特に何事も無くIS学園に到着。スピードを抑えて飛んでいる内に、空は少しだけ赤味を帯びていた。
とりあえず、アリーナを見渡して誰かいないか見回すが誰もおらず。そら冬の時期に授業以外で、水着に近いISスーツ着て出歩く人はいないだろう。想像しただけで寒くなる。
別の場所に移動して今度は校舎の屋上へ。誰もいなさそうと予想していたら、人影を発見。こんな寒空の下、物好きもいるもんだなと思いながら静かに近付く。全く気付かれないステルスの静音性しゅごい。
「はぁ……」
柵に上体を預けて物憂げに溜め息を吐くのは、世界で唯一の男性操縦者の一夏だ。確実に何かあったのだろう。
さて、第一村人ならぬ第一生徒を発見したわけだが、どうやってコンタクトをとろうか。フェネクスのステルスだけを解除するか、それとも顔を見せるべきか。いやでもフェネクスのまんまだと声だけじゃわからない可能性があるし、脱いだら気温に慣れきってないから絶対に寒いしで悩む。設定でISスーツの格好にはならないが、寒いものは寒いのだ。
「またバナージとリディに会いたいなぁ……」
一夏がポツリとこぼした一言を聴いた俺は、迷わずフェネクスを解除して隣に並んだ。
「やぁ、一夏君。相も変わらず、ご壮健であられまするな」
「うわぁ!?」
声をかけると驚いた一夏は、飛び退いた拍子にバランスを崩し尻餅をついた。そして目を見開き俺を見上げる。いいね、その反応。ナイスだ。
「あれ? もしかして、僕のこと忘れちゃった? 悲しいなぁ」
「そんなわけあるか! 忘れたくても忘れられないくらいだ!」
「そう、そりゃ良かった。ほれ」
俺は手を伸ばして、座ったままの一夏の腕を掴んで引っ張り上げる。
「本当にリディ……だよな? 俺の幻覚とかじゃないよな?」
「実体あるし、ちゃんとレスポンスあるやん。そんな都合のいい幻覚あるぅ? なわけあらへんやろ」
いや、あるかもしれない。見たことは無いけど。
「ま、んな事はどうでもいい。何か悩んでるみたいだから、話を聞こうじゃないか」
「そう簡単に話を流せるか!」
「気持ちはわからんでもないが、落ち着こうぜ? な? 深呼吸しな、深呼吸。はい、スーハースーハー」
「俺が呼んだんじゃないかってくらいタイミング良かっただろ!?」
「ほんの数分前からだけど、後ろで見てましたもん。仮初めの名でも呼ばれたら返事するのが礼儀では?」
「非常識な存在が常識を説くな!」
「はいはい、わかったわかった。とりあえず、ゆっくりでもいいから状況を飲み込め。俺だって飲み込めてねぇんだぞぉ! クソがッ!」
「急にキレだした!」
「うるせぇ! 時間を無視されてる気持ちが一夏にわかるかぁ!? なんやかんやで本当に帰れるのか不安なんだぞ!?」
「お、落ち着けよ。どうどう」
「ドゥドゥ!? ファッションの話なんかしてねぇよ! すっとこどっこい!」
「何の話!?」
「ふぅ、すっきりした。で、何だっけ? 天気の話? 寒いけど天気いいっすね」
「はぁ……リディの勢いに付き合うのも懐かしいな」
「俺ってば、こんな風に暴れてたか?」
時と場所は弁えてたはずだが。
「正確にはテンションかな。こう、女子とは違うエネルギッシュというかパワフルな感じが」
「なるほど」
そら男子だもの。女子とは違いまっせ。
「で、何を悩んでたんだ?」
俺達は姿勢を戻して柵にもたれた。
「……実は、最近転入してきたとある女の子に嫌われちゃってさ。どうしたら仲直り出来るのかわからないんだ」
え!? あのイケメンでナイスガイな一夏しゃんが嫌われる!? 事件ですよ、これは! それはそれとして謝ればいいのでは?
「他の人達に相談したら口を揃えて一夏が悪いって言うんだ」
「そこまで言われるって……一体何をやらかしたん?」
「……決して、決して不可抗力であって俺自身が望んだんじゃないけど、その子の転入初日に……む……胸部を、触ってしまって……」
「あー……」
なるほど、初対面で胸を揉んだと。顔見知りでもアウトなのに、初対面なら尚更アウトだ。ここがIS学園で良かったな、普通の学園だったらお前社会的に死んでるぞ。イケメン無罪な可能性も無きにしも非ずだが。
「それで何度も謝ろうとしたんだけど会話すらままならなくて。俺は……どうしたらいい?」
「オーケー、話はわかった。俺が場を作ろう」
「本当か!?」
「任しとき。ただ、色々と情報が必要だ。協力してくれるな?」
「もちろんだ! ありがとな、リディ!」
「その名は捨てた。今日から俺は白雪夕だ」
そんなわけで、俺は学園に来て早々に一夏の謝罪を手伝う事になった。
一夏さんの手持ちのデータは正直ゴミクズでした。集まった情報は、名前がヴィシュヌ・イサ・ギャラクシーで、ISがドゥルガー・シン。タイの代表候補生という調べたら誰でもわかるレベルだ。なので、一夏さんには一筆したためてもらう事にした。
出来上がったのは果たし状。内容を要約すると、第三アリーナで勝負。来ないと明日は確実に風邪を引く、といった文だ。微量なデータから得た彼女の性格なら、いくら嫌ってる相手でも無視はしないであろう。多分、絶対にだ。
『なぁ、あんな馬鹿げた文章でいいのか? 本当に来るのか?』
指定のアリーナで前見た時とは違う姿の白式を纏う一夏が、通信で不安そうに尋ねてきた。
『……ダメなら他の方法を考えよう。まずは正攻法だ』
アリーナが使えなかった場合のパターンも考えたけど、ガラガラだったから問題無く使えたし今はこれが一番手っ取り早い。他は搦め手みたいなもんだ。最終手段とも言える。
『で、勝てる見込みは?』
『……半々ってところだ。気持ちでは勝つつもりだけど、実際はやってみないとわからない』
『自信なさげだな。理由でもあるのか?』
『俺の白式・雪羅って、白式の時より燃費が更に悪化しててさ……』
『普通は少しぐらい改善しそうなもんなんだが、悪くなるんか……』
どうしてこんな欠陥機体の企画を通したんだろう。紅椿のせい? それとも博士? 天才のくせにストップしない博士が全て悪い。まぁ、天才とはいえIQ高いとEQが低くなるらしいから、当然かもだが。
『じゃあ、短期決戦でインファイトでがんがんで行こうぜ』
『彼女、近接主体だけど射撃も上手いからなぁ……』
『セシリアさんと比べると?』
『昔のセシリアなら五分ぐらいだったけど、今のセシリアは近距離もガンガン攻めてきて辛いのなんの……』
『なるほど』
どうやら、半年ぐらいの間に色々と修行したらしい。きっと大会の時よりも手ごわくなっているだろう。というか、セシリアさんとギャラクシーさんの比較を聞きたかったんだが。セシリアさんの話は後でも出来るやん。
一夏と話をしていると、アリーナに人影が現れた。きっと件の彼女だろう。
「やっぱり、お兄ちゃんだ!」
「オニールか。どうしたんだ、こんなところに一人で」
誰だか知らないが、一夏に対する呼び名から親しさを感じる。どうやら目的の人物では無いみたいだ。相手の顔を知らないから、間違ってもしょうがない。
「お兄ちゃんがアリーナに入ってくのが見えたから、何してるか覗きに来たの! 自主練?」
「うーん……決闘?」
「決闘? それって夕日をバックに川辺で喧嘩するやつ?」
「少し違うけど大体そんな感じだ」
「見ててもいい?」
「見るのは構わないけど、その格好じゃ寒くないか?」
「じゃあ、始まるまでこうする!」
何と、オニール氏が一夏に抱き付いた! 誰かに目撃されたら一悶着ありそう。もう、この時点で一夏の苦労がわかってしまった。
「抱き付くのは勘弁してくれ!」
「私に触られるの嫌?」
「嫌とかじゃなくてだな……」
一夏は困った様子でオニール氏に好き放題されている。ここまで好意を表す素直な子は珍しい。きっと今まで酷い目に遭遇したんだろうな、一夏さん。
その光景を眺めていると、一夏の視線が俺に向いた。口パクで助けてと言っている。いやいや、無理でしょ。俺が出来るのは、フィールド内でステルス発動させながら見守る事のみだ。
「はぁ……わかった。相手が来たら離れるんだぞ?」
「うん!」
ここで駄々をこねず素直に頷いたので、俺の中ではオニール氏への株が上がった。ま、上がった所で何かあるわけじゃないんだが。知らない人からのポイントいるかい?
二人のやり取りを静かに眺めていると、また別の影がアリーナに現れた。今度こそ目的の人物だと願おう。
「オニール、時間だ。悪いけど離れてくれ」
「こんな時間に人を呼び出しておいて、逢い引きだなんて……いい身分ですね」
おぉ、あの人がヴィシュヌ・イサ・ギャラクシーさんか。なるほど、アレを触ったのか。
「悪かった。オニールには戦い方のコツを教えてもらってたんだ」
機転を利かせたつもりかも知れんが、密着してる時点で明らかに習ってるソレではない。
「それで、ここに来たって事は俺との勝負を受けてくれるんだろ?」
「条件次第です、要求は何ですか?」
「俺が勝ったら、あの時の事を改めて謝罪するから受け入れてもらう。嫌なら会話しなくても、せめて挨拶だけは返してほしい。次に俺が負けたら…………好きにしてくれ」
「では……金輪際、私に話しかけないで下さい。挨拶も不要です」
「ああ、いいぜ」
「……本当に、それでいいんですか?」
おや、提示した側のギャラクシーさんが一夏の即答具合に戸惑っている。
「構わない。それだけの事をしたと、いくら鈍感な俺でもわかってるつもりだ」
「……わかりました。その勝負、受けましょう。ルールは?」
「相手に攻撃を当てて、シールドエネルギーを少しでも削ったら勝ち。これなら時間かからないだろ。どうだ?」
「異論はありません」
「それじゃあ決まりだな」
「約束ですよ」
「ああ、男らしく受け入れるさ」
どうやら、一夏の決闘は成立したみたいだ。がんばえー。
さて、勝負を最後まで見物したいところだが、そろそろ移動して簪に挨拶してこよう。ただ、問題がある。それは簪の現在地がわからない点だ。
部屋に向かうのが一番早くて確実に会える方法だが、ISのままだと狭くて通りにくくて人にぶつかればバレる。ステルスを解除した場合だと、人が出歩く今じゃ寮に入る前で見つかりアウト。現在の俺の扱いが不明なので、多分だけど不審者として扱われて冷たい鉄格子行きだ。実際はわからんが。
案外、堂々としてれば大丈夫かも知れないが、俺の顔を覚えてる人が果たして何人いるのだろうか。半年近く経過してるみたいだし、忘れられてる可能性が高い。
「じゃあ、試合開始!」
考え込んでる内に、いつの間にか決闘がスタートした。とりあえず、見物しながら後の予定を決めよう。
「速攻で決める!」
まずは一夏が前進しながら射撃で先制攻撃を仕掛けた。射撃を基点に近接戦闘へ持ち込むつもりだろう。
対するギャラクシーさんは、空へと躍り出ながら回避と後退を選択した。多分、空中に浮く事で一夏の射撃と零落白夜の事故当たりを防ぎやすい行動と推測。
「危なくもない攻撃ですね。無駄弾を撃ちすぎると、白式・雪羅のエネルギーが開始早々に切れますよ」
「構うもんか! 俺の思いを、この瞬間に全力でぶつけるだけだ!」
「っ!」
ん? 今ぐらついた? まぁ、あの面で真っ正面から言われたら俺でもキュンとするかも知れん。これもイケメンの武器の一つか。
「逃げてるだけじゃ勝負に勝てないぞ!」
「これも作戦の一つです。捉えられなければ、私の勝ちですから」
一夏は接近しようと射撃を絶やさず目標へと近付くが、のらりくらりとギャラクシーさんに避けられて詰め切れない。
「こうなったら、一か八か!」
長丁場でもないのに痺れを切らし射撃の手を止めた一夏は、雪片弐型を構えて
「零落白夜!」
叫びながら零落白夜を発動した一夏が、ギャラクシーさんへ切りかかる。
「見えています!」
今まで回避に徹していたギャラクシーさんが、初めて迎撃の姿勢をとる。脚部の形状的に、如何にも足を使いそうな構えだ。
白兵戦に移行する瞬間、一夏は零落白夜を維持したまま雪片弐型を投擲。ブーメランのように回転してギャラクシーさんに向けて飛んでいく。
「なっ!?」
真っ向勝負だと思っていたらしいギャラクシーさんは、不意を突かれたのか構えを即座に崩して雪片弐型を無理矢理な姿勢で避ける。
すかさず一夏は瞬時加速を連続使用して、命中しなかった雪片弐型を取りに行き右手で掴む。その短い一連の流れの中、再び構えていたギャラクシーさん。
「はぁっ!」
「やぁっ!」
一夏はギャラクシーさん目掛けて両手で雪片弐型を袈裟斬り、ギャラクシーさんは右足の蹴りで一夏を迎え撃った。
両者の攻撃は当たった。ただ、唯一ダメージがあったのはギャラクシーさんだ。一夏が一枚上手で、シールドらしきものでギャラクシーさんの蹴りを防いだ後、ビームクローらしき攻撃を当てていた。
「……私の負け――きゃあっ!?」
「ヴィシュヌ!」
零落白夜に当たったため、ギャラクシーさんのISが強制解除された。一夏は即座に反応してギャラクシーさんを抱き留める。
「ふぅ、危なかった――うわ!?」
白式のエネルギーがゼロになったからか、助けた側の一夏のISも強制解除。つまり、このまま何もせず見ていると、二人は空中で抱き合ったまま落下する。
「お兄ちゃん!」
「夕! 悪い、ピンチだ!」
オニール氏の叫びに、一夏の救援要請。呼ばれなくとも、俺はフェネクスのステルスを解除して飛び、二人を落とさないよう両腕で抱えた。お姫様抱っこの形になっちゃったのは、緊急時なので許して見逃して。
「この金色のISは……!?」
「助かった。所で、何でバンシィじゃないんだ?」
二人は別々の反応をした。ギャラクシーさんは驚愕しており、一夏は冷静に俺がバンシィに乗ってないのを疑問に思っている。しかし、ギャラクシーさんの様子が少しおかしい。
「何を落ち着いているんですか、織斑一夏! この不死鳥と呼ばれてるISが世界各地で神出鬼没してた事、度々ニュースでやってたのを知らないのですか!?」
「あんまりニュースとか見てなくて……そうなのか?」
ギャラクシーさんが一夏に掴みかかる勢いで、ただでさえ密着気味だったのに更に詰め寄る。色々と情報量が多いからか、自身らの体勢や顔が近い事に気付いてないらしい。俺がわざとガクンと揺らしたり傾けたりしたらチューしそう。
それはそれとしてマドカさん、色んな場所で一体何してんの? 何かやってるのは薄々察してはいたけど、そういう情報は先に教えてくれないと。しかも不死鳥って呼ばれてるし。かっこええやん。
ワーワーと騒ぐギャラクシーさんの言葉を聞き流して、地上へと到着。二人を降ろすとギャラクシーさんは、俺から視線を外さずじりじりと距離をとる。
「まさか、こんな場所に出現するなんて……! 織斑一夏、その機体から離れなさい!」
「落ち着けヴィシュヌ。不死鳥がどうとか良くわかってないし俺も初めて見たけど、確かなのは敵じゃないって事だ。俺の友人が乗ってるからな」
「友人……? あなたに、そういう人がいるなんて聞いてません」
そりゃ仲良くないんだから知らなくて当然では?
「百歩譲って俺が把握してたとしても、雑談の一つもしなかったじゃないか」
「ぐっ……! そうでしたねっ」
「だから……その……あー……あの時は本当に悪かった! ごめんなさい!」
言い淀みながらも一夏は、ギャラクシーさんに向かって深々と頭を下げながら謝った。場の流れはともかく、ちゃんと言えたじゃねえか。
「……勝負を受けて負けたのは私です。その謝罪、受け入れます」
「ありがとう、ヴィシュヌ!」
潔く負けを認めたギャラクシーさんが握手しようとしているのか手を差し出す。一夏は礼を言いながら手を握ろうと近寄る。
「……や、やっぱり駄目っ!」
「がふっ!?」
ギャラクシーさんが無防備な一夏に鋭いキックを浴びせた。何故に? 理不尽すぎでは?
「あぁ……またやっちゃった……」
「どうして……?」
ギャラクシーさんは自分の仕出かした事実に落ち込み、一夏は冷たい地べたで静かに嘆く。状況が急に混沌とし始めた。
「お兄ちゃん、大丈夫!?」
オニール氏が一夏へと駆け寄った。そういえばいましたね。目の前で起きた珍妙な出来事に気をとられ、失礼ながら存在を忘れていた。
「いたたたた……大丈夫だよ、オニール。ヴィシュヌに勝てた喜びの余り、俺が不用意に近付いちゃったのが悪いんだ」
「まるで私が、いつも蹴ってる危険人物みたいな言い方ですね……」
「あー、悪い。そういうつもりじゃなくてだな」
一夏は立ち上がりながら体に付着した汚れを払う。今はどうでもいい事かも知れないが、一夏とギャラクシーさんはISスーツ姿で寒くないんだろうか? 戦闘で体を動かしたから温まっているとか?
あかん、見逃されて肩透かし食らったのが原因なのか、思考があらぬ方向に飛んでいってる。じゃあ動いて目立とう、とは不思議と思わない。ここは冷静に思考を放棄して静観しよう、そうしよう。
「少々、あなたの反応が気になりますが今は置いておきます。それで、不死鳥と友人なのは本当ですか?」
あ、ギャラクシーさんが話を戻してくれた。あざま!
さて、この場をどうやって切り抜けようか。一夏が察して時間を稼いでくれたら助かるんだが。