ソードアート・オンライン~インフィニット・グレイス・サーガ~   作:《白亜宮》@修行中

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第一頁

 目を冷ました俺の視界に最初に入ったのは、見慣れた《はじまりの街》の宿屋の天井板……ではなく、見知らぬ木張りの天井。《はじまりの街》のどの宿屋の天井とも違うし、現実世界の自室のそれでもない。

 

 ならばどこなのか——

 

「ああ」

 

 そこで俺は、ここが何処なのか思い出して、思わず言葉を漏らした。

 

「俺……出たんだな、《はじまりの街》を」

 

 現在地は、《はじまりの街》最寄りの小さな村。片手剣使い必須クエスト、通称《森の秘薬》クエを受けるためのホームビレッジ。

 

 名を、《ホルンカ》という。

 

 SAOにおいて、大抵の場合プレイヤーが最も最初に辿り着く、《はじまりの街》以外の《犯罪防止(アンチクリミナル)コード圏内》。

 

 《犯罪防止コード》と言うのは、その名の通り犯罪の横行を防ぐためのシステムだ。このコードの《圏内》では、プレイヤーのHPは基本的に減少せず、また、盗みやPKなどを働いて、プレイヤーカーソルが基本色の緑からオレンジに変わった犯罪者プレイヤー…β時代は『オレンジプレイヤー』と呼ばれていた。おそらく今後もそう呼ばれることになるだろう…はその中に侵入できない。立ち入ろうとした瞬間、鬼のように強いガーディアンMob達が大挙として押し寄せ、《圏外》に追い返すからである。

 

 この《圏内》に居れば、基本的には安全だ。だが、逆を言えば一歩《圏外》に出た瞬間。あるいは、何らかの原因で《犯罪防止コード》が消滅した瞬間、プレイヤー達は瞬時に命の危機にさらされることになる。

 

 そう言う意味では——

 

「潮時だったのかもしれないな……」

 

 そう独りごちる。もしその様な事態が起こり得るならば、安全性を盾にして一切のレベルアップや戦闘経験を積まないのは愚の骨頂だ。俺はβ時代の経験があるから『戦闘経験』は有るものの、正式サービスのデスゲーム化以降は一度も戦闘をしていない。SAOではレベルアップが遅いため、Lvは1のままだ。

 

 だからもし何らかの原因で《犯罪防止コード》が消滅した場合、ずっと《はじまりの街》で震えていたころの俺では瞬く間にモンスターに殺されてしまうだろう。

 

 その点で考えれば、昨日の出来事は俺に『《圏外》行き』を決意させるには十分だった。

 

 昨日。俺ことプレイヤーネーム《ラスト》は、《ノエル》と名乗る一人の女性プレイヤーのパーティメンバーとして、この《ホルンカ》にやって来た。彼女はβテスターではなかったが、β時代SAO一の情報屋だった《鼠》のアルゴの発行している攻略ガイドブックがある故、情報量は俺と同程度。

 

 しかし実地を踏んだことが無い彼女に対して、俺はβ時代に一度《ホルンカ》に辿り着いている。それゆえ、そこまでの道のりは問題なく記憶していた。廃人並みに遣り込んだ記憶は伊達ではないのだ。

 

 さて、そんなわけで危なげなく《ホルンカ》に到着した俺達であるが、かなり行軍ペースは遅かった。故に到着したのは既に夜で、行動は翌日からにしようという事で昨日は就寝となったのだ。

 

 つまり、今日から、俺の半年ぶりとなるアインクラッド攻略が始まることになるのである。

 

 宿屋の大半は二階建てだ。その一階は、大抵が酒場ないしは食堂になっている。金を払えばそこそこうまい食事が出されるし、店によっては食事の持ち込みができたり、厨房を貸して貰えたりもする。まぁ、この宿屋にはそれほどの物を求めているわけではないのだが。

 

 今日の行動開始は早いので、取り敢えず朝食にしようと思って、一階に降りる。

 

 ――そしてそこに、聖女を見た。

 

 蒼銀色の髪を結んだ、綺麗な容貌。昨日は一日中着ていた金属鎧は、今はさすがに脱いでいて、代わりに青と白を基調としたロングスカート姿だ。東洋人系の顔立ちなのにもかかわらず、その肌の色は白く透き通り、青色の瞳はまるで水面の様に美しい。とても現実世界の容姿をトレースしたものとは思えない。が、SAOのアバターは全て初日に開発者・茅場晶彦の手によって現実世界の姿へと還元されている故、彼女の容姿は現実世界でもこのように美しい、という事になる。

 

 彼女は呆ける俺に気が付くと、にこり、と陽光の様な笑みを浮かべた。

 

「おはようございます、ラストさん」

「お、おはよう……ノエル」

 

 そう、この少女こそが、俺を《はじまりの街》から引っ張り出した、唯一のパーティメンバー……ノエル。美麗な容貌や柔らかい物腰も相まって、まさしく《聖女》という呼び名が相応しい(と俺は勝手に考えている)。

 

「よく眠れましたか?」

「あ、ああ。お陰様で……」

「そうですか。それは良かった」

 

 また微笑むノエル。その笑顔に、再現されていないはずの心臓の鼓動が速くなるのを錯覚する。

 

 そう、俺は、この少女に惚れている。一目惚れだ。もしこの話を聞いたなら、仮想世界で何を馬鹿な、と嘲笑する輩もいると思う。だがそれでも、俺はノエルに惚れたのだ。まだ出会って一日も立っていないが、俺は既にこの少女に全身全霊を掛けて付いていくと決めていた。

 

 我ながら非常に気持ち悪いと思う。けれども、そうまでしてでも付いて行きたいと思わせる何かが、ノエルにはあるのだ。カリスマ、と言うのだろうか。

 

「朝ご飯、まだなんです。少し早いですけど、よろしければご一緒しませんか?」

「あ、ああ。いいよ」

 

 先ほどからどもりっぱなしだ。そんな自分が嫌になる。この聖女の前に座るのが、俺の様な弱者であっていいのか、と考えると、陰鬱な気持ちになってしまう。けど、少なくともこの《森の秘薬》クエストクリアまでの間は、俺は彼女のパーティーメンバーだ。ならば、せめてその間だけでも、ノエルの役に立ちたい。

 

 《森の秘薬》。この《ホルンカ》で受けられる、いわば目玉クエストだ。内容は簡単に言えば、病気の少女を助けるために、その母親からの依頼で《リトルネペント》というモンスターの胚珠を持ってくる、というモノ。

 

 《リトルネペント》と言うのは、この村の周辺の森に出現する、いわば《歩くウツボカズラ》とでも言うべき植物系モンスターだ。攻撃方法は、短剣の様に鋭くなっている伸縮自在の蔦の先での切り付けと、その口から吐き出す腐食液での武器破壊。

 

 この《リトルネペント》だが、ごくごく少ない確率で《花付き》と呼ばれる個体が出現する。文字通り、その頭の上にラン系ないしはチューリップのそれを思わせる花が咲いているのだ。この《花付き》を倒すことによって手に入るのが、《リトルネペントの胚珠》。このアイテム自体は確定ドロップなのだが、そもそも《花付き》の出現率自体が一パーセント以下…正式サービス開始でさらに低くなったという情報もある…なので、《胚珠》の入手は非常に困難だ。

 

 では、そこまでの苦労をしてでもこのクエストをクリアしなければならない理由……それも特に、片手剣使いが受けなければならないのか。

 

 簡単だ。このクエストの報酬(リワード)が、強力な片手剣だからである。

 

 銘を、《アニールブレード》と言う。シンプルなロングソードで、デザイン面ではβ時代から「微妙にダサい」とネタにされてきたものの、その性能はホンモノだ。第一層で手に入るどの片手剣よりも強力で、《強化試行回数》と呼ばれるパワーアップ限界も頭一つ大きい『八回』。SAOのアイテムはこれがゼロになると強化できなくなってしまうので…しかも強化は必ずしも成功するとは限らない故…片手剣使いならば、入手しておいて損はない、と言われている。もし強化に完全に成功し、『+8』となった暁には、なんと第三層終了時まで使い続けられるほどの強力な武器だ。

 

 当然、この剣欲しさにβテスター、新規参入者問わずに多くのプレイヤーが《森の秘薬》に挑戦する。当然のようにPopの枯渇、及び取り合いが起こり、元々入手率の低い《リトルネペントの胚珠》はさらに手に入りにくくなってしまう。現に、《ホルンカ》に入ってからアニールブレード目当てと思しき片手剣使いを何人も見た。

 

 だが一応、俺には作戦と言うのもおこがましい、ある知識があった。

 

 それは、お目当てのリトルネペントが、夜行性である、という事である。つまりPop率が下がる。俺はそれを狙って、早朝にネペント狩りにいそしもうという提案を出したのだ。

 

 何故か。簡単だ。Pop率が少ないならうまみが無い。当然、プレイヤーも少ないのである。それ故、レアな《花付き》を横取りされる、という可能性は大きく下がる。もっとも、《花付き》自体の出現率が余計に下がるわけだが、幸いにして彼らの出現する森には、リトルネペント以外のモンスターは出現しない。故に、効率的にはさほど問題ではないのである。

 

 それにネペントどもは乱獲すればするほど《花付き》の出現率が上がる。《森の秘薬》は一人用クエストであるため、胚珠を二つ取らなければならないのだが、高効率の狩を続けていけばその内揃うであろう、という楽観視だ。それに、俺達は最速の攻略を目指す前線組ではない。時間はたっぷり在る故、ゆっくりとやっていけばいいのだ。

 

「……美味しいですね。とてもゲームの中だとは思えない味です」

 

 ノエルの言葉で、俺は現実に引き戻される。運ばれてきた朝食を食べた彼女が、そう呟いたのだ。

 

「……元は、肥満対策だかで開発されていた味覚エンジンを試験的に搭載してるんだとさ。醤油とか、ソースとか、マヨネーズとかみたいな調味料は無いけど……素材の味を生かすだけなら、十分に美味い」

 

 思いのほか流暢に言葉が出てきた。やはり興味のある内容だからだろうか。SAOのことなら大抵語り尽くせる自信がある。

 

「詳しいんですね」

「『向こう』じゃ、SAOとナーヴギア関係の資料はほぼ全部読んだからな……っと、現実世界の話はタブーなんだっけ……ごめん」

「いえ。勉強になりました」

 

 微笑むノエル。その笑顔を見ていると、奇妙な罪悪感すら湧いてくるのだから不思議だ。

 

 さて、朝食を食べ終えたら作戦会議である。現在の時刻は五時半。七時までがギリギリ『夜』と『昼』のPop率が4:6程度で行使される『朝』だ。俺が狙っているのはこの時間帯。もちろん、同じことを考えているプレイヤーはいないことは無いだろうが、それでも最高効率の真夜中よりは圧倒的に少ないだろう。

 

「か、確認するぞ。リトルネペントの攻撃方法は蔦による切り付け。余裕を以て回避すれば問題ない。腐食液の方は射程が横に狭いから、発射モーションが見えたらすぐに横に避ける事」

 

 ノエルが頷くのを見て、俺は先を続ける。

 

「《ブロンズ》系の装備は腐食液との相性が悪い。初期装備の《スモールソード》とか、今ノエルが使ってる《ブロードソード》なんかはまだ相性がいい方だけど、それでも最初期の武器だからやっぱり耐久性には乏しい。あんまり受けないように。

 それと、《実付き》は絶対に攻撃しちゃだめだ。もっとレベルが上がったらいいカモだけど、今は地雷でしかないからな」

 

 そう。

 

 リトルネペントには、《花付き》と対を成すもう一つの亜種が存在する。

 

 頭に巨大な球体を持つ、その俗称を《実付き》という。この実を何らかの方法で割ると、周囲から無数のネペントたちを引き寄せる煙が発生する。レベルが上がってリトルネペント達が相手にならないほどになったなら、この実を割って逆に経験値効率を上げると言った荒業もできるが、現在の所Lv1の俺と、少し上のLv3のノエル二人では荷が重い。

 

 故に、《実付き》は絶対回避。相手にしないで、見つけたらすぐ逃げる。

 

「《花付き》は見つけたらすぐ狩ろう。放っておくと《実付き》になるなんて噂もあるしな」

「それは攻略本には書いてありませんでしたね……」

「あくまで噂だからな……アルゴは裏が取れてない情報は絶対に載せないから。多分その内実証されて、攻略本にも書かれることになるんだろうがな」

 

 とにかく————

 

「よし、行こう」

「絶対に成功させましょうね」

 

 今はクエストに挑むだけだ。

 

 俺達はクエストの受注窓口になる、件の少女がいる民家へと向かった。




 ノエルは一か月間の間《はじまりの街》周辺フィールドで修行してたのでレベルがちょっと高いです。対するラスト君はもうすぐLv2になるくらいの経験値しかたまってません。

 ネペント夜行性説は本作の独自設定です。多分原作にはない記述だと思います。あったらあったで問題ないんですが……。

 次回は《森の秘薬》クエ挑戦回です。

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