やめて!!冬木市の復興予算はもうゼロよ!!   作:後藤陸将

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活動報告で実施中の企画は、まだ継続中です。
是非一度目を通して見てください。


明日へ……

 赤い髪の少年が、地獄の中で足を動かしていた。

 ひたすらに、瓦礫を跨いだ。道なき道を、迫り来る炎から逃げるためだけにただ歩き続けた。

 

 子を助けてと懇願する母の声を聞かなかったフリをした。助けを求めて縋りつく身体中が爛れた男の手を強引に振り払った。水を懇願する、皮膚がふんどしのように垂れ下り、腸を引き摺りながら歩くヒトを視界に入れないように目線を逸らした。

 

 

 ――助けて

 

 ――置いてかないで

 

 ――せめてこの子だけでも

 

 ――水をくれ

 

 ――痛いイタイいたい

 

 ――熱い、苦しい、辛い

 

 

 聞こえてくるのは、苦しむ人々の声と助けを求める悲痛な叫びだけ。

 目に入るのは、黒こげになったヒトガタのものと、燃え盛る焔、ボロボロになったコンクリート、夢にでてきたお化けよりも恐ろしい姿をしたバケモノ。

 自分以外に、人間のカタチを保っているヒトはいなかったわけではない。けれども、人間のカタチを保っていたヒトは、大概が顔が真っ青になってピクリとも動かないか、わけのわからない言葉をただブツブツと唱えて蹲ったり立ち尽くしているヒトだった。

 昨日までこの街のどこにでもいた極々普通の人間の姿は、周りにはまったくなかった。

 

 どうして世界がこんなものになったのか、少年はその理由を知っていた。

 ゴジラ――テレビでしか見たことのないすごく大きな怪獣。そのゴジラが青い焔でヒトを焼いて、大きな足で家を踏み潰しながら大暴れしている。戦車も、飛行機もヘリコプターも、みんなゴジラにやられた。

 人も街も乱暴に踏み潰し、焼きながら歩くその大きな姿はとても怖くて、見上げることもできなかった。

 

 けれども、少年はこの地獄の中でも決して諦めることはなかった。

 どれだけ絶望が広がっていようと、どれだけ疲れが溜まろうと、どれだけ肉体が悲鳴をあげようと、少年は歩みを止めない。

 少年には希望があった。

 ブラウン管の向こう側のヒーローが――ウルトラセブンが駆けつけてくれた。ウルトラセブンがきっといつもみたいに怪獣をやっつけてくれると信じていた。

 ウルトラセブンがゴジラをやっつけてくれたら、きっと昨日と同じ街に戻ってお母さんやお父さん、学校の先生や友だちとまた会えると思っていた。

 だから、歩く。ウルトラセブンが諦めないで頑張っているのに、ボロボロになりながらゴジラに立ち向かっているのに、自分だけ先に諦めていたらいけない気がした。ここで立ち止まって蹲るのが、恥ずかしいことに思えてならなかった。

 

 火の手が次第に広がっていることはなんとなく分かっていた。吸い込む空気もまるでサウナの中にいるような熱さで、吸い込むたびに喉が焼かれる気がした。いつのまにか、視界は黒い煙か紅い炎に囲まれていて、少し先も見えなくなっていた。

 

 ほかの道を探そうと踵を返した時、頭が揺れるような気持ち悪い感覚がした。足がもつれて少年は仰向けに倒れた。久しぶりに、視線を上にむけた。空は黒い煙が立ち込めて暗かったけれども、煙の間に太陽の光が見えた。夜は明けて、朝になっていた。

 立ち上がろうとする少年。しかし、視界がグルグル回り、気持ち悪さから立ち上がることもできない。身体がだるく、まるで言うことをきかなかった。段々、視界がぼやけて耳も遠くなって意識が遠のいていく。

 自分の身体に何が起きているのかも分からない。けれども、それでも少年は生きる希望を棄てなかった。信じていれば、きっとウルトラセブンが助けに来てくれる。だって、ウルトラセブンは負けないのだから――

 

「大丈夫か!?」

 

 意識が墜ちる寸前に、少年の耳に若い男の人の声が聞こえてきた。

 

「待ってろよ、生きてろよ、必ず君を助け出す!!」

 

 瓦礫を超えてきた誰かに抱き起こされて、その背に乗せられた。

 

 見ず知らずの男の人に背負われているというのに、何故だろう。とても安心している自分がいる。父親に背負われているような安心感、そして喜びの感情が溢れてくる。

 

「!!……君は、あの時の!!……だめだ、絶対に死なせない!!諦めるな!!」

 

 ああ、そうか。どうしてあんな感情を抱いたのか、分かった気がする。

 

 この男の人の背中は、似ているんだ。

 

 地球を守るために必死で一生懸命で、何度倒されても、どんなに傷ついても諦めずに立ち向かっていく憧れの正義の味方(ヒーロー)の――ウルトラセブンの背中に……。

 

 そして、男の背に揺られているうちに、少年は意識を失った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「処置を施してくれ!!」

 弾が背負ってきた赤い髪の少年を見て、すぐに切嗣が駆け寄り、少年の容態を診察する。戦場に長くいたこともあって、治療魔術こそ適性の問題からできないものの、ある程度の症状の診断や応急処置を施せるだけの知識を切嗣はもっていた。

「拙い……放射線障害の症状が身体に出ている!!それにこの火傷は火災によるものじゃない、おそらく核焼けだ……」

 核焼けとは、皮膚が高線量の放射線を浴びた際に発症する皮膚の細胞や血管が傷つき、皮膚が黒ずむという熱傷に類似した症状である。この少年が年間許容量を大きく超える放射線を浴びたであろうことは間違いなかった。

 彼の助手である舞弥が麻酔を少年に投与し、その間に彼の火傷に対して処置を施す。しかし、切嗣たちの手持ちの救急救命用具では重度の放射線被曝に対して焼け石に水ほどの効果しか望めない。この手の傷に効果的な魔術を使える魔術師もこの場にいない。つまり、施しようがないのだ。

 

 ――この子は救えない。

 

 『正義』のために命を取捨選択してきた切嗣は、この少年の命が『生かせる命』のために『切り捨てるべき命』――救えない命だとすぐに理解することができた。

 つい先日までの切嗣なら、目の前の少年が救えない命であり、だからこそ切り捨てなければならないことを納得できていた。しかし、己の宿願のために何の関係のない人々の命を奪い、さらにその宿願すら果たせなくなった今の切嗣にはそれが割り切れない。

 元々、家庭を持った8年前からその兆候がなかったわけではない。そこに、ダメ押しのこの地獄だ。宿願を果たせず、衛宮切嗣はもはや天秤の量り手たる冷酷な殺人機械ではいられなくなっていた。

 しかし、彼が手の施しようのない少年の前で苦悶している間にも、少年の命の焔は潰えようとしていた。顔には死相が浮かんでおり、呼吸も次第にか細くなってゆく。

「死ぬな!!死ぬな!!死なないでくれ!!」

 切嗣は救えないと分かっていながら、延命措置をすべく人工呼吸を始める。

 この時、彼はひょっとすると少年の命を救いたいのではなく、自分を救いたかったのかもしれない。自分のつくりだした地獄に巻き込んで数え切れぬ命を奪ってしまったことに絶望した彼にとって目の前でこれ以上命が無為に失われることは耐え難いことだったのかもしれない。ただ、何れにせよ切嗣が本気でこの少年の命を救おうとしていることは事実に変わりないのだが。

 

 切嗣の必死の救命活動も空しく、少年の命の鼓動は小さくなっていく。しかし、即座に心臓マッサージを施そうとする切嗣を弾が止めた。

「離れてくれ」

「まだだ!!僕は……」

 肩に置かれた弾の手を振り払おうとする切嗣。しかし、続いて弾の口から放たれた言葉を聞いた切嗣はその手を振り払えなかった。

「この少年は、私が救う」

 既に変身する力すら残されてない彼に何ができるのか――という言葉が一瞬喉から出掛かっていた切嗣だったが、弾の瞳から断固たる決意が見て取れたため、その言葉を口にすることはできなかった。

 そして、切嗣を押しのけて少年の顔を覗きこむように弾は膝を折った。

「……私の身体はもはや、1時間も持たない。だが、身体がある限り、私達一族にできることがある」

 弾は、懐から光解き放ちし真紅の眼鏡(ウルトラアイ)を取り出して少年に握らせる。

「私達の一族は、命の固形化に関する技術の開発に成功している。その技術を応用すれば、人間に己の命を与え、身体を一体化することができる。死んだ人間であっても、死からさほど時間が経っておらず、四肢の欠損以上の身体の損壊がなかったならば、蘇生はできる。サーヴァントの身となった今でも、我々の仮初の肉体にこの能力を使用する余力は残っている」

 この研究の成果を利用して、地球人に己の命を与え、一体化した彼の一族は少なくない。

 例を挙げれば、命の固形化に関する技術を実用化させたウルトラマンヒカリを筆頭に、ウルトラマン、ウルトラマンジャック、ウルトラマンエース、ウルトラマンタロウ、ウルトラマングレート、ウルトラマンパワード、ウルトラマンマックス、そして彼の息子、ウルトラマンゼロとセブンが知りえる限りでもこれだけのウルトラマンが地球人と一体化している。

 一体化しているウルトラマンか人間のどちらが死んでも両者が命を落すというデメリットはあるが、それでも地球を訪れた一族の半分以上がこの技術を利用して地球人と一体化していたのである。

 また、セブン自身もかつてジンという青年と一体化していたことがある。一体化から時をある程度おけば、合体時には瀕死または死亡していた肉体も回復し、分離と同時に一体化していた側が死ぬということもないため、通常は分離にも問題はない。

「通常であれば、融合する身体の持ち主の意志と私の意志が同じ身体に同居するかたちになるのだが、私は生憎そう遠くなく消え去るサーヴァントの身だ。生身のころのように意志が残ることはないだろう。この少年には、私の能力と命だけが残る」

「サーヴァントとの融合ということか……そんなことが本当に可能なのか?」

 切嗣は縋るような目で弾を見る。それに対し、弾は静かに、それでいて力強く頷いた。

「任せてくれ。この少年は絶対に死なせない」

 そう言うと、セブンは光解き放ちし真紅の眼鏡(ウルトラアイ)を持たせた少年の手を握った。その直後、二人を赤い球体が覆う。外からは中の様子を窺い知ることはできないが、球体の中からはサーヴァントが内包していた魔力の奔流が感じられた。

 

 

 

 

 

 ――君に、私の命をあげよう。

 

 声が聞こえる。ここはどこだろう。見えているのに、聞こえているのに、ここがどこか分からない。確かなのは、自分を背負っていた男の人の背中ではないということだけ。

 

 ――私は無力だった。何も守れなかった。君に命をあげることで償えるとは思わないし、許してくれなくてもいい。

 

 何を言っているのか、分からない。だけど、不思議だ。誰かも分からない声なのに、全然怖くないのだから。

 

 ――ただ、君は、生きてくれ……

 

 声は、そう言い残して消えた。けれど、それと同時に今度は僕の周りに光が集まってきた。違う、光に包まれてるんじゃない。僕の中に光が入ってきているんだ……。

 

 少年の意識は、己の中に入り込んできた光の奔流に飲まれて再び薄らいでいった。

 

 

 

 

 

 

 弾と少年を包み込んだ球体は宙に浮き、しばしの間そこに静止していた。しかし、時間にしてほんの一分ほど経ったころ、球体は降下し、地表に触れると同時に消滅した。そこに残されたのは、真紅の眼鏡を手にした赤毛の少年だけだった。

 すぐさま少年に切嗣が駆け寄り、容態を診察する。

「火傷もなくなっているし、呼吸、脈拍ともに正常だ。……生きてる、生きてる!!」

 それは、奇跡とか言いようもないことだった。先ほどまでほぼ死んでいた少年が、傷一つなくピンピンしているのだから。

 

「ありがとう……ありがとう!!」

 

 魔術師殺しとして恐れられた冷徹な殺人マシーンは、涙で頬を濡らしながら心からの喜びを顕にして、少年を抱きしめた。見ている方も嬉しいと思えてしまうほどにこれ以上ない最高の笑顔を浮かべて。

 

 

 

 

 

 

 涙を浮かべながら少年を抱きしめる切嗣を感情を映さぬ瞳で見つめる女性がいた。彼女の名は久宇舞弥。切嗣という機械の補助部品たる女性だ。

 彼女は、機械になりきれなかった人間が、機械であることを完全に放棄して笑う様子を静かに見守る。そこに、カソックを着た男が近づいてきた。

「女、お前は衛宮切嗣が()()でも構わないのか?」

「どういう意味でしょうか?」

「貴様が理解する――いや、肯定する()()()()は、()()ではなかろう」

 綺礼は、切嗣との空中戦の際、彼女達の目に宿る意思を見て、理解していた。あの眼に燃え上がる気炎は、職業や義務などといった理由で生まれる焔ではなく、自分にとって譲れないものを守るために灯す焔であった。

 そして、彼女たちにとって譲れないもの――それは、衛宮切嗣としか考えられない。しかし、もはや目の前の男は綺礼の知る、己の同類たる衛宮切嗣ではなく、父や師と同じく理解できない他者に過ぎない。

 理解できない存在へと変質した切嗣を、これまでと同じように守ろうと思えるのか――そう綺礼は問いかけている。それに対し、舞弥は淡々と答えた。

「私の役割は、切嗣が与えるものです。私は、それに従うだけですから」

 

 ――理解できない。それが、言峰綺礼が感じた全てだった。

 

「お前は、あの男を――」

 綺礼が重ねて問いかけようとした、その時だった。災禍と絶望に染まる朝の冬木に、弦楽器の重低音を連想させる低い唸り声が響いたのは。

 

 

 

 

 

 その低い唸り声を聞き、少年を抱きかかえた切嗣を含めた全員が深山町の方に振り返った。

 

「そんな、バカな!?」

 

 驚愕の表情を隠せないでいる璃正。彼らが聞き間違えるはずがない。何故なら、さっきまで彼らはその唸り声と同じ音を散々聞いてきたのだから。

 

 白い靄が立ち込める街の中に、黒い影が蠢いているのが見えた。

 

 影が身じろぎしたことで、靄が空気の流れに押し出されたのか、次第に靄が晴れてきて、影の輪郭がはっきりしてくる。

 

「ありえない、確かに、あの時ヤツは……死んだはずだ」

 呆然とする時臣。もはや心は折れ、優雅などを気取っていられないほどに憔悴した彼は、再度絶望に襲われていた。しかし、まさかの愉悦の種の再登場に笑みを浮かべる言峰綺礼を除き、誰もが絶望に屈する中、ウェイバーだけは心を折ることなく仇を見る目でゴジラを睨みつけていた。

「……第四次聖杯戦争において、最後まで生き残ったサーヴァントは間違いなくゴジラ(バーサーカー)だ。最終的に自滅したとはいえ、他のサーヴァントが脱落した時点で、聖杯戦争の勝者――聖杯の獲得者はゴジラに決定していたことは多分、間違いないと思う」

 ウェイバーは、ゴジラを睨みつけながら淡々と現状について分析する。心は煮えたぎったマグマのように熱く、噴火寸前であるが、頭はそれとは対照的に、不思議なほどに冷徹だった。

「聖杯は万能の願望器だ……聖杯が聖杯戦争の勝者の望みを叶えるのなら、自滅から受肉して復活することだってできないはずがない」

 ウェイバーの言葉を聞いて、事態が飲み込めていなかった璃正や切嗣の顔も青ざめる。しかし、それを口にしているウェイバーの顔には恐怖や絶望など一欠片も浮かんではいない。

「ゴジラが最後まで残った時点で、僕たちは負けていた……だけど、まだだ。今は負けたけど、次は絶対に負けない」

 ウェイバー・ベルベットは、その影を見据えて、堂々と宣言した。

「お前は……いつか必ず、僕が倒してみせる!!首を洗って待ってろ、ゴジラァァ!!」

 

 少年の魂の叫びに答えるように影を覆う靄が次第に晴れていく。

 聳え立つ山脈を思わせる巨大な鋸状の背鰭の連なり、太く逞しい体躯、そして、白濁した目と二列に並んだ鋭い牙の並びが一層恐ろしさに拍車をかける太古の肉食恐竜のような形相がそこにはあった。

 

 そして、影の主が吼える。

 その咆哮は、己の帰還を知らしめるかの如く、大気を震わし地を揺るがした。




救いなんて用意してなかったんや……

次回、最終回です。エピローグになります。

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