やめて!!冬木市の復興予算はもうゼロよ!!   作:後藤陸将

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マスターのターン。多分、次回はまた自衛隊か怪獣プロレスのターンです。




冬木市は地獄の一丁目

 5大怪獣の激闘は、10分も経たない内に手酷いダメージを負った2大ヒーローとピンピンしているラスボスという構図へと変わった。端的に言えば、正義の味方、絶対絶命という構図である。

 そして、その構図を特等席から眺めている男達がいた。

 童子のように目を輝かせているカソックを着た若い男、死んだ目で眼下の地獄を見ている黒いコートを纏った男、手に汗握り膝を震わせながらもなお気丈に前を見続ける少年、憔悴して項垂れる身なりの整った紳士風の男、そして苦悩の表情を浮かべる老神父。彼らは皆今回の冬木の大災害を引き起こした真犯人、聖杯戦争の参加者と監督者だ。

 

「サーヴァント4体がかりで歯が立たないとは……」

 老神父――言峰璃正は険しい表情を浮かべる。もはや、事態は聖堂教会にも魔術協会にも収拾できるレベルではない。この聖杯戦争を可能な限り隠匿する役割を負っていた監督役も、もはや何もできることはなく、ただこうして成り行きを見守ることしかできなかった。

 その隣で、身なりの整った男――眼下の地獄のような光景を作り出す一端を担った元マスター、遠坂時臣が地に膝を着き項垂れている。その顔は青ざめ、目の前の光景が正視に堪えないといわんばかりに突っ伏していた。

「こんなはずでは……我が遠坂の悲願は……私は……」

 自身のサーヴァントに操られていたとはいえ、彼が自分が治める土地を自らの手で荒らし、その上多数の子供達を生贄にするという行為に及んでいたことは紛れもない事実だ。神秘の隠匿に責任を持つセカンドオーナーにあるまじき醜態に、時臣の誇りも意志も全てが木っ端微塵に砕かれていた。

 

 項垂れている時臣を横目に、黒いコートを纏った死んだ目をした男――衛宮切嗣は考える。自身のサーヴァント、セイバーはたった今死んだ。そして、セイバーを屠ったサーヴァント、バーサーカーはルーラーとライダーを同時に相手取っているにも関わらず、圧倒的とも言える力の差を見せ付けている。

 ――このバーサーカーには絶対に勝てない

 その結論を切嗣が導き出すのにはほとんど時間はかからなかった。しかし、バーサーカーに勝てないということは、同時にこの聖杯戦争で勝ち残れない――つまりは切嗣の願いが叶えられないことを意味する。

 元々マスター殺しによって聖杯戦争を勝ち抜こうとしていた切嗣だったが、バーサーカー相手にはマスター殺しという選択肢は取れなかった。逃げ遅れた住民や瓦礫で、死体に塗れたこの地方都市から一人のマスターを探し出すことなど不可能だからだ。また、小聖杯が手元にあったとしても、自分が聖杯戦争の勝者でなければ意味がない。聖杯は勝者の望みを叶えるものだからだ。

 最愛の妻を犠牲にし、未遠川では助けられるはずの命を老若男女問わずに見捨ててきた。勝利のために自分が切り捨ててきたもの全てが無駄になり、それどころか地方都市一つ分の無辜の民の命を犠牲にしようとしている己の所業を悪魔の所業といわず何と言おうか。

 何の意味も無くこれまで救った命よりも多くの命を奪おうとしていることに切嗣は恐怖する。天秤の量り手であった自分の生き方を否定するだけではなく、幾多の命を切り捨ててもなお求め続けた己の理想をも否定される。

 己の理想を、そして己の信条も全てが目の前で否定されていた。それでも、切嗣はその否定から逃避せずにはいられない。

 

 ――逆転の道は無いか

 ――バーサーカーのマスターを倒した後、新しいサーヴァントを得る方法はないか

 ――ルーラーを出し抜ける方法はないか

 

 切嗣は眼前の地獄の光景を目に焼きつけ、血が滴るほどに拳を握り締めながらもあらゆる戦乱と流血のない恒久的世界平和への道筋を考え続ける。しかし、思考に没したことで彼は一時的にとはいえ、周囲の警戒を怠った。周りのマスターも眼下の地獄絵図に見入るばかりで、誰もが彼らの背後から近づいてくる影に気がつかなかった。

「切嗣!!」

 切嗣の3歩後ろで小聖杯と化した妻を抱えていた相棒――久宇舞弥の叫びと、聞きなれたキャレコM950の発砲音で切嗣は瞬時に意識を戦闘時のそれに切り替え、懐のトンプソンコンテンダーに手を伸ばしながら背後を振り返った。眼下に視線を移していたほかのマスター達も、彼女の叫びに反応して振り返る。そして目を見開いた。

 彼らの視界に入ってきたのは、聖杯を抱えていた腕ごと喰いちぎられ右肩から血しぶきを吹き上げる舞弥の姿と、舞弥を襲った巨大蜻蛉――メガニューラの姿。そして、メガニューラを護るかのように突撃してくる無数の翅刃虫の群れだった。

 切嗣は翅刃虫たちを視認すると同時に脊髄反射で魔術回路を起動させて呪文を紡ぐ。

Time alter(固有時制御)――double accel(二倍速)!!」

 それに遅れることコンマ数秒で元代行者の綺礼が黒鍵を抜いて迫り来る翅刃虫を斬り捨て、さらに遅れて時臣が翅刃虫の接近を妨げる炎の防壁をウェイバーたちの前に張った。

Intensive Einascherung(我が敵の火葬は苛烈なるべし)――」

 しかし、咄嗟のことであり、さらに翅刃虫の数が多すぎるため、ウェイバーと時臣、璃正の周囲にドーム状に炎の防壁を張り巡らせて耐え抜くことが精一杯だ。敵の襲撃と判断して飛び出した綺礼と切嗣を援護する余裕は時臣にはない。

 綺礼は両手に六本の黒鍵を展開して翅刃虫を次々と両断していくが、如何せん翅刃虫の数が多すぎるため、迫る全ての翅刃虫を斬り捨てることはできない。数体は黒鍵を潜り抜けて綺礼の肉体に噛み付く。だが、虫の牙でも呪的防護処理(エンチャント)を施された綺礼の僧衣を抜くことが出来ず、ただ僧衣にしがみつくだけで綺礼にこれといった傷を負わせることはできないできないでいた。

 一方、加速した切嗣は翅刃虫の動きを冷静に見極め、その翅と牙を避けながらチャンスを窺っていた。肉体から送られてくる苦痛の信号を無視しながら銃口を蜻蛉に向け、射線上から翅刃虫が消えた一瞬を狙う。そして、射線上に邪魔するものがいなくなったタイミングを見極めてコンテンダーの引き金を引いた。

 .30-06スプリングフィールド弾が銃口から放たれ、翅刃虫の合間を縫うようにコースを一直線にメガニューラへと向かう。しかし、メガニューラの翅の付け根へと吸い込まれていった銃弾は甲高い音を発して弾かれた。

 普通ならば、いくら一般的な拳銃弾の数倍以上の威力のある.30-06スプリングフィールド弾であっても、神秘の付与されていないただの鉛玉がサーヴァントに通用するはずがない。まぁ、サーヴァントによっては実体化時に核兵器のような桁外れの物理的な衝撃を与えればダメージが与えられることもあるが。

 だが、甲高い音と共に銃弾が弾かれても切嗣は微塵も動揺してはいなかった。何故なら、この時切嗣が放った銃弾は、ただの鉛玉ではなかったからだ。

 切嗣が放った.30-06スプリングフィールド弾の弾頭には、粉状に擂り潰されてから霊的工程で凝縮された彼の肋骨が芯として使われている。この銃弾を浴びたものに対しては、切嗣が有する起源が具現化する。

 彼の起源は『切断』と『結合』。もしもこの銃弾が魔術に対して用いられた場合、その影響は魔術を行使した術者に跳ね返ってくる。水を浴びた電気回路のように術者の魔術回路はショートし、回路から漏洩した魔力が術者の身体をズタズタに破壊するのだ。

 そしてこの効果は()()()()()()()()()()()()に対しても有効だった。

 

 

 

 切嗣の起源弾が撃ちこまれたメガニューラ、その頭部で間桐臓硯は悶え苦しんでいた。口があったら苦悶の声どころか身の毛のよだつような絶叫をあげていただろうし、腕があったらまるで中から獣に食い破られるかのような激痛の走る心臓を庇うように胸を押さえただろう。

 しかし、どちらも間桐臓硯にはできなかった。何故なら、既に彼には()()()()()()()()()()()()()()も無かったからだ。

 間桐臓硯は500年の時を生きる中で、延命に延命を重ねて蟲に自分の全てを移していた。普段の老人の姿は、使役する蟲によって構成した張りぼてのようなものだ。このネズミほどの大きさの蟲こそが、いわば間桐臓硯の魔術回路と魂を持つ本体とも言うべき存在なのだ。

 彼の身体にはもはや人間と共通する部分など残ってはいない。身体には嫌悪感を催す生々しい質感の胴体と、そこから生える無数の脚。それは、『蟲』と分類される身体だった。

 身体が蟲であるが故に、声をあげることも、身体を流れる血液が全て硫酸になったかのように身体中を焦がす痛みも、脚をただ必死に空回りさせながら胴体を腹筋運動のように曲げ伸ばしを繰り返すことでしか彼は表現できないでいた。

 そもそも、臓硯がメガニューラの頭部にいた理由は至極簡単なことだ。冬木の上空を飛行するメガニューラの内の1体を自身の使役する蟲で包んで捕獲した臓硯は、捕獲したメガニューラの頭部に入り込んで脳を支配していた。文字通り、臓硯は寄生虫となっていたわけだ。

 本来ならば、宝具に寄生するなどということは如何に臓硯が老獪で腕の立つ魔術師だったとしてもありえない話である。サーヴァントは分霊であっても英霊の魂を持つものであり、その象徴(シンボル)たる宝具も強い神秘を纏っている。サーヴァントや宝具に一介の魔術師が干渉しようとしても、より強い神秘の前にほとんどの魔術も無力化されるだけだ。

 しかしながら、幸か不幸かこのメガニューラに関してはその常識の範疇にはなかった。今回アサシンとして召喚された本体のメガニューラは、宝具『増えよ、地に満ちよ、我が血肉を分けた同属(オーバーグロース・ドラゴンフライ)』によって1万のメガニューラを産むことができる。

 今臓硯が寄生しているメガニューラは本体ではなく、増えよ、地に満ちよ、我が血肉を分けた同属(オーバーグロース・ドラゴンフライ)によって誕生した分身ともいえる存在だ。 自身を分裂させることのできる宝具では、通常一般的に分裂する数が多ければ多いほどに、1体当たりの力は弱まる。増えよ、地に満ちよ、我が血肉を分けた同属(オーバーグロース・ドラゴンフライ)は産卵と繁殖を可能とする宝具であり、餌さえあれば無尽蔵に眷属を増やせる点で数に制約のない分裂型の対人(自身)宝具に近い存在である。

 ただ、眷属を召喚して使役するという点で見れば独立サーヴァント召喚系の対軍宝具にも近い側面もあり、増えよ、地に満ちよ、我が血肉を分けた同属(オーバーグロース・ドラゴンフライ)は自己分裂型対人(自身)宝具と独立サーヴァント召喚系の対軍宝具の両方の特質を持つ宝具であると言える。

 そのため、増えよ、地に満ちよ、我が血肉を分けた同属(オーバーグロース・ドラゴンフライ)で誕生した1体1体のメガニューラは、低級の海魔以上で数十体に分裂した中級サーヴァントの1体以下という微妙なレベルの宝具でしかない。魔術師(キャスター)のサーヴァントが操る竜牙兵より少しマシといった程度だ。

 当然のことながら、宝具ランクにしてEにも届かないであろう矮小なメガニューラの神秘もかなり弱い。『神秘はより強い神秘の前に無効化される』という魔術の原則に則して考えた場合、臓硯ほどの魔術師であれば無効化されることのないくらいに神秘が弱いのだ。

 臓硯は元々サーヴァントを媒介に別のサーヴァントを召喚する外法をも可能とする技量を持ち、蟲を使役する魔術を用いる関係上虫の身体の構造については造詣が深かった。メガニューラの脳や神経系のつくりから行動を操る方法を割り出すことは彼にとっては造作もないことだったのである。

 そして、メガニューラの脳に寄生して行動を完全に支配した臓硯はメガニューラを利用して小聖杯の奪取を試みた。この地獄絵図を見て、聖杯戦争に次があるなどという楽観的な想定をすることは臓硯にできなかったからだ。

 正直なところ、ゴジラの力は臓硯の予想を遥かに超えていた。制御できるものだとは最初から考えていなかったが、予想以上の強大さに彼はゴジラが暴れた後に冬木市が残っていないことを覚悟せねばならなくなった。

 ゴジラが暴れまわった時点でこの街が元通りになる可能性は限りなく低く、まともな土地の管理者であればこの地で二度と聖杯戦争を開催させないだろう。それに今回の狂騒はまず間違いなく魔術協会にも目をつけられるし、下手をすれば大聖杯を回収されることもありうる。

 これが自身の願いを叶えることができる最後の機会となれば、慎重で老獪な彼らしくない多少強引で無茶な手法を取ろうとも小聖杯を手に入れる必要があった。

 しかし、自身の使役するありったけの翅刃虫で妨害しつつメガニューラの敏捷と強い脚の力で小聖杯を運び手の腕ごと奪取したはいいが、そこで彼は予想外の反撃を食らった。翅の付け根あたりに鉛玉を喰らい、それと同時に魔術を行使できなくなるほどの耐え難い苦痛に襲われたのである。

 苦痛の中で、それでも臓硯は聖杯への執着から意識を保ちメガニューラを操ろうとする。そして、自身の魔術回路がズタズタに破壊されていることに気づく。蟲の身体であったが故にここまで身体が壊されていても意識を保てたのだろうが、魔術が使えない今の状態では意識があることにさほど意味はない。

 臓硯のコントロール下から脱したメガニューラはどこを目指すということもなくただ迷走する。臓硯はメガニューラを支配するにあたり脳の一部を喰らっており、脳機能の一部を失ったメガニューラは臓硯の支配から逃れても意識を取り戻すことはできなかった。メガニューラはただ漠然と本能に従って群れの下に近づこうとする。

 激痛に耐えながら臓硯は自身に何が起こったのか、これからどうすればいいのかを必死に模索する。しかし、臓硯に自分の身に何が起こったのかを考察する時間は与えられなかった。

 不意に、臓硯は何かに激突したかのような凄まじい衝撃に襲われる。メガニューラの甲殻がバキバキと砕けていく音がする。メガニューラとの感覚共有を失い、光を感じることができないはずの堅い甲殻の中にいた臓硯は感覚器に確かに光を感じた。

 臓硯は痛み思い通りには動かない身体に鞭打ち、無機質な昆虫のような目を微かに光の差し込む方角に向けて――恐怖した。

 甲殻の合間から見える景色は血の池を思わせるほど禍々しい朱色で、鋭く白き杭の列がその朱の世界から罪人を逃さぬ檻のごとく規則正しくならんでいる。さらに、甲殻の隙間からはこの世のあらゆる畏れを内包したかのような瘴気がそこから流れ込む。

 ――臓硯は恐怖した。自分の目の前に聳える地獄の門から逃れようと、必死に芋虫のような身体を捻って逃げようとする。しかし、臓硯の意志には関係なく彼の身体は咀嚼される食物の如く地獄の門の奥へと運ばれていく。臓硯がもし悲鳴をあげられる身体であったならば、現在身体を襲う激痛に対する悲鳴ではなく、間違いなくこの目の前の光景を否定する絶叫をしていたに違いない。

 死にたくない!!イヤだ、怖い!!この奥には行きたくない!!ワシはここで死にたくない、否、死ぬわけにはいかない!!ワシにはまだやることがあるのだから、そうワシは不老不死になり、そして――

 臓硯には分かる。醜悪で歪みきった魂を持つが故に見なくても、聞かなくても理解できる。目の前に広がる門の先にあるのは、自身の魂とは桁違いに邪悪で荒みきった魂たちが吹き荒ぶ怨嗟と憎悪の嵐だ。そこに自分が飲み込まれれば、どのような結末が待っているかも理屈ではなく本能で知ることができた。

 地獄の門を潜り、絶望と憤怒が荒れ狂う魂の暴風雨に腐りきった魂は耐えることは出来ず、彼の魂は魂の波が押し寄せるたびにゴッソリと削られていく。

 魂が削られて消えゆく中で、末期の臓硯の脳裏にふと、数百年の間忘れていた考えが過ぎった。

 

 ――私は何故不老不死を求めたのだろうか

 

 最後に抱いた疑問の答えを思い出せぬまま、500年の間人の血を啜って生き続けた妖怪、間桐臓硯は魂ごと消滅した。

 もはやメガニューラの視界を共有することもできない臓硯は知る由もない。自身を乗せたメガニューラがゴジラの手に捕らえられ、そのまま地獄の入り口と化した巨大な口の中に放り込まれたのだということを。




冬木の地獄はこの世の地獄
怪獣たちが罪とかに関係なく問答無用でおもてなしをしてくれますよ

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