「ん・・・」
カーテンから漏れている光と、身震いするような寒さに目を覚ます。
昨日の顔合わせが終わってからは執務室で書類の処理をしていたのだが、どうやらそのまま眠ってしまったらしい。ぐっと体を伸ばすと、体からパキパキと骨がなる音が聞こえた。
まだ少しぼんやりした頭で時計を見る。どうやら今は丁度朝食の時間らしい。昨日皆には訓練がある事を頭に入れておけと言っておきながら私が遅刻をしては面目が立たない。素早く服を着替え、食堂に向かおうと席を立った。
着替えを終えて食堂へ向かうために廊下を歩く。
人がいない廊下はとても静かで、寂しさを感じさせる。しばらくはこの寂しさを感じ続けるのだと考えると、少し憂鬱だ。
というのもこの鎮守府、昨日知った事だがとにかく人がいない。私と艦娘合わせての5人がこの鎮守府内にいる人物全員である。
いくらここが小規模とはいえ、兵器を扱っているのにこれはふざけている。そう思った私は昨日のうちに上層部に増員を要請したが、果たしていつ頃送られてくるやら。
食事や洗濯、掃除などは役割を決めて分担すればいい。医療に関しても簡単な手当て位なら私が出来る。
だが、艦娘の装備に関してはそう簡単にはいかないのだ。簡単な手入れ程度なら各自で出来るだろうが、本格的な修理や改修となるとどうしても人手が必要になる。修理の目処が立たなければ出撃させることすら難しい。
つまり、人手を何とかしなければこの鎮守府をまともに運営していくことすら不可能なのだ。上はその事をわかっているのだろうか。
そんな事を考え、溜息を吐きながら歩いている内に食堂に着く。朝から暗い顔は見せたくないので、一度頬を軽く叩いてから扉を開けた。
中には既に私以外の全員が揃っていた。鳳翔以外の3人は食事中、鳳翔は食べ終わったのか洗い物をしている。
「おはよう、皆」
「「「「おはようございます」」」」
扉を開けたときに全員がこちらを見たので、自分の席に向かいながら挨拶をすると皆一度手を止めてわざわざ敬礼しながら挨拶を返してきた。その様子に軽く苦笑いが出てしまった。
「そんなに畏まらなくて大丈夫よ。前の部隊でもあまり上下関係は気にしなかったし、私自身あまり堅いのは好きじゃないから、気楽に接してちょうだい。」
そう言うと、睦月と如月は明らかにほっとしたような笑みを浮かべる。・・・うん、やっぱりこの位の子達は堅い雰囲気よりも笑っているほうが似合う。
そんな風に一人自己満足しながら席に着く。するとすぐに鳳翔が朝食を載せたトレーを運んできてくれた。鳳翔にお礼を言いながら、トレーに乗った食事を見る。焼きシャケにご飯に漬物、味噌汁に卵焼きといったお手本のような和食だった。どれもシンプルながら実に美味しそうだ。
だが、今日の予定を伝えるためにすぐには手をつけず、一度席を立つ。
「食べながらで構わないから聞いてちょうだい。
今日は昨日伝えた通り、皆の実力を測るための訓練を行います。時間は・・・そうね、今から1時間後にしましょう。艤装を付けて訓練海域へ集合、弾は訓練用の物に変えるのを忘れずに。
ここまでで何か意見や質問はあるかしら?」
睦月の手が上がる。
「はい、訓練用の標的はどうするかにゃ?」
「あらいけない、忘れてたわね。皆と協力して運んでくれると嬉しいわ」
「了解にゃし」
「他に何か質問はあるかしら?」
もう一度聞いてみるが、今度は誰も手を上げなかった。
「無いなら朝の連絡は終わりです。朝食の邪魔をしてごめんなさいね。」
連絡を終えると、睦月と如月はお喋りを再開した。扶桑は向かいの席からその様子を優しい目で見ている。
私はその微笑ましい光景を横目に味噌汁を啜った。
20分程時間をかけて食事を終えた私は、部屋には戻らず工廠へ向かう。と言っても用があるのは工廠ではなく、工廠の近くに止めた私のトラックである。
1度シャワーを浴びることも考えたが、流石に時間が足りないだろうという事で断念。一度執務室に戻って軽く書類を片付ける事も考えたが、集中しすぎて時間が過ぎるといけないのでこれも没。他にもいくつか考えたが、結局は自分のストライカーの整備に行き着いた。
ここに来る前にも整備はしたが、どれだけやってもやりすぎと言う事はないだろう。ストライカーは自分の命を預ける相棒のような物なのだから。
食堂と工廠はそこまで離れていないので、着くのにそう時間はかからなかった。
近くに止めてあるトラックへ向かい、荷台のカバーを取り外す。
中から現れるのは私の翼、B7A2流星艦上攻撃脚
流星は海軍が開発した爆撃機型ストライカーである。
海軍では、航空ウィッチの火力不足という欠点を補う為に、爆装をする事が多くなっていた。しかし、それでも火力不足は補いきれなかった。
この事から上層部は、戦闘機型のストライカーの研究を一時中止し、爆撃機型ストライカーの研究に集中した。コンセプトは戦闘機を凌駕する最強の爆撃機型ストライカー。
より早く、より高機動、より重装備。そんな理想を詰め込むかの様に技術を注がれ、流星は完成した。
改良された魔導エンジンにより主力であった零式艦上戦闘脚の最高速度を超える事に成功。合計爆装量も九九式艦上爆撃脚の外付け250kg、60kg2つの370kgに対して、流星は内蔵800kg+αと飛躍的に上昇した。
特徴的なのは右片方に装備された、自衛用に小型化された13mm2号三式機関銃と、九九式にも着いているエアブレーキである。
13mmは搭乗者の魔法力で操作することができ、前進しながら後方にいる相手を攻撃する事をコンセプトにしていた。
ここまで聞けばただただ優秀に思えるが、当然欠点もある。
まずはストライカーの大型化である。これだけの爆装と、後方機関銃は今までのこれまでのストライカーのサイズでは支えきれず、限界まで抑えたがそれでも一回り大きい物になってしまった。
また、この大型化と重武装のせいでロール性能はいい物とは言えなくなっていた。そのため複雑な機動は苦手になってしまい、格闘戦では単純な旋回速度頼みの機動以外は取り難くなってしまった。旋回速度自体は優秀な為、たいした問題ではないと妥協されたが。
更に、右片方に付いている後方機関銃のせいで左右の機体バランスが悪い。細かく魔力配分が出来る者なら問題はないが、ストライカーに頼りがちなウィッチが多い現状でこれは致命的だった。
この地点で流星への評価は低かったが、それにトドメを刺す問題が残っている。それは消費魔法力の量である。
魔導エンジンの出力が上がったことによる消費魔法力の増加、機体の大型化による機体制御に使う魔法力の増加、後方機関銃の操作に使う魔法力。これらが全て合わさり、消費魔法力の量は零戦の倍になってしまった。
こうなってしまうと、流星をを満足に動かせるウィッチは少なくなってしまい、開発された流星の多くが死蔵される結果になった。
ただ、私はこの機体を気に入っている。
この爆装量はやはり魅力的であるし、バランスの悪さも今では慣れてきたので気にならない。折角作られたのだから最後まで使ってあげたほうがこの子も嬉しいだろう。
トラックに積まれた流星を軽く撫で、発進促進装置ごと荷台から降ろす。一緒に積まれていた工具箱も降ろし、幾つか工具を取り出して軽い整備を始めた。
「ふぅ・・・今はこんなところかしら」
大まかにではあるが、エンジン部に異常がないかを確かめた私は工具を箱の中に戻す。他の所も見ておきたいとは思ったが、これ以上は時間が足りないだろう。事実懐中時計は集合10分前を指している。
まぁエンジン部が無事であればいきなり墜落するという事もないだろう。そう考えた私はトラックの荷台に上がり、装備を身につけることにした。
まずは手榴弾の様な形をした爆弾を大量に引っ掛けたベルトを肩からかけ、インカムを耳にはめる。次に腰に20mmの予備弾倉と、自分達の艦隊以外との連絡の為の通信機を括り付ける。事故で外れたりしないようにしっかりチェックも欠かさない。
そして荷台から工具箱と救急箱を抱えて一度降りる。それをストライカーの左片方の爆弾倉に引っかからない位置にしっかりと括り付けた。
これで残る装備は20mm機関銃とストライカーだけ。私は再び荷台の上に乗り、1度深呼吸をしてからストライカーに向かって跳んだ。
足がストライカーに納まると、少しくすぐったい様な感覚の後に鳥の翼が頭から、尻尾が臀部から現れる。
「んっ・・・」
このくすぐったい感覚にはイマイチ慣れない。なんというか、まるで変な場所を触られているような・・・いや、軽く首を振ってそんなどうでもいい考えを打ち消す。訓練の時間まで後5分を切っている。遅刻するわけにはいかないのだ。
最後に流星の基本装備である20mm機関銃を背負う。これで全ての準備が整った。
魔導エンジンに火を入れると、私を中心に魔方陣が展開される。・・・考えてみれば、これがこの鎮守府に着てからの初飛行。そう考えると、自然と体に力が入る。それを声に乗せるように、大きな声で宣言した。
「雨霧雅、流星 発進!」
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雅が飛ぶ少し前、先に準備を終えていた扶桑達4人が既に訓練海域に集まっていた。
彼女達は皆何かを考えるように黙っている。その内容に多少の違いはあれど、何について考えているかは同じである。それは、新しく来た上官の事。
昨日の挨拶の時の印象だけで言えばそこまで悪い印象はなかったが、この稼動していないも同然の鎮守府に送られてきた事を考えると信用しきる事もできなかった。
人間性に難があるか、無能かのどちらかだと扶桑達は踏んでいる。
最も、後者ならあまり強く責める事はできないだろうが、と扶桑が自虐的な方向に考えを向けていると、空からエンジンの音が聞こえてくる。どうやら彼女が来たらしい。
彼女は4人を見つけるとすぐに降下し、扶桑の隣でピタリと止まった。
「皆揃ってるわね。もしかして結構待たせちゃったかしら」
「いえ、5分程度です」
「そう、今度からは私も5分前には着く様にするわね」
冗談っぽく言って笑うが、すぐに表情を戻す。
「では、これより訓練を開始します。
まずは簡単な航海訓練と隊列変更から始め、次に射撃訓練、最後に防空訓練の順でやっていこうと思っているけれど、これについて意見はあるかしら?」
手は挙がらない。
「いいみたいね。じゃあまずは単縦陣で、先頭から睦月ちゃん、如月ちゃん、扶桑、鳳翔の並び順で始めて頂戴。
指示は私が出しますが、間違っていると感じた場合はすぐに教えて貰えると嬉しいわ。」
「「「「了解」」」」
そう言って雅はある程度の高さまで上昇する。その間に睦月達も陣を組んだ。
「準備はいいかしら、それでは・・・訓練開始!
艦隊前へ、扶桑と鳳翔が付いて行ける速度に留めるよう注意して!」
「了解でし!艦隊、両舷前進!」
「「「両舷前進了解!」」」
指示に従い、艦隊が前進を開始する。それを見て雅は内心驚いていた。
前へ進む艦の1人1人がキチンと一定の間隔を保っている。艦隊運動の基本中の基本だが、だからこそ経験次第で出来が大きく変わる。ましてや今回は駆逐艦、戦艦、航空母艦という速力の差が大きい艦隊である。ちゃんと訓練をしていなければ駆逐艦が戦艦や航空母艦を置いていってしまったり、意識しすぎるせいで前へ進めなかったりするだろう。それなのに当たり前のように正しくやってのけるあたり彼女達は相当な訓練を受けていることが伺えた。
また、行動を取る時に他の艦娘に声を出すのも評価できる。現場に旗艦以外の指揮官がいる場合、そこから直接指示を出されると、それを周りに伝えず勝手に動き始める者がいるのだ。これは訓練に慣れてきた者に特に多い。指揮者からの通信は大体指揮下の者全員に聞こえているとはいえ、勝手に動き回るとお互いの動きを邪魔したり、最悪衝突することすらありえる。細かいかもしれないがこれも大事なことだ。
「次、面舵20度!その後隊列変更、複縦陣形へ!先頭は睦月ちゃんと如月ちゃんよ!」
「了解!面舵20度!」
「「「面舵20度了解!」」」
今度も指示通りに、キチンと右へ20度曲がる。曲がり際に衝突したり、陣を乱したりすることもない綺麗な動きだった。
「続いて隊列変更、私と如月ちゃんを前に複縦陣に!」
「「「隊列変更了解!」」」
睦月は全員が曲がり終えたのを目視で確認してから次の指示を出す。この目視での確認も評価を上げるポイントだった。方向転換などの指示の後に隊列変更をしようとすると、焦りすぎてしまい、まだ曲がりきっていない者を置いてけぼりにする者が出てくるからだ。
「もう一回単縦陣へ!その後先頭を如月ちゃんに、睦月ちゃんは最後尾へ回って!」
この航海訓練は、この後も先頭艦を交代させ、全員が1回ずつ先頭を勤めるまで続いた。
普通なら、航空母艦である鳳翔が先頭の訓練は必要ないという意見が大半かもしれないが、雅は物事に絶対は無いと考えている為しっかりとやらせた。
「はい、それではこれで航海・隊列変更訓練を終了します」
そう言い、雅は4人の近くへ降下する。
「凄いわね、正直ここまで完璧にやってくれるとは思わなかったわ」
「基本のところですから・・・」
「出来て当然の事だと思うかにゃ~」
「そうねぇ、これ位は出来なきゃ・・・ね?」
「ふふっ、そうですね」
雅の言葉を皮肉と取ったか、謙遜しているか、彼女達の反応は薄かった。だが雅は言葉を止めない。
「確かに基本かもしれないけど、私が見てきた艦娘は結構疎かにしている娘が多かったのよ。私は素直にこの結果は優秀だと思うわ」
少しはしゃぎながら褒める彼女に悪意は無いとわかったのか、4人は少し照れくさそうに笑った。
「それじゃあ10分休憩、その後は射撃訓練に移ります。順番は休憩中に選んでおいて頂戴。それから鳳翔は射撃訓練に参加しなくていいわ。代わりといっては何だけど、防空訓練では一番働いてもらうからそのつもりで」
「「「「了解!」」」」
4人の返事を聞きながら、制服のポケットからメモ張とペンを取り出し、航海訓練について軽くまとめる。このようなデータは今後の訓練メニューを作るときや、上層部へ掛け合うときに非常に役に立つのだ。
音声や映像なんかも保存できればいいのだが、流石にこれ以上重たい荷物を背負いたくはない。艦娘の誰かに持ってもらうというのも考えたが、人数的にもそんな余裕はない。どうにかならないものか。
そんなことを考えながら手を動かしていたが
「---------ザッ------」
「ん?」
ふと聞こえた音に手を止める。
辺りを見渡すが、変わった物は特にない。艦娘達も何も聞こえなかったのか4人で何かを喋っている。あの様子だと私に話しかけたということはないだろう。
気のせいだろうか。そう思いながら首を傾げていると
「ダ------ケ---サ----」
また何か音が聞こえた。今度は艦娘達も聞こえたらしく、何事かと驚いている。その音は先程よりはっきりとしており、通信機から聞こえている事がわかった。それでもまだ声が遠く、何を言っているかまでは聞き取れない。
インカムではなく通信機から聞こえてくるということは、第三者からの通信ということだ。何か嫌な予感がする。そう感じながら雅は通信機を軽くいじって呼びかけた。
「こちら海軍所属、航空ウィッチの雨霧雅大尉。聞こえたら応答してください。繰り返します、こちら海軍所属、航空ウィッチの雨霧雅大尉。聞こえたら応答してください」
「-ジ-!?コ------リ--スケ-----!!」
何かを叫んでいるのはわかるが、イマイチ聞き取れない。だが、何かトラブルが起きているのはわかった。再び通信機に向かって呼びかける。
「よく聞こえないわ、もう一回いってちょうだい!」
そして、返ってきた通信は雅達を動揺させるには十二分だった。
「こちら軽巡夕張!現在深海棲艦から攻撃を受けています!助けてください!!」
色々突っ込みどころがあるかもしれませんがご容赦ください。こんなモノでも楽しんでいただけたなら幸いです。よかったら感想・評価なども入れてくれれば喜びます