やめて!!冬木市の復興予算はもうゼロよ!!   作:後藤陸将

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まだゴジラが暴れられない……次回もちょっと怪しいかもしれません


蟲爺の野望

「遠坂……時臣ぃ……」

 深山町の高台に雁夜はいた。眼下には無数の建物が倒壊し、荒廃した街があるはずだが、雁夜の目には燃える街も、息絶える人の姿も見えていない。彼の目に見えているのは、眼下に聳える既に半壊していた遠坂邸のみだった。

「死んでないはずだ……あのろくでなしのクソったれな魔術師が、この程度でくたばるはずがない……やつは必ずどこかで生きている」

 しかし、怨敵がふんぞり返っているはずの遠坂邸は既に半壊している。怨敵のいる場所のあてはこれでなくなった。

「問題なかろう、雁夜よ」

 行き場の無い憎悪を募らせている雁夜にしゃがれた声がかけられる。

「遠坂の子倅も聖杯戦争の参加者じゃ。聖杯戦争が行われている期間中にこの冬木の地から逃げるなどということはよもやあるまい。ならば、必ずこの冬木の地のどこかに遠坂の子倅はおる」

「だが、ヤツの屋敷はもう崩れてる。屋敷を失ったアイツがどこにいるのか分かるのか?」

「なんじゃ、雁夜。探す必要などないじゃろう。この燃え盛る街を見よ。この中で生き残っていられるのは、よほど運の強い輩か、魔術師ぐらいのものよ。この街の生き残りを殲滅すれば、死体の中に遠坂の子倅も混じっていよう」

 この街の全ての人間を根絶やしにしろという提案に対し、雁夜は汚いものを見るような目で臓硯を睨んだ。

「ふざけるな……俺はそんな大量虐殺をやるつもりはない。俺が殺したいのは、聖杯戦争に参加している魔術師や時臣のようなヒトデナシだけだ」

「カッカッカ、吼えるの、雁夜。しかし、遠坂の子倅がヒトデナシ……魔術師らしい魔術師であることにはワシも同意じゃな」

 臓硯がここまで自分の意見に合わせるなんて珍しい。ましてや、この蟲爺ほどのヒトデナシが他人をヒトデナシ呼ばわりとは。臓硯のらしくない発言に訝しげな雁夜だが、臓硯は雁夜の表情すらも愉快そうに笑いを零す。

「ヒトデナシの極地にいるお前が、よく他のヒトデナシを笑えるな」

 雁夜はささやかな反抗の意を籠めた皮肉を口にする。

「何が貴様の琴線に触れたのかは分からないが、どうせお前が日常的にやっていることだろう。今更どこに悦を感じている?」

「これが可笑しいと思わずにいられるか、雁夜よ。寧ろお主の方が悦を感じる光景ではないか」

 臓硯の言葉の意味が雁夜には理解できなかった。しかし、臓硯が杖で指差した先に視線を移し彼は絶句した。視界に写ったのは、力なく横たわる一糸纏わぬ姿の女性の姿。しかも、横たわっていたのは、彼が見間違えるはずが無い初恋の相手――心優しく、この人のためなら自分の命だって惜しくないほどに慕った女性だった。

「……まさか!?」

 雁夜はいてもたってもいられずに横たわる女性のもとに駆け出す。何かの間違いであってほしい、自分の見間違いであってほしい。そんな希望を抱きながら、女性に駆け寄った雁夜は女性の身体を抱き起こす。

 しかし、泥と煤に塗れてなお美しさを保つ黒い絹のような髪も、絶望の表情を浮かべてもなお母性を感じる顔立ちも、この胸に焼き付けられた愛おしい女性の持つそれに違いなかった。何度目を擦っても、何度確認しても事実は変わらない。

 ボロボロになった衣服の残滓の傍らに横たわっていた美しい肢体を晒す女性は、間違いなく間桐雁夜の幼馴染にして、怨敵遠坂時臣の妻、そして遠坂凛と間桐桜の母である遠坂葵だった。

「葵さん……?そんな、どうして」

 膝から崩れ落ちる雁夜。茫然自失となっている彼の目には、目の前の光景が夢か現か分からなくなっていた。

「この街には、少し日常の皮をむけば本能の赴くままに倫理など捨て去れるヒトデナシが魔術師以外にもたくさんいたらしいの。しかし、禅城の胎盤に凡愚の輩がもったいないことをする。これはワシでも一時の悦を我慢して欲しがるよいものなのじゃが」

 彼女の末期の姿を見れば、彼女がどのような恐怖を体験したのかは想像に難くない。雁夜自身も、アフリカでの取材中に同じような光景を目にする機会は少なからずあった。

「遠坂の子倅はどうやら妻を置き去りに逃げ出したらしいの。そして逃げ遅れた妻は、何者かによって嬲られた末に殺されたというところか。雁夜よ、お主の恋敵だった男は妻を戦争の最中に置き去りにして逃げ、その身体を見ず知らずの男に陵辱させることを許したヒトデナシだったということじゃ。あれだけ妻からの愛を受けておきながら平然と見捨てられるだけの冷酷な男だったとは、ワシも見る目がなかったらしい」

 面白いものを見れたとばかりに笑いを零す臓硯の声は、悲痛な叫びをあげながら罅割れていく雁夜の心にするりと入り込み、彼の中で蕾をつけていた狂気に開花を促した。

 

 何故、遠坂葵は死んだ。

 ――畜生共に陵辱され、嬲られ、犯されたからだ。

 何故、遠坂葵はこんな全てを呪うような形相をしている。

 ――裏切られ、見捨てられ、襲われたからだ。

 何故、■■葵はこんな悲劇に見舞われなければならなかった。

 ――薄汚い魔術師どもによって造りだされた地獄に放り出された末に、遠坂時臣に裏切られたからだ。

 何故、■■葵は遠坂時臣に裏切られた。

 ――遠坂時臣が妻を戦場に見捨てて一人逃亡し、娘を蟲倉に突き落とすことを是とするヒトデナシの碌でもない魔術師だからだ。

 何故、()()()は幸せになれなかった。

 ――遠坂時臣が彼女の人生を狂わせたからだ。

 

「遠坂……時臣ィィィ!!」

 雁夜は怒り心頭に発していた。彼女を地獄に放り込んだ欲深い魔術師達を、彼女を陵辱したこの街の名も知れぬ畜生達を、そして遠坂時臣を憎悪した。

 マグマのように湧き上がる怒りと、炎のように胸を焦がす憎悪が雁夜の中で渦巻き、反応してより大きく膨れ上がっていく。

 ――お前が!!お前さえいなければ誰もが幸せになれた。葵さんはヒトデナシの妻になって娘を棄てる必要はなかったし、棄てられた娘が蟲倉で人間の尊厳を失うほどに嬲られることはなかった。

 ――アイツのような魔術師(ヒトデナシ)がこの街で聖杯戦争という我欲に塗れた汚らしい儀式を行わなければ冬木が燃え、人が焼かれ、彼女が地獄に沸いた畜生達に犯されることはなくみんなが幸せに暮らせるはずだった。

 ――この街に人倫の鍍金をかけた畜生共が跳梁跋扈していなければ、彼女は俺が救うことができた。葵さんも、桜ちゃんも、不幸になることはなかったはずだ。

 ――この炎に包まれた街にいる魔術師もそれ以外の人間も、どいつもこいつも生かしておく価値のないヒトデナシだった!!

「うぁぁあアアァァァーー!!」

 雁夜の中で爆発した負の感情がパスを通じて己のサーヴァントであるバーサーカーの中で暴れまわる悪霊たちの怨嗟の声と共鳴する。それによって、雁夜の中の負の感情はまるで燃料を投下したかのようにさらに激しく燃え上がった。

 最低限の魔術の素養しかない雁夜が蟲倉での苦行と身体を蝕む苦痛、残り僅か1ヶ月の余命にすら耐えられたのは、遠坂葵の幸せのためだった。しかし、彼が命をかけてまで戦おうとした理由は失われていた。

 命をかける理由を喪失した彼に残ったのは、ヒトデナシである魔術師への憎悪と、この街に住む人々が人の皮を被ったヒトデナシだったという絶望だけだった。

 狂気に支配されかけた理性が導き出した論理に理屈を無視した飛躍とミッシングリングがあることに雁夜は気づかない。その論理が、誰かに意図的に誘導されたとしか思えないほどに不自然であることにも気づけない。

 最愛の人を失い、人間にも絶望した雁夜は、己の中に流れ込んで大暴れする狂気に身を任せた。聖杯戦争も、魔術師も、冬木も、そこにいる人々も、遠坂葵の尊厳と命を奪った全てが雁夜にとっては敵であり、破壊すべき存在になった。

「街ごと殺してやる!!魔術師も……葵さんを殺したやつも!!」

 目的の遂行のためならば、敵がどうなろうと知ったことではない。もはや、雁夜の護るべきものは冬木には存在しない。

「やれ!!バーサーカァーー!!」

 雁夜の狂気に呼応するかのようにバーサーカーは背びれを発光させ、青白い死の息吹で冬木の街を凪いだ。

 

 

 

 

「……全く、我が子ながらここまでワシの掌で予定通りに動かれると、それはそれで面白みがないわ」

 面白みがないという言葉とは裏腹に、間桐臓硯は皺くちゃの饅頭のような顔に歪んだ笑みを浮かべていた。そして、老人は破壊と煉獄の炎に酔ったように高笑いしている己の孫を一瞥すると、ここまで自身を運んできた車の方に踵を返した。

 先ほどまで雁夜が抱えていた女性の亡骸の脇を臓硯が通ると、同時に女性の姿が崩れて無数の蟲の集合体へと形を変える。蟲たちは人型の塊を解き、巣に戻る働き蜂のように臓硯の中に帰っていった。

「間桐の落伍者には相応しい無様で見苦しい最後を見せるがよいぞ、雁夜。本当なら貴様が悶え苦しみ壊れていく姿を楽しみたかったのじゃが、聖杯戦争がこのようなことになってしまった以上、心苦しいが貴様の末路で楽しむよりも、間桐の勝利を優先せねばならん。まぁ、貴様の末路の分の愉しみは貴様とバーサーカーがこの地で催す喜劇で我慢してやろう」

 間桐臓硯は、60年前の時点で第四次聖杯戦争が異常なものとなることを察していた。その原因は、60年前の第三次聖杯戦争でアインツベルンが召喚した規格外のサーヴァントにある。

 アインツベルンが召喚した『根源的破滅招来体』は、冬木の地に人智を超えた怪獣を次々に召喚し、敵対するサーヴァントを5体も討ち滅ぼした。最後に残ったサーヴァント、セイバーとそのマスターはアインツベルンのホムンクルスを一瞬の隙を突いて強襲し、自分たちの命と引き換えに聖杯の器を破壊することで聖杯戦争を決着させた。

 この時、御三家は一つの戦訓を得た。『怪獣』を召喚することができれば、まず負けることはないという戦訓である。とはいえ、1930年代当時は地球上で怪獣の存在は殆ど認知されておらず、彼らは恐竜と同じ扱いを受けていた。怪獣を召喚できる触媒を探そうにも、怪獣に関する調査が殆ど行われていないため、調達は困難を極めた。

 転機が訪れたのは、1954年のゴジラ東京上陸である。さらにこれをきっかけにしたかのように、世界各地で怪獣が出没した。その巨躯と力に神代の獣を重ね、怪獣の研究を始めた魔術師も少なからず現れた。彼らは、現在出現が確認されている怪獣だけではなく、各地の伝承なども調べ上げ、過去に出現した怪獣についても調査を重ねた。

 怪獣についての調査が進む中、間桐臓硯は一つの懸念を抱いた。前回の聖杯戦争の反省から、各陣営が怪獣をサーヴァントとして召喚する恐れである。もしも、各陣営が実力の拮抗した怪獣を召喚したとしたら、どのような結末となるかは想像に難くない。

 そして、彼の懸念は的中する。遠坂時臣がタイプ・ムーンを退けた宇宙超怪獣の鱗の化石を調達し、アインツベルンが北海で巨大生物の木乃伊を発見していたのだ。これらの事実は、遠坂とアインツベルンが次回の聖杯戦争にて規格外の怪獣をサーヴァントとして呼び寄せることを意味する。

 怪獣同士が冬木の地で激突したら、最悪この街は滅ぶ。セカンドオーナーである遠坂時臣は、冬木の地を護るためにも規格外のサーヴァントを召喚することを試みたと考えられる。最悪、冬木の地に大きな被害が残ったとしても『』に到達できれば復興に手間と金がかかってもお釣りがくるし、敗北して聖杯を取れなかったとしても、60年後、優秀な凛の子が必ずや聖杯を取れると彼は信じているのだろう。

 しかし、その想定は甘いと老獪な魔術師である臓硯は考えている。同格の怪獣が3体集まったら、この冬木の街が灰燼に帰すだけではなく、龍脈も乱れる可能性がある。最悪の場合、大聖杯とそれを収める円蔵山の崩落も考えられるからだ。

 この聖杯戦争が、冬木の地で行われる最後の聖杯戦争になるかもしれない。その危惧を抱いた臓硯は、召喚する怪獣の候補探しに半世紀以上費やした。最初に候補として考えたのはゴジラであったが、当初臓硯はゴジラをサーヴァントにすることは諦めていた。

 理由は単純だ。ゴジラほどの怪獣を召喚するとなると、試算されるゴジラの維持に必要な魔力消費は臓硯の許容量を大きくオーバーするものだったからである。さらに、聖杯戦争においてゴジラが該当すると考えられるクラスはバーサーカーのみだ。

 バーサーカーのクラスは狂化の属性が付与され、ステータスが数段アップする利点があるが、それと引き換えに魔力消費が凄まじいものとなる。ゴジラをバーサーカーとして召喚した場合に試算される魔力消費に耐えうるのは貴い魔術回路(ブルーブラッド)を有するバルトメロイ家の当主ぐらいのものだった。

 遠坂やアインツベルンも当然世界に冠たる怪獣王であるゴジラをサーヴァントとして使うことは考えていたが、臓硯が導き出したのと同じ理由で早々にサーヴァントにすることを諦めたそうだ。

 その後、臓硯は様々な伝を使い第四次聖杯戦争の10年ほど前には聖遺物を調達していた。この時臓硯がサーヴァント候補に選んだ英霊は、戦国時代に生きた剣豪、錦田小十郎景竜だった。

 山梨県宿那地方の宿那山で暴れていた宿那鬼をバラバラにし、鬼を鎮める祠を建てて封印した伝承が残り、生まれが敵国同士であったという理由で結ばれずに自害した姫と武将が融合した怨霊、戀鬼を二人山に封印したという伝説も残っている日本随一の怪獣退治伝説を持つ英雄だ。

 怪獣を敵が召喚することが分かっているのであれば、怪獣退治の専門家(スペシャリスト)を召喚すればいいと臓硯は考えたのである。

 妖怪と呼ばれる臓硯自身も景竜の標的となる恐れもあったが、そこは刻印虫を植えつけた幼子を人質を兼ねたマスターとすることで解決できると彼は考えていた。

 その思惑もあって養子にとったのが遠坂家の次女、桜である。聖杯戦争の前には幼子を養子に採る予定であったが、遠坂に願っても無い逸材がいたこともあり、遠坂時臣に養子の話を持ちかけたのだ。

 しかし、聖杯戦争が開戦する一年前、一つのレポートを目にしたことが臓硯の策略を変えるきっかけとなった。そのレポートの題は、『ゴジラの細胞の持つ放射線吸収能力』というものだった。

 ゴジラが放射性物質や、放射線を喰らう――その事実は、臓硯にある仮説を考えさせた。そう、「ゴジラが核エネルギーを自身のエネルギーにする能力を有するのであれば、サーヴァントになってもその能力をスキルとして有しているのではないか」という仮説である。臓硯はこれまでの召喚されたサーヴァントとそのスキル、伝承を一から全て洗い直し、放射能吸収のスキルがゴジラに付与されることを確信するに至った。

 臓硯が戦略の転換に舵を切ったのと時を同じくして出奔していた息子の雁夜が家に戻ってきたこともあり、臓硯は雁夜をゴジラのマスターとすることを決めた。雁夜でもゴジラに原発を襲わせれば魔力供給は問題ないだろうし、臓硯が直接にマスターになった場合には臓硯が直接動きにくくなる可能性があったからである。

 桜をマスターにしてもよかったのだが、心を壊したばかりの桜よりも間桐の血の内に狂気を秘めた雁夜の方がゴジラとの相性もよく多少ならば制御が可能だと臓硯は考えた。魔力供給の問題が解決すれば、桜と雁夜のマスターとしての素質には大差はなかったのだ。

 そして今、雁夜の恋慕していた女性の姿を蟲たちに写すことで雁夜を騙し、暗示を平行して用いて煽ることで雁夜を狂気に駆り立てると同時に、その狂気に冬木を破壊するという指向性を加えた。雁夜の狂気に共鳴したゴジラの破壊も、冬木の破壊に向けられるはずだ。

 間違いなく、敵対する陣営は街を無差別に破壊するゴジラを阻止しようと戦いを挑んでくるだろう。ゴジラが自身よりも格下とはいえ数体の怪獣と同時に戦うことになれば、冬木市が大混乱に見舞われることは想像に難くない。 

 その混乱の隙を突き、アインツベルンから小聖杯を奪う。それが臓硯の狙いだった。サーヴァントが街で大暴れするのは、臓硯の行動を誤魔化す隠れ蓑にすぎないのだ。最後の聖杯戦争だと理解しているが故に、絶対に小聖杯を奪取する必要が臓硯にはあった。

「さて……雁夜が派手に暴れているうちにワシは目的を果たすとするかのぉ」

 妖怪ぬらりひょんを思わせるおぞましい笑みを浮かべながら臓硯の影は蟲の群隊へと変貌し、冬木を覆う夜の闇に溶けていった。




おじさんは激怒した。必ず、かの顎鬚うっかりーを除かなければならぬと決意した。

まぁ、全部蟲爺が誤解させただけなんだけどねww

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