ルイスに連れられて、氷武は彼女の家へとやってきたが、それはそれは大きな家だった。もう少し大きければ洋館と言うにふさわしく、その全貌を見た氷武はなんだか『かゆ うま……』的なことを思い出してしまう。
背筋が震える感覚がしたので考えるのをやめて、ルイスのあとを追って家へと入る。
内装は外観と違い、どこも普通の家と変わらない。
散乱していると思っていた本も見当たらないあたりはかなり驚きであるが、きっと自分の知っている『パチュリー』とは違うのだろうということで解決させる。
「こっちよ」
呼ばれた方へ向かうと階段があった。
それは地下へと伸びていて、いよいよ内心ビビリはじめる氷武だったが、ルイスも進むのでそれについていく。
階段を下っていくと、そこには大きな広間。いや、広間ではない―――図書館と言っていい場所。
「……ここは」
本棚が並んでいる。
尋常じゃないほどの数の本棚。そしてその尋常じゃないほどの数の本棚に敷き詰められた本。
見渡す限りで数々の言語の本がある。
「冗談だろ」
無意識に、氷武は無意識に呟いていた。
そんな呟きが聞こえてか聞こえまいでか、ルイスは無表情のまま振り返る。
「ここの本を全て整理して欲しいの…」
その紫色の瞳で見つめられ、氷武は片手で頭を押さえた。
さすがにこの量は辛い。
読むのすらすぐに苦痛へと変わるだろう。
「これで三食寝床付きなんて、破格でしょ?」
言われると、そういう気もしないでもない。特にこんな美人、いやパチュリー・ノーレッジとおそらく関係あるであろう人物と身近になれるのだから本当に破格なのだろう。
溜息を吐くと、すぐにルイスに笑顔を向けて、頷く。
「了解、任せろ」
そんな答えを聞くと、彼女は満足そうに微笑んだ。
パチュリーの先祖なのだろうと、理解する。ルイス・ノーレッジ。
「魔女か」
「さすがね、ただものじゃないと思っていたけれど」
「なぜだ?」
「妖力と神力を持っていたから……何者かと思った」
納得。と頷いた。
確かに何者かと思うだろう。魔力ではなく、神力を持っているということは、それほど信仰を得ているということだ。
信仰を得るというのは並大抵のことでできるわけでもなく、現人神というのはそれほど簡単になれるものではない。
「魔界じゃ珍しいのか……いや、珍しいのだろうな」
「ええ」
そう言うが特に警戒する様子は無いようであり、その様子を少しばかり不思議に思った。
「警戒しないのか?」
「ええ、貴方が危険とは思えないわ」
言われて、安心した。おかげで外を出歩く時はあまり気にしなくてもすむようだ。陣羽織はやはり目立っていたけれど不審者に見られなければ問題もないだろう。
そこで、住み込みで働くということを思い出し、自分は男だと言おうとする。
「―――貴方に私を襲うような度胸があるとも思えないし」
そう言われ、納得せざる終えなかった。たしかに自分にルイスを襲うような度胸は無い。
否、あまり無い。
完全に無いと言いたいが、相手の容姿が容姿だった。
ついつい酔っ払った勢いで……なんて感じで紫とはダラダラと色々続けてきていたし、何も言えない。
「とりあえず、家の説明とココでの職の説明をするから……上で話しましょうか」
「あぁ、よろしく」
「よろしく」
こうして、彼とルイスの不思議な生活が始まる。
いや、正確には俺とルイスだけではない。あと一人、これからの彼に必要で大事な少女がいる。
彼女無くして氷武は語れぬと言っても良いほどに、彼女は氷武にこれから影響を与えていく。
そして……過程を飛ばして結果だけが残った一週間後。
氷武が魔界に慣れ親しみ、ご近所付きあいまで上手くなっていく主夫っぷりを身につけていた。
今日もまた彼は料理、買い物以外の契約通りの仕事である本の整理を行っている。
「ふう」
抱えた大量の本を机に降ろすが、机の本をルイスが片っ端から読み進めていく。
恐ろしいスピードであると、戦慄すら覚える氷武。
彼女の能力『どんな本も速読する程度の能力』を使えば分厚い本も数十秒で片付く。
その能力を彼が初めて聞いたとき『マジで程度だな』とか考えたが、そうでもない。
言語問わずと言われれば納得で、頭の中に全て残るというのも凄まじく。それらも全て、彼女の頭の
「ねぇ、ここの本片付けといて」
それにしてもこの大図書館を、本を持ちながら回り続けるのは体力を使った。
仕方ないと、溜息をついて本を持ち走る。そして、置いてあった場所を見つけてそこにしまう、気になる本を見つけるとその一冊に手をかける。
「ん?」
日本の、いや大和の国の書物。
「こいつは」
それを開くけば、一枚の紙が落ちる。それを広い見てみれば、札だということに気づく。
「興味深いじゃないか」
「そう、なら持ってても良いわ」
「おぅ、じゃあお言葉に甘え……」
冷や汗がダラダラと流れていく。
さて、どうしようか、逃げる方法は?
「な☆い」
ルイスが手を向けた瞬間、氷武は空を飛んでダッシュ。
だが彼女は氷武と高度をあわせて、逃げた氷武に手を向け直して、唱えた。
彼女の周囲が青白く光る。
「さぼるなっ!! ブロウニング・スターマイン!」
レーザー系の攻撃が、氷武の背後から襲う。
一発を避けてルイスを見た。その瞬間、もう一発が襲ってくる。
少しばかり妖力を使って、高速移動する。そして、ルイスまで急接近。
「化け物!?」
「なんとぉぉぉぉ!!」
ルイスの両手を掴んで動きを封じる。ソレと同時に体制を崩して落ち―――本が散らばった。
そして、図書館の扉が開く音。
「ルイスちゃん、いる~?」
氷武はどこぞで聞いたことのある声だと思った。たしか魔界に来てすぐだ。
その声の主はすぐに飛んできた。すぐに氷武とルイスを発見する。
現在の状況。おわかりだろう。氷武が上、ルイスが下という状態だ。
一週間共に過ごしてきたが、こんな密着状態は初めてだった。
「……へ」
声の主は二人を見て、声を上げた。
「―――変態だあああぁぁぁっ!」
さて、これからどうしようか?
衝撃と共に、体が宙に浮くのを感じながら、氷武は思った。
氷武が吹き飛ばされた後、ルイスが笑いながら氷武を吹き飛ばした彼女に説明をした。
ちなみに、氷武を吹き飛ばした彼女と言うのは……。
「ごめんね、勘違いだったみたいで」
———魔界神『神綺』だ。
神綺とルイス。二人は地下の図書館より上の一階でティータイムだ。
氷武はというと……。
「ほい、コーヒーお待たせ」
コーヒーを入れていた。彼は料理や飲み物を入れることに定評がある。物凄く美味しいとこの家のヒトに好評だ。
それを聞いた神綺も飲みたいということで入れてきたのだが、若干不安にも思う。
そして、神綺はそっとカップを傾けて飲む。
「本当、おいしい……家に欲しいわ」
「いえいえ、滅相も無い」
そう言うと、氷武は苦笑いで返す。
さすがに前回と同じように接するわけにもいかないと感じて、失礼の無いようにする。
そっと流し目でルイスが氷武を見た。
「本の整理してきて良いわよ」
そう言われ、溜息をついた。自分のせいとはいえ本が散らばったのを思い出す。
「へい」
返事をして移動していく氷武。その背中を見送って神綺は、眼を細めた。
彼がいないことを確認してからじゃなければできない会話である。
「どうだったかしら彼……危険?」
「わからないわ、私が撃っても反撃してこないし」
「おかしいね。夢子ちゃんを倒した時、確実におかしな力の感覚がしたのに」
すべて神綺の計画で、ルイスの所に来たのもそれだ。
だが、ルイスは最近普通に彼のことが気に入っている。
本の整理をサボったりするのは気に入らないが、本の話しとなると彼の話しは興味深い。
まるで未来を知っているかのような物の見方だったりする。
図書館に降りた氷武は、背筋を伸ばして欠伸をした。
何も動いていないはずの図書館に、動く影が一つ。本を整理している人物をもう一人みつけた。
氷武は慣れ親しんだ様子で軽く声をかける。
「おぅ、こぁじゃないか」
「どうも」
返事をしたのは、ルイスの使い魔の小悪魔。
こぁという愛称で呼ばれている彼女は、氷武の知る彼女か彼女ではないか、わからないところだ。
だが特に仲良くしない理由もないので親しくしている。
「すみません、起きるのが遅れてしまって」
「いや、昨日は夜遅くまで働いてたからな。俺がルイスに言っといた」
「ありがとうございます」
彼のことを何もわからない小悪魔は、なんの考えも無しに氷武と接しているわけではなかった。
彼女も確かに最初不信に思っていた。
右手に妖力、左手に神力。
そんな相手を不信に思わないわけが無い。
だが、一日生活してわかったこと……。
「さて、紅茶でも飲むか」
———彼にそんなことを考えるような悪意は無いということだ。
「入れてきますね」
「あんがとなぁ~」
さて、ここで彼は小悪魔の背中を見る。
パタパタと動く翼だが、彼が見たことのある彼女はあそこまで翼が大きくは無かった。あの翼は悪魔そのもの。
それで小悪魔?
しかし、どういうことか聞くにもどうもルイスが自分を試している。自分の体ぐらいわかっている。この体がいかに異常かもだ。これで聞けば警戒心を強めかねない。
「しかし、どうするか」
気になる。
妙に気になる。
しかし、聞くことはできない。
「紅茶です」
戻ってきた小悪魔が、机に紅茶を置く。
それを一口含んだ。
ここ一週間でずいぶん馴染んだ味である。
「やっぱ、こぁの入れた紅茶は美味しいな」
「コーヒーを入れるのは氷武さんの方が上手ですよ?」
そう言われると、照れるからか頬を掻く氷武。
小悪魔が笑うと、氷武も一緒に笑った。
「それを飲み終わったら、本の整理手伝ってくださいね♪」
氷武は、苦笑いで返した。
これも仕事だと少し急いで紅茶を飲むことにする。
数時間後。
小悪魔と共に、本を片付け終えるとお互いに座り込んだ。
一気にどっと来た疲労感。動いている間はあまり感じないが終わったとたん感じる。
「すぐルイス様が出すんですよね」
「言うな、でも探すのに便利だろ?」
そう言うと、小悪魔が頷いた。小悪魔がすぐに立ち上がり、背中を伸ばす。
真横で伸びをする小悪魔の強調される胸やら尻やらが気になるが、氷武はそれ以上に気になるものがあった。
パタパタと揺らめいているその翼だ。
「……」
好奇心で手を伸ばし、翼に触れた。
「ぁひゃん!!」
顔を真っ赤にしておかしな声を上げる小悪魔。
氷武も、些か驚いた。
少しその場から離れて、小悪魔が氷武を睨む。
「うぅ」
涙目で真っ赤な顔だ。
そんな表情で睨まれた氷武は焦っている。
―――なんだこれは、猫っ娘で言う尻尾みたいなものなのか?
しかして、同じようなものなのか、どちらにしても彼女にとって翼を触られるとはどういうことなのだろうか?
とりあえず、女性の体に勝手に触ったのはいかんのだろうと、突如冷静になり物事を考えてみる。
「その、すまん」
「……もう! 良いですよ。次はありませんからね?」
小悪魔はそういう。苦笑いをして、氷武は頷いた。
ルイスには言わないでいてくれるだろう。助かると思い胸をなでおろす。
とりあえず、晩御飯を作らなくてはいけない。
「行くか」
立ち上がって優しく笑うと、小悪魔は頷いて、笑い返した。
お互い随分と慣れたものだと思いながらも、氷武は腕を軽く鳴らす。
「はい」
二人で、一階に向かへば時刻は午後7時。
ここ三日ほど前から晩御飯は小悪魔と氷武の二人で作っているので多少手間がかかるものでも早く済む。
一階に行くとルイスが居て、いつも通りの様子で本を呼んでいた。
「あら、本の整理は終わったの?」
「はい、氷武さんのおかげで」
小悪魔が言うと、ルイスが頷く。
どうやら心配は無いようだ、今度神綺にも教えよう。と思う。
「ところで、氷武、今度私と戦ってみない?」
ルイスが興味本意で言ってみる。
一瞬だけ氷武が立ち止まるが、氷武はそれを聞かなかったことにして、小悪魔と共にキッチンに向かう。
ルイスがぷりぷり怒る。
「ちょっと、聞きなさいよ!」
氷武が小悪魔に言う。
「今日の夜ご飯はどうするか?」
「どうしましょうか、栄養ある方がいいですよね」
小悪魔と氷武の二人が楽しそうに晩御飯の献立を話し出す。
無視して進められる会話に、ルイスが余計怒る。
「ちょっと、こぁ!!」
氷武と小悪魔は共にキッチンに向かった。
主なのにも関わらず、ルイスはそこに残されて気に入らなさそうな顔をしている。
「む…むきゅー!」
悔しそうに帽子を握って言うルイス。
キッチンでその声を聞いて、氷武は腹を抱えて笑う。
今日も今日とて、世はこともなし。実に平和なものであった。
あとがき
ちょっとだけ文章まとめてみました。まぁこんなもん……ですかな?(汗
とりあえず魔界編も始まって……まぁそんなに長いわけでもないんですがお楽しみいただければなによりです!
では、次回もお楽しみに♪