IS 一夏がいない   作:稲穂焼き

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十八話

 部屋から出た俺は急いで簪の部屋へと向かった。時間的に寝てそうな気もする。起こすのも気後れしてしまうが、行くだけ行ってみよう。

 簪と楯無さんの部屋の前に到着し、控えめにノックする。これで出なかったら、残念だが大人しく帰ろう。遅かった俺が悪い。

 ノックしてから数十秒で扉が開いた。出てきたのはパジャマ姿の簪だ。少し眠そうに見える。もしかしたら寝る直前だったかも知れない。それなら悪い事をしてしまった。だが私は謝らない。

 

「遅くにごめん。ちょっと話せるか?」

 

「うん、大丈夫」

 

「楯無さんは?」

 

「起きてる」

 

「呼んだ? あら、リディ少尉。こんな遅くに何の用? 襲いに来たの?」

 好奇心に招かれた楯無さんがパジャマ姿で登場。

 

「違います。お別れを言いに来たんです」

 

「なーんだ。残念」

 楯無さんは肩を落とす。最近、楯無さんのセクハラ発言に容赦が無い。セクシャルハラスメントは女から男でもいけないと思います。

 

「……うん、大事な話をここでするのはアレだから中で話しましょ。入って」

 

「お邪魔します」

 楯無さんと簪についていき、部屋の中へと入る。俺達の部屋には存在しない、女の子特有のいい香りが鼻孔をくすぐってきた。一ヶ月前は間近で嗅いでいた匂いだ。何だか、遠い昔のように感じてしまう。嗅覚で感慨に浸っちゃうとか変態じゃん。

 簪と楯無さんはベッドに腰掛ける。客人が床に座るのはよろしくないだろうから、俺は椅子を借りて腰を落とした。

 

「今まで色々とありがとうございました。とても楽しかった」

 

「こっちこそ、リディ少尉と過ごせて楽しかったわ。簪ちゃんと仲直りも出来たし。ありがとね」

 

「ありがとう、夕」

 

「いえいえ」

 三人で頭を下げあった。今日で最後だから、二人が身に着けるアクセサリーとは別のプレゼントを渡せないかと考える。が、手持ちはバンシィだけで持ってく荷物の中にも贈れそうな物は無い。

 

「……簪は最後にしてほしい事あるか?」

 プレゼントが用意出来ないなら、現状で可能な望みを叶える方向にシフト。

 

「お別れのハグ」

 

「うむ、良かろう」

 

「あ、お姉さんにも」

 簪の要望に楯無さんが便乗してきた。簪なら慣れてる部分もあって特に何も思わないんだが、楯無さんにするとなると自分が酷く不誠実な人間に見えてきてしまう。好意を知ってる彼女達を放置してる時点で今更か。一応、先に断っておいたから何ら問題は無いんだが、どうも引っ掛かる。性分なのかも。わからん。

 

「……楯無さんも?」

 

「お姉さんにハグハグするの嫌?」

 

「嫌という訳じゃないんですけど抵抗が……」

 

「今頃リディ少尉の体裁を気にしても仕方無いと思うんだけど?」

 

「……わかりました。やりますよ」

 頼まれたからやるんだ。だから大丈夫、問題無いと自分に言い聞かせる。それはそれで問題あるけど。

 

「あっ、そういえば……」

 ここである事を思い出した。しばらくというか、一回使用してからずっと封印していた物がある。俺がいなくなっても残るか不明だけど、一応贈ってみよう。

 ズボンのポケットに入ってる物を優しく二回叩く。次にポケットへ手を突っ込むと期待通りに増殖していた。

 ポケットから取り出し、椅子から腰を上げて二人の前に移動。

 

「はい、記念にどうぞ」

 

「それって……バンシィの?」

 首を傾げる簪と楯無さんに、俺は手に持っているバンシィの待機形態二つをプレゼント。二人は受け取ってくれた。

 

「おう。長い間封印された機能を久々に使った。まず使わないから安心して受け取ってくれ」

 

「お姉さんにも貰えるのは嬉しいのだけど、どういう使用方法なの?」

 

「IS起動時に見栄えを良くする演出用のパーツ兼通信機ですね。使用したのって数ヶ月も前でして、今まで忘れてたので無くても平気です」

 

「へぇ……」

 楯無さんは興味深そうに、レプリカの待機形態を様々な角度から観察している。

 

「プレゼントありがとう。大切にするわ」

 

「はい」

 話が一段落したので、名残惜しいが部屋に帰ろう。やる事が残ってるし、これ以上長居して眠くなったら困る。ISで居眠り運転をした第一号になりたくない。

 

「さて、そろそろ戻ります。その前に」

 部屋の時計を一瞥してから、両腕を広げて受け入れ体勢の準備が完了。

 

「おいで、簪」

 

「うん」

 立ち上がった簪は俺に抱きついてきた。俺は両腕を簪の背中に回す。やっべ、温かさが心地良い。いつまでもこのままでいたいという欲求が生じるが、何とか抑える。

 

「元気でな」

 

「夕もね」

 

「ああ」

 想いが詰まった短い言葉を交わし、俺達は自然と離れた。あぁ……温もりが去っていく。バイバイ、ヒート。

 

「……次は楯無さんの番ですよ」

 自身の発言が畜生のソレに聞こえてくるが、楯無さんの要望なので無効。ノーカン。僕は悪くない。

 もう一度腕を広げて、楯無さんがくる瞬間を待ち構える。自分からは憚られるので、受け身になってしまうのを許してほしい。

 ベッドから立った楯無さんが両手を広げる。待て、それはカモンって事?

 

「してくれないの?」

 

「……勘弁して下さい」

 

「もう、しょうがないなぁ。お姉さんがリードしてあげる」

 どことなく嬉しそうな表情をする楯無さんは、俺を抱きしめた。動作に一切躊躇いが無く、友人と接する気安さを感じる。同じ人でも出会いが違えば、全く違う関係性になるんだと実感した。

 このまま一方的に抱かれるのは申し訳無いので、自分も楯無さんを抱きしめ返す。現在の状況と経緯を知らない人間から見たら、完全に俺はプレイボーイだ。そういう人達に下心は無いと懇切丁寧に説明したい。そうでなければ今頃、俺は青春じゃなく性春を送っていたはず。やだ、えっちぃ。

 

「最後だから、私の事を刀奈(かたな)って呼んでほしいな」

 

「刀奈?」

 

「うん。ダメ?」

 

「構いませんけど……あだ名か何かですか?」

 

「内緒。詳しくは本人の口から聞く事ね」

 

「はぁ」

 良くわからないが、俺は重大な秘密を知ってしまったのではなかろうか。そんな気がする。

 

「……それじゃあ、刀奈」

 俺はお願い通りに楯無さんの耳元で刀奈と囁いた。

 

「うん」

 

「お元気で」

 

「夕君も……元気でね」

 俺と刀奈は互いに体を離した。それじゃ、荷物の整理は終わっているだろうから部屋に戻ろう。バナージが待ってるだろうし。いや、育ち盛りだから寝てそう。その割には俺より少し背が低いままだ。じゃあ、寝る子は育つってのは嘘だわ。

 退室するため、出口へと向かい扉を開けて廊下に出る。振り返ると、二人が見送りにきていた。

 簪と刀奈に手を振って、俺は自分の部屋に足を向けた。

 

 

 自室に戻ると、服や日用品が詰まった鞄が扉の前に複数置かれていた。片付けは済んでいるみたいだ。一人で運ぶには少々苦戦しそうに見える。

 荷物を持っていく前にバナージに声を掛けようと、部屋の奥へと進む。

 

「バナージ、起きてる?」

 呼んでみるが返事は無い。もしかしたらと思いベッドを覗くと、予想通りバナージは就寝中だった。起こすのも悪いから静かに行動するとしよう。騒いでも起きないだろうけど。

 外行きに向かない格好をしている俺は、鞄から制服を取り出す。主婦顔負けの綺麗に畳まれている制服を見て、心の中でバナージに謝りつつ着替えた。何となくだが、バナージの制服も用意しておく。

 後は、一番世話になった織斑先生に挨拶をしていこう。一夏達にも別れを言っておきたい所だが、時間的に寝ている可能性がある。こりゃ時間配分を間違えたな。もっと前に行動すべきだったと反省。次回に活かせるかわからないが。

 

 制服を着た後、廊下へ移動した。薄暗い廊下を歩き、見回りしてるかも知れない教員に、見つからないよう慎重に進んだ。はてさて、簪達は起きていたが織斑先生も起きているだろうか?

 数分歩いて織斑先生の部屋の前に到着。まずは扉の隙間から室内の明かりが漏れてないか確認するが、わからなかった。それより今の俺の動きが完全に不審者だ。誰かに見つかれば言い逃れは不可能だろう。

 簪達の時とは別で、起こしちゃう可能性を考えるとノックする勇気が出ない。向こうから気配を察知してドアを開けてくれないかなと、期待を込めた念を扉越しに織斑先生へと送る。いいぜ……来いよ!

 数分間何も起こらなかったので、部屋に帰ろうと踵を返した瞬間、ドアが開いた。ぃやったぁ!

 

「……こんな夜遅くに誰だ? 扉の前で鬱陶しい」

 

「こんばんはッス」

 不機嫌そうな織斑先生がジャージ姿で出てくる。俺は刺激の少ないシンプルな挨拶を返した。

 

「マーセナスか。消灯時間はとっくに過ぎてる。夜間の出歩きは感心しないぞ」

 

「すみません。一応挨拶をしておこうと思いまして」

 

「何だ、夜這いにきた訳じゃないのか……」

 あ、これ完全に酔っててオフモードだ。寝ずにいてくれたのは嬉しいが、がっかりしてる内容が楯無さんと同じ事なので、最後だというのに締まらない。

 

「常識的に考えてありえませんよ。言ってて悲しくなりません?」

 

「常識じゃ考えられない人間が私の目の前に存在してるのにか?」

 

「それを言われちゃ何も返せません」

 

「フッ、先の言葉は戯れだ。入ってくか?」

 酔っているからか、何かキザりながら誘ってきた。おいおいおい……入っていく場面を誰かに目撃されたら、騒ぎになって言い逃れは出来んだろ。それに互いに一切の感情が無くても、一応は男女なので入るべきではない。さっきの訪問はノーカン。

 

「やらなきゃいけない事があるので遠慮します」

 

「何があるんだ?」

 

「部屋の荷物を外に運び出そうかと。残ってたら迷惑になりますし」

 

「ふむ……特に問題無ければ私が預かっておくが?」

 

「先生の部屋の一部が使えなくなる量なので遠慮しておきます。気持ちは嬉しいんですけどね」

 

「お前がそういうなら無理にとは言わないさ」

 

「はい」

 もし次があるなら織斑先生にお願いしたが、確定ではないので邪魔になるだろう。預かっている手前、勝手に捨てるのも難しくて判断に困るはずだ。俺達がいなくなった後も煩わせるくらいなら置かない方がいい。

 

「今までありがとうございました」

 俺は姿勢を正し、感謝の気持ちを表すために頭を深く下げる。

 

「気にしなくていい。想像していたより、私も存外楽しめたしな」

 

「それは良かったです。では、夜も遅いので失礼します」

 

「ああ、またな」

 別れを告げた俺は自室へと戻った。

 

 

 再び部屋へと舞い戻る。複数の荷物を肩から下げたり手に持ったりして、部屋のドアを潜って廊下へ出る。面倒だったから一気に運ぼうとしたが、鞄の数が多くて重い。これは時間が掛かりそうだ。何回か分けて往復した方が良かった。

 いつもより遅い速度で廊下を歩くと、何とか寮の外へと運び出せた。下手な筋トレより鍛えられそうだ。これから毎日、鞄を持とうぜ!

 バンシィを起動してバッグ全てを持ち上げた。ISの力なら余裕だ。両手は使えなくなるが、特に使用する事は無いだろう。フラグかな? いやいや、ナイナイありえない。

 

 誰の目にも留まらぬよう、高度を高めにして空を飛ぶ。そういえば何故、前回は街の中を通ったんだろうか。普通に目立つ。これといった理由は思い出せないから、ただの勢いが原因だったかも知れん。若さって怖い。

 このまま思う存分、星が綺麗な夜空を飛び回りたくなってくるが我慢する。IS用の特殊部隊みたいなのがすっ飛んできても困るし。ただ、速度を僅かに下げるぐらいなら許されるだろう。ちょびっとだけだから見逃して。

 IS学園から出発して数分。何事も無く目的地に到着してしまった。つまらん。謎の何かが襲ってこなくてつまらん。フラグ立ててみたのに現れないとか……がっかりだよ!

 鞄を地面に置いてISを解除する。暗さで細部はわかりにくいが、建物の外観に大きく変わった様子は無い。前の記憶と同じだ。

 

 二つの扉を潜って室内に入ると、モニターを見つめながらキーボードで何かを入力している束さんの後ろ姿を発見。この場にマドカはいないみたいだ。

 

「いらっしゃい、夕君。何か用かな?」

 声を掛けようとしたら、逆に声を掛けられてしまった。実は監視カメラが外に設置されていて、俺が映ったから気付いたんだろうか? だとしたら俺の記憶、頼りになんないな。

 

「こんばんは、束さん。荷物を置きに来たんです」

 

「あぁ、なるほどね。どこか適当な部屋に置いていいよ」

 

「わかりました。そうさせてもらいます」

 束さんから了解を得た俺は外に鞄を取りに行く。さっきの経験を生かして、今度は複数回に分けてバッグを運んだ。やっぱり少量なら軽い。

 運搬が終わったので、束さんの背中を注視しながら椅子に座って休憩する。地味に重労働だった。いや、明らかに重労働だった。

 

「そういえばマドカはどうしてるんですか?」

 

「んーとね…………入浴中」

 

「あっぶな」

 入る直前だったり、出た直後に遭遇しなくて良かった。タオルぐらいは巻いていると予想するが、だからといって見られていい気はしないだろう。殴られても文句は言えない。

 

「……そういうのは先に言ってほしかったッス」

 

「ちょっと期待してたからねー」

 

「ひっど」

 束さん自体は誘導してないから、俺の運と選択次第で痛い結末を迎えていた。痛いの嫌。

 

「まぁ、会わなかったんでいいですけど」

 

「それはどうかな?」

 カンコーン、という効果音が脳内に再生される。

 

「どういう――」

 

「――おい、出たぞ」

 意味を問い掛ける前に、俺の後ろにある部屋の扉が開いた。振り向かなくても誰かわかる。今話題に出ているマドカだ。

 

「誰かと思ったら夕か。こんな遅くに何の用だ?」

 

「荷物を置きにきた」

 

「それだけか?」

 

「うん」

 振り返らずに会話していると、椅子を引く音が聞こえた。マドカが俺の隣の椅子に腰を落としたんだろう。気配がするから正解なはず。

 

「これから戻るつもりなら泊まってけ。どうせIS使ったんだろ?」

 

「わかっちゃいます?」

 

「クソみたいに目立つ制服着て街中は歩けないだろ。お前が私に言った事を覚えてるか?」

 

「……確か補導されるとかだっけ?」

 

「それだ。だから泊まれと提案している」

 

「おぉ、心配してくれるなんて優しいじゃんよ」

 

「ふん……」

 マドカが言う通り寮に帰るのは面倒だけど、もう一度空を飛べるという魅力もあって素直に頷けない。そろそろ眠くなってきたし、迷ってる時間は無さそうだ。でも悩む。

 

「どうすっかなー」

 

「時間があるなら、私の髪を乾かす手伝いをしてくれ。一々ドライヤー使うのが面倒なんだ」

 

「子供か。一人でやれるでしょ」

 マドカの髪がどんな状態か見るために、俺は首を向ける。束さんの言った通りの展開にならず服を着ていたので、まずは一安心。そして頭に折り畳まれたタオルを一枚乗せている。雑ゥ!

 

「わかった、やるよ。ただ今度からは、せめてタオルを広げてな」

 今日のラストフライトは諦めて泊まろう。

 

「本当だな?」

 

「はよ行け。もたもたしてると寝ちまうぞ」

 手を払うように振ってマドカを追い払う。マドカは大人しく部屋に入っていった。

 

「さっきから束さんは何やってるんですか?」

 

「これ? 秘密」

 

「そうですか」

 会話しようと新たな話題を切り出したら、ばっさりと切られて話の種が無くなってしまった。ああ、無情。

 やる事無いので、目の前のテーブルに体を預ける。この姿勢でも目を閉じれば眠れそうだ。もう今日の寝床はテーブルでいいんじゃないかな。

 

「おい、終わったぞ。早く来い」

 

「うっす」

 マドカに呼ばれたので、ちょっと面倒だが体を起こして立ち上がり、洗面所へと歩く。

 洗面台の前に移動し、まずは汚れているであろう自分の手を洗う。洗い終わったら無造作に置かれた未使用のタオルを借り、水気を拭く。

 

「ドライヤーは?」

 

「これだ。準備しておいた」

 用意されていたドライヤーをマドカから受け取る。見ただけでわかった。これ絶対、俺の家にあるやつより高くていいやつだ。デザインからして違うもん。そろそろドライヤーぶっ壊れてくれないかな。最新のが欲しいんだ。使った事無いけど低温最高!

 

「サンキュー。んじゃ、始めるぞ」

 

「ああ」

 

「………………」

 頷いたマドカが後ろを向くのを待つが、俺を見上げたまま動かない。おい。

 

「悪い、後ろ向いて」

 指示に従ったマドカは、くるりと回って背中を見せた。一回一回、言わなきゃダメなんだろうか。ダメなんだろうな、かわいい。

 最初は状態を調べるため、髪を優しく触る。毛先から水が垂れない程度に湿っていた。いい具合だ。束さんがタオルドライのやり方を教えたのかも知れない。

 ドライヤーのスイッチを入れ、自分の手に風を当てて風量と温度を確かめた。風量は多く、温度は通常のドライヤーより少し低めに感じる。どうやら低温ドライヤーみたいだ。マジかよ。ますます欲しい。

 頭からドライヤーを少し離して、熱風が地肌に当たるよう指で髪の毛を掻き分ける。緩やかな速度で、上から下へとドライヤーを動かす。全体的に乾いてきたら、冷風に切り替える。本当なら手順があるけど、俺の髪じゃないし別にかまへんやろ。

 

「ほい、完了」

 ほぼ乾ききったのを確認してから、ドライヤーのスイッチを切って終わった事を告げた。

 

「……あ、ありがとう」

 

「おう、どういたしまして」

 意外と素直に礼を言うんだと驚きつつ、言葉を返す。

 

「ごめん、場所わかんないから片付けといて」

 

「わかった」

 後片付けをマドカに任せて、俺は先に戻った。さて、寝よう。

 

「束さん、布団っていくつあるんですか?」

 

「二つだよ」

 そりゃそうか。誰かが来るなんて想定してないから人数分しかないだろう。増やす必要も無かったし。

 

「わかりました。そろそろ眠いんで先に寝ますね」

 

「おやすみ、と言いたいけど待たれよ」

 

「何です?」

 

「少しの時間だけでいいからテストに付き合ってくれないかな? サポート役を頼みたいんだ」

 

「サポートって何のですか?」

 

「新機体の稼働試験」

 

「……まぁた何か作ったんですか?」

 

「うん、力作だよ!」

 今まで背を向けていた束さんが振り返る。花が咲いたような笑顔だ。ただ隈が酷い。明らかに一睡もしていないのがわかってしまう。目の隈はステータスやないんやで? 立派な不健康の証や。

 

「今回は何の機体ッスか?」

 順番的に大体の想像がつく。

 

「ユニコーン、バンシィときたら?」

 

「……フェネクス?」

 

「正解!」

 知ってた。

 

「いつも思うんですけど、どこから材料盗ってくるんですか? 軍か企業の工場から?」

 

「……もしかして、私が忍び込んで素材をちょろまかしてると思ってない?」

 

「そりゃ嫌でも思っちゃいますよ。組み立てぐらいなら道具さえあれば出来そうですが、加工やら生成などは専用の設備とかが無いと時間も労力も無駄にかかりそうですし」

 

「大丈夫大丈夫。ちゃんとお願いして貰ってるだけだってば」

 

「心の中でお願い?」

 

「疑り深いなぁ。そんなに私が信じられない?」

 俺がしつこく追求していると、束さんは口を尖らせる。かわいい。

 

「だって何も言わず勝手にIS作っちゃったじゃないですか」

 

「そこまで遡られると反論のしようが無くなっちゃうなぁ……」

 我ながら酷い言葉選びだが、束さんのデタラメ加減を知っていると飛び出すのは当然だ。束さんなら人知れず大胆な隠密行動が出来ると、謎の信用がある。

 

「この際だから、ちゃんと説明するね」

 

「はい、お願いします」

 

「突然ですが問題です。ISに携わっているなら誰もが知っている……そして経営難に陥っている会社の名前と言えば?」

 大企業の息子である俺だが他の企業を良く知らない。特に興味無かったからだ。だが、ISに関わってから多少は覚えた。それは同じ日本企業の倉持技研と、おフランスのデュノア社だ。他はスキンヘッドの生えてる毛ほどの情報が、耳に入ってこないからわからない。俺が無知すぎるだけなのか、他が地味すぎるのか。

 

「デュノア社……ですかね?」

 

「お見事! 正解はデュノア社です」

 

「あぁ……ちょっと協力するから色々と貰って施設を貸してって感じですか」

 

「第三世代の開発が滞ってるだけで、様々な資材が豊富だからね。都合がいいんだよ」

 

「なるほど」

 束さんなら第三世代の案を出すくらい楽勝だろう。何なら直々に手伝う事だって、赤子じゃなく大の大人の腕すら捻れちゃう程度に容易いはずだ。

 

「……話が少し変わりますけど、会社の件で前々から束さんに訊きたかった事があるんですよ」

 

「いーよ。何でも答えてしんぜよう!」

 

「では、一つ。何故に俺の親の会社にいるんですか?」

 不思議に思っていた謎を束さんにぶつけてみた。

 

「それはね……実は私ってば特別待遇の正規社員なのだよ」

 

「えっ!? 束さん正社員だったんですか!?」

 衝撃的な真実ゥ! 束さんは雇われていた!

 

「妙にこそこそしてるから、てっきり会社と裏取引というか闇取引みたいな事でもしたんだと……」

 

「いやいやいやいや、ちゃんと記入した履歴書送ってレディーススーツ着て面接受けたよっ!」

 

「えぇっ!? あの世界を変革させた束さんが普通の就職活動を!?」

 

「それぐらい出来らぁっ!」

 

「マジですか」

 

「身内に嘘ついてどうすんのさー。頑張ったんだよー」

 確かにバレる嘘をつくメリットは無い。前に許可をもらったと言っていた覚えがあるし、本当なのだろう。

 

「それはわかりましたが……しかし、何で就職しようと思ったんですか?」

 

「有り体に言えば逃げ隠れするのに疲れたから。で、ある時ふと束さんは閃いた。どこかの企業に雇われれば隠れる必要はあっても逃げなくて済む、と。正式な手続きで社員となれば、外部からの横槍も一言で突っぱねられる。これぞ鉄壁ッ!」

 

「でも、地下に潜って人目を避けてますよね?」

 

「社員とはいえ、束さんが社内を闊歩すると迷惑じゃん? 外部から取引に来た人達とばったり会っちゃえば、業務に支障が出るレベルの騒ぎになるじゃん?」

 

「その割には変装も何もしてませんよね? 寧ろ、凄く目立つ格好してます」

 

「パリッパリに糊付けされた綺麗な白衣着て仕事が出来っかよ!」

 

「それが普通なんじゃ……?」

 どうして所々、余計な自己主張をしてしまうのか。

 

「休憩中に出歩く時は、髪型変えて眼鏡かけて白衣を羽織ってるからセーフ」

 

「休憩中に着てもアウト」

 

「束さんは特別だからいーの! 束さんナンバワン!」

 天に向かって人差し指を突きつける束さん。まぁ、許されているなら部外者の俺が口出す事じゃない。文句ではなく愛を込めて弄っただけだ。

 

「さっきから黙って聞いてれば、お前らは何の話をしてるんだ」

 

「他愛も無い雑談」

 扉の前に立っていたマドカが口を出すと、束さんはポーズをやめて淀みない返答。

 

「お風呂上がりに悪いんだけどさ、今から機体の試運転頼める?」

 

「隣にある、あの成金趣味の塊みたいな趣味の悪い金ピカか。フェネクスだったか? 私の趣味じゃない」

 外見を罵倒されるフェネクスかわいそう。実際、金色は少し所じゃなく全身でド派手だ。もっと機体にシルバー巻くとかさ。

 

「現行機の中じゃ飛び抜けて高性能だから、デザインとトレードオフと思って我慢してよ」

 

「……その機体なら、こいつの機体と同等にやりあえるのか?」

 俺に向かって視線をやるマドカ。おうおう、やんのかコラ。来いよ、マドカ! IS捨ててかかってきなさい!

 

「もち。マドカさんの圧勝だよ!」

 機体性能に差がなければ、何かベテランぽさが漂うマドカと一般学生の俺とじゃ話にならん。ヤバいよヤバいよ。

 

「……いいだろう。着替えてくるから、準備しておけ」

 

「はいはい。あと、一応言っておくけど戦闘は絶対に厳禁だからね。理解してる?」

 

「ああ。私だって、せっかくの住処を知らせるほどバカじゃない」

 マドカは言いおいてから、再び部屋へと入っていった。往復するの地味に大変そう。

 

「……気軽にホイホイとフェネクス与えちゃっていいんですか?」

 着替えにいったマドカを見送ってから、束さんに質問をする。

 

「私自身は構わないよ。特別な愛着も無いしね。それに、マドカさんが悪さをしないようにと抑止力も込めてる」

 

「あー、確かに機体のカラーが派手だから無闇に目立てませんからね。さっすが束さん。色々と考えてますね。さすたば」

 

「ま、作ってみたら乗り手が誰もいなかったからってのも、結構な割合を占めてるけどね。最新鋭機を腐らせるのってもったいないでしょ? 使ってこその道具さ」

 

「……もしかして最初から狙ってました?」

 

「ほとんど偶然。そりゃあ少し準備して誘導もしたけど、完全に運任せの案だから確実性は無いよ。まさか、すんなり降るとは想像してなかった」

 

「どこからどこまで計画してたんですか?」

 この際だから真実を聞いてみようと思い、率直に尋ねる。

 

「マドカさん以外は一切ノータッチ。だから何も起こらなかったら、ただ普通に働いて帰宅してたよ」

 

「特別、綿密な計画は立ててなかったって事ですか」

 

「うん。おっと、話し込んじゃったね。さぁさぁ、マドカさんがこない内に、夕君も外出て準備準備!」

 これ以上、話す事が無いのか隠したい事があるのか定かじゃないが、束さんの言う通りそろそろ外に行こう。

 

「わかりました」

 俺はバンシィだけを手に持ち、扉を潜って外へ出る。まさか日に二度も飛べるとは思っていなかった。束さんと会話した事により、眠気が吹っ飛んだから居眠り運転の心配も無用だ。

 ぼーっと夜空を見上げていると、着替えたマドカが室内から出てきた。ISスーツは前に着てたやつと同じやつみたいだ。

 

「なあなあ、スーツって変えないの?」

 

「これか? 別に構わん」

 特に気にした様子は見せないマドカ。

 

「心機一転として、おニューの用意した方が良さげじゃない? 俺は着てほしくないかな」

 

「誤解するな。好んで着ている訳じゃない。まだ専用のが用意されていないから、これしかないんだよ」

 

「そっか」

 という事は、束さんが今から準備するのだろうか? まだ若いのに大変だな。

 

「バンシィ」

 たった一言の呼びかけによってISは起動した。少々の飛行をこなした程度なので、シールドエネルギーの残量は十分だ。

 隣のマドカに顔を向けると、手にはフェネクスの待機形態がある。バンシィの待機形態と違い、フェネクスの待機形態はアームド・アーマーDEの形だ。俺のバンシィが一番だが、アームド・アーマーDEも悪くないな。

 

「待機形態まで金色とか、どうにかなんないのか……」

 

「不満漏らしてないで早く起動しなさい」

 

「……フェネクス」

 渋々といった感じでフェネクスの名を呼ぶと、マドカの周りが光に包まれる。即座に光が収まり、そこには全身が金に輝く機体が現れた。アームド・アーマーDE二つを背負う姿が、鳥の翼に酷似している。色もあいまって不死鳥と呼ぶに相応しい雰囲気だ。バンシィとユニコーンとは違う神々しさを感じ、思わず拝みたくなってくる。マジで御利益ありそう。

 

「装着した感想は?」

 

全身装甲(フルスキン)は初だから、馴染むまで時間がかかりそうだ。だから現時点じゃ何とも言えないな」

 マドカは自身の姿を確認しながら両手を閉じたり開いたりしている。

 

「いきなりでも飛べるか?」

 

「多少の勝手は違えど、IS自体には乗り慣れている。平気だ」

 

「んじゃ、まずはゆっくり飛ぶか」

 

『ちょいとお待ちを、お二人さん』

 束さんからの通信だ。

 

『地図に軍の警戒空域をマーキングしておくから、くれぐれも侵入しないように飛んでね。面倒事になっちゃうから頼んだよー』

 

『そんな遠くまでいきませんよ。ここらで済ませます』

 

『よろしい。グッドラック!』

 通信が切れて以降、静かになった。誰とも敵対したくないし、俺とマドカの姿を誰にも晒したくないから、細心の注意を払って進むとしよう。そうまでしてやるなって話だが、やりたいんだから仕方無し。

 

「マドカもわかったね?」

 

「私だって見つかったら困るからな。気をつけるさ」

 

「あいよ。じゃ、行くとしますか」

 俺が先に空へと上昇すると、マドカは遅れながらもついてきた。流石ベテラン。別の機体でも瞬時に適応している。

 

「……私が負ける訳だ」

 

「急にどした?」

 適当な距離で停止した俺に追いついたマドカが突然呟いた。

 

「機体の各動作が機敏すぎる。サイレント・ゼフィルスも悪くなかったが、こうしてフェネクスに乗った今じゃ玩具に等しい」

 

「あー、あの蝶に似た翼の機体か。そんなに違う?」

 

「かなりな。整備が十全であろうとも、このフェネクスには敵わん」

 

「へぇ」

 

「カラーもデザインも好きじゃないが、自信の表れと見ればフェネクスに相応しい意匠だな。最低でもサイレント・ゼフィルスより好きになれそうだ」

 どうやらフェネクスを気に入ったらしい。好きでもない強キャラを使用し続けていたら、いつの間にか好きになっていた人みたいだ。まず見かけないけど。

 

「それは良かった。フェネクスも嬉しいだろうさ」

 

「道具に感情なんて無い。道具は所詮道具だ。それ以上でもそれ以下でもない」

 え!? 君ん所のIS、意志が無いんですか!? 遅れてるー!

 

「気分の問題だよ」

 

「……ふん」

 俺の言葉に不快感を覚えたようだ。めんごめんご。許して。

 

「そろそろお話は中断してテストを再開しよう。何かあれば声をかけてくれ」

 

「別に必要無いと思うが……従おう」

 頷いたマドカを確認した俺は、水平に移動を始める。ルートは特に決まってないが、街に行く理由は無いので近寄らないようにしとこう。黒はそうでもないが、金だと何しても目立つ。

 人気がゼロな一帯をマドカと並行して飛び回った。フェネクス、マドカ共に具合は良好そうだ。顔は見えないけど、俺の目には何となく楽しそうに映った。

 

「せっかくだから、もっと速度を上げてみようぜ。ほんのちょっとなら平気でしょ」

 隣にいるマドカに提案してみた。ISは飛行機や戦闘機と違い、飛行中の音が小さめだ。だから深夜に飛んでも場所によっては無問題。

 

「ちょうど私もトロいスピードに退屈してた頃だ。異論は無い。寧ろ望む所だ」

 

「では、OKって事で」

 機体のスラスターを吹かして、高度を下げながら速度を上げ始める。地面に近ければ近いほど、目撃される可能性は上空よりグンと低くなるはずだ。

 マップを見つつも適度な速さを保ってフライトを楽しむ。マドカの方は、俺と違って高度を変更せずに飛んでいる。下からフェネクスを眺めていると、シルエットが鳥にしか見えない。補正の無い一般人が見たら、正体不明な物体としかわからないだろうけど。

 

『なぁ、夕。もっと速度を出していいか?』

 

『気持ちはわかるけど却下。戦闘機と比較したら静かだけど、ISでも速く飛ぶほど音が大きくなってくるし、スラスターの光も目立つようになる。そんな訳で悪いけど我慢して』

 

『……了解』

 理由も添えて断る。明らかに不満そうな様子だが、一応納得してくれたみたいだ。正直、俺だって全力を出したい欲求がある。でも一応、危ない状況なので堪えてほしい。

 物足りなさを感じつつも飛行を続ける。緩急のある三次元的な機動を練習したいが、帰ってからやろう。夏休み目前の今なら、アリーナの予約数も前より少ないはずだし。

 三十分も経ってなさそうだが、ここいらで引き上げるとしよう。大体のデータはとれただろうから、長居するほど欲望が募るだけだ。

 

『マドカー、そろそろ帰るぞー』

 気ままな鳥みたいに飛ぶマドカへ声をかける。

 

『疲れたのなら先に戻ってろ。テストは私一人でも十分だ』

 試したい事があるっぽいマドカは、まだまだ元気に満ち溢れている。声に覇気があり体力も有り余っていそうだ。

 

『ほどほどにな』

 ひとまず自分だけ地上に降下する。ちょうど眠気がきたから早く戻ろう。

 

『――待て、何かいる』

 

『はい? あんだって?』

 

『……高高度に機影が一つ。目視で確認出来るが、細かな形状までは不明だ。月明かりのお陰で、辛うじて赤色なのはわかった』

 聞き返してみるとマドカは状況を教えてくれた。声色が真剣で、冗談を言っている様子ではない。

 

『マドカ、心当たりは?』

 

『やってきた事を顧みたら嫌というほどある。別の敵対組織の可能性も無くは無いが……進行方向の先を見ると、目標は私ではなくIS学園だろう』

 

『こんな夜中にか……?』

 相手の目的がわからないけど、現状で判明しているのはIS学園に向かっている赤い機体って事だけだ。

 もしかしたら、最短ルート上にIS学園があって真上を通るだけかも知れない。何となく、そんな風に見えないが。

 

『狙いが私じゃなければ放っておいても不都合はない。IS学園とは無関係だしな。だが、こいつの力を試すチャンスが到来している、とだけ言っておく』

 

「束さん、聞こえますか?」

 束さんに指示を仰ぐため通信で呼び出す。俺個人の意見では、阻止したい。

 

『こっちでも確認済みだよ。ありゃ相当ブチ切れてるね』

 

『あの機体を知ってるんですか?』

 

『だって私が設計図とデータ上げた機体だもん』

 

『……また自作自演ですか?』

 

『自作自演ならとっくの昔に卒業済みだし、今の私がIS学園に向かわせる理由も必要も無いと思わない? 回りくどすぎだって』

 確かに束さんなら仰々しく周りを巻き込む手段をとらなくても、データが欲しければ知らせてから直接ぶつけにくるだろう。

 

『……無いですね。疑ってすみません』

 

『わかればよろしい。ちなみに、はっきりきっぱり言っちゃうとアレのターゲットは夕君です』

 

『えっ?』

 

『最近、誰かの恨みを買うような事を仕出かした心当たりは無い?』

 

『恨み、ですか……』

 

『夕君の脳年齢が年寄りじゃなければ思い出せるはずだよ。ヒントはイベントと重なった日にありました』

 今月あった出来事を頭に浮かべる。多分だが、大会と臨海学校のどちらかだろう。大会は女装とラウラにまつわる問題があった。だが、たかが女装で恨まれる可能性は低い。ラウラの暴走は、あの場には俺も含めた数人がいた。飛び抜けて貢献した訳じゃないので、俺だけを狙う理由は考えにくい。

 思考をフル稼働させていると、視界の端に映るマップにアンノウンと表示されたISが出てきた。たった今、マドカが俺にマップの最新情報を送ってくれたみたいだ。飛行速度は思っていたより遅めで高度も十分。まるで隠密行動をしているように見える。

 

『わかったかな?』

 

『……臨海学校、です』

 大会と臨海学校の二択なら、もう臨海学校しか無い。

 

『ふむふむ、その様子じゃ当たりを付けた程度でわかってないね?』

 

『……すみません』

 もう少し時間がほしかった。

 

『脳みそおじいちゃんの夕君に大ヒントを出すよ。銀の福音(シルバリオ・ゴスペル)の襲撃がある前に、夕君は何をしていた?』

 

『専用のビーチに集まり、武装のテストをした後にクソダサ服の博士に絡まれていたような……?』

 あ、博士か。いやでも頭が宇宙の彼方にあろうと、そこまでバカじゃないだろう。例え酷く嫌われていても、顔も見たくない声も聞きたくない程度なはず。

 

『はい今、たった今犯人口にしたよー』

 

『え……博士、ですか? りありー?』

 

『ブラッディ・メアリー。鏡に向かって血まみれメアリーって言ってみて』

 

『外国の都市伝説ですから日本じゃ何も起こりませんよ』

 

『ブラッディ・メアリーって美味しいよね』

 

『カクテルの話はしてませんよ』

 

『当たりって事さ』

 

『そうですか……』

 これは頭が銀河の果てまで飛んでっちゃってますわ。死ね。

 

『昼間だとすぐバレるから皆が寝静まった夜に寝首を掻く、といった感じかな。いやはや、時間帯的に夕君への殺意がありありだね。こりゃあ本気で殺しにきてるよ』

 

「先に関わってきたのあっちなんですけどー……」

 ド畜生にもほどがある。くたばれ。両腕弾けろ。

 

『狙いが俺であれば、アレ破壊してきます』

 ノロノロと飛ぶ理由は定かじゃないが、今からでも簡単に追いつける。

 

『夕君なら、そう言うと思ってたよ。気を付けていってらっしゃい』

 

『いってきます』

 

『あ、マドカさんを忘れずに連れてってね。フェネクスで戦ってみたそうだからさ』

 

『もちろん連れてきますよ』

 地上から飛び立ち、離れた位置に浮かんだまま静止しているマドカと合流する。

 

「今から殴りに行くんだけど、マドカさんも来ます?」

 

「愚問だ。私が実戦のチャンスを黙って見過ごすと思うか?」

 

「ですよね」

 

「さっさと行くぞ」

 マドカがいれば楽勝じゃなくとも勝ちは確定だ。まさか新機体なのに弱体化してる訳あらへんやろ。機体の勝手がわからず、苦戦するなら俺一人で時間を稼ぐだけだ。まあ、狙いは俺みたいだから自ずと囮として働く事になるだろう。

 俺が移動を開始すると、マドカも少し遅れてついてきた。接近するまでの猶予を利用し、マップで敵機のルートを脳内で割り出す。無駄な行動を控え、先回り可能な地点に一直線に飛ぶ。

 移動は問題無いとして、今度は人と建物を巻き込まない戦場を選ぶ必要がある。近場で被害が最小限に抑えられるのは海だろう。最初はIS学園が適してると考えたが、なるべくなら内密に解決したいので別の案を選んだ。

 

『マドカ、海で始めるけど射撃武装は絶対に使わないでくれ。どこに飛んでくかわからん』

 

『被害が出にくい白兵戦を心がければいいんだな?』

 

『窮屈だろうけど頼む』

 

『了解だ』

 戦闘方針を伝えるとマドカは快く了承してくれた。多分、マドカの腕なら射撃が無くても十分戦えるはずだ。

 現在の高度だと街や学園が一望出来る。もし撃つ必要が出てきたら、せめて実弾ではなくエネルギー系で上を狙おう。それで運悪く、どっかの人工衛星に当たったらごめんなさい。

 

「そろそろだ」

 近付いた事により、相手の機体がわかった。全身が真っ赤に塗られている、体や手首などのポイントには金の彫刻が施してある特徴的なデザイン。名前はシナンジュ。

 俺が束さんの立場なら、ガンダムタイプは誰にも渡したくないので、送るならモノアイ系だ。ジオン糞だからいくらでもくれてやるよォ!

 

『俺が先に行って誘導するから、マドカはアゾれ。後ろからぐっさり頼む』

 ハイパービームジャベリンを手に取り、認証のロックを解除してからマドカに向かって放り投げる。突然の行動でも、マドカはしっかりと受け取った。

 

『アゾ……? 言われなくてもやるさ』

 マドカの返答を聞いたのと同時にスラスターの出力を上げて、シナンジュの前に躍り出る。正直、そんなに好きじゃないけど、目の前のシナンジュ超かっちょいい。

 バンシィの姿を視認した瞬間、シナンジュはシールドに装着したビームアックスを出力。急加速して切りかかってきた。

 間合いが一瞬で詰まると、俺は先ほどの速度差に驚愕して反応が遅れる。

 回避は難しいと瞬時に判断。背負っていたアームド・アーマーDEを手に持ってガード体勢に入った。

 ビームとシールドがぶつかり合って閃光が発する。数秒だけ拮抗した後、俺はパワー負けして構えが崩された。グリーンのモノアイと目が合う。

 

『させない!』

 シナンジュの背後に迫っていたマドカが、ハルバート形態のジャベリンを振り抜く。マドカの攻撃は、即座に反転したシナンジュのビームアックスで防がれた。

 二機が切り結ぶ中、もう一つのジャベリンを手にした俺は、シナンジュに突撃する。

 俺が至近距離まで迫ると、シナンジュがマドカに向けてバルカンを放つ。マドカは下がりながら、片側のアームド・アーマーDEを前面に押し出して盾にする。

 

「好き放題やって!」

 俺は咄嗟に攻撃を中断して、バルカンを撃ち続けるシナンジュの下を通り過ぎる。シールドに弾かれたバルカンの弾をジャベリンのビームで消していく。

 

『わざわざ跳弾を拾いにいくなんて律儀だなっ!』

 

『小さな弾でも高度があると、人が怪我したり物が壊れるからだよ!』

 やはり、これは早急に戦場を変えなければならない。ガンダムの姿で清掃とか夢が無くて悲しくなってくる。

 バルカンをとめたシナンジュは、片手にビームライフルを呼び出す。銃口を俺に向ける。ハイパーセンサーに警告の文字が表示された。ロックオンアラートがけたたましく鳴り響く。

 シナンジュは躊躇無くトリガーを引いた。

 

「人の苦労を知らないで次々と!」

 シールドファンネルを召喚して、飛んでくるビームをIフィールドで弾く。避けるつもりは初めからないが、このままだといずれ被害が出るかも知れない。

 

『マドカ! 当初の予定通り場所を移すぞ!』

 

『了解!』

 アームド・アーマーDEを背中に戻し、マドカとシールドファンネルを連れて沖合へと移動する。後方に目を向けると、当然シナンジュも俺達を追ってきていた。

 再びアラートが鳴り始め、シナンジュの持つライフルの銃口から光が漏れる。速度を落とし、急いでシールドファンネルを自機の背面に停滞させた。

 無遠慮なビームが何度も飛来する。俺は避けずに三基のシールドで全て防御した。

 数回の攻撃をしのぎながらマップを一瞥すると、既に陸地から十分に離れた位置にいる。ここら辺りで攻勢に転じよう。

 

『反撃を開始するぞ、マドカ!』

 

『ああ!』

 機体を急速反転させてシナンジュに強襲をかけると、シナンジュはライフルの銃身下部にグレネードランチャーを装着。即座にグレネード弾を射出した。

 俺は減速させず横に避ける。通り過ぎたグレネード弾は、自機に追従するシールドファンネルで防いでおく。

 シナンジュは弾が命中しない事を予見していたのか、すぐさまビームアックスを振りかぶっている。

 間合いに入った瞬間、俺はジャベリンを両手で構えてビームアックスの攻撃を迎え撃つ。

 互いの得物が衝突。押し負けないよう、俺はスラスターの出力を全開にした途端、シナンジュはスラスターを全て停止させた。

 

「なっ!?」

 力を抜いたシナンジュに機体が受け流される。機体の急制動が間に合わず、シナンジュに背中を見せてしまった。アームド・アーマーDEを背負っているとはいえ、何をされるかわからない。

 

『構うな、私がいる!』

 被弾の一つや二つを覚悟すると、後方にいたマドカがシナンジュへ切りかかった。もう一度マドカとシナンジュがぶつかり合う。

 

『助かる!』

 

『やれ!』

 マドカのカバーでシナンジュは足止めを余儀なくされている。絶好のチャンスに、俺はNT-Dとワンオフを発動した。視界が見慣れた黄金色に染まる。

 瞬く間の変身を終えると、月以外の光源が無い海上に光り輝くサイコフィールドが発生した。辺り一帯が昼間のように明るくなる。お陰で非常に目立つが、戦闘時間が長引くよりいいはずだ。

 サイコフィールドがシナンジュを捕らえる。俺は振り向く寸前、前腕部のサーベルにビームの刃を作り出した。

 

「これで!」

 機体を半回転させる。がら空きになったシナンジュの背中に目掛けて、ビームトンファーを突き出す。ビームの刀身は装甲に阻まれたが、数秒でシナンジュの胴体を貫いた。

 

「はぁっ!」

 シナンジュにサーベルを突き刺したまま、出力を最大にしてビームを巨大化させる。

 

「トドメ!」

 串刺しにした状態で自分の機体を回転させ、遠心力を利用してシナンジュを海に向かって投げつけた。シナンジュは抵抗する事なく海面に叩きつけられ、水しぶきが激しく上がる。

 損傷具合を確認しようと警戒しつつ降下し始めたら、視界の端からビームが飛んでいくのが見えた。ビームは吸い込まれるようにシナンジュにヒット。寸分の遅れなく爆発が起こった。

 俺は抗議を込めた視線を、近寄ってきたマドカに送る。爆発せず機能だけが停止していれば、持ち帰るつもりだったからだ。

 

「……街に攻撃がいかなければ、撃っても構わないだろう?」

 

「いや、まぁ……いいんだけどさ……せめて先に一言ほしかった」

 まだ完全に停止してなければ、最後は俺とマドカの同時射撃で締めたかった。即席の連携だから仕方の無い面はあるけど、これがもしバナージとだったら、同じタイミングでビームマグナムを撃ち込めただろう。

 

「しかし、呆気ないな。この程度じゃフェネクスの性能が計れん」

 

「感想は後でな。確実に目立ってるから、まずはずらかるぞ」

 シナンジュだった残骸が燃え、煙が上がった。ワンオフとNT-Dを解除してから俺達は帰投を始める。

 

「夕の目から見て、あの赤いのは弱かったか?」

 

「個人的な感触としては、武装も機動性も大した事ないかな。ただ判断と反応速度だけはヤバかった気がする。後は目的から考えると持久戦はありえないけど、持ち込まれたら確実に負けてたね。相手は機械だし学習も早いだろうから、長引けば長引くほど強くなったかも」

 

「つまり、今の私達が倒せたなら雑魚って事でいいんだな?」

 

「結局は、そこに行き着くかな」

 俺個人の意見は、ネームドだから雑魚という風には捕らえられない。名も無きモブ機体なら遠慮無く雑魚と罵っていた。

 戦闘が終わって気を抜いたからか、消えていた眠気が復活してきたので帰って横になりたい。でも速度は出せないのでもどかしい。はよはよ。

 数分間、最高速で戻りたい欲求を何とか抑えて拠点に戻ってきた。静かに素早く降下、着地してISを解除する。束さんに軽い報告を済ませれば、後は休んでもいいだろう。

 扉を潜った俺は、布団に続くロードへと進んだ。

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