一話
『……ろ』
声が聞こえ、体が揺すられる感じがして目を開ける。寝ぼけ眼で周囲を軽く見回すと、どういう訳か髪が少し伸びたマドカが目の前にいた。
「……ふぇ?」
眠たさのせいで、はっきりとした発音が出来ず気持ち悪い声が不意に飛び出す。
「何だ、その間の抜けた声は……」
「……待たれよ、何故お主がここにいる?」
ありえない現実に頭が覚醒して、マドカに疑問を問う。
「逆だバカ。お前が私の布団にいるんだ」
「………………マジかよ。帰れたと思ったら、まだ続いていたのか……」
知らぬ間にマドカの布団で横になっていた俺は、上半身を起こしながら愕然とした。こりゃ初めてのケースだ。
「何? 一度、戻ったんじゃないのか?」
「いいえ。俺の昨日はシナンジュと戦った日の記憶しかない」
「……そうか。こちらはあれから数ヶ月も経っている」
「ちょっと髪が伸びてるもんな。部屋着のスウェットが凄く似合ってるぞ」
「嬉しくない褒め言葉だ」
もう一度、体を倒して寝そべる。このまま二度寝すれば帰れるんじゃと現実逃避したくなったが、気分的に寝れないし何より衝撃で眠気が吹っ飛んだ。
「あーあ……」
「参ってるみたいだな」
「……わかっちゃう?」
「付き合いは一週間も無かったが、喜怒哀楽が割とはっきりしてるのは知ってるよ」
もし俺が無愛想だったとしても、イレギュラーな自体に出くわしたら流石に表情が変化するだろう。いや、今は無駄な考えをした。
「察して。こんな状況に初めて放り込まれたんだ。動揺の一つもする」
「そうか。しばらく時間が必要なら私は席を外すが……どうする?」
「いらん。全然、飲み込めちゃいないが諦めるしかないだろ。俺が自力で行き来したり出来ないんだし」
悩んでも仕方無いのはわかる。だが、こうなってしまって本当に帰れるか不安だ。
「しゃーない。今回も一ヶ月辺りを希望に行動するわ」
「立ち直りが早いな。お前なら、もうちょっと悩むかと思ったんだが」
「本音は底なし沼に肩まで浸かって落ち込みたいよ? でも、無意味だって理解しちゃってるから」
無理して前向きになるのは非常に疲れるが、なってしまったものは仕方無い。また頑張っていこう。
「それならいい。ちょうど暇してたんだ。話し相手になってくれ」
「いいですとも。ついでに色々と聞かせて」
著しく降下した気分を変えようとマドカの話に頷く。
「ああ。だが、その前にさっさと人の布団から出ろ」
「あぁ、はいはい」
そういえば、俺が寝てる所はマドカの布団だったか。とりあえず、布団から転がって移動。場所を畳へ移した。
ちょい待って。記憶が正しければ、俺が寝たのはコンクリートの部屋だ。たまには布団無しで寝てみたいと思って、寝心地が最悪な床で就寝した。間違いが無ければ、それが最後の記憶だったはず。
「マドカぁ……」
「どうした? 今の数秒で、ただでさえ高くなかったテンションが更に低くなったぞ」
「……俺ってば気付いちまったかも。逆に元の世界の記憶が無いのかも知れん事に……」
布団を綺麗に畳んでいるマドカの手が止まった。
「……何だって?」
「だってさぁ、俺ってマドカの布団で寝てなかったじゃん? そもそも別の部屋だったの覚えてるよな?」
悪い癖というか、いつもの病気が発症したので好奇心で固い床に寝た。
「確かに別々で寝たな」
「つまり、一旦戻って再び移動したって考えられない?」
「可能性は大いにあるが、所詮は可能性だ。確かめるには、お前が帰ってみるしかない。だから今は無駄に頭を悩ますのはやめておけ」
「……一理も二理もあるけどさ、現時点での絶望感が半端無い。マジ半端ねぇ。俺の夏休みに学園祭ぃ……」
「忙しい奴だな。それより腹は減ってないか? 空いてるなら、何か作るが」
無駄話に付き合ってられないといった様子で、話を別の物にされてしまった。無視して強引に続けられるが、流石に気を利かせてくれたっぽいマドカに申し訳無いのでやめよう。
「少し空いたかも。つーか、今って何時なん?」
「朝の六時過ぎだな」
マドカの言葉を聞き、部屋の時計を探すと壁にかかっているのを発見した。長針と短針が六時だと表している。いつも俺が起きている時間だ。こんな状態でも起床時間は問題無し。今回はマドカが起こしてくれたからだけど。
「そうだ、言い忘れていたがISは持っているか?」
「昨日のままなら多分あるけど、何で?」
「そのままにしておくと、コアの情報から位置がバレて敵が降ってくる。相手をするのは退屈しのぎになって大歓迎だが、住処が無くなるのは流石にな」
「よくわからんがOK。変更しゅる」
「自前のステルスモードに切り替えた所で、奴らからはバレバレだ。専用の操作が必要だから貸せ」
ポケットに手を突っ込みバンシィを取り出して、マドカに手渡す。
「すぐに済むから待ってろ。それとも作業を見たいならついてこい」
「ういっす」
立ち上がったマドカがスリッパを履いて部屋を出て行き、俺も近くに置いてあったスリッパを履いて後に続く。扉を潜ると、いつもの機器がある部屋に到着した。辺りを見回すと家電品と棚が何個か増えている。どうやら、本当に数ヶ月が過ぎているようだ。
マドカは中央にあるテーブルの前に座り、バンシィを置いた。目の前にあるノートPCを開き、バンシィを片手で触りながらキーボードの方も片手で入力している。器用だな。
「意外と整理整頓されてるんだな。もっと散らかってる印象があったわ」
「時間は大量に余ってるから、暇潰しも兼ねている」
「へぇ」
作業の邪魔をしないよう気を付けながらマドカの隣にある椅子に腰を落とす。
「で、敵って何なん? マドカの追っ手?」
「あいつらとは、あれから一度も会ってない。別の勢力だ」
「別のねぇ……」
今ある情報だけで考えると、ISに対して反応する事はわかった。
「ある時、全世界で同時多発的に複数の隕石が目撃され、地上へと落下。そして地面に激突した隕石の中から、機械的でありながら生物に似た造形を持つ物体が姿を現した。呼称は
次の日、朝起きたら劇場版00が始まっていた。まさか、浦島太郎の気分を味わう事になるとは。
「嘘……は言わんか」
「悪夢か創作なら面倒事が無くて良かったんだが、残念ながら事実だ」
「どこかの誰かさんが裏で手を引いてる可能性は無いの?」
「最初は誰もが一人の人物を疑ったさ。でもイマージュ・オリジスの残骸を回収したら、地球上では未確認な物質が検出されたんだ。完全な白とは前科的に言い切れんが、かといって関わった黒の証拠も無し。犯人捜しに興味の無い私は戦えればどうでもいいスタンスだ」
「黒じゃなくても怪しさ満点で爆発してんな。それで、世界はどうなったの?」
「世界各国で襲撃場所の位置情報を収集した結果、ISが多くある場所を狙っているのが判明した。IS学園も当然、標的の一つだ。降ってきたイマージュ・オリジスの数が特に多かったらしい」
正確な数字は知らないが、学園には結構な数のISが置いてある。そりゃそうなるわって感じ。
「そこで襲撃回数と周囲の被害を減らすため、IS学園をイマージュ・オリジスに対する迎撃拠点と決定。あそこは現在、普通の日常を送りながら戦場として見事に機能している」
「囮みたいで不憫やな」
「連中は我が身可愛さで将来のある若者を生け贄にしたのさ。といっても、幸いにも敵は雑魚ばかりで死者はゼロ。従来の戦場とは全くの別物だ。それに支援の一環として自国の専用機持ちを、それぞれ学園に転入させている」
「血も涙も無い訳じゃないんだ」
「来るのは専用機持ちでも代表候補生ばかりだがな。大量のイマージュ・オリジスとの戦闘経験を積ませられて、おまけに織斑一夏に近付ける。使わない手は無いだろう」
国家代表は貴重な戦力だから、今からだとIS学園に送りたくても送れないのかも知れない。大人の事情が絡んでそうだ。成人してるから恥ずかしくて制服着れないとか。
「一応、協力しようとしてはいるから一安心したわ。表面上ですらわかる足の引っ張り合いしないだけいい」
「水面下じゃ、どうだかな」
見えない所は知らん。それより一夏達が心配だ。怪我とかしてなきゃいいけど。
「終わった。持っていっていいぞ」
「サンキュー。どう変わったんだ?」
置いてあったバンシィを手に取って眺める。外見に変化は無し。
「コアの情報が外部に漏れないよう遮断したり、追加されていた機能のロックを解除した。これで自由に行動可能だ。好きに動け」
「自由にか……」
さて、俺はどう動くべきか。個人的には学園に行って皆の手助けをしたいが、その場合マドカは十中八九ここに残るだろう。正直、一人にしておきたくない。
「時間はたっぷりだ。今日決められなくても明日がある」
「……もし俺がIS学園に向かったら、マドカはどうする?」
「いつもと変わらず過ごすだけだ」
「そっか」
「行きたきゃ一人で行ってこい。私は組織の問題も解決してないし、人前に顔を出すのはごめんだ。面倒くさい」
ノートPCを折り畳んだマドカは立ち上がる。
「緊急性のある案件は終わった。そろそろ飯にしよう。さっきより腹減っただろ?」
「……作れるのか?」
「私しかいないのに、他に誰が作る?」
「コンビニ弁当とかスーパーの惣菜とか」
「日持ちしないだろ。何度も買いに出て行く身にもなれ」
「なるほど、だから自炊ね」
「大量に買い込んでもISを使って移動するから楽だしな」
「平和的な使い方で大変よろしいが、誰かに見られたらどうするのさ。光が反射しやすいゴールデンだぞ?」
「あいつの残したフェネクスの仕様書に光学迷彩の記述があったから、外出する時は常に使用して移動している。金のカラーリングと矛盾してるがな」
束さんの置き土産か。しっかりと後々の事も考えられてる。そして何気に驚異の技術力。
「それと、昼間は控えて夜にしか出掛けないから問題無い。明るい時間帯に外へ行くなら徒歩だ」
「ちゃんと考えてるならいいんだ。無事に暮らせてるようでよかった」
「心配は無用だ。そう出来るようにデザインされてるからな、私は」
「…………ふーん」
今のセリフはマドカの過去に関する情報だろうか。好奇心がうずくけど、現状的に踏み込むのはやめておこう。今は重要じゃないし、何より受け入れるのに精一杯で余裕無い。
「朝食のリクエストはあるか? といっても、凝った料理は朝からごめんだが」
「別に無いかな。よほどのゲテモノじゃない限り、食えるから任せた」
「なら、今ある食材で適当に作るぞ。暇ならPCは使っていい」
そう言い残し、マドカは台所のある部屋へと消えていった。手伝うために立ち上がろうとしたが、俺の手際じゃ邪魔になるかもと考えてやめる。
「じゃ、遠慮無く」
座ったままノートPCを手元に引き寄せて開く。ディスプレイが点灯しデスクトップ画面が表れる。隣にあったワイヤレスのマウスを操作し、ネットへ接続。
イマージュ・オリジスも気になるが、まずは自分の知らない空白期間のIS学園について調べよう。キーボードで文字を打ち込んで検索した。
検索結果の一覧を眺めると、イマージュ・オリジスについての記事ばかり。下にスクロールしたりページを変更しても、他に変わった記事は見つからない。イマージュ・オリジス一色だ。かなり衝撃的な事態だと記事の一覧が物語っている。
とりあえず、イマージュ・オリジスから一旦離れよう。マドカが実際に戦ったらしいし、後で教えてもらえばいいだけだ。それより暇潰しになりそうな事を探そうか。
時間潰しがてら適当にネット内を徘徊していると、マドカが完成した朝食を運んできた。ファミレスの店員がよくやってる両手と両腕を使う運び方だ。すげーな。
「文句は受け付けない」
俺の前に置かれた一つの皿にパンケーキ。もう一つの皿にはスクランブルエッグ、ソーセージ、サラダ、フルーツが盛り付けられている。パンケーキが何段も重なっており、量も申し分無い。
「アメリカ的な朝食だな。一回ぐらい、どんなもんか食べてみたかったんだ。いつもこんな朝飯なのか?」
「たまにだ」
マドカは喋りながら自分の座る場所に移動して、料理を並べてからエプロンを外して腰を下ろした。
「何か意外な感じ」
「私には似合わないと?」
「似合わないというより、一食毎に肉肉肉みたいな偏った食生活を送ってるイメージがあってさ。まさかヘルシーさも取り入れてるとは想像してなかった」
「前にも言ったが、まともな食事は出されなかったんだ。クソマズ料理を食べるくらいなら、自分で選んだ食材を自分で調理する手間なんて朝飯前だよ。さて、冷めない内に食べるぞ」
「そうだな。いただきます」
お皿の端に寄せてあったフォークとナイフを手に取り、溶けかけたバターが乗っているパンケーキを切って口に入れる。ホットケーキほどの厚みが無くとも、ふんわりした食感だ。バターの塩気もいい塩梅で美味しい。
「美味いな。お店出そうぜ」
「大袈裟だな。粉と炭酸水とマヨネーズだけで手は込んでない」
「マヨネーズ入ってんの!?」
「卵の代わりだ」
「へぇ」
これはいい事を聞いた。が、普段は作らないし意味無いかも知れない。気まぐれで作っても、その頃には忘れてる可能性が大。
パンケーキを切り分けて食べつつ、サラダやソーセージなども口に運ぶ。ドレッシングのかかったサラダは食べ慣れた味だが、ソーセージの方はハーブの風味が強くてスパイシーだ。これ絶対、高いやつや。普段は食べない俺だからわかる。
「で、一人暮らしはどうだ?」
「外を好き勝手に歩けない事を除けば快適だ。誰にも指図されず、いつ寝ても起こされないからな。この自由を知ってしまったら、何かに縛られる生き方は難しい」
「満喫してんな。やりたい事とか無いの?」
「今は無いな。色々と手は出してるが、どれも暇潰しにしかならん」
「それはそれで大変だな。ISは試したか?」
「もちろん試したさ。武器や機体の設計をしてみたが何の面白味も感じられなかった」
「やっぱ戦いの方がいい?」
「現状は」
「なるほど」
「さて、食事が済んで休憩したら少し私のトレーニングに付き合え。必要な物を買おうにも店は閉まってるしな」
「食後だから激しい動きは控えめにしてくれると助かる」
「わかってる。飛びっきり激しい動作を組み込んでやるぞ」
「わかってないやん」
流石に冗談だといいな。