った俺は窓から外の生徒達を眺めていると、生徒達が一つの方向に注目していた。何かの騒ぎが起こっているらしい。車内にいたクラスメイト達が気付き、俺と同様に窓から外を覗いている。

 異変の中心を探ると……一夏が発端だった。原因は一夏の前に立つ金髪の女性だろう。

 

「バナージ、あの人誰かわかる?」

 

「銀の福音の搭乗者じゃないか?」

 

「あー」

 バナージに言われ、昨日担架で運ばれていた人がいたなと思い出す。容貌を見てなかったが、体格は近いかも。

 

「お礼でも言いにきたんだろ」

 バナージの推測を耳に入れながら一夏と女性の動向を見守った。これから一体何が始まるんです?

 身振り手振りを交えて会話をしていた女性が一歩前へと踏み出し、一夏の頬にキスをする。

 

『おー!』

 見物していた車内の女子から歓声が上がり、外の女子達も興奮していた。顔を赤くした一夏はキスされた頬に手を当てたまま呆然とし、箒達は激情に駆られている。

 本能で恐怖を感知した一夏は、箒達から逃れるため車内に駆け込んできた。

 

「た、助けてくれ!」

 

「バカやろう! こっちに来るんじゃあない! 織斑先生の方に行け!」

 

「そ、そうだな!」

 俺の言葉を理解した一夏がUターンを始める。

 

『一夏!』

 あ、出口塞がった。

 

「バスの中に隠れるのよ!」

 

「閉じ込められた!」

 

「罠か……」

 

「二人共、変な事言ってないで何とかしてくれよ!」

 俺とバナージが遊んでいると、一夏から追加で救助の要請が飛んできたが、時既に遅し。

 

「どういうつもりだ、一夏!」

 先頭の箒が怒鳴りながら勢い良く一夏に詰め寄る。箒に気圧された一夏は脱兎で後退すると、俺達が座る席と反対側の座席へと追い詰められた。これは最初の判断を誤ったな。

 

「皆は何を怒ってるんだ!?」

 

「うるさいっ!」

 いつもの理不尽。クラスメイトもいつものように一夏を助けようとせず、事の成り行きを静かに見物中。他人の修羅場が面白いらしい。わかるわ。

 俺は立ち上がって前の座席へと移動し、通路に立つ女子一同を避けて車内から出た。さっきの光景を間近で目撃した生徒達がはしゃいでいる。

 織斑先生を探すが見当たらず。山田先生ならいたが、照れているので使い物になりそうにない。楯無さんは山田先生をからかっている最中で、火に油を投入するタイプなので論外。うん、仕方無い。自力で何とかしよう。

 車内へと戻り、窓際に追い詰められている一夏と、それに群がる女子五人に近付く。

 

「やめたまえ、君達! 一夏君が困ってるじゃないか!」

 仲裁に入ると、激昂する五人組が一斉に俺へと振り返った。般若みたいな表情をしており、恋する乙女が見せていい表情じゃない。まだ一人ぐらいなら怖くないが、流石に五人となると形相の迫力もあって恐怖を感じてしまう。

 

「邪魔するな、リディ! これは私と嫁の問題だ!」

「そうですわ! これはわたくしと一夏さんの問題でしてよ!」

「僕は一夏に用があって、リディには無いよ!」

「一夏と話してるのはあたし! だから部外者のあんたは引っ込んでなさい!」

「関係無いリディは下がっててくれ!」

 全会一致で俺を排除しようと叫ぶ少女達。見事なまでに自分と一夏の問題と口を揃えた。周りのライバルなんて眼中に無いぐらい憤怒している。

 窓に背中を貼り付けて身動きのとれない一夏のために、俺は前の座席に移動。一夏にごにょごにょと耳打ちして怒れる乙女を鎮める魔法の言葉を吹き込んだ。

 

「かっ、かか可愛い顔が台無しだぞっ! 俺は笑ってる顔が好きなんだけどなっ!」

 

『!!』

 可愛い、好き、という単語に反応した箒達の表情が真っ赤になった。ちょろい。単純な一言で誤魔化される五人の今後が逆に心配だ。今回は利用させてもらったが。

 少女達の様子を見て危機を脱した一夏は安堵した。同時に何故皆が急に大人しくなったのか疑問に思っていそうだ。もし本当に謎と感じているなら自分の言った内容に気付けよ、と俺は言いたい。教えないけど。

 一件落着と言えるか不明だが、ひとまず事態が落ち着いたと見た俺は席へと戻る。自分の座席の前にある座席を乗り越えて着席した。

 

「はぁ……」

 溜め息をつき、隣のバナージを見る。結構騒がしかったのに居眠りしていた。寝る子は育つと言うが寝過ぎやろ。

 話し相手がいなくなって退屈になった俺は、たむろしている外の生徒達を観察して時間を潰した。

 

 

 

 

 旅館を出発したバスはIS学園に到着。自分の鞄を持って寮へと向かった。俺達の時の臨海学校とは違い、女子達は元気一杯だ。体力凄いなと感心していたら、昨日はテスト稼働が中止になった事に気が付いた。だから有り余っている。感心して損したわ。

 久々に自室へと戻ってくると、殺風景な内装が視界に入ってきた。本拠地じゃないので当然だが、物寂しさがやけに目立つ。今日で最後だろうから置くだけ無駄な訳だけど、もうちょっと生活用品以外も置いた方が良かったかも知れない。そんな今更な感想を抱く。

 俺は荷物を置いて制服を着たままベッドへ背中からダイブする。バナージも同じようにベッドへダイブしていた。また寝そうだ。

 

「バナージ君。聞こえるかね?」

 

「んー……」

 

「今夜どうする? ここで寝てくか、それともラボに戻るかさ」

 

「うん……」

 意識を保っているのか判別し辛い返事をするバナージ。半分寝てそうだ。まだ寝るのか。

 

「あ、あー……今帰るのは……」

 言い出してから気付いたが、現在ラボにはマドカがいる。一夏とは違う一夏だけど、同じ顔の人間が傍にいるのは気分が良くないはずだ。頭では理解しても感情が先立つ可能性が高い。なので、最初からラボに帰るという選択肢は選べなかった。でも、荷物だけ置いて消えるのも遠慮したい。

 

「バナージ? 起きてるー?」

 

「………………」

 返事が無い。完璧に寝てしまったようだ。

 

「どうすっかなー……」

 この状況で最適な行動は俺だけで荷物を運ぶのが一番だろう。だが、バナージに説明して尚且つ納得してもらえる方法を考えなければならない。何故バナージが帰っちゃダメなのか。この一点が巨大なハードルだ。

 ごろごろと体勢を変え、あれこれと思考を働かすが妙案は浮かばない。まだ時間に余裕はあるから、これからじっくり考えよう。大丈夫、俺なら出来るさ。ファイトだ。

 

 

 

 

 出来ませんでした。風呂に入ったり夕飯を食べながら考え込んだが、何も浮かばず。

 

「バナージ、話がある」

 俺は考えるのを諦めてベッドで休んでるバナージに話し掛ける。行き当たりばったりだが、やるしかない。

 

「改まった感じでどうした?」

 

「……じ、実は今日束さんに連絡したらさ、しなきゃいけない事があるからラボに来ない方がいいって言われたんだ」

 束さんを理由に使わせてもらった。意外と悪くないんじゃないかな?

 

「束さんが?」

 

「うん。うるさくなるからって言ってた。改装工事とかするんじゃない?」

 

「そうなのか。じゃあ、隣の部屋で俺達がいると気を遣わせちゃうな。今日の寝床はここにするか」

 

「そうなるね。ただ荷物はラボに運んでおこうと思うんだ。前例を考えると明日にはいないだろうから、物を残して片付けの手間を掛けさせるのも悪いし」

 

「確かに。よっしゃ、なら綺麗に片付けてさっさと運ぼう」

 

「その前に待った。運ぶのは俺がやっておくよ。高度あってもユニコーンは街明かりで白く目立つからね。反対に黒いバンシィなら夜空に紛れて目立ちにくいだろ?」

 

「あー、そうだな。んじゃ、悪いけど任せた」

 それらしい理由を説明してバナージの説得に成功。案外何とかなるもんだ。バナージが素直で超助かる。

 死活問題だから騙す事に罪悪感は無いけど、申し訳無さが湧き上がってきた。大義名分があるから耐えろ、俺。

 早速、バナージと俺は荷物をまとめる作業に取り掛かった。荷物は少ないので役割分担すれば十分で済みそうだ。

 

「リディさん」

 

「ん? 何?」

 手を動かしながら返事をする。

 

「一人でも片付くからリディさんは簪の所へ行ってきな」

 

「急にどうした?」

 

「前回は何も言えなかったから今の内に話した方がいいと思って」

 

「大丈夫だ。後でちゃんと会うつもりだから心配しなさんな」

 

「それならいいんだけど……」

 

「俺が薄情な人間に見える?」

 

「いや、消灯時間過ぎてるから」

 バナージに言われ、時計を確認。確かにいつの間にか消灯時間は過ぎている。時間を気にしないほど悩んでたって事だろう。

 

「あらま。ふむ……行ってくるわ」

 

「おう、ゆっくり休んでこい」

 

「……?」

 バナージの意味不な言葉に返答せず、俺は簪の部屋に向かった。

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