ソードアート・オンライン~インフィニット・グレイス・サーガ~ 作:《白亜宮》@修行中
主人公。
物語の中心を成す、登場人物のこと。ヒーロー。
ファンタジー、SF、純文学、アクション、ホラー……小説、漫画、アニメやドラマ、時代劇等々、世の中には様々な物語の形式がある。しかし彼らはどの様な形であれ、己の力や知識を駆使して、物語を進めていく。彼または彼女を中心にして、その物語の世界が回っていくのだ。
ずっと、そんな存在に……つまりは、主人公になりたかった。
幼い頃から、今に至るまで、ずっと。程度の差はあれ、ずっとそう望んできた。
ヒーローとして。英雄として。勇者として。皆を引っ張って行く。物語の中心を担う、そんな存在になりたかった。主人公として、自分が中心の物語を創り出す。それが、俺の抱いた夢だった。
幼い頃に母が語った己の名の由来──《最護》の示す通りに。大切な誰かを護れるような、そんな強い人になりたかった。それはきっと、《主人公》なら必然的に出来て然るべきことなのだろうと、勝手にそう信じていた。
大言壮語だ。そんな夢は叶うことはない。最初は無垢にヒーローを夢見ていたけれど、いつしか現実世界でそんなものになることは出来ない、ということを悟っていた。この世界には奇跡が無い。ファンタジー小説や漫画の様な、突然巻き込まれる非日常なんてものは無い。
それに、俺は自分自身が、誰からも愛されるような主人公になれる立派な人間じゃないことを悟っていた。器が足りない。相応しくない。そんな事は、もうだいぶ早い時期から分かっていたように思う。
それでも、炎が燻るのを止めることは出来なかった。
俺が知る限りで、最初の『奇跡』──非日常として、世界初のVRMMORPG、『ソードアート・オンライン』が発売された時、この世界でなら、と考えたのは、そんな俺なら当然のことだったのかもしれない。奇跡もなにも起こらない現実世界ではなく、武器を執り、オンリーワンの冒険者として世界を駆けるこのゲームなら、ヒーローになれるんじゃないか、と思ったのだ。
手が痛くなるまで無数の葉書を書き続け、たった1000人しか居ないβテスターに選ばれるべく(毎日信じてもいない神に神頼みして)奮闘した。
その努力のかいあってか、奇跡的にβテスターとなった俺は、必死にネットゲームについて勉強しながら、ソードアート・オンライン……通称SAOの攻略に励んだ。
朝から晩までSAOの事だけを考えていたと言っても過言ではない。
職業縛りのないSAOにおける、無数のスキルの組み合わせによる最良のビルドの追求。
そのスキルの中に《魔法》のないSAO、その独自の要素である、自動的に敵を攻撃してくれる、言わば必殺技──《ソードスキル》の研究。
舞台となる百層構成の巨大浮遊城、《アインクラッド》のマップ情報。
強力なアイテム、効率のいい狩場、そしてモンスターの情報──
βテストで俺は、勇者面の少年と並ぶ、最強のプレイヤーだった。間違いなくここが俺の理想郷だと確信した。正式サービスが開始された暁には、確実にトップになれると。
けれど。
2022年11月6日。正式サービスが、開発者である茅場晶彦の手によってデスゲームと化したことで、その確信は脆くも崩れ去った。
ログアウトは不可。ゲーム内の死が、現実世界の死になる。HPが0になると同時に、ゲームハードである《ナーヴギア》がユーザーの脳を焼く。原理自体は俺にもわかる、いわゆる《電子レンジ》のそれだったが、それがもたらす恐怖と絶望は計り知れなかった。
おまけに現実世界でナーヴギアを外そうと試みられた場合でも脳は破壊されてしまうと言う。その時だけは、独り暮らしであることをひそかに喝采した。けど、それだけだった。絶望は、塗り替えられない。
既に213人の犠牲者が出ている。茅場晶彦のその言葉が、さらに俺に重く圧し掛かった。
つい先程まで、圧倒的下位者として見ていた雑魚モンスター達が、強大な魔物以外の何者でもなくなる。あの鋭い牙や爪、豪快な突進を受けたら、俺のHPは減ってしまう。そのHPが……視界左上に表示された棒線が消え、その横に描かれた数字が0になったら、死んでしまうのだ。
とても最初の街である、アインクラッド第一層主街区、《はじまりの街》を出る気になどなれなかった。トッププレイヤーになると言う意気込みは何処へ行ったのか。俺は宿の一室に引きこもり、ゴミのような毎日を過ごした。
この世界から脱出するための条件は唯一つ、アインクラッド第百層を突破し、そこに待つ最終ボスを打ち倒すこと。しかし、第百層に行くまでには無数のモンスターを狩り、凶悪なフロアボスを討滅し、死の危険性と表裏一体の冒険を繰り広げなくてはならないのだ。
だがそれを成さなければ、俺達がこの世界から解き放たれることは決してない。だが、成すためには安全を引き換えにしなければならない──
俺がそんな状況の恐怖に震えあがっている最中で。一か月後、遂に第一層が攻略される。
リーダーだった青年は死んだと言うが、とあるβテスターの活躍で無事ボスは討伐されたらしい。
しかし彼はそのことを鼻にかけることもなく、リーダー戦死の原因としての汚名を被り、さらに全てのβテスターを新規プレイヤーによる糾弾から護る為、《
その人物の名前は、キリトと言った。
知っていた。βテスト時代に、当時の俺と並んで最強と呼ばれた少年だ。センスや仮想世界への適応度で言えば、間違いなく俺を優に超える。そんな凄まじいプレイヤーだったのを覚えている。俺が彼に並び立てていたのは、単純に俺がやり込み要素のあるゲームが好きだった故、SAOをひたすらやり込み、キリトよりも多くの情報を手に入れていたから、と言うだけだった。
それでも、情報量で行けば《鼠》のアルゴの方が上だっただろうし、総合的に見れば俺は最強でも何でもなかった。トッププレイヤーへの夢が絶たれ、冷静になった故に悟った、絶望であった。
悔しかった。かつて俺が並んでいたはずの人間が、いつの間にか俺のはるか先を行っている。追いついて、追い越すことも可能だったのであろうに、もうすでに俺は彼に追いつくことなんてできなくなってしまっている。
そのことが、悔しくて。
俺が《主人公》に相応しくないことが、また証明されてしまったみたいで。
主人公っていうのは、キリトみたいな奴のことを言うんだ。俺は決して、ヒーローになんて成れない。いや、最初から不可能だって決まっていたんだ──
そんな風に考えるようになって、半月が立った、ある日のこと。
俺は、人生を変える決心をすることになるのである。
***
その日は、珍しく晴れている日のことだった。
アインクラッドでは階層ごとに天気や季節が設定されており、場合によっては四季のある階層もあるものの、俺が引きこもっている第一層は比較的四季の変化が薄い場所である。
特に《はじまりの街》は、ほぼ一年中曇天。否、実際の所どうなのかは知らないが、少なくとも俺がβ時代に見た限りでは、曇ってないことは無かった。フィールドに出るとそうでもないのだが、《はじまりの街》は年中曇りだ。
今はデスゲームに囚われた事で、この場所にとどまっている全てのプレイヤーの士気は最底辺である。その絶望と不安を表すように、さらに雲は濃く、多くなっていく。
だがその日、《はじまりの街》の暗雲は遥か彼方へと吹き飛ばされていた。たった一点に、陽光を目いっぱい注ぐためだけに。
食事をするために宿を出た俺は、中央広場に見たのである。
「私とパーティを組んでくださる方はいらっしゃいませんか! 一緒にアインクラッドを攻略してくださる方はいらっしゃいませんか!?」
声を張り上げる、白銀の聖女の姿を。
美しい少女だった。年のころは十六歳前後か。髪染めアイテムでは再現不可能な、紫掛かった蒼銀色の髪を太い三つ編みの一本結びにした、整った顔立ちの少女。装備は《はじまりの街》の隠し武器屋で買うことができる金属鎧。大ぶりの片手剣を背負ったその姿は、なんとなく《美少女勇者》に見えなくもなかった。髪と鎧の銀色が、仮想の日光に照らされて、きらきら光り輝いている。
その姿に、心を奪われた。東洋人の顔立ちなのにもかかわらず、純粋モノと思われるその青い瞳に、吸い込まれそうになった。
「支援はいたします! 私は前衛剣士です、壁役もすることができます! どうか、どうか私とパーティを組んではくださらないでしょうか!」
美しいアルトを張り上げて、懇願する聖女。しかし瞳の光を喪った《はじまりの街》のプレイヤー達は、彼女を嘲笑、あるいは何らかの卑下た欲望の眼で見るだけ。誰も応じようとは、しない。
それでも彼女は、真面目そうに引き締めた顔で、仲間を募る。
気が付けば、俺は、その前に跪いていた。
「あ……」
俺の物とは思えない、掠れた声が出た。仮想世界では喉を傷めるなんてことはないが、長らく声を出していなかった故、脳が反応し切れていなかったのだろう。
「お、俺……βテスター、だから……情報、位は、出せると思う」
ようやく振り絞ったのは、そんな途切れ途切れの言葉だった。
聖女は俺の方を見て、変わらずその真面目そうな顔をして、
「情報なら、アルゴさんの攻略本があるので間に合っています」
と言った。その攻略本のことなら知っていた。ベータ版アインクラッドのほぼ全てを知る女、情報屋の《鼠》のアルゴがつくり、無料で配布しているガイドブックのことだ。なるほど、彼女の情報の量と有益さの前では、俺など無意味だろう。
この聖女の役に立てない、と悟った瞬間、デスゲームに囚われたと知った時以上の絶望感が俺を襲った。視界が暗くなりかけた、その時。
ですが、と、前置きをしてから、彼女は。
「今は、一人でも仲間がほしい。私の名前は《ノエル》と言います。貴方のお名前も、教えてくれませんか?」
にっこり、と、無垢で、清らかな、太陽の様な微笑を浮かべて、俺にその手を差し伸べたのだった。
「ら……《ラスト》」
「ラストさん、ですか。よろしくお願いしますね」
その手を握った瞬間──俺は、内心で誓ったのだ。
たとえ俺がその役目に相応しくなかろうと、この少女に着いていこう、と。
まぁつまりは、一目惚れ、という奴であって。
これが俺と──俺が生涯をかけて守ると誓った
彼女の
初めまして、《
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